源氏物語 第10帖 賢木(1)
野宮の訪問
斎宮の伊勢下向が近づき、六条御息所は源氏への思いを断ち切って、娘とともに伊勢へ下ることを決める。源氏はさすがに名残惜しく、九月七日ごろ、嵯峨野の野宮を訪ねる。秋の野の寂しい景色の中、御息所はためらいながらも源氏と対面する。源氏は榊の枝を御簾の内に差し入れ、二人は歌を交わす。

- 1齋宮齋宮さいぐうののの御御おんくだりくだりくだり近近ちこうううなりなりなり行行ゆくくくまゝまゝままにににみやすみやすみやす所所どころ物物もの心心こころ細細ぼそくくくおもほすおもほすおもおす。。。やんごとなくやんごとなくやんごとなく煩煩わずらはしきはしきわしきものものものにににおぼえおぼえおぼえ給給たまへへえりりりしししおほいおほいおおい殿殿どのののの君君きみももも亡亡うせせせ給給たまひひいててて後後のち、、、さりともさりともさりともととと世世よののの人人ひとももも聞聞きこえええあつかひあつかひあつかい宮宮みやののの內內うちにににももも心心こころ時時ときめきめきめきせせせしししををを、、、
- 2そのそのその後後のちしもしもしもかきかきかき絕絕たえええ淺淺あさましきましきましき御御おんもてなしもてなしもてなしををを見見み給給たまふふうににに誠誠まことににに憂憂うしししとととおぼすおぼすおぼすとととこそこそこそありありありけめけめけめととと知知しりりりはてはてはて給給たまひひいぬれぬれぬればばば、、、萬萬よろずのののあはれあはれあわれをををおぼしおぼしおぼしすてゝすてゝすててひたみちひたみちひたみちににに出出いででで立立たちちち給給たまふふう。。。
- 3親親おや添添そひひいててて下下くだりりり給給たまふふうれいれいれいももも殊殊ことににになけれなけれなけれどどど、、、いといといと見見み放放はなちちち難難がたききき御御おん有樣有樣ありさまなるなるなるにににことつけことつけことつけてててうきうきうき世世よをををゆきゆきゆきはなれはなれはなれなななむむんとととおぼすおぼすおぼすににに、、、大將大將だいしょうののの君君きみさすがさすがさすがににに今今いまはははとととかけかけかけ離離はなれれれ給給たまひひいなななむむんももも口惜口惜くちおしうしうしゅうおぼさおぼさおぼされれれててて御御おんせうそこせうそこしょうそこばかりばかりばかりはははあはれあはれあわれなるなるなるさまさまさまにてにてにて度々度々たびたび通通かよふふう。。。
- 4たいめんたいめんたいめんししし給給たまははわむむんとととをををばばば今今いま更更さらにににあるあるあるまじきまじきまじきことことことととと女君女君おんなぎみもももおぼすおぼすおぼす。。。人人ひとははは心心こころづきなしづきなしづきなしととと思思おもひひい置置おききき給給たまふふうことことこともももあらあらあらむむんににに、、、我我わははは今今いま少少すこししし思思おもひひい亂亂みだるゝるゝるることことことののの增增まさるるるべきべきべきををを、、、あいなしあいなしあいなしととと心心こころ强强づよくくくおぼすおぼすおぼすなるなるなるべしべしべし。。。
- 5もともともとののの殿殿とのにににはははあからさまあからさまあからさまににに渡渡わたりりり給給たまふふう折々折々おりおりあれあれあれどどどいたういたういとう忍忍しのびびび給給たまへへえばばば大將殿大將殿だいしょうどのえええ去去さりりり給給たまははわずずず。。。たはやすくたはやすくたわやすく御心御心みこころににに任任まかせせせてててまうでまうでもうで給給たまふふうべきべきべきおほんおほんおおんすみかすみかすみかにににはたはたはたあらあらあらねねねばばば覺束覺束おぼつかなくなくなくててて月日月日つきひももも隔隔へだたりたりたりぬるぬるぬるににに、、、
- 6院院いんののの上上うえおどろおどろしきおどろおどろしきおどろおどろしきおほんおほんおおん惱惱なやみにににはははあらあらあらでででれいれいれいならならならずずず時々時々ときどき惱惱なやままませせせ給給たまへへえばばば、、、いとゞいとゞいとど御心御心みこころのののいとまいとまいとまなけれなけれなけれどどどつらきつらきつらきものものものににに思思おもひひいはてはてはて給給たまひひいなななむむんもももいとほしくいとほしくいとおしく人人ひとぎゝぎゝぎきなさけなくなさけなくなさけなくやややとととおぼしおぼしおぼしおこしおこしおこしててて、、、野野のののの宮宮みやにににまうでまうでもうでたまふたまふたまう。。。
- 7ながながなが月月づき七日七日なぬかばかりばかりばかりなれなれなればばばむげにむげにむげに今日今日きょう明日明日あすとととおぼすおぼすおぼすににに、、、女方女方おんながたももも心心こころあわたゞしけれあわたゞしけれあわただしけれどどど立立たちちちながらながらながらととと度々度々たびたび御御おんせうそこせうそこしょうそこありありありけれけれければばば、、、いでやいでやいでやとととはははおぼしおぼしおぼし煩煩わずらひひいながらながらながらいといといとあまりあまりあまりうもれいたきうもれいたきうもれいたきをををものごしものごしものごしばかりばかりばかりのののたいめんたいめんたいめんはははととと、、、人人ひと知知しれれれずずず待待まちちち聞聞きこえええ給給たまひひいけりけりけり。。。
- 8遙遙はるけきけきけき野邊野邊のべををを分分わけけけ入入いりりり給給たまふふうよりよりよりいといといと物物ものあはれあはれあわれなりなりなり。。。秋秋あきののの花花はな皆皆みな衰衰おとろへへえつゝつゝつつ淺茅淺茅あさじががが原原はらももも枯々枯々かれがれなるなるなる蟲蟲むしののの音音ねににに松風松風まつかぜすごくすごくすごく吹吹ふききき合合あわせせせててて、、、そのそのそのことことこととととももも聞聞きききき分分わかれれれぬぬぬ程程ほどににに物物ものののの音音ねどもどもどもたえだえたえだえたえだえ聞聞きこえええたるたるたる、、、いといといと艶艶えんなりなりなり。。。
- 9むつまじきむつまじきむつまじきごぜんごぜんごぜん十餘人十餘人じゅうよにんばかりばかりばかりみみみ隨身隨身ずいじんことごとしきことごとしきことごとしき姿姿すがたならならならでででいたういたういとう忍忍しのびびび給給たまへへえれれれどどど殊殊ことににに引引ひききき繕繕つくろひひい給給たまへへえるるる御御おん用意用意よういいといといとめでたくめでたくめでたく見見みえええ給給たまへへえばばば、、、御供御供ともなるなるなるすきものすきものすきものどもどもども所所ところからからからさへさへさへ身身みにににしみしみしみててて思思おもへへえりりり。。。御心御心みこころにににもももなどなどなどててて今今いままでまでまで立立たちちちならさならさならさゞりゞりざりつつつらむらむらんととと過過すぎぎぎぬるぬるぬる方方かた悔悔くやしうしうしゅうおぼさるおぼさるおぼさる。。。
- 10物物ものはかなげはかなげはかなげなるなるなる小柴小柴こしばををを大垣大垣おおがきにてにてにて板屋板屋いたやどもどもどもあたりあたりあたりあたりあたりあたりいといといとかりそめかりそめかりそめなななめりめりめり。。。黑木黑木くろきのののとりゐとりゐとりいどもどもどもはははさすがさすがさすがにににかうがうしくかうがうしくこうごうしく見見みえええ渡渡わたささされれれててて煩煩わずらはしきはしきわしき氣色氣色けしきなるなるなるににに、、、かんづかさかんづかさかんづかさののの者者ものどもどもども此處彼處此處彼處ここかしこにににうちうちうちしはぶきしはぶきしわぶきててて己己おのがががどちどちどち物物もの言言いひひいたるたるたるけはひけはひけわいなどなどなどももも外外ほかにににはははさまさまさま變變かわりりりててて見見みゆゆゆ。。。
- 11幽幽かすかかかににに光光ひかりりりててて人人ひとげげげ少少すくなくくくしめじめしめじめしめじめとととしししててて、、、此處此處ここににに物物もの思思おもはしきはしきわしき人人ひとののの月日月日つきひををを隔隔へだててて給給たまへへえらららむむん程程ほどをををおぼしおぼしおぼしやるやるやるにににいといといといみじういみじういみじゅうあはれあはれあわれににに心苦心苦こころぐるししし。。。
- 12北北きたののの對對たいのののさるべきさるべきさるべき所所ところににに立立たちちち隱隱かくれれれ給給たまひひいててて、、、御御おんせうそこせうそこしょうそこ聞聞きこえええ給給たまふふうににに遊遊あそびははは皆皆みなやめやめやめててて心心こころにくきにくきにくきけはひけはひけわいあまたあまたあまた聞聞きこゆゆゆ。。。何何なにくれくれくれののの人傳人傳ひとづてののの御御おんせうそこせうそこしょうそこばかりばかりばかりにてにてにて自自みずからららはははたいめんたいめんたいめんししし給給たまふふうべきべきべきさまさまさまにににもももあらあらあらねねねばばばいといといとものしものしものしとととおぼしおぼしおぼしててて、、、
- 13「「「かやうかやうかようのののありきありきありきももも今今いまはははつきなきつきなきつきなきほどほどほどににになりなりなりにににててて侍侍はべるるるをををおぼしおぼしおぼし知知しらららばばば、、、かうかうこうしめしめしめのののほかほかほかにににはははもてなしもてなしもてなし給給たまははわでででいぶせういぶせういぶしょう侍侍はべるるることことことをををもももあきらめあきらめあきらめ侍侍はべりりりにににしがしがしがななな」」」とととまめやかまめやかまめやかににに聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、
- 14人々人々びとげにげにげにいといといとかたはらいたうかたはらいたうかたわらいとう立立たちちち煩煩わずらははわせせせたまふたまふたまうににに、、、「「「いとほしいとほしいとおし」」」などなどなどあつかひあつかひあつかい聞聞きこゆれゆれゆればばばいざやいざやいざや此處此處ここののの人目人目ひとめももも見見み苦苦ぐるしうしうしゅうかのかのかのおぼさおぼさおぼさむむんことことこともももわかわかしうわかわかしうわかわかしゅう出出いででで居居いむむんががが今今いま更更さらにににつゝましきつゝましきつつましきことことことゝゝとおぼすおぼすおぼすにににいといといと物物もの憂憂うけれけれけれどどど
- 15なさけなうなさけなうなさけのうもてなさもてなさもてなさむむんにににもももたけからたけからたけからねねねばばば、、、とかうとかうとこう打打うちちち嘆嘆なげききき休休やすらひらひらいてててゐざりゐざりいざり出出いででで給給たまへへえるるる御御おんけはひけはひけわいいといといと心心こころにくしにくしにくし。。。「「「こなたこなたこなたははは簀子簀子すのこばかりばかりばかりののの許許ゆるささされれれははは侍侍はべるるるややや」」」とととててて、、、のぼりのぼりのぼり居居い給給たまへへえりりり。。。
- 16花花はなやかやかやかにににさしさしさし出出いでででたるたるたる夕夕ゆうづくづくづく夜夜よにににうちうちうちふるまひふるまひふるまい給給たまへへえるるるさまさまさまにほひにほひにおい似似にるるる物物ものなくなくなくめでたしめでたしめでたし。。。月頃月頃つきごろのののつもりつもりつもりをををつきづきしうつきづきしうつきづきしゅう聞聞きこえええ給給たまははわむむんもももまばゆきまばゆきまばゆきほどほどほどににになりなりなりにににけれけれければばば
- 17榊榊さかきをををいさゝかいさゝかいささか折折おりりりてててもたもたもたまへまへまえりりりけるけるけるをををさしさしさし入入いれれれててて「「「變變かわらららぬぬぬ色色いろをををしるべしるべしるべにてにてにてこそこそこそいがきいがきいがきをををももも越越こえええ侍侍はべりりりにににけれけれけれ。。。さもさもさも心心こころ憂憂うくくく」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、
- 18「「「神垣神垣かみがきはははしるししるししるしののの杉杉すぎもももなきなきなきものものものをををいかにいかにいかにまがへまがへまがえててて折折おれれれるるるさかきさかきさかきぞぞぞ」」」ととと聞聞きこえええたまへたまへたまえばばば、、、「「「をとめこをとめこおとめこがががあたりあたりあたりととと思思おもへへえばばば榊葉榊葉さかきばののの香香かをををなつかしみなつかしみなつかしみとめとめとめてててこそこそこそ折折おれれれ」」」
- 19大方大方おおかたのののけはひけはひけわい煩煩わずらはしけれはしけれわしけれどどど御簾御簾みすばかりばかりばかりはははひきひきひききてきてきてなげしなげしなげしにににおしおしおし懸懸かかりりりててて居居い給給たまへへえりりり。。。
現代語訳
斎宮の伊勢への下向が近づいていくにつれて、御息所は何となく心細くお思いになる。身分が高く気づまりな方とお思いになっていた左大臣家の姫君(葵の上)も亡くなられて後、それでもいずれは(御息所が正妻に)と世間の人も噂し、斎宮の御殿の内でも期待していたのに、その後かえってすっかり途絶えて、あきれるようなお扱いをご覧になるにつけ、本当につらいと思うことがあったのだろうと、すっかりお悟りになったので、すべての情を思い捨てて、ひたすら伊勢へ出立なさる。
母親が付き添って下りなさる例も特にないが、たいそう見放しがたい斎宮のご様子であるのにかこつけて、つらい世の中から離れてしまおうとお思いになるので、大将の君(源氏)も、さすがに今はもうこれまでと遠く離れてしまわれるのも残念にお思いになって、お手紙だけは、しみじみとした様子でたびたび通わせる。
お会いになることは、今さらあってはならないことだと、女君もお思いになる。相手は気に入らないと思っておかれることもあろうが、自分は今少し思い乱れることがまさるに違いないので、つまらないと、気強くお思いになるのだろう。
元の邸には、ほんのしばらくお帰りになる折々もあるが、たいそう人目を忍んでいらっしゃるので、大将殿はご存じない。野宮は、気軽に思いのままお訪ねになれるようなお住まいではないので、気がかりなまま月日もたってしまったところに、院の上(桐壺院)が、ひどいご病気ではないが、いつもと違って時々お悩みになるので、いっそうお心の暇がないけれど、つれない者と思い切られてしまうのも気の毒で、世間の評判も情けないだろうかと思い立って、野宮にお出かけになる。
九月七日ごろなので、出立はもう今日明日かとお思いになると、女方も気ぜわしいけれど、立ったままでもと、たびたびお手紙があったので、さあどうしようかと思い悩みながらも、あまり引きこもってばかりいるのもと、物越しくらいの対面ならと、人知れずお待ち申し上げていらっしゃった。
遠い野辺を分け入っていかれるときから、たいそうしみじみとした趣である。秋の花はみな衰えて、浅茅が原も枯れ枯れになり、かれがれの虫の音に、松風が寂しく吹き合わせて、何の曲とも聞き分けられないほどに、楽の音がとぎれとぎれに聞こえてくるのが、たいそう優美である。
親しい前駆の者十人あまりと、随身たちも仰々しくない姿で、たいそう忍んでいらっしゃるが、格別に身なりを整えていらっしゃるお心づかいがたいそうすばらしくお見えになるので、お供の風流好みの者たちは、場所柄までも身にしみて感じている。源氏もお心の中で、どうして今まで通い慣れなかったのだろうと、過ぎた日々を悔しくお思いになる。
頼りない小柴垣を外垣にして、板屋があちこちに、たいそう仮ごしらえのようである。黒木の鳥居などは、さすがに神々しく見渡されて、気づまりな様子であるうえに、神官の者たちがあちこちで咳払いをして、仲間どうしで何か話している様子なども、よそとは様子が違って見える。火焼屋がかすかに光って、人の気配も少なくしんみりとしていて、ここに物思いに沈む人が、長い月日を過ごしていらっしゃったのだろうとお思いやりになると、たいそうしみじみと気の毒である。
北の対の適当な所に隠れて立っていらっしゃって、お便りを申し上げなさると、管絃の遊びはみなやめて、奥ゆかしい気配が大勢聞こえる。あれこれと取り次ぎを通したお返事ばかりで、ご自身はお会いになりそうな様子もないので、たいそう面白くないとお思いになって、「このような忍び歩きも、今は似つかわしくない身分になりましたのを、お察しくださるなら、こうして注連の外にはお扱いにならないで、胸につかえていることも晴らしたいものです」と真剣に申し上げなさると、
女房たちが「本当に、たいそうお気の毒に、立ったままお困らせになって」「お気の毒です」などととりなし申し上げるので、さあどうしたものか、ここの人目も見苦しいし、あの方がお思いになることも子どもっぽく、出て行くのも今さら気恥ずかしいこととお思いになると、たいそう気が進まないけれど、無愛想に扱うほど気強くもなれないので、あれこれとため息をつき、ためらって、膝行して出ていらっしゃったご様子は、たいそう奥ゆかしい。
「こちらは、簀子までは上がることを許していただけますか」と言って、源氏は簀子にお上がりになった。華やかにさし出た夕月夜に、ふるまっていらっしゃるお姿は、比べるものもなく美しい。幾月ものご無沙汰の言い訳を、もっともらしく申し上げなさるのも気恥ずかしいほどになってしまったので、榊を少し折って持っていらっしゃったのを差し入れて、「変わらない心を道しるべにして、神域の垣も越えて参りました。それなのに、つれないことです」と申し上げなさると、
御息所は「この神域の垣には、目印の杉もないのに、どう間違えて折った榊なのですか」と申し上げなさるので、源氏は「神に仕える少女のいるあたりだと思うので、榊の葉の香りが慕わしく、尋ね求めて折ったのです」。あたりの雰囲気ははばかられるが、御簾だけは引きかぶるようにして、長押に寄りかかって座っていらっしゃる。
意訳
葵の上の死後も、源氏は御息所を正妻に迎えようとはせず、御息所は源氏への思いを断ち切るため、斎宮となった娘とともに伊勢へ下ることを決める。源氏はさすがに名残惜しく、野宮を訪ねる。
秋の嵯峨野の寂しい景色の中、御息所はためらいながらも源氏と対面する。源氏は変わらぬ心の証しとして榊を差し入れ、二人は神域にちなんだ歌を交わす。
語釈・文法注
- 火燒屋
- 火焼屋(ひたきや)。夜間、警護の者がかがり火をたいて番をする小屋。
文法
- 願望の「にしがな」(あきらめ侍りにしがな)
- 「晴らしたいものだ」。自分の願望を表す。
- 推量の「つらむ」(立ちならさゞりつらむ)
- 「どうして通い慣れなかったのだろう」。過去の事実の理由を推量する。
和歌
神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れるさかきぞ
- 詠者
- 六条御息所
- 状況
- 源氏が榊を差し入れて、変わらぬ心を道しるべに来たと言ったのに答えた歌。この神域の垣には、目印の杉もないのに、どう間違えて折った榊なのですか。
修辞
- 引歌
- 「我が庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」(古今集)をふまえ、「しるしの杉」もないのにと、源氏の来訪をとがめる。
をとめこがあたりと思へば榊葉の香をなつかしみとめてこそ折れ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 御息所への返歌。神に仕える少女のいるあたりだと思うので、榊の葉の香りが慕わしく、尋ね求めて折ったのです。
修辞
- 引歌
- 「榊葉の香をかぐはしみとめくれば八十氏人ぞまとゐせりける」(拾遺集・神楽歌)をふまえる。
解説
野宮の場面は、源氏物語の中でもっとも美しい別れの場面の一つとして知られる。秋の嵯峨野の、枯れた浅茅が原や虫の音、松風といった寂しい景色が、二人の別れの情趣を深めている。
「賢木」という巻名は、源氏が御息所に差し入れた榊に由来する。神に仕える斎宮の母である御息所と、榊を手に神域を越えて訪れる源氏という構図に、二人の恋の禁忌と別れの定めが象徴されている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、192–197頁(コマ98–100)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日