源氏物語 第9帖 葵(14)
紫の上の裳着と新年
源氏は御息所を正妻とする気はないものの、相談相手としては見捨てないと思う。紫の君の存在を父の兵部卿宮に知らせようと、裳着の準備を進めるが、紫の君は源氏を疎んじて打ち解けない。年が明け、源氏は院や内裏に参賀した後、左大臣邸を訪れる。左大臣と大宮は悲しみを新たにし、大宮は源氏のために用意した晴れ着を贈って歌を交わす。

- 1かのかのかの御御おんやすやすやす所所どころはははいといといといとほしけれいとほしけれいとおしけれどどど誠誠まことのののよるべよるべよるべとととたのみたのみたのみ聞聞きこえええむむんにににははは必必かならずずず心心こころおかおかおかれれれぬぬぬべしべしべし、、、年頃年頃としごろのののやうやうようにてにてにて見見み過過すぐしぐしぐし給給たまははわゞゞばさるべきさるべきさるべきをりふしをりふしおりふしににに物物もの聞聞きこえええあはするあはするあわする人人ひとにてにてにてはははあらあらあらむむんなどなどなど、、、さすがさすがさすがににに殊殊ことののの外外ほかにににははは思思おもししし放放はなたたたずずず。。。
- 2このこのこの姫君姫君ひめぎみををを今今いままでまでまで世世よののの人人ひともももそのそのその人人ひととととももも知知しりりり聞聞きこえええぬぬぬ、、、ものものものげげげなきなきなきやうやうようなりなりなり。。。父宮父宮ちちみやににに知知しらせらせらせ聞聞きこえええてててむむんととと覺覺おぼしししなりなりなりててて、、、御御おんのののことことこと人人ひとににに普普あまねくくくはははのたまはせのたまはせのたまわせねねねどどどなべてなべてなべてならならならぬぬぬさまさまさまにににおぼしおぼしおぼし設設もうくるくるくる御御おん用意用意よういなどなどなどいといといとありがたけれありがたけれありがたけれどどど
- 3をんなをんなおんな君君ぎみはははこよなうこよなうこよのう踈踈うとみみみ聞聞きこえええ給給たまひひいててて年頃年頃としごろよろづよろづよろずににに賴賴たのみみみ聞聞きこえええてててまつはしまつはしまつわし聞聞きこえええけるけるけるこそこそこそあさましきあさましきあさましき心心こころなりなりなりけれけれけれととと、、、悔悔くやしうしうしゅうのみのみのみおぼしおぼしおぼしてててさやかさやかさやかにににももも見見み合合あわせせせ奉奉たてまつりりり給給たまははわずずず。。。
- 4聞聞きこえええたはぶれたはぶれたわぶれ給給たまふふうももも苦苦くるしうしうしゅうわりなきわりなきわりなきものものものににに思思おもしししむすぼゝれむすぼゝれむすぼおれてててありありありしししにににもももあらあらあらずずずなりなりなり給給たまへへえるるる御御おん有樣有樣ありさまををを、、、をかしうをかしうおかしゅうもももいとほしういとほしういとおしゅうもももおぼさおぼさおぼされれれててて年頃年頃としごろ思思おもひひい聞聞きこえええしししほいほいほいなくなくなく、、、なれなれなれはははまさらまさらまさらぬぬぬ御御おん氣色氣色けしきののの心心こころうきうきうき事事ことととと怨怨うらみみみ聞聞きこえええ給給たまふふう程程ほどににに年年としもももかへりかへりかえりぬぬぬ。。。
- 5ついたちついたちついたちののの日日ひははは例例れいののの院院いんににに參參まいりりり給給たまひひいてててぞぞぞ內內うち、、、春宮春宮とうぐうなどなどなどにににももも參參まいりりり給給たまふふう。。。それそれそれよりよりよりおほいおほいおおい殿殿どのにににまかでまかでまかで給給たまへへえりりり。。。
- 6おとゞおとゞおとど新新あたらしきしきしき年年としととともももいはいはいわずずず昔昔むかしののの御御おん事事ことどもどもども聞聞きこえええ出出いででで給給たまひひいてててさうざうしくさうざうしくそうぞうしく悲悲かなしししととと思思おもすすすにににいといといとかうかうこうさへさへさへ渡渡わたりりり給給たまへへえるるるにににつけつけつけててて念念ねんじじじかへしかへしかえし給給たまへへえどどど堪堪たへへえ難難がたくくくおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。
- 7御御おん年年としののの加加くわはるはるわるけにけにけにややや、、、ものものしきものものしきものものしきけけけさへさへさへ添添そひひい給給たまひひいててて、、、ありありありしししよりよりよりけにけにけに淸淸きよらららににに見見みえええ給給たまふふう。。。立立たちちち出出いでゝでゝでて御方御方かたににに入入いりりり給給たまへへえれれればばば人々人々びとももも珍珍めずらしうしうしゅう見見み奉奉たてまつりりりててて忍忍しのびびびあへあへあえずずず。。。
- 8若君若君わかぎみ見見み奉奉たてまつりりり給給たまへへえばばばこよなくこよなくこよなくおよすげおよすげおよすげててて笑笑わらひひいがちがちがちにににおはするおはするおわするももも哀哀あわれなりなりなり。。。まみまみまみ口口くちつきつきつき唯唯ただ春宮春宮とうぐうののの同同おなじじじさまさまさまなれなれなればばば人人ひともももこそこそこそ見見み奉奉たてまつりりり咎咎とがむれむれむれととと見見み給給たまふふう。。。
- 9御御おんしつらひしつらひしつらいなどなどなどもももかはらかはらかわらずずずののの御御おんさうさうそう束束ぞくなどなどなど例例れいのののやうやうようにににしししかけかけかけられられられたるたるたるににに女女おんなのののがががならばならばならばぬぬぬこそこそこそなべてなべてなべてさうざうしくさうざうしくそうぞうしくはえはえはえ無無なけれけれけれ。。。
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- 12必必かならずずず今日今日きょう奉奉たてまつるるるべきべきべきととと思思おもしししけるけるける御御おんしたがさねしたがさねしたがさねははは色色いろもももおりざまおりざまおりざまもももよよよのののつねつねつねならならならずずず、、、心心こころことことことなるなるなるをををかひかひかいなくなくなくやややはははとととててて着着きかへかへかえ給給たまふふう。。。來來こざらざらざらましかましかましかばばば口惜口惜くちおしうしうしゅうおぼさおぼさおぼされれれましましましととと心苦心苦こころぐるししし。。。
- 13御御おんかへりかへりかえりにににははは「「「春春はるやややきききぬるぬるぬるととともももまづまづまず御覽御覽ごらんぜぜぜられられられににになむなむなん。。。參參まいりりりはべりはべりはべりつれつれつれどどど思思おもひひい給給たまへへえ、、、出出いでででらるゝらるゝらるる事事ことどもどもども多多おおくくくててて、、、えええきこえきこえきこえさせさせさせ侍侍はべらららずずず。。。
- 14あまたあまたあまたとしとしとし今日今日きょうあらためあらためあらためししし色色いろごろもごろもごろもきききてててははは淚淚なみだぞぞぞふるふるふるこゝちこゝちここちするするする。。。えええこそこそこそ思思おもひひい給給たまへへえしづめしづめしずめねねね」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。御御おんかへりかへりかえり「「「新新あたらしきしきしき年年としととともももいはいはいわずずずふるふるふるものものものはははふりふりふりぬるぬるぬる人人ひとのののなみだなみだなみだなりなりなりけりけりけり」」」。。。おろかおろかおろかなるなるなるべきべきべきことことことにににぞぞぞあらあらあらぬぬぬややや。。。
現代語訳
あの御息所は、たいそう気の毒ではあるが、本当の妻として頼りにし申し上げるには、きっと気がねされるだろう。長年のように、そのままお付き合いしてくださるなら、しかるべき折々に話し相手となる人ではあるだろうなどと、さすがにすっかり見捨ててしまおうとはお思いにならない。
この姫君を、今まで世間の人も誰とも知り申し上げないのは、身分がないようである。父宮(兵部卿宮)にお知らせ申し上げようとお思いになって、御裳着のことを、人に広くはおっしゃらないが、並々でない様子でご準備なさる心づかいなどは、たいそうめったにないほどであるが、
女君は、すっかり源氏を疎ましくお思い申し上げなさって、長年何事も頼りにし申し上げて、まつわりついていたのは、あきれた心だったと、悔しくばかりお思いになって、はっきりと目を合わせ申し上げることもなさらない。
源氏が冗談を申し上げなさるのも、苦しくやりきれないものと思いふさいで、以前とはすっかり変わってしまわれたご様子を、源氏はかわいらしくも気の毒にもお思いになって、「長年大切に思い申し上げてきたかいもなく、慣れ親しむどころか、打ち解けないご様子がつらいことです」と恨み申し上げなさるうちに、年も改まった。
元日には、いつものように院に参上なさってから、内裏や東宮などにも参上なさる。それから左大臣邸に退出なさった。大臣は、新年だというのに、昔のことなどを話し出しなさって、寂しく悲しいとお思いになっているところに、源氏がこうしてお越しになったにつけて、こらえようとなさるが、耐えがたくお思いになっていた。
源氏は、お年が加わったせいか、重々しい様子までお加わりになって、以前よりいっそう美しくお見えになる。大臣の前から立ち出て、亡き葵の上のお部屋にお入りになると、女房たちも久しぶりに拝見して、涙をこらえきれない。
若君を拝見なさると、たいそう成長して、よく笑っていらっしゃるのもしみじみとしている。目もとや口もとは、まったく東宮と同じ様子なので、人が見とがめ申し上げては困ると思ってご覧になる。
お部屋の飾りつけなども変わらず、衣桁にかけたご装束なども、いつものように掛けてあるのに、女君の装束が並んでいないのは、何もかも物足りなく、映えないことである。
大宮からのお便りで、「今日はたいそうこらえておりますのに、こうしてお越しくださったので、かえって」などと申し上げなさって、「昔からの習慣で整えておりましたご装束も、この数か月は、いっそう涙に目がふさがって、色合いも悪くご覧になるだろうと存じますが、今日だけは、やはりこの粗末なものをお召しください」と言って、たいそう心を尽くして作られた品々を、また重ねて差し上げなさった。
必ず今日お召しになるようにとお思いになった下襲は、色も織り方も並々ではなく、格別なので、そのかいがないようではいけないと、源氏はお着替えになる。もし来なかったら、大宮はどんなにか残念にお思いになっただろうと、心苦しい。
ご返事には、「春が来たということも、まず私のこの姿をご覧に入れようと思いまして、参上いたしましたが、思い出されることが多くて、十分に申し上げることができません。長年、元日ごとに新しく仕立ててくださった晴れ着ですが、今年これを着ると、涙が降るような気持ちがします。とても心を静めることができません」と申し上げなさった。大宮のご返事は、「新しい年だというのに、降るものは、年老いた私の涙なのでした」。並大抵の悲しみではないのである。
意訳
源氏は、御息所を正妻とする気はないが、話し相手としては見捨てまいと思う。そして紫の君の存在を世に知らせるため、父の兵部卿宮に知らせ、裳着の準備を進める。しかし紫の君は源氏を疎んじて、打ち解けようとしない。
年が明け、源氏は左大臣邸を訪れる。若君は東宮によく似て、源氏は人に見とがめられないかと気にかける。大宮は、亡き娘に代わって源氏のための晴れ着を用意しており、二人は涙ながらに歌を交わす。
語釈・文法注
- 裳着
- 裳着(もぎ)。女子が成人したしるしに、初めて裳を着ける儀式。十二歳から十四歳ごろに行われ、結婚の前提となった。
- みそかけ
- 御衣掛(みそかけ)。衣服を掛けておく家具。衣桁。夫婦の装束を並べて掛けた。
文法
- 反実仮想の「ましかば…まし」(來ざらましかば口惜しうおぼされまし)
- 「もし来なかったら、残念にお思いになっただろうに」。
- 危惧の「もこそ」(人もこそ見奉り咎むれ)
- 「人が見とがめ申し上げては困る」。よくないことが起こるのを恐れる表現。
和歌
あまたとし今日あらためし色ごろもきては淚ぞふるこゝちする
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 大宮から晴れ着を贈られて詠んだ歌。長年、元日ごとに新しく仕立ててくださった晴れ着ですが、今年これを着ると、涙が降るような気持ちがします。
修辞
- 掛詞
- 「ふる」に「降る」と「古る」、「きて」に「着て」と「来て」をかける。
新しき年ともいはずふるものはふりぬる人のなみだなりけり
- 詠者
- 大宮
- 状況
- 源氏への返歌。新しい年だというのに、降るものは、年老いた私の涙なのでした。
修辞
- 掛詞
- 「ふる」に「降る」、「ふりぬる」に「古りぬる」(年老いた)をかける。
解説
葵の巻は、元日の左大臣邸の場面で閉じられる。衣桁に掛けられた源氏の装束の隣に、葵の上の装束が並んでいないという描写は、妻の不在を静かに、しかし鮮やかに伝えている。大宮が毎年仕立ててきた晴れ着を、今年も源氏に贈るという場面に、娘を失った母の深い悲しみと、婿への変わらぬ愛情がこめられている。
若君(夕霧)が東宮に似ているという記述は、東宮が実は源氏の子であるという秘密を、ひそかに思い起こさせる。葵の巻は、葵の上の死と紫の上の結婚という、源氏の人生の大きな転機を描いた巻である。次の賢木の巻では、桐壺院の崩御とともに、源氏の運命が暗転していく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、188–191頁(コマ96–97)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日