源氏物語 第9帖 葵(11)
形見の手習と院への参上
左大臣は、源氏が去った後の部屋で、源氏が書き散らした手習を見つけ、亡き娘を悼む歌に涙する。大宮も、娘を失ったうえ源氏が遠ざかることを嘆く。源氏は院に参上し、院は面やつれした源氏をいたわる。藤壺からも見舞いの言葉があり、源氏は喪服姿で応える。

- 1「「「思思おもししし捨捨すつつつまじきまじきまじき人人ひともももとまりとまりとまり給給たまへへえれれればばば、、、さりともさりともさりとも物物もののののついでついでついでにににははは立立たちちち寄寄よらららせせせ給給たまははわじじじやややなどなどなど慰慰なぐさめめめ侍侍はべるるるををを、、、偏偏ひとえににに思思おもひひいやりやりやりなきなきなき女房女房にょうぼうなどなどなどははは今日今日きょうをををかぎりかぎりかぎりににに思思おもししし捨捨すつるつるつる故郷故郷ふるさとととと思思おもひひいくつしくつしくつしててて
- 2長長ながくくく別別わかれれれぬるぬるぬるかなしびかなしびかなしびよりよりよりももも唯唯ただ時々時々ときどき馴馴なれれれ仕仕つこうううまつるまつるまつる年月年月としつきののの名殘名殘なごりなかるなかるなかるべきべきべきををを歎歎なげききき侍侍はべるるるめるめるめるなむなむなんことわりことわりことわりなるなるなる。。。
- 3うちうちうちとけとけとけ坐坐おわしますしますします事事ことははは侍侍はべらららざりざりざりつれつれつれどどどさりともさりともさりとも遂遂ついにににはははとととあいなだのみあいなだのみあいなだのみししし侍侍はべりりりつるつるつるをををげにげにげにこそこそこそ心心こころぼそきぼそきぼそき夕夕ゆうべににに侍侍はべれれれ」」」とととてててもももまたまたまた泣泣なききき給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 4「「「いといといと淺淺あさはかはかはかなるなるなる人々人々びとののの嘆嘆なげきききにににももも侍侍はべるるるなるなるなるかなかなかな。。。誠誠まことにににいかなりいかなりいかなりともともともととと、、、長閑長閑のどかににに思思おもひひい給給たまへへえつるつるつる程程ほどははは、、、おのづからおのづからおのずから御目御目めかるゝかるゝかるる折折おりももも侍侍はべりりりつつつらむらむらんををを、、、なかなかなかなかなかなか今今いまははは何何なにををを賴賴たのみみみてててかかか怠怠おこたりりり侍侍はべらららむむん。。。今今いま御覽御覽ごらんじじじてててむむん」」」とととててて出出いででで給給たまふふうををを
- 5おとゞおとゞおとど見見み送送おくりりり聞聞きこえええ給給たまひひいててて入入いりりり給給たまへへえるるるににに、、、御御おんしつらひしつらひしつらいよりよりよりはじめはじめはじめありありありしししににに變變かわるるる事事こともももなけれなけれなけれどどどうつせみうつせみうつせみののの空空むなしきしきしき心地心地ここちぞぞぞししし給給たまふふう。。。
- 6御帳御帳みちょうののの前前まえににに御御おん硯硯すずりなどなどなどうちうちうちちらしちらしちらしててて手手て習習ならひひいすてすてすて給給たまへへえるるるををを取取とりりりててて目目めをををしぼりしぼりしぼりつゝつゝつつ見見み給給たまふふうををを、、、若若わかききき人々人々びとははは悲悲かなしきしきしき中中なかにににもももほゝゑむほゝゑむほほえむもももあるあるあるべしべしべし。。。
- 7哀哀あわれなるなるなることことことどもどもども、、、からからからのののももも倭倭やまとのののももも書書かきききけがしけがしけがしつゝつゝつつ、、、にににもももまなまなまなにににももも、、、さまざまさまざまさまざま珍珍めずらしきしきしきさまさまさまににに書書かきききまぜまぜまぜ給給たまへへえりりり。。。かしこかしこかしこののの御手御手てやややととと空空そらををを仰仰あおぎぎぎてててながめながめながめ給給たまふふう。。。よそよそよそ人人びとににに見見み奉奉たてまつりりりなさなさなさむむんががが惜惜おしきしきしきなるなるなるべしべしべし。。。
- 8「「「ふるきふるきふるき枕枕まくらふるきふるきふるきふすまふすまふすま誰誰たれととと共共ともにににかかかとととあるあるある所所ところににに「「「なきなきなきたまたまたまぞぞぞいとゞいとゞいとど悲悲かなしきしきしき寢寢ねししし床床とこのののあくがれあくがれあくがれがたきがたきがたき心心こころならひならひならいににに」」」。。。
- 9又又また「「「霜霜しもののの花花はなしろししろししろし」」」とととあるあるある所所ところににに、、、「「「君君きみなくなくなくてててちりちりちりつもりつもりつもりぬるぬるぬるとこなつとこなつとこなつののの露露つゆうちうちうち拂拂はらひひいいくいくいく夜夜よ寢寢ねぬぬぬらむらむらん」」」。。。ひとひひとひひとひののの花花はななるなるなるべしべしべし枯枯かれれれてててまじれまじれまじれりりり。。。
- 10宮宮みやににに御覽御覽ごらんぜぜぜさせさせさせ給給たまひひいててて「「「いふかひいふかひいうかいなきなきなき事事ことをををばばばさるさるさるものものものにてにてにてかゝるかゝるかかる悲悲かなしきしきしきたぐひたぐひたぐい世世よににになくなくなくやややはははととと思思おもひひいなしなしなしつゝつゝつつ契契ちぎりながながながゝらゝらからでででかくかくかく心心こころををを惑惑まどはすはすわすべくべくべくてててこそこそこそはははありありありけめけめけめとととかへりてかへりてかえりてつらくつらくつらくさきさきさきののの世世よををを思思おもひひいやりやりやりつゝつゝつつなむなむなんさましさましさまし侍侍はべるるるををを、、、
- 11唯唯ただ日頃日頃ひごろににに添添そへへえててて戀戀こいしさしさしさののの堪堪たへへえがたきがたきがたきととと、、、このこのこの大將大將だいしょうののの君君きみののの今今いまはははとととよそよそよそににになりなりなり給給たまははわむむんなむなむなん飽飽あかかかずずずいみじくいみじくいみじく思思おもひひい給給たまへへえらるゝらるゝらるる。。。
- 12ひとひひとひひとひ二日二日ふつかももも見見みえええ給給たまははわずずずかれがれかれがれかれがれにににおはせおはせおわせしししをををだにだにだに飽飽あかかかずずず、、、胸胸むね痛痛いたくくく思思おもひひい侍侍はべりりりしししををを、、、朝夕朝夕あさゆうのののひかりひかりひかり失失うしなひひいてててはははいかでいかでいかでかかかながらふながらふながらうべからべからべからむむん」」」ととと、、、御御おん聲聲こえもももえええ忍忍しのびびびあへあへあえ給給たまははわずずず泣泣なききき給給たまふふうににに、、、
- 13御前御前おまえなるなるなるおとなおとなしきおとなおとなしきおとなおとなしき人人ひとなどなどなどいといといと悲悲かなしくしくしくてててさとさとさとうちうちうちなきなきなきたるたるたる、、、そゞろそゞろそぞろ寒寒さむききき夕夕ゆうべのののけしきけしきけしきなりなりなり。。。
- 14若若わかききき人々人々びとははは所々所々ところどころににに群群むれれれ居居いつゝつゝつつ己己おのがががどちどちどち哀哀あわれなるなるなる事事ことどもどもども打打うちちち語語かたらひらひらいててて「「「殿殿とののののおぼしおぼしおぼしのたまはするのたまはするのたまわするやうやうようににに、、、若君若君わかぎみををを見見み奉奉たてまつりりりてててこそこそこそははは慰慰なぐさむむむべかべかべかめれめれめれととと思思おもふふうもももいといといとはかなきはかなきはかなき程程ほどののの御御おんかたみかたみかたみにににこそこそこそ」」」とととててて、、、
- 15「「「各各おのおのあからさまあからさまあからさまにににまかでゝまかでゝまかでて參參まいらららむむん」」」ととといふいふいうもももあれあれあればばばかたみかたみかたみにににわかれわかれわかれをををしむしむしむほどほどほど己己おのがががじゝじゝじし哀哀あわれなるなるなる事事ことどもどもども多多おおかりかりかり。。。
- 16院院いんへへへ參參まいりりり給給たまへへえれれればばば、、、「「「いといといといたくいたくいたくおもやせおもやせおもやせにににけりけりけり。。。にてにてにて日日ひををを經經ふるるるけにけにけにややや」」」ととと心心こころ苦苦ぐるしげしげしげににに思思おもしししめしめしめしててておおお前前まえにてにてにて物物ものなどなどなどまゐらまゐらまいらせせせ給給たまひひいてててとやかくやとやかくやとやかくやとととおぼしおぼしおぼしあつかひあつかひあつかい聞聞きこえええさせさせさせ給給たまへへえるるるさまさまさま哀哀あわれにににかたじけなしかたじけなしかたじけなし。。。
- 17中宮中宮ちゅうぐうののの御方御方かたににに參參まいりりり給給たまへへえれれればばば人々人々びと珍珍めずらしししがりがりがり見見み奉奉たてまつるるる。。。命婦命婦みょうぶののの君君きみしししててて「「「思思おもひひいつきせつきせつきせぬぬぬ事事ことどもどもどもををを程程ほど經經ふるるるにににつけつけつけてててもももいかにいかにいかに」」」ととと御御おん消消しょうそこそこそこ聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。
- 18「「「常常つねなきなきなき世世よははは大大おおがたがたがたにににももも思思おもふふう給給たまへへえしりしりしりにににしししををを、、、目目めににに近近ちかくくく見見み侍侍はべりりりつるつるつるににに厭厭いとはしきはしきわしき事事こと多多おおくくく思思おもううう給給たまへへえ亂亂みだれれれしもしもしもたびたびたびたびたびたびののの御御おんせうそこせうそこしょうそこににに慰慰なぐさめめめ侍侍はべりりりてててなむなむなん。。。今日今日きょうまでまでまでももも」」」とととてててさらさらさらぬぬぬ折折おりだにだにだにあるあるある御御おん氣色氣色けしき取取とりりり添添そへへえててていといといと心心こころ苦苦ぐるしげしげしげなりなりなり。。。
- 19無紋無紋むもんのののうへうへうえののの御御おんぞぞぞににに、、、にびにびにび色色いろののの御御おんしたがさねしたがさねしたがさね纓纓えい卷卷まききき給給たまへへえるるるやつれやつれやつれ姿姿すがた華華はなやかやかやかなるなるなる御御おんよそひよそひよそいよりよりよりもももなまめかしさなまめかしさなまめかしさ增增まさりりり給給たまへへえりりり。。。「「「春宮春宮とうぐうにににももも久久ひさしうしうしゅう參參まいらららぬぬぬおぼつかなさおぼつかなさおぼつかなさ」」」などなどなど聞聞きこえええ給給たまひひいててて夜夜よ更更ふけけけてててぞぞぞまかでまかでまかで給給たまふふう。。。
現代語訳
大臣は、「見捨てることのできない若君も残っていらっしゃるのですから、それでも何かのついでにはお立ち寄りくださらないことがあろうかなどと、皆を慰めておりますが、ひたすら考えの浅い女房などは、今日を限りにお見捨てになる古里と思い沈んで、
永遠にお別れしてしまった悲しみよりも、ただ時々お仕え申し上げてきた年月の名残がなくなってしまうのを嘆いているようなのも、もっともなことです。娘はくつろいでおもてなしすることはございませんでしたが、それでもいつかはと、あてにならない期待をしておりましたのに、本当に心細い夕べでございます」と言って、また泣いておしまいになった。
源氏は「たいそう浅はかな人々の嘆きでございますね。本当に、いくら何でもいつかはと、のんびり構えておりました間は、自然とご無沙汰することもございましたでしょうが、かえって今は、何を頼みにして怠ることがありましょうか。今にご覧になるでしょう」と言ってお出かけになるのを、
大臣はお見送り申し上げなさって、部屋にお入りになると、お部屋の飾りつけをはじめ、以前と変わることもないけれど、蝉の抜け殻のように空虚な気持ちがなさる。御帳台の前に、硯などを散らかして、手習をして捨てていらっしゃったのを取って、目をしばたたきながらご覧になるのを、若い女房たちは、悲しい中にもほほえむ者もあるのだろう。
しみじみとした詩歌などを、唐のものも大和のものも書き散らしながら、草仮名でも漢字でも、さまざまに珍しい書きぶりで書きまぜていらっしゃる。見事な筆跡だなあと、大臣は空を仰いで眺めなさる。この婿を、よその人として拝見することになるのが惜しいのだろう。
「古き枕、古き衾、誰と共にか」とある所に、「亡き人の魂が、いっそう悲しく思われる。共に寝た床を離れがたい、私の心の習いにつけて」。また「霜の花白し」とある所に、「あなたがいなくなって、塵が積もってしまった床の、常夏の花の露を払いながら、幾夜寝たことだろう」。先日の撫子の花なのだろう、枯れてまじっていた。
大臣は大宮にお見せになって、「言ってもかいのないことはそれとして、このような悲しい例は世にないわけではないと思いなしながら、親子の縁が長く続かずに、このように心を惑わすことになるはずだったのだと、かえってつらく前世の因縁を思いやりながら、気持ちを冷ましておりますが、
ただ日がたつにつれて恋しさが耐えがたいのと、この大将の君が、今はもうよその人になってしまわれるのが、たまらなく悲しく思われるのです。一日二日お見えにならず、とだえがちにいらっしゃった時でさえ、物足りなく胸を痛めておりましたのに、朝夕の光を失っては、どうして生きながらえることができようか」と、お声も抑えきれずにお泣きになると、
御前にいる年配の女房たちなども、たいそう悲しくて、どっと泣き出したのは、そぞろに寒々とした夕べの光景である。若い女房たちは、あちこちに寄り集まって、自分たちどうしでしみじみとしたことを語り合って、「殿がおっしゃるように、若君を拝見してこそ慰められるのだろうと思うにつけても、まだたいそう幼い形見ですこと」と言って、
「それぞれ、しばらく里に下がって、また参りましょう」と言う者もあるので、互いに別れを惜しむ間、それぞれにしみじみとしたことが多かった。
源氏が院へ参上なさると、院は「たいそうひどく面やせしてしまったなあ。精進で日を過ごしたせいか」と、気の毒そうにお思いになって、御前でお食事などを差し上げさせなさって、あれこれとお世話を焼いてくださる様子は、しみじみともったいない。
中宮(藤壺)の御方に参上なさると、女房たちは珍しがって拝見する。中宮は命婦の君を通して、「尽きることのない悲しみを、日がたつにつれて、どのようにお過ごしですか」とお言葉を申し上げなさった。
「無常の世は、一通りには存じておりましたが、目の当たりにいたしまして、いとわしいことが多く、思い乱れておりましたのも、たびたびのお便りに慰められまして。今日まで生きております」と言って、そうでない時でさえある悲しげなご様子に、さらに喪の悲しみを加えて、たいそう痛々しい。
無紋の袍に鈍色の下襲を着て、冠の纓を巻いていらっしゃる喪服姿は、華やかな装いよりも、優美さがまさっていらっしゃる。「東宮にも長い間参上しておりませんので、気がかりで」などと申し上げなさって、夜が更けてから退出なさる。
意訳
左大臣は、源氏が若君のために訪れてくれることを願いながらも、女房たちの嘆きを伝え、源氏は必ず訪れると約束して去る。
源氏が去った後、左大臣は部屋に残された手習を見つけ、亡き娘を悼む源氏の歌に涙する。大宮も、娘を失ったうえに婿が遠ざかることを嘆く。
源氏は院に参上し、院は面やつれした源氏をいたわる。藤壺からも見舞いの言葉があり、源氏は喪服姿で応える。
語釈・文法注
- さう
- 草(そう)。草仮名。漢字をくずした仮名。「まな」(真名)は漢字の楷書。
- ふるき枕ふるきふすま誰と共にか
- 白居易「長恨歌」の「鴛鴦瓦冷霜華重、翡翠衾寒誰與共」などをふまえた句。妻を失った夫の独り寝の寂しさを表す。次の「霜の花しろし」も同じ詩による。
- さうじ
- 精進(そうじ)。喪中に肉食などを断って身を慎むこと。
文法
- 反語の「何を賴みてか…む」(何を賴みてか怠り侍らむ)
- 「何を頼みにして怠ることがありましょうか、いや、怠りません」。
- 強意+推量の「てむ」(御覽じてむ)
- 「きっとご覧になるでしょう」。
和歌
なきたまぞいとゞ悲しき寢し床のあくがれがたき心ならひに
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 源氏が手習に書き残した歌。亡き人の魂が、いっそう悲しく思われる。共に寝た床を離れがたい、私の心の習いにつけて。
君なくてちりつもりぬるとこなつの露うち拂ひいく夜寢ぬらむ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 同じく手習の歌。あなたがいなくなって、塵が積もってしまった床の、常夏の花の露(涙)を払いながら、幾夜寝たことだろう。
修辞
- 掛詞
- 「とこなつ」に「床」と「常夏(撫子)」をかける。
解説
源氏が残した手習の歌は、亡き妻への思いを率直に表している。左大臣は、それを見て、婿がよその人になることを惜しむ。娘を失った父の悲しみと、娘婿への愛着とが重なる場面である。
院と藤壺は、喪に服す源氏をいたわる。とくに藤壺の見舞いに対して、源氏は「たびたびの御せうそこに慰め侍りて」と答える。喪中にあっても、源氏の藤壺への思いは変わっていない。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、182–185頁(コマ93–94)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日