源氏物語 第9帖 葵(10)
左大臣邸を去る
四十九日が過ぎ、源氏は左大臣邸を去ることになる。最後の夜、源氏は女房たちと葵の上の思い出を語り、幼い女童あてきをいたわる。翌日、時雨の中を院へ参上しようとする源氏に、左大臣は老いて娘に先立たれた悲しみを語り、源氏も涙ながらに応える。喪服姿の女房たちが心細げに集まっている様子を、源氏はしみじみと見る。

- 1暮暮くれれれはてはてはてぬれぬれぬればばばおほとなぶらおほとなぶらおおとなぶら近近ちかくくくまゐらまゐらまいらせせせ給給たまひひいてててさるべきさるべきさるべきかぎりかぎりかぎりののの人々人々びとおまへおまへおまえにてにてにて物語物語ものがたりなどなどなどせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。中納言中納言ちゅうなごんののの君君きみととといふいふいうははは年頃年頃としごろ忍忍しのびびびおぼしおぼしおぼしゝゝしかかかどどど、、、このこのこの御御おん思思おもひひいのののほどほどほどはははなかなかなかなかなかなかさやうさやうさようなるなるなるすぢすぢすじにににもももかけかけかけ給給たまははわずずず、、、哀哀あわれなるなるなる御心御心みこころかなかなかなととと見見み奉奉たてまつるるるににに
- 2大方大方おおかたにににははは懷懷なつかしくかしくかしくうちうちうち語語かたらひらひらい給給たまひひいててて「「「かうかうこうこのこのこの日比日比ひごろありありありしししよりよりよりけにけにけに誰誰たれももも誰誰たれもももまぎるゝまぎるゝまぎるるかたかたかたなくなくなくみなれみなれみなれみなれみなれみなれてててえええしもしもしも常常つねにににかゝらかゝらかからずずずばばば戀戀こいしからしからしからじじじややや。。。いみじきいみじきいみじき事事ことをををばばばさるさるさるものものものにてにてにて唯唯ただうちうちうち思思おもひひい廻廻めぐらすらすらすこそこそこそ堪堪たへへえ難難がたききき事事こと多多おおかりかりかりけれけれけれ」」」とととののの給給たまへへえばばば
- 3いとゞいとゞいとど皆皆みな泣泣なきききててて、、、「「「いふかひいふかひいうかいなきなきなき御御おん事事ことははは唯唯ただかきかきかきくらすくらすくらす心地心地ここちししし侍侍はべれれればばばさるさるさるものものものにてにてにて名殘名殘なごりなきなきなきさまさまさまにににあくがれあくがれあくがれはてはてはてさせさせさせ給給たまははわむむん程程ほど思思おもひひい給給たまふるふるうるこそこそこそ」」」ととと聞聞きこえええもももやらやらやらずずず。。。
- 4あはれあはれあわれととと見見み渡渡わたししし給給たまひひいててて「「「名殘名殘なごりなくなくなくはははいかにいかにいかにかかか。。。いといといと心心こころ淺淺あさくくくもももとりなしとりなしとりなし給給たまふふうかなかなかな。。。心心こころ長長ながききき人人ひとだにだにだにあらあらあらばばば、、、見見みはてはてはて給給たまひひいなななむむんものものものををを、、、命命いのちこそこそこそはかなけれはかなけれはかなけれ」」」とととててて、、、火火ひをををうちうちうちながめながめながめ給給たまへへえるるる、、、まみまみまみのののうちうちうちぬれぬれぬれ給給たまへへえるるる程程ほどぞぞぞめでたきめでたきめでたき。。。
- 5とりわきとりわきとりわきてててらうたくらうたくろうたくししし給給たまひひいししし小小ちいさきききわらはわらはわらわののの親親おやどもどもどもゝゝもなくなくなくいといといと心心こころぼそげぼそげぼそげににに思思おもへへえるるることわりことわりことわりににに見見み給給たまひひいててて「「「ははは、、、今今いまははは我我わをををこそこそこそ思思おもふふうべきべきべき人人ひとなななめれめれめれ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばばいみじくいみじくいみじくなくなくなく。。。
- 6ほどほどほどなきなきなき袖袖そで人人ひとよりよりよりははは黑黑くろくくく染染そめめめててて黑黑くろきききかざみかざみかざみいろいろいろののの袴袴はかまなどなどなど着着きたるたるたるもももをかしきをかしきおかしき姿姿すがたなりなりなり。。。
- 7「「「昔昔むかしををを忘忘わすれれれざらざらざらむむん人人ひとははは徒然徒然つれづれををを忍忍しのびびびてててもももをさなきをさなきおさなき人人ひとををを見見み捨捨すてててずずず物物ものししし給給たまへへえ。。。見見みししし世世よののの名殘名殘なごりなくなくなく人々人々びとさへさへさへかれかれかれなななばばばたづきたづきたずきなさなさなさももも增增まさりりりぬぬぬべくべくべくなむなむなん」」」などなどなど皆皆みな心心こころ長長ながかるかるかるべきべきべき事事ことともともともをををのたまへのたまへのたまえどどど、、、いでやいでやいでやいとゞいとゞいとど待待まち遠遠どおにににぞぞぞなりなりなり給給たまははわむむんととと思思おもふふうにににいとゞいとゞいとど心心こころぼそしぼそしぼそし。。。
- 8おほいおほいおおい殿殿どのははは人々人々びとにににきはぎはきはぎはきわぎわほどほどほどほどほどほどををを置置おきききつゝつゝつつはかなきはかなきはかなき翫翫もてあそびびび物物ものどもどもども又又また誠誠まことにににかのかのかの御御おんかたみかたみかたみなるなるなるべきべきべき物物ものなどなどなどわざとわざとわざとならならならぬぬぬさまさまさまににに取取とりりりなしなしなしつゝつゝつつ皆皆みなくばらくばらくばらせせせ給給たまひひいけりけりけり。。。
- 9君君きみはははかくかくかくてててのみのみのみもももいかでいかでいかでかかかはははつくづくつくづくつくづくととと過過すぐしぐしぐし給給たまははわむむんとととててて院院いんへへへ參參まいりりり給給たまふふう。。。御車御車みくるまさしさしさし出出いでゝでゝでて御御おんぜんぜんぜんなどなどなど參參まいりりり集集あつまるるるほどほどほど折折おりしりしりしり顏顏がおなるなるなる時雨時雨しぐれうちうちうちそゝぎそゝぎそそぎててて木木こののの葉葉はさそふさそふさそう風風かぜあわたゞしうあわたゞしうあわただしゅう吹吹ふききき拂拂はらひひいたるたるたるににに
- 10おまへおまへおまえににに侍侍さぶらふふう人々人々びと物物ものいとゞいとゞいとど心心こころ細細ぼそくくくててて少少すこしししひまひまひまありありありつるつるつる袖袖そでどもどもども濕濕うるおひひいわたりわたりわたりぬぬぬ。。。夜夜よさりさりさりはははやがてやがてやがて二條院二條院にじょういんににに泊泊とまりりり給給たまふふうべしべしべしとととててて、、、さぶらひさぶらひさぶらいののの人々人々びともももかしこかしこかしこにてにてにて待待まちちち聞聞きこえええむむんとととなるなるなるべしべしべし。。。
- 11おのおのおのおのおのおの立立たちちち出出いづるづるずるににに今日今日きょうにににしもしもしもとぢむとぢむとじむまじきまじきまじき事事ことなれなれなれどどどまたまたまたなくなくなく物物もの悲悲がなししし。。。おとゞおとゞおとどももも宮宮みやももも今日今日きょうののの氣色氣色けしきににに又又また悲悲かなしさしさしさ改改あらためめめててておぼさるおぼさるおぼさる。。。宮宮みやののの御前御前おまえににに御御おんせうそこせうそこしょうそこ聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。
- 12「「「院院いんにににおぼつかながりおぼつかながりおぼつかながりののの給給たまはするはするわするににによりよりより今日今日きょうなむなむなん參參まいりりり侍侍はべるるる。。。あからさまあからさまあからさまににに立立たちちち出出いででで侍侍はべるるるにににつけつけつけてててももも今日今日きょうまでまでまでながらへながらへながらへ侍侍はべりりりにににけるけるけるよよよとととみだりみだりみだり心地心地ごこちのみのみのみ動動うごきききてててなむなむなん。。。聞聞きこえええさせさせさせむむんもももなかなかなかなかなかなかにににはべるはべるはべるべけれべけれべければばばそなたそなたそなたにににももも參參まいりりり侍侍はべらららぬぬぬ」」」とととあれあれあればばば
- 13いとゞしくいとゞしくいとどしく宮宮みやははは目目めももも見見みえええ給給たまははわずずず沈沈しずみみみ入入いりりりててて御御おんかへりかへりかえりもももえええ聞聞きこえええ給給たまははわずずず。。。おとゞおとゞおとどぞぞぞやがてやがてやがて渡渡わたりりり給給たまへへえるるるいといといと堪堪たへへえ難難がたげげげにににおぼしおぼしおぼしててて御御おん袖袖そでもももひきひきひき放放はなちちち給給たまははわずずず。。。見見み奉奉たてまつるるる人々人々びともももいといといとかなしかなしかなし。。。
- 14大將大將だいしょうののの君君きみははは世世よをををおぼしおぼしおぼし續續つづくるくるくる事事こといといといとさまざまさまざまさまざまにてにてにて泣泣なききき給給たまふふうさまさまさま哀哀あわれににに心心こころ深深ふかきききものものものからからからいといといとさまさまさまよくよくよくなまめきなまめきなまめき給給たまへへえりりり。。。
- 15おとゞおとゞおとど久久ひさしうしうしゅうためらひためらひためらい給給たまひひいててて「「「齡齡よわいのののつもりつもりつもりにににはははさしもさしもさしもあるあるあるまじきまじきまじき事事ことにににつけつけつけてててだにだにだに淚淚なみだもろもろもろなるなるなるわざわざわざににに侍侍はべるるるををを、、、ましてましてまして干干ひるるる世世よ無無のううう思思おもひひい給給たまへへえ惑惑まどははわれれれ侍侍はべるるる心心こころをををえええのどめのどめのどめ侍侍はべらららねねねばばば人人ひとめめめもももいといといと亂亂みだりがはしくりがはしくりがわしく心心こころ弱弱よわきききさまさまさまににに侍侍はべるるるべけれべけれべければばば院院いんなどなどなどにににもももえええ參參まいりりり侍侍はべらららぬぬぬなりなりなり。。。
- 16ことことことのののついでついでついでにににははは、、、さやうさやうさようににに赴赴おもむけけけ奏奏そうせせせさせさせさせ給給たまへへえ。。。幾何幾何いくばくももも侍侍はべるるるまじきまじきまじき老老おいののの末末すえにににうちうちうち捨捨すてててられられられたるたるたるがががつらくつらくつらくももも侍侍はべるるるかなかなかな」」」とととせめてせめてせめて思思おもひひい沈沈しずめめめてててのたまふのたまふのたまう氣色氣色けしきいといといとわりなしわりなしわりなし。。。
- 17君君きみもももたびたびたびたびたびたび鼻鼻はなうちうちうちかみかみかみててて「「「後後おくれれれ先先さき立立だつつつほどほどほどのののさだめなささだめなささだめなさははは世世よのののさがさがさがととと見見み給給たまへへえ知知しりりりながらながらながら、、、さしあたりさしあたりさしあたりててて覺覺おぼえええ侍侍はべるるる心心こころ惑惑まどひひいははは類類たぐいあるあるあるまじきまじきまじきわざわざわざににになむなむなん。。。院院いんにににももも有樣有樣ありさま奏奏そうししし侍侍はべらららむむんににに推推おししし量量はからららせせせ給給たまひひいてててむむん」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 18「「「さらばさらばさらば時雨時雨しぐれもももひまひまひまなくなくなく侍侍はべるるるめるめるめるををを、、、暮暮くれれれぬぬぬほどほどほどににに」」」とととそゝのかしそゝのかしそそのかし聞聞きこえええ給給たまふふう。。。うちうちうち見見みまはしまはしまわし給給たまふふうににに御御おん几帳几帳きちょうのののうしろうしろうしろさうじさうじそうじのののあなたあなたあなたなどなどなどののの明明あけけけ通通とおりりりたるたるたるなどなどなどににに
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現代語訳
すっかり日が暮れたので、源氏は灯火を近くにともさせなさって、しかるべき女房たちだけを御前に集めて、お話などをおさせになる。中納言の君という女房は、長年ひそかに情けをかけていらっしゃったが、この喪中の間は、かえってそうした方面には心をおかけにならず、しみじみとしたお心だなあと拝見していると、
源氏は皆にやさしく語りかけなさって、「このところ、以前よりもいっそう、誰も彼もほかに気を紛らすこともなく、見慣れてきたので、いつもこうしていられなくなったら、恋しく思わないだろうか。悲しいことはもちろんだが、ただ思いめぐらしてみると、耐えがたいことが多いことだ」とおっしゃるので、
女房たちはいっそう皆泣いて、「言ってもかいのないご不幸は、ただ目の前が真っ暗になる気持ちがいたしますので、それはそれとして、名残もなくすっかりここをお離れになってしまわれる時のことを思いますと」と、最後まで申し上げられない。
源氏はしみじみと見渡しなさって、「名残もなく、などということがあろうか。たいそう薄情な者のように思いなさることだ。気長な人さえいれば、最後まで見届けてくれるだろうに。ただ命ははかないものだが」と言って、灯火をじっと眺めていらっしゃる、そのまなざしが涙にぬれていらっしゃる様子が、すばらしい。
葵の上がとりわけかわいがっていらっしゃった小さな女童が、親たちもなく、たいそう心細そうに思っているのを、もっともなことだとご覧になって、「あてきは、今は私を頼りに思うべき人のようだね」とおっしゃると、ひどく泣く。小さな袖を、ほかの人よりも黒く染めて、黒い汗衫に萱草色の袴などを着ているのも、かわいらしい姿である。
「昔を忘れない人は、所在なさを我慢してでも、幼い若君を見捨てずにいてください。見慣れた世の名残もなく、女房たちまでいなくなってしまったら、頼りなさもまさってしまうでしょうから」などと、皆に、いつまでも心変わりしないようにとおっしゃるが、さあ、これからはいっそうお越しが待ち遠しくなるだろうと思うと、ますます心細い。
大殿(左大臣)は、女房たちに、身分や程度に応じて、ちょっとした慰みの品々や、また本当に葵の上の形見となるはずの物などを、わざとらしくないように取り計らって、皆にお配りになった。
源氏は、こうしてばかり、どうして所在なく過ごしていられようかと、院へ参上なさる。お車を寄せて、前駆の者たちが参り集まる時、折を心得たような時雨がさっと降りそそいで、木の葉を誘う風があわただしく吹き払うので、御前にお仕えする女房たちは、何となくいっそう心細くて、少し乾く間があった袖も、すっかり涙に濡れてしまった。
源氏は、夜はそのまま二条院にお泊まりになる予定だというので、お仕えする人々も、あちらでお待ちしようというのだろう。それぞれ出立するので、今日が最後というわけではないけれど、この上なくもの悲しい。大臣も大宮も、今日の様子に、また悲しさを新たにお感じになる。源氏は大宮の御前にお手紙を差し上げなさった。
「院が心配しておっしゃいますので、今日参上いたします。ほんのしばらく出かけるにつけても、今日まで生き長らえてきたことよと、心が乱れるばかりでございます。ご挨拶申し上げるのも、かえってつらいことでございましょうから、そちらにも参上いたしません」とあるので、大宮はいっそう目も見えなくなるほど悲しみに沈んで、ご返事も申し上げられない。
大臣がすぐにお越しになった。たいそう耐えがたそうにお思いになって、袖を顔から放すこともおできにならない。拝見する人々もたいそう悲しい。大将の君は、世の中のことをさまざまに思い続けなさって、お泣きになる様子が、しみじみと心深いものの、たいそう見た目がよく優美でいらっしゃる。
大臣は長い間ためらいなさって、「年をとると、それほどでもないことにつけてさえ、涙もろくなるものでございますのに、まして涙の乾く間もなく思い惑っております心を静めることができませんので、人目にもたいそう取り乱して、気弱な様子でございましょうから、院などにも参上できないのです。何かのついでには、そのようにお取りなして奏上なさってください。いくらも残っていない老いの果てに、娘に先立たれたのがつらいことでございます」と、つとめて気持ちを静めておっしゃる様子は、たいそう痛ましい。
源氏も何度も鼻をかんで、「人に後れたり先立ったりする定めなさは、世の習いと存じておりながら、目の当たりにして感じます心の惑いは、比べるものもないほどでございます。院にもこの様子を奏上いたしましたら、お察しくださるでしょう」と申し上げなさる。大臣は「それでは、時雨もやみそうにないようですから、日が暮れないうちに」とお促し申し上げなさる。
源氏が見回しなさると、御几帳の後ろや襖の向こうなどの開け放したところに、女房が三十人ほど寄り集まって、濃い色や薄い色の鈍色の喪服を着ながら、皆たいそう心細そうに涙にぬれて集まっているのを、たいそうしみじみとご覧になる。
意訳
四十九日が過ぎ、源氏は左大臣邸を去る前夜、女房たちと葵の上の思い出を語り合う。女房たちは源氏が去った後の寂しさを嘆き、源氏は若君を見捨てないようにと頼む。葵の上がかわいがっていた女童あてきを、源氏は自分が引き受けようといたわる。
翌日、時雨の中を源氏は院へ参上する。左大臣は、老いて娘に先立たれたつらさを語って泣き、源氏も涙ながらに応える。喪服姿の女房たちが集まっている様子が、左大臣家の悲しみの深さを物語る。
語釈・文法注
- あてき
- 葵の上に仕えていた女童の呼び名。のちに源氏のもとで、紫の上に仕えることになる。
- くはざう
- 萱草(かんぞう)色。黄色がかった赤色で、喪中に着る色とされた。
文法
- 反語の「いかでかは…む」(いかでかはつくづくと過ぐし給はむ)
- 「どうして所在なく過ごしていられようか、いや、いられない」。
- 強意+推量の「てむ」(推し量らせ給ひてむ)
- 「きっとお察しくださるだろう」。
解説
葵の上を失った左大臣家の悲しみは、源氏が去っていくことで、いっそう深まる。娘婿の源氏がいなくなれば、左大臣家と源氏とのつながりは若君一人だけとなる。女房たちの「名殘なきさまにあくがれはてさせ給はむ程」という嘆きには、家の行く末への不安もこめられている。
左大臣の嘆きは、老いて子に先立たれた親の悲しみとして、胸を打つ。源氏の美しい姿と、左大臣の老いの姿とが、時雨の降る別れの場面に対照的に描かれる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、180–183頁(コマ92–93)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日