古典ライブラリー

源氏物語 第9帖 葵(9)

頭中将と時雨の夕べ

登場人物:光源氏・頭中将・大宮・夕霧・朝顔の姫君

時雨の降る夕暮れ、頭中将が訪れ、源氏とともに亡き葵の上をしのんで歌を詠み交わす。頭中将は、源氏が妹を深く思っていたことを知って、いっそう惜しむ。源氏は撫子の花に添えて大宮に歌を贈り、大宮も涙ながらに返歌する。さらに源氏は朝顔の姫君にも文を送り、姫君からも返事が届く。

時雨の降る夕暮れ、源氏と頭中将が廊に並んで座り、霜枯れの庭を前に語り合っている場面(AI生成)
時雨の降る夕暮れ、源氏と頭中将が廊に並んで座り、霜枯れの庭を前に語り合っている場面
  1. 1時雨しぐれ時雨しぐれしぐれうちうちうちしししててて物もの物ものもの哀あはれ哀あはれあわれなるなるなる暮くれ暮くれくれつかたつかたつかた中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうののの君きみ君きみきみにびにびにび色いろ色いろいろののの直衣なほし直衣なほしのうし指貫さしぬき指貫さしぬきさしぬき薄うす薄うすうすらからからかににに衣ころも衣ころもころもがへがへがえしししてててをゝしくをゝしくおおしくあざやかあざやかあざやかににに心こころ心こころこころ耻はづか耻はづかはずかしきしきしきさまさまさましししててて參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまへへえりりり。。。
  2. 2君きみ君きみきみははは西にし西にしにしののの妻戶つまど妻戶つまどつまどののの高欄かうらん高欄かうらんこうらんににに押お押おおしししかゝりかゝりかかりててて霜枯しもがれ霜枯しもがれしもがれののの前栽せんざい前栽せんざいせんざい見み見みみ給たま給たまたまふふう程ほど程ほどほどなりなりなりけりけりけり。。。風かぜ風かぜかぜ荒あら荒あらあららからからかににに吹ふ吹ふふききき時雨しぐれ時雨しぐれしぐれさとさとさとしししたるたるたる程ほど程ほどほど淚なみだ淚なみだなみだももも爭あらそ爭あらそあらそふふうこゝちこゝちここちしししててて「「「雨あめ雨あめあめとととなりなりなり雲くも雲くもくもとととやややなりなりなりにににけむけむけん、、、今いま今いまいまははは知し知ししらららずずずとととうちうちうちひとりごちひとりごちひとりごちてててつらつらつら杖づゑ杖づゑづえつきつきつき給たま給たまたまへへえるるる御おん御おんおんさまさまさま
  3. 3女をんな女をんなおんなにてにてにてははは見み見みみ捨す捨すすてててなくなくなくならならならむむんたましひたましひたましい必かなら必かならかならずずずとまりとまりとまりなななむむんかしかしかしととと色いろ色いろいろめかしきめかしきめかしき心こころ心こころこころちちちにににうちうちうちまもらまもらまもられれれつゝつゝつつ近ちか近ちかちこうううついついつい居ゐ居ゐい給たま給たまたまへへえれれればばば、、、しどけなうしどけなうしどけのう打う打ううちちち亂みだ亂みだみだれれれ給たま給たまたまへへえるるるさまさまさまながらながらながら紐ひも紐ひもひもばかりばかりばかりをををさしさしさし直なほ直なほなおししし給たま給たまたまふふう。。。
  4. 4これこれこれははは今いま今いまいま少すこ少すこすこしししこまやかこまやかこまやかなるなるなる夏なつ夏なつなつののの御おん御おんおん直衣なほし直衣なほしのうしににに紅くれなゐ紅くれなゐくれないのののつややかつややかつややかなるなるなる引ひ引ひひききき重かさ重かさかさねねねてててやつれやつれやつれ給たま給たまたまへへえるるるしもしもしも見み見みみてててもももあかあかあかぬぬぬ心こころ心こころこころちちちぞぞぞするするする。。。中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうもももいといといとあはれあはれあわれなるなるなるまみまみまみにににながめながめながめ給たま給たまたまへへえりりり。。。
  5. 5「「「雨あめ雨あめあめとととなりなりなりしぐるゝしぐるゝしぐるる空そら空そらそらのののうきうきうき雲ぐも雲ぐもぐもをををいづれいづれいずれのののかたかたかたとととわきわきわきてててながめながめながめむむん。。。ゆくへゆくへゆくえなしなしなしややや」」」とととひとりごとひとりごとひとりごとのののやうやうようなるなるなるををを、、、「「「見み見みみししし人ひと人ひとひとののの雨あめ雨あめあめとととなりなりなりにににししし雲くも雲くもくもゐゐいさへさへさへいとゞいとゞいとどまぐれまぐれまぐれにににかきかきかきくらすくらすくらすころころころ」」」とととののの給たま給たまたまふふう御おん御おんおん氣色けしき氣色けしきけしきももも淺あさ淺あさあさからからからぬぬぬ程ほど程ほどほどしるくしるくしるく見み見みみゆれゆれゆればばば怪あや怪あやあやしうしうしゅう、、、
  6. 6年頃としごろ年頃としごろとしごろいといといとしもしもしもあらあらあらぬぬぬ御おん御おんおん志こころざし志こころざしこころざしををを院ゐん院ゐんいんなどなどなど居ゐ居ゐい立た立たたちちちてててのたまはせのたまはせのたまわせ、、、おとどおとどおとどののの御おん御おんおんもてなしもてなしもてなしももも心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしうしうしゅう、、、大宮おほみや大宮おほみやおおみやののの御おん御おんおんかたざまかたざまかたざまにににもてもてもてはなるはなるはなるまじきまじきまじきなどなどなど、、、方々かたがた方々かたがたかたがたにににさしさしさしあひあひあいたれたれたればばばえええしもしもしもふりふりふり捨す捨すすててて給たま給たまたまははわででで物もの物ものものうううげげげなるなるなる御おん御おんおん氣色けしき氣色けしきけしきながらながらながら、、、ありありありへへへたまふたまふたまうなななめりめりめりかしかしかしととといとほしういとほしういとおしゅう見み見みみゆるゆるゆる折々をりをり折々をりをりおりおりありありありつるつるつるををを、、、
  7. 7誠まこと誠まことまことにににやんごとなくやんごとなくやんごとなく重おも重おもおもききき方かた方かたかたははは殊こと殊ことことににに思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいけるけるけるなななめりめりめりととと見み見みみしるしるしるにににはははいよいよいよいよいよいよ口惜くちを口惜くちをくちおしうしうしゅうおぼさるおぼさるおぼさる。。。萬よろづ萬よろづよろずにににつけつけつけててて光ひか光ひかひかりりり失う失ううせせせぬるぬるぬる心地ここち心地ここちここちしししてててくしくしくしいたかりいたかりいたかりけりけりけり。。。
  8. 8枯か枯かかれれれたるたるたる下草したくさ下草したくさしたくさのののなかなかなかににに、、、りんどうりんどうりんどう瞿麥なでしこ瞿麥なでしこなでしこなどなどなどののの咲さ咲ささききき出い出いいでででたるたるたるををを折を折をおらららせせせ給たま給たまたまひひいててて中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうののの立た立たたちちち給たま給たまたまひひいぬるぬるぬる後のち後のちのちににに若君わかぎみ若君わかぎみわかぎみののの御おん御おんおん乳母めのと乳母めのとめのと宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうののの君きみ君きみきみしししててて、、、「「「草くさ草くさくさがれがれがれのののまがきまがきまがきににに殘のこ殘のこのこるるるなでしこなでしこなでしこをををわかれわかれわかれししし秋あき秋あきあきののの形見かたみ形見かたみかたみとととぞぞぞ見み見みみるるる。。。にほひにほひにおい劣おと劣おとおとりりりてててややや御覽ごらん御覽ごらんごらんぜぜぜらるらるらるらむらむらん」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえりりり。。。
  9. 9實げ實げげににに何なに何なになに心ごころ心ごころごころなきなきなき御おん御おんおんゑみがほゑみがほえみがおぞぞぞいみじういみじういみじゅううつくしきうつくしきうつくしき。。。宮みや宮みやみやははは吹ふ吹ふふくくく風かぜ風かぜかぜにににつけつけつけてててだにだにだに、、、木こ木ここののの葉は葉ははよりよりよりけにけにけにもろきもろきもろき御おん御おんおん淚なみだ淚なみだなみだはははましてましてましてとりとりとりあへあへあえ給たま給たまたまははわずずず、、、「「「今いま今いまいまももも見み見みみてててなかなかなかなかなかなか袖そで袖そでそでをををくたすくたすくたすかなかなかなかきほかきほかきお荒あ荒ああれれれにににしししやまとなでしこやまとなでしこやまとなでしこ」」」。。。
  10. 10猶なほ猶なほなおいみじういみじういみじゅうつれづれつれづれつれづれなれなれなればばば朝顏あさがほ朝顏あさがほあさがおののの宮みや宮みやみやににに今日けふ今日けふきょうのののあはれあはれあわれはははさりともさりともさりとも見み見みみ知し知ししりりり給たま給たまたまふふうらむらむらんととと推お推おおししし量はか量はかはからららるゝるゝるる御心みこころ御心みこころみこころばへばへばえなれなれなればばば暗くら暗くらくらきききほどほどほどなれなれなれどどど聞きこ聞きこきこえええたまふたまふたまう。。。絕間たえま絕間たえまたえま遠とほ遠とほとおけれけれけれどどど、、、さささのののものものものとととなりなりなりにににたるたるたる御おん御おんおん文ふみ文ふみふみなれなれなればばば、、、とがとがとがなくなくなくててて御覽ごらん御覽ごらんごらんぜぜぜさすさすさす
  11. 11空そら空そらそらののの色いろ色いろいろしししたるたるたる唐から唐からからののの紙かみ紙かみかみににに「「「わきわきわきてててこのこのこの暮くれ暮くれくれこそこそこそ袖そで袖そでそでははは露つゆ露つゆつゆけゝれけゝれけけれ物もの物ものものおもふおもふおもう秋あき秋あきあきはははあまたあまたあまたへへへぬれぬれぬれどどど。。。いつもいつもいつも時雨しぐれ時雨しぐれしぐれははは」」」とととありありあり。。。
  12. 12御手て御手ててなどなどなどののの心こころ心こころこころとゞめとゞめとどめてててかきかきかき給たま給たまたまへへえるるる「「「常つね常つねつねよりよりよりももも見所みどころ見所みどころみどころありありありてててすぐしすぐしすぐし難がた難がたがたきききほどほどほどなりなりなり」」」ととと人々びと人々びとびとももも聞きこ聞きこきこえええ自みづか自みづかみずからららもももおぼさおぼさおぼされれれけれけれければばば、、、大內山おほうちやま大內山おほうちやまおおうちやまををを思おもひ思おもひおもいやりやりやり聞きこ聞きこきこえええながらながらながら「「「えええやややははは」」」とととててて
  13. 13「「「秋あき秋あきあきぎりぎりぎりににに立た立たたちちちおくれおくれおくれぬぬぬととと聞き聞きききききしししよりよりよりしぐるゝしぐるゝしぐるる空そら空そらそらもももいかゞいかゞいかがとととぞぞぞ思おも思おもおもふふう」」」とととのみのみのみほのかほのかほのかなるなるなる墨すみ墨すみすみつきつきつきにてにてにて思おも思おもおもひひいなしなしなし心こころ心こころこころにくしにくしにくし。。。
  14. 14何事なにごと何事なにごとなにごとにににつけつけつけてててももも、、、みまさりみまさりみまさりははは難かた難かたかたききき世よ世よよなななめるめるめるをををつらきつらきつらき人ひと人ひとひとしもしもしもこそこそこそははは哀あはれ哀あはれあわれににに覺おぼ覺おぼおぼえええ給たま給たまたまふふう人ひと人ひとひとののの御おん御おんおん心こころ心こころこころざまざまざまなりなりなり。。。つれなつれなつれなながらながらながらさるさるさるべきべきべき折々をりをり折々をりをりおりおりののの哀あはれ哀あはれあわれをををすぐしすぐしすぐし給たま給たまたまははわぬぬぬ、、、これこれこれこそこそこそかたみかたみかたみににになさけなさけなさけももも見み見みみえええつつつべきべきべきわざわざわざなれなれなれ。。。
  15. 15猶なほ猶なほなおゆゑゆゑゆえよしよしよし過す過すすぎぎぎててて人目ひとめ人目ひとめひとめににに見み見みみゆゆゆばかりばかりばかりなるなるなるはははあまりあまりあまりののの難なん難なんなんももも出い出いいででできききけりけりけり、、、對たい對たいたいののの姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみをををさはさはさわおほしおほしおおし立た立たたてててじじじとととおぼすおぼすおぼす。。。
  16. 16徒然つれづれ徒然つれづれつれづれにてにてにて戀こひ戀こひこいしししととと思おも思おもおもふふうらむらむらんかしかしかしととと忘わす忘わすわするゝるゝるる折をり折をりおりなけれなけれなけれどどどたゞたゞただめおやめおやめおやなきなきなき子こ子ここををを置お置おおきききたらたらたらむむん心地ここち心地ここちここちしししててて見み見みみぬぬぬ程ほど程ほどほどうしろめたくうしろめたくうしろめたく、、、いかゞいかゞいかが思おも思おもおもふふうらむらむらんととと覺おぼ覺おぼおぼえええぬぬぬぞぞぞ心こころ心こころこころやすきやすきやすきわざわざわざなりなりなりけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

時雨が降って、何となくしみじみとした夕暮れ、中将の君(頭中将)が、鈍色の直衣と指貫を、薄い色に衣替えして、男らしくすっきりと、こちらが気後れするような様子で参上なさった。源氏は西の妻戸の高欄に寄りかかって、霜枯れの前栽をご覧になっているところだった。風が荒々しく吹き、時雨がさっと降る時、涙も競って落ちるような気持ちがして、「雨となったのか、雲となったのか、今はわからない」と独り言を言って、頬杖をついていらっしゃるご様子は、

自分が女であったら、この人を残して死んでいく魂は、必ずこの世にとどまるだろうと、頭中将は色めいた気持ちで見つめずにはいられずに、近くに座りなさると、源氏はしどけなくくつろいでいらっしゃる様子のまま、直衣の紐だけをさし直しなさる。源氏の方は、もう少し色の濃い夏の御直衣に、紅のつややかな下着を重ねて、喪中のやつれた姿をしていらっしゃるのが、かえって見飽きない気持ちがする。中将もたいそうしみじみとしたまなざしで、空を眺めていらっしゃる。

「雨となって時雨れる空に浮かぶ雲の、どれを妹の煙と見分けて眺めたらよいのだろう。行方もわからないことだ」と独り言のように言うのを、源氏が「亡き妻が雨となってしまった空までも、時雨にいっそう暗くかき曇るこのごろです」とおっしゃるご様子も、浅からぬお気持ちがはっきりと見えるので、頭中将は不思議に思い、

長年、それほどでもなかったご愛情を、院などが自ら乗り出しておっしゃり、大臣のおもてなしも心苦しく、大宮の方からも縁が切れないなどと、あちこちに差し障りがあるので、振り捨ててしまうこともおできにならずに、気の進まないご様子ながら、夫婦として過ごしていらっしゃるのだろうと、気の毒に見えた時々があったのに、本当に大切な正妻として、格別に思い申し上げていらっしゃったのだと見て取ると、いっそう残念にお思いになる。何もかも光が消えてしまったような気持ちがして、気がふさいでいた。

枯れた下草の中に、りんどうや撫子などが咲き出しているのを折らせなさって、中将がお立ちになった後に、若君の乳母の宰相の君を使いにして、「草の枯れた垣根に残る撫子(若君)を、妻と別れた秋の形見と見ています。母宮の美しさには劣って見えることでしょうか」と大宮に申し上げなさった。

本当に、無心な若君の笑顔がたいそうかわいらしい。大宮は、吹く風につけてさえ、木の葉よりももろくこぼれる涙なので、まして涙をこらえきれず、「今、撫子を見ても、かえって涙で袖を朽ちさせることです。垣根が荒れてしまった(母を失った)大和撫子を見ると」。

源氏はやはりたいそう所在ないので、朝顔の宮(朝顔の姫君)に、今日の悲しさは、いくら何でもわかってくださるだろうと推し量られるお人柄なので、暗くなってはいたが、お便りを差し上げなさる。手紙の間はとだえがちだが、いつものことになっているお手紙なので、女房たちは気にもとめずにお見せする。空の色をした唐の紙に、「とりわけこの夕暮れこそ、袖が涙の露に濡れることです。物思いの秋は、これまでいくつも過ごしてきたけれど。いつも時雨は(降るのですが)」と書いてある。

筆跡なども心をこめてお書きになっていて、「いつもより見ごたえがあって、ほうっておけないほどです」と女房たちも申し上げ、姫君ご自身もそうお思いになったので、宮中のお勤めに遠慮しながらも、「返事をしないではいられない」と言って、「秋霧の立つころ、奥様に先立たれたと聞いてから、時雨の降る空のもと、どうお過ごしかと思っています」とだけ、ほのかな墨の色で書いてあるのも、気のせいか奥ゆかしい。

何事につけても、会ってみてかえってよく思える人はめったにない世の中のようだが、つれない人ほど、かえって心ひかれなさる源氏のご気性である。素っ気ないながらも、しかるべき折々の情趣を見過ごしになさらない、これこそ、互いに情けも通い合うやり方なのだ。やはり、教養やたしなみが過ぎて、人目につくほどなのは、かえって欠点も出てくるものだ。西の対の姫君を、そのようには育てまいとお思いになる。

姫君は所在なくて、私を恋しく思っているだろうと、忘れる時はないが、ただ母のない子を置いているような気持ちで、会わない間は気がかりで、私のことをどう思っているだろうかと気をもむことがないのは、気楽なことであった。

意訳

時雨の夕べ、頭中将が訪れて、源氏とともに亡き葵の上をしのぶ。頭中将は、源氏が妹を深く思っていたことを知り、いっそう惜しむ。

源氏は、撫子の花を若君にたとえて大宮に歌を贈り、大宮は涙ながらに返歌する。さらに源氏は朝顔の姫君にも文を送り、姫君も控えめな返事を寄こす。源氏は、つれない人ほど心ひかれる自分の性分をふり返り、紫の君の育て方に思いをめぐらす。

語釈・文法注

雨となり雲とやなりにけむ、今は知らず
劉禹錫の詩「有所嗟」の一節「為雨為雲今不知」(雨となり雲となりて、今は知らず)による。亡き人の行方がわからないことを嘆く。

文法

反語の「えやは」
「えやは(返事をせで過ぐさむ)」の略。「どうして返事をしないでいられようか」。
推量の「らむ」(戀しと思ふらむかし)
「(今ごろ)恋しく思っているだろう」。目の前にないことを推量する。

和歌

雨となりしぐるゝ空のうき雲をいづれのかたとわきてながめむ

詠者
頭中将
状況
時雨の夕べ、亡き妹をしのんで頭中将が詠んだ歌。雨となって時雨れる空に浮かぶ雲の、どれを妹の煙と見分けて眺めたらよいのだろう。

見し人の雨となりにし雲ゐさへいとゞまぐれにかきくらすころ

詠者
光源氏
状況
頭中将への返歌。亡き妻が雨となってしまった空までも、時雨にいっそう暗くかき曇るこのごろです。

草がれのまがきに殘るなでしこをわかれし秋の形見とぞ見る

詠者
光源氏
状況
撫子の花に添えて、大宮に贈った歌。草の枯れた垣根に残る撫子(若君)を、妻と別れた秋の形見と見ています。

修辞

比喩
「なでしこ」(撫でし子)に、残された若君(夕霧)を重ねる。

今も見てなかなか袖をくたすかなかきほ荒れにしやまとなでしこ

詠者
大宮
状況
源氏への返歌。今、撫子を見ても、かえって涙で袖を朽ちさせることです。垣根が荒れてしまった(母を失った)大和撫子を見ると。

わきてこの暮こそ袖は露けゝれ物おもふ秋はあまたへぬれど

詠者
光源氏
状況
朝顔の姫君に送った歌。とりわけこの夕暮れこそ、袖が涙の露に濡れることです。物思いの秋は、これまでいくつも過ごしてきたけれど。

秋ぎりに立ちおくれぬと聞きしよりしぐるゝ空もいかゞとぞ思ふ

詠者
朝顔の姫君
状況
源氏への返歌。秋霧の立つころ、奥様に先立たれたと聞いてから、時雨の降る空のもと、どうお過ごしかと思っています。

解説

頭中将は、源氏が妹の葵の上を本当は深く愛していたことを、ここで初めて知る。二人の若者が時雨の空を眺めながら、亡き人をしのんで歌を詠み交わす場面は、男どうしの友情と、喪失の悲しみが美しく描かれている。

源氏は悲しみの中でも、朝顔の姫君に文を送らずにはいられない。つれない人ほど心ひかれるという源氏の性分は、物語を通じて繰り返し描かれる。一方で、たしなみが過ぎるのもよくないと、紫の君の理想の育て方を考えるところに、源氏の思いがすでに紫の君へ向かっていることがうかがえる。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、178–181頁(コマ91–92)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日