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源氏物語 第9帖 葵(5)

生霊の自覚

登場人物:六条御息所・葵の上・光源氏・左大臣・大宮

葵の上に取りつく霊が、自分の生霊だという噂を聞いた御息所は、夢の中で葵の上らしい人を打ちすえる自分を見て、魂が身を離れているのではないかと思い悩む。葵の上はにわかに産気づくが、しつこい物の怪は離れない。物の怪は源氏に話があると言い、源氏が近寄ると、葵の上の口を借りて歌を詠む。その声と様子は、まさに御息所であった。

物の怪に苦しむ葵の上の枕元で、源氏がその顔を見つめ、六条御息所の気配を感じ取る場面(AI生成)
物の怪に苦しむ葵の上の枕元で、源氏がその顔を見つめ、六条御息所の気配を感じ取る場面
  1. 1大殿おほいとの大殿おほいとのおおいとのにににははは御おん御おんおん物もの物ものもののけのけのけ痛いた痛いたいたくくく起おこ起おこおこりりりててていみじういみじういみじゅうわづらひわづらひわずらい給たま給たまたまふふう。。。このこのこの御おん御おんおんいきすだまいきすだまいきすだま故こ故ここ父ちち父ちちちちおとゞおとゞおとどののの御おん御おんおん靈りやう靈りやうりょうなどなどなどいふいふいうものものものありありありととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうにににつけつけつけててておぼしおぼしおぼしつゞくれつゞくれつづくればばば、、、
  2. 2身み身みみ一ひと一ひとひとつつつのののうきうきうき嘆なげ嘆なげなげきききよりよりより外ほか外ほかほかににに人ひと人ひとひとをををあしかれあしかれあしかれなどなどなど思おも思おもおもふふう心こころ心こころこころもももなけれなけれなけれどどど、、、物もの物ものもの思おも思おもおもふふうにににあくがるあくがるあくがるなるなるなるたましひたましひたましいはははさささもももやややあらあらあらむむんとととおぼしおぼしおぼし知し知ししらららるゝるゝるる事こと事ことこともももありありあり。。。
  3. 3年頃としごろ年頃としごろとしごろよろづよろづよろずににに思おも思おもおもひひい殘のこ殘のこのこすすすことことことなくなくなく過す過すすぐしぐしぐしつれつれつれどどど、、、かうかうこうしもしもしも碎くだ碎くだくだけけけぬぬぬをををはかなきはかなきはかなき事こと事ことことののの折をり折をりおりににに人ひと人ひとひとののの思おも思おもおもひひいけちけちけち、、、なきなきなきものものものにににもてなすもてなすもてなすさまさまさまなりなりなりしししみそぎみそぎみそぎののの後のち後のちのち、、、ひとひとひと節ふし節ふしふしににに憂う憂ううしししとととおぼしおぼしおぼしうかれうかれうかれにににししし心こころ心こころこころ靜しづ靜しづしずまりまりまり難がた難がたがとうううおぼさるゝおぼさるゝおぼさるるけにけにけにややや、、、
  4. 4少すこ少すこすこしししもももうちうちうちまどろみまどろみまどろみ給たま給たまたまふふう夢ゆめ夢ゆめゆめにににははは、、、かのかのかの姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみとととおぼしきおぼしきおぼしき人ひと人ひとひとのののいといといと淸きよ淸きよきよらららにてにてにてあるあるある所ところ所ところところにににいきいきいきてててとかくとかくとかくひきひきひきまさぐりまさぐりまさぐり、、、現うつつ現うつつうつつにににももも似に似ににずずず武たけ武たけたけくくくいかきいかきいかきひたぶるひたぶるひたぶる心こころ心こころこころいできいできいできてててうちうちうちかなぐるかなぐるかなぐるなどなどなど見み見みみえええ給たま給たまたまふふう事こと事ことことたびたびたび重かさ重かさかさなりなりなりにににけりけりけり。。。
  5. 5あなあなあな心こころ心こころこころうううややや。。。實げ實げげににに身み身みみををを捨す捨すすてゝてゝててやややいにいにいにけむけむけんとととうつしうつしうつし心ごころ心ごころごころならならならずずず覺おぼ覺おぼおぼえええ給たま給たまたまふふう折々をりをり折々をりをりおりおりもももあれあれあればばば、、、
  6. 6さささならならならぬぬぬことことことだにだにだに人ひと人ひとひとののの御おん御おんおんためためためにににはははよざまよざまよざまのののことことことをををしもしもしも言い言いいひひい出い出いいでででぬぬぬ世よ世よよなれなれなればばば、、、ましてましてましてこれこれこれはははいといといとよくよくよく言い言いいひひいなしなしなしつつつべきべきべきたよりたよりたよりなりなりなりとととおぼすおぼすおぼすにににいといといと名な名ななだゝしうだゝしうだたしゅう
  7. 7ひたすらひたすらひたすら世よ世よよににになくなくなくなりなりなりててて後のち後のちのちにににうらみうらみうらみ殘のこ殘のこのこすすすはははよよよのののつねつねつねののの事こと事ことことなりなりなり、、、それそれそれだにだにだに人ひと人ひとひとののの上うへ上うへうえにてにてにてははは罪つみ罪つみつみ深ふか深ふかふこうううゆゝしきゆゝしきゆゆしきををを、、、うつゝうつゝうつつののの我わ我わわががが身み身みみながらながらながらさるさるさるうとましきうとましきうとましき事こと事ことことをををいひいひいいつけつけつけらるゝらるゝらるる宿世すくせ宿世すくせすくせのののうきうきうき事こと事ことこと、、、
  8. 8すべてすべてすべてつれなきつれなきつれなき人ひと人ひとひとににに爭いか爭いかいかででで心こころ心こころこころもももかけかけかけ聞きこ聞きこきこえええじじじとととおぼしおぼしおぼし返かへ返かへかえせせせどどど思おも思おもおもふふうももも物もの物ものものををを。。。
  9. 9齋宮さいぐう齋宮さいぐうさいぐうははは去年こぞ去年こぞこぞうちうちうちににに入い入いいりりり給たま給たまたまふふうべかりべかりべかりしししををを、、、さまざまさまざまさまざま障さは障さはさわるるる事こと事ことことありありありてててこのこのこの秋あき秋あきあき入い入いいりりり給たま給たまたまふふう。。。ながつきながつきながつきにににはははやがてやがてやがて野の野のののののににに移うつ移うつうつろひろひろい給たま給たまたまふふうべけれべけれべければばば、、、再ふたたび再ふたたびふたたびののの御おん御おんおんはらへはらへはらえのののいそぎいそぎいそぎ取と取ととりりり重かさ重かさかさねねねてててあるあるあるべきべきべきににに唯ただ唯ただただ怪あや怪あやあやしくしくしくぼけぼけしうぼけぼけしうぼけぼけしゅうてててつくづくつくづくつくづくととと臥ふ臥ふふししし惱なや惱なやなやみみみ給たま給たまたまふふうををを、、、宮人みやびと宮人みやびとみやびといみじきいみじきいみじきだいじだいじだいじにてにてにて御おん御おんおん祈いのり祈いのりいのりなどなどなどさまざまさまざまさまざま仕つか仕つかつこううう奉まつ奉まつまつるるる。。。
  10. 10おどろおどろしきおどろおどろしきおどろおどろしきさまさまさまにににはははあらあらあらずずずそこはかとなくそこはかとなくそこはかとなく煩わづら煩わづらわずらひひいててて月日つきひ月日つきひつきひををを過す過すすぐしぐしぐし給たま給たまたまふふう。。。大將殿だいしやうどの大將殿だいしやうどのだいしょうどのももも常つね常つねつねにににとぶらひとぶらひとぶらい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえどどど、、、まさるまさるまさる方かた方かたかたののの痛いた痛いたいとううう煩わづら煩わづらわずらひひい給たま給たまたまへへえばばば御心みこころ御心みこころみこころのののいとまいとまいとまなげなげなげなりなりなり。。。
  11. 11まだまだまださるべきさるべきさるべき程ほど程ほどほどにににもももあらあらあらずずずととと皆みな皆みなみな人ひと人ひとひともももたゆみたゆみたゆみ給たま給たまたまへへえるるるににに、、、俄にはか俄にはかにわかににに御おん御おんおん氣色けしき氣色けしきけしきありありありててて惱なや惱なやなやみみみ給たま給たまたまへへえばばばいとゞしきいとゞしきいとどしき御おん御おんおん祈いのり祈いのりいのりののの數かず數かずかずををを盡つく盡つくつくしししてててせせせさせさせさせ給たま給たまたまへへえれれれどどど、、、例れい例れいれいのののしうねきしうねきしゅうねき御おん御おんおんものゝけものゝけもののけひとつひとつひとつ更さら更さらさらににに動うご動うごうごかかかずずず、、、やんごとなきやんごとなきやんごとなきけんざけんざけんざどもどもども珍めづ珍めづめずらからからかなりなりなりととともてもてもて惱なや惱なやなやむむむ。。。
  12. 12さすがさすがさすがにににいみじういみじういみじゅう調てう調てうちょうぜぜぜられられられててて、、、心こころ心こころこころ苦ぐる苦ぐるぐるしげしげしげににに泣な泣ななきききわびわびわびててて、、、「「「少すこ少すこすこしししゆるべゆるべゆるべ給たま給たまたまへへえややや。。。大將だいしやう大將だいしやうだいしょうににに聞きこ聞きこきこゆゆゆべきべきべき事こと事ことことありありあり」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。「「「さればよさればよさればよ、、、あるあるあるやうやうようあらあらあらむむん」」」とととててて近ちか近ちかちかききき御おん御おんおん几帳きちやう几帳きちやうきちょうのののもともともとににに入い入いいれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりたりたりたり。。。
  13. 13むげむげむげににに限かぎり限かぎりかぎりのののさまさまさまににに物もの物ものものししし給たま給たまたまふふうををを、、、聞きこ聞きこきこえええおかおかおかまほしきまほしきまほしきことことことももも坐おは坐おはおわするするするにににやややとととててておとゞおとゞおとどももも宮みや宮みやみやももも少すこ少すこすこししししぞきしぞきしぞき給たま給たまたまへへえりりり。。。加持かぢ加持かぢかじののの僧そう僧そうそうどもどもども聲こゑ聲こゑこえしづめしづめしずめててて法華經ほけきやう法華經ほけきやうほけきょうををを讀よ讀よよみみみたるたるたるいみじういみじういみじゅうたふとしたふとしとうとし。。。
  14. 14御おん御おんおん几帳きちやう几帳きちやうきちょうのののかたびらかたびらかたびら引ひ引ひひききき上あ上ああげげげててて見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまへへえばばば、、、いといといとをかしげをかしげおかしげにてにてにて御おん御おんおん腹はら腹はらはらはははいみじういみじういみじゅう高たか高たかたこうううててて臥ふ臥ふふししし給たま給たまたまへへえるるるさまさまさまよそよそよそ人びと人びとびとだにだにだに見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんににに心こころ心こころこころ亂みだ亂みだみだれれれぬぬぬべしべしべし。。。ましてましてまして惜を惜をおしうしうしゅう悲かな悲かなかなしうしうしゅうおぼすおぼすおぼす、、、ことわりことわりことわりなりなりなり。。。
  15. 15白しろ白しろしろききき御おん御おんおんぞぞぞににに色いろ色いろいろあひあひあいいといといと花はな花はなはなやかやかやかにてにてにて御おん御おんおんぐしぐしぐしいといといと長なが長ながなごうううこちたきこちたきこちたきををを引ひ引ひひきききゆひゆひゆいてててうちうちうちそへそへそえたるたるたるももも、、、かうかうこうてててこそこそこそらうたげらうたげろうたげににになまめきなまめきなまめきたるたるたる方かた方かたかた添そ添そそひひいててて、、、をかしかりをかしかりおかしかりけれけれけれととと見み見みみゆゆゆ。。。
  16. 16御手て御手ててををを執とら執とらとらへへえててて、、、「「「あなあなあないみじいみじいみじ。。。心こころ心こころこころ憂う憂ううきききめめめををを見み見みみせせせ給たま給たまたまふふうかなかなかな」」」とととててて物もの物ものものもももえええ聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまははわずずず泣な泣ななききき給たま給たまたまへへえばばば、、、例れい例れいれいはははいといといと煩わづら煩わづらわずらはしくはしくわしくはづかしげはづかしげはずかしげなるなるなる御おん御おんおんまみまみまみをををいといといとたゆげたゆげたゆげににに見み見みみ上あ上ああげげげてててうちうちうちまもりまもりまもり聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうににに、、、淚なみだ淚なみだなみだのののこぼるゝこぼるゝこぼるるさまさまさまををを見み見みみ給たま給たまたまふふうはははいかゞいかゞいかが哀あはれ哀あはれあわれののの淺あさ淺あさあさからからからむむん。。。
  17. 17あまりあまりあまりいたくいたくいたく泣な泣ななききき給たま給たまたまへへえばばば心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしきしきしき親おや親おやおやたちたちたちののの御おん御おんおん事こと事ことことをををおぼしおぼしおぼし、、、又また又またまたかくかくかく見み見みみ給たま給たまたまふふうにににつけつけつけててて口惜くちを口惜くちをくちおしうしうしゅう覺おぼ覺おぼおぼえええ給たま給たまたまふふうにににやややとととおぼしおぼしおぼしててて
  18. 18「「「何事なにごと何事なにごとなにごともももいといといと斯か斯かこうううなななおぼしおぼしおぼし入い入いいれれれそそそ。。。さりともさりともさりともけしうけしうけしゅうはははおはせおはせおわせじじじ。。。いかなりいかなりいかなりともともとも必かなら必かならかならずずず逢あ逢ああふふう瀨せ瀨せせあああなれなれなればばばたいめんたいめんたいめんはははありありありなななむむん。。。おとゞおとゞおとど宮みや宮みやみやなどなどなどももも深ふか深ふかふかききき契ちぎり契ちぎりちぎりあるあるある中なか中なかなかはははめぐりめぐりめぐりてててももも絕た絕たたえええざざざなれなれなればばばあひあひあい見み見みみるるるほどほどほどありありありなななむむんとととおぼせおぼせおぼせ」」」ととと慰なぐさ慰なぐさなぐさめめめ給たま給たまたまふふうににに、、、
  19. 19「「「いでいでいであらあらあらずずずややや。。。身み身みみののの上うへ上うへうえのののいといといと苦くる苦くるくるしきしきしきをををしばししばししばし休やす休やすやすめめめ給たま給たまたまへへえととと聞きこ聞きこきこえええむむんとととてててなむなむなん。。。かくかくかく參まゐ參まゐまいりりり來こ來ここむむんとととももも更さら更さらさらににに思おも思おもおもははわぬぬぬををを物もの物ものもの思おも思おもおもふふう人ひと人ひとひとのののたましひたましひたましいははは實げ實げげにににあくがるゝあくがるゝあくがるるものものものににになむなむなんありありありけるけるける」」」とととなつかしげなつかしげなつかしげにににいひいひいいててて、、、
  20. 20「「「歎なげ歎なげなげきききわびわびわび空そら空そらそらにににみだるゝみだるゝみだるる我わ我わわがががたまたまたまををを結むす結むすむすびびびとゞめよとゞめよとどめよのののつまつまつま」」」とととのたまふのたまふのたまう聲こゑ聲こゑこえけはひけはひけわい、、、そのそのその人ひと人ひとひとにににもももあらあらあらずずずかはりかはりかわり給たま給たまたまへへえりりり。。。いといといと怪あや怪あやあやしししとととおぼしおぼしおぼしめぐらすめぐらすめぐらすににに唯ただ唯ただただかのかのかの御おん御おんおんやすやすやす所どころ所どころどころなりなりなりけりけりけり。。。
  21. 21淺あさ淺あさあさましうましうましゅう人ひと人ひとひとのののとかくとかくとかくいふいふいうををを、、、よからよからよからぬぬぬものものものどもどもどもののの言い言いいひひい出い出いいづるづるずる事こと事ことことととと聞き聞きききききにくゝにくゝにくくおぼしおぼしおぼしてててのたまひのたまひのたまいけつけつけつををを、、、目め目めめにににみすみすみすみすみすみす世よ世よよにににはははかゝるかゝるかかる事こと事ことことこそこそこそはははありありありけれけれけれとととうとましううとましううとましゅうなりなりなりぬぬぬ。。。
  22. 22あなあなあな心こころ心こころこころうううとととおぼさおぼさおぼされれれててて「「「かくかくかくのたまへのたまへのたまえどどど誰たれ誰たれたれとととこそこそこそ知し知ししらららねねね。。。たしかたしかたしかにににのたまへのたまへのたまえ」」」とととののの給たま給たまたまへへえばばば唯ただ唯ただただそれそれそれなるなるなる御おん御おんおん有樣ありさま有樣ありさまありさまにににあさましあさましあさましとととはははよよよのののつねつねつねなりなりなり。。。人々びと人々びとびと近ちか近ちかちこううう參まゐ參まゐまいるるるももも傍かたはら傍かたはらかたわら痛いた痛いたいとうううおぼさるおぼさるおぼさる。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

左大臣家では、葵の上の物の怪がひどく起こって、たいそうお苦しみになる。この物の怪は、御息所ご自身の生霊だとか、亡き父大臣の霊だとか言う者があるとお聞きになるにつけて、御息所が思い続けてごらんになると、わが身一つのつらい嘆きのほかに、人を悪くなれなどと思う心もないけれど、物思いをすると身から抜け出していくという魂は、そういうこともあるのだろうかと、思い当たられることもある。

長年、何事も思い残すことのないほど物思いをして過ごしてきたが、これほどまでに心が砕けることはなかったのに、ちょっとした事の折に、あの人(葵の上)が私を無視し、ないもののように扱った様子だった御禊の後、あのひと事でつらいと思って浮かれ出た心が静まりがたくお思いになるせいか、

少しうとうとなさる夢には、あの姫君と思われる人が、たいそう美しい様子でいる所に行って、あれこれと引きかき回し、正気の時とは違って、荒々しく激しい一途な心が出てきて、乱暴に打ちすえるなどの様子を、たびたび見ていらっしゃった。ああ、情けない。本当に魂が身を捨てて出て行ってしまったのだろうかと、正気でないようにお感じになる時々もあるので、

そうでないことでさえ、人のためによいようには言い出さない世の中なので、ましてこれは、たいそううまく言い立てるのに格好の種だとお思いになると、たいそう評判になりそうで、ひたすら死んだ後に恨みを残すのは世の常のことだが、それでさえ他人のこととしては罪深く不吉なのに、生きている身でありながら、そんないとわしいことを言われる宿命のつらさよ、

もう決して、あのつれない人(源氏)に何とかして心をかけ申し上げまいと思い返しなさるが、「思はじと思ふも物を思ふなり」(思うまいと思うのも物思いである)というものである。

斎宮は、去年宮中の初斎院にお入りになるはずだったが、いろいろと差し障りがあって、この秋お入りになる。九月にはそのまま野宮にお移りになるはずなので、二度目の御祓の準備を重ねて行うはずなのに、御息所はただ妙にぼんやりとして、つくづくと臥して病んでいらっしゃるので、斎宮に仕える人々はたいへんな大事として、ご祈祷などをさまざまにお勤め申し上げる。

ひどく重い様子ではなく、どこということもなく患って、月日をお過ごしになる。大将殿も常にお見舞い申し上げなさるが、もっと大切な方(葵の上)がひどく患っていらっしゃるので、お心の暇がなさそうである。

まだ出産の時期ではないと誰もが油断していらっしゃったところ、葵の上はにわかに産気づいてお苦しみになるので、いっそう多くのご祈祷の限りを尽くしておさせになるが、例のしつこい物の怪が一つ、まったく動かず、尊い験者たちも、珍しいことだと手を焼いている。

それでもさすがにひどく調伏されて、苦しそうに泣きながら、「少し祈祷をゆるめてください。大将に申し上げたいことがあります」とおっしゃる。「やはりそうか、何かわけがあるのだろう」と言って、近くの御几帳のもとに源氏をお入れ申し上げた。もう最期のような様子でいらっしゃるので、言い残しておきたいこともおありなのだろうかと、大臣も大宮も少し退きなさった。加持の僧たちが声をひそめて法華経を読んでいるのが、たいそう尊い。

源氏が御几帳の帷子を引き上げてご覧になると、葵の上はたいそう美しい様子で、お腹がたいそう高くなって臥していらっしゃる様子は、他人でさえ拝見すれば心が乱れるに違いない。まして源氏が惜しく悲しくお思いになるのは、もっともである。白いお召し物に、色合いがたいそう華やかで、御髪がたいそう長く豊かなのを引き結んで、そばに添えているのも、こうしていてこそ、かわいらしくなまめいた趣が加わって、美しいのだったと見える。

お手を取って、「ああ、ひどい。つらい目をお見せになることよ」と言って、何も申し上げられずにお泣きになると、いつもはたいそう気づまりで、こちらが気後れするようなまなざしを、たいそうだるそうに見上げて、じっと見つめ申し上げなさるうちに、涙がこぼれる様子をご覧になるのは、どうして愛情が浅いことがあろうか。

あまりひどくお泣きになるので、気の毒な親たちのことをお思いになり、また、こうして私を見るにつけて名残惜しくお思いになるのだろうかとお思いになって、「何事も、そんなにひどく思いつめなさるな。いくら何でも、悪いことにはならないでしょう。たとえどうなっても、必ず逢う瀬があるそうですから、また会えるでしょう。大臣や大宮なども、深い宿縁のある仲は、生まれ変わっても絶えないそうですから、また会える時があるだろうとお思いなさい」とお慰めになると、

「いいえ、そうではありません。わが身がたいそう苦しいので、しばらく祈祷をゆるめてくださいと申し上げようと思いまして。このように参上しようとはまったく思わないのに、物思いをする人の魂は、本当に身から抜け出していくものなのでした」と、親しげに言って、「嘆き悲しんで、身を離れて空にさまよう私の魂を、着物の下前の褄を結んで、つなぎとめてください」とおっしゃる声や様子は、葵の上その人ではなく、別人に変わっていらっしゃる。

たいそう妙だと考えめぐらしてごらんになると、まさにあの御息所であった。あきれたことに、人があれこれと噂するのを、よくない者たちが言い出すことだと、聞き苦しくお思いになって否定していらっしゃったのに、目の当たりに、世の中にはこんなこともあるのだったと、うとましくなってしまった。ああ、いやなことだとお思いになって、「そうおっしゃるが、誰とも知りません。はっきりとおっしゃってください」とおっしゃると、まさに御息所そのもののご様子なので、あきれるなどという言葉では言い尽くせない。女房たちが近くに参るのも、気がとがめてお思いになる。

意訳

御息所は、葵の上に取りつく霊が自分の生霊だという噂を耳にする。夢の中で、葵の上らしい人を打ちすえる自分を見て、本当に魂が身を離れているのではないかと恐れる。生きながら人を恨む霊になる自分の宿命を嘆く。

葵の上はにわかに産気づくが、しつこい物の怪は離れない。物の怪は源氏に話があると言い、源氏が几帳の中に入ると、葵の上の口を借りて歌を詠む。その声と様子は、まさに御息所だった。

語釈・文法注

思ふも物をなり
「思はじと思ふも物を思ふなり言はじと言ふもこれも言ふなり」(古歌)による。思うまいと思うことも、やはり物思いである。
野の宮
野宮(ののみや)。斎宮が伊勢へ下る前に、一年間こもって身を清める仮の宮。嵯峨野に設けられた。
したかひ
下交(したがい)。着物の前を合わせた時、下になる方の前身頃。その褄を結ぶと、抜け出た魂がとどまるとされた。

文法

禁止の「な…そ」(斯うなおぼし入れそ)
「そんなに思いつめなさるな」。
伝聞推定の「なれ」(逢ふ瀨あなれば)
「あるなれ」の撥音便「あんなれ」の撥音の無表記。「逢う瀬があるそうだから」。

和歌

歎きわび空にみだるゝ我がたまを結びとゞめよしたかひのつま

詠者
六条御息所(生霊)
状況
葵の上に取りついた生霊が、葵の上の口を借りて源氏に詠みかけた歌。嘆き悲しんで、身を離れて空にさまよう私の魂を、着物の下前の褄を結んで、つなぎとめてください。

修辞

俗信
魂が抜け出た時、着物の下前の褄を結ぶと魂が戻るという言い伝えをふまえる。

解説

葵の巻の頂点となる場面である。御息所は、自分の魂が意志に反して身を離れ、葵の上を苦しめていることに、夢を通して気づいていく。「人をあしかれなど思ふ心もなけれど」という言葉には、恨みを抑えようとする理性と、抑えきれない情念との分裂が表れている。

源氏が葵の上の手を取って慰める言葉は、葵の上その人への愛情の表れであったが、それに答えたのは御息所の生霊だった。夫婦の情愛がようやく通い合おうとした瞬間に、別の女の霊が割って入るという、劇的な構成である。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、170–173頁(コマ87–88)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日