古典ライブラリー

源氏物語 第9帖 葵(4)

御息所の苦悩と葵の上の物の怪

登場人物:六条御息所・光源氏・葵の上・桐壺院

車争いの屈辱以来、御息所は伊勢に下るか都にとどまるか思い悩み、病みがちになる。一方、懐妊中の葵の上は物の怪に苦しめられる。多くの物の怪が名のり出る中に、どうしても離れない一つの霊があった。御息所の病を聞いた源氏は見舞いに訪れるが、その後は文ばかりで、御息所は恨みの歌を送る。

薄暗い寝殿で、病床の葵の上を囲んで僧たちが加持祈祷を行い、護摩の煙が立ちのぼっている場面(AI生成)
薄暗い寝殿で、病床の葵の上を囲んで僧たちが加持祈祷を行い、護摩の煙が立ちのぼっている場面
  1. 1御息所みやすんどころ御息所みやすんどころみやすんどころはははものものものをををおぼしおぼしおぼし亂みだ亂みだみだるゝるゝるる事こと事ことこと年比としごろ年比としごろとしごろよりよりよりももも多おほ多おほおおくくく添そ添そそひひいにににけりけりけり。。。つらきつらきつらき方かた方かたかたににに思おも思おもおもひひいはてはてはて給たま給たまたまへへえどどど、、、今いま今いまいまはははとととてててふりふりふりはなれはなれはなれくだりくだりくだり給たま給たまたまひひいなななむむんはははいといといと心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそかりかりかりぬぬぬべくべくべく、、、世よ世よよののの人ひと人ひとひとぎゝぎゝぎきももも人ひと人ひとひと笑わら笑わらわらへへえにににならならならむむん事こと事ことこととととおぼすおぼすおぼす。。。
  2. 2さりとてさりとてさりとて立た立たたちちちとまるとまるとまるべくべくべくおもほしおもほしおもおしなるなるなるにににははは、、、かくかくかくこよなきこよなきこよなきさまさまさまににに皆みな皆みなみな思おも思おもおもひひいくたすくたすくたすべかべかべかめるめるめるもももやすからやすからやすからずずず、、、釣つり釣つりつりするするする海士あま海士あまあまのののうけうけうけなれなれなれととと、、、おきおきおきふしふしふしおぼしおぼしおぼし煩わづら煩わづらわずらふふうけにけにけにややや御おん御おんおん心地ここち心地ここちここちもももうきうきうきたるたるたるやうやうようにににおぼさおぼさおぼされれれてててなやましうなやましうなやましゅうししし給たま給たまたまふふう。。。
  3. 3大將殿だいしやうどの大將殿だいしやうどのだいしょうどのにににははは「「「下くだ下くだくだりりり給たま給たまたまははわむむんとととととともてもてもてはなれはなれはなれてててあるあるあるまじきまじきまじき事こと事ことこと」」」などなどなどももも妨さまた妨さまたさまたげげげ聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまははわずずず「「「數かず數かずかずならならならぬぬぬ身み身みみををを見み見みみままま憂う憂ううくくくおぼしおぼしおぼし捨す捨すすてててむむんもももことわりことわりことわりなれなれなれどどど今いま今いまいまははは猶なほ猶なほなおいふかひいふかひいうかいなきなきなきにてにてにてももも、、、御覽ごらん御覽ごらんごらんじじじはてはてはてむむんややや淺あさ淺あさあさからからからぬぬぬにににはははあらあらあらむむん」」」ととと聞きこ聞きこきこえええかゝづらひかゝづらひかかずらい給たま給たまたまへへえばばば定さだ定さださだめめめ兼か兼かかねねね給たま給たまたまへへえるるる御心みこころ御心みこころみこころもももややや慰なぐさ慰なぐさなぐさむむむととと立た立たたちちち出い出いいででで給たま給たまたまへへえりりりしししみそぎみそぎみそぎ河がは河がはがわののの荒あら荒あらあららかりらかりらかりししし瀨せ瀨せせににに、、、いとゞいとゞいとど萬よろづ萬よろづよろずいといといとうくうくうくおぼしおぼしおぼしいらいらいられれれたりたりたり。。。
  4. 4大殿おほいとの大殿おほいとのおおいとのにににははは御おん御おんおんものゝけものゝけもののけめきめきめきててて痛いた痛いたいたくくくわづらひわづらひわずらい給たま給たまたまへへえばばば誰たれ誰たれたれももも誰たれ誰たれたれもももおぼしおぼしおぼし歎なげ歎なげなげくくくににに御おん御おんおんありきありきありきなどなどなどびんなきびんなきびんなき頃ころ頃ころころなれなれなればばば二條院にでうのゐん二條院にでうのゐんにじょういんにににももも時々ときどき時々ときどきときどきぞぞぞわたりわたりわたり給たま給たまたまふふう。。。
  5. 5さささはははいへいへいえどどどやんごとなきやんごとなきやんごとなき方かた方かたかたははは殊こと殊ことことににに思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえるるる人ひと人ひとひとののの珍めづら珍めづらめずらしきしきしきことことことさへさへさへ添そ添そそひひい給たま給たまたまへへえるるる御おん御おんおん惱なやみ惱なやみなやみなれなれなればばば心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしうしうしゅう思おも思おもおもししし歎なげ歎なげなげきききててて、、、御修法みずほふ御修法みずほふみずほうややや何なに何なになにやややなどなどなど、、、我わ我わわががが御方かた御方かたかたにてにてにて多おほ多おほおおくくく行おこな行おこなおこなははわせせせ給たま給たまたまふふう。。。
  6. 6ものゝけものゝけもののけ、、、などなどなどいふいふいうものものもの多おほ多おほおおくくく出い出いいででで來き來ききてててさまざまさまざまさまざまののの名な名ななのりのりのりするするする中なか中なかなかににに、、、人ひと人ひとひとににに更さら更さらさらにににうつらうつらうつらずずず唯ただ唯ただただ自みづか自みづかみずからららののの御身おほんみ御身おほんみおおんみにににつとつとつと添そ添そそひひいたるたるたるさまさまさまにてにてにて殊こと殊ことことにににおどろおどろしうおどろおどろしうおどろおどろしゅう煩わづら煩わづらわずらはしはしわし聞きこ聞きこきこゆるゆるゆる事こと事ことこともももなけれなけれなけれどどど、、、またまたまた片時かたとき片時かたときかたとき離はな離はなはなるゝるゝるる折をり折をりおりもももなきなきなきものものものひとつひとつひとつありありあり。。。
  7. 7いみじきいみじきいみじきどもどもどもにににももも從したが從したがしたがははわずずずしうねきしうねきしゅうねき氣色けしき氣色けしきけしきおぼろけおぼろけおぼろけののの物もの物ものものにににあらあらあらずずずととと見み見みみえええたりたりたり。。。
  8. 8大將だいしやう大將だいしやうだいしょうののの君きみ君きみきみののの御おん御おんおんかよひかよひかよい所どころ所どころどころこゝかしここゝかしこここかしことととおぼしおぼしおぼしあつるあつるあつるににに、、、「「「このこのこの御おん御おんおんやすやすやす所どころ所どころどころ二條にでう二條にでうにじょうののの君きみ君きみきみなどなどなどばかりばかりばかりこそこそこそはははおしおしおしなべなべなべてててのののさまさまさまにににははは思おも思おもおもしししたらたらたらざざざめれめれめればばば、、、恨うらみ恨うらみうらみののの心こころ心こころこころももも深ふか深ふかふかからからからめめめ」」」とととさゝめきさゝめきささめきててて物もの物ものものなどなどなど問と問ととはははせせせ給たま給たまたまへへえどどどさしてさしてさして聞きこ聞きこきこえええあつるあつるあつることことこともももなしなしなし。。。
  9. 9ものゝけものゝけもののけとととてててもももわざとわざとわざと深ふか深ふかふかききき御おん御おんおんかたきかたきかたきととと聞きこ聞きこきこゆるゆるゆるもももなしなしなし。。。すぎすぎすぎにににけるけるける御おん御おんおんめのとめのとめのとだつだつだつ人ひと人ひとひと、、、もしはもしはもしは親おや親おやおやののの御方かた御方かたかたにににつけつけつけつゝつゝつつ傳つた傳つたつたはりはりわりたるたるたるものゝものゝものの、、、よわめよわめよわめににに出い出いいででで來き來ききたるたるたるなどなどなどむねむねしからむねむねしからむねむねしからずずず亂みだ亂みだみだれれれ顯あら顯あらあらはるゝはるゝわるる。。。
  10. 10唯ただ唯ただただつくづくつくづくつくづくとととねねねをををのみのみのみ泣な泣ななききき給たま給たまたまひひいててて折々をりをり折々をりをりおりおりははは胸むね胸むねむねをををせきせきせきあげあげあげつゝつゝつついみじういみじういみじゅう堪た堪たたへへえ難がた難がたがたげげげににに惑まど惑まどまどふふうわざわざわざをををししし給たま給たまたまへへえばばばいかにいかにいかに坐おは坐おはおわすすすべきべきべきにににかかかとととゆゝしうゆゝしうゆゆしゅう悲かな悲かなかなしうしうしゅうおぼしおぼしおぼしあわてあわてあわてけりけりけり。。。
  11. 11院ゐん院ゐんいんよりよりよりももも御おん御おんおんとぶらひとぶらひとぶらいひまひまひまなくなくなく御おん御おんおん祈いのり祈いのりいのりのののことことことまでまでまでおぼしおぼしおぼしよらよらよらせせせ給たま給たまたまふふうさまさまさまのののかたじけなきかたじけなきかたじけなきにににつけつけつけてててももも、、、いとゞいとゞいとど惜を惜をおしげしげしげなるなるなる人ひと人ひとひとののの御身おほんみ御身おほんみおおんみなりなりなり。。。世よ世よよののの中なか中なかなか普あまね普あまねあまねくくく惜をし惜をしおしみみみ聞きこ聞きこきこゆるゆるゆるををを聞き聞ききききき給たま給たまたまふふうにににももも御おん御おんおんやすやすやす所どころ所どころどころはははたゞたゞただならならならずずずおぼさるおぼさるおぼさる。。。
  12. 12年頃としごろ年頃としごろとしごろはははいといといとかくかくかくしもしもしもあらあらあらざりざりざりししし御おん御おんおん挑いど挑いどいどみみみ心こころ心こころこころををを、、、はかなかりはかなかりはかなかりししし所ところ所ところところののの車くるま車くるまくるま爭あらそ爭あらそあらそひひいににに人ひと人ひとひとののの御心みこころ御心みこころみこころののの動うご動うごうごきききにににけるけるけるををを、、、かのかのかの殿との殿とのとのにににはははさまさまさまでででももも思おも思おもおもしししよらよらよらざりざりざりけりけりけり。。。
  13. 13かゝるかゝるかかる御おん御おんおん物思ものおも物思ものおもものおもひひいののの亂みだ亂みだみだれれれににに御おん御おんおん心地ここち心地ここちここち猶なほ猶なほなお例れい例れいれいならならならずずずのみのみのみおぼさるれおぼさるれおぼさるればばば、、、ほかほかほかにににわたりわたりわたり給たま給たまたまひひいててて御修法みずほふ御修法みずほふみずほうなどなどなどせせせさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。大將殿だいしやうどの大將殿だいしやうどのだいしょうどの聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててていかなるいかなるいかなる御おん御おんおん心こころ心こころこころちちちにににかかかととといとほしういとほしういとおしゅうおぼしおぼしおぼし起おこ起おこおこしししてててわたりわたりわたり給たま給たまたまへへえりりり。。。
  14. 14例れい例れいれいならならならぬぬぬたびたびたび所どころ所どころどころなれなれなればばばいたういたういとう忍しの忍しのしのびびび給たま給たまたまふふう。。。心こころ心こころこころよりよりより外ほか外ほかほかなるなるなるをこたりをこたりおこたりなどなどなど、、、罪つみ罪つみつみゆるさゆるさゆるされれれぬぬぬべくべくべく聞きこ聞きこきこえええ續つづ續つづつづけけけ給たま給たまたまひひいててて惱なや惱なやなやみみみ給たま給たまたまふふう人ひと人ひとひとののの御おん御おんおん有樣ありさま有樣ありさまありさまもももうれへうれへうれえ聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。
  15. 15「「「自みづか自みづかみずからららはははさしもさしもさしも思おも思おもおもひひい入い入いいれれれ侍はべ侍はべはべらららねねねどどど親おや親おやおやたちたちたちのののいといといとことごとしうことごとしうことごとしゅう思おも思おもおもひひい惑まど惑まどまどははわるゝるゝるるががが心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしさしさしさにににかゝるかゝるかかる程ほど程ほどほどををを見み見みみ過す過すすぐさぐさぐさむむんとととてててなむなむなん。。。萬よろづ萬よろづよろずをををおぼしおぼしおぼしのどめのどめのどめたるたるたる御心みこころ御心みこころみこころならならならばばばいといといと嬉うれ嬉うれうれしうしうしゅうなむなむなん」」」などなどなど語かた語かたかたらひらひらい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。
  16. 16常つね常つねつねよりよりよりももも心こころ心こころこころ苦ぐる苦ぐるぐるしげしげしげなるなるなる御おん御おんおん氣色けしき氣色けしきけしきをををことわりことわりことわりににに哀あはれ哀あはれあわれととと見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふう。。。うちうちうちとけとけとけぬぬぬ朝あさ朝あさあさぼらけぼらけぼらけににに出い出いいででで給たま給たまたまふふう御おん御おんおんさまさまさまのののをかしきをかしきおかしきにににももも猶なほ猶なほなおふりふりふり離はな離はなはなれれれなななむむんとととはははおぼしおぼしおぼしかへさかへさかえさるるる。。。
  17. 17やんごとなきやんごとなきやんごとなき方かた方かたかたにににいとゞいとゞいとど志こころざし志こころざしこころざし添そ添そそひひい給たま給たまたまふふうべきべきべきことことことももも出い出いいででで來き來ききにににたれたれたればばば一ひと一ひとひとつつつ方かた方かたかたにににおぼしおぼしおぼし靜しづ靜しづしずまりまりまり給たま給たまたまひひいなななむむんををを、、、かやうかやうかようにににまちまちまち聞きこ聞きこきこえええつゝつゝつつあらあらあらむむんももも、、、心こころ心こころこころのみのみのみ盡つ盡つつきききぬぬぬべきべきべきことことことなかなかなかなかなかなか物思ものおも物思ものおもものおもひひいののの驚おどろ驚おどろおどろかかかさささるゝるゝるる心地ここち心地ここちここちししし給たま給たまたまふふうににに御おん御おんおん文ふみ文ふみふみばかりばかりばかりぞぞぞ暮くれ暮くれくれつつつ方かた方かたかたあるあるある。。。
  18. 18「「「日比ひごろ日比ひごろひごろ少すこ少すこすこししし怠おこた怠おこたおこたるるるさまさまさまなりなりなりつるつるつる心地ここち心地ここちここちののの俄にはか俄にはかにわかにににいといといと苦くる苦くるくるしげしげしげににに侍はべ侍はべはべるるるをををえええ引ひ引ひひきききよがよがよがてててなむなむなん」」」とととあるあるあるををを例れい例れいれいのののことづけことづけことづけととと見み見みみ給たま給たまたまふふうものものものからからから、、、
  19. 19「「「袖そで袖そでそでぬるゝぬるゝぬるるこひぢこひぢこいじとととかつはかつはかつわ知し知ししりりりながらながらながらおりおりおりたつたつたつ田子たご田子たごたごのののみづからみづからみずからぞぞぞうきうきうき。。。山やま山やまやまののの井ゐ井ゐいののの水みづ水みづみずもももことわりことわりことわりににに」」」とととぞぞぞあるあるある。。。
  20. 20御手て御手ててははは猶なほ猶なほなおこゝらこゝらここらののの人ひと人ひとひとののの中なか中なかなかににに勝すぐ勝すぐすぐれれれたりたりたりかしかしかしとととうちうちうち見み見みみ給たま給たまたまひひいつゝつゝつつ如何いか如何いかいかにににぞぞぞやややもももあるあるある世よ世よよかなかなかな。。。心こころ心こころこころもももかたちかたちかたちもももとりどりとりどりとりどりににに捨す捨すすつつつべきべきべきもももなくなくなくまたまたまた思おも思おもおもひひい定さだ定さださだむむむべきべきべきもももなきなきなきををを、、、苦くる苦くるくるしうしうしゅうおぼさるおぼさるおぼさる。。。
  21. 21御おん御おんおん返かへ返かへかえりりりいといといとくらうくらうくろうなりなりなりにににたれたれたれどどど「「「袖そで袖そでそでのみのみのみぬるゝぬるゝぬるるやややいかにいかにいかに深ふか深ふかふかからからからぬぬぬ御おん御おんおんことことことににになむなむなん。。。「「「あさみあさみあさみにににややや人ひと人ひとひとはははおりおりおりたつたつたつ我わ我わわがががかたかたかたははは身み身みみもももそぼつそぼつそぼつまでまでまで深ふか深ふかふかきききこひぢこひぢこいじををを。。。おぼろけおぼろけおぼろけにてにてにてややや。。。このこのこの御おん御おんおんかへりかへりかえりををを自みづか自みづかみずかららら聞きこ聞きこきこえええさせさせさせぬぬぬ」」」などなどなどありありあり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

御息所は、思い乱れなさることが、これまでの年月よりも多く加わった。源氏をつれない人と思い切っていらっしゃるが、今はもうこれまでと源氏を振り捨てて伊勢へ下ってしまわれるのは、たいそう心細いに違いなく、世間の評判でも物笑いになるだろうとお思いになる。

そうかといって、都にとどまろうとお思いになるにつけては、このようにこの上なくさげすまれた様子で、皆が見下すに違いないのも心穏やかでなく、「釣りする海人のうきなれや」(心が定まらない浮きのようだ)と、寝ても覚めても思い悩みなさるせいか、ご気分も上の空のようにお感じになって、病気がちでいらっしゃる。

大将殿(源氏)は、「伊勢へ下りなさるなど、とんでもないことです」などと、お引き止め申し上げることもなさらず、「人数にも入らない私を、見るのもいやだと捨てておしまいになるのももっともですが、今はやはり、つまらない私でも、最後まで見届けてくださるのが、浅くないお気持ちというものでしょう」と、まつわりつくように申し上げなさるので、決めかねていらっしゃるお心も慰められるかと出かけなさった御禊の河の荒々しい瀬(車争い)で、いっそう何もかもがたいそうつらく思い知らされなさった。

左大臣家では、葵の上が物の怪にとりつかれた様子で、ひどく患っていらっしゃるので、誰もが嘆いていらっしゃるうえ、源氏も外出などは不都合な時期なので、二条院にも時々しかお帰りにならない。何といっても、大切な正妻としては格別に思い申し上げていらっしゃる人が、懐妊という珍しいことまで加わってのご病気なので、心苦しくお嘆きになって、御修法や何やかやと、ご自分のお部屋で多くおさせになる。

物の怪や生霊などというものが多く現れて、さまざまに名のる中に、よりましにはまったく移らず、ただ葵の上ご自身にぴったりと寄り添っている様子で、特にひどくお苦しめ申し上げることもないが、また片時も離れる時のない物の怪が一つある。すぐれた験者たちにも従わず、しつこい様子は、並大抵の物ではないと見えた。

大将の君の通い所をあれこれと思い当たってみると、「あの御息所や二条の君(紫の君)などだけは、並一通りの扱いとはお思いでないようだから、恨みの心も深いだろう」とささやいて、占いなどをおさせになるが、はっきりと言い当てることもない。物の怪といっても、特に深い敵だと申し上げるものもない。亡くなった乳母めいた人や、あるいは親の家系に代々とりついているものが、弱り目に現れたのなどが、とりとめもなく乱れ出てくる。

葵の上はただひたすら声をあげてお泣きになって、時々は胸をせき上げながら、ひどく耐えがたそうに苦しまれるので、どうおなりになるのだろうかと、不吉で悲しく、皆があわてていらっしゃった。院からもお見舞いがひっきりなしにあって、ご祈祷のことまで気を配っていらっしゃる様子がもったいないにつけても、いっそう惜しまれる葵の上のお身の上である。

世の中の人が皆惜しみ申し上げるのをお聞きになるにつけても、御息所は穏やかでなくお思いになる。長年は、これほどではなかった張り合う心を、ちょっとした場所の車争いで、御息所のお心が乱れてしまったのを、左大臣家では、そこまでは思いもよらなかった。

こうした物思いの乱れで、ご気分がやはりすぐれないばかりにお感じになるので、御息所はよそへお移りになって、御修法などをおさせになる。大将殿はお聞きになって、どんなご容態なのかと気の毒に思い立って、お訪ねになった。いつもと違う仮住まいなので、たいそう人目を忍んでいらっしゃる。心ならずもご無沙汰したことなどを、許してもらえるように申し上げ続けなさって、病んでいる葵の上のご様子もこぼしなさる。

「私自身はそれほど心配しておりませんが、親たちがひどく大げさに思い惑っていらっしゃるのが気の毒で、こうした時期が過ぎるまでは見届けようと思いまして。何事も大目に見てくださるお心ならば、たいそううれしいのですが」などとお話し申し上げなさる。いつもより苦しそうなご様子を、もっともなことだと、しみじみ拝見なさる。打ち解けないまま明け方にお帰りになる源氏のお姿の美しさにも、御息所は、やはり振り捨てて伊勢へ下るのは考え直しなさる。

大切な正妻の方に、いっそう愛情が加わりそうな出来事(出産)もあったのだから、源氏はそちら一つに落ち着いておしまいになるだろうに、このようにお待ち申し上げているのも、心がすり減るばかりだと、かえって物思いが呼び覚まされるお気持ちでいらっしゃると、お手紙だけが夕方に来る。

「この数日、少しよくなっていた病人の具合が、急にひどく苦しそうになりまして、ほうっておくこともできませんので」とあるのを、いつもの言い訳とご覧になるものの、「袖が濡れる恋路(泥田)と知りながら、そこに下り立つ農夫のように、恋に深入りしてしまうわが身がつらいことです。山の井の水も(浅いとは)もっともなことで」と書いてある。

筆跡はやはり大勢の女性の中でもすぐれているなあとご覧になりながら、どうもままならない世の中だなあ、心も容貌もそれぞれに捨てがたく、かといって一人に決めることもできないのを、苦しくお思いになる。ご返事は、すっかり暗くなってしまったが、「袖だけが濡れるとはどういうことでしょう。お気持ちが深くないからでしょう。あなたは浅いところに下り立っているのでしょうか。私の方は、全身ずぶ濡れになるほど深い恋路にいるのに。並大抵のことでは(伺わないのではありません)。このご返事を直接申し上げないとは」などと書いてある。

意訳

車争いの後、御息所は伊勢へ下るか都にとどまるかで揺れ動き、病みがちになる。一方、懐妊中の葵の上は物の怪に苦しむ。多くの物の怪が名のる中に、葵の上に取りついて離れない正体不明の霊がある。

人々は、御息所か紫の君の恨みではないかとささやく。御息所は、葵の上が世間から惜しまれるのを聞いて、心穏やかでない。

源氏は御息所を見舞うが、葵の上を案じてすぐに帰り、あとは文ばかりである。御息所は、恋路に深入りした自分を嘆く歌を送る。

語釈・文法注

釣する海士のうけなれや
「伊勢の海に釣する海人のうけなれや心ひとつを定めかねつる」(古今集・恋一)による。釣り糸の浮き(うけ)のように心が定まらない、という意。伊勢へ下るかどうか迷う御息所の心にふさわしい引歌である。
いきすだま
生霊(いきすだま)。生きている人の魂が体から抜け出して、他人に取りついたもの。
げんざ
験者(げんざ)。加持祈祷によって物の怪を退散させる僧や修験者。

文法

推量の「べかめる」(思ひくたすべかめる)
「べかるめる」の撥音便「べかんめる」の撥音の無表記。「見下すに違いないようだ」。
反語の「おぼろけにてや」
「並大抵の気持ちでしょうか、いや、そうではない」。

和歌

袖ぬるゝこひぢとかつは知りながらおりたつ田子のみづからぞうき

詠者
六条御息所
状況
見舞いの後、文だけを寄こす源氏に、御息所が送った歌。袖が濡れる恋路(泥田)と知りながら、そこに下り立つ農夫のように、恋に深入りしてしまうわが身がつらいことです。

修辞

掛詞
「こひぢ」に「恋路」と「泥(こひぢ)」、「みづから」に「水」と「自ら」をかける。
引歌
歌の後の「山の井の水も」は、「くやしくぞ汲みそめてける浅ければ袖のみ濡るる山の井の水」(古今六帖)による。

あさみにや人はおりたつ我がかたは身もそぼつまで深きこひぢを

詠者
光源氏
状況
御息所への返歌。あなたは浅いところに下り立っているのでしょうか。私の方は、全身ずぶ濡れになるほど深い恋路にいるのに。

修辞

掛詞
「こひぢ」に「恋路」と「泥」をかけ、御息所の歌の比喩をそのまま受けて返す。

解説

葵の上に取りついて離れない「ものひとつ」の正体は、まだ明かされない。しかし読者には、車争いで辱められた御息所の霊であることが暗示されている。物語は、御息所自身もそれに気づいていくさまを、次の場面で描く。

御息所と源氏の「こひぢ」の歌の贈答は、表面は機知に富んでいるが、すれ違う二人の心を映している。源氏は、葵の上と御息所の間で揺れ動き、「捨つべきもなく、また思ひ定むべきもなき」と苦しむ。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、168–171頁(コマ86–87)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日