源氏物語 第9帖 葵(1)
代替わりと六条御息所
桐壺帝が譲位して朱雀帝の世となり、源氏は大将となる。院となった桐壺帝は藤壺とともに穏やかに暮らし、東宮(藤壺の皇子)の後見を源氏に託す。六条御息所の娘が斎宮に決まり、御息所は娘とともに伊勢へ下ろうかと思う。院は、源氏が御息所を軽々しく扱っていると戒める。葵の上は懐妊する。新しい斎院の御禊の日、葵の上も女房たちに勧められて見物に出かける。

- 1世世よののの中中なかかはりかはりかわりててて後後のちよろづよろづよろず物物ものうううくくくおぼさおぼさおぼされれれ、、、御身御身おおんみのののやんごとなさやんごとなさやんごとなさももも添添そふふうにににややや、、、かるがるしきかるがるしきかるがるしき御御おん忍忍しのびありきびありきびありきもももつゝましうつゝましうつつましゅうててて、、、こゝこゝここもももかしこかしこかしこもももおぼつかなさおぼつかなさおぼつかなさののの嘆嘆なげきききををを重重かさねねね給給たまふふう報報むくいにににややや、、、猶猶なお我我わにににつれなきつれなきつれなき人人ひとののの御心御心みこころをををつきせつきせつきせずずずのみのみのみおぼしおぼしおぼしなげくなげくなげく。。。
- 2今今いまはははましてましてましてひまひまひまなくなくなく、、、たゞたゞただ人人びとのののやうやうようにてにてにて添添そひひい坐坐おわしますしますしますををを、、、きさききさききさきははは心心こころやましうやましうやましゅうおぼすおぼすおぼすにににややや、、、うちうちうちにににのみのみのみ侍侍さぶらひひい給給たまへへえばばば、、、立立たちちちならぶならぶならぶ人人ひとなうなうのう心心こころ安安やすげげげなりなりなり。。。
- 3折節折節おりふしににに隨隨したがひひいてててははは御御おん遊遊あそびなどなどなどをををこのましうこのましうこのましゅう世世よののの響響ひびくくくばかりばかりばかりせせせさせさせさせ給給たまひひいつゝつゝつつ今今いまののの御御おん有樣有樣ありさましもしもしもめでたしめでたしめでたし。。。唯唯ただ春宮春宮とうぐうをををぞぞぞいといといと戀戀こいしうしうしゅう思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 4御御おん後見後見うしろみのののなきなきなきををを後後うしろめたうめたうめとう思思おもひひい聞聞きこえええててて、、、大將大將だいしょうののの君君きみににによろづよろづよろず聞聞きこえええつけつけつけ給給たまふふうももも、、、傍痛傍痛かたわらいたきききものものものからからから嬉嬉うれしししとととおぼすおぼすおぼす。。。
- 5誠誠まことややや、、、かのかのかの六條六條ろくじょうののの御御おんやすやすやす所所どころののの御御おん腹腹はらのののののの姫宮姫宮ひめみやににに居居い給給たまひひいにににしかしかしかばばば、、、大將大將だいしょうののの御心御心みこころばへばへばえもももいといといと賴賴たのもしげもしげもしげなきなきなきををを、、、かくかくかく幼幼おさなききき御御おん有樣有樣ありさまののの後後うしろめたさめたさめたさにににことづけことづけことづけててて下下くだりりりやややしししなましなましなましととと、、、かねてかねてかねてよりよりよりおぼしおぼしおぼしけりけりけり。。。
- 6院院いんにににもももかゝるかゝるかかることことことなどなどなど聞聞きこしししめしめしめしててて「「「故故こ宮宮みやのののいといといとやんごとなくやんごとなくやんごとなくおぼしおぼしおぼし時時ときめかしめかしめかし給給たまひひいしししものものものををを、、、かるがるしうかるがるしうかるがるしゅうおしおしおしなべなべなべたるたるたるさまさまさまにににもてなすもてなすもてなすなるなるなるがががいとほしきいとほしきいとおしきことことこと、、、
- 7齋宮齋宮さいぐうをををもももこのこのこの皇子皇子みこ達達たちのののつらつらつらににになむなむなん思思おもへへえばばば、、、いづいづいず方方かたにににつけつけつけてててもももおろかおろかおろかならならならざらざらざらむむんこそこそこそよからよからよからめめめ。。。心心こころのののすさびすさびすさびににに任任まかせせせてててかくかくかくすきすきすきわざわざわざするするするはははいといといと世世よのののもどきもどきもどき負負おひひいぬぬぬべきべきべき事事ことなりなりなり」」」などなどなど御御おん氣色氣色けしきあしけれあしけれあしければばば
- 8我我わががが御御おん心地心地ここちにににもももげにげにげにととと思思おもひひい知知しらららるれるれるればばば、、、かしこまりかしこまりかしこまりてててさぶらひさぶらひさぶらい給給たまふふう。。。「「「人人ひとのののためためため耻耻はぢぢじがましきがましきがましき事事ことなくなくなく、、、孰孰いずれれれをををもももなだらかなだらかなだらかにににもてなしもてなしもてなしててて、、、女女おんなののの怨怨うらみななな負負おひひいそそそ」」」とととのたまはするのたまはするのたまわするににに、、、
- 9けしからけしからけしからぬぬぬ心心こころのののおほけなさおほけなさおおけなさををを聞聞きこしししめしめしめしつけつけつけたらたらたらむむん時時ときととと恐恐おそろしけれしけれしければばば畏畏かしこまりまりまりてててまかでまかでまかで給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 10又又またかくかくかく院院いんにににももも聞聞きこしししめしめしめしのたまはするのたまはするのたまわするににに、、、人人ひとののの御名御名なももも我我わががが爲爲ためもももすきがましうすきがましうすきがましゅういとほしきいとほしきいとおしきににに、、、いとゞいとゞいとどやんごとなくやんごとなくやんごとなく心苦心苦こころぐるしきしきしきすぢすぢすじにににははは思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえどどどまだまだまだ顯顯あらはれはれわれてててはははわざとわざとわざともてなしもてなしもてなし聞聞きこえええ給給たまははわずずず。。。
- 11をんなをんなおんなももも似似にげなきげなきげなき御御おん年年としののの程程ほどををを耻耻はずかしうかしうかしゅうおぼしおぼしおぼしててて心心こころとけとけとけ給給たまははわぬぬぬ氣色氣色けしきなれなれなればばば、、、それそれそれににに隨隨したがひひいたるたるたるさまさまさまにににもてなしもてなしもてなしててて院院いんににに聞聞きこしししめしめしめし入入いれれれ、、、世世よののの中中なかののの人人ひとももも知知しらららぬぬぬなくなくなくなりなりなりにににたるたるたるををを、、、深深ふこうううしもしもしもあらあらあらぬぬぬ御心御心みこころののの程程ほどをををいみじういみじういみじゅうおぼしおぼしおぼし歎歎なげきききけりけりけり。。。
- 12かゝるかゝるかかる事事ことををを聞聞きききき給給たまふふうにににももも、、、朝顏朝顏あさがおののの姫君姫君ひめぎみはははいかでいかでいかで人人ひとににに似似にじじじととと深深ふこうううおぼせおぼせおぼせばばば、、、はかなきはかなきはかなきさまさまさまなりなりなりししし御御おん返返かえりりりなどなどなどもももをさをさをさをさおさおさなしなしなし。。。さりとてさりとてさりとて人人ひとにくゝにくゝにくくはしたなくはしたなくはしたなくはははもてなしもてなしもてなし給給たまははわぬぬぬ御御おん氣色氣色けしきををを君君きみももも猶猶なおことことことなりなりなりとととおぼしおぼしおぼしわたるわたるわたる。。。
- 13大殿大殿おおいとのにににはははかくかくかくのみのみのみ定定さだめめめなきなきなき御心御心みこころををを心心こころづきなしづきなしづきなしとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、あまりあまりあまりつゝまつゝまつつまぬぬぬ御御おん氣色氣色けしきのののいふかひいふかひいうかいなけれなけれなければばばにににやややあらあらあらむむん、、、深深ふこうううしもしもしも怨怨えんじじじ聞聞きこえええ給給たまははわずずず、、、心苦心苦こころぐるしきしきしきさまさまさまののの御御おん心地心地ここちににに惱惱なやみみみ給給たまひひいててて物物もの心心こころぼそげぼそげぼそげにににおぼいおぼいおぼいたりたりたり。。。
- 14珍珍めずらしうしうしゅう哀哀あわれととと思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまひひいててて、、、嬉嬉うれしきしきしきものものものからからから誰誰たれももも誰誰たれもももゆゝしうゆゝしうゆゆしゅうおぼしおぼしおぼしてててさまざまさまざまさまざまののの御御おんつゝしみつゝしみつつしみせせせさせさせさせ奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。かやうかやうかようなるなるなる程程ほどはははいとゞいとゞいとど御心御心みこころののの暇暇いとまなくなくなくててて、、、おぼしおぼしおぼし怠怠おこたるるるとととはははなけれなけれなけれどどどとだえとだえとだえ多多おおかるかるかるべしべしべし。。。
- 15そのそのその頃頃ころもももおりおりおり居居い給給たまひひいてててきさいきさいきさい腹腹ばらののの女女おんな三三さんののの宮宮みや居居い給給たまひひいぬぬぬ。。。帝帝みかどきさききさききさきいといといとことことことににに思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえるるる宮宮みやなれなれなればばばすぢすぢすじことことことににになりなりなり給給たまふふうをををいといといと苦苦くるしうしうしゅうおぼしおぼしおぼしたれたれたれどどど、、、ことことこと宮宮みやたちたちたちのののさるべきさるべきさるべきおはせおはせおわせずずず、、、
- 16儀式儀式ぎしきなどなどなど常常つねのののかんわざかんわざかんわざなれなれなれどどどいかめしういかめしういかめしゅうのののゝしるゝしるのしる。。。祭祭まつりのののほどほどほど限限かぎりあるあるある公事公事おおやけごとにににそふそふそうことことこと多多おおくくく、、、見所見所みどころこよなしこよなしこよなし。。。人人ひとがらがらがらととと見見みえええたりたりたり。。。
- 17ののの日日ひ、、、上達部上達部かんだちめなどなどなど數數かず定定さだまりまりまりててて仕仕つこうううまつりまつりまつり給給たまふふうわざわざわざなれなれなれどどど、、、おぼえおぼえおぼえことことことにににかたちかたちかたちあるあるあるかぎりかぎりかぎりしたがさねしたがさねしたがさねののの色色いろうへうへうえののの袴袴はかまののの紋紋もん馬馬うま鞍鞍くらまでまでまで皆皆みな整整ととのへへへたりたりたり。。。とりわきとりわきとりわきたるたるたる宣旨宣旨せんじにてにてにて大將大將だいしょうののの君君きみももも仕仕つこうううまつりまつりまつり給給たまふふう。。。
- 18かねてかねてかねてよりよりより物見車物見車ものみぐるま心心こころづかひづかひづかいしししけりけりけり。。。一條一條いちじょうののの大路大路おおじ所所ところなくなくなくむくつけきむくつけきむくつけきまでまでまで騷騷さわぎぎぎたりたりたり。。。所々所々ところどころののの御御おんさじきさじきさじき心々心々こころごころにににしししつくしつくしつくしたるたるたるしつらひしつらひしつらい人人ひとののの袖口袖口そでぐちさへさへさへいみじきいみじきいみじき見見みものものものなりなりなり。。。
- 19大大おおとのとのとのにににははは、、、かやうかやうかようののの御御おんありきありきありきもももをさをさをさをさおさおさししし給給たまははわぬぬぬににに御御おん心地心地ここちさへさへさへなやましけれなやましけれなやましければばばおぼしおぼしおぼしかけかけかけざりざりざりけるけるけるををを、、、若若わかききき人々人々びと「「「いでやいでやいでや己己おのがががどちどちどち引引ひききき忍忍しのびびびててて見見み侍侍はべらららむむんこそこそこそはえはえはえなかるなかるなかるべけれべけれべけれ。。。
- 20おほよそおほよそおおよそ人人ひとだにだにだに今日今日きょうののの物見物見ものみにににははは、、、大將殿大將殿だいしょうどのをををこそこそこそはははあやしきあやしきあやしき山山やまがつがつがつさへさへさへ見見み奉奉たてまつらららむむんとととすれすれすればばば、、、遠遠とおききき國々國々くにぐによりよりよりめこめこめこををを引引ひききき具具ぐしししつゝつゝつつ參參もうううででで來來くなるなるなるををを御覽御覽ごらんぜぜぜぬぬぬはははいといといとあまりあまりあまりももも侍侍はべるるるかなかなかな」」」ととといふいふいうををを大宮大宮おおみや聞聞きこしししめしめしめしててて、、、
- 21「「「御御おん心地心地ここちもももよろしきよろしきよろしきひまひまひまなりなりなり。。。さぶらふさぶらふさぶらう人々人々びともももさうざうしげさうざうしげそうぞうしげなななめりめりめり」」」とととててて俄俄にわかにににめぐらしめぐらしめぐらし仰仰おおせせせ給給たもうううててて見見み給給たまふふう。。。日日ひたけたけたけ行行ゆきききてててけしきけしきけしきもももわざとわざとわざとならならならぬぬぬさまさまさまにてにてにて出出いででで給給たまへへえりりり。。。ひまひまひまももも無無のううう立立たちちち渡渡わたりりりたるたるたるににによそほしうよそほしうよそおしゅう引引ひききき續續つづきききててて立立たちちち煩煩わずらふふう。。。
現代語訳
御代が替わってから、源氏は何事も気が進まなくお思いになり、ご身分が重々しくなったせいもあるのだろうか、軽々しいお忍び歩きも遠慮されて、あちらでもこちらでも、女性たちに待ちわびる嘆きを重ねさせなさる報いなのだろうか、相変わらず自分につれない人(藤壺)のお心を、いつまでも嘆いていらっしゃる。
藤壺は、今では院(桐壺院)といっそういつもいっしょに、臣下の夫婦のように寄り添っていらっしゃるのを、今の后(弘徽殿大后)は面白くなくお思いになるのか、宮中にばかりいらっしゃるので、肩を並べる人もなく、気楽そうである。院は、折々につけて管絃の遊びなどを、世間に響くほど趣深く催させなさって、今のご様子こそ、かえってすばらしい。ただ東宮のことだけを、たいそう恋しく思い申し上げていらっしゃる。後見がいないのを気がかりに思い申し上げて、大将の君(源氏)に何もかもお頼み申し上げなさるのも、源氏は気がとがめるものの、うれしいとお思いになる。
そうそう、あの六条御息所のお腹の、前東宮の姫宮が斎宮にお決まりになったので、御息所は、大将のお気持ちもたいそう頼りないので、幼い斎宮のご様子が気がかりだということにかこつけて、いっしょに伊勢へ下ってしまおうかと、前々から思っていらっしゃった。
院もこうしたことをお聞きになって、「亡き東宮がたいそう大切にお思いになって、寵愛なさった方なのに、軽々しく、ありふれた女のように扱っているそうなのが気の毒だ。斎宮も、私の皇女たちと同じように思っているのだから、どちらにつけても、おろそかにしないのがよいだろう。気まぐれに任せて、こうした色恋沙汰をするのは、たいそう世間の非難を受けることだ」などと、ご機嫌が悪いので、源氏はご自分の心にも本当にそうだと思い知られるので、恐縮して控えていらっしゃる。
院は「相手に恥をかかせることなく、どの人も穏やかに扱って、女の恨みを負うな」とおっしゃるにつけても、源氏は、けしからぬ大それた心(藤壺への思い)をお聞きつけになった時はと思うと恐ろしいので、恐縮して退出なさった。また、こうして院もお聞きになっておっしゃるので、御息所の評判のためにも、ご自分のためにも、色めいたことで気の毒なので、いっそう大切で心苦しい方とは思い申し上げていらっしゃるが、まだ表立って正式に扱うことはなさらない。
女(御息所)も、年齢の不釣り合いを恥ずかしくお思いになって、打ち解けない様子なので、源氏はそれに従っているような様子で、院のお耳にも入り、世間の人も知らない者はいなくなってしまったのに、それほど深くもない源氏のお心を、御息所はたいそうお嘆きになっていた。
こうした噂をお聞きになるにつけても、朝顔の姫君は、何とかして御息所のようにはなるまいと深く思っていらっしゃるので、ちょっとした返事なども、めったになさらない。それでも、無愛想に体裁悪くは扱わないご様子を、源氏もやはり格別だと思い続けていらっしゃる。
左大臣家の姫君(葵の上)は、源氏のこうした定まらないお心を気に入らないとお思いになるが、あまりに隠しだてしない様子に、言ってもかいがないからだろうか、それほど深くお恨み申し上げることもなく、苦しそうなご気分(懐妊)で病みつかれて、何となく心細そうにしていらっしゃる。源氏は珍しくいとしく思い申し上げなさって、うれしいながらも、誰もが不吉なことのようにお思いになって、さまざまな物忌みをおさせ申し上げなさる。こうした間は、いっそうお心に暇がなくて、忘れていらっしゃるわけではないが、ほかの所への途絶えが多いのだろう。
そのころ、斎院も退下なさって、后腹の女三の宮がお立ちになった。院も大后もたいそう格別に思い申し上げていらっしゃる宮なので、神に仕える特別な身の上になられるのを、たいそうつらくお思いになったが、ほかの宮たちに適当な方がいらっしゃらない。儀式などは、いつもの神事であるが、盛大に行われる。祭のころは、定められた公の行事に加わることが多く、見どころがこの上ない。斎院のご身分によるものと見えた。
御禊の日には、上達部なども人数が決まっていてお仕えなさるものだが、評判が格別で容貌のよい人ばかりで、下襲の色や表袴の紋、馬や鞍まで、みな整えている。特別な宣旨で、大将の君もお仕えなさる。前々から、見物の車は心づもりをしていた。一条大路は、すき間もなく、恐ろしいほど混雑している。あちらこちらの桟敷は、思い思いに趣向を尽くした飾りつけで、女房たちの出し衣の袖口までもが、すばらしい見ものである。
左大臣家の姫君は、こうしたお出かけもめったになさらないうえに、ご気分まで悪いので、見物のことは考えてもいらっしゃらなかったが、若い女房たちが「さあ、私たちだけでこっそり見物いたしますのでは、張り合いがございません。関わりのない人でさえ、今日の見物には、大将殿をこそ、身分の低い山里の者まで拝見しようとして、遠い国々から妻子を連れて上京してくるそうですのに、ご覧にならないのは、あまりなことでございます」と言うのを、大宮がお聞きになって、
「ご気分もよい時です。お仕えしている人たちも物足りなそうですから」と言って、急に車の用意をお命じになって、ご見物になる。日が高くなってから、支度も目立たないようにしてお出かけになった。すき間もなく車が立ち並んでいるところに、物々しく行列を続けて、車を止める場所に困っている。
意訳
葵の巻は、桐壺帝の譲位と、源氏の大将への昇進から始まる。院となった桐壺帝は、藤壺と穏やかに暮らし、藤壺の産んだ東宮の後見を源氏に託す。
六条御息所は、娘が斎宮となったのを機に、源氏との関係に区切りをつけて伊勢へ下ろうかと考えている。院は源氏の御息所への扱いを戒めるが、源氏の心は御息所から離れつつある。
懐妊した葵の上は、女房たちに勧められて、斎院の御禊の見物に出かける。この見物が、葵の巻の悲劇の発端となる。
語釈・文法注
- 今きさき
- 新しい帝(朱雀帝)の母、弘徽殿大后。
- 前坊
- 前の東宮。桐壺院の弟で、六条御息所の夫だったが、即位前に亡くなった。
- 齋宮
- 斎宮(さいぐう)。天皇の代替わりごとに選ばれ、伊勢神宮に仕える未婚の皇女。
- 齋院
- 斎院(さいいん)。賀茂神社に仕える未婚の皇女。
- ごけい
- 御禊(ごけい)。斎院が賀茂祭の前に賀茂川で身を清める儀式。行列が都大路を通り、多くの見物人が集まった。
文法
- 禁止の「な…そ」(女の怨な負ひそ)
- 「女の恨みを負うな」。
- 推量の「なまし」(下りやしなまし)
- 「(伊勢へ)下ってしまおうかしら」。ためらいを表す。
解説
葵の巻は、源氏物語の前半でもっとも劇的な巻の一つである。葵の上と六条御息所という、源氏をめぐる二人の高貴な女性の対立が、車争いと生霊という形で描かれる。
院が源氏を戒める場面は、源氏と御息所の関係が公然の秘密になっていたことを示している。御息所は前東宮の妃という高い身分で、源氏より七歳年上である。その誇りと、源氏への執着との間で、御息所は苦しむ。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、162–165頁(コマ83–84)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日