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源氏物語 第8帖 花宴(4)

右大臣家の藤の宴

登場人物:光源氏・朧月夜・右大臣・桐壺帝

有明の君は、四月に東宮への入内が決まっていて思い乱れている。三月二十日過ぎ、右大臣は賭弓の後に藤の花の宴を催し、源氏を招く。源氏は桜の唐織の直衣を着こなし、遅れて現れて人々を圧倒する。宴の途中、酔ったふりをして席を立った源氏は、女一の宮と女三の宮のいる寝殿の戸口に寄り、催馬楽をもじって「扇を取られてからきめを見る」と言う。几帳越しに歌を詠みかけると、ため息をつく女が歌を返す。その声は、まさにあの夜の女だった。

藤の花の咲く右大臣邸の夜、桜色の直衣を着た源氏が御簾の近くで女性に語りかけている場面(AI生成)
藤の花の咲く右大臣邸の夜、桜色の直衣を着た源氏が御簾の近くで女性に語りかけている場面
  1. 1かのかのかの有明ありあけ有明ありあけありあけののの君きみ君きみきみははははかなかりはかなかりはかなかりししし夢ゆめ夢ゆめゆめををを思おも思おもおもししし出い出いいでゝでゝでていといといと物もの物ものものなげかしうなげかしうなげかしゅうながめながめながめ給たま給たまたまふふう。。。春宮とうぐう春宮とうぐうとうぐうにににははは卯月うづき卯月うづきうずきばかりばかりばかりとととおぼしおぼしおぼし定さだ定さださだめめめたれたれたればばばいといといとわりなうわりなうわりのう思おも思おもおもししし亂みだ亂みだみだれれれたるたるたるををを、、、
  2. 2をとこをとこおとこ君ぎみ君ぎみぎみももも尋たづ尋たづたずねねね給たま給たまたまははわむむんににに跡あと跡あとあとはかなくはかなくはかなくはははあらあらあらねねねどどど孰いづ孰いづいずれれれとととももも知し知ししらららででで殊こと殊ことことにににゆるしゆるしゆるし給たま給たまたまははわぬぬぬあたりあたりあたりにににかゝづらはかゝづらはかかずらわむむんももも人ひと人ひとひとわろくわろくわろく思おも思おもおもひひいわづらひわづらひわずらい給たま給たまたまふふうににに、、、
  3. 3三月やよひ三月やよひやよいののの二十餘日はつかあまり二十餘日はつかあまりはつかあまりみぎみぎみぎのののおとゞおとゞおとどののの弓ゆみ弓ゆみゆみのののににに上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめみこみこみこたちたちたち多おほ多おほおおくくくつどへつどへつどえ給たま給たまたまひひいてててやがてやがてやがて藤ふぢ藤ふぢふじののの花はな花はなはなののの宴えん宴えんえんししし給たま給たまたまふふう。。。花盛はなざかり花盛はなざかりはなざかりははは過す過すすぎぎぎにににたるたるたるををを、、、外ほか外ほかほかののの散ち散ちちりりりなななむむんとととややや敎をし敎をしおしへへへられられられたりたりたりけむけむけん、、、後おく後おくおくれれれててて咲さ咲ささくくく櫻さくら櫻さくらさくら二木ふたき二木ふたきふたきぞぞぞいといといとおもしろきおもしろきおもしろき。。。
  4. 4新あたら新あたらあたらしうしうしゅう造つく造つくつくりりり給たま給たまたまへへえるるる殿との殿とのとのををを宮達みやたち宮達みやたちみやたちののの御おん御おんおん裳着もぎ裳着もぎもぎののの日ひ日ひひ磨みが磨みがみがきききしつらはしつらはしつらわれれれたりたりたり。。。華々はなばな華々はなばなはなばなとととものしものしものし給たま給たまたまふふう殿との殿とのとののののやうやうようにてにてにて何事なにごと何事なにごとなにごとももも今いま今いまいまめかしうめかしうめかしゅうもてなしもてなしもてなし給たま給たまたまへへえりりり。。。
  5. 5源氏げんじ源氏げんじげんじののの君きみ君きみきみにににももも一日ひとひ一日ひとひひとひうちうちうちにてにてにて御おん御おんおんたいめんたいめんたいめんのののついでついでついでににに聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいしかしかしかどどどおはせおはせおわせねねねばばば口惜くちを口惜くちをくちおしうしうしゅう物もの物ものもののののはえはえはえなしなしなしとととおぼしおぼしおぼしててて御子みこ御子みこみこののの四位しゐ四位しゐしい少將せうしやう少將せうしやうしょうしょうををを奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりたまふたまふたまう。。。「「「わがわがわが宿やど宿やどやどののの花はな花はなはなしししなべてなべてなべてののの色いろ色いろいろならならならばばば何なに何なになにかかかはははさらにさらにさらに君きみ君きみきみをををまたまたまたましましまし」」」
  6. 6內うち內うちうちにににおはするおはするおわする程ほど程ほどほどにてにてにて上うへ上うへうえににに奏そう奏そうそうししし給たま給たまたまふふう。。。「「「したりしたりしたり顏がほ顏がほがおなりなりなりややや」」」ととと笑わら笑わらわらははわせせせ給たま給たまたまひひいててて「「「わざとわざとわざとあああめるめるめるををを、、、早はや早はやはようううものせよものせよものせよかしかしかし。。。をんなみこをんなみこおんなみこたちたちたちなどなどなどももも生お生おおひひい出い出いいづるづるずる所ところ所ところところなれなれなればばばなべてなべてなべてのののさまさまさまにににははは思おも思おもおもふふうまじきまじきまじきををを」」」などなどなどののの給のたま給のたまのたまはすはすわす。。。
  7. 7御おん御おんおんよそひよそひよそいなどなどなど引ひ引ひひきききつくろひつくろひつくろい給たま給たまたまひひいててて痛いた痛いたいとううう暮く暮くくるゝるゝるる程ほど程ほどほどにににまたまたまたれれれてててぞぞぞ渡わた渡わたわたりりり給たま給たまたまふふう。。。櫻さくら櫻さくらさくらののの唐から唐からからのののきききののの御おん御おんおん直衣なほし直衣なほしのうし、、、葡萄染えびぞめ葡萄染えびぞめえびぞめのののしたがさねしたがさねしたがさね尻しり尻しりしりいといといと長なが長ながながくくく引ひ引ひひきききててて、、、
  8. 8皆みな皆みなみな人ひと人ひとひとはははうへうへうえのののきぬきぬきぬなるなるなるににに、、、あざれあざれあざれたるたるたるおほぎみおほぎみおおぎみ姿すがた姿すがたすがたのののなまめきなまめきなまめきたるたるたるにてにてにていつかいつかいつかれれれ入い入いいりりり給たま給たまたまへへえるるる御おん御おんおんさまさまさまげにげにげにいといといとことことことなりなりなり。。。花はな花はなはなののの匂にほひ匂にほひにおいもももけおさけおさけおされれれてててなかなかなかなかなかなかことざましことざましことざましににになむなむなん。。。
  9. 9遊あそび遊あそびあそびなどなどなどいといといとおもしろうおもしろうおもしろうししし給たま給たまたまひひいててて夜よ夜よよ少すこ少すこすこししし更ふ更ふふけけけ行ゆ行ゆゆくくくほどほどほどににに源氏げんじ源氏げんじげんじののの君きみ君きみきみいたういたういとう醉ゑ醉ゑえひひいなやめなやめなやめるるるさまさまさまにににもてなしもてなしもてなし給たま給たまたまひひいまぎれまぎれまぎれ立た立たたちちち給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。
  10. 10寢殿しんでん寢殿しんでんしんでんににに女をんな女をんなおんな一いち一いちいちののの宮みや宮みやみや、、、女をんな女をんなおんな三さん三さんさんののの宮みや宮みやみやのののおはしますおはしますおわしますひんがしひんがしひんがしののの戶口とぐち戶口とぐちとぐちにににおはしおはしおわしててて寄よ寄よよりりり居ゐ居ゐい給たま給たまたまへへえりりり。。。藤ふぢ藤ふぢふじはははこなたこなたこなたのののつまつまつまににに當あた當あたあたりりりてててあれあれあればばば、、、御おん御おんおん格子かうし格子かうしこうしどもどもども上あ上ああげげげわたしわたしわたしててて人々びと人々びとびと出い出いいででで居ゐ居ゐいたりたりたり。。。
  11. 11袖口そでぐち袖口そでぐちそでぐちなどなどなど蹈歌たふか蹈歌たふかとうかののの折をり折をりおりおぼえおぼえおぼえてててことさらことさらことさらめきめきめきもてもてもて出い出いいでででたるたるたるををを、、、ふさはしからふさはしからふさわしからずずずまづまづまず藤壺ふぢつぼ藤壺ふぢつぼふじつぼわたりわたりわたりをををおぼしおぼしおぼし出い出いいでででらるらるらる。。。
  12. 12「「「惱なや惱なやなやましきましきましきにににいといといと痛いた痛いたいとううう强し强ししひひいられられられてててわびわびわびにてにてにて侍はべ侍はべはべりりりかしこけれかしこけれかしこけれどどどこのこのこの御おん御おんおんまへまへまえにににこそこそこそははは蔭かげ蔭かげかげにににももも隱かく隱かくかくさささせせせ給たま給たまたまははわめめめ」」」とととててて妻戶つまど妻戶つまどつまどののの御簾みす御簾みすみすををを引ひ引ひひききき着き着きき給たま給たまたまへへえばばば「「「あなあなあな煩わづら煩わづらわずらはしはしわし。。。よからよからよからぬぬぬ人ひと人ひとひとこそこそこそやんごとなきやんごとなきやんごとなきゆかりゆかりゆかりはははかこちかこちかこち侍はべ侍はべはべるるるなれなれなれ」」」ととといふいふいう氣色けしき氣色けしきけしきををを見み見みみ給たま給たまたまふふうににに、、、
  13. 13おもおもしうおもおもしうおもおもしゅうはははあらあらあらねねねどどどおしなべておしなべておしなべてのののわかうどわかうどわこうどゞもゞもどもにににはははあらあらあらずずず。。。あてあてあてにににをかしきをかしきおかしきけはひけはひけわいしるししるししるし。。。そらだきものそらだきものそらだきものいといといとけぶたうけぶたうけぶとうくゆりくゆりくゆりてててきぬきぬきぬのののおとなひおとなひおとないいといといと華はな華はなはなやかやかやかにににうちうちうちふるまひふるまひふるまいなしなしなしててて、、、
  14. 14心こころ心こころこころにくゝにくゝにくく奧おく奧おくおくまりまりまりたるたるたるけはひけはひけわいははは立た立たたちちち後おく後おくおくれれれいまめかしきいまめかしきいまめかしき事こと事ことことををを好この好このこのみみみたるたるたるわたりわたりわたりにてにてにて、、、やんごとなきやんごとなきやんごとなき御おん御おんおんかたがたかたがたかたがた物もの物ものもの見み見みみ給たま給たまたまふふうとととてててこのこのこの戶口とぐち戶口とぐちとぐちはははしめしめしめ給たま給たまたまへへえるるるなるなるなるべしべしべし。。。
  15. 15さしもさしもさしもあるあるあるまじきまじきまじき事こと事ことことなれなれなれどどど、、、さすがにさすがにさすがにをかしうをかしうおかしゅうおぼさおぼさおぼされれれててていづれいづれいずれならならならむむんととと胸むね胸むねむねうちうちうち潰つぶ潰つぶつぶれれれててて「「「扇あふぎ扇あふぎおうぎををを取と取ととららられれれてててからきからきからきめめめををを見み見みみるるるとととうちうちうちおほどけおほどけおおどけたるたるたる聲こゑ聲こゑこえにににいひいひいいなしなしなしててて寄よ寄よよりりり居ゐ居ゐい給たま給たまたまへへえりりり。。。
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  17. 17「「「あづさあづさあずさ弓ゆみ弓ゆみゆみいるさいるさいるさののの山やま山やまやまにににまどふまどふまどうかなかなかなほのほのほのみみみししし月つき月つきつきのののかげかげかげややや見み見みみゆるゆるゆるととと。。。何故なにゆゑ何故なにゆゑなにゆえかかか」」」ととと推お推おおしししあてあてあてにににのたまふのたまふのたまうををを、、、えええしのばしのばしのばぬぬぬなるなるなるべしべしべし。。。「「「心こころ心こころこころいるいるいるかたかたかたならならならませませませばばばゆみはりゆみはりゆみはりののの月つき月つきつきなきなきなき空そら空そらそらにににまよはまよはまよわましましましやややははは」」」ととといふいふいう聲こゑ聲こゑこえたゞたゞただそれそれそれなりなりなり。。。いといといとうれしきうれしきうれしきものものものからからから。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

あの有明の君は、はかなかった夢のような逢瀬を思い出しなさって、たいそう嘆かわしく物思いにふけっていらっしゃる。東宮への入内は四月ごろと父大臣が決めていらっしゃるので、たいそう思い乱れていらっしゃるのを、男君(源氏)も、探そうと思えば手がかりがないわけではないが、どの姫君ともわからず、特に源氏を快く思っていない右大臣家に関わり合うのも体裁が悪いと思い悩んでいらっしゃると、

三月の二十日過ぎに、右大臣が賭弓の催しに上達部や親王たちを大勢お集めになって、そのまま藤の花の宴を催しなさる。桜の花盛りは過ぎてしまったが、ほかの桜が散ってしまってから咲けと教えられたのだろうか、遅れて咲いた桜が二本、たいそう趣深い。新しく造りなさった御殿を、姫宮たちの裳着の日に磨き立てて飾ってある。華やかにお振る舞いになるお屋敷の流儀で、何事も当世風にしつらえていらっしゃる。

源氏の君にも、先日宮中でお会いしたついでにお誘い申し上げなさったが、おいでにならないので、残念で、宴の見ばえがしないとお思いになって、御子の四位少将をお迎えにさし向けなさる。「我が家の藤の花が並の色であったら、どうしてわざわざあなたをお待ちしましょうか」。源氏は宮中にいらっしゃる時で、帝にこの歌を奏上なさる。

帝は「得意顔だね」とお笑いになって、「わざわざ招いているようだから、早く行きなさい。女御子たちも育っている所だから、並の家とは思っていないだろう」などとおっしゃる。源氏はお召し物などを整えなさって、日がすっかり暮れるころに、待ちかねられてお渡りになる。

桜の唐織の直衣に、葡萄染の下襲の裾をたいそう長く引いて、ほかの人々はみな正装の袍を着ているのに、くつろいだ皇子らしい直衣姿の優美な様子で、大切にもてなされてお入りになったご様子は、本当に格別である。花の美しさも気おされて、かえって興ざめなほどである。

管絃の遊びなどをたいそう趣深くなさって、夜が少し更けていくころ、源氏の君はひどく酔って苦しそうなふりをして、紛れて席をお立ちになった。寝殿に女一の宮と女三の宮がいらっしゃる、その東の戸口においでになって、寄りかかっていらっしゃる。藤はこちらの端に当たっているので、御格子をみな上げて、女房たちが端に出て座っている。

袖口などを、踏歌の折を思わせるように、わざとらしく御簾の外に出しているのを、源氏はふさわしくないと思い、まず藤壺のあたりの奥ゆかしさを思い出しなさる。

「気分が悪いのに、ひどく酒を勧められて困っております。恐れ多いことですが、こちらの御前でこそ、物陰にかくまってくださいませ」と言って、妻戸の御簾を引きかぶりなさると、女房が「まあ困ったこと。身分の低い人こそ、高貴な縁故に頼るものですのに」と言う様子をご覧になると、重々しくはないが、並の若い女房たちではない。上品で美しい気配がはっきりしている。

空薫物がたいそう煙たいほど香り、衣ずれの音もたいそう華やかに振る舞っていて、奥ゆかしく控えめな気配には欠け、当世風のことを好む家風で、高貴な姫君たちが見物なさるということで、この戸口に席を占めていらっしゃるのだろう。

そうすべきことではないが、やはり興味をひかれなさって、どの人だろうと胸をどきどきさせて、「扇を取られて、つらい目を見る」と、おどけた声で言いなして、寄りかかっていらっしゃる。「妙に、変わった高麗人ですこと」と答えるのは、事情を知らない人なのだろう。返事はしないで、ただ時々ため息をつく気配がする方に寄りかかって、几帳越しに手をとらえて、

「いるさの山に迷っています。ほのかに見た月の姿が見えるかと思って。どうしてでしょう」と当て推量でおっしゃるのを、こらえきれなかったのだろう、「本当に心を寄せていらっしゃるのなら、弓張月のない空でも、迷ったりなさるでしょうか」と言う声は、まさにあの人である。たいそううれしいものの。

意訳

有明の君(朧月夜)は、四月に東宮への入内が決まっていて、源氏との一夜を思って思い乱れている。源氏は、敵方の右大臣家の姫君だと知りながら、女を忘れられない。

右大臣家の藤の宴で、源氏は桜の唐織の直衣で現れて人々を圧倒する。酔ったふりをして姫君たちのいる寝殿に近づき、催馬楽をもじった言葉と歌で女を探す。ため息をつく女の返歌の声は、まさにあの夜の女だった。巻は「いとうれしきものから」と、余韻を残して結ばれる。

語釈・文法注

弓のけち
賭弓(のりゆみ)の還饗(かえりあるじ)。宮中の弓の競技の後、勝った方の大将が自邸で開く宴。
扇を取られてからきめを見る
催馬楽「石川」の「石川の高麗人に帯を取られてからき悔いする」をもじったもの。「帯」を「扇」に替えて、扇を取り替えた女を探していることをほのめかす。女房が「さまかへたるこまうど」と答えるのは、この催馬楽をふまえている。

文法

反実仮想「ませば…まし」(ならませば…まよはましやは)
「(本当に心を寄せていらっしゃる)なら、迷ったりなさるでしょうか、いや、迷わないはずです」。
推量の「べし」(しめ給へるなるべし)
語り手が「席を占めていらっしゃるのだろう」と推し量る。

和歌

わが宿の花しなべての色ならば何かはさらに君をまたまし

詠者
右大臣
状況
藤の宴に源氏を招くために、右大臣が使いの四位少将に持たせた歌。我が家の藤の花が並の色であったら、どうしてわざわざあなたをお待ちしましょうか。

修辞

誘い
花の美しさを自慢しながら、源氏の来訪を強く求める。

あづさ弓いるさの山にまどふかなほのみし月のかげや見ゆると

詠者
光源氏
状況
几帳越しにため息をつく女の手をとらえて、源氏が詠みかけた歌。いるさの山に迷っていることです。ほのかに見た月の姿が見えるかと思って。

修辞

枕詞
「あづさ弓」は「いる」にかかる枕詞。「いるさの山」は月が入る山で、女を探し求める自分を、山に迷う者にたとえる。

心いるかたならませばゆみはりの月なき空にまよはましやは

詠者
朧月夜
状況
源氏の歌への女の返歌。本当に心を寄せていらっしゃるのなら、弓張月のない空でも、迷ったりなさるでしょうか。

修辞

縁語
「いる(射る)」「ゆみはり」が「あづさ弓」の縁語。源氏の歌の言葉を受けて切り返す。

解説

花宴の巻は、源氏が朧月夜を探し当てた場面で、「いとうれしきものから」と、言いさしの形で終わる。この中途半端な結びは、二人の恋がこれから波乱を迎えることを予感させる。

朧月夜は、のちに朱雀帝(東宮)の尚侍として入内するが、源氏との関係は続く。そのことが右大臣と弘徽殿大后の怒りを買い、源氏の須磨への退去につながっていく。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、160–163頁(コマ82–83)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日