源氏物語 第8帖 花宴(3)
扇の行方と二条院
翌日の後宴の後、源氏は惟光と良清に、弘徽殿から退出する車を見張らせ、右大臣家の姫君たちの車が出ていったと聞くが、誰なのか確かめられない。女の扇を見ながら歌を書きつける。源氏は二条院に戻り、すっかり美しく成長した紫の君に琴を教える。左大臣邸では葵の上は相変わらず出てこず、左大臣は花の宴の見事さを語り、源氏をほめる。

- 1そのそのその日日ひははは後宴後宴ごえんののの事事ことありありありててて紛紛まぎれれれ暮暮くらししし給給たまひひいつつつ。。。等等そうののの琴琴こと仕仕つこううう奉奉まつりりり給給たまふふう。。。昨日昨日きのうののの事事ことよりよりよりもももなまめかしうなまめかしうなまめかしゅう面面おも白白しろししし。。。藤壺藤壺ふじつぼははは曉曉あかつきににに參參もううう上上のぼりりり給給たまひひいにににけりけりけり。。。
- 2かのかのかの有明有明ありあけ出出いでででやややしししぬぬぬらむらむらんととと心心こころもももそらそらそらにてにてにて、、、思思おもひひい至至いたらららぬぬぬ隈隈くまなきなきなき良淸良淸よしきよ惟光惟光これみつをををつけつけつけててて窺窺うかがははわせせせ給給たまひひいけれけれければばば、、、御御おんまへまへまえよりよりよりまかでまかでまかで給給たまひひいけるけるけるほどほどほどににに
- 3「「「只今只今ただいま北北きたののの陣陣じんよりよりより隱隱かくれれれ立立たちちちててて侍侍はべりりりつるつるつる車車くるまどもどもども罷罷まかりりり出出いづるづるずる。。。御御おんかたがたかたがたかたがたののの里人里人さとびと侍侍はべりりりつるつるつる中中なかににに四位四位しい少將少將しょうしょう右中辨右中辨うちゅうべんなどなどなど急急いそぎぎぎ出出いでゝでゝでて送送おくりりりししし侍侍はべりりりつるつるつるややや、、、弘徽殿弘徽殿こきでんののの御御おんあがれあがれあがれならならならむむんととと見見み給給たまへへえつるつるつる。。。けしうけしうけしゅうはははあらあらあらぬぬぬけはひけはひけわいどもどもどもしるくしるくしるくててて車車くるま三三みつつつつばかりばかりばかり侍侍はべりりりつつつ」」」ととと聞聞きこゆるゆるゆるにににももも胸胸むねうちうちうちつぶれつぶれつぶれ給給たまふふう。。。
- 4いかにいかにいかにしししててていづれいづれいずれととと知知しらららむむん、、、ちゝちゝちちおとゞおとゞおとどなどなどなど聞聞ききききてててことごとしうことごとしうことごとしゅうもてなさもてなさもてなされれれむむんもももいかにいかにいかにぞぞぞややや、、、まだまだまだ人人ひとのののありさまありさまありさま能能よくくく見見み定定さだめめめぬぬぬ程程ほどははは煩煩わずらはしかるはしかるわしかるべしべしべし、、、さりとてさりとてさりとて知知しらららででであらあらあらむむんはははたたたいといといと口惜口惜くちおしかるしかるしかるべけれべけれべければばば、、、如何如何いかにににせせせましましましとととおぼしおぼしおぼし煩煩わずらひひいてててつくづくつくづくつくづくとととながめながめながめふしふしふし給給たまへへえりりり。。。
- 5姫君姫君ひめぎみいかにいかにいかに徒然徒然つれづれならならならむむん、、、日頃日頃ひごろににになれなれなればばばくしくしくしてててやややあらあらあらむむんとととらうたくらうたくろうたく思思おもしししやるやるやる。。。
- 6かのかのかのしるししるししるしののの扇扇おうぎははは櫻櫻さくらののの三重三重みえがさねがさねがさねにてにてにて濃濃こきききかたかたかたににに霞霞かすめめめるるる月月つきをををかきかきかきててて水水みずにににうつしうつしうつしたるたるたる心心こころばへばへばえ目目め馴馴なれれれたれたれたれどどどゆゑゆゑゆえなつかしうなつかしうなつかしゅうもてもてもてならしならしならしたりたりたり。。。
- 7草草くさののの原原はらをををばばばととといひいひいいしししさまさまさまのみのみのみ心心こころにににかゝりかゝりかかり給給たまへへえばばば、、、「「「世世よににに知知しらららぬぬぬ心地心地ここちこそこそこそすれすれすれありあけありあけありあけののの月月つきのののゆくへゆくへゆくえををを空空そらにににまがへまがへまがえててて」」」ととと書書かきききつけつけつけ給給たまひひいててて置置おききき給給たまへへえりりり。。。
- 8おほいおほいおおい殿殿どのにににももも久久ひさしうしうしゅうなりなりなりにににけるけるけるとととおぼせおぼせおぼせどどど若君若君わかぎみももも心苦心苦こころぐるしけれしけれしければばばこしらへこしらへこしらえむむんとととおぼしおぼしおぼしててて、、、二條院二條院にじょうのいんへへへ坐坐おわしししぬぬぬ。。。見見みるるるまゝまゝままにににいといといと美美うつくしげしげしげににに生生おひひいなりなりなりてててあいぎやうあいぎやうあいきょうづきづきづきらうらうしきらうらうしきろうろうしき心心こころばへばへばえいといといと異異ことなりなりなり。。。
- 9飽飽あかかかぬぬぬ所所ところなうなうのう我我わががが御心御心みこころのののまゝまゝままににに敎敎おしへへえなさなさなさむむんととと覺覺おぼすすすにににかなひかなひかないぬぬぬべしべしべし。。。男男おとこののの御御おんをしへをしへをしへなれなれなればばば少少すこししし人人ひと馴馴なれれれたるたるたる事事ことやややまじらまじらまじらむむんととと思思おもふふうこそこそこそうしろめたけれうしろめたけれうしろめたけれ。。。
- 10日日ひごろごろごろののの御御おん物語物語ものがたり御御おん琴琴ことなどなどなど敎敎おしへへえ暮暮くらしししててて出出いででで給給たまふふうををを、、、例例れいのののととと口惜口惜くちおしうしうしゅう覺覺おぼせせせどどど、、、今今いまはははいといといとようようよう習習ならははわささされれれてててわりなくわりなくわりなくははは慕慕したひひいまつはさまつはさまつわさずずず。。。
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- 12「「「こゝらこゝらここらののの齡齡よわいにてにてにてめいわうめいわうめいおうののの御代御代みよ四代四代よよをををなむなむなん見見み侍侍はべりりりぬれぬれぬれどどどこのこのこの度度たびのののうにうにうにふみふみふみどもどもどもきやうざくきやうざくきょうざくににに、、、まひまひまいがくがくがくものものものゝゝのねねねどもどもどもとゝのほりとゝのほりととのおりててて齢齢よわい延延のぶるぶるぶることことことなむなむなん侍侍はべらららざりざりざりつるつるつる。。。
- 13道々道々みちみちののの物物ものののの上手上手じょうずどもどもども多多おおかるかるかる頃頃ころほひほひおい委委くわしうしうしゅうしろしめししろしめししろしめしとゝのへとゝのへととのえさせさせさせ給給たまへへえるるるけけけなりなりなり。。。翁翁おきなもももほとほとほとほとほとほと舞舞まひひい出出いでででぬぬぬべきべきべき心地心地ここちなむなむなんししし侍侍はべりりりししし」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、
- 14「「「殊殊ことにににとゝのへとゝのへととのえ行行おこなふふう事事ことももも侍侍はべらららずずず。。。唯唯ただ公事公事おおやけごとにににそしうそしうそしゅうなるなるなる物物ものののの師師しどもどもどもをををこゝかしここゝかしこここかしこ尋尋たずねねね侍侍はべりりりしししなりなりなり。。。萬萬よろずののの事事ことよりよりよりははは柳花苑柳花苑りゅうかえん誠誠まことにににこうたいこうたいこうたいののの例例れいととともももなりなりなりぬぬぬべくべくべく見見み給給たまへへえしししににに、、、
- 15ましてましてましてさかゆくさかゆくさかゆく春春はるににに立立たちちち出出いでででさせさせさせ給給たまへへえらららましかましかましかばばば、、、世世よのののめいぼくめいぼくめいぼくにににややや侍侍はべらららましましまし」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。辨辨べん、、、中將中將ちゅうじょうなどなどなど參參まいりりりあひあひあいててて高欄高欄こうらんににに背中背中せなかおしおしおしつゝつゝつつとりどりとりどりとりどりににに物物ものののの音音ねどもどもども調調しらべべべ合合あわせせせててて遊遊あそびびび給給たまふふう、、、いといといとおもしろしおもしろしおもしろし。。。
現代語訳
その日は後宴の催しがあって、源氏はあわただしく一日を過ごしなさった。箏の琴をお弾きになる。昨日の宴よりも優美で趣深い。藤壺は明け方に帝の御前に参上なさった。源氏は、あの有明の君は宮中から退出してしまっただろうかと、心もうわの空で、何事にも行き届かない所のない良清や惟光をつけて見張らせなさったところ、源氏が御前から退出なさった時に、
「たった今、北の陣から、隠れるように止めてありました車が出ていきました。女御方の里の人々がおりました中に、四位少将や右中弁などが急いで出てきて見送っておりましたので、弘徽殿の女御のご里下がりなのだろうと拝見しました。見苦しくない人々の気配がはっきりしていて、車が三台ほどございました」と申し上げるにつけても、源氏は胸がつぶれる思いがなさる。
どうやって、誰なのかを知ろう、父の右大臣などが聞いて、大げさに婿扱いされるのもどうか、まだ相手の様子をよく見定めないうちは面倒だろう、かといって知らないままでいるのも、たいそう残念だろうから、どうしたらよいかと思い悩んで、つくづくと物思いにふけって横になっていらっしゃる。姫君(紫の君)はどんなに退屈しているだろう、何日にもなるので、ふさいでいるのではないかと、いとしく思いやりなさる。
あの証拠の扇は、桜の三重がさねで、色の濃い方に霞んだ月を描いて、水に映した趣向は、見慣れたものではあるが、由緒ありげで、なつかしく使い慣らしてある。「草の原をば」と言った様子ばかりがお心にかかっていらっしゃるので、「これまで知らなかった気持ちがすることです。有明の月の行方を、空の中で見失ってしまって」と扇に書きつけなさって、置いていらっしゃる。
左大臣邸にも長く行っていないとお思いになるが、若君(紫の君)もかわいそうなので、機嫌をとってやろうとお思いになって、二条院へおいでになった。見るたびに、たいそうかわいらしく成長して、愛嬌があり、利発な気立ては格別である。不足な所がなく、自分の思いどおりに教え育てようとお思いになったことに、かないそうである。男の教育なので、少し人慣れしたところがまじるのではないかと思うのが気がかりである。
この数日のお話をしたり、御琴などを教えたりして一日を過ごして、源氏がお出かけになるのを、紫の君はいつものようにと残念にお思いになるが、今はたいそうよく習慣づけられて、むやみに後を追ってまつわりついたりはしない。
左大臣邸では、葵の上はいつものように、すぐにはお会いにならない。源氏は退屈で、あれこれ思いめぐらされて、箏の御琴をもてあそびながら、「やはらかにぬる夜はなくて」と歌っていらっしゃる。左大臣がお渡りになって、先日の宴のおもしろかったことを申し上げなさる。
「この年まで、名君の御代を四代見てまいりましたが、このたびのように、詩文が見事に作られ、舞や楽の音がそろって、寿命がのびる思いをしたことはございませんでした。それぞれの道の名人が多い時代に、あなたが詳しくご存じで、指図なさったおかげです。この翁も、もう少しで舞い出してしまいそうな気持ちがいたしました」と申し上げなさると、
源氏は「特に指図したこともございません。ただ公の行事として、それぞれの道の師を、あちらこちら探しただけです。何よりも、頭中将の柳花苑は、本当に後代の手本となりそうに拝見しましたが、まして栄える春に、あなた様がお舞いになっていらっしゃったら、世の誉れとなったことでしょう」と申し上げなさる。左中弁や頭中将なども参上して、高欄に背をもたせかけて、それぞれ楽器の音を合わせて合奏なさる、たいそう趣深い。
意訳
源氏は、惟光と良清に見張らせて、女が右大臣家の姫君たちの一人だと見当をつけるが、誰なのかまではわからない。女の扇の霞む月の絵に、源氏は「ありあけの月のゆくへ」を思う歌を書きつける。
二条院の紫の君は、すっかり美しく成長し、源氏の教えをよく身につけている。一方、左大臣邸では葵の上は相変わらず打ち解けず、左大臣が花の宴の見事さをほめたたえる。
語釈・文法注
- やはらかにぬる夜はなくて
- 催馬楽「貫河(ぬきがわ)」の一節。「貫河の瀬々の柔ら手枕、やはらかに寝る夜はなくて、親離くる夫」。親に仲を裂かれる夫婦を歌う。
文法
- 反実仮想「ましかば…まし」(立ち出でさせ給へらましかば…侍らまし)
- 「お舞いになっていたら、世の誉れとなったでしょう」。
- 推量の「べし」(かなひぬべし)
- 「きっと(思いが)かなうだろう」。
和歌
世に知らぬ心地こそすれありあけの月のゆくへを空にまがへて
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 取り替えた女の扇に、源氏が書きつけた歌。これまで知らなかった気持ちがすることです。有明の月(あの人)の行方を、空の中で見失ってしまって。
修辞
- 比喩
- 名も知らない女を「ありあけの月」にたとえる。この歌から、女は「有明の君」とも呼ばれる。
解説
扇を取り替えるという行為は、恋の証であり、再会の手がかりでもある。源氏は扇に描かれた霞む月を見て、女を「有明の月」にたとえる。この扇が、次の場面で女を探し当てる鍵となる。
紫の君の成長ぶりと、葵の上の冷たさとの対比は、紅葉賀の巻から続いている。源氏の心は、しだいに二条院の紫の君へと傾いていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、158–161頁(コマ81–82)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日