源氏物語 第8帖 花宴(1)
南殿の桜の宴
二月二十日過ぎ、宮中の南殿で桜の宴が催される。中宮となった藤壺と東宮が左右に座り、弘徽殿女御も気が進まないながら参加する。探韻で詩を作り、源氏は「春」の字を得て、その声さえ人並みすぐれている。春鶯囀の舞のとき、東宮に求められて源氏が少しだけ舞うと、左大臣は恨みも忘れて涙を流す。源氏の詩は講師も読み上げきれないほど見事で、藤壺は源氏を見ながら複雑な思いを歌に詠む。

- 1きさらぎきさらぎきさらぎののの廿日廿日はつかあまりあまりあまりののの櫻櫻さくらののの宴宴えんせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。きさききさききさき春宮春宮とうぐうののの御局御局みつぼね左右左右さゆうにににしししててて參參もううう上上のぼりりり給給たまふふう。。。
- 2弘徽殿弘徽殿こきでんののの女御女御にょうご、、、中宮中宮ちゅうぐうのののかくかくかくててておはするおはするおわするををを折節折節おりふしごとごとごとににに安安やすからからからずずずおぼせおぼせおぼせどどど、、、物見物見ものみにににはははえええ過過すぐしぐしぐし給給たまははわででで參參まいりりり給給たまふふう。。。
- 3日日ひいといといと能能よくくく晴晴はれれれててて空空そらののの氣色氣色けしき鳥鳥とりののの聲聲こえももも心地心地ここちよげよげよげなるなるなるにににみこみこみこたちたちたち上達部上達部かんだちめよりよりよりはじめはじめはじめてててそのそのその道道みちのののははは皆皆みな給給たまはりはりわりてててふみふみふみつくりつくりつくり給給たまふふう。。。
- 4宰相宰相さいしょうののの中將中將ちゅうじょう春春はるととといふいふいう文字文字もじ給給たまはれはれわれりりりとととのたまふのたまふのたまう聲聲こえさへさへさへ例例れいののの人人ひとににに異異ことなりなりなり。。。次次つぎににに頭中將頭中將とうのちゅうじょう、、、人人ひとのののめめめうつしうつしうつしもももたゞたゞただならならならずずず覺覺おぼゆゆゆべかべかべかめれめれめれととといといといとめやすくめやすくめやすくもてもてもて靜靜しずめめめてててこわづかひこわづかひこわづかいなどなどなど物々物々ものものしくしくしくすぐれすぐれすぐれたりたりたり。。。
- 5さてさてさてののの人々人々びとははは皆皆みな臆臆おくしししがちがちがちににに鼻鼻はな白白じろめるろめるろめる多多おおかりかりかり。。。地下地下じげのののはははましてましてまして帝帝みかど春宮春宮とうぐうののの御御おんざえざえざえかしこくかしこくかしこくすぐれすぐれすぐれててておはしますおはしますおわします。。。
- 6かゝるかゝるかかる方方かたにににやんごとなきやんごとなきやんごとなき人人ひと多多おおくくくものしものしものし給給たまふふう頃頃ころなるなるなるにににはづかしくはづかしくはずかしくててて遙々遙々はるばるととと曇曇くもりなきなきなき庭庭にわににに立立たちちち出出いづるづるずる程程ほどはしたなくはしたなくはしたなくててて易易やすききき事事ことなれなれなれどどど苦苦くるしげしげしげなりなりなり。。。
- 7年年とし老老おいいいたるたるたる博士博士はかせどもどもどもののの、、、なりなりなりあやしくあやしくあやしく窶窶やつれれれててて例例れいなれなれなれたるたるたるももも哀哀あわれれれにににさまざまさまざまさまざま御覽御覽ごらんずるずるずるなむなむなんをかしかりをかしかりおかしかりけるけるける。。。がくがくがくどもどもどもなどなどなどははは更更さらにににもももいはいはいわずずずとゝのへとゝのへととのえさせさせさせ給給たまへへえりりり。。。
- 8やうやうやうやうようよういりいりいり日日ひににになるなるなるほどほどほどににに春春しゅんののの鶯囀鶯囀おうでんととといふいふいう舞舞まいいといといと面面おも白白しろくくく見見みゆるゆるゆるににに源氏源氏げんじののの御御おん紅葉紅葉もみじののの賀賀がののの折折おりおぼしおぼしおぼし出出いでででられられられててて、、、
- 9春宮春宮とうぐうかざしかざしかざし給給たまはせはせわせてててせちせちせちににに責責せめめめののの給給のたまはするはするわするににに遁遁のがれれれがたくがたくがたくててて、、、立立たちちちてててのどかのどかのどかににに袖袖そでかへすかへすかえす所所ところをををひとをれひとをれひとおれ氣色氣色けしきばかりばかりばかり舞舞まひひい給給たまへへえるるるににに似似にるるるべきべきべきものものものなくなくなく見見みゆゆゆ。。。左左ひだりのののおとゞおとゞおとどうらめしさうらめしさうらめしさももも忘忘わすれれれててて淚淚なみだ落落おとししし給給たまふふう。。。
- 10「「「頭中將頭中將とうのちゅうじょういづらいづらいずら、、、遲遲おそししし」」」とととあれあれあればばば、、、柳花苑柳花苑りゅうかえんととといふいふいう舞舞まいををを、、、これこれこれははは今今いま少少すこしししうちうちうち過過すぐしぐしぐしてててかゝるかゝるかかる事事こともももやややととと心心こころづかひづかひづかいしししけむけむけん、、、いといといとおもしろけれおもしろけれおもしろければばば、、、御御おんぞぞぞ賜賜たまはりはりわりててていといといと珍珍めずらしきしきしきことことことににに人人ひと思思おもへへえりりり。。。
- 11上達部上達部かんだちめ皆皆みな亂亂みだれれれててて舞舞まひひい給給たまへへえどどど夜夜よににに入入いりりりてててははは殊殊ことにににけじめけじめけじめももも見見みえええずずず、、、ふみふみふみなどなどなど講講こうずるずるずるにににももも源氏源氏げんじののの君君きみののの御御おんをををばばば講師講師こうじもももえええ讀讀よみみみやらやらやらずずず、、、句句くごとごとごとにににずじずじずじのゝしるのゝしるののしる博士博士はかせどもどもどもののの心心こころにににもももいみじういみじういみじゅう思思おもへへえりりり。。。
- 12かうかうこうやうやうようののの折折おりにににももも、、、まづまづまずこのこのこの君君きみををを光光ひかりにににししし給給たまへへえばばば帝帝みかどもももいかでいかでいかでかかかおろかおろかおろかにににおぼさおぼさおぼされれれむむん。。。中宮中宮ちゅうぐう御目御目めのののとまるとまるとまるにににつけつけつけててて、、、春宮春宮とうぐうののの女御女御にょうごのののあながちあながちあながちににに憎憎にくみみみ給給たまふふうらむらむらんもももあやしうあやしうあやしゅうわがわがわがかうかうこう思思おもふふうももも心心こころうしうしうしとととみづからみづからみずからおぼしおぼしおぼしかへさかへさかえされれれけるけるける。。。
- 13「「「大大おおかたかたかたににに花花はなのののすがたすがたすがたををを見見みましかましかましかばばばつゆつゆつゆももも心心こころのののおかおかおかれれれましましましやややははは」」」、、、御心御心みこころののの中中うちなりなりなりけむけむけん事事こといかでいかでいかで漏漏もりりりにににけむけむけん。。。夜夜よいたういたういとう更更ふけけけてててなむなむなん事事ことはてはてはてけるけるける。。。
現代語訳
二月の二十日過ぎに、帝は南殿の桜の宴をお催しになる。中宮(藤壺)と東宮のお席を、玉座の左右に設けて、お二人が参上なさる。弘徽殿女御は、中宮がこうして上位にいらっしゃるのを、折あるごとに心穏やかでなくお思いになるが、見物だけは見過ごしになれずに参上なさる。
日がたいそうよく晴れて、空の様子も鳥の声も心地よさそうな中で、親王たちや上達部をはじめとして、その道に心得のある人はみな探韻を賜って詩を作りなさる。宰相の中将(源氏)が「春という文字をいただきました」とおっしゃる声までも、ほかの人とは格別である。次に頭中将が、人の見る目もただならず思われそうだが、たいそう見苦しくなく落ち着いて、声づかいなども重々しく立派である。
そのほかの人々は、みな気おくれして、きまり悪そうにしている者が多い。地下の文人は、なおさらのこと、帝や東宮のご学才がすぐれていらっしゃるうえに、こうした方面にすぐれた人が多くいらっしゃる頃なので、気がひけて、はるばると晴れわたった庭に進み出るのがきまり悪く、たやすいことなのに苦しそうである。年老いた博士たちが、身なりもみすぼらしくやつれていながら、場慣れしているのも、しみじみと、さまざまにご覧になるのは興味深いことであった。楽などはもちろん、十分に整えさせていらっしゃった。
しだいに日が傾くころ、春鶯囀という舞がたいそう趣深く見えるので、東宮は、源氏の紅葉賀の折の青海波を思い出しなさって、源氏にかざしの花をお与えになって、しきりにお求めになるので、源氏は断りきれずに、立ってゆっくりと袖をひるがえすところを一節だけ、形ばかりお舞いになると、比べるものもなく見える。左大臣は、源氏への恨めしさも忘れて涙を落としなさる。
帝が「頭中将はどこだ。遅いぞ」とおっしゃると、頭中将は柳花苑という舞を、源氏より少し念入りに、こういうこともあろうかと心づもりしていたのだろうか、たいそう見事だったので、御衣を賜って、たいそう珍しいことだと人々は思った。上達部はみな入り乱れて舞いなさるが、夜になってからは、とりわけ上手下手の区別も見えない。
詩を披講する時にも、源氏の君の詩は、講師も読み上げきれず、一句ごとに声をあげてほめそやす。博士たちも心の中でたいそう感心していた。こうした折にも、まずこの君を晴れの光となさるので、帝もどうしておろそかにお思いになろうか。中宮は、源氏の姿に目がとまるにつけて、東宮の母女御がむやみに源氏をお憎みになるのも不思議だし、自分がこうして心ひかれるのも情けないと、ご自身で思い返しなさるのだった。
「ふつうの気持ちで花のような姿を見るのであったら、露ほども心に気がねが置かれることなどないでしょうに」。お心の中の歌だったのに、どうして漏れ伝わったのだろうか。夜がたいそう更けてから、宴は終わった。
意訳
南殿の桜の宴は、紅葉賀の青海波と対になる、春の宮中の華やかな場面である。探韻で詩を作り、舞を舞い、源氏はここでも人々の中心となる。
藤壺は、中宮として宴に臨みながら、源氏の姿に心をひかれる自分を情けなく思う。藤壺の心の中の歌が「どうして漏れ伝わったのだろうか」と結ばれるところに、語り手の巧みさがある。
語釈・文法注
- 南殿
- 紫宸殿(ししんでん)。内裏の正殿。庭に左近の桜、右近の橘が植えられている。
- 探韻
- 探韻(たんいん)。詩会で、韻字を書いた紙を探り取り、その字を韻にして漢詩を作ること。
- もんにん
- 文人(もんにん)。漢詩文を作る学者たち。
- 春の鶯囀る
- 春鶯囀(しゅんのうでん)。唐から伝わった舞楽の一つ。春の宴でよく舞われた。
文法
- 反実仮想「ましかば…まし」(見ましかば…おかれましやは)
- 「(ふつうの気持ちで)見るのだったら、気がねなど置かれないだろうに」。
- 過去推量の「けむ」(いかで漏りにけむ)
- 語り手が「どうして漏れ伝わったのだろうか」と、物語の外から語る。
和歌
大かたに花のすがたを見ましかばつゆも心のおかれましやは
- 詠者
- 藤壺
- 状況
- 桜の宴で源氏の姿を見て、藤壺が心の中で詠んだ歌。ふつうの気持ちで花のような姿を見るのであったら、露ほども心に気がねが置かれることなどないでしょうに。
修辞
- 反実仮想
- 「ましかば…まし」で、源氏との秘密がなければ、すなおに源氏の美しさを賞賛できるのに、という嘆きを表す。「つゆ」は「露」と「少しも」を掛ける。
解説
花宴の巻は、源氏物語の中でもっとも短い巻の一つだが、華やかな宮廷行事と、朧月夜との運命的な出会いを描く。紅葉賀の秋の行事に対して、春の行事が描かれ、二つの巻は対をなしている。
藤壺の心の中の歌が「いかで漏りにけむ」と結ばれるのは、物語の語り手が、本来知りえないことを語っているという趣向である。語り手の存在を意識させる、源氏物語らしい表現である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、156–157頁(コマ80)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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