源氏物語 第7帖 紅葉賀(11)
帯の行方と藤壺の立后
典侍が届けた帯は頭中将のものだった。源氏と頭中将は帯や袖を返し合って歌を交わし、宮中で顔を合わせては目くばせして笑う。頭中将は源氏に負けまいと張り合い続ける。七月、藤壺は中宮となり、源氏は宰相に昇進する。帝は若宮を東宮にするために、母の藤壺の地位を固めたのだった。立后の夜、源氏は輿の中の藤壺を思って歌を詠む。若宮は日に日に源氏に似ていく。

- 1帶帶おびははは中將中將ちゅうじょうのののなりなりなりけりけりけり。。。我我わががが御御おんなほしなほしなおしよりよりよりははは色色いろ深深ふかしししととと見見み給給たまふふうにににはははたたた袖袖そでもももなかりなかりなかりけりけりけり。。。怪怪あやしししののの事事ことどもどもどもややや、、、おりおりおり立立たちちちててて亂亂みだるゝるゝるる人人ひとはははむべむべむべをこがましきをこがましきおこがましき事事ことももも多多おおからからからむむんととといとゞいとゞいとど御心御心みこころをををさめさめさめられられられ給給たまふふう。。。
- 2中將中將ちゅうじょう、、、とのゐどころとのゐどころとのいどころよりよりより「「「これこれこれまづまづまずとぢとぢとじつけつけつけさせさせさせ給給たまへへえ」」」とととててて押押おししし包包つつみみみててておこせおこせおこせたるたるたるををを、、、いかでいかでいかで取取とりりりつつつらむらむらんととと心心こころやましやましやまし。。。このこのこの帶帶おびをををえええざらざらざらましかましかましかばばばとととおぼすおぼすおぼす。。。
- 3そのそのその色色いろののの紙紙かみににに包包つつみみみててて、、、「「「中中なかたえたえたえばばばかごとかごとかごとやややおふおふおうとととあやふさあやふさあやうさにににはなだはなだはなだののの帶帶おびはははとりとりとりてててだにだにだに見見みずずず」」」とととててて遣遣やりりり給給たまふふう。。。立立たちちちかへりかへりかえり「「「君君きみにににかくかくかく引引ひきききとらとらとられれれぬるぬるぬる帶帶おびなれなれなればばばかくかくかくててて絕絕たえええぬるぬるぬるなかなかなかとととかこたかこたかこたむむん。。。えええのがれのがれのがれ給給たまははわじじじ」」」とととありありあり。。。
- 4日日ひたけたけたけててておのおのおのおのおのおの殿上殿上てんじょうににに參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。いといといと靜靜しずかににに物物もの遠遠どおきききさまさまさましししててておはするおはするおわするににに、、、頭頭とうののの君君きみもももいといといとをかしけれをかしけれおかしけれどどどおほやけごとおほやけごとおおやけごとおほくおほくおおく奏奏そうししし下下くだすすす日日ひにてにてにていといといとうるはしくうるはしくうるわしくすくよかすくよかすくよかなるなるなるををを見見みるるるもももかたみにかたみにかたみにほゝゑまほゝゑまほほえまるるる。。。
- 5人人ひとまままにににさしさしさしよりよりよりててて「「「物物ものがくしがくしがくしははは懲懲こりりりぬぬぬらむらむらんかしかしかし」」」とととててていといといと妬妬ねたげげげなるなるなる尻目尻目しりめなりなりなり。。。「「「などなどなどてててかかかさしもさしもさしもあらあらあらむむん。。。立立たちちちながらながらながら歸歸かえりりりけむけむけん人人ひとこそこそこそいとほしけれいとほしけれいとおしけれ。。。まことまことまことはははうしうしうしややや世世よののの中中なかよよよ」」」ととといひいひいい合合あわせせせててて、、、「「「とことことこののの山山やまなるなるなるとととかたみにかたみにかたみに、、、口口くちかたむかたむかたむ。。。
- 6さてさてさてそのそのその後後のちはははともすれともすれともすればばば事事ことののの序序ついでごとごとごとににに言言いひひい迎迎むかふるふるうるくさはひくさはひくさわいなるなるなるををを、、、いとゞいとゞいとど物物ものむつかしきむつかしきむつかしき人人ひとゆゑゆゑゆえとととおぼしおぼしおぼし知知しらららるるるべしべしべし。。。女女おんなははは猶猶なおいといといとえんえんえんににに恨恨うらみみみがくるがくるがくるををを侘侘わびしししととと思思おもひひいありきありきありき給給たまふふう。。。
- 7中將中將ちゅうじょうははは妹妹いもののの君君きみにににももも聞聞きこえええ出出いでででずずず、、、唯唯たださるべきさるべきさるべき折折おりのののおどしおどしおどしぐさぐさぐさにににせせせむむんとととぞぞぞ思思おもひひいけるけるける。。。
- 8やんごとなきやんごとなきやんごとなき御御おん腹々腹々はらばらのののみこみこみこたちたちたちだにだにだに上上うえののの御御おんもてなしもてなしもてなしのののこよなきこよなきこよなきににに煩煩わずらはしがりはしがりわしがりててていといといとことことことににに去去さりりり聞聞きこえええ給給たまへへえるるるををを、、、このこのこの中將中將ちゅうじょうははは、、、更更さらににに押押おしししけたけたけたれれれ聞聞きこえええじじじとととはかなきはかなきはかなき事事ことにににつけつけつけてててももも思思おもひひい挑挑いどみみみ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
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- 11七月七月ふみづきにににぞぞぞきさききさききさき居居い給給たまふふうめりめりめりししし。。。源氏源氏げんじののの君君きみ宰相宰相さいしょうににになりなりなり給給たまひひいぬぬぬ。。。みかどみかどみかどおりおりおり居居いさせさせさせ給給たまははわむむんののの御心御心こころづかひづかひづかい近近ちこうううなりなりなりててて、、、このこのこのわかみやわかみやわかみやををを坊坊ぼうにににととと思思おもひひい聞聞きこえええさせさせさせ給給たまふふうににに御御おん後見後見うしろみししし給給たまふふうべきべきべき人人ひとおはせおはせおわせずずず、、、
- 12御御おん母方母方ははかた皆皆みなみこみこみこたちたちたちにてにてにて源氏源氏げんじのののおほやけごとおほやけごとおおやけごときりきりきり給給たまふふうすぢすぢすじならならならねねねばばば、、、母宮母宮ははみやをををだにだにだに動動うごきききなきなきなきさまさまさまににに置置おききき奉奉たてまつりりりてててつよりにつよりにつよりにとととおぼすおぼすおぼすににになむなむなんありありありけるけるける。。。
- 13弘徽殿弘徽殿こきでんいとゞいとゞいとど御心御心みこころ動動うごききき給給たまふふう、、、ことわりことわりことわりなりなりなり。。。されどされどされど「「「春宮春宮とうぐうののの御御おん世世よいといといと近近ちかくくくなりなりなりぬれぬれぬればばば疑疑うたがひひいなきなきなき御御おん位位くらいなりなりなり。。。おもほしおもほしおもおしのどめよのどめよのどめよ」」」とととぞぞぞ聞聞きこえええさせさせさせ給給たまひひいけるけるける。。。
- 14「「「げにげにげに春宮春宮とうぐうののの御御おん母母ははにてにてにて二十餘年二十餘年にじゅうよねんににになりなりなり給給たまへへえるるる女御女御にょうごををを置置おききき奉奉たてまつりりりてててははは引引ひききき越越こししし奉奉たてまつりりり難難がたききき事事ことなりなりなりかしかしかし」」」ととと例例れいのののやすからやすからやすからずずず世世よののの人人ひとももも聞聞きこえええけりけりけり。。。
- 15參參まいりりり給給たまふふう夜夜よののの御供御供おおんともににに宰相宰相さいしょうののの君君きみももも仕仕つこうううまつりまつりまつりたまふたまふたまう。。。同同おなじじじきさききさききさきととと聞聞きこゆるゆるゆる中中なかにににもももきさいばらきさいばらきさいばらののの皇子皇子みこ玉玉たまのののひかりひかりひかり輝輝かかやきききてててたぐひたぐひたぐいなきなきなき御御おんおぼえおぼえおぼえにににさへさへさへ物物ものししし給給たまへへえばばば、、、人人ひともももいといといと殊殊ことににに思思おもひひいかしづきかしづきかしずき聞聞きこえええたりたりたり。。。
- 16ましてましてましてわりなきわりなきわりなき御心御心みこころにににはははみこしみこしみこしのののうちうちうちももも思思おもひひいやらやらやられれれててていとゞいとゞいとど及及およびびびなきなきなき心地心地ここちししし給給たまふふうにににそゞろはしきそゞろはしきそぞろわしきまでまでまでなむなむなん。。。「「「盡盡つきききもももせせせぬぬぬ心心こころのののやみやみやみにににくるゝくるゝくるるかなかなかな雲井雲井くもいににに人人ひとををを見見みるるるにににつけつけつけてててももも」」」とととのみのみのみひとりごたひとりごたひとりごたれれれつゝつゝつつものものものいといといとあはれあはれあわれなりなりなり。。。
- 17皇子皇子みこはははおよすげおよすげおよすげ給給たまふふう月日月日つきひににに從從したがひひいててていといといと見見み奉奉たてまつりりり分分わききき難難がたげげげなるなるなるををを、、、宮宮みやいといといと苦苦くるしししとととおぼせおぼせおぼせどどど思思おもひひいよるよるよる人人ひとなきなきなきなななめりめりめりかしかしかし。。。げにげにげにいかさまいかさまいかさまににに作作つくりりりかへかへかえてててかかかははは劣劣おとらららぬぬぬ御御おん有樣有樣ありさまははは世世よににに出出いでででものしものしものし給給たまははわましましまし。。。月日月日つきひのののひかりひかりひかりののの空空そらにににかよひかよひかよいたるたるたるやうやうようにににぞぞぞ世世よののの人人ひともももおもへおもへおもえるるる。。。
現代語訳
典侍が届けた帯は、頭中将のものだった。ご自分の直衣よりは色が濃いとご覧になると、また袖もなかった。妙なことばかりだ、自ら乗り出して色恋に乱れる人は、なるほどばかげたことも多いだろうと、源氏はいっそうお心を慎まれる。頭中将が宿直所から「これをまず縫いつけなさいませ」と言って、源氏の袖を押し包んでよこしたのを、どうやって取ったのだろうといまいましい。この帯を手に入れなかったら、負けていただろうとお思いになる。
帯と同じ色の紙に包んで、「仲が絶えたら恨みを負わされるだろうかと心配なので、縹色の帯は手に取ってみることさえしません」と言っておやりになる。すぐに返事で「あなたにこうして引き取られてしまった帯なので、これで仲が絶えたのだと、あなたのせいにしましょう。逃れることはおできになりませんよ」とある。
日が高くなってから、二人ともそれぞれ殿上に参上なさった。源氏はたいそう静かに、素知らぬ顔をしていらっしゃるので、頭の君もたいそうおかしいけれど、公事を多く奏上したり宣下したりする日で、たいそう端正に、きまじめにしているのを見ても、互いにほほえまずにはいられない。
頭中将は人のいない時に近寄って、「隠しごとは懲りたでしょう」と言って、たいそう憎らしげな流し目をする。源氏は「どうしてそんなことがあろう。立ったまま帰っていった人こそ気の毒だ。本当に、いやな世の中だよ」と言い合って、「とこの山なる」と、互いに口止めをする。
その後は、ともすれば何かのついでごとに言い出す種となるのを、源氏は、いっそう面倒な女のせいでとお思い知りになるのだろう。女はやはりたいそう色っぽく恨み言を言いかけてくるのを、源氏はつらいと思って避けて歩いていらっしゃる。頭中将は、妹君(葵の上)にもこのことは申し上げず、ただ、しかるべき折の脅しの種にしようと思っていた。
高貴なお腹の親王たちでさえ、帝の源氏へのご寵愛がこの上ないので遠慮して、たいそう特別に源氏にお譲り申し上げていらっしゃるのに、この頭中将は、決して負けまいと、ちょっとしたことにつけても張り合い申し上げなさる。この君一人だけが、葵の上と同じ母のご兄弟だった。源氏は帝の御子というだけで、自分も同じ大臣と申し上げる中でも、ご信望格別な父と、皇女の母から生まれて、この上なく大切に育てられたのだから、どれほど劣る身分だろうか、とお思いになるのだろう。人柄も申し分なく整っていて、何事も理想的に備わっていらっしゃった。この二人の張り合いこそ、妙なものだった。けれども、くだくだしいので省く。
七月に、藤壺は后(中宮)にお立ちになったようだ。源氏の君は宰相におなりになった。帝はご譲位なさるお心づもりが近くなって、この若宮を東宮にとお思い申し上げなさるが、後見をなさるような人がいらっしゃらない。母方はみな親王たちで、源氏は臣下で政治を取り仕切る家柄ではないので、せめて母宮を揺るぎない地位に置き申し上げて、若宮の力にとお思いになったのだった。
弘徽殿女御は、いっそうお心が穏やかでなくなる。もっともなことである。けれども帝は「春宮の御代がもう近くなったのだから、疑いのない皇太后の御位だ。お心を落ち着けなさい」と申し上げなさった。「本当に、春宮の母として二十年あまりになられた女御を差し置いて、追い越し申し上げるのは難しいことだ」と、例によって穏やかでなく、世の人も噂した。
藤壺が中宮として参内なさる夜のお供に、宰相の君(源氏)もお仕えなさる。同じ后と申し上げる中でも、后腹の皇女で、玉の光のように輝いて、比類のないご寵愛までも受けていらっしゃるので、人々もたいそう格別に大切にお思い申し上げている。まして、どうにもならない恋に苦しむお心には、御輿の中のことも思いやられて、いっそう手の届かない気持ちがなさるので、落ち着かないほどである。「尽きることのない心の闇に、目の前が暗くなることだ。雲の上の高い位につく人を見るにつけても」とばかり、ひとりごとを言われて、しみじみと悲しい。
皇子は、成長なさる月日とともに、ますます源氏と見分けがつかないほどになっていかれるのを、中宮はたいそう苦しくお思いになるが、気づく人はいないようだ。本当に、どのように作りかえたら、源氏に劣らないお姿の方が、この世にお生まれになるだろうか。月と日の光が空で似通っているようだと、世の人も思っている。
意訳
源典侍をめぐる騒動の後、源氏と頭中将は帯や袖を返し合い、歌を詠み交わして笑い合う。頭中将は、どんなことでも源氏に負けまいと張り合う。
七月、藤壺は中宮となり、源氏は宰相に昇進する。帝は、若宮を将来の東宮にするために、母の藤壺の地位を固めたのだった。立后の夜、源氏は輿の中の藤壺を思い、手の届かない人への思いを歌に詠む。
若宮は日に日に源氏に似ていく。世の人は、二人を空に輝く月と日のようだと言う。誰も真実に気づかない。
語釈・文法注
- とこの山なる
- 「犬上のとこの山なるいさや川いさと答へよ我が名漏らすな」(『古今六帖』)による。「知らない」と答えて、私の名を漏らすな、と互いに口止めする。
文法
- 推量の「めり」(きさき居給ふめりし)
- 語り手が「后にお立ちになったようだ」と、伝聞のように語る。
- 反実仮想「まし」(世に出でものし給はまし)
- 「どうしたら(このような方が)お生まれになるだろうか」。
和歌
中たえばかごとやおふとあやふさにはなだの帶はとりてだに見ず
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 頭中将の帯を返すときに添えた歌。あなたと典侍の仲が絶えたら、恨みを負わされるだろうかと心配なので、縹色の帯は手に取ってみることさえしません。
修辞
- 掛詞
- 「中たえ」に、帯が中ほどで切れる意と、男女の仲が絶える意を重ねる。
君にかく引きとられぬる帶なればかくて絕えぬるなかとかこたむ
- 詠者
- 頭中将
- 状況
- 源氏の歌への頭中将の返歌。あなたにこうして引き取られてしまった帯なので、これで典侍との仲が絶えたのだと、あなたのせいにしましょう。
修辞
- 応答
- 源氏の「中たえ」を受けて、仲が絶えたのは源氏のせいだと切り返す。
盡きもせぬ心のやみにくるゝかな雲井に人を見るにつけても
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 藤壺が中宮として参内する夜、お供をしながら、輿の中の藤壺を思って詠んだ歌。尽きることのない心の闇に、目の前が暗くなることです。雲の上の高い位につく人を見るにつけても。
修辞
- 掛詞
- 「心のやみ」に、恋の迷いと、子を思う親の心の闇を重ねる。「雲井」は宮中、また高い地位をさす。
解説
紅葉賀の巻は、源典侍をめぐる喜劇から、藤壺の立后という重大な出来事へと移って結ばれる。藤壺が中宮となることで、若宮の将来は約束されるが、源氏と藤壺の秘密はいっそう重いものとなる。
立后の夜、源氏は藤壺のお供をしながら、輿の中の藤壺を思う。「心のやみ」には、藤壺への叶わぬ恋と、我が子を思う親の心が重なっている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、154–157頁(コマ79–80)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日