源氏物語 第7帖 紅葉賀(7)
若宮を抱く帝
四月、藤壺は若宮を連れて参内する。若宮は源氏に生き写しだが、帝は優れた者どうしは似るものだと思い、源氏を東宮にできなかった無念を若宮で晴らそうと、かわいがる。帝が若宮を抱いて源氏に「おまえによく似ている」と言うと、源氏は顔色が変わる思いがし、藤壺は冷や汗を流す。源氏は撫子の花に添えて藤壺に歌を贈り、藤壺も返歌する。

- 1四月四月うずきにににうちうちうちへへへ參參まいりりり給給たまふふう。。。程程ほどよりよりよりははは大大おおきにきにきにおよすげおよすげおよすげ給給たまひひいてててやうやうやうやうようよう起起おきききかへりかへりかえりなどなどなどししし給給たまふふう。。。あさましきあさましきあさましきまでまでまでまぎれまぎれまぎれ所所ところなきなきなき御御おん顏顏かおつきつきつきををを、、、おぼしおぼしおぼしよらよらよらぬぬぬ事事ことにににしししあれあれあればばば又又またならびならびならびなきなきなきどちどちどちはははげにげにげに通通かよひひい給給たまへへえるるるにににこそこそこそはははとととおもほしおもほしおもおしけりけりけり。。。
- 2いみじういみじういみじゅうおもほしおもほしおもおしかしづくかしづくかしずく事事ことかぎりかぎりかぎりなしなしなし。。。源氏源氏げんじののの君君きみををを限限かぎりなきなきなきものものものにににおぼしおぼしおぼし召召めしししながらながらながら、、、世世よののの人人ひとののの許許ゆるししし聞聞きこゆゆゆまじかりまじかりまじかりしししににによりよりよりててて坊坊ぼうにににもももえええすゑすゑすえ奉奉たてまつらららずずずなりなりなりにににしししををを、、、飽飽あかかかずずず口惜口惜くちおしうしうしゅう、、、
- 3たゞたゞただ人人びとにてにてにてかたじけなきかたじけなきかたじけなき御御おん有樣有樣ありさまかたちかたちかたちにににねびねびねびもてもてもて坐坐おわするするするををを御覽御覽ごらんずるずるずるまゝまゝままににに、、、心苦心苦こころぐるしうしうしゅうおぼしおぼしおぼしめすめすめすををを、、、かうかうこうやんごとなきやんごとなきやんごとなき御御おん腹腹はらににに同同おなじじじ光光ひかりにてにてにてさしさしさし出出いででで給給たまへへえれれればばば、、、疵疵きずなきなきなき玉玉たまとととおもほしおもほしおもおしかしづくかしづくかしずくににに、、、
- 4宮宮みやはははいかなるいかなるいかなるにににつけつけつけてててももも胸胸むねのののひまひまひまなくなくなく易易やすからからからずずず物物ものをををおぼすおぼすおぼす。。。
- 5例例れいののの中將中將ちゅうじょうののの君君きみ此方此方こなたにてにてにて御御おん遊遊あそびなどなどなどししし給給たまふふうににに、、、抱抱いだききき出出いででで奉奉たてまつらららせせせ給給たまひひいててて「「「皇子皇子みこたちたちたちあまたあまたあまたあれあれあれどどどそこそこそこをををのみのみのみなむなむなんかゝるかゝるかかるほどほどほどよりよりより明暮明暮あけくれ見見みししし。。。さればさればされば思思おもひひい渡渡わたさささるゝるゝるるにににやややあらあらあらむむん、、、いといといとよくよくよくこそこそこそおぼえおぼえおぼえたれたれたれ。。。ちひさきちひさきちいさきほどほどほどははは皆皆みなかくかくかくのみのみのみあるあるあるわざわざわざにににやややあらあらあらむむん」」」とととててていみじくいみじくいみじく美美うつくしししととと思思おもひひい聞聞きこえええさせさせさせ給給たまへへえりりり。。。
- 6中將中將ちゅうじょうののの君君きみ、、、おもておもておもてののの色色いろかはるかはるかわる心地心地ここちしししててて恐恐おそろしうしうしゅうもももかたじけなくかたじけなくかたじけなくももも嬉嬉うれしくしくしくもももあはれあはれあわれにににももも方々方々かたがたうつろふうつろふうつろう心地心地ここちしししててて淚淚なみだ落落おちちちぬぬぬべしべしべし。。。
- 7物語物語ものがたりなどなどなどしししてててうちうちうちゑみゑみえみ給給たまへへえるるるがががいといといとゆゝしうゆゝしうゆゆしゅう美美うつくしきしきしきににに、、、我身我身わがみながらながらながらこれこれこれににに似似にたらたらたらむむんはははいみじういみじういみじゅういたはしういたはしういたわしゅう覺覺おぼえええ給給たまふふうぞぞぞあながちあながちあながちなるなるなるややや。。。宮宮みやはははわりなくわりなくわりなく傍痛傍痛かたわらいたきききににに汗汗あせももも流流ながれれれてててぞぞぞおはしおはしおわしけるけるける。。。
- 8中將中將ちゅうじょうはははなかなかなかなかなかなかなるなるなる心地心地ここちのののかきかきかき亂亂みだるるるやうやうようなれなれなればばばまかでまかでまかで給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 9我我わ御方御方かたににに臥臥ふししし給給たまひひいててて胸胸むねのののやるやるやるかたかたかたなきなきなきををを程程ほど過過すぐしぐしぐしててておほいおほいおおい殿殿どのへへへとととおぼすおぼすおぼす。。。おまへおまへおまえののの前栽前栽せんざいののの何何なにとととなくなくなく靑靑あおみみみ渡渡わたれれれるるる中中なかににに床夏床夏とこなつののの華華はなやかやかやかににに咲咲さききき出出いでででたるたるたるををを折折おらららせせせ給給たまひひいててて、、、命婦命婦みょうぶののの君君きみののの許許もとににに書書かききき給給たまふふう事事こと多多おおかるかるかるべしべしべし。。。
- 10「「「よそへよそへよそえつゝつゝつつ見見みるるるににに心心こころはははなぐさまなぐさまなぐさまででで露露つゆけさけさけさまさるまさるまさるなでしこなでしこなでしこののの花花はな。。。花花はなににに咲咲さかかかなななむむんととと思思おもひひい給給たまへへえしししもももかひかひかいなきなきなき世世よににに侍侍はべりりりけれけれければばば」」」とととありありあり。。。
- 11さりぬべきさりぬべきさりぬべきひまひまひまにににやややありありありけむけむけん、、、御覽御覽ごらんぜぜぜさせさせさせててて「「「たゞたゞただ塵塵ちりばかりばかりばかりこのこのこの花花はなびらびらびらににに」」」ととと聞聞きこゆるゆるゆるををを、、、我我わ御心御心みこころにににももも物物ものいといといと哀哀あわれにににおぼしおぼしおぼし知知しらららるゝるゝるるほどほどほどにてにてにて、、、
- 12「「「袖袖そでぬるゝぬるゝぬるる露露つゆのののゆかりゆかりゆかりととと思思おもふふうにににもももなほなほなおうとまうとまうとまれれれぬぬぬやまとやまとやまとなでしこなでしこなでしこ」」」とととばかりばかりばかりほのかほのかほのかににに書書かきききさしさしさしたるたるたるやうやうようなるなるなるををを喜喜よろこびびびながらながらながら奉奉たてまつれれれるるる、、、例例れいののの事事ことなれなれなればばばしるししるししるしあらあらあらじじじかしかしかしとととくづほれくづほれくずおれててて眺眺ながめめめ臥臥ふししし給給たまへへえるるるににに、、、胸胸むねうちうちうち騷騷さわぎぎぎててていみじういみじういみじゅう嬉嬉うれしきしきしきにににももも淚淚なみだ落落おちちちぬぬぬ。。。
現代語訳
四月に、藤壺は若宮とともに宮中に参上なさる。若宮は、月日のわりには大きく育って、だんだん寝返りなどをなさる。あきれるほど、まぎれようもなく源氏に似たお顔つきを、帝は思いもよらないことなので、ほかに並ぶ者のない者どうしは、なるほど似通うものなのだろうとお思いになった。たいそう大切にかわいがりなさることは、この上ない。
帝は源氏の君をこの上なく大切にお思いになりながら、世の人がお認め申し上げそうになかったので、東宮にもお立て申し上げられなかったのを、どこまでも残念に思い、臣下として、もったいないほどのご様子や容貌で成長していかれるのをご覧になるにつけて、気の毒にお思いになっていたが、こうして高貴なお方(藤壺)のお腹に、同じように光り輝いてお生まれになったので、傷のない玉として大切にしていらっしゃるにつけ、宮はどんなことにつけても胸の休まる時がなく、心穏やかでなく思い悩んでいらっしゃる。
いつものように、中将の君(源氏)がこちらで管絃のお遊びなどをなさっていると、帝は若宮を抱いてお出ましになって、「皇子たちは大勢いるが、そなただけを、こんな小さいころから明け暮れ見てきた。だから思い出されるのだろうか、たいそうよく似ている。小さいうちは、みなこんなものなのだろうか」と言って、たいそうかわいいとお思い申し上げていらっしゃる。
中将の君は、顔色が変わる気がして、恐ろしくも、もったいなくも、うれしくも、しみじみとも、さまざまに心が移り変わる気がして、涙がこぼれそうになる。若宮が声を出したりして笑っていらっしゃるのが、たいそう不吉なほどかわいらしいので、我ながら、これに似ているのなら、自分もたいそう大切にしなければと思われるのは、身びいきというものだろう。宮はどうしようもなくいたたまれなくて、冷や汗を流していらっしゃった。中将は、かえって心がかき乱されるような気がするので、退出なさった。
ご自分の部屋で横になって、胸の晴らしようがないのを、しばらくしてから左大臣邸へ行こうとお思いになる。お庭の植え込みが何となく青々と茂っている中に、撫子が華やかに咲き出しているのを折らせなさって、命婦の君のもとにお書きになることが多いのだろう。「撫子の花を若宮になぞらえて見ても、心は慰められず、かえって涙の露がまさることです。花として咲いてほしいと願っておりましたのも、かいのない世の中でございましたので」とある。
適当なすきがあったのだろうか、命婦が宮にお見せして、「ほんの塵ほどでも、この花びらにご返事を」と申し上げると、宮も、ご自分のお心にもたいそうしみじみと思い知られる時だったので、「この子が、私の袖をぬらす涙の露のゆかりだと思うにつけても、やはり疎ましく思うことはできない大和撫子です」とだけ、かすかに書きかけたようなのを、命婦は喜びながら差し上げた。源氏は、いつものことだから返事はあるまいと気落ちして、物思いにふけって横になっていらっしゃったところに、胸がときめいて、たいそううれしいにつけても、涙がこぼれた。
意訳
帝は、源氏に生き写しの若宮を見て、優れた者どうしは似るものだと思い、心からかわいがる。源氏を東宮にできなかった帝の無念が、若宮への愛情に重なる。
帝が若宮を抱いて源氏に「おまえによく似ている」と言う場面は、源氏物語でもっとも緊張に満ちた場面の一つである。源氏は顔色が変わり、藤壺は冷や汗を流す。
源氏は撫子の花に添えて歌を贈り、藤壺は「なほうとまれぬ」と返す。罪の子でありながら、愛さずにはいられない我が子への、藤壺の複雑な思いがにじむ。
語釈・文法注
文法
- 他に誂える「なむ」(花に咲かなむ)
- 「(花として)咲いてほしい」。
- 推量の「べし」(淚落ちぬべし)
- 「涙がこぼれそうになる」。
和歌
よそへつゝ見るに心はなぐさまで露けさまさるなでしこの花
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 若宮をよそながら見るしかない源氏が、撫子の花に添えて藤壺に贈った歌。撫子の花を若宮になぞらえて見ても、心は慰められず、かえって涙の露がまさることです。
修辞
- 掛詞
- 「なでしこ」に、花の撫子と、「撫でし子(かわいがる子)」すなわち若宮を重ねる。
袖ぬるゝ露のゆかりと思ふにもなほうとまれぬやまとなでしこ
- 詠者
- 藤壺
- 状況
- 源氏の歌への藤壺の返歌。この子が、私の袖をぬらす涙の露のゆかりだと思うにつけても、やはり疎ましく思うことはできない大和撫子です。
修辞
- 掛詞
- 「なほうとまれぬ」は、疎ましく思われるという意と、それでも疎むことはできないという意の両方に読める。藤壺の揺れる心を表す。
解説
帝が若宮を抱いて源氏に見せる場面は、何も知らない帝の無邪気な愛情と、罪を知る源氏と藤壺の苦しみとが、鮮やかに対比される。帝の言葉の一つ一つが、二人の胸をえぐる。
撫子の歌の贈答は、若宮を「撫でし子」として詠む。藤壺の返歌が、いつも返事をしない藤壺からの珍しい返事であることに、源氏は涙を流して喜ぶ。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、146–147頁(コマ75)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日