源氏物語 第7帖 紅葉賀(6)
皇子の誕生
源氏は年賀の挨拶回りで三条宮を訪ね、藤壺は几帳のすき間からその姿を見る。十二月の予定を過ぎても出産がなく、人々は物の怪のせいかと噂し、藤壺は死を覚悟するほど苦しむ。二月十日過ぎ、藤壺は男御子を産む。皇子は驚くほど源氏に生き写しで、藤壺は罪が露見するのを恐れる。源氏は命婦に若宮を見せてほしいと頼むが、命婦は取り合えない。

- 1參座參座さんざしししにににとてもとてもとてもあまたあまたあまた所所ところもももありきありきありき給給たまははわずずず、、、內內うち、、、春宮春宮とうぐう、、、一院一院いちいんばかりばかりばかり、、、さてさてさてははは藤壺藤壺ふじつぼののの三條三條さんじょうののの宮宮みやにににぞぞぞ參參まいりりり給給たまへへえるるる。。。
- 2「「「今日今日きょうはははまたまたまたことことことにににももも見見みえええ給給たまふふうかなかなかな。。。ねびねびねび給給たまふふうまゝまゝままにににゆゝしきゆゝしきゆゆしきまでまでまでなりなりなりまさりまさりまさり給給たまふふう御御おん有樣有樣ありさまかなかなかな」」」ととと人々人々びとめでめでめで聞聞きこゆるゆるゆるををを、、、宮宮みやははは御御おん几帳几帳きちょうのののひまひまひまよりよりよりほのほのほの見見み給給たまふふうにににつけつけつけてててもももおもほすおもほすおもおす事事こと繁繁しげかりかりかりけりけりけり。。。
- 3このこのこの御御おん事事ことのののしはすしはすしわすももも過過すぎぎぎにににしししががが心心こころもとなきもとなきもとなきににに、、、このこのこの月月つきはははさりともさりともさりともととと宮人宮人みやびとももも待待まちちち聞聞きこえええ內內うちにににもももさるさるさる御心御心みこころ設設もうけけけどもどもどもあるあるあるににに、、、つれなくつれなくつれなくててて立立たちちちぬぬぬ。。。
- 4御御おんものものものゝゝのけけけにににやややととと世世よののの人人ひとももも聞聞きこえええさわぐさわぐさわぐををを、、、宮宮みやいといといと侘侘わびしうしうしゅうこのこのこの事事ことににによりよりより身身みののの徒徒いたずらららににになりなりなりぬぬぬべきべきべき事事ことととと覺覺おぼししし歎歎なげくくくににに御御おん心地心地ここちもももいといといと苦苦くるしくしくしくててて惱惱なやみみみ給給たまふふう。。。
- 5中將中將ちゅうじょうののの君君きみはははいとゞいとゞいとど思思おもひひい合合あわせせせてててみずほふみずほふみずほうなどなどなどさささとととはははなくなくなくててて所々所々ところどころにににせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。世世よののの中中なかののの定定さだめなきなきなきにににつけつけつけてててもももかくかくかくはかなくはかなくはかなくてててややや止止やみみみなななむむんととと取取とりりり集集あつめめめててて歎歎なげききき給給たまふふうににに、、、
- 6二月二月きさらぎののの十日十日とおかあまりあまりあまりののの程程ほどににに男男おとこみこみこみこ生生うまれれれ給給たまひひいぬれぬれぬればばば、、、名殘名殘なごりなくなくなく內內うちにににももも宮人宮人みやびとももも喜喜よろこびびび聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 7命命いのち長長ながくくくもももとととおもほすおもほすおもおすははは心心こころ憂憂うけれけれけれどどど、、、弘徽殿弘徽殿こきでんなどなどなどのののうけはしげうけはしげうけわしげにににののの給給のたまふふうととと聞聞ききききしししををを、、、空空むなしくしくしく聞聞ききききなしなしなし給給たまははわましかましかましかばばば人人ひと笑笑わらははわれれれにににやややとととおぼしおぼしおぼし强强つよりりりてててなむなむなん、、、やうやうやうやうようよう少少すこしししづゝづゝずつさはやいさはやいさわやい給給たまひひいけるけるける。。。
- 8上上うえのののいつしかいつしかいつしかとととゆかしげゆかしげゆかしげにににおぼしおぼしおぼし召召めしししたるたるたる事事ことかぎりかぎりかぎりなしなしなし。。。かのかのかの人人ひと知知しれれれぬぬぬ御心御心みこころにににもももいみじういみじういみじゅう心心こころもとなくもとなくもとなくててて人人ひとまままににに參參まいりりり給給たまひひいててて、、、「「「上上うえののの覺束覺束おぼつかながりながりながり聞聞きこえええさせさせさせ給給たまふふうをををまづまづまず見見み奉奉たてまつりりりててて奏奏そうししし侍侍はべらららむむん」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえどどど、、、むつかしげむつかしげむつかしげなるなるなる程程ほどなれなれなればばばとととててて見見みせせせ奉奉たてまつりりり給給たまははわぬぬぬもももことわりことわりことわりなりなりなり。。。
- 9さるはさるはさるはいといといとあさましうあさましうあさましゅう珍珍めずらからからかなるなるなるまでまでまで寫寫うつししし取取とりりり給給たまへへえるるるさまさまさまたがふたがふたがうべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。
- 10宮宮みやののの御心御心みこころののの鬼鬼おににににいといといと苦苦くるしうしうしゅう人人ひとののの見見み奉奉たてまつるるるももも怪怪あやしかりしかりしかりつるつるつる程程ほどのののあやまちあやまちあやまちををを、、、まさにまさにまさに人人ひとののの思思おもひひい咎咎とがめめめじじじややや。。。さらさらさらぬぬぬはかなきはかなきはかなき事事ことをををだにだにだに疵疵きずををを求求もとむるむるむる世世よににに、、、いかなるいかなるいかなる名名なのののつひつひついににに漏漏もりりり出出いづづずべきべきべきにににかかかとととおぼしおぼしおぼし續續つづくるくるくるににに身身みのみのみのみぞぞぞいといといと心心こころ憂憂うききき。。。
- 11命婦命婦みょうぶののの君君きみにににたまさかたまさかたまさかにににあひあひあい給給たまひひいててていみじきいみじきいみじき事事ことどもどもどもををを盡盡つくししし給給たまへへえどどど何何なにのののかひかひかいあるあるあるべきべきべきにににもももあらあらあらずずず。。。若宮若宮わかみやののの御御おん事事ことをををわりなくわりなくわりなく覺束覺束おぼつかながりながりながり聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、
- 12「「「などなどなどかかかうううしもしもしもあながちあながちあながちにににののの給給のたまははわすすすらむらむらん。。。今今いまおのづからおのづからおのずから見見み奉奉たてまつらららせせせ給給たまひひいてててむむん」」」ととと聞聞きこえええながらながらながら思思おもへへえるるる氣色氣色けしきかたみかたみかたみにににたゞたゞただならならならずずず。。。
- 13かたはらいたきかたはらいたきかたわらいたき事事ことなれなれなればばばまほまほまほにににもももえええののの給給のたまははわででで、、、「「「いかならいかならいかならむむん世世よににに人人ひとづてづてづてならならならででで聞聞きこえええさせさせさせむむん」」」とととててて泣泣ないいい給給たまふふうさまさまさまぞぞぞ心心こころぐるしきぐるしきぐるしき「「「いかさまいかさまいかさまににに昔昔むかしむすべむすべむすべるるるちぎりちぎりちぎりにてにてにてこのこのこの世世よにににかゝるかゝるかかる中中なかのののへだてへだてへだてぞぞぞ。。。かゝるかゝるかかる事事ことこそこそこそ心得心得こころえ難難がたけれけれけれ」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。
- 14命婦命婦みょうぶももも宮宮みやのののおもほしおもほしおもおし亂亂みだれれれたるたるたるさまさまさまなどなどなどををを見見み奉奉たてまつるるるにににえええはしたなうはしたなうはしたのうもももさしさしさし放放はなちちち聞聞きこえええずずず。。。「「「見見みてててももも思思おもふふう見見みぬぬぬはははたたたいかにいかにいかになげくなげくなげくらむらむらんこここややや世世よののの人人ひとののの惑惑まどふふうてふてふちょうやみやみやみ。。。あはれあはれあわれににに心心こころゆるびゆるびゆるびなきなきなき御御おん事事ことどもどもどもかなかなかな」」」ととと忍忍しのびびびててて聞聞きこえええけりけりけり。。。
- 15かくかくかくのみのみのみいひいひいいやるやるやる方方かたなくなくなくてててかへりかへりかえり給給たまふふうものものものからからから、、、人人ひとののの物物もの言言いひひいもももわづらはしきわづらはしきわずらわしきををを、、、わりなきわりなきわりなき事事ことにににのたまはせのたまはせのたまわせおぼしおぼしおぼしててて命婦命婦みょうぶをををももも昔昔むかしおぼいおぼいおぼいたりたりたりしししやうやうようにににもももうちとけうちとけうちとけむつびむつびむつび給給たまははわずずず人目人目ひとめ立立たつつつまじくまじくまじくなだらかなだらかなだらかにににもてなしもてなしもてなし給給たまふふうものものものからからから心心こころづきなしづきなしづきなしとととおぼすおぼすおぼす時時ときもももあるあるあるべきべきべきををを、、、いといといとわびしくわびしくわびしく思思おもいののの外外ほかなるなるなる心地心地ここちすすすべしべしべし。。。
現代語訳
源氏は、年賀の挨拶回りといっても、あちこちとは回りなさらず、宮中、春宮、一院だけ、それから藤壺の三条宮に参上なさった。女房たちが「今日はまた格別にお見えになりますね。年を重ねるにつれて、不吉なほど美しくなられるご様子ですこと」とほめ申し上げるのを、宮は御几帳のすき間からほのかにご覧になるにつけても、お思いになることが多かった。
ご出産が、十二月も過ぎてしまったのが気がかりで、この正月こそはと宮の女房たちもお待ち申し上げ、帝のほうでもそのお心づもりがあったのに、何事もなく月が変わった。物の怪のせいだろうかと世の人も騒ぎ立てるのを、宮はたいそうつらく、このことで身を滅ぼしてしまうにちがいないとお嘆きになるにつけ、ご気分もたいそう苦しくて病みつかれていらっしゃる。
中将の君(源氏)は、いっそう思い当たって、御修法などを、それとは言わずにあちらこちらでおさせになる。世の無常につけても、このままはかなく終わってしまうのだろうかと、あれこれ合わせてお嘆きになっていると、二月の十日過ぎに男御子がお生まれになったので、心配も消えて、宮中でも宮の女房たちも、お喜び申し上げなさる。
宮は、長生きをしたいとお思いになるのも情けないけれど、弘徽殿女御などが呪わしげにおっしゃっていると聞いたので、もし自分が死んだと聞かれたら物笑いになるだろうと、気を強く持ちなさって、だんだん少しずつ回復なさった。帝が、早く若宮を見たいとお思いになることは、この上ない。
あの人知れぬお心(源氏)にも、ひどく気がかりで、人のいない時に参上なさって、「帝が気がかりに思っていらっしゃるので、まず私が拝見して奏上いたしましょう」と申し上げなさるが、宮は、まだ見苦しいころだからと言って、お見せにならないのも、もっともである。実は、若宮はたいそうあきれるほど、珍しいまでに源氏に生き写しでいらっしゃるご様子は、見まちがえようもない。
宮のお心の鬼(良心のとがめ)にたいそう苦しく、人が若宮を拝見するにつけても、思いもよらなかったあの時の過ちを、どうして人が気づかずにいるだろうか、それほどでもないささいなことでさえ、欠点を探し出す世の中なのに、どんな評判が、ついには漏れ出してしまうのだろうかと、思い続けなさると、我が身がひたすら情けない。
源氏は命婦にたまに会いなさって、切実な言葉を尽くしなさるが、何のかいもあるはずがない。若宮のことを、どうしようもなく気がかりに思っていらっしゃるので、命婦は「どうして、そんなにむやみにおっしゃるのでしょう。いずれ自然とご覧になれましょう」と申し上げながら、二人の思う様子は、互いにただならない。
きまりの悪いことなので、源氏ははっきりともおっしゃれず、「いつの世に、人づてでなく直接お話し申し上げられるのだろう」と言ってお泣きになる様子が、お気の毒である。「前世でどのような縁を結んだために、この世でこのような隔てがあるのでしょう。こんなことこそ、わけがわからない」とおっしゃる。
命婦も、宮が思い乱れていらっしゃる様子などを拝見しているので、そっけなく突き放し申し上げることもできない。「若宮を見ている宮も思い悩んでいらっしゃいます。見ていないあなたは、またどんなにお嘆きでしょう。これこそ世の人が迷うという、子を思う親の心の闇なのでしょうか。お気の毒に、気の休まる時のないお二人ですこと」と、こっそり申し上げた。
このように言いようもなくてお帰りになるものの、宮は人の噂もわずらわしいので、困ったことだとおっしゃりお思いになって、命婦をも、昔のように親しくはお扱いにならず、人目に立たないように穏やかに接していらっしゃるものの、気に入らないとお思いになる時もあるのだろう、命婦は、たいそうつらく、思いのほかの気持ちがしているようだ。
意訳
予定の月を過ぎても出産がなく、藤壺は死を覚悟するほど苦しむ。二月、ようやく男御子が生まれる。帝も宮人も喜ぶが、皇子は驚くほど源氏に生き写しだった。
藤壺は、罪が露見するのではないかと恐れ、源氏に若宮を見せようとしない。源氏は命婦に会わせてほしいと嘆願するが、かなわない。命婦は、見ても見なくても苦しむ二人の心を、「子を思う親の心の闇」と詠む。
語釈・文法注
文法
- 反実仮想「ましかば」(聞きなし給はましかば)
- 「(もし死んだと)お聞きになったら、物笑いになるだろう」。
- 反語の「や」(思ひ咎めじや)
- 「気づかないだろうか、いや、気づくだろう」。
和歌
いかさまに昔むすべるちぎりにてこの世にかゝる中のへだてぞ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 若宮に会わせてもらえない源氏が、命婦に訴えて詠んだ歌。前世でどのような縁を結んだために、この世でこのような隔てがあるのでしょう。
修辞
- 嘆き
- 実の父でありながら、我が子に会うこともできない苦しみを、前世の因縁として嘆く。
見ても思ふ見ぬはたいかになげくらむこや世の人の惑ふてふやみ
- 詠者
- 王命婦
- 状況
- 源氏の歌への命婦の返歌。若宮を見ている藤壺の宮も思い悩んでいらっしゃいます。見ていないあなたは、またどんなに嘆いていらっしゃるでしょう。これこそ、世の人が迷うという、子を思う親の心の闇なのでしょうか。
修辞
- 本歌取り
- 「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(『後撰集』藤原兼輔)をふまえる。
解説
皇子の誕生は、源氏物語の運命を大きく動かす出来事である。この皇子はのちに冷泉帝として即位する。帝の子として生まれた皇子の実の父が源氏であることは、源氏と藤壺、そして王命婦だけが知る秘密である。
藤壺の「心の鬼」は、良心のとがめを意味する。人々が若宮を見るたびに、藤壺は秘密が知られるのではないかとおののく。弘徽殿女御の呪いの言葉に負けまいと気を強く持つ藤壺の姿には、強い意志が表れている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、144–147頁(コマ74–75)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日