源氏物語 第6帖 末摘花(2)
十六夜の琴と頭中将
十六夜の月の夜、源氏は常陸宮邸を訪れ、命婦にうながされて姫君がかすかに弾く琴を聞く。命婦は早々に格子を下ろさせ、源氏は物足りないまま帰ろうとする。その時、透垣の陰に隠れていた男が現れる。源氏の後をつけてきた頭中将だった。二人は歌を詠み交わし、同じ車で左大臣邸に戻って笛を合わせる。

- 1のたまひのたまひのたまいしししもももしるくしるくしるくいざよひいざよひいざよいののの月月つきをかしきをかしきおかしきほどほどほどにににおはしおはしおわしたりたりたり。。。「「「いといといとかたはらいたきかたはらいたきかたわらいたきわざわざわざかなかなかな。。。物物もののののねねね澄澄すむむむべきべきべき夜夜よのののさまさまさまにににももも侍侍はべらららざざざめるめるめるににに」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆれどどど、、、「「「猶猶なおあなたあなたあなたにににわたりわたりわたりててて唯唯ただ一一ひと聲聲こえ催催もよおししし聞聞きこえええよよよ。。。空空むなしくしくしくかへらかへらかえらむむんががが妬妬ねたかるかるかるををを」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、
- 2うちとけうちとけうちとけたるたるたるすみかすみかすみかにににすゑすゑすえ奉奉たてまつりりりててて後後うしろめたうろめたうろめとう忝忝かたじけなしししととと思思おもへへえどどど、、、寢殿寢殿しんでんににに參參まいりりりたれたれたればばばまだまだまだ格子格子こうしもももさながらさながらさながら梅梅うめのののかかかをををかしきかしきかしきををを見見みいだしいだしいだしててて物物ものししし給給たまふふう。。。
- 3よきよきよき折折おりかなかなかなととと思思おもひひいててて、、、「「「御御おん琴琴ことののの音音ねいかにいかにいかにまさりまさりまさり侍侍はべらららむむんととと思思おもひひい給給たまへへえらるゝらるゝらるるよるよるよるのののけはひけはひけわいにににさそはさそはさそわれれれ侍侍はべりりりてててなむなむなん。。。心心こころあわたゞしきあわたゞしきあわただしき出入出入いでいりにににえええうけたまはらうけたまはらうけたまわらぬぬぬこそこそこそ口口くちをしけれをしけれおしけれ」」」ととといへいへいえばばば、、、
- 4「「「聞聞きききき知知しるるる人人ひとこそこそこそあああなれなれなれ。。。もゝしきもゝしきももしき行行ゆきききかふかふかう人人ひとののの聞聞きくくくばかりばかりばかりやややははは」」」とととててて召召めししし寄寄よするするするもももあいなうあいなうあいのう、、、いかゞいかゞいかが聞聞ききききたまはたまはたまわむむんととと胸胸むねつぶるつぶるつぶる。。。ほのかほのかほのかににに搔搔かきききならしならしならし給給たまふふう。。。をかしうをかしうおかしゅう聞聞きこゆゆゆ。。。
- 5何何なにばかりばかりばかり深深ふかききき手手てならならならねねねどどど物物もののののねねねがらがらがらのののすぢすぢすじ異異ことなるなるなる物物ものなれなれなればばば聞聞ききききにくゝにくゝにくくもももおぼさおぼさおぼされれれずずず。。。いといといといたういたういとう荒荒あれれれわたりわたりわたりてててさびしきさびしきさびしき所所ところににに、、、さばかりさばかりさばかりののの人人ひとのののふるめかしうふるめかしうふるめかしゅう所所ところせくせくせくかしづきかしづきかしずきすゑすゑすえたりたりたりけむけむけん名殘名殘なごりなくなくなくいかにいかにいかにおもほしおもほしおもおし殘殘のこすすすことことことなからなからなからむむん。。。
- 6かやうかやうかようののの所所ところにににこそこそこそははは昔昔むかし物語物語ものがたりにににももも哀哀あわれなるなるなる事事ことどもどもどもありありありけれけれけれなどなどなど思思おもひひい續續つづけけけててて、、、物物ものやややいひいひいい寄寄よらららましましましとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、うちつけうちつけうちつけにににやややおぼさおぼさおぼさむむんととと心心こころ耻耻はずかしくしくしくてててやすらひやすらひやすらい給給たまふふう。。。
- 7命婦命婦みょうぶかどかどかどあるあるあるものものものにてにてにて、、、いたういたういとう耳耳みみならさならさならさせせせ奉奉たてまつらららじじじととと思思おもひひいけれけれければばば、、、「「「曇曇くもりりりがちがちがちににに侍侍はべるるるめりめりめり。。。まらうどまらうどまろうどののの來來こむむんととと侍侍はべりりりつるつるつる厭厭いとひひいがほがほがおにににもももこそこそこそ。。。今今いま心心こころのどかのどかのどかにににををを。。。みみみ格子格子こうしまゐりまゐりまいりなななむむん」」」とととててていたういたういとうもももそゝのかさそゝのかさそそのかさででで歸歸かえりりりたれたれたればばば
- 8「「「なかなかなかなかなかなかなるなるなる程程ほどにてにてにてももも止止やみみみぬるぬるぬるかなかなかな。。。物物もの聞聞きききき分分わくくく程程ほどにににもももあらあらあらででで妬妬ねとううう」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。氣色氣色けしきをかしをかしをかしとととおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。「「「おなじくおなじくおなじくばばばけぢかきけぢかきけぢかき程程ほどのののけはひけはひけわい立立たち聞聞ぎきききせせせさせよさせよさせよ」」」とととのたまへのたまへのたまえどどど、、、心心こころにくゝにくゝにくくてててととと思思おもへへえばばば、、、
- 9「「「いでやいでやいでやいといといとかすかかすかかすかなるなるなる有樣有樣ありさまににに思思おもひひい消消きえええててて心苦心苦こころぐるしげしげしげににに物物ものししし給給たまふふうめるめるめるををを、、、後後うしろめたきろめたきろめたきさまさまさまにににややや」」」ととといへいへいえばばば、、、「「「げにげにげにさささもももあるあるあることことこと、、、俄俄にわかかかににに我我わももも人人ひともももうちうちうち解解とけけけててて語語かたらふらふらうべきべきべき人人ひとのののきはきはきわはははきはきはきわとととこそこそこそあれあれあれなどなどなど、、、
- 10哀哀あわれににに覺覺おぼさささるゝるゝるる人人ひとののの御御おん程程ほどなれなれなればばば、、、猶猶なおさやうさやうさようののの氣色氣色けしきをををほのめかせほのめかせほのめかせ」」」ととと語語かたらひらひらい給給たまふふう。。。又又また契契ちぎりりり給給たまへへえるるる方方かたやややあらあらあらむむん、、、いといといと忍忍しのびびびててて歸歸かえりりり給給たまふふう。。。
- 11「「「うへうへうえののの、、、まめまめまめにににおはしますおはしますおわしますととともてもてもてなやみなやみなやみ聞聞きこえええさせさせさせ給給たまふふうこそこそこそをかしうをかしうおかしゅう思思おもううう給給たまへへえらるゝらるゝらるる折々折々おりおり侍侍はべれれれ。。。かやうかやうかようののの御御おんやつれやつれやつれ姿姿すがたををを、、、いかでいかでいかでかかかははは御覽御覽ごらんじじじつけつけつけむむん」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、
- 12立立たちちち返返かえりりりうちうちうち笑笑わらひひいててて、、、「「「ことびとことびとことびとのののいはいはいわむむんやうやうようにににとがとがとがなななあらはさあらはさあらわされれれそそそ。。。これこれこれをををあだあだしきあだあだしきあだあだしきふるまひふるまひふるまいととといはいはいわゞゞば女女おんなののの有樣有樣ありさま苦苦くるしからしからしからむむん」」」とととののの給給のたまへへえばばば、、、あまりあまりあまり色色いろめいめいめいたりたりたりとととおぼしおぼしおぼしててて折々折々おりおりかうかうこうのたまふのたまふのたまうををを耻耻はずかしししととと思思おもひひいててて物物ものもももいはいはいわずずず。。。
- 13寢殿寢殿しんでんのののかたかたかたににに人人ひとのののけはひけはひけわい聞聞きくくくやうやうようもももやややとととおぼしおぼしおぼしてててやをらやをらやおら立立たちちち出出いででで給給たまふふう。。。ののの唯唯ただ少少すこししし折折おれれれ殘殘のこりりりたるたるたるかくれかくれかくれののの方方かたににに立立たちちち寄寄よりりり給給たまふふうににに、、、もともともとよりよりより立立たてててるるる男男おとこありありありけりけりけり。。。
- 14誰誰たれならならならむむん。。。心心こころかけかけかけたるたるたるすきものすきものすきもののののありありありけりけりけりととと覺覺おぼしししててて、、、陰陰かげにににつきつきつきててて立立たちちち隱隱かくれれれ給給たまへへえばばば、、、頭中將頭中將とうのちゅうじょうなりなりなりけりけりけり。。。
- 15このこのこの夕夕ゆうつつつ方方かた內內うちよりよりより諸共諸共もろともにににまかでまかでまかで給給たまひひいけるけるける、、、やがてやがてやがて大殿大殿おおいとのにににもももよらよらよらずずず二條院二條院にじょうのいんにににもももあらあらあらででで引引ひききき別別わかれれれたまひたまひたまいけるけるけるををを、、、いづちいづちいずちならならならむむんとととたゞたゞただならならならででで、、、我我わももも行行ゆくくく方方かたあれあれあれどどど跡跡あとにににつきつきつきててて窺窺うかがひひいけりけりけり。。。
- 16あやしきあやしきあやしき馬馬うまににに狩衣狩衣かりぎぬ姿姿すがたのののないがしろないがしろないがしろにてにてにてきききけれけれければばばえええ見見み知知しりりり給給たまははわぬぬぬににに、、、さすがにさすがにさすがにかうかうこうことことことかたかたかたににに入入いりりり給給たまひひいぬれぬれぬればばば心心こころももも得得えずずず思思おもひひいけるけるけるほどほどほど、、、物物もののののねねねににに聞聞ききききついついついててて立立たてててるるるににに、、、かへりかへりかえりややや出出いででで給給たまふふうとととしたしたした待待まつつつなりなりなりけりけりけり。。。
- 17君君きみははは誰誰たれともともともえええ見見みわきわきわき給給たまははわででで、、、我我わととと知知しららられれれじじじとととぬきぬきぬき足足あしににに步步あゆみみみのきのきのき給給たまふふうにににふとふとふとよりよりよりててて「「「振振ふりりり捨捨すてててさせさせさせ給給たまへへえるるるつらさつらさつらさににに御御おん送送おくりりり仕仕つこうううまつりまつりまつりつるつるつるははは、、、もろとももろとももろともににに大內山大內山おおうちやまははは出出いでででつれつれつれどどど入入いるるるかたかたかた見見みせせせぬぬぬいざよひいざよひいざよいののの月月つき」」」とととうらむるうらむるうらむるもももねたけれねたけれねたけれどどど、、、
- 18このこのこの君君きみととと見見み給給たまふふうににに少少すこしししをかしうをかしうおかしゅうなりなりなりぬぬぬ。。。「「「人人ひとののの思思おもひひいよらよらよらぬぬぬことことことよよよ」」」とととにくむにくむにくむにくむにくむにくむ、、、「「「里里さとわかわかわかぬぬぬかげかげかげをををばばば見見みれれれどどど行行ゆくくく月月つきのののいるさいるさいるさののの山山やまををを誰誰たれかかか尋尋たずぬるぬるぬる」」」。。。
- 19「「「かうかうこう慕慕したひひいありかありかありかばばばいかにいかにいかにせせせさせさせさせ給給たまははわむむん」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。「「「誠誠まことはははかやうかやうかようののの御御おんありきありきありきにににももも隨身隨身ずいじんからからからこそこそこそはかばかしきはかばかしきはかばかしき事事こともももあるあるあるべけれべけれべけれ。。。後後おくらさらさらさせせせ給給たまははわでででこそこそこそあらあらあらめめめ、、、やつれやつれやつれたるたるたる御御おんありきありきありきはははかるがるしきかるがるしきかるがるしき事事ことももも出出いででできききなななむむん」」」ととと押押おししし返返かえししし諫諫いさめめめ奉奉たてまつるるる。。。
- 20かうかうこうのみのみのみ見見みつけつけつけらるゝらるゝらるるをををねたしねたしねたしとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、かのかのかのはははえええ尋尋たずねねねしらしらしらぬぬぬををを重重おもきききかうかうこうににに御心御心みこころのののうちうちうちににに覺覺おぼししし出出いづづず。。。
- 21おのおのおのおのおのおの契契ちぎれれれるるる方方かたにににもももあまえあまえあまえててて得得え行行ゆききき別別わかれれれ給給たまははわずずず、、、ひとつひとつひとつ車車くるまににに乘乘のりりりててて月月つきのののをかしきをかしきおかしきほどほどほどににに雲雲くもかくれかくれかくれたるたるたる道道みちのののほどほどほど笛笛ふえ吹吹ふきききあはせあはせあわせててて大殿大殿おおいとのにににおはしおはしおわしぬぬぬ。。。
- 22さきさきさきなどなどなどもももおはせおはせおわせ給給たまははわずずず、、、忍忍しのびびびててて入入いりりりててて人人ひと見見みぬぬぬらうらうろうににに御御おん直衣直衣のうしめしめしめしててて着着き更更かへへえ給給たまふふう。。。つれなうつれなうつれのう今今いまくるくるくるやうやうようにてにてにて御御おん笛笛ふえどもどもども吹吹ふきききすさびすさびすさびててておはすれおはすれおわすればばばおとゞおとゞおとど例例れいののの聞聞ききききすぐしすぐしすぐし給給たまははわででで狛笛狛笛こまぶえ取取とりりり出出いででで給給たまへへえりりり。。。
- 23いといといと上手上手じょうずにににおはすれおはすれおわすればばばいといといとおもしろうおもしろうおもしろう吹吹ふききき給給たまふふう。。。御御おん琴琴こと召召めしししてててうちうちうちにににもももこのこのこの方方かたににに心心こころ得得えたるたるたる人々人々びとにににひかひかひかせせせ給給たまふふう。。。
- 24中務中務なかつかさののの君君きみわざとわざとわざと琵琶琵琶びわはははひけひけひけどどど、、、頭頭とうののの君君きみ心心こころかけかけかけたるたるたるをををもてもてもて離離はなれれれててて唯唯ただこのこのこのたまさかたまさかたまさかなるなるなる御御おんけしきけしきけしきののの懷懷なつかしきかしきかしきをををばばばえええ背背そむききき聞聞きこえええぬぬぬににに、、、おのづからおのづからおのずから隱隱かくれれれなくなくなくててて大宮大宮おおみやなどなどなどもももよろしからよろしからよろしからずずずおぼしおぼしおぼしなりなりなりたれたれたればばば、、、
- 25物物ものおもはしくおもはしくおもわしくはしたなきはしたなきはしたなき心地心地ここちしししてててすさまじげすさまじげすさまじげにてにてにて寄寄よりりりふしふしふしたりたりたり。。。絕絕たえええててて見見み奉奉たてまつらららぬぬぬ所所ところにににかけかけかけはなれはなれはなれなななむむんももも、、、さすがにさすがにさすがに心心こころ細細ぼそくくく思思おもひひい亂亂みだれれれたりたりたり。。。
現代語訳
おっしゃっていたとおり、源氏は十六夜の月の美しいころにおいでになった。命婦は「たいそう困ったことですわ。琴の音が澄んで聞こえるような夜の様子でもございませんのに」と申し上げるが、源氏は「やはりあちらに行って、ただ一声だけでもお弾きになるよう勧めておくれ。むなしく帰るのはくやしいから」とおっしゃるので、命婦は自分の打ち解けた部屋に源氏をお座らせ申し上げて、気がかりでもったいないと思うけれど、寝殿に参上すると、姫君はまだ格子も下ろさずに、梅の香の美しいのを眺めていらっしゃる。
よい折だと思って、命婦は「御琴の音がどんなにかすばらしく聞こえるだろうと思われる夜の様子に誘われまして。あわただしい出入りで、お聞きできないのが残念で」と言うと、姫君は「聞きわける人がいるのですね。宮中に出入りする人に聞かせるほどのものでは」と言って、琴を取り寄せるのも、命婦はつい気がもめて、源氏がどうお聞きになるだろうと胸がどきどきする。姫君はかすかにかき鳴らしなさる。趣深く聞こえる。それほど深い腕前ではないが、琴という楽器の音色が格別なものなので、聞きにくいともお思いにならない。
たいそうひどく荒れはてて寂しい所に、あれほどの身分の方が古風にもったいぶって大切に育てていらっしゃったのだろうに、その名残もなく、どんなにか思い悩んでいらっしゃることだろう、こうした所にこそ、昔物語でも哀れなことがあったものだなどと思い続けて、言い寄ってみようかとお思いになるが、あまりに唐突だとお思いになるだろうかと気がひけて、ためらっていらっしゃる。
命婦は才覚のある者で、あまり長くお耳に入れ申し上げまいと思ったので、「曇りがちになってまいりました。お客が来ることになっておりましたので、避けていると思われては困ります。また、ゆっくりと。御格子を下ろしましょう」と言って、それほどお勧めもしないで戻ってきたので、源氏は「かえって中途半端なところで終わってしまったな。聞きわけるほどにもならないで、くやしい」とおっしゃる。様子をおもしろいとお思いになっている。
「同じことなら、もっと近くで様子を立ち聞きさせてくれ」とおっしゃるが、命婦は、奥ゆかしく思わせておこうと思うので、「いえいえ、たいそうひっそりとしたご様子で、思い沈んで気の毒なご様子でいらっしゃるようですのに、心配なことになりましょう」と言うと、源氏は「なるほど、それもそうだ。急に、自分も相手も打ち解けて語らうような身分の人は、その身分なりのことだ」などと、しみじみとお思いになる姫君のご身分なので、「やはり、そうした気持ちをほのめかしておいてくれ」とお話しになる。ほかに約束していらっしゃる所があるのだろうか、たいそう忍んでお帰りになる。
命婦が「帝が、あなた様がまじめすぎていらっしゃると、困っていらっしゃるのが、おかしく思われる時がございます。こうしたお忍び姿を、どうしてご覧になることがありましょう」と申し上げると、源氏は引き返してきて笑って、「よそ者が言うように、あげつらわないでおくれ。これを浮気なふるまいと言うのなら、あなたのような女の様子はどうなるのだ」とおっしゃるので、命婦は、自分をあまりに色好みだとお思いになって、時々こうおっしゃるのを恥ずかしいと思って、何も言わない。
源氏は、寝殿の方で姫君の気配が聞けることもあろうかとお思いになって、そっとお出になる。透垣がほんの少し折れ残っている物陰の方にお寄りになると、前から立っている男がいた。誰だろう、姫君に心をかけている色好みがいたのだなとお思いになって、物陰に身を寄せて隠れていらっしゃると、それは頭中将だった。
この夕方、宮中からいっしょに退出なさったのだが、源氏がそのまま左大臣邸にも寄らず、二条院にも行かずに別れていかれたので、頭中将は、どこへ行くのだろうと気になって、自分も行く所はあったが、後をつけて様子をうかがっていたのだった。粗末な馬に乗って、狩衣姿の気軽な格好で来たので、源氏もお気づきにならなかったが、頭中将は、源氏がこうした意外な所にお入りになったので、わけがわからずにいたところ、琴の音を聞きつけて立っていて、源氏が帰りに出てこられるかと、ひそかに待っていたのだった。
源氏は誰ともお見分けにならず、自分と知られまいと、抜き足でそっと立ち去りなさると、頭中将はふと近寄って、「私を振り捨てていかれたつらさに、お送りしてまいりましたよ。いっしょに宮中を出たのに、入っていく先を見せない十六夜の月ですね」と恨むのもいまいましいが、この君だとおわかりになると、少しおかしくなった。
源氏は「人の思いもよらないことをするね」と憎まれ口をききながら、「どの里も照らす月の光は見ても、月の沈む山を誰がわざわざ尋ねるでしょう」。頭中将は「こうして私がつきまとって歩いたら、どうなさいます」と申し上げなさる。「本当は、こうしたお忍び歩きにも、随身がいてこそ、うまくいくこともあるのです。私をお置き去りにならないでください。お忍びの身なりでのお出歩きは、軽はずみなことも起こりましょう」と、逆にお諫め申し上げる。
源氏は、こうしていつも見つけられてしまうのをいまいましくお思いになるが、頭中将があの撫子(夕顔の遺児)の行方を知らないでいることを、自分の手柄のように、心の中で思い出しなさる。それぞれ約束した所があったが、冗談を言い合って別れられず、一つ車に乗って、月の美しいうちに雲に隠れた道のりを、笛を吹き合わせながら左大臣邸においでになった。
先払いもおさせにならず、こっそりと入って、人目のない廊で直衣にお着替えになる。何くわぬ顔で今来たようにして、笛などを吹きすさんでいらっしゃると、大臣はいつものように聞き過ごしなさらず、高麗笛を取り出しなさった。たいそう上手でいらっしゃるので、たいそう趣深くお吹きになる。御琴を取り寄せて、御簾の内でも、この方面に心得のある女房たちに弾かせなさる。
中務の君は、わざわざ琵琶を弾くけれど、頭中将が心をかけているのを相手にせず、ただこの源氏の君のたまの優しいご様子に心ひかれて背くことができないでいるうちに、自然とそれが知れて、大宮(葵の上の母)などもおもしろくなくお思いになったので、物思いがちで居心地の悪い気がして、つまらなそうに物に寄りかかって横になっている。まったく源氏を拝見できない所に離れていくのも、さすがに心細く思い乱れている。
意訳
源氏は十六夜の月の夜に常陸宮邸を訪ね、姫君の琴をかすかに聞く。命婦は、姫君を奥ゆかしく思わせておくために、早々に琴をやめさせる。
帰ろうとした源氏は、後をつけてきた頭中将と鉢合わせする。二人は月にたとえた歌で冗談を言い合い、同じ車で左大臣邸に帰って笛を合わせる。仲のよい二人の、恋をめぐる張り合いが始まる。
語釈・文法注
- すいがい
- 透垣(すいがい)。竹や板を、すき間をあけて組んだ垣根。
- かのなでしこ
- 頭中将と夕顔との間に生まれた娘(のちの玉鬘)。帚木の巻で頭中将が「撫子」とたとえて語った。源氏は夕顔の巻で右近からその存在を聞いて知っている。
文法
- 危ぶみの「もこそ」(厭ひがほにもこそ)
- 「(客を)避けているように見えたら困る」。
- 禁止の「な…そ」(とがなあらはされそ)
- 「あげつらわないでおくれ」。
和歌
もろともに大內山は出でつれど入るかた見せぬいざよひの月
- 詠者
- 頭中将
- 状況
- 源氏の後をつけてきた頭中将が、源氏を呼び止めて詠んだ歌。いっしょに宮中を出たのに、入っていく先を見せない十六夜の月(あなた)ですね。
修辞
- 比喩
- 源氏を「いざよひの月」にたとえ、行き先を隠してこっそり出かけた源氏を冗談めかして恨む。「大內山」は宮中のこと。
里わかぬかげをば見れど行く月のいるさの山を誰か尋ぬる
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 頭中将の歌への源氏の返歌。どの里も分けへだてなく照らす月の光は見ても、その月が沈んでいく山を、誰がわざわざ尋ねるでしょうか。
修辞
- 応答
- 「月」を受けて、月の行く先まで追いかけてくるあなたこそ物好きだ、と切り返す。
解説
十六夜の月の夜、荒れた宮家の邸で琴の音を聞くという設定は、いかにも昔物語らしい。源氏は、ここに理想の姫君がひそんでいるのではないかと期待をふくらませる。
頭中将が源氏の後をつけてくる場面は、二人の友情と競争心をユーモラスに描いている。源氏は、頭中将が夕顔の娘の行方を知らないことを、ひそかに自分の手柄のように思う。夕顔の巻の秘密が、ここでも影を落としている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、118–121頁(コマ61–62)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日