源氏物語 第5帖 若紫(15)
二条院の朝――手習
二条院の西の対に連れてこられた少女は、怖がって泣くが、夜が明けて、美しい邸や庭を見るうちに、しだいに心がなごむ。源氏は女童たちを呼び寄せ、絵や遊び道具を見せて少女の気を引く。二、三日、宮中にも行かずに少女と過ごし、手本を書いて手習いを教える。源氏の「むさし野」の歌に、少女も幼い筆で返歌を書く。

- 1少納言少納言しょうなごん「「「猶猶なおいといといと夢夢ゆめののの心地心地ここちししし侍侍はべるるるをををいかにいかにいかにししし侍侍はべるるるべきべきべきことことことにににかかか」」」とととてててやすらへやすらへやすらえばばば、、、「「「そそそははは心心こころなななゝりゝりなり。。。御御おんみづからみづからみずからははは渡渡わたししし奉奉たてまつりりりつれつれつればばば、、、還還かえりりりなななむむんとととあらあらあらばばば送送おくりりりせせせむむんかしかしかし」」」とととののの給給のたまふふうにににわりなくわりなくわりなくててておりおりおりぬぬぬ。。。
- 2俄俄にわかにににあさましうあさましうあさましゅう胸胸むねももも靜靜しずかならならならずずず、、、宮宮みやのののおぼしおぼしおぼしのたまはのたまはのたまわむむん事事こといかにいかにいかになりなりなりはてはてはて給給たまふふうべきべきべき有樣有樣ありさまにににかかか。。。とてもとてもとてもかくてもかくてもかくても賴賴たのもしきもしきもしき人々人々びとににに後後おくれれれ給給たまへへえるるるがががいみじさいみじさいみじさととと思思おもふふうににに淚淚なみだのののとゞまらとゞまらとどまらぬぬぬをををさすがにさすがにさすがにゆゝしけれゆゝしけれゆゆしければばば念念ねんじじじ居居いたりたりたり。。。
- 3此方此方こなたははは住住すみみみ給給たまははわぬぬぬ對對たいなれなれなればばば御帳御帳ちょうなどなどなどもももなかりなかりなかりけりけりけり。。。惟光惟光これみつめしめしめしてててみみみ帳帳ちょう御御おん屏風屏風びょうぶなどなどなどあたりあたりあたりあたりあたりあたりしたてしたてしたてさせさせさせ給給たまふふう。。。
- 4御御おん几帳几帳きちょうのののかたびらかたびらかたびらひきひきひきおろしおろしおろしおましおましおましなどなどなどたゞたゞただ引引ひきききつくろふつくろふつくろうばかりばかりばかりにてにてにてあれあれあればばば、、、ひんがしひんがしひんがしののの對對たいににに御御おんとのゐとのゐとのい者者もの召召めしししににに遣遣つかわしししててて大殿籠大殿籠おおとのごもりりりぬぬぬ。。。
- 5若君若君わかぎみはははいといといとむくつけうむくつけうむくつきょう、、、いかにいかにいかにするするする事事ことならならならむむんとととふるはふるはふるわれれれ給給たまへへえどどどさすがにさすがにさすがに聲聲こえ立立たてゝてゝててもももえええ泣泣なききき給給たまははわずずず、、、「「「少納言少納言しょうなごんががが許許もとににに寢寢ねむむん」」」とととのたまふのたまふのたまう聲聲こえいといといと若若わかししし。。。
- 6「「「今今いまはははさささははは大殿籠大殿籠おおとのごもるるるまじきまじきまじきぞぞぞよよよ」」」ととと敎敎おしへへへ聞聞きこえええ給給たまへへえばばばいといといと侘侘わびしくしくしくててて泣泣なききき臥臥ふししし給給たまへへえりりり。。。乳母乳母めのとはははうちうちうちももも臥臥ふささされれれずずず物物ものももも覺覺おぼえええずずず泣泣なききき居居いたりたりたり。。。
- 7明明あけけけ行行ゆくくくまゝまゝままににに見見み渡渡わたせせせばばば、、、おとゝおとゝおととのののつくりざまつくりざまつくりざましつらひざましつらひざましつらいざま更更さらにににもももいはいはいわずずず、、、庭庭にわのののすなごすなごすなごももも玉玉たまををを重重かさねねねたらたらたらむむんやうやうようににに見見みえええててて輝輝かかやくくく心地心地ここちするするするにににはしたなくはしたなくはしたなく思思おもひひい居居いたれたれたれどどどこなたこなたこなたにににははは女女おんななどなどなどもももさぶらはさぶらはさぶらわざりざりざりけりけりけり。。。
- 8疎疎うときききまらうどまらうどまろうどなどなどなどののの參參まいるるるをりふしをりふしおりふしののの方方かたなりなりなりけれけれければばば男男おとこどもどもどもぞぞぞみすみすみすのののとととにににありありありけるけるける。。。「「「かくかくかく人人ひと迎迎むかへへえ給給たまへへえりりりととと聞聞きくくく人人ひとははは誰誰たれならならならむむん。。。おぼろけおぼろけおぼろけにににはははあらあらあらじじじ」」」とととさゝめくさゝめくささめく。。。
- 9御御おんてうづてうづちょうず御御おんかゆかゆかゆなどなどなどこなたこなたこなたにににまゐるまゐるまいる。。。日日ひ高高たこううう起起おききき給給たまひひいててて、、、「「「人人ひとなくなくなくてててあしかあしかあしかめるめるめるををを、、、さるべきさるべきさるべき人々人々びと夕夕ゆうつけつけつけてててこそこそこそははは迎迎むかへへえさせさせさせ給給たまははわめめめ」」」とととのたまひのたまひのたまいててて、、、對對たいにににわらはべわらはべわらわべめしめしめしにににつかはすつかはすつかわす。。。
- 10「「「小小ちいさきききかぎりかぎりかぎり殊更殊更ことさらににに參參まいれれれ」」」とととありありありけれけれければばばいといといとをかしげをかしげおかしげにてにてにて四人四人よたり參參まいりりりたりたりたり。。。
- 11君君きみははは御御おんぞぞぞににに纒纒まつははわれれれててて臥臥ふししし給給たまへへえるるるをををせめてせめてせめて起起おこしししててて、、、「「「かうかうこう心心こころ憂憂うくくくなななおはせおはせおわせそそそ。。。すゞろすゞろすずろなるなるなる人人ひとはははかうかうこうはははありありありなななむむんややや。。。女女おんなははは心心こころやはらかやはらかやわらかなるなるなるなむなむなんよきよきよき」」」などなどなど今今いまよりよりより敎敎おしへへへ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 12御御おんかたちかたちかたちははは、、、さしさしさし離離はなれれれててて見見みしししよりよりよりもももいみじういみじういみじゅう淸淸きよらららにてにてにて、、、なつかしうなつかしうなつかしゅううちうちうち語語かたらひらひらいつゝつゝつつをかしきをかしきおかしき繪繪えあそびあそびあそび物物ものどもどもども取取とりりりににに遣遣つかわしししててて見見みせせせ奉奉たてまつりりり、、、御心御心みこころにににつくつくつくべきべきべきことことことどもどもどもをををししし給給たまふふう。。。
- 13やうやうやうやうようよう起起おききき居居いててて見見み給給たまふふう。。。にびにびにび色色いろのののこまやかこまやかこまやかなるなるなるがががうちうちうちなえなえなえたるたるたるどもどもどもををを着着き給給たまひひいててて何何なに心心ごころなくなくなくうちうちうちゑみゑみえみなどなどなどしししててて居居い給給たまへへえるるるがががいといといとうつくしきうつくしきうつくしきににに我我わもももうちうちうち笑笑えまままれれれててて見見み給給たまふふう。。。
- 14ひんがしひんがしひんがしのののたいたいたいににに渡渡わたりりり給給たまへへえるるるににに、、、立立たちちち出出いでゝでゝでて庭庭にわののの木立木立こだち池池いけののの方方かたなどなどなど覗覗のぞききき給給たまへへえばばば、、、霜枯霜枯しもがれののの前栽前栽せんざい繪繪えににに書書かけけけるるるやうやうようにににおもしろくおもしろくおもしろくててて、、、見見みももも知知しらららぬぬぬ四位四位しい五位五位ごいこきこきこきまぜまぜまぜにににひまひまひまなうなうのう出出いででで入入いりりりつゝつゝつつ、、、げにげにげにをかしきをかしきおかしき所所ところかなかなかなとととおぼすおぼすおぼす。。。
- 15御御おん屏風屏風びょうぶどもどもどもなどなどなどいといといとをかしきをかしきおかしき繪繪えををを見見みつゝつゝつつ慰慰なぐさめめめててておはするおはするおわするもももはかなしはかなしはかなしややや。。。
- 16君君きみははは二三日二三日ふつかみか內內うちへへへもももまゐりまゐりまいり給給たまははわでででこのこのこの人人ひとをををなつけなつけなつけ語語かたらひらひらい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。やがてやがてやがて本本ほんにににもももとととおぼすおぼすおぼすにににややや、、、手習手習てならい繪繪えなどなどなどさまざまさまざまさまざまににに書書かきききつゝつゝつつ見見みせせせ奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。いみじういみじういみじゅうをかしげをかしげおかしげににに書書かききき集集あつめめめ給給たまへへえりりり。。。
- 17「「「むさしむさしむさし野野のととといへいへいえばばばかこたかこたかこたれれれぬぬぬととと紫紫むらさきののの紙紙かみににに書書かいいい給給たまへへえるるる墨墨すみつきつきつきのののいといといとことことことなるなるなるををを取取とりりりててて見見み居居いたまへたまへたまえりりり。。。少少すこしししちひさくちひさくちいさくててて、、、「「「根根ねははは見見みねねねどどどあはれあはれあわれとととぞぞぞ思思おもふふう武藏野武藏野むさしのののの露露つゆわけわけわけわぶるわぶるわぶる草草くさのののゆかりゆかりゆかりををを」」」とととありありあり。。。
- 18「「「いでいでいで君君きみももも書書かいいい給給たまへへえ」」」とととあれあれあればばば、、、「「「まだまだまだようようようははは書書かかかかずずず」」」とととててて見見み上上あげげげ給給たまへへえるるるががが何何なに心心ごころなくなくなくうつくしげうつくしげうつくしげなれなれなればばば、、、うちうちうちほゝゑみほゝゑみほほえみててて「「「よからよからよからねねねどどどむげにむげにむげに書書かかかかぬぬぬこそこそこそわろけれわろけれわろけれ。。。敎敎おしへへへ聞聞きこえええむむんかしかしかし」」」とととののの給給のたまへへえばばば
- 19うちうちうちそばみそばみそばみててて書書かいいい給給たまふふう手手てつきつきつき、、、筆筆ふでとりとりとり給給たまへへえるるるさまさまさまのののをさなげをさなげおさなげなるなるなるもももらうたうらうたうろうとうのみのみのみ覺覺おぼゆれゆれゆればばば、、、心心こころながらながらながらあやしあやしあやしとととおもほすおもほすおもおす。。。「「「書書かききき損損そこなひひいつつつ」」」ととと恥恥はぢぢじててて隱隱かくししし給給たまふふうををを强强しひひいててて見見み給給たまへへえばばば、、、
- 20「「「かこつかこつかこつべきべきべき故故ゆえをををしらしらしらねねねばばばおぼつかなおぼつかなおぼつかないかなるいかなるいかなる草草くさのののゆかりゆかりゆかりなるなるなるらむらむらん」」」ととといといといとわかけれわかけれわかけれどどどおひおひおいさきさきさき見見みえええてててふくよかふくよかふくよかににに書書かいいい給給たまへへえりりり。。。故故こ尼君尼君あまぎみにににぞぞぞ似似にたりたりたりけるけるける。。。
- 21いまめかしきいまめかしきいまめかしき手本手本てほんならはならはならわゞゞばいといといとようようよう書書かいいい給給たまひひいてててむむんととと見見み給給たまふふう。。。ひゝなひゝなひいななどなどなどわざとわざとわざと屋屋やどもどもども作作つくりりり續續つづけけけててて諸共諸共もろともににに遊遊あそびびびつゝつゝつつこよなきこよなきこよなき物思物思ものおもいのののまぎらはしまぎらはしまぎらわしなりなりなり。。。
現代語訳
少納言が「やはりたいそう夢のような気がいたしますが、どうしたらよろしいのでしょう」と言ってためらっていると、源氏は「それはあなたの心次第だ。ご本人はお移し申し上げたのだから、帰ろうと言うなら送らせよう」とおっしゃるので、しかたなく車から降りた。急なことで、あきれるばかりで胸も騒ぎ、宮がどうお思いになり、どうおっしゃるだろう、姫君はどうなっていかれるご運命なのだろう、何にしても頼りにする方々に先立たれなさったのが悲しいと思うと、涙が止まらないが、さすがに縁起が悪いので、じっとこらえている。
こちらはふだんお住まいにならない対なので、御帳台などもなかった。源氏は惟光を呼んで、御帳台や御屏風などをあちらこちらに設けさせなさる。御几帳の帷子を下ろし、ご座所などは取りつくろうだけですむので、東の対に宿直用の寝具を取りにやって、お休みになった。
若君はたいそう気味悪く、どうするつもりなのだろうと震えていらっしゃるが、さすがに声を立てて泣くこともおできにならず、「少納言のところで寝る」とおっしゃる声がたいそう幼い。源氏が「もうこれからは、そんなふうにお休みになってはいけませんよ」とお教え申し上げなさると、たいそう悲しくて泣き伏していらっしゃる。乳母は横になることもできず、何も考えられずに泣いて座っている。
夜が明けていくにつれて見わたすと、建物の造りや調度の飾りつけは言うまでもなく、庭の白砂も玉を重ねたように見えて輝くような気がするので、少納言は気おくれして座っているが、こちらの対には女房なども控えていなかった。親しくない客などが参る時に使う対だったので、男たちが御簾の外に控えていた。「こうして人をお迎えになったと聞くが、誰だろう。並々の人ではあるまい」とささやき合う。
御手水やお粥などを、こちらに差し上げる。源氏は日が高くなってから起きなさって、「人がいなくて不便だろうから、しかるべき人々を、夕方になってからお迎えになるとよい」とおっしゃって、東の対に童を呼びにおやりになる。「小さい子ばかり、特に来なさい」とあったので、たいそうかわいらしい童が四人参上した。
姫君は着物にくるまって横になっていらっしゃったのを、源氏は無理に起こして、「こんなにつれなくなさってはいけません。いいかげんな者なら、こんなに大切にするでしょうか。女は心がやわらかなのがよいのです」などと、今から教え申し上げなさる。
姫君のお顔立ちは、離れて見た時よりもたいそう美しく、源氏はやさしく語りかけながら、きれいな絵や遊び道具などを取りにやってお見せ申し上げ、お気に入りそうなことをいろいろなさる。姫君はだんだん起き上がってご覧になる。濃い鈍色の喪服の、少し着なれてやわらかくなったものなどを着て、無邪気にほほえんだりして座っていらっしゃるのがたいそうかわいらしいので、源氏も思わずほほえんでご覧になる。
源氏が東の対にお渡りになった後、姫君は端に出て、庭の木立や池の方などをのぞきなさると、霜枯れの植え込みが絵に描いたように趣深く、見たこともない四位や五位の人々が入りまじって、ひっきりなしに出入りしているので、本当にすてきな所だとお思いになる。御屏風などに描かれたたいそう美しい絵を見ては、気を紛らわしていらっしゃるのも、たわいないことである。
源氏は二、三日、宮中にも参上なさらないで、この人をなつかせようと語りかけなさる。そのまま手本にもとお思いなのだろうか、手習いや絵などをさまざまに書いてはお見せ申し上げなさる。たいそう美しく書き集めていらっしゃる。「武蔵野といへばかこたれぬ」と紫の紙にお書きになった墨の色合いが格別なのを、姫君は手に取って見ていらっしゃる。その横に少し小さく、「根は見ないけれど、いとしいと思う。武蔵野の露を分けかねている、あの草のゆかりの人を」と書いてある。
源氏が「さあ、あなたもお書きなさい」とおっしゃると、「まだうまく書けないの」と言って見上げなさるのが、無邪気でかわいらしいので、源氏はほほえんで、「上手でなくても、まったく書かないのはよくありません。お教えしましょう」とおっしゃると、姫君は横を向いてお書きになる。その手つきや筆を持つ様子の幼げなのも、ただいとしく思われるので、源氏は我ながら不思議だとお思いになる。
「書き損じてしまったわ」と恥ずかしがって隠しなさるのを、無理にご覧になると、「恨み言を言われるわけを知らないので、気がかりです。私はどんな草のゆかりなのでしょう」と、たいそう幼いけれど、将来の上達が思われるように、ふっくらとお書きになっている。亡くなった尼君の筆跡に似ていた。当世風の手本を習ったら、たいそう上手にお書きになるだろうとご覧になる。人形なども、わざわざ家をいくつも作り並べて、いっしょに遊びながら、源氏にとってはこの上ない物思いの慰めである。
意訳
二条院に連れてこられた少女は、はじめは怖がって泣くが、夜が明けて美しい邸や庭を見るうちに、しだいに心がなごんでいく。源氏は女童を呼び寄せ、絵や遊び道具を見せて、少女の心をつかもうとする。
源氏は二、三日、参内もせずに少女と過ごし、手習いの手本を書いて教える。源氏の歌の「草のゆかり」は藤壺のゆかりを意味するが、少女はそれを知らず、「どんな草のゆかりなのでしょう」と無邪気に返す。
源氏にとって、少女と人形遊びをすることは、藤壺への叶わぬ思いの慰めでもある。
語釈・文法注
- むさし野といへばかこたれぬ
- 「知らねども武蔵野といへばかこたれぬよしやさこそは紫のゆゑ」(『古今六帖』)の一節。武蔵野と聞くと、紫草のゆかりに思いがかかる、という意。
文法
- 禁止の「な…そ」(心憂くなおはせそ)
- 「つれなくなさらないでください」。
- 反語の「や」(かうはありなむや)
- 「こんなに大切にするだろうか、いや、しない」。
- 強意+推量の「てむ」(書い給ひてむ)
- 「きっと上手にお書きになるだろう」。
和歌
根は見ねどあはれとぞ思ふ武藏野の露わけわぶる草のゆかりを
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 手習いの手本として紫の紙に書いた歌。根(藤壺)は見ないけれど、いとしいと思う。武蔵野の露を分けてもなかなか行き着けない紫草のゆかりの草(少女)を。
修辞
- 本歌取り
- 「紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る」(『古今集』)をふまえる。紫草が一本あるために、武蔵野の草がみないとしく思われる、という歌。
- 掛詞
- 「根」に「寝」を重ね、藤壺と共寝はできないけれど、という意をこめる。
かこつべき故をしらねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらむ
- 詠者
- 若紫
- 状況
- 源氏の歌に、少女が幼い筆で書いた返歌。恨み言を言われるわけを知らないので、気がかりです。私はどんな草のゆかりなのでしょう。
修辞
- 応答
- 源氏の歌の「草のゆかり」を受けて、自分が誰のゆかりなのかわからないと、無邪気に返す。源氏の秘めた思いを知らない少女の素直さが表れている。
解説
二条院の西の対は、のちに紫の上の住まいとなる。この日から、紫の上は源氏のもとで暮らすことになる。源氏は少女に「女は心やはらかなるなむよき」と教え、自分の理想の女性に育てはじめる。
手習いの場面は、紫の上の成長の始まりを象徴している。源氏の手本を見て、幼い筆で歌を書く少女の姿は、のちに源氏の妻として、書や和歌にもすぐれた女性に成長していく紫の上の出発点である。
源氏の歌の「根は見ねど」には、藤壺への思いが秘められている。藤壺とは共寝できないが、そのゆかりの少女をいとしく思う。少女の返歌は、その秘密を知らないまま、まっすぐに「私は誰のゆかりなの」と問いかけていて、皮肉で痛ましい。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、114–117頁(コマ59–60)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日