源氏物語 第5帖 若紫(13)
兵部卿宮の来訪
霧の深い明け方、源氏は少女の邸を出て、帰り道に忍んで通う女の門をたたかせるが、誰も出てこない。その日、父の兵部卿宮が少女を訪ね、荒れた邸を見て、近いうちに自邸に引き取ると告げる。祖母を恋しがって泣く少女のもとに、源氏は惟光を遣わす。少納言の乳母は、宮が明日迎えに来ると知らせ、源氏は宮に引き取られる前に、少女を自分の邸に連れて来ようと決める。

- 1「「「いといといと哀哀あわれににに見見み奉奉たてまつるるる御御おん有樣有樣ありさまををを、、、今今いまはははましてましてまして片時片時かたときのののまままもももおぼつかなかるおぼつかなかるおぼつかなかるべしべしべし。。。明暮明暮あけくれながめながめながめ侍侍はべるるる所所ところにににわたしわたしわたし奉奉たてまつらららむむんかくかくかくてててのみのみのみはははいかゞいかゞいかが。。。物物ものおぢおぢおじししし給給たまははわざりざりざりけりけりけり」」」とととののの給給のたまへへえばばば
- 2「「「宮宮みやももも御御おん迎迎むかえににになどなどなど聞聞きこえええ給給たまふふうめれめれめれどどどこのこのこの御御おん四十九日四十九日しじゅうくにちすぐしすぐしすぐしてててやややなどなどなど思思おもひひい給給たまふるふるうる」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、「「「たのもしきたのもしきたのもしきすぢすぢすじながらながらながらもももよそよそよそよそよそよそにてにてにてならひならひならい給給たまへへえるるるははは同同おなじうじうじゅうこそこそこそ疎疎うとううう覺覺おぼえええ給給たまははわめめめ。。。今今いまよりよりより見見み奉奉たてまつれれれどどど淺淺あさからからからぬぬぬ志志こころざしはははまさりまさりまさりぬぬぬべくべくべくなむなむなん」」」とととててて搔搔かいいい撫撫なでででつゝつゝつつ顧顧かえりみみみがちがちがちにてにてにて出出いででで給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 3いみじういみじういみじゅう霧霧きり渡渡わたれれれるるる空空そらもももたゞたゞただならならならぬぬぬににに霜霜しもはははいといといと白白しろうううおきおきおきててて、、、誠誠まことのののけさうけさうけそうもももをかしかりをかしかりおかしかりぬぬぬべきべきべきにににさうざうしうさうざうしうそうぞうしゅう思思おもひひいおはすおはすおわす。。。
- 4いといといと忍忍しのびびびててて通通かよひひい給給たまふふう所所ところののの道道みちなりなりなりけるけるけるをををおぼしおぼしおぼし出出いでゝでゝでて、、、門門かど打打うちちち敲敲たたかかかせせせ給給たまへへえどどど聞聞ききききつくるつくるつくる人人ひとなしなしなし。。。かひかひかいなくなくなくててて御供御供おおんともににに聲聲こえあるあるある人人ひとしししててて謠謠うたははわせせせ給給たまふふう。。。
- 5「「「あさぼらけあさぼらけあさぼらけ霧霧きり立立たつつつ空空そらのののまよひまよひまよいにににももも行行ゆききき過過すぎぎぎがたきがたきがたき妹妹いもががが門門かどかなかなかな」」」とととふたかへりふたかへりふたかえり謠謠うたひひいたるたるたるににに、、、よしばみよしばみよしばみたるたるたるしもづかひしもづかひしもづかいををを出出いだしししててて、、、「「「立立たちちちとまりとまりとまり霧霧きりのののまがきまがきまがきのののすぎすぎすぎうくうくうくははは草草くさのののとざしとざしとざしにににさはりさはりさわりしもしもしもせせせじじじ」」」ととと言言いひひいかけかけかけててて入入いりりりぬぬぬ、、、
- 6またまたまた人人ひとももも出出いででで來來きねねねばばば歸歸かえるるるももも情情なさけなけれなけれなけれどどど明明あけけけ行行ゆくくく空空そらもももはしたなくはしたなくはしたなくててて殿殿とのへへへおはしおはしおわしぬぬぬ。。。をかしかりをかしかりおかしかりつるつるつる人人ひとののの名殘名殘なごり戀戀こいしくしくしく獨獨ひとりゑみゑみえみしししつゝつゝつつ臥臥ふししし給給たまへへえりりり。。。
- 7日日ひ高高たこううう大大おおとのごもりとのごもりとのごもりおきおきおきててて、、、文文ふみやりやりやりたまふたまふたまうににに書書かくくくべきべきべき言言いののの葉葉はももも例例れいならならならねねねばばば筆筆ふでうちうちうち置置おきききつゝつゝつつすさびすさびすさび居居い給給たまへへえりりり。。。をかしきをかしきおかしき繪繪えなどなどなどをををやりやりやり給給たまふふう。。。
- 8かしこかしこかしこにににははは今日今日きょうしもしもしも宮宮みやわたりわたりわたり給給たまへへえりりり。。。年比年比としごろよりよりよりもももこよなうこよなうこよのう荒荒あれれれまさりまさりまさり廣廣ひろううう物物ものふりふりふりたるたるたる所所ところのののいとゞいとゞいとど人人ひと少少ずくなななににに寂寂さびしけれしけれしければばば、、、見見み渡渡わたししし給給たまひひいててて
- 9「「「かゝるかゝるかかる所所ところにににはははいかでいかでいかでかかか暫暫しばしししもももをさなきをさなきおさなき人人ひとのののすぐしすぐしすぐし給給たまははわむむん。。。猶猶なおかしこかしこかしこににに渡渡わたししし奉奉たてまつりりりてててむむん。。。何何なにののの所所ところせきせきせき程程ほどにににもももあらあらあらずずず。。。めのとめのとめのとはははざうしざうしぞうしなどなどなどしししてててさぶらひさぶらひさぶらいなななむむん。。。君君きみははは若若わかききき人々人々びとなどなどなどあれあれあればばば諸共諸共もろともににに遊遊あそびびびててていといといとようようよう物物ものししし給給たまひひいなななむむん」」」などなどなどののの給給のたまふふう。。。
- 10近近ちこううう呼呼よびびび寄寄よせせせ奉奉たてまつりりり給給たまへへえるるるににに、、、かのかのかの御御おんうつりかうつりかうつりかのののいみじういみじういみじゅうえんえんえんにににしみしみしみかへりかへりかえり給給たまへへえれれればばば、、、をかしをかしをかしののの御御おんにほひにほひにおいややや、、、御御おんぞぞぞはははいといといとなえなえなえてててととと、、、心心こころぐるしげぐるしげぐるしげにににおぼいおぼいおぼいたりたりたり。。。
- 11「「「年比年比としごろもももあつしくあつしくあつしくさださださだすぎすぎすぎ給給たまへへえるるる人人ひとにににそひそひそい給給たまへへえるるるよりよりより時々時々ときどきかしこかしこかしこににに渡渡わたりりりててて見見みならしならしならし給給たまへへえなどなどなどものせものせものせしししををを怪怪あやしうしうしゅう疎疎うとみみみたまひたまひたまいててて人人ひとももも心心こころおくおくおくめりめりめりしししををを、、、かゝるかゝるかかる折折おりにににしもしもしも物物ものししし給給たまははわむむんももも心苦心苦こころぐるしうしうしゅう」」」などなどなどののの給給のたまへへえばばば
- 12「「「何何なにかかかははは心心こころぼそくぼそくぼそくともともとも暫暫しばしししはははかくかくかくててておはしましおはしましおわしましなななむむん。。。少少すこししし物物ものののの心心こころおもほしおもほしおもおし知知しりりりなななむむんににに渡渡わたらららせせせ給給たまははわむむんこそこそこそよくよくよくははは侍侍はべるるるべけれべけれべけれ」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。
- 13夜晝夜晝よるひる戀戀こひひい聞聞きこえええ給給たまふふうにににはかなきはかなきはかなき物物ものももも聞聞きこしししめさめさめさずずずとととてててげにげにげにいといといといたういたういとう面面おもやせやせやせ給給たまへへえれれれどどど、、、いといといとあてあてあてににに美美うつくしくくしくくしくなかなかなかなかなかなか見見みえええ給給たまふふう。。。
- 14「「「何何なにかかかさしもさしもさしもおもほすおもほすおもおす。。。今今いまははは世世よににになきなきなき人人ひとののの御御おん事事ことはははかひかひかいなしなしなし。。。おのれおのれおのれあれあれあればばば」」」などなどなど語語かたらひらひらい聞聞きこえええ給給たまひひいててて、、、暮暮くるれるれるればばば歸歸かえらららせせせ給給たまふふうををを、、、いといといと心心こころ細細ぼそしししととと思思おもひひいててて泣泣ないいい給給たまへへえばばば、、、
- 15宮宮みやもももうちうちうちなきなきなきたまひたまひたまいててて「「「いといといとかうかうこう思思おもひひいななな入入いりりり給給たまひひいそそそ。。。今日今日きょう明日明日あすわたしわたしわたし奉奉たてまつらららむむん」」」などなどなど返返かえすすす返返がえすすすこしらへこしらへこしらえおきおきおきててて出出いででで給給たまひひいぬぬぬ。。。名殘名殘なごりももも慰慰なぐさめめめ難難がとううう泣泣なききき居居い給給たまへへえりりり。。。
- 16行行ゆくくくさきさきさきののの身身みのののあらあらあらむむん事事ことなどなどなどまでまでまでもももおぼしおぼしおぼし知知しらららずずず、、、唯唯ただ年年としごろごろごろ立立たちちち離離はなるゝるゝるる折折おりなうなうのうまつはしまつはしまつわしならひならひならいててて、、、今今いまはははなきなきなき人人ひととととなりなりなり給給たまひひいにににけるけるけるとととおぼすおぼすおぼすがががいみじきいみじきいみじきににに、、、
- 17をさなきをさなきおさなき御御おん心地心地ここちなれなれなれどどど胸胸むねつとつとつとふたがりふたがりふたがりててて例例れいのののやうやうようにににももも遊遊あそびびび給給たまははわずずず。。。晝晝ひるはははさてもさてもさても紛紛まぎらはしはしわし給給たまふふうををを、、、夕暮夕暮ゆうぐれとととなれなれなればばばいみじういみじういみじゅうくしくしくし給給たまへへえばばば、、、かくかくかくてててはははいかでいかでいかでかかかすぐしすぐしすぐし給給たまははわむむんととと慰慰なぐさめめめわびわびわびててて乳母乳母めのとももも泣泣なきききあへあへあえりりり。。。
- 18君君きみののの御許御許もとよりよりよりははは惟光惟光これみつををを奉奉たてまつれれれ給給たまへへえりりり。。。「「「參參まいりりり來來くべきべきべきををを、、、內內うちよりよりよりめしめしめしあれあれあればばばなむなむなん心苦心苦こころぐるしうしうしゅう見見み奉奉たてまつりりりしししもももしづしづしず心心ごころなくなくなく」」」とととてててとのゐとのゐとのい人人びと奉奉たてまつれれれ給給たまへへえりりり。。。
- 19「「「あぢきなうあぢきなうあじきのうもももあるあるあるかなかなかな。。。戯戯たわぶれぶれぶれにてにてにてももも物物ものののの始始はじめにににこのこのこの御御おんことことことよよよ。。。宮宮みや聞聞きこしししめしめしめしつけつけつけばばば侍侍さぶらふふう人々人々びとののの愚愚おろかかかなるなるなるにににぞぞぞさいなまさいなまさいなまれれれむむんあなあなあなかしこかしこかしこ。。。
- 20物物もののののついでついでついでにににいはけなくいはけなくいわけなくうちうちうち出出いででで聞聞きこえええさせさせさせ給給たまふふうななな」」」などなどなどいふいふいうももも、、、それそれそれをををばばば何何なにともともとも覺覺おぼしししたらたらたらぬぬぬぞぞぞあさましきあさましきあさましきややや。。。
- 21少納言少納言しょうなごんははは惟光惟光これみつににに哀哀あわれなるなるなる物語物語ものがたりどもどもどもしししててて「「「ありありあり經經へててて後後のちやややさるべきさるべきさるべき御御おん宿世宿世すくせのがれのがれのがれ聞聞きこえええ給給たまははわぬぬぬやうやうようもももあらあらあらむむん。。。只今只今ただいまはははかけてかけてかけてもももいといといと似似にげなきげなきげなき御御おん事事ことととと見見み奉奉たてまつるるるををを、、、怪怪あやしうしうしゅうおぼしおぼしおぼしのたまはするのたまはするのたまわするもももいかなるいかなるいかなる御心御心みこころにににかかか思思おもひひいよるよるよるかたかたかたなうなうのう亂亂みだれれれ侍侍はべるるる。。。
- 22今日今日きょうももも宮宮みや渡渡わたらららせせせ給給たまひひいててて後後うしろ安安やすくくく仕仕つこうううまつれまつれまつれ心心こころをさなくをさなくおさなくもてなしもてなしもてなし聞聞きこゆゆゆななななどなどなどののの給給のたまははわせせせつるつるつるもももいといといと煩煩わずらはしうはしうわしゅう、、、たゞたゞただなるなるなるよりよりよりはははかゝるかゝるかかる御御おんすきごとすきごとすきごとももも思思おもひひい出出いでででられられられ侍侍はべりりりつるつるつる」」」などなどなどいひいひいいててて
- 23「「「このこのこの人人ひとももも事事ことありがほありがほありがおにににややや思思おもははわむむん」」」などなどなどあいなけれあいなけれあいなければばば、、、いたういたういとう歎歎なげかしげかしげかしげにににもももいひいひいいなさなさなさずずず。。。大夫大夫たいふもももいかなるいかなるいかなる事事ことにににかかかあらあらあらむむんととと心心こころえええがたうがたうがとう思思おもふふう。。。
- 24參參まいりりりてててありさまありさまありさまなどなどなど聞聞きこえええけれけれければばば哀哀あわれにににおぼしおぼしおぼしやらやらやらるれるれるれどどど、、、さてさてさて通通かよひひい給給たまははわむむんもももさすがにさすがにさすがにすゞろすゞろすずろなるなるなる心地心地ここちしししててて、、、かるがるしうかるがるしうかるがるしゅうもてもてもてひがめひがめひがめたるたるたる事事ことととと人人ひともももややや漏漏もりりり聞聞きかかかむむんなどなどなどつゝましけれつゝましけれつつましければばば唯唯ただ迎迎むかへへえてててむむんとととおもほすおもほすおもおす。。。
- 25御御おんふみふみふみははは度々度々たびたび奉奉たてまつれれれ給給たまふふう。。。暮暮くるれるれるればばば例例れいののの大夫大夫たいふをををぞぞぞ奉奉たてまつれれれ給給たまふふう。。。「「「さはるさはるさわる事事ことどもどもどものののありありありてててえええ參參まいりりり來來こぬぬぬをををおろかおろかおろかにににややや」」」などなどなどありありあり。。。
- 26宮宮みやよりよりより「「「明日明日あす俄俄にわかににに御御おん迎迎むかへへえにににとととのたまはせのたまはせのたまわせたりたりたりつれつれつればばば、、、心心こころあわたゞしくあわたゞしくあわただしくてててなむなむなん。。。年年としごろごろごろののの蓬生蓬生よもぎうをををかれかれかれなななむむんもももさすがにさすがにさすがに心心こころぼそうぼそうぼそう、、、侍侍さぶらふふう人々人々びとももも思思おもひひい亂亂みだれれれててて」」」とととことことことずくなずくなずくなににに言言いひひいてててをさをさをさをさおさおさあへしらはあへしらはあえしらわずずず物物もの縫縫ぬひひい營營いとなむむむけはひけはひけわいなどなどなどしるけれしるけれしるければばば參參まいりりりぬぬぬ。。。
現代語訳
源氏は「たいそういとしくお見受けするご様子を、今はなおさら、かたときの間も気がかりでしょう。私が明け暮れ物思いにふけっております所にお移し申し上げましょう。こうしてばかりいるのはいかがなものか。それでも、怖がりはなさいませんでしたね」とおっしゃると、少納言は「父宮もお迎えにと申していらっしゃるようですが、この四十九日を過ごしてからなどと存じております」と申し上げるので、
源氏は「頼もしい血筋とはいっても、離れて暮らしていらっしゃったのでは、私と同じように疎遠に思われるでしょう。私は今からお世話申し上げても、浅くない愛情はきっとまさるでしょう」と言って、少女の髪をなでながら、何度も振り返りながらお帰りになった。
ひどく霧が立ちこめている空も趣深いうえに、霜がたいそう白く降りて、本当の恋人のもとからの帰りなら、さぞ風情があるだろうに、源氏は物足りなくお思いになる。たいそう忍んで通っていらっしゃる所への道だったのを思い出しなさって、門をたたかせなさるが、聞きつける人もいない。しかたなく、お供の中の声のよい者に謡わせなさる。
「夜明けの霧の立ちこめる空に迷いながらも、通り過ぎがたいあなたの家の門です」と二度くり返して謡ったところ、気の利いた下仕えの女を出して、「立ち止まって、霧の立つ垣根を通り過ぎにくいのでしたら、草の戸がお邪魔をすることもないでしょうに」と言いかけて入ってしまった。ほかに誰も出てこないので、帰るのもそっけないが、明けていく空もきまりが悪くて、源氏は二条院へお帰りになった。
かわいらしかった人の名残が恋しく、ひとりほほえみながら横になっていらっしゃる。日が高くなってから起きて、手紙をおやりになるが、書くべき言葉もいつもの恋文とは違うので、筆を置きながら、書きすさんでいらっしゃる。きれいな絵などをお贈りになる。
あちらでは、ちょうどこの日、父宮がおいでになった。以前よりもたいそう荒れまさって、広く古びた邸がいっそう人も少なく寂しいので、宮は見わたしなさって、「こうした所に、どうしてしばらくでも幼い人が過ごせよう。やはり私の邸にお移し申し上げよう。何の気づまりなこともない。乳母は部屋をもらってお仕えすればよい。姫君は若い人たちもいるので、いっしょに遊んで、とてもうまくやっていかれるだろう」などとおっしゃる。
近くにお呼び寄せになると、あの源氏の移り香がたいそう優雅にしみついていらっしゃるので、宮は、よい匂いだ、着物はたいそうよれよれなのにと、気の毒にお思いになった。「これまでも、病がちで年老いた人に付き添っていらっしゃったので、時々こちらに来て慣れなさいなどと言っていたのに、妙に嫌がりなさって、こちらの者も気を悪くしていたようだったが、こんな時に移ってこられるのも気の毒で」などとおっしゃると、
少納言は「いえいえ、心細くても、しばらくはこうしていらっしゃいましょう。少し物の分別がおつきになってから、お移りになるのがよろしいでしょう」と申し上げる。少女は夜も昼も祖母君を恋しがり申し上げて、ちょっとした物も召し上がらないというので、本当にたいそうひどく面やつれしていらっしゃるが、たいそう上品でかわいらしく、かえって美しくお見えになる。
宮は「どうしてそんなにお思いになるのです。もう亡くなった人のことは、どうしようもありません。私がいるのですから」などとお話しになって、日が暮れるとお帰りになるのを、少女はたいそう心細いと思ってお泣きになるので、宮も泣きなさって、「そんなに思いつめないでください。今日明日のうちにお移し申し上げましょう」などと、何度もなだめておいてお帰りになった。
その後も、名残の悲しさを慰めかねて、泣いていらっしゃる。将来の身の上のことなどまではお考えにならず、ただ長年かたときも離れずにつきまとっていた祖母君が、今は亡くなってしまわれたとお思いになるのが悲しくて、幼いお心にも胸がふさがって、いつものようにお遊びにもならない。昼はそれでも紛らしていらっしゃるが、夕暮れになるとひどくふさぎこみなさるので、乳母も、こんなことでどうやってお過ごしになれようかと、慰めかねて泣き合っている。
源氏のもとからは、惟光をお遣わしになった。「参上すべきところですが、帝からお召しがあるので。おいたわしく拝見したのも、気がかりで」と言って、宿直の者をお遣わしになった。女房たちは「情けないことですね。冗談にしても、結婚のはじめにこのお扱いとは。宮がお聞きつけになったら、お仕えしている私たちの不行き届きだとおしかりを受けるでしょう。ああ、恐ろしい。何かのついでに、うっかり宮にお話しなさいますな」などと言うのも、少女は何ともお思いにならないのが、あきれたことである。
少納言は惟光に、しんみりとした話をあれこれして、「年月がたってから、そうなるはずのご宿縁で、逃れられないこともありましょう。今はまったく不釣り合いなご縁と拝見しておりますのに、不思議にお思いになって、おっしゃってくださるのも、どういうお心からかと、見当もつかず思い乱れております。今日も宮がおいでになって、『安心できるようにお仕えせよ。軽はずみなお扱いをするな』などとおっしゃったのも、たいそうわずらわしく、普通の時よりも、こうした源氏の君の色めいたお振る舞いも思い出されまして」などと言って、
「この人も、何かあったのかと思うのではないか」などと思うと困るので、それほどひどく嘆かわしそうにも言わない。大夫(惟光)も、どういうことなのだろうと、のみこめずに思う。惟光が参上して様子などを申し上げたので、源氏はしみじみとお思いやりになるが、そうかといって通っていくのもさすがに妙な気がして、軽はずみで常軌をはずれたことと人が漏れ聞くのではないかなどと遠慮されるので、ただ迎え取ってしまおうとお思いになる。
お手紙は何度もお贈りになる。日が暮れると、いつものように大夫をお遣わしになる。「差し支えることがあって参れないのを、冷たいとお思いでしょうか」などとある。少納言は「父宮から、明日急にお迎えにとおっしゃってきましたので、あわただしくて。長年住みなれた蓬の生い茂る家を離れるのも、さすがに心細く、お仕えする女房たちも思い乱れまして」と言葉少なに言って、ろくに相手もせず、着物を縫う支度などをしている様子がはっきりしているので、惟光は帰参した。
意訳
霧の明け方、源氏は少女の邸を出る。恋人のもとからの帰りのような朝なのに、実際は幼い少女と過ごしただけなので、源氏は物足りない。帰り道に別の女の家の門をたたかせるのは、そうした気持ちの表れである。
その日、父の兵部卿宮が少女を訪ねる。宮は荒れた邸を見て、少女を自邸に引き取ると決める。少女の着物にしみた源氏の移り香を、宮は不思議に思う。
宮が明日迎えに来ると知った源氏は、その前に少女を自分の邸に連れて来ようと決意する。宮に引き取られてしまえば、少女を手もとに置くことはむずかしくなるからである。
語釈・文法注
文法
- 強意+推量の「てむ」(渡し奉りてむ・迎へてむ)
- 「きっとお移し申し上げよう」「迎えてしまおう」。強い意志を表す。
- 禁止の「な…そ」(思ひな入り給ひそ)
- 「思いつめないでください」。
- 禁止の「な」(聞え給ふな)
- 「お話しなさいますな」。
和歌
あさぼらけ霧立つ空のまよひにも行き過ぎがたき妹が門かな
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 少女の邸からの帰り道、忍んで通う女の門をたたかせたが誰も出てこないので、供人に謡わせた歌。夜明けの霧の立ちこめる空に迷いながらも、通り過ぎがたいあなたの家の門であることよ。
修辞
- 掛詞
- 「まよひ」に、霧が立ち迷う意と、心が迷う意を重ねる。
立ちとまり霧のまがきのすぎうくは草のとざしにさはりしもせじ
- 詠者
- 女の家の下仕え
- 状況
- 源氏の歌に、女の家の下仕えが言いかけた返歌。立ち止まって、霧の立つ垣根を通り過ぎにくいのでしたら、草の戸がお邪魔になることもないでしょうに。
修辞
- 応答
- 「行き過ぎがたき」を受けて「すぎうくは」と返し、それほどなら入っていらっしゃればよいのに、と誘いながら切り返す。
解説
源氏が帰り道に別の女の門をたたく場面は、源氏の色好みの性格を示すとともに、少女との関係がまだ恋とは呼べないものであることを示している。源氏にとって少女は、恋の相手というより、育てる相手として描かれる。
少女の着物にしみた源氏の移り香に父宮が気づく場面は、緊張をはらんでいる。宮は源氏の訪問を知らないが、少女の身辺に何か変化があったことを感じ取っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、108–113頁(コマ56–58)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日