古典ライブラリー

源氏物語 第5帖 若紫(11)

尼君の病を見舞う

登場人物:光源氏・尼君・若紫・惟光・少納言の乳母・僧都

秋の末、忍び歩きの途中で、源氏は尼君が六条京極の荒れた邸に戻って重い病にあると聞き、見舞いに立ち寄る。尼君は、少女が年ごろになったら源氏の妻の一人に数えてほしいと頼む。そこへ少女が「源氏の君がいらしたの」と無邪気に言いながらやってくる。その後、尼君は北山に移り、九月二十日ごろに亡くなる。源氏は、紫草の根に通う若草を早く手に入れたいという歌を詠む。

時雨の降る秋の夜、荒れはてた古い邸の南の廂で、几帳ごしに病の尼君を見舞う若い貴公子と、奥から駆けてくる幼い少女の場面(AI生成)
時雨の降る秋の夜、荒れはてた古い邸の南の廂で、几帳ごしに病の尼君を見舞う若い貴公子と、奥から駆けてくる幼い少女の場面
  1. 1かのかのかの山寺やまでら山寺やまでらやまでらののの人ひと人ひとひとはははよろしうよろしうよろしゅうなりなりなりててて出い出いいででで給たま給たまたまひひいにににけりけりけり。。。京きやう京きやうきょうののの御おん御おんおんすみかすみかすみか尋たづ尋たづたずねねねててて時々ときどき時々ときどきときどきののの御おん御おんおんせうそこせうそこしょうそこなどなどなどありありあり。。。同おな同おなおなじじじさまさまさまにににのみのみのみあるあるあるもももことわりことわりことわりなるなるなるうちうちうちににに、、、このこのこの月比つきごろ月比つきごろつきごろはははありありありしししにににまさるまさるまさる物思ものおも物思ものおもものおもひひいににに異事ことごと異事ことごとことごとなくなくなくててて過す過すすぎぎぎ行ゆ行ゆゆくくく。。。
  2. 2秋あき秋あきあきののの末すゑ末すゑすえつかたつかたつかたいといといとものものもの心こころ心こころこころぼそくぼそくぼそくててて歎なげ歎なげなげききき給たま給たまたまふふう。。。月つき月つきつきをかしきをかしきおかしき夜よ夜よよ忍しの忍しのしのびびびたるたるたる所ところ所ところところににに辛から辛からからうじてうじてうじて思おも思おもおもひひい立た立たたちちち給たま給たまたまへへえるるるををを、、、時雨しぐれ時雨しぐれしぐれめいめいめいてててうちうちうちそゝぐそゝぐそそぐ。。。
  3. 3おはするおはするおわする所ところ所ところところははは六條京極ろくでうきやうごく六條京極ろくでうきやうごくろくじょうきょうごくわたりわたりわたりにてにてにて、、、內うち內うちうちよりよりよりなれなれなればばば少すこ少すこすこししし程ほど程ほどほど遠とほ遠とほとおききき心こころ心こころこころちちちするするするににに、、、荒あ荒ああれれれたるたるたる家いへ家いへいえののの木立こだち木立こだちこだちいといといとものものものふりふりふりてててこぐらうこぐらうこぐろう見み見みみえええたるたるたるありありあり。。。
  4. 4例れい例れいれいののの御供おほんとも御供おほんともおおんともににに離はな離はなはなれれれぬぬぬ惟光これみつ惟光これみつこれみつなむなむなん「「「故こ故ここ按察あぜち按察あぜちあぜち大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんののの家いへ家いへいえににに侍はべ侍はべはべりりり。。。一日ひとひ一日ひとひひとひ物もの物ものもののののたよりたよりたよりにににとぶらひとぶらひとぶらいててて侍はべ侍はべはべりりりしかしかしかばばば、、、かのかのかの尼上あまうへ尼上あまうへあまうえいたういたういとうよわりよわりよわり給たま給たまたまひひいにににたれたれたればばば何事なにごと何事なにごとなにごとももも覺おぼ覺おぼおぼえええずずずとととなむなむなん申まう申まうもうしししててて侍はべ侍はべはべりりりししし」」」ととと聞きこ聞きこきこゆれゆれゆればばば、、、
  5. 5「「「あはれあはれあわれのののことことことややや。。。とぶらふとぶらふとぶらうべかりべかりべかりけるけるけるをををなどなどなどかかかさささなむなむなんとととももも物もの物ものものせせせざりざりざりししし。。。入い入いいりりりててて消せう消せうしょうそこそこそこせよせよせよ」」」とととののの給のたま給のたまのたまへへえばばば、、、人ひと人ひとひと入い入いいれれれてててあないあないあないせせせさすさすさす。。。
  6. 6「「「わざとわざとわざとかくかくかく立た立たたちちち寄よ寄よよりりり給たま給たまたまへへえるるる事こと事ことこと」」」ととと言い言いいははわせせせたれたれたればばば、、、入い入いいりりりててて「「「かくかくかく御おん御おんおんとぶらひとぶらひとぶらいににになむなむなんおはしましおはしましおわしましたるたるたる」」」ととといふいふいうににに、、、驚おどろ驚おどろおどろきききててて、、、
  7. 7「「「いといといとかたはらいたきかたはらいたきかたわらいたきことことことかなかなかな。。。このこのこの日ひ日ひひごろごろごろむげにむげにむげにいといといとたのもしげたのもしげたのもしげなくなくなくならならならせせせ給たま給たまたまひひいにににたれたれたればばば御おん御おんおん對たい對たいたいめんめんめんなどなどなどもももあるあるあるまじまじまじ」」」ととといへいへいえどもどもども、、、「「「返かへ返かへかえししし奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんはははかしこしかしこしかしこし」」」とととててて南みなみ南みなみみなみののの廂ひさし廂ひさしひさしひきひきひきつくろひつくろひつくろいててて入い入いいれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。
  8. 8「「「いといといとむつかしげむつかしげむつかしげににに侍はべ侍はべはべれれれどどどかしこまりかしこまりかしこまりをををだにだにだにとととてててなむなむなん。。。ゆくりなうゆくりなうゆくりのう物もの物ものもの深ぶか深ぶかぶかきききおましおましおまし所どころ所どころどころににになむなむなん」」」ととと聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。げにげにげにかゝるかゝるかかる所ところ所ところところははは例れい例れいれいににに違たが違たがたがひひいててておぼさおぼさおぼさるるる。。。
  9. 9「「「常つね常つねつねににに思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえ立た立たたちちちながらながらながら、、、かひなきかひなきかいなきさまさまさまにににのみのみのみもてなさもてなさもてなさせせせ給たま給たまたまふふうにににつゝまつゝまつつまれれれ侍はべ侍はべはべりりりてててなむなむなん。。。惱なや惱なやなやままませせせ給たま給たまたまふふうことことことをををもももかくかくかくともともともうけうけうけ給たま給たまたまはらはらわらざりざりざりけるけるけるおぼつかなさおぼつかなさおぼつかなさ」」」などなどなど聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。
  10. 10「「「みだりみだりみだり心こころ心こころこころちちちはははいついついつともともともなくなくなくのみのみのみ侍はべ侍はべはべるるる限かぎり限かぎりかぎりのののさまさまさまににになりなりなり侍はべ侍はべはべりりりててていといといとかたじけなくかたじけなくかたじけなく立た立たたちちち寄よ寄よよらららせせせ給たま給たまたまへへえるるるににに、、、みづからみづからみずから聞きこ聞きこきこえええさせさせさせぬぬぬ事こと事ことこと、、、のたまはするのたまはするのたまわする事こと事ことことのののすぢすぢすじ、、、たまさかたまさかたまさかににに覺おぼ覺おぼおぼしめししめししめしかはらかはらかわらぬぬぬやうやうよう侍はべ侍はべはべらららばばば、、、
  11. 11かくかくかくわりなきわりなきわりなき齡よはひ齡よはひよわい過す過すすぎぎぎににに侍はべ侍はべはべりりりててて必かなら必かならかならずずずかずかずかずまへまへまえさせさせさせ給たま給たまたまへへえ。。。いみじくいみじくいみじく心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそげげげににに見み見みみ給たま給たまたまへへえおくおくおくなむなむなん願ねが願ねがねがひひい侍はべ侍はべはべるるる道みち道みちみちのののほだしほだしほだし思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえられられられぬぬぬべきべきべき」」」などなどなど聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえりりり。。。
  12. 12いといといと近ちか近ちかちかけれけれければばば心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそげげげなるなるなる御おん御おんおん聲こゑ聲こゑこえ絕た絕たたえええ絕だ絕だだえええ聞きこ聞きこきこえええててて「「「いといといと忝かたじけな忝かたじけなかたじけなきききわざわざわざにににももも侍はべ侍はべはべるるるかなかなかな。。。このこのこの君きみ君きみきみだにだにだにかしこまりかしこまりかしこまりももも聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいつつつべきべきべき程ほど程ほどほどならならならましかましかましかばばば」」」とととののの給のたま給のたまのたまふふう
  13. 13あはれあはれあわれににに聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててて、、、「「「何なに何なになにかかか淺あさ淺あさあさくくく思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえむむんことことことゆゑゆゑゆえかうかうこうすきずきしきすきずきしきすきずきしきさまさまさまををを見み見みみえええ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむん。。。いかなるいかなるいかなる契ちぎり契ちぎりちぎりにににかかか、、、見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりそめそめそめしししよりよりより哀あはれ哀あはれあわれににに思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこゆるゆるゆるもももあやしきあやしきあやしきまでまでまで、、、このこのこの世よ世よよののの事こと事ことことにににははは覺おぼ覺おぼおぼえええ侍はべ侍はべはべらららぬぬぬ」」」などなどなどののの給のたま給のたまのたまひひいててて、、、
  14. 14「「「かひなきかひなきかいなき心地ここち心地ここちここちのみのみのみししし侍はべ侍はべはべるるるををを、、、かのかのかのいはけなういはけなういわけのうものしものしものし給たま給たまたまふふう御おん御おんおん一ひと一ひとひと聲こゑ聲こゑこえいかでいかでいかでかかか」」」とととののの給のたま給のたまのたまへへえばばば、、、「「「いでやいでやいでやよろづよろづよろずおもほしおもほしおもおし知し知ししらららぬぬぬさまさまさまにににおほとのごもりおほとのごもりおおとのごもり入い入いいりりりててて」」」などなどなど聞きこ聞きこきこゆるゆるゆる折をり折をりおりしもしもしも、、、
  15. 15あなたあなたあなたよりよりよりくるくるくる音おと音おとおとしししててて「「「うへうへうえこそこそこそ、、、このこのこの寺てら寺てらてらにににありありありししし源氏げんじ源氏げんじげんじののの君きみ君きみきみこそこそこそおはしおはしおわしたたたなれなれなれ。。。などなどなど見み見みみ給たま給たまたまははわぬぬぬ」」」とととのたまふのたまふのたまうををを、、、人々びと人々びとびといといといとかたはらいたしかたはらいたしかたわらいたしととと思おも思おもおもひひいててて「「「あなかまあなかまあなかま」」」ととときこゆきこゆきこゆ。。。
  16. 16「「「いさいさいさ見み見みみしかしかしかばばば心地ここち心地ここちここちのののあしさあしさあしさ慰なぐさ慰なぐさなぐさめめめきききとととののの給のたま給のたまのたまひひいしかしかしかばばばぞぞぞかしかしかし」」」ととと、、、かしこきかしこきかしこきことことこと聞き聞ききききき得え得ええたりたりたりとととおぼしおぼしおぼしてててののの給のたま給のたまのたまふふう。。。
  17. 17いといといとをかしをかしをかしととと聞き聞きききききたまへたまへたまえどどど、、、人々びと人々びとびとののの苦くる苦くるくるしししととと思おも思おもおもひひいたれたれたればばば、、、聞き聞ききかかかぬぬぬやうやうようにてにてにてまめやかまめやかまめやかなるなるなる御おん御おんおんとぶらひとぶらひとぶらいををを聞きこ聞きこきこえええ置お置おおききき給たま給たまたまひひいてててかへりかへりかえり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。げにげにげにいふいふいうがががひひひなななのののけはひけはひけわいややや。。。さりともさりともさりともいといといとようようよう敎をし敎をしおしへへへてててむむんとととおぼすおぼすおぼす。。。
  18. 18またまたまたののの日ひ日ひひもももいといといとまめやかまめやかまめやかにににとぶらひとぶらひとぶらい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。例れい例れいれいのののちひさくちひさくちいさくててて、、、「「「いはけなきいはけなきいわけなきたづたづたずののの一ひと一ひとひと聲こゑ聲こゑこえ聞き聞きききききしししよりよりよりあしまあしまあしまににになづむなづむなずむ舟ふね舟ふねふねぞぞぞえええならならならぬぬぬ。。。同おな同おなおなじじじ人ひと人ひとひとにににややや」」」ととと、、、殊更ことさら殊更ことさらことさらをさなくをさなくおさなく書か書かかきききなしなしなし給たま給たまたまへへえるるるもももいみじういみじういみじゅうをかしげをかしげおかしげなれなれなればばば、、、「「「やがてやがてやがて御おん御おんおん手本てほん手本てほんてほんににに」」」ととと人々びと人々びとびときこゆきこゆきこゆ。。。
  19. 19少納言せうなごん少納言せうなごんしょうなごんぞぞぞ聞きこ聞きこきこえええたるたるたる。。。「「「問と問ととはははせせせ給たま給たまたまへへえるるるははは今日けふ今日けふきょうをををもももすぐしすぐしすぐし難がた難がたがたげげげなるなるなるさまさまさまにてにてにて山寺やまでら山寺やまでらやまでらににに罷まか罷まかまかりりりわたるわたるわたる程ほど程ほどほどにてにてにて、、、かうかうこう問と問ととはははせせせ給たま給たまたまへへえるるるかしこまりかしこまりかしこまりはははこのこのこの世よ世よよならならならでででももも聞きこ聞きこきこえええさせさせさせむむん」」」とととありありあり。。。いといといとあはれあはれあわれとととおぼすおぼすおぼす。。。
  20. 20秋あき秋あきあきののの夕ゆふべ夕ゆふべゆうべはははましてましてまして心こころ心こころこころのののいとまいとまいとまなくなくなくのみのみのみ覺おぼ覺おぼおぼししし亂みだ亂みだみだるゝるゝるる人ひと人ひとひとののの御おん御おんおんあたりあたりあたりににに心こころ心こころこころをををかけかけかけててて、、、あながちあながちあながちなるなるなるゆかりゆかりゆかりももも尋たづ尋たづたずねねねまほしきまほしきまほしき心こころ心こころこころももも增まさ增まさまさりりり給たま給たまたまふふうなるなるなるべしべしべし。。。
  21. 21「「「消き消ききえええむむん空そら空そらそらなきなきなき」」」とととありありありししし夕ゆふ夕ゆふゆうべべべおぼしおぼしおぼし出い出いいでででられられられててて、、、戀こひ戀こひこいしくしくしくもももまたまたまた見み見みみ劣おと劣おとおとりりりやややせせせむむんとととさすがにさすがにさすがにあやふしあやふしあやうし。。。「「「手て手ててにににつみつみつみててていつしかいつしかいつしかももも見み見みみむむん紫むらさき紫むらさきむらさきのののねねねにににかよひかよひかよいけるけるける野邊のべ野邊のべのべのののわかわかわか草くさ草くさくさ」」」。。。
  22. 22十月かみなづき十月かみなづきかんなづきににに朱雀院すざくゐん朱雀院すざくゐんすざくいんのののあるあるあるべしべしべし。。。まひまひまい人びと人びとびとなどなどなどやんごとなきやんごとなきやんごとなき家いへ家いへいえののの子こ子ここどもどもども上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめ殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとどもどもどもなどなどなどもももそのそのその方かた方かたかたにににつきづきしきつきづきしきつきづきしきははは皆みな皆みなみなえらえらえらせせせたまへたまへたまえれれればばば、、、みこみこみこたちたちたち大臣おとど大臣おとどおとどよりよりより初はじ初はじはじめめめてててとりどりとりどりとりどりのののざえざえざえどもどもども習なら習ならならひひい給たま給たまたまふふういとなしいとなしいとなし。。。
  23. 23山里人やまざとびと山里人やまざとびとやまざとびとにににももも久ひさ久ひさひさしうしうしゅう音おと音おとおとづれづれずれ給たま給たまたまははわざりざりざりけるけるけるをををおぼしおぼしおぼし出い出いいでゝでゝでて、、、ふりはへふりはへふりはえ遣つかは遣つかはつかわしししたりたりたりけれけれければばば、、、僧都そうづ僧都そうづそうずのののかへりごとかへりごとかえりごとのみのみのみありありあり。。。
  24. 24「「「立た立たたちちちぬるぬるぬる月つき月つきつきののの廿日はつか廿日はつかはつかのののほどほどほどににになむなむなん遂つひ遂つひついににに空むな空むなむなしくしくしく見み見みみ給たま給たまたまへへえなしなしなしててて、、、せけんせけんせけんのののだうりだうりどうりなれなれなれどどど悲かなし悲かなしかなしびびび思おも思おもおもひひい給たま給たまたまふるふるうる」」」などなどなどあるあるあるををを見み見みみ給たま給たまたまふふうににに、、、世よ世よよののの中なか中なかなかのののはかなきはかなきはかなきももも哀あはれ哀あはれあわれににに後うしろ後うしろうしろめたげめたげめたげににに思おも思おもおもへへえりりりししし人ひと人ひとひともももいかならいかならいかならむむん、、、
  25. 25幼をさな幼をさなおさなききき程ほど程ほどほどににに戀こ戀ここひひいやややすすすらむらむらん、、、故こ故ここみやすどころみやすどころみやすどころににに後おく後おくおくれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりしししなどなどなど、、、はかばかしからはかばかしからはかばかしからねねねどどど思おも思おもおもひひい出い出いいでゝでゝでて淺あさ淺あさあさからからからずずずとぶらひとぶらひとぶらい給たま給たまたまへへえりりり。。。少納言せうなごん少納言せうなごんしょうなごんゆゑゆゑゆえなからなからなからずずず御おん御おんおん返かへ返かへかえりりりなどなどなど聞きこ聞きこきこえええたりたりたり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

あの山寺の人(尼君)は、病気が少しよくなって山を出なさった。源氏は京のお住まいを尋ねて、時々お便りなどをなさる。いつも同じようなご返事ばかりなのも無理はないうえに、この数か月は、以前にまさる物思いに、ほかのことは考えられずに過ぎていく。

秋の末ごろ、源氏はたいそう心細くお嘆きになる。月の美しい夜、忍んで通う所に、やっと出かける気になりなさったところ、時雨めいて雨が降りそそぐ。おいでになる所は六条京極あたりで、宮中から行くので少し遠い気がするが、その途中に、荒れた家で木立がたいそう古びて、木暗く見える所がある。

いつもお供から離れない惟光が、「故按察大納言の家でございます。先日、ついでがありまして見舞いましたところ、あの尼上はひどく衰弱なさっていて、何もわからないと申しておりました」と申し上げると、源氏は「気の毒なことだ。お見舞いすべきだったのに、どうしてそうと知らせなかったのだ。入って挨拶せよ」とおっしゃるので、惟光は人を入れて取り次ぎをさせる。

「わざわざこうしてお立ち寄りになったのです」と言わせたので、使いの者が入って「こうしてお見舞いにおいでになりました」と言うと、女房たちは驚いて、「たいそう困ったことですね。この数日、すっかり弱っておしまいになったので、ご対面などもできないでしょう」と言うけれども、「お帰し申し上げるのは恐れ多い」と言って、南の廂の間を片付けてお入れ申し上げる。

「たいそうむさくるしい所ですが、せめてお礼だけでもと思いまして。思いがけず、奥まったご座所で」と申し上げる。本当に、こうした所はいつもと違うとお思いになる。源氏は「いつもお見舞いしようと思い立ちながら、いつもかいのないお扱いをなさるので遠慮いたしまして。ご病気のことも、それほどとはうかがっておりませんでした心もとなさで」などと申し上げなさる。

尼君は「病気はいつものことでございますが、もう最期の様子になりまして、たいそうもったいなくもお立ち寄りくださいましたのに、自分でお礼を申し上げられないことで。おっしゃってくださいましたこと、もし万一お気持ちがお変わりにならないようでしたら、このように無理な年ごろを過ぎましてから、必ず妻のお一人に数えてくださいませ。ひどく心細い有様で残していきますのが、願っております往生の妨げになるように思われまして」などと、女房を通して申し上げなさった。

たいそう近いので、心細そうなお声が途切れ途切れに聞こえて、「たいそうもったいないことでございます。せめてこの子が、お礼を申し上げられるほどの年でしたら」とおっしゃる。源氏はしみじみとお聞きになって、「どうして浅い気持ちで、こうして好色めいた様子をお見せしましょう。どういう前世の縁でしょうか、お見かけしてから、いとしく思い申し上げるのも不思議なほどで、この世だけのこととは思われません」などとおっしゃって、「来たかいもない気がしますので、あの幼くていらっしゃる方のお声を、一声だけでも何とか」とおっしゃると、

女房が「いえいえ、何もわからないご様子で、お休みになってしまって」などと申し上げるちょうどその時、あちらから来る足音がして、「おばあさま、あのお寺にいた源氏の君がいらしたんですって。どうしてお会いにならないの」とおっしゃるのを、女房たちはたいそう困ったことだと思って、「お静かに」と申し上げる。少女は「だって、会ったら気分の悪いのがよくなったって、おっしゃったんですもの」と、いいことを聞いて知っているとお思いになっておっしゃる。

源氏はたいそうかわいらしいとお聞きになるが、女房たちが困っているので、聞こえないふりをして、心のこもったお見舞いの言葉を申し上げおいてお帰りになった。本当に、まだ聞き分けのない様子だな、それでもよく教え育てようとお思いになる。

翌日も、たいそう丁寧にお見舞い申し上げなさる。いつものように小さく結んで、「幼い鶴の一声を聞いてから、葦の間で進みかねる舟のように、私の思いはどうにもなりません。同じ人に(いつまでも恋い続けるのでしょうか)」と、わざと子どもらしくお書きになっているのも、たいそう美しいので、女房たちは「このままお手本に」と申し上げる。

少納言がご返事を申し上げた。「お見舞いくださいました尼君は、今日一日さえ過ごせそうにない様子で、山寺に移るところでして。こうしてお見舞いくださったお礼は、あの世からでも申し上げましょう」とある。源氏はたいそう気の毒にお思いになる。

秋の夕暮れは、まして心の休まる時もなく思い乱れていらっしゃる方(藤壺)のことに心をかけて、無理にでもそのゆかりの人を手に入れたいという気持ちも、いっそうまさりなさるのだろう。尼君が「消えむ空なき」と詠んだあの夕暮れをお思い出しになって、恋しくもあり、また、実際に引き取ったら見劣りするのではないかと、さすがに不安でもある。「手に摘んで、早く見たいものだ、紫草の根につながる野辺の若草を」。

十月に朱雀院への行幸があることになった。舞人などには、高貴な家の子弟や、上達部、殿上人などの中から、その方面にふさわしい人はみな選ばれなさったので、親王たちや大臣をはじめとして、それぞれの芸を習いなさるのに忙しい。

源氏は、山里の人にも長くお便りをなさらなかったことを思い出しなさって、わざわざ使いをおやりになったところ、僧都のご返事だけがある。「先月の二十日ごろに、とうとう亡くなりまして、世の中の道理とはいえ、悲しく存じております」などとあるのをご覧になると、世の中のはかなさもしみじみと感じられ、尼君が気がかりそうに思っていた少女もどうしているだろう、幼い心にも恋しがっているだろうか、自分も母の御息所に先立たれ申し上げたのだったなど、はっきりとではないが思い出して、心をこめてお見舞いをなさった。少納言が、たしなみのあるご返事などを申し上げた。

意訳

秋の末、源氏は荒れた邸に戻っていた尼君を見舞う。死期を悟った尼君は、少女が年ごろになったら妻の一人に数えてほしいと、源氏に頼む。

そこへ少女が「源氏の君がいらしたんですって」と無邪気に駆けこんでくる。源氏に会うと気分がよくなると聞いて、祖母に会わせたいのである。幼い少女の素直な言葉に、源氏はほほえむ。

尼君は北山に移り、九月二十日ごろに亡くなる。源氏は、藤壺のゆかりの少女を「紫のねにかよひける野辺のわか草」と詠み、早く手もとに引き取りたいと願う。この歌が巻名「若紫」の由来とされる。

語釈・文法注

朱雀院の行幸
帝が上皇の御所である朱雀院に出向いて、上皇の長寿を祝うこと。この行幸のようすは、次の紅葉賀の巻で描かれる。

文法

反実仮想の「ましかば」(聞え給ひつべき程ならましかば)
「…ほどの年であったなら(よかったのに)」。
強意+推量の「てむ」(敎へてむ)
「きっと教え育てよう」。強い意志を表す。
推量の「らむ」(戀ひやすらむ)
「恋しがっているだろうか」。目の前にないことを推し量る。

和歌

いはけなきたづの一聲聞きしよりあしまになづむ舟ぞえならぬ

詠者
光源氏
状況
尼君を見舞った翌日、少女にあてて、わざと子どもらしく書いて贈った歌。幼い鶴の一声(少女の声)を聞いてから、葦の間で進みかねる舟のように、私の思いはどうにもなりません。

修辞

比喩
少女の無邪気な声を「たづ(鶴)の一聲」に、思うようにならない自分を「あしまになづむ舟」にたとえる。

手につみていつしかも見む紫のねにかよひける野邊のわか草

詠者
光源氏
状況
秋の夕暮れ、藤壺を思うにつけて、そのゆかりの少女を早く手もとに置きたいと思って詠んだ歌。手に摘んで、早く見たいものだ、紫草の根につながる野辺の若草を。

修辞

縁語・比喩
「紫」は藤壺(藤の花の紫)を、「ね(根)」は血のつながりを、「わか草」は少女を表す。紫草の根から染料をとることから、「紫のゆかり」という言葉が生まれた。巻名「若紫」はこの歌に由来するとされる。

解説

死を前にした尼君が、少女の将来を源氏に託す場面である。尼君は、源氏の申し出を「年ごろになったら」という条件つきで受け入れる。源氏はこの言葉を、少女を引き取る根拠にしていく。

「手につみて」の歌は、若紫の巻の中心となる歌である。紫草の根は紫色の染料になり、その根から生えた若草も同じ根につながっている。藤壺(紫)とその姪の少女(若草)の血のつながりを、紫草の根にたとえている。のちに「紫のゆかり」という言葉が生まれ、少女は「紫の上」と呼ばれるようになる。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、104–107頁(コマ54–55)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日