源氏物語 第5帖 若紫(9)
尼君との文のやりとり
源氏は少女が藤壺のゆかりであることを思い、何とか引き取りたいと考える。翌日、尼君と僧都に手紙を送り、少女あての小さな結び文には歌を添える。尼君は、少女はまだ手習いもろくにできないと断り、源氏は惟光を北山に遣わして少納言の乳母と話をさせる。尼君は、病が少しよくなったら京の邸に戻ってから返事をすると伝える。

- 1かのかのかの若草若草わかくさののの生生おひひい出出いでででむむんほどほどほどののの猶猶なおゆかしきゆかしきゆかしきををを似似にげなきげなきげなき程程ほどととと思思おもへへえりりりしししもももことわりことわりことわりぞぞぞかしかしかし、、、いひいひいいよりよりより難難がたききき事事ことにににもももあるあるあるかなかなかな、、、いかにいかにいかに構構かまへへえててて唯唯ただ心心こころやすくやすくやすく迎迎むかへへえ取取とりりりてててあけくれあけくれあけくれのののなぐさめなぐさめなぐさめにににももも見見みむむん、、、
- 2兵部卿兵部卿ひょうぶきょうののの宮宮みやはははいといといとあてあてあてににになまめいなまめいなまめい給給たまへへえれれれどどど匂匂におひひいやかやかやかににになどなどなどもももあらあらあらぬぬぬをををいかでいかでいかでかのかのかのににに覺覺おぼえええ給給たまひひいつつつらむらむらん、、、ひとつひとつひとつなれなれなればばばにににやややなどなどなどおもほすおもほすおもおす。。。
- 3ゆかりゆかりゆかりいといといとむつまじきむつまじきむつまじきににに、、、いかでいかでいかでかかかととと深深ふこうううおもほすおもほすおもおす。。。
- 4又又またののの日日ひ御文御文ふみ奉奉たてまつれれれ給給たまへへえりりり。。。僧都僧都そうずにににもももほのめかしほのめかしほのめかし給給たまふふうべしべしべし。。。尼上尼上あまうえにににははは、、、「「「もてもてもてはなれはなれはなれたりたりたりししし御御おん氣色氣色けしきのののつゝましさつゝましさつつましさににに思思おもひひい給給たまふるふるうるさまさまさまをををもももえええ顯顯あらわしししはてはてはて侍侍はべらららずずずなりなりなりにににしししをををなむなむなん
- 5かばかりかばかりかばかり聞聞きこゆるゆるゆるにににてててももも、、、おしおしおしなべなべなべたらたらたらぬぬぬ志志こころざしののの程程ほどををを御覽御覽ごらんじじじしらしらしらばばばいかにいかにいかに嬉嬉うれしうしうしゅう」」」などなどなどありありあり。。。
- 6なかなかなかにににちひさくちひさくちいさく引引ひききき結結むすびびびててて、、、「「「面面おもかげかげかげははは身身みをををもももはなれはなれはなれずずず山櫻山櫻やまざくら心心こころのののかぎりかぎりかぎりとめとめとめてててこここしかしかしかどどど。。。よよよのののまままののの風風かぜももも後後うしろめたくめたくめたくなむなむなん」」」とととありありあり。。。
- 7御手御手てなどなどなどはははさるさるさるものものものにてにてにて、、、唯唯ただはかなうはかなうはかのうおしおしおし包包つつみみみ給給たまへへえるるるさまさまさまももも、、、さださださだすぎすぎすぎたるたるたる御御おんめめめどもどもどもにににははは目目めもももあやあやあやにににこのましうこのましうこのましゅう見見みゆゆゆ。。。あなあなあなかたはらいたかたはらいたかたわらいたややや、、、いかゞいかゞいかが聞聞きこえええむむんとととおぼしおぼしおぼしわづらふわづらふわずらう。。。
- 8「「「ゆくてゆくてゆくてののの御御おん事事ことはははなほざりなほざりなおざりにににももも思思おもひひい給給たまへへえなさなさなされれれしししををを、、、ふりはへふりはへふりはえさせさせさせ給給たまへへえるるるににに聞聞きこえええさせさせさせむむんかたかたかたなくなくなくなむなむなん。。。まだまだまだをををだにだにだにはかばかしうはかばかしうはかばかしゅう續續つづけけけ侍侍はべらららざざざめれめれめればばばかひかひかいなくなくなくなむなむなん。。。
- 9さてもさてもさてもあらしあらしあらしふくふくふく尾上尾上おのえののの櫻櫻さくら散散ちらららぬぬぬまままををを心心こころとめとめとめけるけるけるほどほどほどのののはかなさはかなさはかなさ。。。いとゞいとゞいとどうしろめたううしろめたううしろめとう」」」とととありありあり。。。
- 10僧都僧都そうずののの御御おんかへりかへりかえりももも同同おなじじじさまさまさまなれなれなればばば口口くち惜惜おしくしくしくててて、、、二三日二三日ふつかみかありありありててて惟光惟光これみつをををぞぞぞ奉奉たてまつれれれ給給たまふふう。。。「「「少納言少納言しょうなごんのののめのとめのとめのとととといふいふいう人人ひとあああべしべしべし。。。尋尋たずねねねててて委委くわしくしくしく語語かたらへらへらえ」」」などなどなどのたまひのたまひのたまいしらすしらすしらす。。。
- 11さささもももかゝらかゝらかからぬぬぬ隈隈くまなきなきなき御心御心みこころかなかなかな。。。さばかりさばかりさばかりいはけなげいはけなげいわけなげなりなりなりしししけはひけはひけわいをををまほまほまほならならならねねねどもどもども見見みししし程程ほどををを思思おもひひいやるやるやるもももをかしをかしをかし。。。
- 12わざとわざとわざとかうかうこう御文御文ふみあるあるあるををを僧都僧都そうずもももかしこまりかしこまりかしこまり聞聞きこえええ給給たまふふう。。。少納言少納言しょうなごんにににせうそこせうそこしょうそこしししてててあひあひあいたりたりたり。。。委委くわしくしくしくおもほしおもほしおもおしのたまふのたまふのたまうさまさまさま大方大方おおかたののの御御おん有樣有樣ありさまなどなどなど語語かたるるる。。。
- 13詞詞ことば多多おおかるかるかる人人ひとにてにてにてつきづきしうつきづきしうつきづきしゅう言言いひひい續續つづくれくれくれどどど、、、いといといとわりなきわりなきわりなき御御おんほどほどほどをををいかにいかにいかにおぼすおぼすおぼすにににかかかとととゆゝしうゆゝしうゆゆしゅうなむなむなん誰誰たれももも誰誰たれもももおぼしおぼしおぼしけるけるける。。。
- 14御文御文ふみにににもももいといといと懇懇ねんごろににに書書かいいい給給たまひひいててて、、、「「「かのかのかの御御おんなむなむなん猶猶なお見見み給給たまへへえまほしきまほしきまほしき」」」とととててて、、、例例れいののの中中なかなるなるなるにににははは、、、「「「あさかあさかあさか山山やまあさくあさくあさくももも人人ひとをををおもはおもはおもわぬぬぬににになどなどなど山山やまののの井井いのののかけはなるかけはなるかけはなるらむらむらん」」」。。。
- 15御御おんかへしかへしかへし「「「汲汲くみみみそめそめそめてててくやしくやしくやしととと聞聞ききききししし山山やまののの井井いののの淺淺あさきききながらながらながらやややかげかげかげををを見見みすすすべきべきべき」」」。。。
- 16惟光惟光これみつももも同同おなじじじ事事ことをををきこゆきこゆきこゆ。。。「「「このこのこの煩煩わずらひひい給給たまふふう事事ことよろしくよろしくよろしくはははこのこのこのごろごろごろすぐしすぐしすぐしててて京京きょうののの殿殿とのににに渡渡わたりりり給給たまひひいてててなむなむなん聞聞きこえええさすさすさすべきべきべき」」」とととあるあるあるををを、、、心心こころもとなうもとなうもとのうおもほすおもほすおもおす。。。
現代語訳
あの若草が成長していく様子がやはり見たいのだが、尼君が不釣り合いな年ごろだと思っていたのももっともなことだ、言い寄りにくいことでもあるな、何とか工夫して、ただ気楽に迎え取って、明け暮れの慰めにも見ていたい、兵部卿宮はたいそう上品で優美でいらっしゃるが、つややかな美しさなどはおありにならないのに、どうしてあの一族の方(藤壺)に似ていらっしゃるのだろう、同じ后腹の兄妹だからだろうか、などとお思いになる。藤壺のゆかりとして、たいそう慕わしいので、何とかしてと深くお思いになる。
翌日、源氏はお手紙を差し上げなさった。僧都にもそれとなく申し上げなさったのだろう。尼上には、「よそよそしかったご様子に気おくれして、思っておりますことも十分に申し上げきれずに終わってしまいました。これほど申し上げるのにつけても、並々でない私の志のほどをおわかりいただけたら、どんなにうれしいでしょう」などと書いてある。
その中に小さく結んで、「山桜の面影は身を離れません。心のありったけを、あちらに置いてきたのですが。夜の間の風(で桜が散ること)も気がかりで」と書いてある。ご筆跡などはもちろんのこと、ただ何気なく包んでいらっしゃる様子も、盛りを過ぎた老女房たちの目には、まぶしいほどすばらしく見える。尼君は、まあ困ったこと、どうご返事しようとお悩みになる。
「通りすがりのお話は、いいかげんにお聞きしておりましたのに、わざわざお便りをくださいましたので、ご返事の申し上げようもございません。孫娘はまだ『難波津』の歌さえ、ろくに続けて書けないようですので、かいのないことです。それにしても、嵐の吹く峰の桜が散らない間だけ、心をおとめになったとは、はかないことです。いっそう気がかりで」と書いてある。
僧都のご返事も同じようなので、源氏は残念に思って、二、三日たってから、惟光をお遣わしになる。「少納言の乳母という人がいるはずだ。訪ねて詳しく相談せよ」などと言いふくめなさる。惟光は、なんとも抜け目のないお心だなあ、あれほど幼げだった様子を、はっきりではないがちらりと見たのを思い出しても、おかしいと思う。
わざわざこうしてお手紙があるので、僧都も恐縮申し上げなさる。惟光は少納言に取り次ぎを頼んで会った。源氏が詳しくお思いになっておっしゃる様子や、ふだんのご様子などを話す。口数の多い人なので、もっともらしく言い続けるが、たいそう幼い年ごろの姫君を、どうお思いなのだろうと、誰もがみな不吉なことのように思うのだった。
お手紙にも、たいそう心をこめてお書きになって、「あの方の一字ずつ離して書いたお手習いを、やはり拝見したいのです」と言って、いつものように中に入れた結び文には、「浅香山の名のように浅くは思っていないのに、どうして山の井の水に影が映らないように、離れていらっしゃるのでしょう」。ご返事は、「汲みはじめて後悔したと聞く山の井のように浅いお心のままで、影をお見せしてよいものでしょうか」。
惟光も、乳母から同じことを聞いて源氏に申し上げる。「尼君のご病気が少しよくなったら、しばらくしてから京のお邸にお移りになって、そのうえでご返事申し上げましょう」とあるのを、源氏はじれったくお思いになる。
意訳
源氏が少女にこだわる理由は、少女が藤壺のゆかりだからである。兵部卿宮と藤壺は同じ后を母とする兄妹で、少女はその兄の娘にあたる。
源氏は尼君に手紙を送り、少女あての結び文に歌を添える。尼君は、源氏の気持ちはすぐ変わるだろうと、たくみに歌で切り返す。源氏は惟光を北山に遣わし、少女の世話役の少納言の乳母を味方につけようとする。
語釈・文法注
- ひとぞう
- 一族(ひとぞう)。同じ血筋の人。ここでは藤壺。
- きさいばら
- 后腹(きさいばら)。后の生んだ子。兵部卿宮と藤壺は、ともに先帝の后の子で、同じ母をもつ兄妹である。
- なにはづ
- 「難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花」の歌。手習いの初めに習う歌だった。
- はなちがき
- 放ち書き。字を一字ずつ離して書くこと。手習いを始めたばかりの子どもの書き方。
文法
- 推量の「べし」(ほのめかし給ふべし)
- 語り手が「…なさったのだろう」と推し量る言い方。
- 推量の「らむ」(覺え給ひつらむ)
- 「どうして…似ていらっしゃるのだろう」。原因を推し量る。
和歌
面かげは身をもはなれず山櫻心のかぎりとめてこしかど
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 尼君への手紙の中に、少女にあてて小さく結んで入れた歌。山桜(少女)の面影は身を離れません。心のありったけを、あちらに置いてきたのですが。
修辞
- 比喩
- 少女を「山櫻」にたとえる。北山で見た少女の姿が忘れられない思いを詠む。
あらしふく尾上の櫻散らぬまを心とめけるほどのはかなさ
- 詠者
- 尼君
- 状況
- 源氏の歌への尼君の返歌。嵐の吹く峰の桜が散らないほんの短い間だけ、心をとめていらっしゃったのですね、そのお心のはかないこと。
修辞
- 応答
- 源氏の「山櫻」を受けて「尾上の櫻」とし、桜はすぐ散るもの、源氏の心もすぐ変わるのだろうと、軽く切り返している。
あさか山あさくも人をおもはぬになど山の井のかけはなるらむ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 少納言の乳母を通じて、尼君への手紙に添えた歌。浅香山の名のように浅くは思っていないのに、どうして山の井に影が映らないように、あの人は離れているのでしょう。
修辞
- 本歌取り
- 「浅香山影さへ見ゆる山の井の浅き心を我が思はなくに」(『万葉集』『古今集』仮名序)をふまえる。
- 掛詞
- 「かけはなる」に、影が離れる意と、関係がかけ離れる意を重ねる。
汲みそめてくやしと聞きし山の井の淺きながらやかげを見すべき
- 詠者
- 尼君
- 状況
- 源氏の歌への尼君の返歌。汲みはじめて後悔したと聞く山の井のように浅いお心のままで、影(孫娘)をお見せしてよいものでしょうか。
修辞
- 本歌取り
- 「くやしくぞ汲みそめてける浅ければ袖のみ濡るる山の井の水」(『古今六帖』)をふまえ、源氏の心の浅さを危ぶむ。
解説
源氏の歌と尼君の返歌のやりとりは、北山での出会いの延長として、「山桜」「山の井」など山にちなむことばで交わされる。尼君は、源氏の申し出をまじめに取り合わず、たくみに歌で切り返している。
惟光が「さもかからぬ隈なき御心かな」とあきれるのは、まだ幼い少女に手紙を送る源氏の熱心さに対してである。少女の周囲の人々も、源氏の真意をはかりかねて、不吉なことのように感じている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、100–103頁(コマ52–53)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日