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源氏物語 第5帖 若紫(8)

帰京――葵の上との隔て

登場人物:光源氏・桐壺帝・左大臣・葵の上

帰京した源氏は参内して帝に北山の聖のことを報告する。左大臣に迎えられて左大臣家に行くが、葵の上はいつものようになかなか姿を見せず、出てきても絵に描いた姫君のように取りすましている。源氏が病のときに見舞いもしなかったことを恨むと、葵の上は「問はぬはつらきものにやあらむ」と冷ややかに返し、二人の心はますます隔たる。

美しく整えられた邸の一室で、絵に描いたように端正に座る気高い姫君と、その前でため息をつく若い貴公子の場面(AI生成)
美しく整えられた邸の一室で、絵に描いたように端正に座る気高い姫君と、その前でため息をつく若い貴公子の場面
  1. 1君きみ君きみきみはははまづまづまずうちうちうちににに參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひひいててて日ひ日ひひごろごろごろののの御おん御おんおん物語ものがたり物語ものがたりものがたりなどなどなどきこえきこえきこえ給たま給たまたまふふう。。。いといといといたういたういとう衰おとろ衰おとろおとろへへえにににけりけりけりとととてててゆゝしゆゝしゆゆしととと覺おぼ覺おぼおぼしめししめししめしたりたりたり。。。聖ひじり聖ひじりひじりののの尊たふと尊たふととうとかりかりかりけるけるけることことことなどなどなど問と問ととはははせせせ給たま給たまたまふふう。。。
  2. 2委くは委くはくわしくしくしく奏そう奏そうそうししし給たま給たまたまへへえばばば、、、「「「などなどなどにににもももなるなるなるべきべきべきものものものにににこそこそこそあああめれめれめれ。。。行おこな行おこなおこなひひいのののははは積つも積つもつもりりりててて公おほやけ公おほやけおおやけにににしろしめさしろしめさしろしめされれれざりざりざりけるけるけることことこと」」」ととと尊たふと尊たふととうとがりがりがりののの給のたま給のたまのたまははわせせせけりけりけり。。。
  3. 3大殿おほいとの大殿おほいとのおおいとの參まゐ參まゐまいりりりあひあひあい給たま給たまたまひひいててて「「「御おん御おんおん迎むかへ迎むかへむかえにににもももととと思おも思おもおもひひい給たま給たまたまひひいつれつれつれどどど忍しの忍しのしのびびびたるたるたる御おん御おんおんありきありきありきにににいかゞいかゞいかがととと思おも思おもおもひひい憚はばか憚はばかはばかりりりてててなむなむなん。。。のどやかのどやかのどやかににに一二日ひとひふつか一二日ひとひふつかひとひふつかうちうちうち休やす休やすやすみみみ給たま給たまたまへへえ」」」とととててて「「「やがてやがてやがて御おん御おんおん送おく送おくおくりりり仕つか仕つかつこうううまつらまつらまつらむむん」」」ととと申まう申まうもうししし給たま給たまたまへへえばばば、、、
  4. 4さしもさしもさしも覺おぼ覺おぼおぼさささねねねどどどひかさひかさひかされれれててて罷まか罷まかまかででで給たま給たまたまふふう。。。我わ我わわががが御おん御おんおん車くるま車くるまくるまにににのせのせのせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまひひいててて自みづか自みづかみずからららはははひきひきひき入い入いいりりりててて奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれりりり。。。もてもてもてかしづきかしづきかしずき聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえるるる御心みこころ御心みこころみこころはへはへばえののの哀あはれ哀あはれあわれなるなるなるをををぞぞぞさすがにさすがにさすがに心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしくしくしくおもほしおもほしおもおしけるけるける。。。
  5. 5殿との殿とのとのにににもももおはしますおはしますおわしますらむらむらんととと心こころ心こころこころづかひづかひづかいししし給たま給たまたまひひいててて、、、久ひさ久ひさひさしくしくしく見み見みみ給たま給たまたまははわぬぬぬほどほどほどいとゞいとゞいとど玉たま玉たまたまのののうてなうてなうてなににに磨みが磨みがみがきききしつらひしつらひしつらい萬よろづ萬よろづよろずをををとゝのへとゝのへととのえ給たま給たまたまへへえりりり。。。
  6. 6女君をんなぎみ女君をんなぎみおんなぎみれいれいれいのののはひはひはい隱かく隱かくかくれれれてててとみとみとみにににももも出い出いいででで給たま給たまたまははわぬぬぬををを、、、おとゞおとゞおとどせちせちせちににに聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいててて辛から辛からからうじてうじてうじてわたりわたりわたり給たま給たまたまへへえりりり。。。
  7. 7たゞたゞただ繪ゑ繪ゑえににに書か書かかきききたるたるたる物もの物ものものののの姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみのののやうやうようにににしししすゑすゑすえられられられてててうちうちうちみじろきみじろきみじろき給たま給たまたまふふう事こと事ことことももも難かた難かたかたくくく麗うるは麗うるはうるわしうしうしゅうてててものしものしものし給たま給たまたまへへえばばば
  8. 8「「「思おも思おもおもふふう事こと事ことこともももうちうちうちかすめかすめかすめ山やま山やまやまみちみちみちののの物語ものがたり物語ものがたりものがたりをををももも聞きこ聞きこきこえええむむんにににいふいふいうがががひひひありありありてててをかしうをかしうおかしゅううちうちうちいらへいらへいらえ給たま給たまたまははわゞゞばこそこそこそ哀あは哀あはあわれれれならならならめめめ。。。
  9. 9世よ世よよにににははは心こころ心こころこころももも解と解ととけけけずずず疎うと疎うとうとくくく耻はづ耻はづはずかしきかしきかしきものものものにににおもほしおもほしおもおしててて年とし年としとしのののかさなるかさなるかさなるににに添そ添そそへへえててて御心みこころ御心みこころみこころのののへだてへだてへだてもももまさるまさるまさるをををいといといと苦くる苦くるくるしくしくしく思おも思おもおもははわずずずににに時々ときどき時々ときどきときどきははは世よ世よよののの常つね常つねつねなるなるなる御おん御おんおんけしきけしきけしきををを見み見みみばやばやばや。。。
  10. 10堪た堪たたへへえ難がた難がたがとうううわづらひわづらひわずらい侍はべ侍はべはべりりりしししをををももも、、、いかゞいかゞいかがとととだにだにだに問と問ととひひい給たま給たまたまははわぬぬぬこそこそこそ、、、珍めづら珍めづらめずらしからしからしからぬぬぬことことことなれなれなれととと猶なほ猶なほなおうらめしううらめしううらめしゅう」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。
  11. 11辛から辛からからうじてうじてうじて「「「問と問ととはははぬぬぬはははつらきつらきつらきものものものにににやややあらあらあらむむん」」」とととしりめしりめしりめににに見み見みみおこせおこせおこせ給たま給たまたまへへえるるるまみまみまみいといといとはづかしげはづかしげはずかしげにににけだかうけだかうけだこううつくしげうつくしげうつくしげなるなるなる御おん御おんおんかたちかたちかたちなりなりなり。。。
  12. 12「「「まれまれまれまれまれまれはははあさましあさましあさましののの御おん御おんおん事こと事ことことややや。。。とはとはとはぬぬぬなどなどなど言い言いいふふうきはきはきわはははことことことにににこそこそこそ侍はべ侍はべはべるるるなれなれなれ心こころ心こころこころ憂う憂ううくくくもももののの給のたま給のたまのたまひひいなすなすなすかなかなかな。。。
  13. 13世よ世よよととと共とも共ともともにににはしたなきはしたなきはしたなき御おん御おんおんもてなしもてなしもてなしををを、、、もしもしもしおぼしおぼしおぼし直なほ直なほなおるるる折をり折をりおりもももやややととととざまとざまとざまかうざまかうざまこうざまににに試こころ試こころこころみみみ聞きこ聞きこきこゆるゆるゆるをををいとゞいとゞいとどおもほしおもほしおもおし疎うと疎うとうとむむむなななめりめりめりかしかしかし。。。よしよしよしややや命いのち命いのちいのちだにだにだに」」」とととてててよるよるよるのののおましおましおましににに入い入いいりりり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。
  14. 14女君をんなぎみ女君をんなぎみおんなぎみふとふとふとももも入い入いいりりり給たま給たまたまははわずずず。。。聞きこ聞きこきこえええ煩わづら煩わづらわずらひひい給たま給たまたまひひいてててうちうちうち歎なげ歎なげなげきききてててふしふしふし給たま給たまたまへへえるるるもももなまなまなま心こころ心こころこころづきなきづきなきづきなきにににやややあらあらあらむむん、、、ねぶたげねぶたげねぶたげにににもてなしもてなしもてなしてててとかうとかうとこう世よ世よよををを覺おぼ覺おぼおぼしししみだるゝみだるゝみだるる事こと事ことこと多おほ多おほおおかりかりかり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

源氏はまず宮中に参上なさって、ここ数日のお話などを申し上げなさる。帝は、たいそうひどくやつれてしまったと、不吉なほどにお思いになった。聖の尊かったことなどをお尋ねになる。源氏が詳しく奏上なさると、帝は「阿闍梨などにもなるべき人なのだろう。修行の年功は積もっているのに、朝廷に知られなかったとは」と、尊んでおっしゃった。

左大臣も参上し合わせなさって、「お迎えにもと存じましたが、お忍びのお出かけなので、どうかと遠慮いたしまして。ゆっくりと一日二日お休みなさいませ」と言って、「このままお送りいたしましょう」と申し上げなさるので、源氏はそれほどお思いにならないが、誘われて退出なさる。左大臣はご自分のお車に源氏をお乗せ申し上げて、ご自身は奥に引っこんでお乗りになった。大切にお世話申し上げなさるお気持ちがしみじみとありがたいのを、源氏はさすがに心苦しくお思いになった。

左大臣家でも、源氏がおいでになるだろうと心づもりをなさって、長くご覧にならなかった間に、いっそう玉の台のように磨きたてて、何もかも整えていらっしゃった。女君(葵の上)は、いつものように奥に隠れて、すぐにはお出になろうとしないのを、大臣が熱心に申し上げなさって、やっとお出ましになった。

ただ絵に描いた物語の姫君のように、きちんと座らされて、身動きなさることもなく、端正でいらっしゃるので、源氏は「思うことも少しは打ち明け、山道の話もお聞かせしたいのに、話しがいがあって、おもしろく受け答えしてくださるなら、どんなにうれしいでしょう。いつも打ち解けず、よそよそしく気づまりな者とお思いになって、年を重ねるにつれて、お心の隔ても増していくのが、たいそう苦しく、思いもかけないことで、時々は世間並みのご様子を見たいものです。耐えがたく患っておりましたのに、具合はどうかとさえお尋ねにならないのは、いつものことですが、やはり恨めしく」と申し上げなさる。

女君はやっと、「尋ねないのはつらいものなのでしょうか」と、流し目でご覧になる目もとは、たいそう気がひけるほど気高く、美しいお顔立ちである。源氏は「たまに口をきいてくださると、あきれたことをおっしゃる。『問はぬはつらき』などというのは、別の間柄のことでしょう。情けなくもおっしゃるものですね。いつも冷たいお扱いを、もしかしてお考え直しになる折もあろうかと、あれこれ試みてお話し申し上げるのに、ますますお嫌いになるようですね。まあいい、命さえあれば」と言って、寝所にお入りになった。

女君は、すぐにはお入りにならない。源氏は言いあぐねて、ため息をついて横になっていらっしゃるのも、何となくおもしろくないのだろうか、眠そうなふりをして、あれこれと男女の仲を思い乱れなさることが多い。

意訳

北山から帰った源氏は、参内して帝に報告した後、左大臣に連れられて左大臣家に行く。左大臣は源氏を大切にもてなすが、正妻の葵の上は相変わらず打ち解けない。

葵の上は、絵に描いた姫君のように端正だが、心を開こうとしない。源氏の恨み言に、葵の上は「問はぬはつらきものにやあらむ(あなたこそ訪ねて来ないではありませんか)」と、古歌をふまえて冷ややかに返す。誇り高い葵の上と、それをもてあます源氏との溝は深まるばかりである。

語釈・文法注

阿闍梨
天台宗・真言宗で、朝廷から任命される高僧の位。
らう
臈(ろう)。出家してからの年数。修行の年功。

文法

反実仮想に近い「こそ…め」(いらへ給はゞこそ哀れならめ)
「受け答えしてくださるなら、うれしいだろうに(実際はそうではない)」。
願望の「ばや」(御けしきを見ばや)
「ご様子を見たいものだ」。

解説

葵の上の「問はぬはつらきものにやあらむ」は、「訪ねてこないのはつらいものなのでしょうか」という意味で、源氏が自分のもとに通ってこないことへの皮肉である。葵の上は源氏より四歳年上で、プライドが高く、源氏の浮気をよく知っていながら、それを口にしない。

北山で見た無邪気な少女と、取りすました葵の上。この対照が、源氏が少女を手もとに引き取りたいと強く思う理由の一つになっている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、98–101頁(コマ51–52)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日