源氏物語 第5帖 若紫(7)
岩陰の宴と少女のあこがれ
尼君は、四、五年たってからなら考えようと答え、源氏は尼君と歌を交わす。左大臣家から頭中将や左中弁らが迎えに来て、滝のほとりの岩陰で酒宴となり、笛や琴が奏でられる。人々は源氏の美しさをほめたたえ、僧都はこの末世に生まれた源氏の身を思って涙する。少女も源氏を「父宮よりすてきな人」と慕い、人形遊びや絵にも「源氏の君」を作って大切にする。

- 1うちうちうちににに僧都僧都そうず入入いりりり給給たまひひいてててかのかのかの聞聞きこえええ給給たまひひいししし事事ことまねびまねびまねび聞聞きこえええ給給たまへへえどどど「「「ともかうもともかうもともこうも只今只今ただいまははは聞聞きこえええむむんかたかたかたなしなしなし。。。若若もししし御御おん志志こころざしあらあらあらばばば今今いま四五年四五年しごねんをををすぐしすぐしすぐしてててこそこそこそはははともかうもともかうもともこうも」」」とととののの給給のたまへへえばばばさささなむなむなんととと同同おなじじじさまさまさまにににのみのみのみあるあるあるをををほいなしほいなしほいなしとととおぼすおぼすおぼす。。。
- 2御御おんせうそこせうそこしょうそこ僧都僧都そうずのののもともともとなるなるなるちひさきちひさきちいさきわらはわらはわらわしししててて「「「夕夕ゆうまぐれまぐれまぐれほのかほのかほのかににに花花はなののの色色いろををを見見みてててけさけさけさははは霞霞かすみののの立立たちちちぞぞぞわづらふわづらふわずらう」」」。。。
- 3御御おんかへしかへしかへし、、、「「「まことまことまことにににややや花花はなのののあたりあたりあたりははは立立たちちちうきうきうきとととかすむるかすむるかすむる空空そらのののけしきけしきけしきをををももも見見みむむん」」」とととよしよしよしあるあるある手手てのののいといといとあであであでなるなるなるをををうちうちうちすてすてすて書書かいいい給給たまへへえりりり。。。
- 4御御おん車車くるまににに奉奉たてまつるるる程程ほど、、、大殿大殿おおいとのよりよりよりいづちいづちいずちともともともなくなくなくててて坐坐おわしまししまししましにににけるけるける事事こととてとてとて御御おん迎迎むかえののの人々人々びと公達公達きんだちなどなどなど數多數多あまた參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。
- 5頭中將頭中將とうのちゅうじょう左中辨左中辨さちゅうべんさらさらさらぬぬぬ君達君達きんだちもももしたひしたひしたい聞聞きこえええててて「「「かうかうこうやうやうようののの御供御供おおんともははは仕仕つこうううまつりまつりまつり侍侍はべらららむむんととと思思おもひひい給給たまふるふるうるををを、、、淺淺あさましうましうましゅうおくらさおくらさおくらさせせせ給給たまへへえるるる事事こと」」」ととと恨恨うらみみみ聞聞きこえええててて、、、
- 6「「「いといといといみじきいみじきいみじき花花はなののの蔭蔭かげににに暫暫しばしししもももやすらはやすらはやすらわずずず立立たちちちかへりかへりかえり侍侍はべらららむむんははは飽飽あかかかぬぬぬわざわざわざかなかなかな」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。
- 7岩岩いわがくれがくれがくれののの苔苔こけののの上上うえににになみなみなみ居居いてててかはらけかはらけかわらけまゐるまゐるまいる。。。落落おちちちくるくるくる水水みずのののさまさまさまなどなどなどゆゑゆゑゆえあるあるある瀧瀧たきのののもともともとなりなりなり。。。
- 8頭中將頭中將とうのちゅうじょうふところふところふところなりなりなりけるけるける笛笛ふえ取取とりりり出出いでゝでゝでて吹吹ふきききすましすましすましたりたりたり。。。辨辨べんののの君君きみ扇扇おうぎはかなうはかなうはかのううちうちうちならしならしならしててて「「「とよらとよらとよらののの寺寺てらののの西西にしなるなるなるやややととと歌歌うたふふう。。。
- 9人人ひとよりよりよりははは異異ことなるなるなる君君きみだちだちだちなるなるなるををを、、、源氏源氏げんじののの君君きみいたくいたくいたくうちうちうち惱惱なやみみみててて岩岩いわににに寄寄よりりり居居い給給たまへへえるるるははは類類たぐいなくなくなくゆゝしきゆゝしきゆゆしき御御おん有樣有樣ありさまにににぞぞぞ何事何事なにごとにににももも目目めうつるうつるうつるまじかりまじかりまじかりけるけるける。。。
- 10例例れいののの篳篥篳篥ひちりき吹吹ふくくく隨身隨身ずいじん、、、さうさうそうののの笛笛ふえ持持もたたたせせせたるたるたるすきものすきものすきものなどなどなどありありあり。。。
- 11僧都僧都そうずををを自自みずからららもてもてもて參參まいりりりててて「「「これこれこれ唯唯ただ御手御手てひとつひとつひとつ遊遊あそばしばしばしててて同同おなじくじくじくははは山山やまののの鳥鳥とりももも驚驚おどろかしかしかし侍侍はべらららむむん」」」とととせちせちせちににに聞聞きこえええ給給たまへへえばばば「「「みだりみだりみだり心心こころちちちいといといと堪堪たへへえ難難がたきききものものものををを」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえどどどげにげにげににくからにくからにくからずずず掻掻かききき鳴鳴ならしらしらしててて皆皆みな立立たちちち給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 12飽飽あかかかずずず口口くち惜惜おしししととと、、、いふいふいうがががひひひなきなきなき法師法師ほうしわらはべわらはべわらわべももも淚淚なみだををを落落おとしししあへあへあえりりり。。。
- 13ましてましてましてうちうちうちにににははは年年とし老老おいいいたるたるたる尼君尼君あまぎみたちたちたちなどなどなど更更さらにににかゝるかゝるかかる人人ひとののの御御おん有樣有樣ありさまををを見見みざりざりざりつれつれつればばば「「「このこのこの世世よののの物物ものともともとも覺覺おぼえええ給給たまははわずずず」」」ととと聞聞きこえええあへあへあえりりり。。。
- 14僧都僧都そうずももも「「「あはれあはれあわれ何何なにのののちぎりちぎりちぎりにてにてにてかゝるかゝるかかる御御おんさまさまさまながらながらながらいといといとむつかしきむつかしきむつかしき日日ひののの本本もとののの末末すえののの世世よににに、、、生生うまれれれ給給たまひひいつつつらむらむらんととと見見みるるるにににいといといとなむなむなん悲悲かなしきしきしき」」」とととててて目目めおしおしおしのごひのごひのごい給給たまふふう。。。
- 15このこのこの若君若君わかぎみ、、、をさなをさなおさな心地心地ここちににに、、、めでたきめでたきめでたき人人ひとかなかなかなととと見見み給給たまひひいててて「「「宮宮みやののの御御おんありさまありさまありさまよりよりよりももも勝勝まさりりり給給たまへへえるるるかなかなかな」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう。。。
- 16「「「さらばさらばさらばかのかのかの人人ひとののの御子御子みこににになりなりなりててておはしませおはしませおわしませよよよ」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、うちうちうちうなづきうなづきうなずきててていといといとようようようありありありなななむむんととと覺覺おぼしししたりたりたり。。。ひゝなひゝなひいな遊遊あそびにににももも繪繪えかいかいかい給給たまふふうにににももも源氏源氏げんじののの君君きみとととつくりつくりつくり出出いでゝでゝでて淸淸きよらなるらなるらなるきぬきぬきぬ着着きせせせかしづきかしづきかしずき給給たまふふう。。。
現代語訳
僧都は奥にお入りになって、源氏が申し上げなさったことを尼君にそのままお伝え申し上げなさったが、尼君は「何とも、今はお返事のしようがありません。もしお志があるなら、もう四、五年たってから、何とでも」とおっしゃるので、僧都がそのように伝えると、同じことばかりなのを、源氏は残念にお思いになる。
僧都のもとにいる小さな童を使いにして、源氏はお手紙を贈る。「夕暮れにほのかに花の色を見て、今朝は霞が立ちかねるように、私も立ち去りかねています」。ご返事は、「本当に花のあたりは立ち去りにくいのかどうか、霞む空の様子を見きわめましょう」と、品のある筆跡でたいそう上品なのを、無造作に書いていらっしゃる。
源氏がお車にお乗りになるころ、左大臣家から、行き先も告げずにお出かけになったことだからと、お迎えの人々やご子息たちが大勢参上なさった。頭中将や左中弁、そのほかの君達も、源氏の後を追ってきて、「こうしたお供はお仕えいたしたいと思っておりますのに、ひどく置き去りになさるとは」と恨み申し上げて、「たいそうすばらしい花の陰で、少しも休まずに帰ってしまうのは、物足りないことですね」とおっしゃる。
岩陰の苔の上に並んで座って、杯を回す。流れ落ちる水の様子なども趣のある滝のそばである。頭中将は懐に入れていた笛を取り出して、澄んだ音で吹いている。左中弁は扇を軽く打ち鳴らして、「豊浦の寺の西なるや」と歌う。人並みすぐれた君達だが、源氏の君がたいそう疲れたご様子で岩に寄りかかっていらっしゃるお姿は、比べるものもなく、不吉なほど美しいので、ほかの何にも目が移りそうにない。
いつものように篳篥を吹く随身や、笙の笛を持たせている風流な若者などもいる。僧都は琴を自ら持って参上して、「これをただ一曲お弾きになって、同じことなら山の鳥も驚かせてやりましょう」と熱心に申し上げなさるので、源氏は「気分がたいそう悪くて、耐えがたいのですが」と申し上げなさるが、それでも感じよくかき鳴らして、一同お立ちになった。
名残惜しく残念だと、取るに足らない法師や童までも涙を落とし合った。まして奥では、年老いた尼君たちなどは、こうした方のお姿をまったく見たことがなかったので、「この世の人とも思われない」と申し合っている。僧都も、「ああ、どんな前世の縁で、あれほどのご様子でありながら、たいそうわずらわしい日本の末世にお生まれになったのだろうと思うと、たいそう悲しい」と言って、目をおぬぐいになる。
この姫君は、子ども心にも、すてきな人だなとご覧になって、「父宮のご様子よりも、まさっていらっしゃるわ」などとおっしゃる。女房が「それなら、あの方のお子様におなりなさいませ」と申し上げると、うなずいて、それはとてもよいことだとお思いになっている。人形遊びにも、絵をお描きになるにも、「源氏の君」と名づけて作り出して、きれいな着物を着せて大切にしていらっしゃる。
意訳
尼君は、四、五年たってからならと答え、源氏の申し出をかわす。源氏と尼君の歌のやりとりでは、源氏の「立ち去りがたい」という思いに、尼君は「本当かどうか見きわめましょう」と慎重に応じている。
迎えに来た頭中将たちと、滝のそばの岩陰で酒宴となる。病み上がりで岩に寄りかかる源氏の姿は、この上なく美しく、人々はみな心を奪われる。
少女も源氏を見て、「父宮よりすてきな人」とあこがれ、人形や絵にも「源氏の君」を作って遊ぶ。子どもらしい無邪気な好意が、ほほえましく描かれている。
語釈・文法注
- とよらの寺の西なるや
- 催馬楽「葛城(かづらき)」の一節。「葛城の寺の前なるや、豊浦の寺の西なるや、榎の葉井に白玉沈くや」と続く。
- きん
- 琴(きん)の琴。七弦の琴。中国から伝わった楽器で、皇族や貴族の教養とされた。
文法
- 推量の「らむ」(生れ給ひつらむ)
- 「どうして…お生まれになったのだろう」。現在の事柄の原因を推し量る。
- 強意+推量の「なむ」(ありなむ)
- 完了の「ぬ」の未然形+推量の「む」。「きっとよいだろう」。
和歌
夕まぐれほのかに花の色を見てけさは霞の立ちぞわづらふ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 山を下りる朝、僧都のもとの童に託して尼君に贈った歌。夕暮れにほのかに花の色(少女の姿)を見て、今朝は霞が立ちかねるように、私も立ち去りかねています。
修辞
- 掛詞
- 「立ち」に、霞が「立つ」意と、自分が出発する意を重ねる。
まことにや花のあたりは立ちうきとかすむる空のけしきをも見む
- 詠者
- 尼君
- 状況
- 源氏の歌への尼君の返歌。本当に花のあたりは立ち去りにくいのかどうか、霞む空の様子(あなたのお心)を見きわめましょう。
修辞
- 掛詞
- 「かすむる」に、霞が「かすむ」意と、ことばを「かすめる(ほのめかす)」意を重ね、源氏の真意をはかりかねている気持ちを表す。
解説
岩陰の宴は、若紫の巻の北山の場面をしめくくる華やかな場面である。頭中将の笛、左中弁の催馬楽、源氏の琴と、貴公子たちの風流が描かれる。病み上がりの源氏の、やつれてかえって美しい姿が印象的である。
少女が人形遊びで「源氏の君」を作る場面は、のちに源氏の妻となる紫の上の、まだ何も知らない子どもらしさを描いている。源氏の深い思いとは対照的な、無邪気なあこがれである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、98–99頁(コマ51)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日