源氏物語 第5帖 若紫(6)
北山の暁
明け方、法華三昧の懺法の声が滝の音に響き合い、源氏は僧都と歌を詠み交わす。霞む山に鳥がさえずり、花が散り、鹿がたたずむ景色に、源氏の病もすっかり癒える。迎えの人々が到着し、僧都は珍しい果物や聖徳太子ゆかりの数珠などを贈る。源氏は僧都や聖と別れの歌を交わし、読経の僧たちに布施を与えて山を下りる。

- 1曉方曉方あかつきがたににになりなりなりにににけれけれければばば行行おこなふふう堂堂どうののの懺法懺法せんぼうののの聲聲こえ山山やまおろしおろしおろしにににつきつきつきててて聞聞きこえええくるくるくる、、、いといといとたふとくたふとくとうとく瀧瀧たきののの音音おとににに響響ひびきききあひあひあいたりたりたり。。。
- 2「「「吹吹ふきききまよふまよふまようみみみ山山やまおろしおろしおろしににに夢夢ゆめさめさめさめててて淚淚なみだもよほすもよほすもよおす瀧瀧たきのののおとおとおとかなかなかな」」」。。。
- 3「「「さしくみさしくみさしくみににに袖袖そでぬらしぬらしぬらしけるけるける山水山水やまみずにににすめすめすめるるる心心こころはははさわぎさわぎさわぎやややはははするするする。。。耳耳みみ馴馴なれれれ侍侍はべりりりにににけりけりけりややや」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 4明明あけけけ行行ゆくくく空空そらはははいといといといたういたういとう霞霞かすみみみててて山山やまののの鳥鳥とりどもどもどもゝゝもそこはかとなくそこはかとなくそこはかとなく囀囀さえずりりりあひあひあいたりたりたり。。。名名なももも知知しらららぬぬぬ木草木草きくさののの花花はなどもどもどもいろいろいろいろいろいろににに散散ちりりりまじりまじりまじり錦錦にしきをををしけしけしけるるるととと見見みゆるゆるゆるににに鹿鹿しかのののたゝずみたゝずみたたずみありくありくありくもももめづらしくめづらしくめずらしく見見み給給たまふふうににに、、、惱惱なやましさしさしさもももまぎれまぎれまぎれはてはてはてぬぬぬ。。。
- 5聖聖ひじりうごきうごきうごきもももえええせせせねねねどどどとかくとかくとかくしししててて護身護身ごしん參參まいらせらせらせ給給たまふふう。。。かれかれかれたるたるたる聲聲こえのののいといといといたういたういとうすきすきすきひがめひがめひがめるるるももも哀哀あわれれれにににててて陀羅尼陀羅尼だらに讀讀よみみみたりたりたり。。。
- 6御御おん迎迎むかえののの人々人々びと參參まいりりりててて怠怠おこたりりり給給たまへへえるるるよろこびよろこびよろこび聞聞きこえええ、、、內內うちよりよりよりももも御御おん使使つかいありありあり。。。僧都僧都そうず世世よににに見見みえええぬぬぬさまさまさまののの御御おんくだものくだものくだもの何何なにくれくれくれととと谷谷たにのののそこそこそこまでまでまで堀堀ほりりり出出いでででいとなみいとなみいとなみ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 7「「「今年今年ことしばかりばかりばかりののの誓誓ちかひひい深深ふこううう侍侍はべりりりててて御御おん送送おくりにににもももえええ參參まいりりり侍侍はべるるるまじきまじきまじき事事ことなかなかなかなかなかなかにににももも思思おもひひい給給たまへへえらるらるらるべきべきべきかなかなかな」」」などなどなど聞聞きこえええててて、、、おほみきおほみきおおみきまゐりまゐりまいり給給たまふふう。。。
- 8「「「山水山水やまみずににに心心こころとまりとまりとまり侍侍はべりりりぬれぬれぬれどどど內內うちよりよりよりおぼつかながらおぼつかながらおぼつかながらせせせ給給たまへへえるるるもももかしこけれかしこけれかしこければばばなむなむなん。。。今今いまこのこのこの花花はなののの折折おりすぐさすぐさすぐさずずず參參まいりりりこここむむん。。。
- 9宮人宮人みやびとににに行行ゆきききてててかたらかたらかたらむむん山櫻山櫻やまざくら風風かぜよりよりよりさきさきさきににに來來きてててももも見見みるるるべくべくべく」」」とととののの給給のたまふふう御御おんもてなしもてなしもてなしこわづかひこわづかひこわづかいさへさへさへ目目めもももあやあやあやなるなるなるににに、、、
- 10「「「ののの花花はなまちまちまち得得えたるたるたるこゝちこゝちここちしししててて深山櫻深山櫻みやまざくらにににめめめこそこそこそ移移うつらららねねね」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、ほゝゑみほゝゑみほほえみててて「「「時時ときありありありててて一度一度ひとたび開開ひらくくくなるなるなるははは難難かたかかかなるなるなるものものものををを」」」とととののの給給のたまふふう。。。
- 11ひじりひじりひじり御御おんかはらけかはらけかわらけたまはりたまはりたまわりててて、、、「「「奧山奧山おくやまののの松松まつのののとぼそとぼそとぼそをををまれまれまれにににあけあけあけてててまだまだまだ見見みぬぬぬ花花はなのののかほかほかおををを見見みるるるかなかなかな」」」とととうちうちうち泣泣なきききててて見見み奉奉たてまつるるる。。。
- 12聖聖ひじり御御おんまもりまもりまもりにににたてまつるたてまつるたてまつる見見み給給たまひひいててて僧都僧都そうず、、、しやうとくしやうとくしょうとく太子太子たいしののの百濟百濟くだらよりよりより得得え給給たまへへえりりりけるけるける金剛子金剛子こんごうしのののずゞずゞずずののの玉玉たまのののさうぞくさうぞくそうぞくしししたるたるたる、、、
- 13やがてやがてやがてそのそのその國國くによりよりより入入いれれれたるたるたる筥筥はこののの唐唐からめいめいめいたるたるたるををを透透すきききたるたるたる袋袋ふくろににに入入いれれれててて五葉五葉ごようののの枝枝えだにににつけつけつけててて、、、紺瑠璃紺瑠璃こんるりののの壺壺つぼどもどもどもににに御御おん藥藥くすりどもどもども入入いれれれててて藤藤ふじ櫻櫻さくらなどなどなどにににつけつけつけててて、、、所所ところにににつけつけつけたるたるたる御御おん贈物贈物おくりものどもどもどもさゝげさゝげささげ奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。
- 14君君きみははは聖聖ひじりよりよりよりはじめはじめはじめ讀經讀經どきょうしししつるつるつる法師法師ほうしののの布施布施ふせまうけまうけもうけののの物物ものどもどもどもさまざまさまざまさまざまににに取取とりりりににに遣遣つかわしししたりたりたりけれけれければばば、、、そのそのそのわたりわたりわたりののの山山やまがつがつがつまでまでまでさるべきさるべきさるべき物物ものどもどもども賜賜たまひひい御御おんずきやうずきやうずきょうなどなどなどしししててて出出いででで給給たまふふう。。。
現代語訳
明け方になったので、法華三昧を行う堂の懺法の声が、山おろしの風に乗って聞こえてくるのが、たいそう尊く、滝の音に響き合っている。源氏は「吹き乱れる深山おろしに迷いの夢もさめて、涙を誘う滝の音であることよ」。僧都は「ふいにおいでになって袖をぬらしたこの山の水にも、住み澄んでいる私の心は騒いだりはしません。耳慣れてしまいましたので」と申し上げなさる。
明けていく空はたいそうひどく霞んで、山の鳥たちがどこからともなくさえずり合っている。名も知らない木や草の花々が、色とりどりに散りまじって、錦を敷いたように見えるところに、鹿がたたずんだり歩いたりしているのも、珍しくご覧になっていると、病の苦しさもすっかり紛れてしまった。
聖は、体を動かすこともできないが、何とかして護身の加持をしてさしあげる。しわがれた声が、歯が抜けて聞き取りにくいのも、しみじみとして年功を積んだ様子で、陀羅尼を読んでいる。
お迎えの人々が参上して、ご病気が治ったお祝いを申し上げ、宮中からもお使いがある。僧都は、世に見かけないような果物をあれこれと、谷の底まで掘り出して、ごちそうを用意し申し上げなさる。「今年いっぱいは山を出ないという誓いが固うございまして、お見送りにも参れませんのが、かえって心残りに思われることでございます」などと申し上げて、お酒を差し上げなさる。
源氏は「山の水に心がひかれましたが、帝が気がかりにお思いになっていらっしゃるのも恐れ多いので。いずれこの花の季節を逃さず、また参りましょう。都の人々に帰って話しましょう、この山桜を、風が散らすより先に、来て見るようにと」とおっしゃるご様子や声づかいまでも、まばゆいばかりなので、僧都は「三千年に一度咲くという優曇華の花を待ち得たような気がして、深山桜には目も移りません」と申し上げなさると、源氏はほほえんで、「時が来て、ただ一度咲くという花は、めったに見られないものですのに」とおっしゃる。
聖はお杯をいただいて、「奥山の松の戸をまれに開けて、まだ見たこともない花のようなお顔を見ることです」と泣いて拝見する。聖が源氏のお守りにと独鈷を差し上げるのを見て、僧都は、聖徳太子が百済から手に入れなさったという金剛子の数珠で、玉の飾りをつけたものを、そのまま百済から渡来した唐風の箱に入れて、透けた袋に包んで五葉の松の枝につけ、紺瑠璃の壺に薬を入れて藤や桜などにつけて、山の住まいにふさわしい贈り物を、さまざまに差し上げなさる。
源氏は、聖をはじめ、読経をした法師たちへの布施の品々を、いろいろと取りに使いをやっておいたので、そのあたりの木こりにまで、しかるべき品をお与えになり、誦経の布施などをして、お出かけになる。
意訳
北山の夜明けの景色が、美しく描かれる。懺法の声と滝の音、霞む山にさえずる鳥、色とりどりに散る花、たたずむ鹿。都では見られない春の山の景色に、源氏の病もすっかり癒える。
別れの場面では、源氏と僧都、聖が歌を詠み交わす。源氏の「山桜」の歌には、少女をほかの人に取られないうちに、また来たいという思いがこめられている。僧都と聖は、源氏の美しさを、めったに咲かない花にたとえてたたえる。
語釈・文法注
- 法華三昧
- 法華経を読誦して罪を懺悔し、心を一つにする修行。その時に唱える経文を「懺法(せんぼう)」という。
- ぐうつき
- 「功づく」。修行を積んで年功がある様子。
- 優曇華
- 三千年に一度咲き、その時には仏が世に現れるという伝説の花。めったにないことのたとえ。
- とこ
- 独鈷(とこ)。両端がとがった密教の法具。魔をはらうお守りとした。
文法
- 反語の「やは」(さわぎやはする)
- 「騒いだりするだろうか、いや、騒がない」。
- 推量の「べし」(思ひ給へらるべきかな)
- 「思われることでございましょう」。
- 強意の「こそ…ね」(めこそ移らね)
- 「こそ」の結びで、打消の助動詞「ず」の已然形「ね」。「目も移りません」と強める。
和歌
吹きまよふみ山おろしに夢さめて淚もよほす瀧のおとかな
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 明け方、懺法の声が滝の音と響き合うのを聞いて詠んだ歌。吹き乱れる深山おろしに迷いの夢もさめて、涙を誘う滝の音であることよ。
修辞
- 掛詞
- 「夢さめて」に、眠りからさめる意と、迷いの夢(煩悩)からさめる意を重ねる。
さしくみに袖ぬらしける山水にすめる心はさわぎやはする
- 詠者
- 僧都
- 状況
- 源氏の歌への僧都の返歌。あなたがふいに来て袖をぬらしたこの山の水に、住み慣れて澄みきった私の心は、騒いだりはしません。
修辞
- 掛詞
- 「すめる」に「住める」と「澄める」を重ねる。
宮人に行きてかたらむ山櫻風よりさきに來ても見るべく
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 別れぎわに僧都に詠んだ歌。都の人々に帰って話しましょう、この山桜を、風が散らすよりも先に、来て見るようにと。
修辞
- 寓意
- 「山櫻」に少女を重ね、ほかの人に取られないうちに、また来て見たいという気持ちをこめる。
優曇華の花まち得たるこゝちして深山櫻にめこそ移らね
- 詠者
- 僧都
- 状況
- 源氏の歌への僧都の返歌。三千年に一度咲くという優曇華の花を待ち得たような気持ちがして、深山桜には目も移りません。
修辞
- 比喩
- 源氏の姿を、めったに咲かない優曇華の花にたとえて、源氏に会えた喜びを詠む。
奧山の松のとぼそをまれにあけてまだ見ぬ花のかほを見るかな
- 詠者
- 北山の聖
- 状況
- 聖が源氏から杯を受けて詠んだ歌。奥山の松の戸をまれに開けて、まだ見たこともない花のような美しいお顔を見ることよ。
修辞
- 比喩
- 源氏の顔を「まだ見ぬ花」にたとえる。めったに人の訪れない山の庵に、すばらしい人が来た喜びを詠む。
解説
北山の夜明けの描写は、若紫の巻の中でもとくに美しい自然描写である。源氏が北山で出会った少女は、のちに紫の上として源氏の生涯の伴侶となる。北山の春は、その出会いを祝福するかのように描かれている。
僧都が贈る聖徳太子ゆかりの数珠は、高貴な源氏への最上の贈り物である。山の住まいにふさわしく、五葉の松や藤・桜の枝につけて贈る趣向に、僧都の教養がうかがわれる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、96–99頁(コマ50–51)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日