古典ライブラリー

源氏物語 第5帖 若紫(5)

尼君への申し入れ

登場人物:光源氏・尼君・僧都

雨の夜、眠れない源氏は、屏風のそばで扇を鳴らして女房を呼び、尼君に歌を取り次がせる。尼君は、少女の年ごろを源氏が知らないのだろうと思いながらも、自ら出てきて応対する。源氏は、自分も幼くして母を亡くした身だと語り、少女を引き取りたいと熱心に頼むが、尼君はまだ幼すぎると、打ち解けた返事をしない。

夜更けの僧坊で、源氏が尼君に少女の後見を申し出て、女房がそばに控えている場面(AI生成)
夜更けの僧坊で、源氏が尼君に少女の後見を申し出て、女房がそばに控えている場面
  1. 1君きみ君きみきみははは心地ここち心地ここちここちもももいといといとなやましきなやましきなやましきににに、、、雨あめ雨あめあめ少すこ少すこすこしししうちうちうちそゝぎそゝぎそそぎ山風やまかぜ山風やまかぜやまかぜ冷ひや冷ひやひややかやかやかににに吹ふ吹ふふきききたるたるたるににに瀧たき瀧たきたきのののよどみよどみよどみももも增まさ增まさまさりりりててて音おと音おとおと高たか高たかたかくくく聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。
  2. 2少すこ少すこすこしししねぶたげねぶたげねぶたげなるなるなる讀經どきやう讀經どきやうどきょうのののたえだえたえだえたえだえすごくすごくすごく聞きこ聞きこきこゆるゆるゆるなどなどなどすゞろすゞろすずろなるなるなる人ひと人ひとひとももも所ところ所ところところからからからものものものあはれあはれあわれなりなりなり。。。ましてましてましておもほしおもほしおもおしめぐらすめぐらすめぐらす事こと事ことこと多おほ多おほおおくくくてててまどろままどろままどろまれれれ給たま給たまたまははわずずず。。。
  3. 3そやそやそやととといひいひいいしかしかしかどもどもども夜よ夜よよもももいたういたういとう更ふ更ふふけけけにににけりけりけり。。。內うち內うちうちにににももも人ひと人ひとひとののの寢ね寢ねねぬぬぬけはひけはひけわいしるくしるくしるくててて、、、いといといと忍しの忍しのしのびびびたれたれたれどどどののの脇息けふそく脇息けふそくきょうそくににに引ひ引ひひききき鳴な鳴なならさらさらさるゝるゝるる音おと音おとおとほのほのほの聞きこ聞きこきこえええ、、、なつかしうなつかしうなつかしゅううちうちうちそよめくそよめくそよめく音おと音おとおとなひなひないあてはかあてはかあてはかなりなりなりととと聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててて、、、
  4. 4程ほど程ほどほどもももなくなくなく近ちか近ちかちかけれけれければばばとととににに立た立たたててて渡わた渡わたわたしししたるたるたる屏風びやうぶ屏風びやうぶびょうぶののの中なか中なかなかををを少すこ少すこすこししし引ひ引ひひきききあけあけあけててて扇あふぎ扇あふぎおうぎをををならしならしならし給たま給たまたまへへえばばば、、、「「「おぼえおぼえおぼえなきなきなき心地ここち心地ここちここちすすすべかべかべかめれめれめれどどど聞き聞きききききしらしらしらぬぬぬやうやうようにににややや」」」とととてててゐざりゐざりいざり出い出いいづるづるずる人ひと人ひとひとあああなりなりなり。。。
  5. 5少すこ少すこすこししししぞきしぞきしぞきててて「「「あやしあやしあやし。。。僻耳ひがみみ僻耳ひがみみひがみみにににややや」」」とととたどるたどるたどるををを聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててて「「「佛ほとけ佛ほとけほとけののの御おん御おんおんしるべしるべしるべははは暗くら暗くらくらきききににに入い入いいりりりてててももも更さら更さらさらににに違たが違たがたがふふうまじかまじかまじかなるなるなるものものものををを」」」とととののの給のたま給のたまのたまふふう。。。
  6. 6御おん御おんおん聲こゑ聲こゑこえのののいといといと若わか若わかわこうううあてあてあてなるなるなるにににうちうちうち出い出いいでででむむんこわづかひこわづかひこわづかいももも恥はづか恥はづかはずかしけれしけれしければばば「「「いかなるいかなるいかなる方かた方かたかたののの御おん御おんおんしるべしるべしるべにににかかかははは。。。おぼつかなくおぼつかなくおぼつかなく」」」ととと聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。
  7. 7「「「實げ實げげにににうちつけうちつけうちつけなりなりなりとととおぼめきおぼめきおぼめき給たま給たまたまははわむむんもももことわりことわりことわりなれなれなれどどど、、、「「「はつはつはつ草くさ草くさくさののの若葉わかば若葉わかばわかばのののうへうへうえををを見み見みみつるつるつるよりよりより旅たび旅たびたびねねねのののそでそでそでももも露つゆ露つゆつゆぞぞぞかわかかわかかわかぬぬぬととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいてててむむんややや」」」とととののの給のたま給のたまのたまふふう。。。
  8. 8「「「更さら更さらさらにににかやうかやうかようののの御おん御おんおん消せう消せうしょうそこそこそこうけたまはりうけたまはりうけたまわり分わ分わわくくくべきべきべき人ひと人ひとひとももも物もの物ものものししし給たま給たまたまははわぬぬぬさまさまさまはははしろしめししろしめししろしめしたりたりたりげげげなるなるなるををを誰たれ誰たれたれにににかかかははは」」」ととと聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。「「「おのづからおのづからおのずからさるさるさるやうやうようありありありててて聞きこ聞きこきこゆるゆるゆるならならならむむんととと思おも思おもおもひひいなしなしなし給たま給たまたまへへえかしかしかし」」」とととののの給のたま給のたまのたまへへえばばば、、、入い入いいりりりててて聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。
  9. 9あなあなあないまめかしいまめかしいまめかし、、、このこのこの君きみ君きみきみややや、、、世よ世よよづいづいづいたるたるたる程ほど程ほどほどにににおはするおはするおわするとととぞぞぞおぼすおぼすおぼすらむらむらん、、、さるさるさるにてにてにてはははかのかのかの若草わかくさ若草わかくさわかくさをををいかでいかでいかで聞き聞ききいいい給たま給たまたまへへえるるることことことぞぞぞととと、、、さまざまさまざまさまざまあやしきあやしきあやしきににに心こころ心こころこころももも亂みだ亂みだみだれれれててて久ひさ久ひさひさしうしうしゅうなれなれなればばばなさけなしなさけなしなさけなしとととててて
  10. 10「「「まくらまくらまくらゆふゆふゆう今宵こよひ今宵こよひこよいばかりばかりばかりののの露つゆ露つゆつゆけさけさけさをををみみみ山やま山やまやまののの苔こけ苔こけこけにににくらべくらべくらべざらざらざらなむなむなん、、、ひひひがたうがたうがとう侍はべ侍はべはべるるるものものものををを」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。
  11. 11「「「かやうかやうかようののの人ひと人ひとひとづてづてづてなるなるなる御おん御おんおん消せう消せうしょうそこそこそこはははまだまだまだ更さら更さらさらににに聞きこ聞きこきこえええ知し知ししらららずずず。。。ならはならはならわぬぬぬことことことににになむなむなん。。。かたじけなくかたじけなくかたじけなくともともともかゝるかゝるかかるついでついでついでにににまめまめしうまめまめしうまめまめしゅう聞きこ聞きこきこえええさすさすさすべきべきべき事こと事ことことなむなむなん」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえれれればばば、、、
  12. 12尼君あまぎみ尼君あまぎみあまぎみ、、、ひがごとひがごとひがごと聞き聞ききききき給たま給たまたまへへえるるるならならならむむんととと「「「いといといと恥はづ恥はづはずかしきかしきかしき御おん御おんおんけはひけはひけわいににに何事なにごと何事なにごとなにごとをををかかかはははいらへいらへいらえ聞きこ聞きこきこえええむむん」」」とととののの給のたま給のたまのたまへへえばばば、、、「「「はしたなうはしたなうはしたのうもももこそこそこそ覺おぼ覺おぼおぼせせせ」」」ととと人々びと人々びとびと聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。
  13. 13「「「げにげにげに若わか若わかわかやかやかやかなるなるなる人ひと人ひとひとこそこそこそうたてうたてうたてもももあらあらあらめめめまめやかまめやかまめやかにににののの給のたま給のたまのたまふふう忝かたじけな忝かたじけなかたじけなししし」」」とととてててゐざりゐざりいざりよりよりより給たま給たまたまへへえりりり。。。
  14. 14「「「うちつけうちつけうちつけにににあさはかあさはかあさはかなりなりなりととと御覽ごらん御覽ごらんごらんぜぜぜられられられぬぬぬべきべきべき序ついで序ついでついでなれなれなれどどど心こころ心こころこころにににはははさささももも覺おぼ覺おぼおぼえええ侍はべ侍はべはべらららねねねばばば、、、佛ほとけ佛ほとけほとけはははおのづからおのづからおのずから」」」とととててて、、、おとなおとなしうおとなおとなしうおとなおとなしゅう恥はづか恥はづかはずかしげしげしげなるなるなるにににつゝまつゝまつつまれれれてててとみとみとみにににもももえええうちうちうち出い出いいででで給たま給たまたまははわずずず。。。
  15. 15「「「げにげにげに思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえ寄よ寄よよりりり難がた難がたがたききき序ついで序ついでついでにににかくかくかくまでまでまでののの給のたま給のたまのたまははわせせせ聞きこ聞きこきこえええさするさするさするももも淺あさ淺あさあさくくくはははいかゞいかゞいかが」」」とととののの給のたま給のたまのたまふふう。。。
  16. 16「「「哀あはれ哀あはれあわれにににうけうけうけ給たま給たまたまはるはるわる御おん御おんおん有樣ありさま有樣ありさまありさまをををかのかのかの過す過すすぎぎぎ給たま給たまたまひひいにににけむけむけん御おん御おんおんかはりかはりかわりにににおぼしおぼしおぼしないないないてててむむんややや。。。いふいふいうがががひひひなきなきなき程ほど程ほどほどののの齡よはひ齡よはひよわいにてにてにて睦むつ睦むつむつまじかるまじかるまじかるべきべきべき人ひと人ひとひとにににももも立た立たたちちち後おく後おくおくれれれ侍はべ侍はべはべりりりにににけれけれければばば、、、
  17. 17怪あや怪あやあやしうしうしゅううきうきうきたるたるたるやうやうようにてにてにて年月としつき年月としつきとしつきをををこそこそこそ重かさ重かさかさねねね侍はべ侍はべはべれれれ。。。同おな同おなおなじじじさまさまさまににに物もの物ものものししし給たま給たまたまふふうなるなるなるをををたぐひたぐひたぐいににになさなさなさせせせ給たま給たまたまへへえととといといといと聞きこ聞きこきこえええまほしきまほしきまほしきををを、、、かゝるかゝるかかる折をり折をりおりもももありがたくありがたくありがたくてててなむなむなん、、、おぼさおぼさおぼされれれむむん所ところ所ところところをををももも憚はばか憚はばかはばからららずずずうちうちうちいでいでいで侍はべ侍はべはべりりりぬるぬるぬる」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえばばば、、、
  18. 18「「「いといといと嬉うれ嬉うれうれしうしうしゅう思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえぬぬぬべきべきべき御おん御おんおん事こと事ことことながらながらながらももも、、、聞きこ聞きこきこししし召め召めめしししひがめひがめひがめたるたるたる事こと事ことことなどなどなどややや侍はべ侍はべはべらららむむんとととつゝましうつゝましうつつましゅうなむなむなん。。。あやしきあやしきあやしき身み身みみひとつひとつひとつをををたのもしたのもしたのもし人びと人びとびとにににするするする人ひと人ひとひとなむなむなん侍はべ侍はべはべれれれどどど、、、
  19. 19いといといとまだまだまだいふいふいうがががひひひなきなきなき程ほど程ほどほどにてにてにて御覽ごらん御覽ごらんごらんじじじゆるさゆるさゆるさるゝるゝるる方かた方かたかたももも侍はべ侍はべはべりりり難がた難がたがたけれけれければばばえええなむなむなんうけうけうけ給たま給たまたまはりはりわり留とど留とどとどめめめられられられざりざりざりけるけるける」」」とととののの給のたま給のたまのたまふふう。。。
  20. 20「「「皆みな皆みなみなおぼつかなからおぼつかなからおぼつかなからずずずうけうけうけ給たま給たまたまはるはるわるものものものををを、、、ところせうところせうところしょうおぼしおぼしおぼし憚はばか憚はばかはばからららででで思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえ寄よ寄よよるるるさまさまさま異こと異ことことなるなるなる心こころ心こころこころののの程ほど程ほどほどををを御覽ごらん御覽ごらんごらんぜぜぜよよよ」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえどどど、、、いといといと似に似ににげなきげなきげなき事こと事ことことをををさささももも知し知ししらららでででののの給のたま給のたまのたまふふうとととおぼしおぼしおぼしててて心こころ心こころこころ解と解ととけけけたるたるたる御おん御おんおんいらへいらへいらえもももなしなしなし。。。
  21. 21僧都そうづ僧都そうづそうずおはしおはしおわしぬれぬれぬればばば「「「よしよしよしかうかうこう聞きこ聞きこきこえええそめそめそめ侍はべ侍はべはべりりりぬれぬれぬればばばいといといとたのもしうたのもしうたのもしゅうなむなむなん」」」とととててて押お押おおししし立た立たたててて給たま給たまたまひひいつつつ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

源氏は気分もたいそうすぐれないうえに、雨が少し降りそそぎ、山風が冷ややかに吹いてきて、滝の淵も水かさが増して、音が高く聞こえる。少し眠そうな読経の声が途切れ途切れにもの寂しく聞こえるのなども、何でもない人でさえ、場所がらしみじみと感じられる。まして源氏は思いめぐらすことが多くて、お眠りになれない。

初夜の勤行と言っていたが、夜もたいそう更けてしまった。奥でも人が起きている気配がはっきりして、たいそう忍んではいるが、数珠が脇息に当たって鳴る音がかすかに聞こえ、なつかしい衣ずれの音も上品だとお聞きになって、近いので、外に立てめぐらしてある屏風の中ほどを少し引き開けて、扇を鳴らしなさると、女房が「思いがけない気がするけれど、聞こえないふりをするのも」と言って、いざり出てくる人がいるようだ。

少し後ずさりして、「変ね。空耳かしら」とためらっているのをお聞きになって、源氏は「仏のお導きは、暗い中に入っても決して違うはずはないものを」とおっしゃる。そのお声がたいそう若々しく上品なので、返事をする声づかいも気恥ずかしいけれど、「どちらへのお導きでしょうか。よくわかりません」と申し上げる。

「いかにも突然だとお戸惑いになるのももっともですが、『初草の若葉を見てからというもの、旅寝の私の袖も露が乾くことがありません』と申し上げてくださいませんか」とおっしゃる。女房は「まったく、このようなお便りをお受けしてわかるような方もいらっしゃらないご様子は、ご存じのようですのに、どなたにでしょう」と申し上げる。「自然とそれなりのわけがあって申し上げているのだろうとお思いください」とおっしゃるので、女房は奥に入って尼君に申し上げる。

尼君は、まあ、当世風なこと、この君は、姫君が男女のことのわかる年ごろだとお思いなのだろう、それにしても、あの「若草」の歌をどうしてお聞きになったのかと、あれこれ不思議で心も乱れて、返事が遅くなると失礼だと思って、「旅の枕を結ぶ今夜だけの露けさを、深い山の苔のような私たちの涙と比べないでいただきたいものです。こちらの袖は乾きにくうございますのに」とご返事申し上げなさる。

源氏は「このような人:ひと+づて=づてのお便りは、まだまったくしたことがありません。慣れないことでして。恐れ多いことですが、この機会に、まじめにお話し申し上げたいことがあるのです」と申し上げなさったので、尼君は、聞き違えていらっしゃるのだろうと思って、「たいそう気がひけるほど立派なご様子に、何とお返事申し上げたらよいでしょう」とおっしゃると、女房たちが「おきまりが悪いとお思いになるでしょう」と申し上げる。尼君は「本当に、若い人なら困ったことでしょうが、まじめにおっしゃるのはもったいないこと」と言って、いざり寄りなさった。

源氏は「突然で、浅はかだときっとお思いになる機会ですが、私の心ではそうも思っておりませんので、仏はおのずから」と言って、尼君の年配らしく気がひけるような様子に遠慮して、すぐにはお話を切り出せない。尼君は「本当に、思いもかけない機会に、こうまでおっしゃっていただき、お話し申し上げるのも、浅いご縁とは思えません」とおっしゃる。

源氏は「お気の毒にうかがっているご様子を、あの亡くなられたという方のお代わりとして、私をお考えいただけないでしょうか。私も、どうしようもない幼い年ごろで、親しくすべき人(母)に先立たれましたので、不思議に頼りない身で年月を重ねております。同じような境遇でいらっしゃるそうなので、仲間にしていただきたいと、たいそう申し上げたかったのですが、こうした機会もめったにないので、どうお思いになるかも遠慮せずに申し上げてしまいました」と申し上げなさると、

尼君は「たいそううれしく存じるはずのお話ですが、お聞き違えになっていることなどがあるのではないかと、気がひけます。取るに足らない私一人を頼りにしている人はおりますが、まだまったく幼い年ごろで、大目に見ていただけるところもございませんので、お話をお受けすることはできません」とおっしゃる。

源氏は「すべてはっきりとうかがっておりますのに、窮屈にご遠慮なさらず、私の思いを寄せる、普通とは違った心のほどをご覧ください」と申し上げなさるが、尼君は、たいそう不釣り合いなことを、そうとも知らないでおっしゃるのだとお思いになって、打ち解けたご返事もない。僧都がおいでになったので、源氏は「まあ、こうしてお話し申し上げはじめましたので、たいそう心強く思います」と言って、屏風を押し立てなさった。

意訳

雨の夜、眠れない源氏は、扇を鳴らして女房を呼び、尼君に歌を取り次がせる。昼間に女房が詠んだ「はつ草」の歌をふまえた源氏の歌に、尼君は、なぜその歌を知っているのかと驚く。

尼君は、源氏が少女を年ごろの娘だと思い違いしているのだろうと考える。源氏は、自分も幼くして母を亡くしたことを語り、同じ境遇の少女の後見をしたいと熱心に頼む。しかし尼君は、まだ幼すぎると、打ち解けた返事をしない。

語釈・文法注

ずゞ
数珠(ずず)。念仏を唱えるときに手にかける玉を連ねた仏具。

文法

他に誂える「なむ」(くらべざらなむ)
未然形について、相手への願望を表す。「比べないでほしい」。
危ぶみの「もこそ」(はしたなうもこそ覺せ)
「きまりが悪いとお思いになったら困る」。
強意+推量の「てむ」(おぼしないてむや)
「お考えいただけないでしょうか」と、相手に強く頼む言い方。

和歌

はつ草の若葉のうへを見つるより旅ねのそでも露ぞかわかぬ

詠者
光源氏
状況
夜更け、源氏が女房に取り次がせて尼君に贈った歌。初草の若葉(少女)の姿を見てから、旅寝の私の袖も、露(涙)が乾くことがありません。

修辞

比喩
少女を「はつ草の若葉」にたとえる。昼間に女房が詠んだ「はつ草の生ひゆく末も」の歌をふまえている。
縁語
「草」「若葉」「露」が縁語。「露」に涙を重ねる。

まくらゆふ今宵ばかりの露けさをみ山の苔にくらべざらなむ

詠者
尼君
状況
源氏の歌への尼君の返歌。旅の枕を結ぶ今夜だけのあなたの露けさを、深い山の苔のような私たちの涙と、比べないでいただきたいものです。

修辞

対比
一夜だけの旅寝の源氏の「露けさ」と、山に住む自分たちの涙の深さとを対比し、源氏の申し出を軽くかわしている。

解説

源氏が尼君に贈った歌は、昼間の垣間見で聞いた女房の歌をふまえている。尼君は、その歌を源氏がどうして知っているのかと驚く。源氏は、垣間見していたことを、歌によってそれとなく知らせている。

源氏が自分の母の死を語る場面は重要である。幼くして母を亡くした源氏と、母を亡くした少女。源氏は少女の中に、藤壺の面影だけでなく、自分自身の境遇も見ている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、94–97頁(コマ49–50)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日