源氏物語 第5帖 若紫(4)
僧都の語る少女の素性
僧都に招かれて坊を訪れた源氏は、仏法の話を聞きながらも、昼に見た少女のことが忘れられない。僧都によれば、尼君は亡き按察大納言の北の方で僧都の妹、少女の母は尼君の娘で、兵部卿宮とひそかに通じたが、宮の北の方の圧迫に悩んで亡くなったという。少女が藤壺の姪とわかった源氏は、少女の後見をしたいと申し出るが、僧都はまだ幼すぎると取り合わない。

- 1うちうちうち臥臥ふししし給給たまへへえるるるににに僧都僧都そうずののの御御おん弟子弟子でし、、、惟光惟光これみつををを呼呼よびびび出出いでででさすさすさす。。。程程ほどなきなきなき所所ところなれなれなればばば君君きみもももやがてやがてやがて聞聞きききき給給たまふふう。。。
- 2「「「よぎりよぎりよぎりおはしましおはしましおわしましけるけるけるよしよしよし只今只今ただいまなむなむなん人人ひと申申もうすすすににに驚驚おどろきききながらながらながらさぶらふさぶらふさぶらうべきべきべきををを、、、なにがしなにがしなにがしこのこのこの寺寺てらににに籠籠こもりりり侍侍はべるるるとととはははしろしめししろしめししろしめしながらながらながら忍忍しのびびびさせさせさせ給給たまへへえるるるをををうれはしくうれはしくうれわしく思思おもひひい給給たまへへえてててなむなむなん草草くさののの御御おん席席むしろもももこのこのこの坊坊ぼうにににこそこそこそ設設もうけけけ侍侍はべるるるべけれべけれべけれ。。。いといといとほいなきほいなきほいなき事事こと」」」ととと申申もうししし給給たまへへえりりり。。。
- 3「「「いぬるいぬるいぬる十十とおよよよ日日かののの程程ほどよりよりよりわらはやみわらはやみわらわやみににに煩煩わずらひひい侍侍はべるるるををを度度たび重重かさなりりりててて堪堪たへへえ難難がとううう侍侍はべれれればばば人人ひとののの敎敎おしえののの儘儘ままににに俄俄にわかににに尋尋たずねねね入入いりりり侍侍はべりりりつれつれつれどどど、、、
- 4かうかうこうやうやうようなるなるなる人人ひとのののしるししるししるし顯顯あらわさささぬぬぬ時時ときははははしたなかるはしたなかるはしたなかるべきべきべきももも、、、たゞたゞただなるなるなるよりよりよりはははいとほしういとほしういとおしゅう思思おもひひい給給たまへへえつゝみつゝみつつみてててなむなむなんいたういたういとう忍忍しのびびび侍侍はべりりりつるつるつる。。。今今いまそなたそなたそなたにににももも」」」とととののの給給のたまへへえりりり。。。
- 5即即すなわちちち僧都僧都そうず參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。法師法師ほうしなれなれなれどどどいといといと心心こころ恥恥はずかしくしくしく人人ひとがらがらがらもももやんごとなくやんごとなくやんごとなく世世よににに思思おもははわれれれ給給たまへへえるるる人人ひとなれなれなればばば、、、かるがるしきかるがるしきかるがるしき御御おん有樣有樣ありさまをををはしたなうはしたなうはしたのう覺覺おぼすすす。。。
- 6かくかくかく籠籠こもれれれるるる程程ほどののの御御おん物語物語ものがたりなどなどなど聞聞きこえええ給給たまひひいててて「「「同同おなじじじ柴柴しばのののいほりいほりいおりなれなれなれどどど少少すこししし凉凉すずしきしきしき水水みずののの流流ながれれれももも御覽御覽ごらんぜぜぜさせさせさせむむん」」」とととせちせちせちににに聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、
- 7かのかのかのまだまだまだ見見みぬぬぬ人々人々びとにににことごとしうことごとしうことごとしゅう言言いひひい聞聞きかせかせかせつるつるつるをををつゝましうつゝましうつつましゅう覺覺おぼせせせどどど、、、哀哀あわれなりなりなりつるつるつるありさまありさまありさまもももいぶかしういぶかしういぶかしゅうててておはしおはしおわしぬぬぬ。。。
- 8げにげにげにいといといと心心こころことことことににによしよしよしありありありててて同同おなじじじ木草木草きくさをををももも植植うゑゑえなしなしなし給給たまへへえりりり。。。月月つきもももなきなきなき頃頃ころなれなれなればばば遣水遣水やりみずににに篝火篝火かがりびともしともしともしとうろとうろとうろなどなどなどにににももも參參まいりりりたりたりたり。。。南面南面みなみおもていといといと淸淸きよげげげにににしつらひしつらひしつらい給給たまへへえりりり。。。
- 9心心こころにくゝにくゝにくくかをりかをりかおり出出いでででのののかかかなどなどなど匂匂におひひい滿滿みちちちたるたるたるににに君君きみののの御御おん追風追風おいかぜいといといと異異ことなれなれなればばばうちうちうちののの人々人々びとももも心心こころつかひつかひつかいすすすべかべかべかめりめりめり。。。
- 10僧都僧都そうず世世よのののつねつねつねなきなきなき御御おん物語物語ものがたり後後のちののの世世よののの事事ことなどなどなど聞聞きこえええ知知しらせらせらせ給給たまふふう。。。我我わががが御御おん罪罪つみののの程程ほど恐恐おそろしうしうしゅうあぢきなきあぢきなきあじきなきことことことににに心心こころをををしめしめしめててて生生いけけけるるるかぎりかぎりかぎりこれこれこれををを思思おもひひい惱惱なやむむむべきべきべきなななめりめりめり。。。
- 11ましてましてまして後後のちののの世世よのののいみじかるいみじかるいみじかるべきべきべきをををおぼしおぼしおぼし續續つづけけけててて、、、かやうかやうかようなるなるなる住住すまひまひまいもももせせせまほしうまほしうまほしゅう覺覺おぼえええ給給たまふふうものものものからからから晝晝ひるののの俤俤おもかげ心心こころにににかゝりかゝりかかりててて戀戀こいしけれしけれしければばば
- 12「「「こゝこゝここにににものしものしものし給給たまふふうははは誰誰たれにににかかか尋尋たずねねね聞聞きこえええまほしきまほしきまほしき夢夢ゆめををを見見み給給たまへへえしかしかしかななな。。。今日今日きょうなむなむなん思思おもひひい合合あわせせせつるつるつる」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばばうちうちうち笑笑わらひひいててて
- 13「「「うちつけうちつけうちつけなるなるなる御御おん夢語夢語ゆめがたりにににぞぞぞ侍侍はべるるるなるなるなる尋尋たずねねねさせさせさせ給給たまひひいてててももも御心御心みこころ劣劣おとりりりせせせさせさせさせ給給たまひひいぬぬぬべしべしべし。。。故故こ按察按察あぜち大納言大納言だいなごんははは世世よににになくなくなくててて久久ひさしくしくしくなりなりなり侍侍はべりりりぬれぬれぬればばばえええしろしめさしろしめさしろしめさじじじかしかしかし。。。
- 14そのそのその北北きたののの方方かたなむなむなんなにがしなにがしなにがしががが妹妹いもうとにににはべるはべるはべる。。。かのかのかの按察按察あぜち隱隱かくれれれててて後後のち、、、世世よををを背背そむきききててて侍侍はべるるるがががこのこのこのころころころ煩煩わずらふふうととと侍侍はべるるるににによりよりよりかくかくかく京京きょうにににもももまかでまかでまかでねねねばばばたのもしたのもしたのもし所所どころににに籠籠こもりりりてててものしものしものし侍侍はべるるるなりなりなり」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 15「「「かのかのかの大納言大納言だいなごんのののみみみむすめむすめむすめ物物ものししし給給たまふふうととと聞聞きこえええ給給たまへへえしししはははすきずきしきすきずきしきすきずきしき方方かたにににはははあらあらあらでででまめやかまめやかまめやかににに聞聞きこゆるゆるゆるなりなりなり」」」とととおしあておしあておしあてにににののの給給のたまへへえばばば
- 16「「「娘娘むすめたゞたゞただ一人一人ひとり侍侍はべりりりししし亡亡うせせせてててこのこのこの十十とおよよよ年年とせにににやややなりなりなり侍侍はべりりりぬぬぬらむらむらん。。。故故こ大納言大納言だいなごんははは、、、うちうちうちににに奉奉たてまつらららむむんなどなどなどかしこうかしこうかしこういつきいつきいつき侍侍はべりりりしししををを、、、そのそのそのほほほ意意いののの如如ごとくくくももも物物ものししし侍侍はべらららででで過過すぎぎぎ侍侍はべりりりにににしかしかしかばばば、、、
- 17唯唯ただこのこのこの尼君尼君あまぎみ一人一人ひとりもてもてもてあつかひあつかひあつかい侍侍はべりりりししし程程ほどににに、、、いかなるいかなるいかなる人人ひとのののしわざしわざしわざにににかかか兵部卿兵部卿ひょうぶきょうののの宮宮みやなむなむなん忍忍しのびびびててて語語かたらひらひらいつきつきつき給給たまへへえりりりけるけるけるををを、、、もともともとののの北北きたののの方方かたやんごとなくやんごとなくやんごとなくなどなどなどしししててて安安やすからからからぬぬぬことことこと多多おおくくくててて、、、
- 18明暮明暮あけくれ物物ものををを思思おもひひいてててなむなむなんなくなくなくなりなりなり侍侍はべりりりにににししし物思物思ものおもひひいににに病病やまひひいづくづくづくものものものととと目目めににに近近ちかくくく見見み給給たまへへえししし」」」などなどなど申申もうししし給給たまふふう。。。さらばさらばさらばそのそのその子子こなりなりなりけりけりけりととと覺覺おぼししし合合あわせせせつつつ。。。
- 19みこみこみこののの御御おんすぢすぢすじにてにてにてかのかのかの人人ひとにににももも通通かよひひい聞聞きこえええたるたるたるにににやややととといとゞいとゞいとど哀哀あわれににに見見みまほしくまほしくまほしく、、、人人ひとののの程程ほどもももあてあてあてにににをかしうをかしうおかしゅうなかなかなかなかなかなかのののさかしらさかしらさかしら心心こころなくなくなくうちうちうち語語かたらひらひらいててて心心こころのののまゝまゝままににに敎敎おしへへえおほしおほしおおし立立たてゝてゝてて見見みばやばやばやととと覺覺おぼすすす。。。
- 20「「「いといといと哀哀あわれににに物物ものししし給給たまふふうことことことかなかなかな。。。それそれそれはははとゞめとゞめとどめ給給たまふふうかたみかたみかたみもももなきなきなきかかか」」」とととをさなかりをさなかりおさなかりつるつるつる行行ゆくへくへくえのののなほなほなお確確たしかににに知知しらららまほしくまほしくまほしくててて問問とひひい給給たまへへえばばば「「「なくなくなくなりなりなり侍侍はべりりりししし程程ほどにににこそこそこそ侍侍はべりりりしかしかしかそれそれそれももも女女おんなにてにてにてぞぞぞ。。。それそれそれにににつけつけつけてててもももののの思思おもひひいののの催催もよおしししににになむなむなん齡齡よわいののの末末すえににに思思おもひひい給給たまへへえ歎歎なげききき侍侍はべるるるめるめるめる」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。さればよさればよさればよとととおぼさおぼさおぼさるるる。。。
- 21「「「怪怪あやしきしきしき事事ことなれなれなれどどどをさなきをさなきおさなき御御おん後見後見うしろみにににおもほすおもほすおもおすべくべくべく聞聞きこえええ給給たまひひいてててむむんややや。。。思思おもふふう心心こころありありありててて行行ゆきききかゝづらふかゝづらふかかずらう方方かたももも侍侍はべりりりながらながらながら、、、世世よににに心心こころのののしましましまぬぬぬにににやややあらあらあらむむん、、、ひとりずみひとりずみひとりずみにてにてにてのみのみのみなむなむなん。。。
- 22まだまだまだ似似にげなきげなきげなき程程ほどととと、、、常常つねののの人人ひとににに覺覺おぼしししなずらへなずらへなずらえてててはしたなくはしたなくはしたなくややや」」」などなどなどののの給給のたまへへえばばば「「「いといといと嬉嬉うれしかるしかるしかるべきべきべき仰事仰事おおせごとなるなるなるをををまだまだまだむげにむげにむげにいはけなきいはけなきいわけなき程程ほどににに侍侍はべるるるめれめれめればばば戯戯たわぶれぶれぶれにてにてにてももも御覽御覽ごらんじじじ難難がたくくくややや。。。
- 23そもそもそもそもそもそも女女おんなははは人人ひとにににもてなさもてなさもてなされれれててておとなおとなおとなにににもももなりなりなり給給たまふふうものものものなれなれなればばば、、、委委くわしくしくしくはははえええとりとりとり申申もうさささずずず。。。かのかのかのおばおばおば北北きたののの方方かたににに語語かたらひらひらい侍侍はべりりりててて聞聞きこえええさせさせさせむむん」」」とととすくよかすくよかすくよかににに言言いひひいててて物物ものごはきごはきごわきさまさまさまししし給給たまへへえれれればばば、、、若若わかききき御心御心みこころににに恥恥はずかしくしくしくてててえええよくよくよくももも聞聞きこえええ給給たまははわずずず。。。
- 24「「「阿彌陀阿彌陀あみだぼとけぼとけぼとけものしものしものし給給たまふふう堂堂どうにににするするする事事こと侍侍はべるるるころころころににになむなむなん。。。いまだいまだいまだ勤勤つとめめめ侍侍はべらららずずず。。。すぐしすぐしすぐしてててさぶらはさぶらはさぶらわむむん」」」とととててて昇昇のぼりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。
現代語訳
源氏が横になっていらっしゃると、僧都のお弟子が惟光を呼び出させる。狭い所なので、源氏もそのままお聞きになる。「お立ち寄りになっていらっしゃることを、たった今人が申しましたので、驚いてすぐに参上すべきところですが、私がこの寺に籠っておりますことをご存じでいらっしゃりながら、お忍びでいらっしゃったのを恨めしく存じまして。粗末なお宿も、この坊にこそご用意いたしますべきでした。たいそう残念なことです」と申し上げなさった。
源氏は「この十日あまり前から瘧病を患っておりましたが、度重なって耐えがたくなりましたので、人の勧めのままに急に山に入ったのですが、こうした方がききめを現さない時は、聖にも気の毒なことになるので、普通の人以上に遠慮しまして、ひどく忍んでおりました。今そちらにも参りましょう」とおっしゃった。すぐに僧都が参上なさった。法師ではあるが、たいそう気がひけるほど立派で、人柄も重々しく世間に尊ばれていらっしゃる人なので、源氏は自分の軽々しい姿を気恥ずかしくお思いになる。
僧都はこうして籠っている間のお話などを申し上げて、「同じ柴の庵ですが、少し涼しい水の流れもご覧に入れましょう」と熱心にお誘い申し上げるので、源氏は、まだ自分を見ていない人々に大げさに言い聞かせていたのを気恥ずかしくお思いになるが、しみじみとかわいらしかった様子も気がかりで、おいでになった。
本当に、格別に趣深く、同じ木や草でも植え方に工夫をこらしていらっしゃる。月もない頃なので、遣水に篝火をともし、灯籠などにも火をともしてある。南面はたいそうこざっぱりと整えていらっしゃる。どこからともなく漂う薫物の香が奥ゆかしく香り、名香の香りなどが満ちているところに、源氏のお召し物の追い風の香りがたいそう格別なので、奥の人々も気をつかっている様子である。
僧都は、この世の無常のお話や来世のことなどを、源氏にお教え申し上げる。源氏はご自分の罪の深さが恐ろしく、どうにもならないことに心をとらわれて、生きている限りこのことを思い悩まねばならないようだ、まして来世ではどんなにひどい報いを受けるだろうかと思い続けなさって、このような山住まいもしてみたいとお思いになるものの、昼に見た面影が心にかかって恋しいので、
「ここにいらっしゃるのはどなたですか。お尋ね申し上げたいような夢を見たのです。今日思い当たりました」と申し上げなさると、僧都は笑って、「突然の夢語りでございますね。お尋ねになっても、がっかりなさるでしょう。故按察大納言は、亡くなって久しくなりますので、ご存じないでしょう。その北の方が私の妹でございます。按察大納言が亡くなった後、出家しておりますが、近ごろ病気をしておりますので、私がこうして京にも出ないものですから、頼りにしてここに籠っているのです」と申し上げなさる。
源氏が「その大納言には姫君がいらっしゃると聞いておりましたが。色めいた意味ではなく、まじめにお尋ねするのです」と当て推量でおっしゃると、僧都は「娘がただ一人おりました。亡くなってから、もう十年あまりになるでしょうか。故大納言は、入内させようなどと大切に育てておりましたが、その望みどおりにもならずに亡くなりましたので、ただこの尼君が一人で世話をしておりましたうちに、誰の手引きでしょうか、兵部卿宮がひそかに通うようになられたのですが、宮の本妻が身分の高い方で、心穏やかでないことが多くて、明け暮れ思い悩んで亡くなってしまいました。物思いで病気になるものだと、目の前で見たことでした」などと申し上げなさる。
それでは、あの少女はその子だったのだと、源氏はお思い当たりになった。兵部卿宮のお血筋なので、あの方(藤壺)にも似通い申し上げているのだろうかと、いっそういとしく、そばで見ていたいと思われ、人柄も上品でかわいらしく、なまじっかな利口ぶった心もなく、自分が親しく語らいながら、思いのままに教え育てて妻にしたいものだとお思いになる。
「たいそうお気の毒なことですね。その方は、忘れ形見を残していらっしゃらないのですか」と、さっきの幼い子の行く末をさらに確かに知りたくてお尋ねになると、僧都は「亡くなりました頃に生まれました。それも女の子で。そのことにつけても、尼君は物思いの種となって、余生を嘆いているようでございます」と申し上げなさる。やはりそうだったとお思いになる。
源氏は「突然のことですが、その幼い方の後見として私をお考えくださるよう、尼君に申し上げてくださいませんか。思うところがあって、通う所もございますが、心にしっくりこないのでしょうか、ひとり暮らしばかりしております。まだ不釣り合いな年ごろだと、世間の人並みにお考えになって、私をぶしつけだとお思いでしょうか」などとおっしゃると、
僧都は「たいそううれしいはずのお言葉ですが、まだまったく幼い年ごろのようですので、冗談にでもお相手はできないでしょう。そもそも女というものは、人に世話をされて一人前にもなるものですから、私からは詳しく申し上げられません。あの子の祖母である尼君に相談しまして、ご返事申し上げましょう」と、そっけなく言って、取りつく島もない様子でいらっしゃるので、源氏は若いお心に気恥ずかしくて、うまく言葉も続けられない。僧都は「阿弥陀仏のいらっしゃる堂で勤行をする頃でございます。初夜の勤めをまだしておりません。済ませてから参りましょう」と言って、お堂に上っておしまいになった。
意訳
僧都の坊で、源氏は少女の素性を聞き出す。少女の祖母の尼君は、故按察大納言の北の方で、僧都の妹。少女の母は兵部卿宮とひそかに結ばれて少女を産んだが、宮の正妻の圧迫に苦しんで亡くなった。
兵部卿宮は藤壺の兄である。少女が藤壺の姪だとわかった源氏は、少女を引き取って、自分の思うままに育てたいと考える。しかし僧都は、まだ幼すぎると取り合わない。
語釈・文法注
- そらだきもの
- 空薫物(そらだきもの)。どこからともなく香るように、部屋にたきしめておく香。
- みやうかう
- 名香(みょうこう)。仏前にたく香。
- そや
- 初夜(そや)。宵(午後八時ごろ)に行う勤行。
文法
- 過去の「しか」の詠嘆(夢を見給へしかな)
- 過去の助動詞「き」の已然形「しか」+終助詞「な」で、「…したことだなあ」。
- 強意+推量の「てむ」(聞え給ひてむや)
- 「申し上げてくださいませんか」。相手に依頼する言い方。
- 願望の「ばや」(見ばや)
- 「(教え育てて)見たいものだ」。
解説
少女の素性が明かされる場面である。少女の父、兵部卿宮は藤壺の兄にあたり、少女は藤壺の姪になる。源氏が少女に藤壺の面影を見たのは、血のつながりによるものだった。
少女の母が、宮の正妻の圧迫に悩んで亡くなったという話は、桐壺更衣の運命と重なる。母を亡くした子という点でも、少女は源氏自身の境遇に似ている。
源氏の「心のままに教へおほし立てて見ばや」という思いは、のちに紫の上を理想の女性に育てあげることにつながる。夕顔の巻の終わりで源氏が語った理想の女性像が、ここで具体的な形をとりはじめる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、92–95頁(コマ48–49)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日