古典ライブラリー

源氏物語 第5帖 若紫(4)

僧都の語る少女の素性

登場人物:光源氏・僧都・惟光

僧都に招かれて坊を訪れた源氏は、仏法の話を聞きながらも、昼に見た少女のことが忘れられない。僧都によれば、尼君は亡き按察大納言の北の方で僧都の妹、少女の母は尼君の娘で、兵部卿宮とひそかに通じたが、宮の北の方の圧迫に悩んで亡くなったという。少女が藤壺の姪とわかった源氏は、少女の後見をしたいと申し出るが、僧都はまだ幼すぎると取り合わない。

灯火のともる夜の僧坊で、源氏が僧都と向かい合い、少女の素性について話を聞いている場面(AI生成)
灯火のともる夜の僧坊で、源氏が僧都と向かい合い、少女の素性について話を聞いている場面
  1. 1うちうちうち臥ふ臥ふふししし給たま給たまたまへへえるるるににに僧都そうづ僧都そうづそうずののの御おん御おんおん弟子でし弟子でしでし、、、惟光これみつ惟光これみつこれみつををを呼よ呼よよびびび出い出いいでででさすさすさす。。。程ほど程ほどほどなきなきなき所ところ所ところところなれなれなればばば君きみ君きみきみもももやがてやがてやがて聞き聞ききききき給たま給たまたまふふう。。。
  2. 2「「「よぎりよぎりよぎりおはしましおはしましおわしましけるけるけるよしよしよし只今ただいま只今ただいまただいまなむなむなん人ひと人ひとひと申まう申まうもうすすすににに驚おどろ驚おどろおどろきききながらながらながらさぶらふさぶらふさぶらうべきべきべきををを、、、なにがしなにがしなにがしこのこのこの寺てら寺てらてらににに籠こも籠こもこもりりり侍はべ侍はべはべるるるとととはははしろしめししろしめししろしめしながらながらながら忍しの忍しのしのびびびさせさせさせ給たま給たまたまへへえるるるをををうれはしくうれはしくうれわしく思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえてててなむなむなん草くさ草くさくさののの御おん御おんおん席むしろ席むしろむしろもももこのこのこの坊ばう坊ばうぼうにににこそこそこそ設まう設まうもうけけけ侍はべ侍はべはべるるるべけれべけれべけれ。。。いといといとほいなきほいなきほいなき事こと事ことこと」」」ととと申まう申まうもうししし給たま給たまたまへへえりりり。。。
  3. 3「「「いぬるいぬるいぬる十とを十とをとおよよよ日か日かかののの程ほど程ほどほどよりよりよりわらはやみわらはやみわらわやみににに煩わづら煩わづらわずらひひい侍はべ侍はべはべるるるををを度たび度たびたび重かさな重かさなかさなりりりててて堪た堪たたへへえ難がた難がたがとううう侍はべ侍はべはべれれればばば人ひと人ひとひとののの敎をしへ敎をしへおしえののの儘まま儘ままままににに俄にはか俄にはかにわかににに尋たづ尋たづたずねねね入い入いいりりり侍はべ侍はべはべりりりつれつれつれどどど、、、
  4. 4かうかうこうやうやうようなるなるなる人ひと人ひとひとのののしるししるししるし顯あらは顯あらはあらわさささぬぬぬ時とき時ときときははははしたなかるはしたなかるはしたなかるべきべきべきももも、、、たゞたゞただなるなるなるよりよりよりはははいとほしういとほしういとおしゅう思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえつゝみつゝみつつみてててなむなむなんいたういたういとう忍しの忍しのしのびびび侍はべ侍はべはべりりりつるつるつる。。。今いま今いまいまそなたそなたそなたにににももも」」」とととののの給のたま給のたまのたまへへえりりり。。。
  5. 5即すなは即すなはすなわちちち僧都そうづ僧都そうづそうず參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまへへえりりり。。。法師ほふし法師ほふしほうしなれなれなれどどどいといといと心こころ心こころこころ恥はづか恥はづかはずかしくしくしく人ひと人ひとひとがらがらがらもももやんごとなくやんごとなくやんごとなく世よ世よよににに思おも思おもおもははわれれれ給たま給たまたまへへえるるる人ひと人ひとひとなれなれなればばば、、、かるがるしきかるがるしきかるがるしき御おん御おんおん有樣ありさま有樣ありさまありさまをををはしたなうはしたなうはしたのう覺おぼ覺おぼおぼすすす。。。
  6. 6かくかくかく籠こも籠こもこもれれれるるる程ほど程ほどほどののの御おん御おんおん物語ものがたり物語ものがたりものがたりなどなどなど聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいててて「「「同おな同おなおなじじじ柴しば柴しばしばのののいほりいほりいおりなれなれなれどどど少すこ少すこすこししし凉すず凉すずすずしきしきしき水みづ水みづみずののの流なが流ながながれれれももも御覽ごらん御覽ごらんごらんぜぜぜさせさせさせむむん」」」とととせちせちせちににに聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえばばば、、、
  7. 7かのかのかのまだまだまだ見み見みみぬぬぬ人々びと人々びとびとにににことごとしうことごとしうことごとしゅう言い言いいひひい聞き聞ききかせかせかせつるつるつるをををつゝましうつゝましうつつましゅう覺おぼ覺おぼおぼせせせどどど、、、哀あはれ哀あはれあわれなりなりなりつるつるつるありさまありさまありさまもももいぶかしういぶかしういぶかしゅうててておはしおはしおわしぬぬぬ。。。
  8. 8げにげにげにいといといと心こころ心こころこころことことことににによしよしよしありありありててて同おな同おなおなじじじ木草きくさ木草きくさきくさをををももも植う植ううゑゑえなしなしなし給たま給たまたまへへえりりり。。。月つき月つきつきもももなきなきなき頃ころ頃ころころなれなれなればばば遣水やりみづ遣水やりみづやりみずににに篝火かがりび篝火かがりびかがりびともしともしともしとうろとうろとうろなどなどなどにににももも參まゐ參まゐまいりりりたりたりたり。。。南面みなみおもて南面みなみおもてみなみおもていといといと淸きよ淸きよきよげげげにににしつらひしつらひしつらい給たま給たまたまへへえりりり。。。
  9. 9心こころ心こころこころにくゝにくゝにくくかをりかをりかおり出い出いいでででのののかかかなどなどなど匂にほ匂にほにおひひい滿み滿みみちちちたるたるたるににに君きみ君きみきみののの御おん御おんおん追風おひかぜ追風おひかぜおいかぜいといといと異こと異ことことなれなれなればばばうちうちうちののの人々びと人々びとびとももも心こころ心こころこころつかひつかひつかいすすすべかべかべかめりめりめり。。。
  10. 10僧都そうづ僧都そうづそうず世よ世よよのののつねつねつねなきなきなき御おん御おんおん物語ものがたり物語ものがたりものがたり後のち後のちのちののの世よ世よよののの事こと事ことことなどなどなど聞きこ聞きこきこえええ知し知ししらせらせらせ給たま給たまたまふふう。。。我わ我わわががが御おん御おんおん罪つみ罪つみつみののの程ほど程ほどほど恐おそろ恐おそろおそろしうしうしゅうあぢきなきあぢきなきあじきなきことことことににに心こころ心こころこころをををしめしめしめててて生い生いいけけけるるるかぎりかぎりかぎりこれこれこれををを思おも思おもおもひひい惱なや惱なやなやむむむべきべきべきなななめりめりめり。。。
  11. 11ましてましてまして後のち後のちのちののの世よ世よよのののいみじかるいみじかるいみじかるべきべきべきをををおぼしおぼしおぼし續つづ續つづつづけけけててて、、、かやうかやうかようなるなるなる住す住すすまひまひまいもももせせせまほしうまほしうまほしゅう覺おぼ覺おぼおぼえええ給たま給たまたまふふうものものものからからから晝ひる晝ひるひるののの俤おもかげ俤おもかげおもかげ心こころ心こころこころにににかゝりかゝりかかりててて戀こひ戀こひこいしけれしけれしければばば
  12. 12「「「こゝこゝここにににものしものしものし給たま給たまたまふふうははは誰たれ誰たれたれにににかかか尋たづ尋たづたずねねね聞きこ聞きこきこえええまほしきまほしきまほしき夢ゆめ夢ゆめゆめををを見み見みみ給たま給たまたまへへえしかしかしかななな。。。今日けふ今日けふきょうなむなむなん思おも思おもおもひひい合あは合あはあわせせせつるつるつる」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえばばばうちうちうち笑わら笑わらわらひひいててて
  13. 13「「「うちつけうちつけうちつけなるなるなる御おん御おんおん夢語ゆめがたり夢語ゆめがたりゆめがたりにににぞぞぞ侍はべ侍はべはべるるるなるなるなる尋たづ尋たづたずねねねさせさせさせ給たま給たまたまひひいてててももも御心みこころ御心みこころみこころ劣おと劣おとおとりりりせせせさせさせさせ給たま給たまたまひひいぬぬぬべしべしべし。。。故こ故ここ按察あぜち按察あぜちあぜち大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんははは世よ世よよににになくなくなくててて久ひさ久ひさひさしくしくしくなりなりなり侍はべ侍はべはべりりりぬれぬれぬればばばえええしろしめさしろしめさしろしめさじじじかしかしかし。。。
  14. 14そのそのその北きた北きたきたののの方かた方かたかたなむなむなんなにがしなにがしなにがしががが妹いもうと妹いもうといもうとにににはべるはべるはべる。。。かのかのかの按察あぜち按察あぜちあぜち隱かく隱かくかくれれれててて後のち後のちのち、、、世よ世よよををを背そむ背そむそむきききててて侍はべ侍はべはべるるるがががこのこのこのころころころ煩わづら煩わづらわずらふふうととと侍はべ侍はべはべるるるににによりよりよりかくかくかく京きやう京きやうきょうにににもももまかでまかでまかでねねねばばばたのもしたのもしたのもし所どころ所どころどころににに籠こも籠こもこもりりりてててものしものしものし侍はべ侍はべはべるるるなりなりなり」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。
  15. 15「「「かのかのかの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんのののみみみむすめむすめむすめ物もの物ものものししし給たま給たまたまふふうととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえしししはははすきずきしきすきずきしきすきずきしき方かた方かたかたにににはははあらあらあらでででまめやかまめやかまめやかににに聞きこ聞きこきこゆるゆるゆるなりなりなり」」」とととおしあておしあておしあてにににののの給のたま給のたまのたまへへえばばば
  16. 16「「「娘むすめ娘むすめむすめたゞたゞただ一人ひとり一人ひとりひとり侍はべ侍はべはべりりりししし亡う亡ううせせせてててこのこのこの十とを十とをとおよよよ年とせ年とせとせにににやややなりなりなり侍はべ侍はべはべりりりぬぬぬらむらむらん。。。故こ故ここ大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんははは、、、うちうちうちににに奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんなどなどなどかしこうかしこうかしこういつきいつきいつき侍はべ侍はべはべりりりしししををを、、、そのそのそのほほほ意い意いいののの如ごと如ごとごとくくくももも物もの物ものものししし侍はべ侍はべはべらららででで過す過すすぎぎぎ侍はべ侍はべはべりりりにににしかしかしかばばば、、、
  17. 17唯ただ唯ただただこのこのこの尼君あまぎみ尼君あまぎみあまぎみ一人ひとり一人ひとりひとりもてもてもてあつかひあつかひあつかい侍はべ侍はべはべりりりししし程ほど程ほどほどににに、、、いかなるいかなるいかなる人ひと人ひとひとのののしわざしわざしわざにににかかか兵部卿ひやうぶきやう兵部卿ひやうぶきやうひょうぶきょうののの宮みや宮みやみやなむなむなん忍しの忍しのしのびびびててて語かた語かたかたらひらひらいつきつきつき給たま給たまたまへへえりりりけるけるけるををを、、、もともともとののの北きた北きたきたののの方かた方かたかたやんごとなくやんごとなくやんごとなくなどなどなどしししててて安やす安やすやすからからからぬぬぬことことこと多おほ多おほおおくくくててて、、、
  18. 18明暮あけくれ明暮あけくれあけくれ物もの物ものものををを思おも思おもおもひひいてててなむなむなんなくなくなくなりなりなり侍はべ侍はべはべりりりにににししし物思ものおも物思ものおもものおもひひいににに病やま病やまやまひひいづくづくづくものものものととと目め目めめににに近ちか近ちかちかくくく見み見みみ給たま給たまたまへへえししし」」」などなどなど申まう申まうもうししし給たま給たまたまふふう。。。さらばさらばさらばそのそのその子こ子ここなりなりなりけりけりけりととと覺おぼ覺おぼおぼししし合あは合あはあわせせせつつつ。。。
  19. 19みこみこみこののの御おん御おんおんすぢすぢすじにてにてにてかのかのかの人ひと人ひとひとにににももも通かよ通かよかよひひい聞きこ聞きこきこえええたるたるたるにににやややととといとゞいとゞいとど哀あはれ哀あはれあわれににに見み見みみまほしくまほしくまほしく、、、人ひと人ひとひとののの程ほど程ほどほどもももあてあてあてにににをかしうをかしうおかしゅうなかなかなかなかなかなかのののさかしらさかしらさかしら心こころ心こころこころなくなくなくうちうちうち語かた語かたかたらひらひらいててて心こころ心こころこころのののまゝまゝままににに敎をし敎をしおしへへえおほしおほしおおし立た立たたてゝてゝてて見み見みみばやばやばやととと覺おぼ覺おぼおぼすすす。。。
  20. 20「「「いといといと哀あはれ哀あはれあわれににに物もの物ものものししし給たま給たまたまふふうことことことかなかなかな。。。それそれそれはははとゞめとゞめとどめ給たま給たまたまふふうかたみかたみかたみもももなきなきなきかかか」」」とととをさなかりをさなかりおさなかりつるつるつる行ゆ行ゆゆくへくへくえのののなほなほなお確たしか確たしかたしかににに知し知ししらららまほしくまほしくまほしくててて問と問ととひひい給たま給たまたまへへえばばば「「「なくなくなくなりなりなり侍はべ侍はべはべりりりししし程ほど程ほどほどにににこそこそこそ侍はべ侍はべはべりりりしかしかしかそれそれそれももも女をんな女をんなおんなにてにてにてぞぞぞ。。。それそれそれにににつけつけつけてててもももののの思おも思おもおもひひいののの催もよほ催もよほもよおしししににになむなむなん齡よはひ齡よはひよわいののの末すゑ末すゑすえににに思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえ歎なげ歎なげなげききき侍はべ侍はべはべるるるめるめるめる」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。さればよさればよさればよとととおぼさおぼさおぼさるるる。。。
  21. 21「「「怪あや怪あやあやしきしきしき事こと事ことことなれなれなれどどどをさなきをさなきおさなき御おん御おんおん後見うしろみ後見うしろみうしろみにににおもほすおもほすおもおすべくべくべく聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいてててむむんややや。。。思おも思おもおもふふう心こころ心こころこころありありありててて行ゆ行ゆゆきききかゝづらふかゝづらふかかずらう方かた方かたかたももも侍はべ侍はべはべりりりながらながらながら、、、世よ世よよににに心こころ心こころこころのののしましましまぬぬぬにににやややあらあらあらむむん、、、ひとりずみひとりずみひとりずみにてにてにてのみのみのみなむなむなん。。。
  22. 22まだまだまだ似に似ににげなきげなきげなき程ほど程ほどほどととと、、、常つね常つねつねののの人ひと人ひとひとににに覺おぼ覺おぼおぼしししなずらへなずらへなずらえてててはしたなくはしたなくはしたなくややや」」」などなどなどののの給のたま給のたまのたまへへえばばば「「「いといといと嬉うれ嬉うれうれしかるしかるしかるべきべきべき仰事おほせごと仰事おほせごとおおせごとなるなるなるをををまだまだまだむげにむげにむげにいはけなきいはけなきいわけなき程ほど程ほどほどににに侍はべ侍はべはべるるるめれめれめればばば戯たは戯たはたわぶれぶれぶれにてにてにてももも御覽ごらん御覽ごらんごらんじじじ難がた難がたがたくくくややや。。。
  23. 23そもそもそもそもそもそも女をんな女をんなおんなははは人ひと人ひとひとにににもてなさもてなさもてなされれれててておとなおとなおとなにににもももなりなりなり給たま給たまたまふふうものものものなれなれなればばば、、、委くは委くはくわしくしくしくはははえええとりとりとり申まう申まうもうさささずずず。。。かのかのかのおばおばおば北きた北きたきたののの方かた方かたかたににに語かた語かたかたらひらひらい侍はべ侍はべはべりりりててて聞きこ聞きこきこえええさせさせさせむむん」」」とととすくよかすくよかすくよかににに言い言いいひひいててて物もの物ものものごはきごはきごわきさまさまさまししし給たま給たまたまへへえれれればばば、、、若わか若わかわかききき御心みこころ御心みこころみこころににに恥はづか恥はづかはずかしくしくしくてててえええよくよくよくももも聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまははわずずず。。。
  24. 24「「「阿彌陀あみだ阿彌陀あみだあみだぼとけぼとけぼとけものしものしものし給たま給たまたまふふう堂だう堂だうどうにににするするする事こと事ことこと侍はべ侍はべはべるるるころころころににになむなむなん。。。いまだいまだいまだ勤つと勤つとつとめめめ侍はべ侍はべはべらららずずず。。。すぐしすぐしすぐしてててさぶらはさぶらはさぶらわむむん」」」とととててて昇のぼ昇のぼのぼりりり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

源氏が横になっていらっしゃると、僧都のお弟子が惟光を呼び出させる。狭い所なので、源氏もそのままお聞きになる。「お立ち寄りになっていらっしゃることを、たった今人が申しましたので、驚いてすぐに参上すべきところですが、私がこの寺に籠っておりますことをご存じでいらっしゃりながら、お忍びでいらっしゃったのを恨めしく存じまして。粗末なお宿も、この坊にこそご用意いたしますべきでした。たいそう残念なことです」と申し上げなさった。

源氏は「この十日あまり前から瘧病を患っておりましたが、度重なって耐えがたくなりましたので、人の勧めのままに急に山に入ったのですが、こうした方がききめを現さない時は、聖にも気の毒なことになるので、普通の人以上に遠慮しまして、ひどく忍んでおりました。今そちらにも参りましょう」とおっしゃった。すぐに僧都が参上なさった。法師ではあるが、たいそう気がひけるほど立派で、人柄も重々しく世間に尊ばれていらっしゃる人なので、源氏は自分の軽々しい姿を気恥ずかしくお思いになる。

僧都はこうして籠っている間のお話などを申し上げて、「同じ柴の庵ですが、少し涼しい水の流れもご覧に入れましょう」と熱心にお誘い申し上げるので、源氏は、まだ自分を見ていない人々に大げさに言い聞かせていたのを気恥ずかしくお思いになるが、しみじみとかわいらしかった様子も気がかりで、おいでになった。

本当に、格別に趣深く、同じ木や草でも植え方に工夫をこらしていらっしゃる。月もない頃なので、遣水に篝火をともし、灯籠などにも火をともしてある。南面はたいそうこざっぱりと整えていらっしゃる。どこからともなく漂う薫物の香が奥ゆかしく香り、名香の香りなどが満ちているところに、源氏のお召し物の追い風の香りがたいそう格別なので、奥の人々も気をつかっている様子である。

僧都は、この世の無常のお話や来世のことなどを、源氏にお教え申し上げる。源氏はご自分の罪の深さが恐ろしく、どうにもならないことに心をとらわれて、生きている限りこのことを思い悩まねばならないようだ、まして来世ではどんなにひどい報いを受けるだろうかと思い続けなさって、このような山住まいもしてみたいとお思いになるものの、昼に見た面影が心にかかって恋しいので、

「ここにいらっしゃるのはどなたですか。お尋ね申し上げたいような夢を見たのです。今日思い当たりました」と申し上げなさると、僧都は笑って、「突然の夢語りでございますね。お尋ねになっても、がっかりなさるでしょう。故按察大納言は、亡くなって久しくなりますので、ご存じないでしょう。その北の方が私の妹でございます。按察大納言が亡くなった後、出家しておりますが、近ごろ病気をしておりますので、私がこうして京にも出ないものですから、頼りにしてここに籠っているのです」と申し上げなさる。

源氏が「その大納言には姫君がいらっしゃると聞いておりましたが。色めいた意味ではなく、まじめにお尋ねするのです」と当て推量でおっしゃると、僧都は「娘がただ一人おりました。亡くなってから、もう十年あまりになるでしょうか。故大納言は、入内させようなどと大切に育てておりましたが、その望みどおりにもならずに亡くなりましたので、ただこの尼君が一人で世話をしておりましたうちに、誰の手引きでしょうか、兵部卿宮がひそかに通うようになられたのですが、宮の本妻が身分の高い方で、心穏やかでないことが多くて、明け暮れ思い悩んで亡くなってしまいました。物思いで病気になるものだと、目の前で見たことでした」などと申し上げなさる。

それでは、あの少女はその子だったのだと、源氏はお思い当たりになった。兵部卿宮のお血筋なので、あの方(藤壺)にも似通い申し上げているのだろうかと、いっそういとしく、そばで見ていたいと思われ、人柄も上品でかわいらしく、なまじっかな利口ぶった心もなく、自分が親しく語らいながら、思いのままに教え育てて妻にしたいものだとお思いになる。

「たいそうお気の毒なことですね。その方は、忘れ形見を残していらっしゃらないのですか」と、さっきの幼い子の行く末をさらに確かに知りたくてお尋ねになると、僧都は「亡くなりました頃に生まれました。それも女の子で。そのことにつけても、尼君は物思いの種となって、余生を嘆いているようでございます」と申し上げなさる。やはりそうだったとお思いになる。

源氏は「突然のことですが、その幼い方の後見として私をお考えくださるよう、尼君に申し上げてくださいませんか。思うところがあって、通う所もございますが、心にしっくりこないのでしょうか、ひとり暮らしばかりしております。まだ不釣り合いな年ごろだと、世間の人並みにお考えになって、私をぶしつけだとお思いでしょうか」などとおっしゃると、

僧都は「たいそううれしいはずのお言葉ですが、まだまったく幼い年ごろのようですので、冗談にでもお相手はできないでしょう。そもそも女というものは、人に世話をされて一人前にもなるものですから、私からは詳しく申し上げられません。あの子の祖母である尼君に相談しまして、ご返事申し上げましょう」と、そっけなく言って、取りつく島もない様子でいらっしゃるので、源氏は若いお心に気恥ずかしくて、うまく言葉も続けられない。僧都は「阿弥陀仏のいらっしゃる堂で勤行をする頃でございます。初夜の勤めをまだしておりません。済ませてから参りましょう」と言って、お堂に上っておしまいになった。

意訳

僧都の坊で、源氏は少女の素性を聞き出す。少女の祖母の尼君は、故按察大納言の北の方で、僧都の妹。少女の母は兵部卿宮とひそかに結ばれて少女を産んだが、宮の正妻の圧迫に苦しんで亡くなった。

兵部卿宮は藤壺の兄である。少女が藤壺の姪だとわかった源氏は、少女を引き取って、自分の思うままに育てたいと考える。しかし僧都は、まだ幼すぎると取り合わない。

語釈・文法注

そらだきもの
空薫物(そらだきもの)。どこからともなく香るように、部屋にたきしめておく香。
みやうかう
名香(みょうこう)。仏前にたく香。
そや
初夜(そや)。宵(午後八時ごろ)に行う勤行。

文法

過去の「しか」の詠嘆(夢を見給へしかな)
過去の助動詞「き」の已然形「しか」+終助詞「な」で、「…したことだなあ」。
強意+推量の「てむ」(聞え給ひてむや)
「申し上げてくださいませんか」。相手に依頼する言い方。
願望の「ばや」(見ばや)
「(教え育てて)見たいものだ」。

解説

少女の素性が明かされる場面である。少女の父、兵部卿宮は藤壺の兄にあたり、少女は藤壺の姪になる。源氏が少女に藤壺の面影を見たのは、血のつながりによるものだった。

少女の母が、宮の正妻の圧迫に悩んで亡くなったという話は、桐壺更衣の運命と重なる。母を亡くした子という点でも、少女は源氏自身の境遇に似ている。

源氏の「心のままに教へおほし立てて見ばや」という思いは、のちに紫の上を理想の女性に育てあげることにつながる。夕顔の巻の終わりで源氏が語った理想の女性像が、ここで具体的な形をとりはじめる。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、92–95頁(コマ48–49)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日