源氏物語 第5帖 若紫(3)
垣間見――雀の子を犬君が
夕暮れ、源氏は惟光と小柴垣のもとから僧坊をのぞく。上品な尼君のそばに、十歳ほどの美しい少女が「雀の子を犬君が逃がした」と泣きながら駆けこんでくる。少女は源氏が恋い慕う藤壺によく似ていて、源氏は涙をこぼす。尼君は少女の幼さを嘆き、自分が死んだ後を案じて歌を詠む。僧都が源氏の来訪を告げに来たので、源氏はその場を立ち去る。

- 1日日ひもももいといといと長長ながきききにににつれづれつれづれつれづれなれなれなればばば夕暮夕暮ゆうぐれのののいたういたういとう霞霞かすみみみたるたるたるににに紛紛まぎれれれてててかのかのかの小柴垣小柴垣こしばがきのののもともともとににに立立たちちち出出いででで給給たまふふう。。。
- 2人々人々びとはははかへしかへしかへし給給たまひひいててて惟光惟光これみつばかりばかりばかり御供御供おおんともにてにてにて覗覗のぞききき給給たまへへえばばば唯唯ただこのこのこの西西にしおもておもておもてにににしもしもしも持佛持佛じぶつすゑすゑすえ奉奉たてまつりりりててて行行おこなふふう尼尼あまなりなりなりけりけりけり。。。簾垂簾垂すだれ少少すこししし上上あげげげててて花花はな奉奉たてまつるるるめりめりめり。。。
- 3中中なかののの柱柱はしらににに寄寄よりりり居居いててて脇息脇息きょうそくののの上上うえににに經經きょうををを置置おきききててていといといと惱惱なやましげしげしげににに讀讀よみみみ居居いたるたるたる尼君尼君あまぎみたゞたゞただ人人ひとととと見見みえええずずず。。。
- 4四十四十よそぢぢじ餘餘あまりにてにてにて、、、いといといと白白しろくくくあであであでににに瘦瘦やせせせたれたれたれどどどつらつきつらつきつらつきふくらかふくらかふくらかにににまみまみまみのののほどほどほど髮髮かみのののうつくしげうつくしげうつくしげにににそがそがそがれれれたるたるたる末末すえもももなかなかなかなかなかなか長長ながきききよりよりよりもももこよなうこよなうこよのう今今いまめかしきめかしきめかしきものものものかなかなかなとととあはれあはれあわれににに見見みたまふたまふたまう。。。
- 5淸淸きよげげげなるなるなるおとなおとなおとな二人二人ふたりばかりばかりばかり、、、さてさてさてはははわらはべわらはべわらわべぞぞぞ出出いでででいりいりいり遊遊あそぶぶぶ。。。
- 6なかなかなかににに十十とおばかりばかりばかりにににやややあらあらあらむむんととと見見みえええててて白白しろききききぬきぬきぬ山吹山吹やまぶきなどなどなどのののなれなれなれたるたるたる着着きててて走走はしりりり來來きたるたるたる女女おんなごごご數多數多あまた見見みえええつるつるつる、、、こどもこどもこどもににに似似にるるるべくべくべくもももあらあらあらずずずいみじういみじういみじゅうおひおひおい先先さき見見みえええててて美美うつくしげくしげくしげなるなるなるかたちかたちかたちなりなりなり。。。
- 7髮髮かみははは扇扇おうぎをををひろげひろげひろげたるたるたるやうやうようにににゆらゆらゆらゆらゆらゆらとととしししててて顏顏かおはははいといといと赤赤あかくくくすりすりすりなしなしなしててて立立たてててりりり。。。
- 8「「「何事何事なにごとぞぞぞやややわらはべわらはべわらわべととと腹腹はらだちだちだち給給たまへへえるるるかかか」」」とととててて尼君尼君あまぎみののの見見み上上あげげげたるたるたるににに少少すこししし覺覺おぼえええたるたるたる所所ところあれあれあればばば、、、子子こなななめりめりめりととと見見み給給たまふふう。。。
- 9「「「雀雀すずめののの子子こをををがががにがしにがしにがしつるつるつる。。。ののの中中なかにににこめこめこめたりたりたりつるつるつるものものものををを」」」とととててていといといと口口くち惜惜おしししととと思思おもへへえりりり。。。
- 10このこのこの居居いたるたるたるおとなおとなおとな「「「例例れいののの心心こころなしなしなしのののかゝるかゝるかかるわざわざわざをををしししてててさいなまさいなまさいなまるゝるゝるるこそこそこそいといといと心心こころづきなけれづきなけれづきなけれ。。。いづかたいづかたいずかたへへへかかか罷罷まかりりりぬるぬるぬる。。。いといといとをかしうをかしうおかしゅうやうやうやうやうようようなりなりなりつるつるつるものものものををを、、、鳥鳥とりなどなどなどもももこそこそこそ見見みつくれつくれつくれ」」」とととててて立立たちちちててて行行ゆくくく。。。
- 11髮髮かみゆるらかゆるらかゆるらかにににいといといとながくながくながくめやすきめやすきめやすき人人ひとなななめりめりめり。。。少納言少納言しょうなごんののの乳母乳母めのととととぞぞぞ人人ひといふいふいうめるめるめるはははこのこのこの子子こののの後見後見うしろみなるなるなるべしべしべし。。。
- 12尼君尼君あまぎみ「「「いでいでいであなあなあなをさなをさなおさなややや。。。いふいふいうがががひひひなうなうのうものしものしものし給給たまふふうかなかなかな。。。おのおのおのがががかくかくかく今日今日きょう明日明日あすににになりなりなりぬるぬるぬる命命いのちをををばばば何何なにともともともおぼしおぼしおぼしたらたらたらででで雀雀すずめ慕慕したひひい給給たまふふうほどほどほどよよよ。。。罪罪つみ得得うるるることことことぞぞぞととと常常つねににに聞聞きこゆるゆるゆるををを心心こころ憂憂うくくく」」」とととててて「「「こちこちこちややや」」」ととといへいへいえばばばついついついゐゐいたりたりたり。。。
- 13つらつきつらつきつらつきいといといとらうたげらうたげろうたげにてにてにて眉眉まゆのののわたりわたりわたりうちうちうちけぶりけぶりけぶりいはけなくいはけなくいわけなくかいかいかいやりやりやりたるたるたるひたひつきひたひつきひたいつきかんざしかんざしかんざしいみじういみじういみじゅううつくしうつくしうつくし。。。
- 14ねびねびねびゆかゆかゆかむむんさまさまさまゆかしきゆかしきゆかしき人人ひとかなかなかなととと目目めとまりとまりとまり給給たまふふう。。。さるはさるはさるは限限かぎりなくなくなく心心こころををを盡盡つくししし聞聞きこゆるゆるゆるにににいといといとようようよう似似に奉奉たてまつれれれるるるがががまもらまもらまもらるゝるゝるるなりなりなりけりけりけりととと思思おもふふうにににももも淚淚なみだぞぞぞおつるおつるおつる。。。
- 15尼君尼君あまぎみ髮髮かみをををかきかきかきなでなでなでつゝつゝつつ「「「けづるけづるけずることことことをををもももうるさがりうるさがりうるさがり給給たまへへえどどどをかしをかしをかしののの御御おんぐしぐしぐしややや。。。いといといとはかなうはかなうはかのうものしものしものし給給たまふふうこそこそこそ哀哀あわれにににうしろめたけれうしろめたけれうしろめたけれ。。。かばかりかばかりかばかりににになれなれなればばばいといといとかゝらかゝらかからぬぬぬ人人ひともももあるあるあるものものものををを。。。
- 16故故こ姫君姫君ひめぎみははは十二十二じゅうににてにてにて殿殿とのににに後後おくれれれ給給たまひひいしししほどほどほどいみじういみじういみじゅう物物ものははは思思おもひひい知知しりりり給給たまへへえりりりしししぞぞぞかしかしかし。。。只今只今ただいまおのれおのれおのれ見見み捨捨すててて奉奉たてまつらららばばばいかでいかでいかで世世よにににおはせおはせおわせむむんとととすすすらむらむらん」」」とととててていみじくいみじくいみじく泣泣なくくくををを見見み給給たまふふうもももすゞろすゞろすずろににに悲悲かなししし。。。
- 17をさなをさなおさな心地心地ここちにににもももさすがにさすがにさすがにうちうちうちまもりまもりまもりてててふしめふしめふしめににになりなりなりてててうつぶしうつぶしうつぶしたるたるたるににに、、、こぼれこぼれこぼれかゝりかゝりかかりたるたるたる髮髮かみつやつやつやつやつやつやとととめでたうめでたうめでとう見見みゆゆゆ。。。
- 18「「「おひおひおい立立たたたたむむんありかありかありかももも知知しらららぬぬぬ若草若草わかくさをををおくらすおくらすおくらす露露つゆぞぞぞ消消きえええむむん空空そらなきなきなき」」」。。。またまたまた居居いたるたるたるおとなおとなおとな、、、げにげにげにとととうちうちうち泣泣なきききててて、、、「「「はつはつはつ草草くさののの生生おひひいゆくゆくゆく末末すえももも知知しらららぬぬぬまままにににいかでいかでいかでかかか露露つゆののの消消きえええむむんとととすすすらむらむらん」」」ととと聞聞きこゆるゆるゆる程程ほどににに、、、
- 19僧都僧都そうずあなたあなたあなたよりよりより來來きててて「「「こなたこなたこなたはははあらはあらはあらわにににややや侍侍はべらららむむん。。。今日今日きょうしもしもしもはしはしはしにににおはしましおはしましおわしましけるけるけるかなかなかな。。。このこのこのかみかみかみののの聖聖ひじりのののかたかたかたににに源氏源氏げんじののの中將中將ちゅうじょうのののわらはやみわらはやみわらわやみまじなひまじなひまじないににに物物ものししし給給たまひひいけるけるけるををを只今只今ただいまなむなむなん聞聞ききききつけつけつけ侍侍はべるるる。。。
- 20いみじういみじういみじゅう忍忍しのびびび給給たまひひいけれけれければばば、、、えええ知知しりりり侍侍はべらららででで此所此所ここににに侍侍はべりりりながらながらながら御御おんとぶらひとぶらひとぶらいにににももも詣詣もうでででざりざりざりけるけるける」」」とととののの給給のたまへへえばばば、、、「「「あなあなあないみじいみじいみじやややいといといと怪怪あやしきしきしきさまさまさまををを人人ひとややや見見みつつつらむらむらん」」」とととててて簾垂簾垂すだれおろしおろしおろしつつつ。。。
- 21「「「このこのこの世世よにににのゝじりのゝじりののじり給給たまふふう光源氏光源氏ひかるげんじかゝるかゝるかかる序序ついでににに見見み奉奉たてまつりりり給給たまははわむむんややや。。。世世よををを捨捨すてててたるたるたる法師法師ほうしののの心地心地ここちにににもももいみじういみじういみじゅう世世よのののうれへうれへうれえ忘忘わすれれれ齡齡よわいのぶるのぶるのぶる人人ひとののの御御おん有樣有樣ありさまなりなりなり。。。いでいでいで御御おん消消しょうそこそこそこ聞聞きこえええむむん」」」とととててて立立たつつつ音音おとすれすれすればばば歸歸かえりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 22あはれあはれあわれなるなるなる人人ひとををを見見みつるつるつるかなかなかな、、、かゝれかゝれかかればばばこのこのこのすきものすきものすきものどもどもどもはははかゝるかゝるかかるありきありきありきをををのみのみのみしししててて、、、よくよくよくさるさるさるまじきまじきまじき人人ひとをををももも見見みつくるつくるつくるなりなりなりけりけりけり、、、たまさかたまさかたまさかににに立立たちちち出出いづるづるずるだにだにだにかくかくかく思思おもいののの外外ほかなるなるなることことことををを見見みるるるよよよとととをかしうをかしうおかしゅうおぼすおぼすおぼす。。。
- 23さてさてさてもももいといといと美美うつくしかりくしかりくしかりつるつるつるちごちごちごかなかなかな、、、何何なに人人びとならならならむむん、、、かのかのかの人人ひとののの御御おんかはりかはりかわりににに明暮明暮あけくれののの慰慰なぐさめめめにににももも見見みばやばやばやととと思思おもふふう心心こころ深深ふこうううつきつきつきぬぬぬ。。。
現代語訳
日もたいそう長くて退屈なので、源氏は夕暮れのひどく霞んでいるのに紛れて、あの小柴垣のもとにお出かけになる。お供の人々は帰して、惟光だけをお供にしてのぞきなさると、ちょうどこの西向きの部屋に、持仏をお据え申し上げて勤行している尼だった。簾を少し上げて、花をお供えしているようだ。
中の柱に寄りかかって座り、脇息の上に経を置いて、たいそう苦しそうに読経している尼君は、普通の身分の人とは見えない。四十過ぎぐらいで、たいそう色白で上品にやせているが、頬のあたりはふっくらとして、目もとのあたりや、髪がきれいに切りそろえられている端も、かえって長い髪よりも格段に当世風なものだなあと、源氏はしみじみとご覧になる。
こざっぱりとした年配の女房が二人ほど、そのほかには童たちが出たり入ったりして遊んでいる。その中に、十歳ぐらいだろうかと見えて、白い下着に山吹襲などの着なれたものを着て走ってきた女の子は、大勢見えていたほかの子どもたちとは比べものにならず、たいそう成長後の美しさが思いやられて、かわいらしい顔立ちである。髪は扇を広げたようにゆらゆらとして、顔はたいそう赤く手でこすって立っている。
尼君が「どうしたのです。童たちとけんかをなさったのですか」と言って見上げた顔に、少し似ているところがあるので、源氏はこの子の子なのだろうとご覧になる。少女は「雀の子を犬君が逃がしてしまったの。伏籠の中に入れておいたのに」と言って、たいそう残念だと思っている。
そこに座っていた女房が、「いつもの、あのそそっかしい子が、こんなことをしてしかられるのは、本当に困ったことですね。どこへ行ってしまったのでしょう。たいそうかわいらしく、だんだん慣れてきていたのに。烏などに見つけられたら大変」と言って立って行く。髪はゆったりとたいそう長く、見苦しくない人のようだ。少納言の乳母と人が呼んでいるらしいのは、この子の世話役なのだろう。
尼君は「まあ、なんて幼いこと。聞き分けもなくていらっしゃること。私がこうして今日明日とも知れない命でいるのを、何ともお思いにならないで、雀を追いかけていらっしゃるとは。生き物を捕らえるのは罪になることですよと、いつも申し上げているのに、情けないこと」と言って、「こちらへ」と言うと、少女はそばにかしこまって座った。
顔つきはたいそうかわいらしく、眉のあたりがほんのりと煙るようで、子どもっぽく髪をかきあげた額のぐあいや、髪の生えぎわが、たいそうかわいらしい。成長していく様子が見たい人だなと、源氏は目がおとまりになる。それというのも、限りなくお心をお尽くし申し上げている方(藤壺)に、たいそうよく似申し上げているので、自然と見つめてしまうのだったと思うにつけても、涙がこぼれる。
尼君は少女の髪をなでながら、「髪をとかすのもいやがりなさるけれど、きれいな御髪ですね。たいそう子どもっぽくていらっしゃるのが、かわいそうで心配です。これくらいの年になれば、こんなに幼くない人もいるものなのに。亡くなった姫君(あなたの母)は、十二歳で父君に先立たれなさった時、たいそうよく物事をわきまえていらっしゃいましたよ。今すぐ私があなたをお見捨て申し上げたら、どうやってこの世で暮らしていかれるのでしょう」と言って、ひどく泣くのをご覧になるにつけても、源氏はわけもなく悲しい。
少女は子ども心にも、さすがに尼君をじっと見つめて、伏し目になってうつむいているところに、こぼれかかった髪がつやつやと美しく見える。尼君は「これから育っていく先もわからない若草を、後に残していく露は、消えるに消えられない気持ちです」。もう一人そこにいる女房が、本当にと泣いて、「初草が育っていく将来も見届けないうちに、どうして露は消えようとなさるのでしょう」と申し上げるうちに、
僧都があちらから来て、「こちらは外から丸見えではございませんか。今日に限って端近にいらっしゃいましたね。この上の聖のところに、源氏の中将が瘧病のまじないにおいでになっていたのを、たった今聞きつけました。ひどくお忍びでいらっしゃったので、存じませんで、ここにおりながらお見舞いにも参上しませんでした」とおっしゃると、尼君は「まあ大変。たいそう見苦しい様子を、人が見たかもしれません」と言って簾を下ろした。
「世間で評判の光源氏を、この機会に拝見なさいませんか。世を捨てた法師の気持ちにも、たいそう世の憂いを忘れ、寿命がのびるような方のご様子です。さあ、ご挨拶を申し上げよう」と言って立つ音がするので、源氏はお帰りになった。
しみじみとかわいい人を見たものだ、こういうわけで、あの色好みの連中は、こうした忍び歩きばかりして、思いもよらない人を見つけるのだな、たまに出かけてさえ、こうして思いがけないことを見るものだよと、源氏はおもしろくお思いになる。それにしても、たいそうかわいらしい子だった、どういう人なのだろう、あの方の代わりとして、明け暮れの慰めにも見ていたいものだと思う心が、深くついてしまった。
意訳
源氏物語の中でも、もっとも有名な場面の一つである。夕暮れの霞に紛れて、源氏は小柴垣のすき間から、尼君と少女たちのいる部屋をのぞく。
「雀の子を犬君が逃がしつる」と泣いて駆けこんでくる少女は、扇を広げたような髪をゆらし、顔を赤くこすっている。無邪気で子どもらしい姿が、生き生きと描かれている。源氏はこの少女が藤壺によく似ていることに気づき、涙を流す。
尼君は、母を亡くした孫娘の行く末を案じ、自分の死を「露が消える」ことにたとえて歌を詠む。少女を「若草」にたとえるこの歌から、少女は「若紫」と呼ばれることになる。
語釈・文法注
- いぬき
- 犬君(いぬき)。少女の遊び相手の女童の名。
- ふせご
- 伏籠(ふせご)。香炉などの上にかぶせて、衣に香をたきしめたりする籠。ここでは雀を入れておいた。
- 限なく心を盡し聞ゆる人
- 藤壺。源氏の父である桐壺帝の后。亡き母桐壺更衣に似ていると言われ、源氏はひそかに恋い慕っている。少女は藤壺の兄、兵部卿宮の娘で、藤壺の姪にあたる。
文法
- 危ぶみの「もこそ」(鳥などもこそ見つくれ)
- 「…したら大変だ」。悪い事態になることを心配する。
- 自発の「る」(まもらるゝ)
- 「自然と見つめてしまう」。思わずそうしてしまうことを表す。
- 願望の「ばや」(見ばや)
- 「見ていたいものだ」。自分の願望を表す。
和歌
おひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えむ空なき
- 詠者
- 尼君
- 状況
- 幼い孫娘の将来を案じて、尼君が詠んだ歌。これから育っていく行く末もわからない若草(少女)を、後に残して先に消えていく露(私)は、消えるにも消えられない気持ちです。
修辞
- 比喩
- 少女を「若草」に、老いた自分を、草の上に置く「露」にたとえる。露が消えることは、自分が死ぬことを表す。
はつ草の生ひゆく末も知らぬまにいかでか露の消えむとすらむ
- 詠者
- 女房
- 状況
- 尼君の歌に、そばの女房が泣きながら応じた歌。初草(少女)が育っていく将来も見届けないうちに、どうして露(尼君)は消えようとなさるのでしょう。
修辞
- 応答
- 尼君の歌の「若草」「露」「消え」を受けて、「はつ草」「露」「消え」で返し、まだ死なないでほしいと励ます。
解説
この垣間見の場面は、源氏物語でもっとも名高い場面の一つで、古くから絵巻や教科書に取り上げられてきた。夕暮れの霞、小柴垣、簾越しの部屋という構図の中で、走りこんでくる少女の姿が鮮やかに描かれる。
源氏が少女に心ひかれる理由は、藤壺に似ていることにある。桐壺更衣に似た藤壺を慕う源氏が、さらに藤壺に似た少女を求める。「ゆかり」を求める愛の連鎖は、源氏物語全体をつらぬく主題の一つである。
尼君の歌の「若草」は、少女の呼び名「若紫」の由来の一つとなった。のちに源氏が詠む「手につみていつしかも見む紫のねにかよひける野辺の若草」とあわせて、巻名「若紫」が生まれた。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、88–93頁(コマ46–48)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日