源氏物語 第5帖 若紫(2)
明石の入道の噂
発作を気にする源氏を、供人たちは後ろの山に誘って気を紛らわせる。京を見わたす源氏に、供人たちは各地の名所を語り、播磨守の子の良清は、明石の浦に住む変わり者の入道と、その大切に育てられた娘の話をする。入道は、娘の志がかなわなければ海に入れと遺言しているという。源氏はその話に心ひかれ、聖のすすめでこの夜は山に泊まることにする。

- 1君君きみははは行行おこなひひいししし給給たまひひいつゝつゝつつ、、、日日ひたくるたくるたくるまゝまゝままににに、、、いかならいかならいかならむむんとととおぼしおぼしおぼしたるたるたるををを、、、「「「とかうとかうとこう紛紛まぎらららはさはさはさせせせ給給たまひひいててておもほしおもほしおもおし入入いれれれぬぬぬなむなむなんよくよくよく侍侍はべるるる」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばばうしろうしろうしろののの山山やまににに立立たちちち出出いでゝでゝでて京京きょうののの方方かたををを見見み給給たまふふう。。。
- 2遙遙はるかにににかすみかすみかすみわたりわたりわたりててて四方四方よもののの梢梢こずえそこはかとなうそこはかとなうそこはかとのうけぶりけぶりけぶりわたれわたれわたれるるるほどほどほど繪繪えにににいといといとよくよくよくももも似似にたるたるたるかなかなかな。。。かゝるかゝるかかる所所ところににに住住すむむむ人人ひと、、、心心こころににに思思おもひひい殘殘のこすすす事事ことはははあらあらあらじじじかしかしかし」」」とととののの給給のたまへへえばばば、、、
- 3「「「これこれこれはははいといといとあさくあさくあさく侍侍はべりりり。。。人人ひとののの國國くになどなどなどににに侍侍はべるるる海山海山うみやまのののありさまありさまありさまなどなどなどををを御覽御覽ごらんぜぜぜさせさせさせててて侍侍はべらららばばば、、、いかにいかにいかに御御おん繪繪えいみじういみじういみじゅうまさらまさらまさらせせせ給給たまははわむむん。。。富士富士ふじののの山山やまなにがしなにがしなにがしののの嶽嶽たけ」」」などなどなど語語かたりりり聞聞きこゆるゆるゆるものものものありありあり。。。
- 4またまたまた西西にしののの國國くにのののおもしろきおもしろきおもしろき浦々浦々うらうら磯磯いそのののうへうへうえをををいひいひいい續續つづくるくるくるもももありありありてててよろづよろづよろずににに紛紛まぎらはしらはしらわし聞聞きこゆゆゆ。。。
- 5「「「近近ちかききき所所ところにににははは播磨播磨はりまののの明石明石あかしののの浦浦うらこそこそこそ尙尙なおことことことににに侍侍はべれれれ。。。何何なにのののいたりいたりいたり深深ふかききき隈隈くまはははなけれなけれなけれどどど唯唯ただ海海うみのののおもておもておもてををを見見み渡渡わたしししたるたるたる程程ほどなむなむなん怪怪あやしくしくしくことことこと所所ところににに似似にずずずなるなるなる所所ところににに侍侍はべるるる。。。
- 6かのかのかの國國くにののの前前さきののの守守かみののの娘娘むすめかしづきかしづきかしずきたるたるたる家家いえいといといといたしいたしいたしかしかしかし。。。大臣大臣だいじんののの後後のちにてにてにて出出いでででたちたちたちもももすすすべかりべかりべかりけるけるける人人ひとののの、、、世世よのののひがものひがものひがものにてにてにて交交まじらひらひらいもももせせせずずず、、、
- 7近衛近衛こんえののの中將中將ちゅうじょうををを捨捨すてゝてゝてて申申もうししし給給たまはれはれわれりりりけるけるけるつかさつかさつかさなれなれなれどどど、、、かのかのかの國國くにののの人人ひとにににももも少少すこしししあなづらあなづらあなずられれれててて、、、何何なにのののにてにてにてかかか又又また都都みやこにににももも歸歸かえらららむむんととと言言いひひいててて頭頭かしらもももおろしおろしおろし侍侍はべりりりにににけるけるけるををを、、、
- 8少少すこししし奧奧おくまりまりまりたるたるたる山山やまずみずみずみもももせせせでででさるさるさる海海うみづらづらづらににに出出いでててて居居いたるたるたるひがひがしきひがひがしきひがひがしきやうやうようなれなれなれどどど、、、げにげにげにかのかのかの國國くにののの內內うちにににさささももも人人ひとののの籠籠こもりりり居居いぬぬぬべきべきべき所々所々ところどころもももありありありながらながらながら、、、
- 9深深ふかききき里里さとははは人人ひとばなればなればなれ心心こころすごくすごくすごく若若わかきききののの思思おもひひい侘侘わびびびぬぬぬべきべきべきににによりよりより、、、かつかつかつははは心心こころをををやれやれやれるるるすまひすまひすまいににになむなむなん侍侍はべるるる。。。
- 10さいつころさいつころさいつころ罷罷まかりりり下下くだりりりててて侍侍はべりりりししし序序ついでににに有樣有樣ありさま見見みたまへたまへたまえににによりよりよりててて侍侍はべりりりしかしかしかばばば、、、京京きょうにてにてにてこそこそこそ所所ところ得得えぬぬぬやうやうようなりなりなりけれけれけれ、、、そこらそこらそこら遙遙はるかにににいかめしういかめしういかめしゅう占占しめめめててて造造つくれれれるるるさまさまさま、、、
- 11さささばばばいへいへいえどどど國國くにののの司司つかさにてにてにてししし置置おきききけるけるける事事ことなれなれなればばば、、、殘殘のこりののの齡齡よわいゆたかゆたかゆたかににに經經ふべきべきべき心心こころがまへがまへがまえもももしししたりたりたりけりけりけり。。。
- 12後後のちののの世世よののの勤勤つとめもももいといといとよくよくよくしししてててなかなかなかなかなかなか法師法師ほうしまさりまさりまさりしししたるたるたる人人ひとににになむなむなん侍侍はべりりりけるけるける」」」ととと申申もうせせせばばば、、、「「「さてさてさてそのそのその娘娘むすめははは」」」ととと問問とひひい給給たまふふう。。。
- 13「「「けしうけしうけしゅうはははあらあらあらずずずかたちかたちかたち心心こころばせばせばせなどなどなど侍侍はべるるるなりなりなり。。。代々代々よよののの國國くにののの司司つかさなどなどなど用意用意ようい殊殊ことにににしししてててさるさるさる心心こころばへばへばえ見見みすすすなれなれなれどどど更更さらにににうけひかうけひかうけひかずずず。。。
- 14我我わががが身身みのののかくかくかくいたづらいたづらいたずらににに沈沈しずめめめるるるだにだにだにあるあるあるをををこのこのこの人人ひと一人一人ひとりにににこそこそこそあれあれあれ、、、思思おもふふうさまさまさまことことことなりなりなり、、、若若もししし我我わににに後後おくれれれてててそのそのその志志こころざし遂遂とげげげずずずこのこのこの思思おもひひい置置おきききつるつるつる宿世宿世すくせ違違たがははわゞゞば海海うみににに入入いりりりねねねととと常常つねににに遺言遺言ゆいごんししし置置おきききててて侍侍はべるるる」」」などなどなどきこゆれきこゆれきこゆればばば、、、君君きみもももをかしをかしをかしととと聞聞きききき給給たまふふう。。。
- 15人々人々びと「「「海龍王海龍王かいりゅうおうののの后后きさきににになるなるなるべきべきべきいつきいつきいつきむすめむすめむすめなななゝりゝりなり。。。心心こころ高高たかさささ苦苦くるしししややや」」」とととててて笑笑わらふふう。。。かくかくかくいふいふいうははは播磨播磨はりまののの守守かみののの子子こののの藏人藏人くろうどよりよりより今年今年ことしかうぶりかうぶりこうぶり得得えたるたるたるなりなりなりけりけりけり。。。
- 16「「「いといといとすきすきすきたるたるたるものものものなれなれなればばばかのかのかの入道入道にゅうどうののの遺言遺言ゆいごん破破やぶりりりつつつべきべきべき心心こころはははあらあらあらむむんかしかしかし。。。さてさてさて佇佇たたずみみみよるよるよるならならならむむん」」」ととといひいひいいあへあへあえりりり。。。
- 17「「「いでやいでやいでやさささいふいふいうともともとも田舍田舍いなかびたらびたらびたらむむん、、、をさなくをさなくおさなくよりよりよりさるさるさる所所ところににに生生おひひい出出いでゝでゝでてふるめいふるめいふるめいたるたるたる親親おやにににのみのみのみ從從したがひひいたらたらたらむむんははは、、、母母ははこそこそこそゆゑゆゑゆえあるあるあるべけれべけれべけれ。。。
- 18善善よきききわかうどわかうどわこうどわらはわらはわらわなどなどなど都都みやこのののやんごとなきやんごとなきやんごとなき所々所々ところどころよりよりよりるゐるゐるいにににふれふれふれててて尋尋たずねねねとりとりとりてててまばゆくまばゆくまばゆくこそこそこそもてなすもてなすもてなすなれなれなれ。。。なさけなきなさけなきなさけなき人人ひとににになりなりなりゆかゆかゆかばばばさてさてさて心心こころ安安やすくくくてててしもしもしもえええおきおきおきたらたらたらじじじをををややや」」」などなどなどいふいふいうもももありありあり。。。
- 19君君きみははは「「「何何なに心心ごころありありありててて海海うみののの底底そこまでまでまで深深ふこううう思思おもひひい入入いるるるらむらむらん底底そこのののもももものものものむつかしうむつかしうむつかしゅう」」」などなどなどののの給給のたまひひいてててたゞたゞただならならならずずず思思おもほしほしおしたりたりたり。。。
- 20かやうかやうかようにてにてにてもももなべてなべてなべてならならならずずずもてもてもて僻僻ひがみみみたるたるたる事事こと好好このみみみ給給たまふふう御心御心みこころなれなれなればばば御耳御耳みみとゞまらとゞまらとどまらむむんやややととと見見み奉奉たてまつるるる。。。
- 21「「「暮暮くれれれかゝりかゝりかかりぬれぬれぬれどどどおこらおこらおこらせせせ給給たまははわずずずなりなりなりぬるぬるぬるにににこそこそこそはははあああめれめれめれ。。。はやはやはや歸歸かえらららせせせ給給たまひひいなななむむん」」」とととあるあるあるををを、、、大大だいとことことこ「「「御御おんものものものゝゝのけけけなどなどなど加加くわはれはれわれるるるさまさまさまにににおはしましおはしましおわしましけるけるけるををを今宵今宵こよいはははなほなほなお靜靜しずかににに加持加持かじなどなどなど參參まいりりりててて出出いでででさせさせさせ給給たまへへえ」」」ととと申申もうすすす。。。
- 22「「「さささもももあるあるある事事こと」」」ととと皆人皆人みなひとまうすまうすもうす。。。君君きみもももかゝるかゝるかかる旅寢旅寢たびねもももならひならひならい給給たまははわねねねばばばさすがにさすがにさすがにをかしくをかしくおかしくててて「「「さらばさらばさらば曉曉あかつきににに」」」とととののの給給のたまふふう。。。
現代語訳
源氏は勤行をなさりながら、日が高くなるにつれて、発作はどうだろうかと気にしていらっしゃるのを、お供の人が「あれこれと気をお紛らわしになって、思いつめないでいらっしゃるのがよろしゅうございます」と申し上げるので、後ろの山に出て、京の方をご覧になる。はるか遠くまで霞がかかって、四方の梢がどこということもなく煙るように見えるあたりは、「絵にたいそうよく似ているな。こうした所に住む人は、心に思い残すことはあるまい」とおっしゃると、
「これはまだ浅いものでございます。地方の国々などにございます海や山の景色などをご覧になったら、どんなにかお絵も上達なさることでしょう。富士の山、なにがしの嶽」などとお話し申し上げる者がいる。また西国の趣深い浦々や磯の様子を言い続ける者もいて、あれこれとお気を紛らわし申し上げる。
「近い所では、播磨の明石の浦がやはり格別でございます。どこといって奥深い趣があるわけではありませんが、ただ海の面を見わたしているあたりは、不思議にほかの所とは違って、ゆったりとした所でございます。あの国の前の国守で、出家した者が、娘を大切に育てている家は、たいそう立派なものです。大臣の子孫で、出世もできたはずの人が、世間のひねくれ者で、人づきあいもせず、近衛中将の地位を捨てて、願い出ていただいた国司の職ですが、その国の人々にも少し軽んじられて、何の面目があって、また都に帰れようかと言って、髪をおろしてしまったのですが、
少し奥まった山住まいもしないで、そうした海辺に出て住んでいるのは、ひねくれているようですが、本当にあの国の中にも、そのように人が籠っていられそうな所々はありながら、深い山里は人気がなくてもの寂しく、若い妻子が心細く思うでしょうから、一方では気晴らしにもなる住まいなのでございます。
先ごろ下向しておりました折に、様子を拝見しに立ち寄りましたところ、京でこそ不遇だったようですが、あたり一帯を広々と堂々と占めて造ってある様子は、何といっても国司として造っておいたことなので、余生を豊かに過ごせるような準備も、またとないほどにしてありました。後世の勤行もたいそう熱心にして、かえって法師になってから人柄がまさった人でございました」と申し上げると、源氏は「それで、その娘は」とお尋ねになる。
「悪くはない容貌や気立てだということでございます。代々の国司などが、特に気を配って求婚の気持ちを見せるようですが、まったく承知いたしません。入道は、『自分の身がこうして落ちぶれて沈んでいるだけでも残念なのに、この子一人だけは、思うことがある。もし私に先立たれて、その志をとげられず、私の思い定めた運命と違ってしまったら、海に入ってしまえ』と、いつも遺言しているそうです」などと申し上げると、源氏もおもしろいとお聞きになる。
人々は「海龍王の后になるような、大切に育てた娘なのだろう」「気位の高いのも困りものだ」と言って笑う。こう話しているのは、播磨守の子で、蔵人から今年五位に叙せられた者(良清)であった。「たいそうな色好みだから、あの入道の遺言を破るつもりでいるのだろう」「それで、あのあたりをうろついているのだろう」と言い合っている。
「いやいや、何といっても田舎じみているだろう。幼いころからそうした所に育って、古風な親にばかり従っているのでは」「母親こそ由緒ある人なのだろう」「よい若女房や童などを、都の高貴なお屋敷から縁故をたどって探し出してきて、まぶしいほどにもてなしているそうだ」「情のない人になったら、それほど安心しても置いておけまいよ」などと言う者もいる。
源氏は「どういうつもりで、海の底まで深く思いつめているのだろう。底の海松布(みるめ)も、何となく気味が悪いな」などとおっしゃって、ただならず関心をお持ちになっている。このように、ありふれたことではなく、ひねくれたことをお好みになるご性分なので、お耳にとまるだろうと、お供の人々は拝見している。
「日が暮れかかりましたが、発作はお起こりにならずにすんだようでございます。早くお帰りになりましょう」と言うのを、大徳は「物の怪なども加わっているご様子でいらっしゃったので、今夜はやはり静かに加持などをしてさしあげて、それからお帰りなさいませ」と申し上げる。「それももっともだ」と皆が申し上げる。源氏も、こうした旅寝もお慣れにならないので、さすがにおもしろくて、「それでは明け方に」とおっしゃる。
意訳
北山から京を見わたす源氏に、供人たちは各地の名所を語る。その中で良清が語る明石の入道とその娘の話は、のちの須磨・明石の巻への長い伏線になっている。
明石の入道は、大臣の家柄に生まれながら、出世を捨てて播磨守となり、出家して明石に住む。娘に「志がかなわなければ海に入れ」と遺言するほど、娘の将来に強い望みをかけている。源氏はこの風変わりな話に、ただならず心ひかれる。
語釈・文法注
- ゆほびか
- ゆったりとしたさま。広々としておだやかなさま。
- しぼち
- 新発意(しんぼち)。新たに出家した人。ここでは明石の入道。
- めいぼく
- 面目(めんぼく)。世間に対する体面。
- さいし
- 妻子(さいし)。妻と子。
- になく
- 二無く。またとなく、この上なく。
- みるめ
- 海松布(みるめ)。海藻の一種。和歌では「見る目(逢う機会)」をかける。
文法
- 命令の「ね」(海に入りね)
- 完了の助動詞「ぬ」の命令形。「(海に)入ってしまえ」と強く命じる。
- 推量の「らむ」(深う思ひ入るらむ)
- 現在の事柄の原因を推し量る。「どうして…と思いつめているのだろう」。
解説
良清の語る明石の入道の話は、源氏物語の中で長く尾を引く伏線である。のちに源氏は須磨に退去し、明石に移って、この娘(明石の君)と結ばれる。娘はやがて源氏の娘を産み、その娘は后となる。入道の「思ふさまことなり」という強い望みは、何十年もかけてかなうことになる。
源氏が「もて僻みたる事」を好むという評は、源氏の恋の傾向をよく言い表している。夕顔のような素性の知れない女、空蝉のような身分違いの人妻、そしてこのあと出会う幼い少女。源氏は、ありふれた恋よりも、どこか普通でない恋にひかれる。
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出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、86–89頁(コマ45–46)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日