源氏物語 第4帖 夕顔(13)
空蟬と軒端荻への文、四十九日
源氏の病を聞いた空蝉は、伊予へ下る前に源氏を試すように歌を送り、源氏も懐かしく返歌する。軒端荻が蔵人少将を通わせていると聞いた源氏は、軒端荻にも歌を送る。夕顔の四十九日には、比叡山の法華堂でひそかに法要を営み、文章博士に願文を作らせる。源氏は夕顔の魂がどの道に向かうのかと思いやり、念誦をする。

- 1かのかのかの伊豫伊豫いよののの家家いえののの小君小君こぎみ參參まいるるる折折おりあれあれあれどどど殊殊ことにににありありありしししやうやうようなるなるなる言傳言傳ことづてもももししし給給たまははわねねねばばば、、、憂憂うしししととと覺覺おぼしししはてはてはてにににけるけるけるをををいとほしいとほしいとおしととと思思おもふふうににに、、、かくかくかく煩煩わずらひひい給給たまふふうををを聞聞ききききてててさすがにさすがにさすがにうちうちうち歎歎なげきききけりけりけり。。。
- 2遠遠とおくくく下下くだりりりなななむむんとととするするするをををさすがにさすがにさすがに心心こころぼそけれぼそけれぼそければばば、、、覺覺おぼししし忘忘わすれれれぬるぬるぬるかかかととと試試こころみににに、、、
- 3「「「うけうけうけ給給たまはりはりわりなやむなやむなやむをををことことことにににいでゝいでゝいでてはははえええこそこそこそ。。。問問とはははぬぬぬをををもももなどなどなどかかかととと問問とはははででで程程ほどふるふるふるにににいかばかりいかばかりいかばかりかかかははは思思おもひひい亂亂みだるゝるゝるる。。。はははまことまことまことににになむなむなん」」」ととときこえきこえきこえたりたりたり。。。
- 4めづらしきめづらしきめずらしきにににこれこれこれもももあはれあはれあわれ忘忘わすれれれ給給たまははわずずず。。。「「「生生いけけけるるるかひかひかいなきなきなきややや、、、誰誰たがががいはいはいわましましましごとごとごとにににかかか。。。
- 5「「「うつせみうつせみうつせみののの世世よはははうきうきうきものものものととと知知しりりりにににしししをををまたまたまた言言いののの葉葉はにににかゝるかゝるかかる命命いのちよよよ。。。はかなしはかなしはかなしややや」」」ととと御手御手てもももうちうちうちわなゝかわなゝかわななかるゝるゝるるににに亂亂みだれれれがきがきがき給給たまへへえるるるいといといとうつくしげうつくしげうつくしげなりなりなり。。。
- 6猶猶なおかのかのかのもぬけもぬけもぬけををを忘忘わすれれれ給給たまははわぬぬぬをををいとほしういとほしういとおしゅうもももをかしうをかしうおかしゅうももも思思おもひひいけりけりけり。。。かやうかやうかようににに憎憎にくからからからずずずははは聞聞きこえええ交交かわせせせどどどけぢかくけぢかくけぢかくとととははは思思おもひひいよらよらよらずずず、、、さすがにさすがにさすがにいふいふいうがががひひひなからなからなからずずずははは見見みえええ奉奉たてまつりりりててて止止やみみみなななむむんととと思思おもふふうなりなりなりけりけりけり。。。
- 7かのかのかの片片かたつつつ方方かたははは藏人藏人くろうどののの少將少將しょうしょうをををなむなむなん通通かよはすはすわすととと聞聞きききき給給たまふふう。。。あやしあやしあやしややや、、、いかにいかにいかに思思おもふふうらむらむらんととと少將少將しょうしょうののの心心こころののの中中うちもももいとほしういとほしういとおしゅう、、、又又またかのかのかの人人ひとののの氣色氣色けしきもももゆかしけれゆかしけれゆかしければばば、、、
- 8小君小君こぎみしししててて「「「しにしにしにかへりかへりかえり思思おもふふう心心こころははは知知しりりりたまへたまへたまえりりりややや」」」ととといひいひいいつかはすつかはすつかわす。。。「「「ほのかほのかほのかにににももも軒端軒端のきばののの荻荻おぎをををむすばむすばむすばずずずははは露露つゆのののかごとかごとかごとをををなになになにゝゝにかけかけかけましましまし」」」。。。
- 9高高たかやかやかやかなるなるなる荻荻おぎにににつけつけつけててて「「「忍忍しのびびびててて」」」とととののの給給のたまへへえれれれどどど、、、取取とりりりあやまちあやまちあやまちててて少將少將しょうしょうももも見見みつけつけつけててて我我わなりなりなりけりけりけりととと思思おもひひい合合あわせせせばばば、、、さりともさりともさりとも罪罪つみ許許ゆるしししてててむむんととと思思おもふふう御心御心みこころおごりおごりおごりぞぞぞあいなかりあいなかりあいなかりけるけるける。。。
- 10少將少將しょうしょうのののなきなきなきをりをりおりににに見見みすれすれすればばば、、、こゝろうしこゝろうしこころうしとととおもへおもへおもえどどど、、、かくかくかくおぼしおぼしおぼし出出いでででたるたるたるもももさすがにさすがにさすがにててて御御おんかへりかへりかえり、、、口口くちときときときばかりばかりばかりをををかごとかごとかごとにてにてにて取取とらすらすらす。。。
- 11「「「ほのめかすほのめかすほのめかす風風かぜにににつけつけつけてててももも下荻下荻したおぎのののなかばなかばなかばゝゝわ霜霜しもにににむすぼゝれむすぼゝれむすぼおれつゝつゝつつ」」」。。。
- 12手手てはははあしげあしげあしげなるなるなるをををまぎらはしまぎらはしまぎらわしざればみざればみざればみててて書書かいいいたるたるたるさまさまさましなしなしなももも無無なししし。。。ほかげほかげほかげににに見見みししし顏顏かおおぼしおぼしおぼし出出いでででらるらるらる。。。
- 13うちとけうちとけうちとけてててむかひむかひむかい居居いたるたるたる人人ひとはははえええ疎疎うとみみみはつはつはつまじきまじきまじきさまさまさまもももしししたりたりたりしししかなかなかな。。。何何なにののの心心こころばせばせばせありげありげありげもももなくなくなくさうどきさうどきそうどきほこりほこりほこりたりたりたりしししよよよとととおぼしおぼしおぼし出出いづるづるずるににににくからにくからにくからずずず。。。
- 14猶猶なおこりずまこりずまこりずまににに又又またもももあだあだあだ名名なははは立立たちちちぬぬぬべきべきべき御心御心みこころのののすさびすさびすさびなななめりめりめり。。。
- 15かのかのかの人人ひとののの四十九日四十九日しじゅうくにち忍忍しのびびびててて比叡比叡ひえののの法華堂法華堂ほっけどうにてにてにて事事ことそがそがそがずずずさうさうそう束束ぞくよりよりより始始はじめめめてててさるべきさるべきさるべきものものものどもどもどもこまかこまかこまかにににずきやうずきやうずきょうなどなどなどせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。
- 16經經きょう佛佛ほとけのののかぎりかぎりかぎりまでまでまでおろかおろかおろかならならならずずず、、、惟光惟光これみつががが兄兄あにののの阿闍梨阿闍梨あざりいといといと尊尊とうとききき人人ひとにてにてにてになうになうにのうしししけりけりけり。。。
- 17御御おん文文ふみののの師師しにてにてにてむつまじくむつまじくむつまじくおぼすおぼすおぼす召召めしししててて願文願文がんもん作作つくらららせせせ給給たまふふう。。。そのそのその人人ひととととなくなくなくてててあはれあはれあわれととと思思おもひひいししし人人ひとのののはかなきはかなきはかなきさまさまさまににになりなりなりにににたるたるたるををを、、、阿彌陀佛阿彌陀佛あみだぶつにににゆづりゆづりゆずり奉奉たてまつるるるよしよしよし哀哀あわれげれげれげににに書書かききき出出いででで給給たまへへえれれればばば、、、
- 18「「「唯唯ただかくかくかくながらながらながら加加くわふふうべきべきべきことことこと侍侍はべらららざざざめりめりめり」」」ととと申申もうすすす。。。忍忍しのびびびたまへたまへたまえどどど御御おん淚淚なみだもももこぼれこぼれこぼれててていみじくいみじくいみじくおぼしおぼしおぼしたれたれたればばば、、、
- 19「「「何何なに人人びとならならならむむん。。。そのそのその人人ひととととははは聞聞きこえええもももなくなくなくてててかうかうこう覺覺おぼししし歎歎なげかかかすすすばかりばかりばかりなりなりなりけむけむけん。。。すくせすくせすくせのののたかさたかさたかさよよよ」」」ととといひいひいいけりけりけり。。。
- 20忍忍しのびびびててててうぜてうぜちょうぜさせさせさせ給給たまへへえりりりけるけるけるさうさうそう束束ぞくののの袴袴はかまををを取取とりりり寄寄よせせせ給給たまひひいててて、、、「「「なくなくなくなくなくなくももも今日今日きょうははは我我わがががゆふゆふゆう下紐下紐したひもをををいづれいづれいずれののの世世よにににかかかとけとけとけててて見見みるるるべきべきべき」」」。。。
- 21このこのこのほどほどほどまでまでまではははたゞよふたゞよふただようなるなるなるをををいづれいづれいずれののの道道みちににに定定さだまりまりまりててて赴赴おもむくくくらむらむらんとととおもほしおもほしおもおしやりやりやりつゝつゝつつねんずねんずねんずをををいといといと哀哀あわれれれにににししし給給たまふふう。。。
現代語訳
あの伊予介の家の小君が参上する折はあるが、源氏が以前のような特別なお言づけもなさらないので、空蝉は、もう嫌な女とすっかりお思いになってしまったのだろうと気の毒に思っていたところに、こうしてご病気だと聞いて、さすがに嘆くのだった。遠い伊予へ下ろうとするのを、さすがに心細いので、もうお忘れになったかと試しに、
「ご病気と承って悩んでおりますことを、口に出しては申し上げられません。お便りのないのを、なぜかとお尋ねもしないまま時がたちましたが、私がどれほど思い乱れていることか。『益田』とは本当のことで」と申し上げた。めずらしいので、源氏もこの人への思いをお忘れになってはいない。
「生きているかいもないとは、誰が言いたい言葉でしょう。蝉の抜け殻のようなはかない世はつらいものと知ったのに、またあなたのお言葉に命をつなぐことです。はかないことよ」と、お手も震えなさるので、乱れ書きになっているのが、たいそう美しい。空蝉は、源氏が今もあの抜け殻のことを忘れていらっしゃらないのを、気の毒にもおかしくも思うのだった。
このように、憎からず便りを交わしはするが、もっと親しくなろうとは思いもよらず、それでも、つまらない女ではなかったと思われ申し上げて終わりたいと思うのだった。あのもう一人の女(軒端荻)は、蔵人少将を通わせていると源氏はお聞きになる。妙なことだ、どう思っているだろうと、少将の心中も気の毒で、またあの女の様子も知りたいので、小君を使いにして、「死ぬほど思っている私の心をご存じですか」と言っておやりになる。
「ほんのわずかでも、軒端の荻と契りを結ばなかったら、露ほどの恨みごとも、何にかこつけて言えばよいでしょう」。背の高い荻につけて、「こっそりと」とおっしゃったが、間違えて少将が見つけて、自分だったのかと思い合わせたとしても、それでも罪を許してくれるだろうと思う、源氏のお心のおごりは、困ったものである。
少将のいない折に見せると、女は、つらいと思うけれど、こうして思い出してくださったのも、さすがにうれしくて、ご返事を、早く返すことだけを言いわけにして渡す。「ほのめかすようなお便りにつけても、下荻のような私は、半ばは霜にしおれるように、思いに沈んでおります」。筆跡はへたなのを、ごまかして、しゃれた様子で書いてあるのは、品もない。灯影で見た顔を、源氏はお思い出しになる。
打ち解けて向かい合っていた空蝉は、嫌いになりきれない様子をしていたな。この女は、何の心づかいもありそうになく、はしゃいで得意になっていたなとお思い出しになると、憎くはない。やはり懲りもせず、また浮き名が立ってしまいそうな、源氏のお心の慰みごとのようである。
あの夕顔の四十九日を、こっそりと比叡山の法華堂で、略さずに、装束をはじめとして、しかるべきものなどを細やかに用意して、読経などをおさせになる。経や仏の飾りまで手を抜かず、惟光の兄の阿闍梨がたいそう尊い人で、またとなく立派に勤めた。
源氏の学問の師で、親しくお思いになっている文章博士を呼んで、願文をお作らせになる。誰とは言わずに、いとしいと思っていた人がはかなく亡くなってしまったのを、阿弥陀仏にお譲り申し上げるというよしを、しみじみとお書き出しになると、博士は「ただこのままで、書き加えることもなさそうです」と申し上げる。
源氏はこらえていらっしゃるが、お涙もこぼれて、たいそう悲しげにお思いなので、博士は「どんな方なのだろう。誰とも噂に聞こえることもなくて、源氏の君をこれほどお嘆かせになるとは。なんと前世の宿縁の高いことよ」と言った。
源氏は、こっそりと仕立てさせなさった装束の袴を取り寄せなさって、「泣く泣く今日は、私が結ぶこの下紐を、いつの世に、また解いてあなたと打ち解けて逢うことができるだろうか」。四十九日までは魂が中有にただようというが、どの道に定まって行くのだろうとお思いやりになりながら、念誦をたいそうしみじみとなさる。
意訳
伊予へ下ることになった空蝉は、源氏の病を聞き、源氏が自分を忘れたかどうかを試すように歌を送る。源氏も「うつせみの世」の歌で返し、二人は憎からず便りを交わす。しかし空蝉は、それ以上親しくなろうとは思わない。
源氏は、蔵人少将を通わせている軒端荻にも歌を送る。軒端荻の返歌は、筆跡はへたなのをしゃれた様子でごまかしたもので、品がない。夕顔を失った悲しみの中でも、源氏の浮気心はおさまらない、と語り手は皮肉をこめて語る。
夕顔の四十九日、源氏は比叡山の法華堂でひそかに法要を営む。夕顔の装束の袴を手に、来世での再会を願う歌を詠み、夕顔の魂の行く末を思いやる。
語釈・文法注
- 益田はまことになむ
- 「ねぬなはの苦しかるらむ人よりも我ぞ益田の生けるかひなき」(『拾遺集』)をふまえる。私の方こそ、生きているかいもない、の意。源氏はこれを受けて「生けるかひなきや」と返している。
- もんざうはかせ
- 文章博士(もんじょうはかせ)。大学寮で、漢詩文や歴史を教えた教官。
文法
- 反実仮想「…ずは…まし」(むすばずは…かけまし)
- 「もし…しなかったら、…しただろうに」。実際には契りを結んだことを、仮想の形で言う。
- 強意+推量の「てむ」(罪許してむ)
- 「きっと罪を許してくれるだろう」。
和歌
問はぬをもなどかと問はで程ふるにいかばかりかは思ひ亂るゝ
- 詠者
- 空蝉
- 状況
- 源氏の病を聞いた空蝉が、伊予へ下る前に、源氏が自分を忘れたかどうかを試すように送った歌。お便りのないことを、なぜかとお尋ねもしないまま時がたちましたが、私がどれほど思い乱れていることか。
修辞
- 反復
- 「問はぬ」「問はで」と「問ふ」を重ねて、便りのない源氏と、それを尋ねもできない自分とを言い表す。
うつせみの世はうきものと知りにしをまた言の葉にかゝる命よ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 空蝉への返歌。蝉の抜け殻のようなはかない世は、つらいものだと思い知ったのに、またあなたのお言葉に、命をつなぐことよ。
修辞
- 掛詞
- 「うつせみ」に、はかない現世(現身)と、空蝉その人を重ねる。「かゝる」に、言葉に「懸かる」意と、命が「かかる(すがる)」意を重ねる。
ほのかにも軒端の荻をむすばずは露のかごとをなにゝかけまし
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 軒端荻に送った歌。ほんのわずかでも、軒端の荻と契りを結ばなかったら、露ほどの恨みごとも、何にかこつけて言えばよいでしょう。
修辞
- 掛詞
- 「軒端の荻」に、軒端荻その人を重ねる。「むすぶ」は、荻の葉を結ぶ意と、契りを結ぶ意。
- 縁語
- 「荻」「むすぶ」「露」が縁語。
ほのめかす風につけても下荻のなかばゝ霜にむすぼゝれつゝ
- 詠者
- 軒端荻
- 状況
- 源氏への返歌。ほのめかすようなお便りにつけても、下荻のような私の身は、半ばは霜にしおれるように、思いに沈んでおります。
修辞
- 掛詞
- 「下荻」に、目立たない身分の自分を重ねる。「むすぼゝれ」は、霜に凍りつく意と、心がふさぐ意。
なくなくも今日は我がゆふ下紐をいづれの世にかとけて見るべき
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 四十九日の法要のために仕立てさせた夕顔の装束の袴を手にして詠んだ歌。泣く泣く今日は私が結ぶこの下紐を、いつの世に、また解いてあなたと打ち解けて逢うことができるだろうか。
修辞
- 掛詞
- 「とけて」に、下紐を解く意と、打ち解ける意を重ねる。「ゆふ」に「結ふ」と「夕」を響かせる。
解説
空蝉の巻の後日談が、夕顔の死の後に語られる。空蝉と源氏の歌の贈答には、互いに相手を忘れられない気持ちと、それ以上は近づかないという空蝉の決意とが、静かに表れている。
夕顔を失って病に伏した直後なのに、源氏は軒端荻にも歌を送る。語り手は「懲りもせず、また浮き名が立ってしまいそうなお心の慰みごと」と評している。若い源氏の色好みの性格が、皮肉をこめて描かれる。
四十九日の法要で、源氏は文章博士に願文を作らせる。博士は亡くなった人が誰なのかを知らず、源氏をこれほど嘆かせる人の宿縁の高さに驚く。夕顔の死は、最後まで秘密のままである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、83–86頁(コマ43–44)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日