源氏物語 第4帖 夕顔(12)
右近の語る夕顔の素性
ある夕暮れ、源氏は右近から夕顔の素性を聞く。夕顔は三位中将の娘で、頭中将に愛されて女の子をもうけたが、頭中将の北の方の実家からおどされて身を隠していたのだった。源氏はやはり常夏の女だったと知り、遺児を引き取りたいと右近に頼む。秋の夕暮れの空を眺めて、源氏は夕顔をしのぶ歌を詠む。

- 1右近右近うこんををを召召めししし出出いでゝでゝでてのどやかのどやかのどやかなるなるなる夕暮夕暮ゆうぐれににに物語物語ものがたりなどなどなどししし給給たまひひいててて、、、「「「猶猶なおいといといとなむなむなんあやしきあやしきあやしき。。。などなどなどてててそのそのその人人ひとととと知知しらせらせらせじじじとととははは隱隱かくいいい給給たまへへえりりりしししぞぞぞ。。。
- 2誠誠まことにににあまあまあまののの子子こなりなりなりともともともさばかりさばかりさばかりににに思思おもふふうををを知知しらららででで、、、隔隔へだててて給給たまひひいしかしかしかばばばなむなむなんつらかりつらかりつらかりししし」」」とととののの給給のたまへへえばばば、、、
- 3「「「などなどなどてててかかか深深ふかくくく隱隱かくしししきこえきこえきこえ給給たまふふう事事ことははは侍侍はべらららむむん。。。いついついつのののほどほどほどにてにてにてかかかははは何何なにならならならぬぬぬ御御おん名名なのりのりのりををを聞聞きこえええ給給たまははわむむん。。。
- 4始始はじめよりよりよりあやしうあやしうあやしゅうおぼえおぼえおぼえぬぬぬさまさまさまなりなりなりししし御御おん事事ことなれなれなればばばうつゝうつゝうつつともともともおぼえおぼえおぼえずずずなむなむなんあるあるあるとととののの給給のたまひひいててて、、、御御おん名名ながくしがくしがくしもももさばかりさばかりさばかりにににこそこそこそはははととと聞聞きこえええたまひたまひたまいながらながらながら、、、
- 5等閑等閑なおざりにににこそこそこそ紛紛まぎらはしはしわし給給たまふふうらめらめらめとととなむなむなん憂憂うききき事事ことにににおぼしおぼしおぼしたりたりたりししし」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、
- 6「「「あいなかりあいなかりあいなかりけるけるける心心こころくらべくらべくらべどもどもどもかなかなかな。。。我我わはははしかしかしか隔隔へだつるつるつる心心こころもももなかりなかりなかりききき。。。唯唯ただかやうかやうかようににに人人ひとににに免免ゆるささされれれぬぬぬふるまひふるまひふるまいをををなむなむなんまだまだまだ習習ならははわぬぬぬことことことなるなるなる。。。
- 7うちうちうちににに諫諫いさめめめののの給給のたまはするはするわするををを始始はじめめめ、、、つゝむつゝむつつむ事事こと多多おおかるかるかる身身みにてにてにてはかなくはかなくはかなく人人ひとにににたはぶれごとたはぶれごとたわぶれごとをををいふいふいうももも所所ところせうせうしょう取取とりりりなしなしなし、、、うるさきうるさきうるさき身身みののの有樣有樣ありさまににになむなむなんあるあるあるををを、、、
- 8はかなかりはかなかりはかなかりししし夕夕ゆうべよりよりより怪怪あやしうしうしゅう心心こころにににかゝりかゝりかかりててて、、、あながちあながちあながちににに見見み奉奉たてまつりりりしししももも、、、かゝるかゝるかかるべきべきべき契契ちぎりにににこそこそこそははは物物ものししし給給たまひひいけめけめけめととと思思おもふふうもももあはれあはれあわれににになむなむなん、、、又又またうちうちうちかへしかへしかえしつらうつらうつろうおぼゆるおぼゆるおぼゆる。。。
- 9かうかうこう長長ながかるかるかるまじきまじきまじきにてにてにてはははなどなどなどさしもさしもさしも心心こころにににしみしみしみててて哀哀あわれとととおぼえおぼえおぼえ給給たまひひいけむけむけん。。。猶猶なお委委くわしうしうしゅうかたれかたれかたれ。。。今今いまははは何事何事なにごとをををかくすかくすかくすべきべきべきぞぞぞ。。。
- 10のののほとけほとけほとけかゝせかゝせかかせてててももも誰誰たがががためためためとととかかか心心こころのののうちうちうちにもにもにも思思おもははわむむん」」」とととののの給給のたまへへえばばば、、、
- 11「「「何何なにかかかははは隔隔へだてててきこえきこえきこえさせさせさせ侍侍はべらららむむん。。。自自みずかららら忍忍しのびびびすぐしすぐしすぐし給給たまひひいしししことことことをををなきなきなき御御おんうしろうしろうしろににに口口くちさがなくさがなくさがなくやややはははととと思思おもひひい給給たまふるふるうるばかりばかりばかりににになむなむなん。。。
- 12親親おやたちたちたちははは早早はよううう亡亡うせせせ給給たまひひいにににききき。。。三位中將三位中將さんみのちゅうじょうとととなむなむなんきこえきこえきこえししし。。。いといといとらうたきらうたきろうたきものものものににに思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえりりりしかしかしかどどど我我わががが身身みのののほどほどほどののの心心こころもとなさもとなさもとなさををを覺覺おぼすすすめりめりめりしししににに、、、命命いのちさへさへさへ堪堪たへへえ給給たまははわずずずなりなりなりにににししし後後のち、、、
- 13はかなきはかなきはかなきものものものゝゝのたよりたよりたよりにてにてにて、、、頭中將頭中將とうのちゅうじょうまだまだまだ少將少將しょうしょうにににものしものしものし給給たまひひいししし時時とき見見みそめそめそめ奉奉たてまつらららせせせ給給たまひひいててて、、、三年三年みとせばかりばかりばかりははは志志こころざしあるあるあるさまさまさまににに通通かよひひい給給たまひひいしししををを、、、
- 14こぞこぞこぞののの秋秋あきののの頃頃ころかのかのかの右大臣右大臣うだいじんよりよりよりいといといと恐恐おそろしきしきしき事事ことののの聞聞きこえええまうでまうでもうで來來きしししににに、、、ものおぢものおぢものおじをををわりなくわりなくわりなくししし給給たまひひいししし御心御心みこころにににせせせむむん方方かたなうなうのう覺覺おぼしししおぢおぢおじててて、、、
- 15西西にしののの京京きょうににに御御おんめのとめのとめのとののの住住すみみみ侍侍はべるるる所所ところににになむなむなんはひはひはいかくれかくれかくれ給給たまへへえりりりししし。。。それそれそれもももいといといと見見み苦苦ぐるしきしきしきににに住住すみみみ侘侘わびびび給給たまひひいててて、、、山里山里やまざとにににうつろひうつろひうつろいなななむむんととと覺覺おぼしししたりたりたりしししををを、、、
- 16今年今年ことしよりよりよりはははふたがりふたがりふたがりたるたるたるににに侍侍はべりりりけれけれければばば、、、違違たがふふうとととててて怪怪あやしきしきしき所所ところににに物物ものししし給給たまひひいしししををを、、、見見み顯顯あらははわささされれれ奉奉たてまつりりりぬるぬるぬる事事ことととと覺覺おぼししし歎歎なげくくくめりめりめりししし。。。
- 17世世よののの人人ひとににに似似にずずず物物ものづゝみづゝみづつみをををししし給給たまひひいててて、、、人人ひとににに物物もの思思おもふふう氣色氣色けしきををを見見みえええむむんははは耻耻はずかしきしきしきものものものにににししし給給たまひひいててて、、、つれなくつれなくつれなくのみのみのみもてなしもてなしもてなしててて御覽御覽ごらんぜぜぜられられられ奉奉たてまつりりり給給たまふふうめりめりめりしかしかしか」」」とととかたりかたりかたり出出いづるづるずるににに、、、さればよさればよさればよととと覺覺おぼししし合合あわせせせててていよいよいよいよいよいよ哀哀あわれもももまさりまさりまさりぬぬぬ。。。
- 18「「「をさなきをさなきおさなき人人ひと惑惑まどはしはしわしたりたりたりととと中將中將ちゅうじょうののの憂憂うれへへえしししはははさるさるさる人人ひとややや」」」ととと問問とひひい給給たまふふう。。。「「「しかしかしか、、、をとゝしをとゝしおととしののの春春はるぞぞぞ物物ものししし給給たまへへえりりりししし。。。女女おんなにてにてにていといといとらうたげらうたげろうたげににになむなむなん」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。
- 19「「「さてさてさていづこいづこいずこにににぞぞぞ。。。人人ひとにににさささとととははは知知しらせらせらせででで我我わににに得得えさせよさせよさせよ。。。あとあとあとはかなくはかなくはかなくいみじいみじいみじととと思思おもふふう御御おんかたみかたみかたみにににいといといと嬉嬉うれしかるしかるしかるべくべくべくなむなむなん」」」とととののの給給のたまふふう。。。
- 20「「「かのかのかの中將中將ちゅうじょうにににももも傳傳つたふふうべけれべけれべけれどどど、、、いふいふいうがががひひひなきなきなきかごとかごとかごと負負おひひいなななむむん。。。とざまとざまとざまかうざまかうざまこうざまにににつけつけつけてててはぐゝまはぐゝまはぐくまむむんにににとがとがとがあるあるあるまじきまじきまじきををを、、、そのそのそのあらあらあらむむんめのとめのとめのとなどなどなどにににももも異異ことざまざまざまにににいひいひいいなしなしなしててて物物ものせよせよせよかしかしかし」」」などなどなど語語かたらひらひらい給給たまふふう。。。
- 21「「「さらばさらばさらばいといといと嬉嬉うれしくしくしくなむなむなん侍侍はべるるるべきべきべき。。。かのかのかの西西にしののの京京きょうにてにてにて生生おひひい出出いででで給給たまははわむむんははは心苦心苦こころぐるしうしうしゅうなむなむなん。。。はかばかしくはかばかしくはかばかしくあつかふあつかふあつかう人人ひとなしなしなしとととてててかしこかしこかしこににになむなむなん」」」ととときこゆきこゆきこゆ。。。
- 22夕暮夕暮ゆうぐれのののしづかしづかしずかなるなるなるににに、、、空空そらののの氣色氣色けしきいといといとあはれあはれあわれににに、、、おまへおまへおまえののの前栽前栽せんざいかれがれかれがれかれがれににに蟲蟲むしののの音音ねももも泣泣なきききかれかれかれててて紅葉紅葉もみじやうやうやうやうようよう色色いろづくづくづくほどほどほど、、、繪繪えににに書書かきききたるたるたるやうやうようにににおもしろきおもしろきおもしろきををを見見み渡渡わたしししててて、、、
- 23心心こころよりよりより外外ほかにににをかしきをかしきおかしき交交まじらひらひらいかなかなかなととと、、、かのかのかの夕顏夕顏ゆうがおのののやどりやどりやどりををを思思おもひひい出出いづるづるずるもももはづかしはづかしはずかし。。。
- 24竹竹たけののの中中なかににに家鳩家鳩いえばとととといふいふいう鳥鳥とりのののふつゝかふつゝかふつつかににになくなくなくををを聞聞きききき給給たまひひいててて、、、かのかのかのありありありししし院院いんにににこのこのこの鳥鳥とりののの泣泣なきききしししをををいといといと恐恐おそろしししととと思思おもひひいたりたりたりしししさまさまさまののの面影面影おもかげにににらうたくらうたくろうたく思思おもほしほしおし出出いでででらるれらるれらるればばば、、、
- 25「「「年年としははは幾幾いくつつつにににかかかものしものしものし給給たまひひいししし。。。怪怪あやしうしうしゅう世世よののの人人ひとににに似似にずずずあえかあえかあえかににに見見みえええ給給たまひひいしししもももかくかくかく長長ながかるかるかるまじきまじきまじきなりなりなりけりけりけり」」」とととののの給給のたまふふう。。。
- 26「「「十九十九じゅうくにににやややなりなりなり給給たまひひいけむけむけん、、、右近右近うこんははは、、、なくなくなくなりなりなりにににけるけるける御御おんめのとめのとめのとののの棄棄すててて置置おきききててて侍侍はべりりりけれけれければばば、、、三位三位さんみののの君君きみのののらうたがりらうたがりろうたがり給給たまひひいてててかのかのかの御御おんあたりあたりあたり去去さらららずずずおほしおほしおおしたてたてたて給給たまひひいしししををを思思おもひひい給給たまへへえ出出いづれづれずればばば、、、いかでいかでいかでかかか世世よににに侍侍はべらららむむんとととすすすらむらむらん。。。
- 27いといといとしもしもしも人人ひとにににととと悔悔くやしくしくしくなむなむなん。。。物物ものはかなげはかなげはかなげににに物物ものししし給給たまひひいししし人人ひとののの御心御心みこころをををたのもしきたのもしきたのもしき人人ひとにてにてにて年年としごろごろごろならひならひならい侍侍はべりりりけるけるける事事こと」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。
- 28「「「はかなびはかなびはかなびたるたるたるこそこそこそ女女おんなはははらうたけれらうたけれろうたけれ。。。かしこくかしこくかしこく人人ひとににに靡靡なびかかかぬぬぬ、、、いといといと心心こころづきなきづきなきづきなきわざわざわざなりなりなり。。。みづからみづからみずからはかばかしくはかばかしくはかばかしくすくよかすくよかすくよかならならならぬぬぬ心心こころならひならひならいににに、、、女女おんなははは唯唯ただやはらかやはらかやわらかにてにてにてとりとりとりはづしはづしはずしてててははは人人ひとににに欺欺あざむかかかれれれぬぬぬべきべきべきがががさすがにさすがにさすがに物物ものづゝみづゝみづつみししし、、、
- 29見見みむむん人人ひとののの心心こころにににははは從從したがははわむむんなむなむなん哀哀あわれれれにてにてにて、、、我我わががが心心こころのののまゝまゝままにににとりとりとり直直なおしししててて見見みむむんににに懷懷なつかしうしうしゅう覺覺おぼゆゆゆべきべきべき」」」などなどなどののの給給のたまへへえばばば、、、
- 30「「「このこのこの方方かたののの御御おんこのみこのみこのみにはにはにはもてもてもてはなれはなれはなれ給給たまははわざりざりざりけりけりけりととと思思おもひひい給給たまふるふるうるにににももも口口くち惜惜おしくしくしく侍侍はべるるるわざわざわざかなかなかな」」」とととてててなくなくなく。。。
- 31空空そらのののうちうちうち曇曇くもりりりててて風風かぜ冷冷ひややかやかやかなるなるなるにににいといといといたういたういとううちうちうちながめながめながめたまひたまひたまいててて、、、「「「見見みししし人人ひとのののけぶりけぶりけぶりををを雲雲くもとととながむれながむれながむればばばゆふべゆふべゆうべののの空空そらもももむつまじきむつまじきむつまじきかなかなかな」」」とととひとりごちひとりごちひとりごち給給たまへへえどどどえええさしさしさしいらへいらへいらえもももきこえきこえきこえずずず。。。
- 32かやうかやうかようにてにてにておはせおはせおわせましかましかましかばばばとととおもふおもふおもうももも胸胸むねのみのみのみふたがりふたがりふたがりててておぼゆおぼゆおぼゆ。。。みゝみゝみみかしがましかりかしがましかりかしがましかりししし砧砧きぬたののの音音おとをををおぼしおぼしおぼし出出いづるづるずるさへさへさへ戀戀こいしくしくしくててて「「「まさにまさにまさに長長ながききき夜夜よとととうちうちうちずじずじずじててて臥臥ふししし給給たまへへえりりり。。。
現代語訳
源氏は右近を呼び出して、のんびりとした夕暮れに話などをなさって、「やはりたいそう不思議だ。どうして誰であるかを知らせまいと隠していらっしゃったのか。本当に海人の子であっても、私があれほど思っていたのを知らないで、隔てを置いていらっしゃったのがつらかった」とおっしゃると、右近は「どうして深くお隠し申し上げることがございましょう。いつの間に、たいしたこともないお名前を名のり申し上げることがおできになったでしょう。
初めから、不思議な、思いもよらないご様子でいらっしゃったので、現実とも思われないとおっしゃって、お名前を隠していらっしゃるのも、それほどのご身分だからこそだとは申し上げながら、いいかげんなお気持ちでまぎらわしていらっしゃるのだろうと、つらいことにお思いになっていました」と申し上げるので、
源氏は「つまらない意地の張り合いだったな。私はそれほど隔てを置く気持ちもなかった。ただ、こうした人に許されないふるまいを、まだしたことがなかったのだ。帝がおいさめになるのをはじめとして、遠慮することの多い身で、ちょっと人に冗談を言うのも、大げさに取り沙汰され、窮屈な身の上なのだが、あのはかない夕方から不思議に心にかかって、無理にお逢い申し上げたのも、こうなるはずの縁でいらっしゃったのだろうと思うにつけてもいとしく、また反対につらく思われる。
こんなに長くは続かない縁だったのに、どうしてあれほど心にしみて、いとしいと思われなさったのだろう。もっと詳しく話してくれ。今は何を隠すことがあろう。七日ごとの法事に仏の絵を描かせても、誰のためと、心の中でも思えばよいのか」とおっしゃると、
右近は「どうしてお隠し申し上げましょう。ご自身で隠し通していらっしゃったことを、亡くなられた後に口さがなく申し上げてよいものかと存じますばかりで。ご両親は早くお亡くなりになりました。父君は三位中将と申し上げました。たいそうかわいいものとお思い申し上げていらっしゃいましたが、ご自分の身の程の頼りなさをお思いのようでしたのに、お命までも保てなくなってしまわれた後、ふとしたつてで、頭中将が、まだ少将でいらっしゃった時に見初め申し上げなさって、三年ほどは愛情深いご様子でお通いになっていましたが、
去年の秋ごろ、あの右大臣家から、たいそう恐ろしいことを言ってまいりましたので、ひどく物おじをなさるご気性なので、どうしようもなくおびえなさって、西の京に乳母の住んでおります所に、こっそりと隠れていらっしゃいました。そこもたいそうみすぼらしいので、住みづらくお思いになって、山里に移ろうとお思いになっていたのですが、今年からはそちらの方角がふさがっておりましたので、方違えをしようとして、あの粗末な所にいらっしゃったところを、あなた様に見つけられてしまったことと、お嘆きのようでした。
世の人と違って、ひどく遠慮深くていらっしゃって、物思いをしている様子を人に見られるのを恥ずかしいことにしていらっしゃって、何でもないようにふるまって、あなた様にお逢いになっていらっしゃったようです」と話しだすので、源氏は、やはりそうだったかとお思い合わせになって、いっそういとしさもまさった。
「幼い子を見失ったと、頭中将が嘆いていたのは、その人のことか」とお尋ねになる。「そうです。おととしの春にお生まれになりました。女の子で、たいそうかわいらしくて」と申し上げる。「それで、どこにいるのだ。人にはそうとは知らせないで、私に引き取らせてくれ。跡形もなく消えてしまって悲しいと思う人の形見として、たいそううれしいだろう」とおっしゃる。
「あの頭中将にも知らせるべきだが、言ってもかいのない恨みごとを言われるだろう。あれこれにつけて、私が育てるのに差し支えはないはずだから、その子のそばにいる乳母などにも、別のことに言いつくろって連れてきなさい」などとお話しになる。右近は「それなら、たいそううれしいことでございましょう。あの西の京でお育ちになるのは、おいたわしいことで。しっかりとお世話をする人がいないというので、あちらに」と申し上げる。
夕暮れの静かなころ、空の様子はたいそうしみじみとして、お庭の植え込みは枯れがれで、虫の音も鳴き弱って、紅葉がしだいに色づいていく様子が、絵に描いたように趣深いのを見渡して、右近は、思いがけずすばらしいお邸勤めだと、あの夕顔の宿を思い出すのも恥ずかしい。
竹の中で家鳩という鳥が、野太い声で鳴くのをお聞きになって、源氏は、あのなにがしの院でこの鳥が鳴いたのを、たいそう恐ろしいと思っていた女の様子が面影に浮かんで、いとしくお思い出しになるので、「年はいくつでいらっしゃったのか。不思議に世の人と違って、かよわくお見えになったのも、こうして長生きできない人だったからなのだな」とおっしゃる。
「十九におなりになったでしょうか。右近は、亡くなりました乳母が残して死にましたので、三位の君がかわいがってくださって、あの方のおそばを離れずにお育てくださったことを思い出しますと、どうしてこの世に生きていられましょう。あんなにまで人に親しまなければよかったと悔やまれます。頼りなげでいらっしゃった方のお心を、頼もしい人と思って長年慣れ親しんでまいりましたことで」と申し上げる。
源氏は「頼りなげなのこそ、女はかわいいものだ。賢くて人になびかないのは、たいそう気にくわないものだ。私自身がしっかりとしていない性分なので、女はただやわらかで、うっかりすると男にだまされてしまいそうでいて、それでいて慎み深く、夫の心には従うようなのがいとしくて、自分の思うままに教え直して連れ添ったら、慕わしく思われるだろう」などとおっしゃるので、右近は「そういうお好みには、あの方はかけ離れてはいらっしゃらなかったのにと存じますにつけても、残念なことでございます」と言って泣く。
空が曇って、風が冷ややかなので、源氏はたいそうひどく物思いに沈みなさって、「逢った人を火葬した煙を、あの雲だと思って眺めると、夕暮れの空も親しく思われることよ」とひとりごとをおっしゃるが、右近は返事も申し上げられない。あの方がこうして生きていらっしゃったらと思うにつけても、胸がふさがる思いがする。源氏は、耳にやかましかった砧の音をお思い出しになることさえ恋しくて、「まさに長き夜」と口ずさんで横になっていらっしゃる。
意訳
右近の話によって、夕顔の素性がようやく明らかになる。三位中将の娘で、両親に早く死に別れ、頭中将と結ばれて女の子をもうけた。しかし頭中将の北の方の実家である右大臣家からおどされて、身を隠していたのである。帚木の巻で頭中将が語った「常夏の女」は、まさにこの夕顔だった。
源氏は、頭中将には知らせずに、夕顔の遺児を引き取りたいと右近に頼む。この子こそ、のちに玉鬘の巻で登場する玉鬘である。
秋の夕暮れ、源氏は夕顔を火葬した煙を空の雲に重ねて歌を詠む。家鳩の声や砧の音など、夕顔と過ごした日々の記憶が、恋しくよみがえってくる。
語釈・文法注
- 七日七日
- 人の死後、七日ごとに行う法事。四十九日まで七回行う。
- 右大臣殿
- 頭中将の北の方(正妻)は右大臣の四の君。その実家から、夕顔をおどすようなことが言い送られた。
- ふたがりたる方
- 方塞がり。陰陽道で、天一神などがいるために、その方角に行くのを忌むこと。別の方角に一度移ってから目的地に向かう「方違え」をした。
- まさに長き夜
- 白居易の詩「聞夜砧」の一節「八月九月正長夜、千声万声無了時」(八月九月まさに長き夜、千声万声了む時無し)をふまえる。砧の音が夜通し続くことを詠んだ詩。
文法
- 過去推量の「けむ」(おぼえ給ひけむ)
- 「どうして…と思われたのだろう」。過去のことの原因を推し量る。
- 反実仮想「ましかば」(おはせましかば)
- 「もし生きていらっしゃったら」。下に「よからまし」などが省略されている。
和歌
見し人のけぶりを雲とながむればゆふべの空もむつまじきかな
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 秋の夕暮れ、空が曇って風が冷ややかな中で、夕顔をしのんでひとりごとのように詠んだ歌。逢った人の火葬の煙が雲になったのだと思って眺めると、夕暮れの空も親しく思われることよ。
修辞
- 見立て
- 空の雲を、夕顔を火葬した煙に見立てる。「ゆふべ」には、夕顔と初めて出会った夕方の記憶も重なる。
解説
右近の語る夕顔の身の上は、帚木の巻で頭中将が語った「常夏の女」の話と一致する。読者は、前の巻で聞いた話が、ここで一つにつながることを知る。夕顔の巻は、帚木の巻の「雨夜の品定め」で語られた「中の品」の女の物語でもある。
夕顔の遺児は、のちに玉鬘として物語に再登場する。右近は二十年近くたってから、長谷寺で玉鬘にめぐりあい、源氏のもとへ導くことになる。
源氏が語る理想の女性像、「ただやわらかで、人の心に従う女」は、夕顔そのものである。のちに源氏は、幼い紫の上を自分の理想どおりに育てようとする。その考え方の萌芽がここに見える。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、81–84頁(コマ42–43)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日