源氏物語 第4帖 夕顔(10)
なきがらとの別れ
惟光から葬送の手はずを聞いた源氏は、もう一度亡骸を見たいと、夜、馬で東山へ向かう。尼の家で、まだ生前のままのかわいらしい亡骸の手を取って泣く。右近を二条院へ誘うが、右近は煙とともに後を追いたいと嘆く。帰り道、源氏は鴨川の堤で落馬しそうになり、惟光に助けられてようやく二条院に帰り着く。

- 1日日ひ暮暮くれれれててて惟光惟光これみつ參參まいれれれりりり。。。かゝるかゝるかかるけがらひけがらひけがらいありありありとととののの給給のたまひひいててて、、、參參まいるるる人々人々びとももも皆皆みな立立たちちちながらながらながらまかづれまかづれまかずればばば人人ひとしげからしげからしげからずずず召召めししし寄寄よせせせててて
- 2「「「いかにいかにいかにぞぞぞ今今いまはははととと見見みはてはてはてつつつややや」」」とととののの給給のたまふふうまゝまゝままににに、、、袖袖そでををを御御おん顏顏かおににに押押おしししあてゝあてゝあてて泣泣なききき給給たまふふう。。。惟光惟光これみつもももなくなくなくなくなくなく「「「今今いまはははかぎりかぎりかぎりにににこそこそこそははは物物ものししし給給たまふふうめれめれめれ。。。
- 3長々長々ながながととと籠籠こもりりり侍侍はべらららむむんもももびんなきびんなきびんなきををを、、、明日明日あすなむなむなん日日ひよろしくよろしくよろしく侍侍はべれれればばば、、、とかくとかくとかくののの事事こといといといと尊尊とうとききき老僧老僧ろうそうのののあひあひあい知知しりりりててて侍侍はべるるるににに言言いひひい語語かたらひらひらいつけつけつけ侍侍はべりりりぬるぬるぬる」」」ととときこゆきこゆきこゆ。。。
- 4「「「添添そひひいたりたりたりつるつるつる女女おんなはははいかにいかにいかに」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「それそれそれなむなむなんまたまたまたえええ生生いくくくまじうまじうまじゅう侍侍はべるるるめるめるめる。。。我我わももも後後おくれれれじじじととと惑惑まどひひい侍侍はべりりりててて今朝今朝けさははは谷谷たににににももも落落おちちち入入いりりりぬぬぬべくべくべくなむなむなん見見み給給たまへへえつるつるつる。。。
- 5かのかのかのふるさとびとふるさとびとふるさとびとににに告告つげげげ遣遣やらららむむんととと申申もうせせせどどど、、、しばししばししばし思思おもひひいしづめよしづめよしずめよ、、、ことことことのののさまさまさま思思おもひひいめぐらしめぐらしめぐらしてててとととなむなむなんこしらへこしらへこしらえ置置おききき侍侍はべりりりつるつるつる」」」ととと語語かたりりり聞聞きこゆるゆるゆるまゝまゝままににに、、、いといといといみじいみじいみじととと覺覺おぼしししててて、、、
- 6「「「我我わもももいといといと心地心地ここちなやましくなやましくなやましく、、、いかなるいかなるいかなるべきべきべきにににかかかとととなむなむなん覺覺おぼゆるゆるゆる」」」とととののの給給のたまふふう。。。「「「何何なにかかか更更さらにににおもほしおもほしおもおしものせものせものせさせさせさせ給給たまふふう。。。さるべきさるべきさるべきにににこそこそこそ萬萬よろずののの事事こと侍侍はべらららめめめ。。。人人ひとにににももも漏漏もらさささじじじととと思思おもひひいたまふれたまふれたまうればばば惟光惟光これみつおりおりおり立立たちちちててて萬萬よろずはははものしものしものし侍侍はべるるる」」」などなどなど申申もうすすす。。。
- 7「「「さかしさかしさかし、、、さささみなみなみな思思おもひひいなせなせなせどどど浮浮うかびびびたるたるたる心心こころのののすさびすさびすさびににに人人ひとをををいたづらいたづらいたずらににになしなしなしつるつるつるかごとかごとかごと負負おひひいぬぬぬべきべきべきがががいといといとからきからきからきなりなりなり。。。少將少將しょうしょうののの命婦命婦みょうぶなどなどなどにもにもにも聞聞きかかかすすすななな。。。
- 8尼君尼君あまぎみましてましてましてかやうかやうかようののの事事ことなどなどなどいさめいさめいさめらるゝらるゝらるるををを心心こころ耻耻はずかしくしくしくなむなむなん覺覺おぼゆゆゆべきべきべき」」」ととと口口くちがためがためがため給給たまふふう。。。「「「さらさらさらぬぬぬ法師法師ほうしばらばらばらなどなどなどにもにもにもみなみなみないひいひいいなすなすなすさまさまさま異異ことににに侍侍はべるるる」」」ととと聞聞きこゆるゆるゆるにににぞぞぞかゝりかゝりかかり給給たまへへえるるる。。。
- 9ほのほのほの聞聞きくくく女房女房にょうぼうなどなどなど、、、怪怪あやしくしくしく何事何事なにごとならならならむむん、、、けがらひけがらひけがらいのののよしよしよしののの給給のたまひひいてててうちうちうちにににももも參參まいりりり給給たまははわずずず、、、又又またかくかくかくさゝめきさゝめきささめき歎歎なげききき給給たまふふうとととほのぼのほのぼのほのぼのあやしがるあやしがるあやしがる。。。
- 10「「「更更さらににに事事ことなくなくなくしししなせなせなせ」」」とととそのそのそのほどほどほどののののたまへのたまへのたまえどどど、、、「「「なにかなにかなにかことごとしくことごとしくことごとしくすすすべきべきべきにににももも侍侍はべらららずずず」」」とととててて、、、立立たつつつがががいといといと悲悲かなしくしくしく覺覺おぼさささるれるれるればばばびんなしびんなしびんなしととと思思おもふふうべけれべけれべけれどどど、、、
- 11「「「今今いま一度一度ひとたびかのかのかのなきがらなきがらなきがらををを見見みざらざらざらむむんがががいといといといぶせかるいぶせかるいぶせかるべきべきべきををを、、、馬馬うまにてにてにてものせものせものせむむん」」」とととののの給給のたまふふうををを、、、いといといとたいだいしきたいだいしきたいだいしき事事こととととははは思思おもへへえどどど「「「さささ覺覺おぼささされれれむむんはははいかゞいかゞいかがせせせむむん。。。はやはやはやおはしましおはしましおわしましててて、、、夜夜よ更更ふけけけぬぬぬさきさきさきににに歸歸かえらららせせせおはしませおはしませおわしませ」」」ととと申申もうせせせばばば、、、
- 12このこのこの頃頃ころののの御御おんやつれやつれやつれににに設設もうけけけ給給たまへへえるるる狩狩かりののの御御おんそうそうそう束束ぞく着着きかへかへかえなどなどなどしししててて出出いででで給給たまふふう。。。
- 13御御おん心地心地ここちかきかきかきくらしくらしくらしいみじくいみじくいみじく堪堪たへへえ難難がたけれけれければばば、、、かくかくかく怪怪あやしきしきしき路路みちににに出出いででで立立たちちちてててももも危危あやうかりかりかりしししものものものごりごりごりにににいかにいかにいかにせせせむむんととと覺覺おぼしししわづらへわづらへわずらえどどど、、、
- 14猶猶なお悲悲かなしさしさしさのののやるやるやるかたかたかたなくなくなく、、、只今只今ただいまのののからからからををを見見みででではははまたまたまたいついついつののの世世よにににかかかありありありしししかたちかたちかたちをををももも見見みむむんとととおぼしおぼしおぼし念念ねんじじじててて例例れいののの大夫大夫たいふ、、、隨身隨身ずいじんををを具具ぐしししててて出出いででで給給たまふふう。。。路路みち遠遠とおくくくおぼゆおぼゆおぼゆ。。。
- 15十七日十七日じゅうしちにちののの月月つきさしさしさし出出いでゝでゝでて河原河原かわらのののほどほどほどみさきみさきみさきののの火火ひもももほのかほのかほのかなるなるなるにににのののかたかたかたなどなどなど見見みやりやりやりたるたるたるほどほどほどなどなどなど物物ものむつかしきむつかしきむつかしきももも何何なにともともとも覺覺おぼえええ給給たまははわずずず。。。かきかきかきみだるみだるみだる心地心地ここちししし給給たまひひいててて、、、おはしおはしおわしつきつきつきぬぬぬ。。。
- 16あたりあたりあたりさへさへさへすごきすごきすごきににに、、、板屋板屋いたやののの傍傍かたわらににに堂堂どう建建たてゝてゝてて行行おこなへへえるるる尼尼あまのののすまひすまひすまいいといといとあはれあはれあわれなりなりなり。。。みあかしみあかしみあかしののの影影かげほのかほのかほのかににに透透すきききててて見見みゆゆゆ。。。
- 17そのそのその屋屋やにににははは女女おんな一人一人ひとり泣泣なくくく聲聲こえのみのみのみしししててて、、、とととののの方方かたににに法師法師ほうしばらばらばらののの二三人二三人ふたりみたり物語物語ものがたりしししつゝつゝつつわざとわざとわざとののの聲聲こえ立立たてててぬぬぬ念佛念佛ねんぶつぞぞぞするするする。。。
- 18寺々寺々てらでらのののももも皆皆みな行行おこなひひいはてゝはてゝはてていといといとしめやかしめやかしめやかなりなりなり。。。淸水淸水きよみずののの方方かたぞぞぞ光光ひかり多多おおくくく見見みえええててて人人ひとのののけはひけはひけわいもももしげかりしげかりしげかりけるけるける。。。
- 19このこのこの尼君尼君あまぎみののの子子こなるなるなるののの聲聲こえたふとくたふとくとうとくててて經經きょううちうちうち讀讀よみみみたるたるたるににに、、、淚淚なみだ殘殘のこりりりなくなくなくおぼさおぼさおぼさるるる。。。
- 20入入いりりり給給たまへへえれれればばば、、、火火ひ取取とりりりそむけそむけそむけててて右近右近うこんははは屏風屏風びょうぶへだてゝへだてゝへだてて臥臥ふしししたりたりたり。。。いかにいかにいかにわびしからわびしからわびしからむむん。。。ととと見見み給給たまふふう。。。恐恐おそろしきしきしきげげげもももおぼえおぼえおぼえずずずいといといとらうたげらうたげろうたげなるなるなるさまさまさましししてててまだまだまだ聊聊いささかかはりかはりかわりたるたるたる所所ところなしなしなし。。。
- 21手手てををを捕捕とらへへえててて「「「我我わににに今今いま一度一度ひとたび聲聲こえをををだにだにだに聞聞きかかかせせせ給給たまへへえ。。。いかなるいかなるいかなるむかしむかしむかしののの契契ちぎりにににかかかありありありけむけむけん。。。暫暫しばしししののの程程ほどににに心心こころををを盡盡つくしししててて哀哀あわれにににおぼえおぼえおぼえしししををを、、、うちうちうち捨捨すててて惑惑まどはしはしわし給給たまふふうがががいみじきいみじきいみじき事事こと」」」ととと聲聲こえももも惜惜おしまままずずず泣泣なききき給給たまふふう事事こと限限かぎりなしなしなし。。。
- 22だいとこだいとこだいとこだちだちだちももも誰誰たれとととははは知知しらららぬぬぬににに、、、怪怪あやしししととと思思おもひひいててて皆皆みな淚淚なみだおとしおとしおとしけりけりけり。。。
- 23右近右近うこんををを「「「いざいざいざ二條院二條院にじょうのいんへへへ」」」とととののの給給のたまへへえどどど年比年比としごろをさなくをさなくおさなく侍侍はべりりりしししよりよりより片時片時かたとき立立たちちち離離はなれれれ奉奉たてまつらららずずず馴馴なれれれ聞聞きこえええつるつるつる人人ひとににに俄俄にわかににに別別わかれれれ奉奉たてまつりりりててて、、、いづこいづこいずこにににかかかかへりかへりかえり侍侍はべらららむむん。。。
- 24いかにいかにいかになりなりなり給給たまひひいにににきききとととかかか人人ひとにににもももいひいひいい侍侍はべらららむむん。。。悲悲かなしきしきしき事事ことをををばばばさるさるさるものものものにてにてにて、、、人人ひとににに言言いひひい騷騷さわがががれれれ侍侍はべらららむむんがががいみじきいみじきいみじきことことこと」」」ととといひいひいいててて泣泣なききき惑惑まどひひいててて「「「煙煙けぶりにににたぐひたぐひたぐいててて慕慕したひひい參參まいりりりなななむむん」」」ととといふいふいう。。。
- 25「「「ことわりことわりことわりなれなれなれどどど、、、さささなむなむなん世世よののの中中なかはははあるあるある。。。別別わかれれれととといふいふいうものものものゝゝの悲悲かなしからしからしからぬぬぬはははなしなしなし。。。とあるとあるとあるもももかゝるかゝるかかるももも同同おなじじじ命命いのちののの限限かぎりあるあるあるものものものににになむなむなんあるあるある。。。思思おもひひい慰慰なぐさめめめてててわれわれわれをををたのめたのめたのめ」」」とととののの給給のたまひひいこしらへこしらへこしらえてててももも、、、
- 26「「「かくかくかくいふいふいう身身みこそこそこそははは生生いきききとまるとまるとまるまじきまじきまじき心地心地ここちすれすれすれ」」」とととのたまふのたまふのたまうもももたのもしげたのもしげたのもしげなしなしなしややや。。。惟光惟光これみつ「「「夜夜よははは明方明方あけがたににになりなりなり侍侍はべりりりぬぬぬらむらむらん。。。はやはやはや歸歸かえらららせせせ給給たまひひいなななむむん」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、
- 27顧顧かえりみみみのみのみのみせせせられられられててて胸胸むねもももつとつとつとふたがりふたがりふたがりててて出出いででで給給たまふふう。。。路路みちいといといと露露つゆけきけきけきにににいとゞしきいとゞしきいとどしき朝霧朝霧あさぎりにににいづこいづこいずこともともともなくなくなく惑惑まどふふう心地心地ここちししし給給たまふふう。。。
- 28ありありありしししながらながらながらうちうちうち臥臥ふしししたりたりたりつるつるつるさまさまさまうちうちうち交交かわししし給給たまへへえりりりしししががが我我わががが紅紅くれないののの御御おんぞぞぞののの着着きららられれれたりたりたりつるつるつるなどなどなどいかなりいかなりいかなりけむけむけん契契ちぎりにににかかかととと道道みちすがらすがらすがらおぼさおぼさおぼさるるる。。。
- 29御御おん馬馬うまにににもももはかばかしくはかばかしくはかばかしく乘乘のりりりたまふたまふたまうまじきまじきまじき御御おんさまさまさまなれなれなればばば又又また惟光惟光これみつ添添そひひい扶扶たすけけけててておはしまさおはしまさおわしまさするするするににに、、、堤堤つつみのののほどほどほどにてにてにて馬馬うまよりよりよりすべりすべりすべりおりおりおりててていみじくいみじくいみじく御御おん心地心地ここち惑惑まどひひいけれけれければばば、、、
- 30「「「かゝるかゝるかかる路路みちののの空空そらにてにてにてはふれはふれほうれぬぬぬべきべきべきにににやややあらあらあらむむん。。。更更さらにににえええいきいきいき着着つくくくまじきまじきまじき心地心地ここちなむなむなんするするする」」」とととののの給給のたまふふうににに、、、惟光惟光これみつももも心地心地ここち惑惑まどひひいててて、、、
- 31我我わがががはかばかしくはかばかしくはかばかしくはははさささののの給給のたまふふうともともともかゝるかゝるかかる道道みちににに率率いててて出出いででで奉奉たてまつるるるべきべきべきかかかはははととと思思おもふふうににに、、、いといといと心心こころあわたゞしけれあわたゞしけれあわただしければばば、、、かはかはかはののの水水みずにてにてにて手手てををを洗洗あらひひいててて、、、淸水淸水きよみずののの觀音觀音かんのんををを念念ねんじじじ奉奉たてまつりりりてててももも、、、すべすべすべなくなくなく思思おもひひい惑惑まどふふう。。。
- 32君君きみももも强强しひひいててて御心御心みこころををを起起おこしししててて、、、心心こころののの中中うちににに佛佛ほとけををを念念ねんじじじ給給たまひひいててて、、、又又またとかくとかくとかく助助たすけけけられられられ給給たまひひいてててなむなむなん二條院二條院にじょうのいんへへへ歸歸かえりりり給給たまひひいけるけるける。。。
- 33怪怪あやしうしうしゅう夜夜よ深深ふかききき御御おんありきありきありきををを人々人々びと「「「見見み苦苦ぐるしきしきしきわざわざわざかなかなかな。。。このこのこのごろごろごろ例例れいよりよりよりもももしづしづしず心心ごころなきなきなき御御おんしのびありきしのびありきしのびありきのののうちうちうちしきるしきるしきるなかなかなかにににももも、、、昨日昨日きのうののの御御おん氣色氣色けしきのののいといといと惱惱なやましうましうましゅう覺覺おぼしししたりたりたりしししにににはははいかでいかでいかでかくかくかくたどりたどりたどりありきありきありき給給たまふふうらむらむらん」」」ととと歎歎なげきききあへあへあえりりり。。。
現代語訳
日が暮れてから惟光が参上した。こうした穢れがあるとおっしゃって、参上する人々もみな立ったままで退出するので、人が多くないところに惟光を呼び寄せて、「どうだった。もう最期と見届けたか」とおっしゃるやいなや、袖をお顔に押し当ててお泣きになる。惟光も泣く泣く、「もう、これが最期でいらっしゃるようです。長々と籠っておりますのも不都合ですので、明日は日がよろしゅうございますから、葬送のことは、たいそう尊い老僧で知り合いの者に、話をつけておきました」と申し上げる。
源氏が「付き添っていた女はどうしている」とおっしゃると、惟光は「その者がまた、生きていられそうにもないようでございます。自分も後れまいと取り乱しまして、今朝は谷にも落ち入ってしまいそうに見えました。あの五条の家の者に知らせようと申しますが、しばらく気を静めよ、事の次第を考えてからにせよと、なだめておきました」とお話し申し上げるにつけても、源氏はたいそう悲しいとお思いになって、「私もひどく気分が悪くて、どうなるのだろうかと思われる」とおっしゃる。
惟光は「どうして今さら、そんなにお思い悩みなさるのですか。すべてはそうなる運命なのでございましょう。人にも漏らすまいと存じますので、惟光が自ら立ち働いて、何もかも取り計らいます」などと申し上げる。源氏は「そうだ、すべてそう思おうとはするけれど、浮ついた心の慰みごとから、人を死なせてしまったという非難を負うことになりそうなのが、たいそうつらいのだ。少将の命婦などにも聞かせるな。尼君は、なおさらこうしたことをいさめなさるから、合わせる顔がないだろう」と口止めをなさる。
惟光が「ほかの法師たちなどにも、みな事情は別のことに言いつくろってございます」と申し上げるので、源氏はそれを頼りにしていらっしゃる。ほのかに聞いた女房たちは、不思議に、何事だろう、穢れのことをおっしゃって宮中にも参内なさらず、またこうしてひそひそと嘆いていらっしゃる、とぼんやりと不審がる。
源氏は「決して手落ちのないようにせよ」と、その時の葬送の作法をおっしゃるが、惟光は「何も大げさにすることはございません」と言って立つのが、源氏はたいそう悲しく思われなさるので、不都合だと思うにちがいないが、「もう一度、あの亡骸を見ないのは、ひどく心が晴れないだろうから、馬で出かけよう」とおっしゃるのを、惟光はたいそうとんでもないこととは思うが、「そうお思いになるのでしたら、しかたがありません。早くおいでになって、夜が更けないうちにお帰りください」と申し上げるので、このごろの忍び歩きのために用意なさった狩衣の装束に着替えなどしてお出かけになる。
お心は真っ暗になって、たいそう耐えがたいので、こうした奇妙な道に出かけても、昨夜の危なかったことに懲りて、どうしようかとお悩みになるけれど、やはり悲しさは晴らしようもなく、今この亡骸を見なければ、またいつの世に、生前の姿を見ることができようかと、こらえて、いつもの大夫(惟光)と随身を連れてお出かけになる。道がたいそう遠く思われる。
十七日の月が出て、鴨の河原のあたりで、先払いの松明もほのかな中に、鳥辺野の方などを見やったときなど、気味の悪いことも何とも思われなさらない。心が乱れる気持ちで、目的の家にお着きになった。
あたりまでもぞっとするようなところに、板屋のそばに堂を建てて勤行している尼の住まいは、たいそうものさびしい。灯明の光がほのかに透けて見える。その家では、女一人が泣く声だけがして、外の方では、法師たちが二、三人、話をしながら、声を立てない念仏を特別にしている。寺々の初夜の勤行もみな終わって、たいそうひっそりとしている。清水寺の方だけは灯が多く見えて、人の気配も多かった。
この尼君の子である大徳が、尊い声で経を読んでいるのに、源氏は涙もすっかり尽きるほどお感じになる。中にお入りになると、灯火を向こうに向けて、右近は屏風を隔てて臥している。どんなにつらいことだろうと、ご覧になる。亡骸は恐ろしい様子も感じられず、たいそうかわいらしい様子をして、まだ少しも変わったところがない。
手を取って、「私に、もう一度だけでも声を聞かせてください。どういう前世の縁だったのだろう。わずかの間に心を尽くして、いとしく思ったのに、私を捨てて途方にくれさせなさるのがひどいことだ」と、声も惜しまずにお泣きになることは、限りがない。大徳たちも、誰とは知らないが、不思議に思って、みな涙を落とした。
源氏は右近に、「さあ、二条院へ」とおっしゃるが、右近は「長年、幼いころからかたときもお側を離れ申し上げず、慣れ親しんでまいりました方に、急にお別れ申し上げて、どこに帰ってよいのでしょう。どうおなりになったと、人に言えばよいのでしょう。悲しいことはもちろんですが、人にとやかく言い騒がれますのがつらいことで」と言って泣きまどって、「火葬の煙といっしょに、お慕いして参りたいものです」と言う。
源氏は「もっともだが、世の中とはそういうものなのだ。別れというもので、悲しくないものはない。先立つのも後に残るのも、同じく限りある命なのだ。気持ちを慰めて、私を頼りにしなさい」とおっしゃってなだめても、「こう言う私自身こそ、生きながらえられそうにない気がする」とおっしゃるのも、頼りないことよ。惟光が「夜は明け方近くになったでしょう。早くお帰りください」と申し上げるので、何度も振り返ってばかりで、胸もふさがってお出になる。
道はたいそう露っぽいうえに、いっそう深い朝霧の中で、どこへともなく迷う気持ちがなさる。生前のまま臥していた様子や、互いに掛け交わしていらっしゃった、自分の紅の御衣が亡骸に着せられていたことなど、どういう前世の縁だったのだろうかと、道すがらお思いになる。
お馬にもしっかりとお乗りになれそうにないご様子なので、また惟光が付き添って助けてお連れ申し上げるが、鴨川の堤のあたりで、源氏は馬からすべり降りて、ひどくご気分が乱れたので、「こんな道の途中で、のたれ死にしてしまうのだろうか。とても行き着けそうにない気がする」とおっしゃるので、惟光も気が動転して、自分がしっかりしていれば、あのようにおっしゃっても、こんな道にお連れ出し申し上げるべきだっただろうかと思うと、たいそう心があわただしいので、鴨川の水で手を洗って、清水の観音にお祈り申し上げても、どうしようもなく思いまどう。
源氏も無理にお心を奮い立たせて、心の中で仏をお祈りなさって、またあれこれと助けられなさって、二条院へお帰りになった。不思議なほど夜更けのお出歩きを、女房たちは「見苦しいことですこと。このごろはいつもより落ち着かないお忍び歩きがしきりに続く中でも、昨日のご様子がたいそうお苦しそうでいらっしゃったのに、どうしてこうして出歩きなさるのでしょう」と嘆き合っている。
意訳
源氏はもう一度夕顔の亡骸を見ずにはいられず、危険を承知で夜の東山へ向かう。鳥辺野を見やりながら進む道は、まさに野辺送りの道である。
尼の家の堂で、源氏は亡骸の手を取り、「もう一度だけでも声を聞かせてください」と泣く。亡骸は生前と変わらず、かわいらしいままである。右近は、幼いころから仕えた主人を失い、「煙とともに後を追いたい」と嘆く。
帰り道、源氏は鴨川の堤で馬からすべり落ち、ここで死ぬのではないかと思うほど弱る。惟光は、源氏を連れ出したことを悔やみ、清水の観音に祈る。若い源氏の悲しみと、それを支える惟光の忠実さが描かれている。
語釈・文法注
- さほふ
- 作法(さほう)。ここでは葬送の作法。
- 鳥部野
- 鳥辺野(とりべの)。京の東山のふもとにあった葬送の地。火葬の煙が立つ場所として、和歌にもよく詠まれた。
- そや
- 初夜(そや)。夜を六つに分けて行う勤行のうち、宵(午後八時ごろ)の勤行。
- だいとこ
- 大徳(だいとこ)。徳の高い僧。僧を敬っていう言葉。
文法
- 強意+推量の「なむ」(慕ひ參りなむ)
- 完了の助動詞「ぬ」の未然形+推量・意志の「む」。「きっとお慕いして参りましょう」。
- 反語の「かは」(率て出で奉るべきかは)
- 「…してよいものだろうか、いや、よくない」。惟光の後悔を表す。
- 使役の「す」(おはしまさする)
- 「おはします」に使役の助動詞「す」の連体形がついて、「お連れ申し上げる」。
解説
源氏が夜の東山へ向かう道は、鳥辺野の近くを通る。鳥辺野は京の葬送の地で、火葬の煙が立つ場所として知られた。右近の「煙にたぐひて慕ひ參りなむ」という言葉も、鳥辺野での火葬を前提にしている。
源氏の紅の衣が夕顔の亡骸に着せられていたことは、二人が互いの衣を掛けて共寝した名残である。逢瀬の名残がそのまま死装束となったことに、源氏は深い宿縁を感じている。
鴨川の堤で馬からすべり落ちる源氏の姿は、それまでの理想的な貴公子の姿とは大きく異なる。十七歳の源氏の、人間らしい弱さが描かれた場面である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、75–80頁(コマ39–41)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日