源氏物語 第4帖 夕顔(9)
惟光の来着――東山へ
明け方ようやく惟光が来て、源氏は初めて声をあげて泣く。惟光は人目を避けるため、亡骸を東山の知り合いの尼の家へ移すことにし、右近を付き添わせて車で運ぶ。源氏は馬で二条院に帰るが、病に伏してしまう。見舞いに来た頭中将には、乳母の家で死の穢れに触れたと偽り、参内できないことを帝に伝えてもらう。

- 1辛辛からうじてうじてうじて惟光惟光これみつののの朝臣朝臣あそん參參まいれれれりりり。。。夜中夜中よなか曉曉あかつきととといはいはいわずずず御心御心みこころににに隨隨したがへへえるるるものものものゝゝの今宵今宵こよいしもしもしも侍侍さぶらははわででで召召めしししにににさへさへさへ怠怠おこたりりりつるつるつるををを憎憎にくしししととと思思おもほすほすおすものものものからからから
- 2召召めししし入入いれれれてててののの給給のたまひひい出出いでででむむん事事ことのののあへなきあへなきあえなきにににふとふとふと物物ものもももいはいはいわれれれ給給たまははわずずず。。。右近右近うこん、、、大夫大夫たいふのののけはひけはひけわい聞聞きくくくににに始始はじめよりよりよりののの事事ことうちうちうち思思おもひひい出出いでででられられられてててなくなくなくををを、、、
- 3君君きみもももえええ堪堪たへへえ給給たまははわででで我我わ一人一人ひとりさかしがりさかしがりさかしがり抱抱いだききき持持もちちち給給たまへへえりりりけるけるけるににに、、、このこのこの人人ひとににに息息いきをををのべのべのべ給給たまひひいてててぞぞぞ悲悲かなしきしきしき事事こともももおぼさおぼさおぼされれれけるけるける。。。とばかりとばかりとばかりいといといといたくいたくいたくえええもももとゞめとゞめとどめずずず泣泣なききき給給たまふふう。。。
- 4やゝやゝややためらひためらひためらいててて「「「こゝこゝここにににいといといと怪怪あやしきしきしき事事ことのののあるあるあるをををあさましあさましあさましととといふいふいうにににももも餘餘あまりりりてててなむなむなんあるあるある。。。かゝるかゝるかかるとみとみとみののの事事ことにはにはにはなどなどなどをををこそこそこそはははすすすなれなれなれとととててて、、、
- 5そのそのその事事ことどもどもどもせせせさせさせさせむむん願願ねがなどなどなどももも立立たてててさせさせさせむむんとととててて、、、阿闍梨阿闍梨あざり物物ものせよせよせよととと言言いひひい遣遣やりりりつるつるつるははは」」」とととののの給給のたまふふうににに
- 6「「「昨日昨日きのう山山やまへへへ罷罷まかりりり上上のぼりりりにににけりけりけり。。。まづまづまずいといといと珍珍めずらからからかなるなるなる事事ことにもにもにも侍侍はべるるるかなかなかな。。。かねてかねてかねて例例れいならならならずずず御御おん心地心地ここちののの物物ものせせせさせさせさせ給給たまふふう事事ことややや侍侍はべりりりつつつらむらむらん」」」、、、「「「さるさるさる事事こともももなかりなかりなかりつつつ」」」とととててて泣泣なききき給給たまふふうさまさまさまいといといとをかしげをかしげおかしげにににらうたくらうたくろうたく、、、見見み奉奉たてまつるるる人人ひともももいといといと悲悲かなしくしくしくててておのれおのれおのれもももよゝよゝよよととと泣泣なきききぬぬぬ。。。
- 7「「「さささいへいへいえどどど年年としうちうちうちねびねびねび世世よののの中中なかのののとあるとあるとある事事ことももも鹽鹽しおじみじみじみぬるぬるぬる人人ひとこそこそこそ物物もののののをりふしをりふしおりふしははは賴賴たのもしかりもしかりもしかりけれけれけれ。。。いづれいづれいずれもももいづれいづれいずれももも若若わかきききどちどちどちにてにてにて言言いははわむむん方方かたもももなけれなけれなけれどどど、、、
- 8このこのこの院院いんもりもりもりなどなどなどににに聞聞きかかかせせせむむんことことことはははいといといとびんなかるびんなかるびんなかるべしべしべし。。。このこのこの人人ひと一人一人ひとりこそこそこそむつまじうむつまじうむつまじゅうもももあらあらあらめめめ。。。おのづからおのづからおのずから物物もの言言いひひい漏漏もらしししつつつべきべきべきももも立立たちちち交交まじりりりたらたらたらむむん。。。まづまづまずこのこのこの院院いんををを出出いでででおはしましおはしましおわしましねねね」」」ととといふいふいう。。。
- 9「「「さてさてさてこれこれこれよりよりよりひとずくなひとずくなひとずくななるなるなる所所ところはははいかでいかでいかでかかかあらあらあらむむん」」」とととののの給給のたまふふう。。。「「「げにげにげにさささぞぞぞ侍侍はべらららむむん。。。かのかのかの故鄕故鄕ふるさとははは女房女房にょうぼうなどなどなどのののかなしびかなしびかなしびににに堪堪たへへえずずず泣泣なききき惑惑まどひひい侍侍はべらららむむんににに、、、隣隣となりしげくしげくしげく咎咎とがむるむるむる里人里人さとびと多多おおくくく侍侍はべらららむむんににに、、、おのづからおのづからおのずから聞聞きこえええはべらはべらはべらむむんををを、、、
- 10山寺山寺やまでらこそこそこそ猶猶なおかやうかやうかようののの事事ことおのづからおのづからおのずから行行ゆきききまじりまじりまじり物物もの紛紛まぎるゝるゝるることことこと侍侍はべらららめめめととと思思おもひひいまはしまはしまわしててて、、、昔昔むかし見見み給給たまへへえししし女房女房にょうぼうののの尼尼あまにてにてにて侍侍はべるるるひんがしひんがしひんがしのののへんへんへんににに移移うつししし奉奉たてまつらららむむん。。。
- 11惟光惟光これみつががが父父ちちののの朝臣朝臣あそんののの乳母乳母めのとににに侍侍はべりりりししし者者もののののててて住住すみみみ侍侍はべるるるなりなりなり。。。あたりあたりあたりははは人人ひと繁繁しげきききやうやうようににに侍侍はべれれれどどどいといといとかごかかごかかごかににに侍侍はべるるる」」」ととと聞聞きこえええててて明明あけけけ離離はなるゝるゝるる程程ほどのののまぎれまぎれまぎれににに御御おん車車くるま寄寄よすすす。。。
- 12このこのこの人人ひとをををえええ抱抱いだききき給給たまふふうまじけれまじけれまじければばばうはむしろうはむしろうわむしろににに押押おしししくゝみくゝみくくみててて惟光惟光これみつ載載のせせせ奉奉たてまつるるる。。。いといといとさゝやかさゝやかささやかにてにてにてうとましげうとましげうとましげもももなくなくなくらうたげらうたげろうたげなりなりなり。。。
- 13したゝかしたゝかしたたかにににしもしもしもえええせせせねねねばばば、、、髮髮かみはははこぼれこぼれこぼれ出出いでででたるたるたるももも、、、目目め暮暮くれれれ惑惑まどひひいてててあさましうあさましうあさましゅう悲悲かなしししととと覺覺おぼせせせばばば、、、なりなりなりはてはてはてむむんさまさまさまををを見見みむむんとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、
- 14「「「はやはやはや御御おん馬馬うまにてにてにて二條二條にじょうののの院院いんへへへおはしまさおはしまさおわしまさなむなむなん。。。人人ひと騷騷さわがしくしくしくなりなりなり侍侍はべらららぬぬぬ程程ほどににに」」」とととててて右近右近うこんををを添添そへへえててて乘乘のすれすれすればばば、、、君君きみににに馬馬うまははは奉奉たてまつりりりててて我我わはははかちかちかちよりよりよりくゝりくゝりくくり引引ひききき上上あげげげなどなどなどしししててて出出いででで立立たつつつ。。。
- 15かつかつかつはははいといといと怪怪あやしくしくしく、、、覺覺おぼえええぬぬぬおくりおくりおくりなれなれなれどどど、、、御御おん氣色氣色けしきのののいみじきいみじきいみじきををを見見み奉奉たてまつれれればばば身身みををを捨捨すてゝてゝてて行行ゆくくくににに、、、君君きみははは物物ものもももおぼえおぼえおぼえ給給たまははわずずず。。。われわれわれかかかのののさまさまさまにてにてにておはしおはしおわし着着つきききたりたりたり。。。
- 16人々人々びと「「「いづこいづこいずこよりよりよりおはしますおはしますおわしますにににかかか、、、惱惱なやましげましげましげににに見見みえええさせさせさせ給給たまふふう」」」などなどなどいへいへいえどどど、、、御帳御帳ちょうののの內內うちににに入入いりりり給給たまひひいててて、、、胸胸むねををを抑抑おさへへえててて思思おもふふうにににいといといといみじけれいみじけれいみじければばば、、、
- 17などなどなどててて乘乘のりりり添添そひひいててて行行ゆかかかざりざりざりつつつらむらむらん、、、生生いききき返返かえりりりたらたらたらむむん時時ときいかなるいかなるいかなる心地心地ここちせせせむむん、、、見見み捨捨すてゝてゝてていきいきいき別別わかれれれにににけりけりけりとととつらくつらくつらくややや思思おもははわむむんとととこゝろこゝろこころ惑惑まどひひいののの中中なかにもにもにもおぼすおぼすおぼすににに、、、御御おん胸胸むねせきせきせきあぐるあぐるあぐる心地心地ここちししし給給たまふふう。。。
- 18御御おんぐしぐしぐしももも痛痛いたくくく身身みももも熱熱あつききき心地心地ここちしししててていといといと苦苦くるしくしくしく惑惑まどははわれれれ給給たまへへえばばば、、、かくかくかくはかなくはかなくはかなくててて我我わもももいたづらいたづらいたずらににになりなりなりぬるぬるぬるなななめりめりめりとととおぼすおぼすおぼす。。。
- 19日日ひ高高たかくくくなれなれなれどどど起起おききき上上あがりりりたまはたまはたまわねねねばばば、、、人々人々びとあやしがりあやしがりあやしがりててて御御おん粥粥かゆなどなどなどそゝのかしそゝのかしそそのかし聞聞きこゆれゆれゆれどどど、、、苦苦くるしくしくしくててていといといと心心こころ細細ぼそくくく覺覺おぼさささるゝるゝるるににに、、、うちうちうちよりよりより御御おん使使つかいありありあり。。。
- 20昨日昨日きのうもももえええ尋尋たずねねね出出いででで奉奉たてまつらららざりざりざりしししよりよりより覺束覺束おぼつかながらながらながらせせせたまふたまふたまう。。。おほとのおほとのおおとのゝゝの君君きみだちだちだち參參まいりりり給給たまへへえどどど、、、頭中將頭中將とうのちゅうじょうばかりばかりばかりををを「「「立立たちちちながらながらながら此方此方こなたににに入入いりりりたまへたまへたまえ」」」とととののの給給のたまひひいててて、、、みすみすみすののの內內うちながらながらながらののの給給のたまふふう。。。
- 21「「「めのとめのとめのとにてにてにて侍侍はべるるるものものものゝゝのさつきさつきさつきののの比比ころほひほひおいよりよりより重重おもくくく煩煩わずらひひい侍侍はべりりりしししががが頭頭かしらそりそりそり忌忌いむむむ事事こと受受うけけけなどなどなどしししてててそのそのそのしるししるししるしにににやややよみがへりよみがへりよみがえりたりたりたりしししををを、、、このこのこのごろごろごろ又又また起起おこりりりててて弱弱よわくくくなむなむなんなりなりなりにににたるたるたる。。。
- 22今今いま一度一度ひとたびとぶらひとぶらひとぶらい見見みよよよととと申申もうしししたりたりたりしかしかしかばばば、、、いときなきいときなきいときなきよりよりよりなづさひなづさひなずさいしししものものものゝゝの今今いまははわのののきざみきざみきざみにににつらしつらしつらしとととややや思思おもははわむむんととと思思おもひひい給給たまへへえててて罷罷まかりりりしししににに、、、
- 23そのそのその家家いえなりなりなりけるけるける下下しもびとびとびとののの病病やまひひいしししけるけるけるががが俄俄にわかにににえええいでいでいであへあへあえででで亡亡なくくくなりなりなりにににけるけるけるをををおぢおぢおじ憚憚はばかりりりててて日日ひをををくらしくらしくらしてててなむなむなんとりとりとり出出いででで侍侍はべりりりけるけるけるををを聞聞ききききつけつけつけ侍侍はべりりりしかしかしかばばば、、、
- 24かみわざかみわざかみわざなるなるなるころころころはははいといといとふびんふびんふびんなるなるなる事事ことととと思思おもううう給給たまへへえかしこまりかしこまりかしこまりててて、、、えええ參參まいらららぬぬぬなりなりなり。。。このこのこの曉曉あかつきよりよりよりしはぶきやみしはぶきやみしわぶきやみにににややや侍侍はべらららむむん、、、頭頭かしらいといといと痛痛いたくくくててて苦苦くるしくしくしく侍侍はべれれればばば、、、いといといとにてにてにて聞聞きこゆゆゆ」」」るるる事事ことなどなどなどののの給給のたまふふう。。。
- 25中將中將ちゅうじょう、、、「「「さらばさらばさらばさるさるさるよしよしよしをををこそこそこそ奏奏そうししし侍侍はべらららめめめ。。。よべよべよべももも御御おん遊遊あそびびびにににかしこくかしこくかしこく求求もとめめめ奉奉たてまつらららせせせ給給たまひひいててて御御おん氣色氣色けしきあしくあしくあしく侍侍はべりりりききき」」」ととと聞聞きこえええ給給たまひひいててて、、、
- 26立立たちちちかへりかへりかえり「「「いかなるいかなるいかなるにににかゝらかゝらかからせせせ給給たまふふうぞぞぞややや。。。陳陳のべべべやらやらやらせせせ給給たまふふうことことことこそこそこそ誠誠まことともともとも思思おもううう給給たまへへえられられられねねね」」」ととといふいふいうににに胸胸むねうちうちうち潰潰つぶれれれ給給たまひひいててて、、、
- 27「「「かくかくかくこまかこまかこまかにににはははあらあらあらでででたゞたゞただ覺覺おぼえええぬぬぬけがらひけがらひけがらいににに觸觸ふれれれたるたるたる由由よしををを奏奏そうししし給給たまへへえ。。。いといといとこそこそこそたいだいしくたいだいしくたいだいしく侍侍はべれれれ」」」とととつれなくつれなくつれなくののの給給のたまへへえどどど、、、
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現代語訳
ようやく惟光朝臣が参上した。夜中でも明け方でも源氏のお心に従っていた者が、今夜に限ってお側に控えず、お呼びにさえ遅れたのを、憎らしいとお思いになるものの、呼び入れて、お話しになろうとすることがあまりにもあっけないので、すぐには何もおっしゃれない。右近は、大夫(惟光)の気配を聞くと、初めからのことが思い出されて泣くので、源氏もこらえきれなくなって、自分ひとりが気丈にふるまって右近を抱きかかえていらっしゃったのに、惟光が来たのでほっとなさって、悲しいこともお感じになるのだった。しばらくの間、たいそうひどく、とめどもなくお泣きになる。
少し気を静めて、「ここで、たいそう奇妙なことがあって、あきれたと言うだけではすまないのだ。こうした急な時には、読経などをするものだと言うので、その準備をさせ、願なども立てさせようと思って、阿闍梨に来るよう言いやったのだが」とおっしゃると、惟光は「阿闍梨は昨日、山へ登ってしまいました。それにしても、まことに珍しいことでございますね。前から、いつもと違ってご気分がお悪いということがあったのでしょうか」。源氏は「そんなこともなかった」と言ってお泣きになる様子が、たいそう美しくいじらしく、拝見する惟光もたいそう悲しくなって、自分もおいおいと泣いた。
「何といっても、年をとって、世の中のさまざまなことに慣れきった人こそ、こうした折には頼りになるものだ。どちらも若い者どうしで、どうしようもないけれど」。惟光は「この院の留守番などに聞かせるのは、たいそう都合が悪いでしょう。この男一人は親しい者でしょうが、自然と口をすべらせてしまいそうな身内の者もまじっているでしょう。まず、この院をお出になってください」と言う。
源氏が「それにしても、ここより人の少ない所がどこにあるだろう」とおっしゃると、惟光は「本当にそうでございましょう。あの五条の家は、女房たちが悲しみにたえられずに泣き騒ぐでしょうし、隣近所が建てこんでいて、とがめだてする里人も多いでしょうから、自然と噂が立つでしょう。山寺こそ、やはりこうしたことは自然とまぎれてしまうものでございましょうと思いめぐらしまして、昔なじみの女房で尼になっている者がおります東山のあたりに、お移し申し上げましょう。
私の父の朝臣の乳母でございました者が、年老いて住んでいるのです。あたりは人が多いようですが、たいそうひっそりしております」と申し上げて、夜が明けきる前の薄暗さにまぎれて、お車を寄せる。源氏は亡骸を抱くこともおできになれそうにないので、惟光が上敷きのむしろにくるんで車にお乗せ申し上げる。たいそう小柄で、気味悪い感じもなく、かわいらしい。
しっかりとくるむこともできないので、髪がこぼれ出ているのにも、源氏は目の前が真っ暗になって、あきれるほど悲しいとお思いになるので、最後まで見届けようとお思いになるが、惟光は「早くお馬で二条院へお帰りください。人が騒がしくならないうちに」と言って、右近を付き添わせて車に乗せたので、源氏に馬は差し上げて、自分は徒歩で、指貫の裾をくくり上げなどして出かける。
一方では、たいそう奇妙な、思いもよらない野辺送りだが、源氏のご様子のひどく悲しげなのを拝見すると、身を捨てる覚悟で行くのだが、源氏は何もわからなくなっていらっしゃる。正気を失ったような様子で、二条院にお着きになった。
女房たちが「どちらからお帰りになったのでしょう。ご気分が悪そうにお見えになります」などと言うが、源氏は御帳台の中にお入りになって、胸をおさえて思うと、たいそう悲しいので、どうして車に乗り添って行かなかったのだろう、もし生き返ったら、どんな気持ちがするだろう、見捨てて別れていったとつらく思うだろうかと、心乱れる中にもお思いになると、お胸がこみ上げる気がなさる。頭も痛く、体も熱い気がして、たいそう苦しく乱れなさるので、こうしてあっけなく、自分も死んでしまうのだろうとお思いになる。
日が高くなっても起き上がりなさらないので、女房たちは不審がって、お粥などをおすすめ申し上げるが、苦しくてたいそう心細くお思いになるところに、宮中からお使いがある。帝は昨日も源氏をお探し出しになれなかった時から、気がかりにお思いになっている。左大臣家のご子息たちが参上なさるが、頭中将だけを、「立ったままで、こちらにお入りなさい」とおっしゃって、御簾の内にいらっしゃったままでお話しになる。
「乳母でございます者が、この五月ごろから重く患っておりましたが、髪を剃り、戒を受けなどして、その効験でしょうか、生き返ったのですが、近ごろまた病が起こって弱っております。もう一度見舞ってほしいと申しましたので、幼いころから慣れ親しんだ者が、臨終の時に冷たいと思うだろうかと思いまして参りましたところ、その家にいた下人で病気をしていた者が、急に外に出すこともできないうちに亡くなってしまったのを、遠慮して日暮れを待って運び出したということを聞きつけましたので、
神事の多いころは、たいそう不都合なことと恐縮いたしまして、参内できないのです。今朝の明け方から、風邪でしょうか、頭がひどく痛くて苦しゅうございますので、たいそう失礼な姿で申し上げるのです」などとおっしゃる。頭中将は「それでは、そのよしを帝に奏上いたしましょう。昨夜も管絃のお遊びの折に、たいそうお探しになって、ご機嫌が悪うございました」と申し上げなさって、
引き返して来て、「どんな死の穢れに触れなさったのですか。お話しになることは、本当とも思われません」と言うので、源氏は胸がつぶれる思いがなさって、「こんなに詳しくではなく、ただ思いがけない穢れに触れたというよしを奏上してください。まことに申しわけないことです」と、さりげなくおっしゃるが、心の中では、言いようもなく悲しいことをお思いになるので、ご気分もすぐれず、人と目を合わせることもなさらない。蔵人の弁を呼び寄せて、まじめにこうした事情を奏上させなさる。左大臣家などにも、こうしたことがあって参上できないというお手紙などを差し上げなさる。
意訳
惟光が来ると、源氏は張りつめていた気持ちがゆるんで、初めて声をあげて泣く。ここで惟光は、悲しみに沈む主人に代わって、すべてを取り仕切る。夕顔の亡骸を、人目につかない東山の尼の家へ運ぶ段取りをつけるのも惟光である。
敷物にくるまれた亡骸からこぼれ出る髪。その姿を見た源氏は、最後まで見届けたいと思うが、惟光に促されて二条院へ帰る。帰ってからは、どうして一緒に行かなかったのか、と後悔し、自らも病に伏してしまう。
見舞いに来た頭中将に、源氏は、乳母の家で死の穢れに触れたと偽りを言う。頭中将は、夕顔がかつての自分の恋人だったことを知らない。何も知らない頭中将との会話に、皮肉な緊張がこめられている。
語釈・文法注
- ずきやう
- 誦経(ずきょう)。経を声に出して読むこと。病気平癒や死者の供養のために、僧に読ませた。
- くゑんぞく
- 眷属(けんぞく)。一族、身内の者。
- ひんがし山
- 東山。京の東に連なる山々。寺が多く、葬送の地でもあった。
- みづはぐみ
- 「瑞歯ぐむ」。ひどく年をとる。老人に再び歯が生えることから、長寿をいう。
- むらい
- 無礼(むらい)。失礼なこと。御簾ごしに、立ったままの相手と話す非礼をわびている。
- いきぶれ
- 行き触れ。外出先で、死や出産などの穢れに触れること。穢れに触れた者は、一定の期間、参内などを慎んだ。
文法
- 他に誂える「なむ」(おはしまさなむ)
- 未然形について、相手への願望を表す。「お帰りになってください」。
- 謙譲の補助動詞「給ふ」(思う給へ)
- 下二段活用の「給ふ」で、会話文で自分の動作をへりくだって言う。「思ひ給へ」のウ音便。
- 推量の助動詞「らむ」(行かざりつらむ)
- 「どうして…しなかったのだろう」と、過去の自分の行動を後悔する。
解説
惟光が東山の尼の家を選んだのは、人目を避けるためである。当時の貴族社会では、死の穢れは重大な問題で、穢れに触れた者は参内を慎まなければならなかった。源氏が帝の寵愛する皇子であることを考えれば、事件が知られることは大きな醜聞となる。
頭中将との会話の場面では、源氏は真実を隠して偽りを語る。頭中将は、穢れの理由を「本当とは思われない」と疑うが、亡くなったのが自分の子の母であるとは夢にも思わない。読者だけが知る真実が、場面に深い陰影を与えている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、73–76頁(コマ38–39)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日