源氏物語 第4帖 夕顔(8)
物の怪
宵過ぎ、源氏の夢枕に美しい女が現れ、恨み言を言って夕顔を引き起こそうとする。目覚めると灯は消え、源氏は宿直の者を起こしに出るが、戻ると夕顔はすでに息が絶えかけていた。紙燭の明かりで、夢に見た女の面影がふっと消えるのを見る。夕顔は冷えきって息絶え、源氏は右近とともに、惟光の来るのを待ちながら長い夜を過ごす。

- 1宵宵よい過過すぐるぐるぐるほどほどほどににに少少すこししし寢寢ね入入いりりり給給たまへへえるるるににに、、、御御おん枕枕まくらがみがみがみにににいといといとをかしげをかしげおかしげなるなるなる女女おんな居居いててて、、、
- 2「「「おのおのおのがががいといといとめでたしめでたしめでたしととと見見み奉奉たてまつるるるをををばばば尋尋たずねねねもももおもほさおもほさおもおさでででかくかくかくことことことなるなるなる事事ことなきなきなき人人ひとをををゐゐいててておはしおはしおわしててて時時ときめかしめかしめかし給給たまふふうこそこそこそいといといとめざましくめざましくめざましくつらけれつらけれつらけれとととてててこのこのこの御御おん傍傍かたわらののの人人ひとををを搔搔かききき起起おこさささむむんとととすすすととと見見み給給たまふふう。。。
- 3物物ものにににおそはるゝおそはるゝおそわるる心地心地ここちしししててて驚驚おどろききき給給たまへへえれれればばば火火ひももも消消きえええにににけりけりけり。。。うたてうたてうたておぼさおぼさおぼさるれるれるればばば太刀太刀たちををを引引ひききき拔拔ぬきききてててうちうちうち置置おききき給給たまひひいててて右近右近うこんををを起起おこししし給給たまふふう。。。これこれこれももも恐恐おそろしししととと思思おもひひいたるたるたるさまさまさまにてにてにて參參まいりりりよれよれよれりりり。。。
- 4「「「渡殿渡殿わたどのなるなるなるとのゐびととのゐびととのいびと起起おこしししてててさしさしさしててて參參まいれれれととといへいへいえ」」」とととののの給給のたまへへえばばば、、、「「「いかでいかでいかでかかかまからまからまからむむん、、、闇闇くろうてうてうて」」」ととといへいへいえばばば、、、
- 5「「「あなあなあな若々若々わかわかししし」」」とととうちうちうち笑笑わらひひい給給たまひひいててて手手てををを叩叩たたききき給給たまへへえばばば、、、山響山響やまびこののの答答こたふるふるうる聲聲こえいといといとうとましうとましうとまし。。。
- 6人人ひとはははえええ聞聞ききききつけつけつけででで參參まいらららぬぬぬににに、、、このこのこの女君女君おんなぎみいみじういみじういみじゅうわなゝきわなゝきわななき惑惑まどひひいててて、、、いかさまいかさまいかさまにににせせせむむんととと思思おもへへえりりり。。。汗汗あせもももしとゝしとゝしととににになりなりなりてててわれわれわれかかかののの氣色氣色けしきなりなりなり。。。
- 7「「「ものおぢものおぢものおじをををなむなむなんわりなくわりなくわりなくせせせさせさせさせ給給たまふふう御御おん本性本性ほんじょうにてにてにていかにいかにいかにおぼさおぼさおぼさるゝるゝるるにににかかか」」」ととと右近右近うこんもももきこゆきこゆきこゆ。。。
- 8いといといとかよわくかよわくかよわくててて晝晝ひるももも空空そらをををのみのみのみ見見みつるつるつるものものものををを、、、いとほしいとほしいとおしとととおぼしおぼしおぼしててて、、、「「「われわれわれ人人ひとをををおこさおこさおこさむむん。。。手手て叩叩たたけけけばばば、、、山響山響やまびこののの答答こたふるふるうるいといといとうるさしうるさしうるさし。。。こゝこゝここにににしばししばししばし近近ちかくくく」」」とととててて、、、
- 9右近右近うこんををを引引ひききき寄寄よせせせ給給たまひひいててて、、、西西にしののの妻戶妻戶つまどににに出出いでゝでゝでて戶戶とををを押押おしししあけあけあけ給給たまへへえれれればばば渡殿渡殿わたどのののの火火ひももも消消きえええにににけりけりけり。。。風風かぜ少少すこしししうちうちうち吹吹ふきききたるたるたるににに人人ひとははは少少すくなくくくててて侍侍さぶらふふうかぎりかぎりかぎり皆皆みな寢寢ねたりたりたり。。。
- 10このこのこの院院いんののの預預あずかりののの子子このののむつましくむつましくむつましくつかひつかひつかい給給たまふふう若若わかきききをのこをのこおのこまたまたまたうへわらはうへわらはうえわらわ一人一人ひとり例例れいののの隨身隨身ずいじんばかりばかりばかりぞぞぞありありありけるけるける。。。召召めせせせばばば御御おん答答いらえしししててて起起おきききたれたれたればばば、、、
- 11「「「紙燭紙燭しそくさしさしさしてててまゐれまゐれまいれ。。。隨身隨身ずいじんもももしししててて絕絕たえええずずずこわづくれこわづくれこわづくれととと仰仰おおせせせよよよ。。。人人ひと離離ばなれれれたるたるたる所所ところににに心心こころとけとけとけててていぬるいぬるいぬるものものものかかか。。。惟光惟光これみつののの朝臣朝臣あそんのののきたりきたりきたりつつつらむらむらんははは」」」ととと問問とはははせせせ給給たまへへえばばば、、、
- 12「「「侍侍はべらひらひらいつれつれつれどどど仰事仰事おおせごともももなしなしなし。。。曉曉あかつきににに御御おん迎迎むかえににに參參まいるるるべきべきべきよしよしよし申申もうしししてててなむなむなん罷罷まかででで出出いででで侍侍はべりりりぬるぬるぬる」」」ととときこゆきこゆきこゆ。。。
- 13このこのこのかうかうこう申申もうすすすものものものはははなりなりなりけれけれければばば、、、ゆづるゆづるゆずるいといといとつきづきしくつきづきしくつきづきしく打打うちちち鳴鳴ならしししててて「「「火火ひ危危あやうししし」」」ととといふいふいふいふいういう預預あずかりががが曹司曹司ぞうしのののかたかたかたへへへにににいぬるいぬるいぬるなりなりなり。。。
- 14內內うちををを覺覺おぼしししやりやりやりててて、、、ははは過過すぎぎぎぬぬぬらむらむらん、、、瀧口瀧口たきぐちのののとのゐまうしとのゐまうしとのいもうし今今いまこそこそこそととと推推おししし量量はかりりり給給たまふふうははは、、、まだまだまだいたういたういとう更更ふけけけぬぬぬにににこそこそこそははは、、、
- 15歸歸かえりりり入入いりりりててて探探さぐりりり給給たまへへえばばば、、、女君女君おんなぎみはははさながらさながらさながら臥臥ふしししててて右近右近うこんははは傍傍かたわらにににうつぶしうつぶしうつぶし臥臥ふしししたりたりたり。。。
- 16「「「こここはははなぞなぞなぞ。。。あなあなあなものぐるほしものぐるほしものぐるおしのののものおぢものおぢものおじややや。。。荒荒あれれれたるたるたる所所ところははは狐狐きつねなどなどなどやうやうようののの物物ものののの、、、人人ひとおびやかさおびやかさおびやかさむむんとととてててけけけおそろしうおそろしうおそろしゅう思思おもははわするするするならならならむむん。。。まろまろまろあれあれあればばばさやうさやうさようののの物物ものにににはははおどさおどさおどされれれじじじ」」」とととててて引引ひききき起起おこししし給給たまふふう。。。
- 17「「「いといといとうたてうたてうたてみだりみだりみだり心地心地ごこちののの惡惡あしうしうしゅう侍侍はべれれればばばうつぶしうつぶしうつぶし臥臥ふしししててて侍侍はべるるるなりなりなり。。。おまへおまへおまえにににこそこそこそわりなくわりなくわりなくおぼさおぼさおぼさるるるらめらめらめ」」」ととといへいへいえばばば、、、「「「そよそよそよ、、、などなどなどかうかうこうははは」」」とととてててかいかいかい探探さぐりりり給給たまふふうににに息息いきもももせせせずずず。。。
- 18引引ひききき動動うごかししし給給たまへへえどどどなよなよなよなよなよなよとととしししててて我我わにににもももあらあらあらぬぬぬさまさまさまなれなれなればばば、、、いといといと痛痛いたくくくわかびわかびわかびたるたるたる人人ひとにてにてにて物物ものににに氣氣け取取どららられれれぬるぬるぬるなななめりめりめりとととせせせむむんかたかたかたなきなきなき心地心地ここちししし給給たまふふう。。。
- 19しそくしそくしそくもてもてもて參參まいれれれりりり。。。「「「右近右近うこんももも動動うごくくくべきべきべきさまさまさまにもにもにもあらあらあらねねねばばば近近ちかききき御御おん几帳几帳きちょうををを引引ひききき寄寄よせせせててて、、、猶猶なおもてもてもて參參まいれれれ」」」とととののの給給のたまふふう。。。
- 20例例れいならならならぬぬぬことことことにてにてにて、、、おまへおまへおまえ近近ちかくくくもももえええ參參まいらららぬぬぬつゝましさつゝましさつつましさににに、、、にもにもにもえええのぼらのぼらのぼらずずず、、、「「「猶猶なおもてもてもてこここややや。。。所所ところににに從從したがひひいてててこそこそこそ」」」とととててて召召めししし寄寄よせせせててて見見み給給たまへへえばばば、、、
- 21唯唯ただこのこのこの枕枕まくらがみがみがみににに夢夢ゆめににに見見みつるつるつる形形かたちしししたるたるたる女女おんな面影面影おもかげににに見見みえええてててふとふとふと消消きえええ失失うせせせぬぬぬ。。。昔昔むかし物語物語ものがたりなどなどなどにににこそこそこそ斯斯かかるるる事事ことはははきけきけきけ」」」ととといといといと珍珍めずらからからかにににむくつけゝれむくつけゝれむくつけけれどどど、、、
- 22まづまづまずこのこのこの人人ひとはははいかにいかにいかになりなりなりぬるぬるぬるぞぞぞとととおもほすおもほすおもおす心騷心騷ごころさわぎににに身身みののの上上うえももも知知しららられれれ給給たまははわずずず。。。添添そひひい臥臥ふしししててて「「「やゝやゝやや」」」ととと驚驚おどろかしかしかし給給たまへへえどどど、、、たゞたゞただひえひえひえににに冷冷ひえええ入入いりりりててて息息いきははは疾疾とくくく絕絕たえええはてはてはてにににけりけりけり。。。
- 23いはいはいわむむんかたかたかたなしなしなし。。。たのもしくたのもしくたのもしくいかにいかにいかにととと言言いひひいふれふれふれ給給たまふふうべきべきべき人人ひともももなしなしなし。。。法師法師ほうしなどなどなどをををこそこそこそはははかゝるかゝるかかる方方かたのののたのもしきたのもしきたのもしきものものものにににははは覺覺おぼすすすべけれべけれべけれどどど、、、
- 24さささこそこそこそ心心こころ强强つよがりがりがり給給たまへへえどどど若若わかききき御御おん心地心地ここちにてにてにていふいふいうがががひひひなくなくなくなりなりなりぬるぬるぬるををを見見み給給たまふふうににに、、、遣遣やるるる方方かたなくなくなくてててつとつとつと抱抱いだきききててて「「「あがあがあが君君きみ生生いききき出出いででで給給たまへへえ。。。いみじきいみじきいみじきめめめななな見見みせせせ給給たまひひいそそそ」」」とととののの給給のたまへへえどどど、、、冷冷ひえええ入入いりりりたれたれたればばばけはひけはひけわい物物ものうくうくうくなりなりなり行行ゆくくく。。。
- 25右近右近うこんははは唯唯ただあなあなあなむづかしむづかしむずかしととと思思おもひひいけるけるける心地心地ここち皆皆みな醒醒さめめめててて泣泣なききき惑惑まどふふうさまさまさまいといといといみじいみじいみじ。。。
- 26南殿南殿なでんののの鬼鬼おにのののなにがしなにがしなにがしのののおとゞおとゞおとどををを脅脅おどしししたるたるたるををを覺覺おぼししし出出いでゝでゝでて心心こころづよくづよくづよく「「「さりともさりともさりともいたづらいたづらいたずらににになりなりなりはてはてはて給給たまははわじじじ。。。よるよるよるののの聲聲こえはははおどろおどろしおどろおどろしおどろおどろし。。。あなかまあなかまあなかま」」」ととといさめいさめいさめ給給たまひひいててて、、、いといといとあわたゞしきあわたゞしきあわただしきににに呆呆あきれれれたるたるたる心地心地ここちししし給給たまふふう。。。
- 27このこのこの男男おとこををを召召めしししててて、、、こゝこゝここにににいといといと怪怪あやしうしうしゅう物物ものにににおそはれおそはれおそわれたるたるたる人人ひとののの惱惱なやましげましげましげなるなるなるををを、、、只今只今ただいま惟光惟光これみつののの朝臣朝臣あそんののの宿宿やどれれれるるる所所ところににに罷罷まかりりりててて急急いそぎぎぎ參參まいるるるべきべきべきよしよしよしいへいへいえととと仰仰おおせせせよよよ。。。
- 28なにがしなにがしなにがしののの、、、そこそこそこにににものするものするものする程程ほどならならならばばば、、、此所此所ここににに來來くべきべきべきよしよしよし忍忍しのびびびててていへいへいえ。。。かのかのかの尼君尼君あまぎみなどなどなどののの聞聞きかかかむむんにににおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしくいふいふいうななな。。。かゝるかゝるかかるありきありきありき許許ゆるさささぬぬぬ人人ひとなりなりなり」」」などなどなど、、、物物ものののの給給のたまふふうやうやうようなれなれなれどどど胸胸むねはははふたがりふたがりふたがりててて、、、
- 29このこのこの人人ひとををを空空むなしくしくしくなしなしなしてててむむんことことことのののいみじくいみじくいみじく覺覺おぼさささるゝるゝるるににに添添そへへえててて、、、大方大方おおかたのののむくむくしさむくむくしさむくむくしさ譬譬たとへへえむむんかたかたかたなしなしなし。。。
- 30夜中夜中よなかももも過過すぎぎぎにににけむけむけんかしかしかし、、、風風かぜやゝやゝやや荒々荒々あらあらしうしうしゅう吹吹ふきききたるたるたるははは。。。ましてましてまして松松まつのののひゞきひゞきひびき木木こぶかくぶかくぶかくきこえきこえきこえててて、、、氣色氣色けしきあるあるあるとりとりとりのののからごゑからごゑからごえににになきなきなきたるたるたるももも、、、梟梟ふくろうはははこれこれこれにににやややとととおぼゆおぼゆおぼゆ。。。
- 31うちうちうち思思おもひひいめぐらすめぐらすめぐらすににに、、、こなたかなたこなたかなたこなたかなたけけけどほくどほくどおくうとましきうとましきうとましきにににひとひとひと聲聲こえせせせずずず、、、などなどなどてててかくかくかくはかなきはかなきはかなきやどりやどりやどりははは取取とりりりつるつるつるぞぞぞととと悔悔くやしさしさしさもももやらやらやらむむんかたかたかたなしなしなし。。。
- 32右近右近うこんはははものものものもももおぼえおぼえおぼえずずず君君きみにににつとつとつと添添そひひい奉奉たてまつりりりてててわなゝきわなゝきわななき死死しぬぬぬべしべしべし。。。又又またこれこれこれもももいかならいかならいかならむむんととと心心こころそらそらそらにてにてにてとらへとらへとらえ給給たまへへえりりり。。。我我われれれ一人一人ひとりさかしきさかしきさかしき人人ひとにてにてにて覺覺おぼしししやるやるやる方方かたぞぞぞなきなきなきややや。。。
- 33火火ひはははほのかほのかほのかにににまたゝきまたゝきまたたきてててもやもやもやのののきはきはきわににに立立たてててたるたるたる屏風屏風びょうぶのののかみかみかみ、、、こゝかしここゝかしこここかしこのののくまぐましくくまぐましくくまぐましく覺覺おぼえええ給給たまふふうににに、、、物物ものののの足音足音あしおとひしひしひしひしひしひしととと蹈蹈ふみみみ鳴鳴ならしらしらしつゝつゝつつうしろうしろうしろよりよりより寄寄よりりり來來きるるる心地心地ここちすすす。。。
- 34惟光惟光これみつ疾疾とくくく參參まいらららなむなむなんとととおぼすおぼすおぼす。。。ありかありかありか定定さだめめめぬぬぬものものものにてにてにてこゝかしここゝかしこここかしこ尋尋たずねねねけるけるける程程ほどににに夜夜よののの明明あくるくるくる程程ほどののの久久ひさしさしさしさ千夜千夜ちよをををすぐさすぐさすぐさむむん心心こころちちちししし給給たまふふう。。。
- 35辛辛からうじてうじてうじてとりとりとりののの聲聲こえ遙遙はるかににに聞聞きこゆるゆるゆるににに、、、命命いのちをををかけかけかけててて何何なにののの契契ちぎりにににかゝるかゝるかかるめめめををを見見みるるるらむらむらん。。。我我わががが心心こころながらながらながらかゝるかゝるかかるすぢすぢすじにににおほけなくおほけなくおおけなくあるあるあるまじきまじきまじき心心こころののの報報むくいににに、、、かくかくかくきしきしきし方方かた行行ゆくくくさきさきさきのののためしためしためしとととなりなりなりぬぬぬべきべきべき事事ことはははあるあるあるなななめりめりめり、、、
- 36忍忍しのぶぶぶともともとも世世よにににあるあるあることことこと隱隱かくれれれなくなくなくててて、、、うちうちうちにににきこしきこしきこし召召めささされれれむむんことことことををを始始はじめめめててて人人ひとののの思思おもひひいいはいはいわむむん事事こと、、、よからよからよからぬぬぬわらはべわらはべわらわべののの口口くちずさびずさびずさびににになりなりなりぬぬぬべきべきべきなななめりめりめり、、、ありありてありありてありありてをこがましきをこがましきおこがましき名名なををを取取とるるるべきべきべきかなかなかなととと覺覺おぼしししめぐらすめぐらすめぐらす。。。
現代語訳
宵を過ぎるころ、源氏が少しお眠りになったところ、お枕もとに、たいそう美しい女が座っていて、「私がたいそうすばらしいとお慕い申し上げているのに、訪ねようともお思いにならず、こんな格別でもない人を連れておいでになって、ご寵愛なさるのは、まことに心外でつらいことです」と言って、このお側の人を引き起こそうとする、と夢にご覧になる。
何かに襲われるような気持ちがして、はっと目をさましなさると、灯火も消えていた。気味悪くお思いになるので、太刀を引き抜いてそばにお置きになって、右近をお起こしになる。右近も恐ろしいと思っている様子で、そばに寄ってきた。
「渡殿にいる宿直の者を起こして、紙燭をともして参れと言いなさい」とおっしゃると、右近は「どうして行けましょう、暗くて」と言うので、源氏は「まあ、子どもっぽい」とお笑いになって手をお叩きになると、こだまが答える声がたいそう気味悪い。誰も聞きつけないで参上しないので、この女君はひどく震えおびえて、どうしようと思っている。汗もびっしょりになって、正気を失った様子である。
右近も「ひどく物おじをなさるご性分なので、どんなにお苦しいことでしょう」と申し上げる。たいそうかよわくて、昼も空ばかり見ていたのにと、源氏はかわいそうにお思いになって、「私が人を起こそう。手を叩くと、こだまが答えるのがとてもうるさい。ここにしばらく、そばにいなさい」と言って、右近を女の側に引き寄せなさって、西の妻戸に出て戸を押し開けなさると、渡殿の灯火も消えていた。
風が少し吹いているところに、人は少なくて、お仕えしている者はみな寝ている。この院の管理人の子で、源氏が親しく召し使っていらっしゃる若い男と、殿上童一人と、いつもの随身だけがいたのだった。お呼びになると、お返事をして起きたので、「紙燭をともして参れ。随身も弦打ちをして、絶えず声を立てるように言え。人里離れた所で、気を許して寝ている者があるか。惟光朝臣が来ていたようだが」とお尋ねになると、
「お控えしておりましたが、ご命令もありません。明け方にお迎えに参上するよしを申し上げて退出いたしました」と申し上げる。このように申す者は滝口の武士だったので、弓の弦をたいそうそれらしく打ち鳴らして、「火の用心」と言いながら、管理人の部屋の方へ行くようだ。
源氏は宮中を思いやりなさって、名対面は過ぎたころだろう、滝口の宿直申しはちょうど今ごろだろうと推し量りなさるところを見ると、まだそれほど夜も更けていないのだろう。部屋に戻ってお探りになると、女君はそのまま臥していて、右近はそのそばにうつぶしている。
「これはどうしたことだ。なんとひどい物おじだ。荒れた所には、狐などのようなものが、人をおどかそうとして、恐ろしく思わせるのだろう。私がいるからには、そのようなものにはおどされはしない」と言って、右近を引き起こしなさる。
右近が「たいそうひどく気分が悪うございますので、うつぶしているのでございます。ご主人こそ、どんなにかお苦しいことでしょう」と言うので、源氏は「そうだ、どうしてこうなのか」と言って手さぐりなさると、息もしていない。揺り動かしなさるが、なよなよとして正気もない様子なので、たいそうひどく子どもっぽい人なので、物の怪に魂を取られてしまったのだろうと、どうしようもないお気持ちになる。
紙燭を持って参った。「右近も動けそうにないから、近くの御几帳を引き寄せて、もっと近くに持って参れ」とおっしゃる。ふだんにないことなので、おそば近くにも参上できない遠慮から、長押にも上がらないので、「もっと持ってこい。遠慮も場所によってだ」と言って、呼び寄せてご覧になると、ちょうどこの枕もとに、夢に見た姿をした女が面影に見えて、ふっと消え失せた。
「昔物語などではこうしたことを聞くが」と、たいそう珍しく気味悪いけれど、まずこの人はどうなったのかとお思いになる胸騒ぎに、ご自分の身の危険も考えられなさらない。添い寝して「これ、これ」と起こしなさるが、ただもう冷たく冷えきって、息はとうに絶えてしまっていた。
何とも言いようがない。頼りになるように、どうしたらよいかと相談なさることのできる人もいない。法師などこそ、こうした時の頼りになるものとお思いになるはずだが、あれほど気丈にふるまっていらっしゃっても、若いお心なので、女が言いようもなく死んでしまったのをご覧になると、どうしようもなくて、ひしと抱いて、「いとしい人よ、生き返ってください。ひどい目にあわせないでください」とおっしゃるが、冷えきってしまっているので、様子もうとましくなっていく。
右近は、ただ「ああ気味が悪い」と思っていた気持ちもすっかりさめて、泣きまどう様子はたいそう痛ましい。源氏は、南殿の鬼が何某の大臣をおどしたという例をお思い出しになって、気丈に、「いくらなんでも、このまま死んでしまわれることはあるまい。夜の声は大げさに響く。静かに」とおいさめになって、たいそうあわただしいので、途方にくれたお気持ちになる。
源氏はこの男を呼んで、「ここに、たいそう奇妙なことに物の怪に襲われた人が苦しそうにしているので、今すぐ惟光朝臣の泊まっている所へ行って、急いで参上するように言えと命じよ。何某の阿闍梨が、そこに来ているなら、ここに来るよう、こっそりと言え。あの尼君などが聞くと困るから、大げさに言うな。こうした忍び歩きを許さない人だ」などと、何かおっしゃるようではあるが、胸はふさがって、この人を死なせてしまうことがたいそう悲しく思われなさるのに加えて、あたりの気味悪さはたとえようもない。
夜中も過ぎたのだろうか、風がやや荒々しく吹いているのは。まして松の響きが木深く聞こえて、異様な鳥がしわがれた声で鳴いているのも、梟とはこれだろうかと思われる。あれこれと思いめぐらすと、どこもかしこも人気がなく、気味が悪いのに、人の声もしない。どうしてこんな頼りない宿を取ってしまったのかと、後悔してもどうしようもない。
右近は何もわからなくなって、源氏にぴったりと寄り添い申し上げて、震えて死にそうである。またこの右近もどうなることかと、うわの空で、源氏は右近をつかまえていらっしゃる。自分ひとりが正気の人で、どうしたらよいか思案のしようもない。
灯火はかすかにまたたいて、母屋の境に立ててある屏風の上や、あちらこちらの隅々が暗く気味悪く思われなさるうえに、何かの足音がみしみしと踏み鳴らしながら、背後から近寄ってくる気がする。惟光が早く参ってほしいとお思いになる。惟光は居所の定まらない者で、あちらこちらを探しまわるうちに、夜が明けるまでの長さは、千夜を過ごすような気持ちがなさる。
ようやく鶏の声が遠くに聞こえるにつけても、源氏は、命をかけて、どんな因縁でこのような目にあうのだろう、我ながら、こうした恋の道で、身のほど知らずの、あってはならない心を持った報いとして、このように過去にも未来にも例となりそうなことが起こったのだろう、隠しても、世の中にあることは隠れようもなく、帝のお耳に入ることをはじめとして、人々が思ったり言ったりすること、たちの悪い子どもたちの口ずさみにもなりそうだ、あげくのはてに、ばかげた評判を取ることになるだろうと、思いめぐらしなさる。
意訳
源氏の夢に美しい女が現れ、「私をさしおいて、こんなつまらない人を」と恨み、夕顔を引き起こそうとする。名は明かされないが、前の場面で源氏が六条の女君を思い出していたことから、この女は六条の女君の生霊だと読まれることが多い。
灯の消えた荒れた院で、源氏は人を呼ぶが、手を叩けばこだまが返るばかりで、誰も来ない。紙燭が届いた時、夢の女の面影がふっと消え、夕顔はすでに冷たくなっていた。
頼れる人もいない夜、源氏は右近を抱えながら、松風の響き、梟の声、背後から近づく足音の気配におびえる。夜明けまでの時間は千夜のように長い。源氏は、身のほど知らずの恋の報いを思い、世間の噂になることを恐れる。
語釈・文法注
- しそく
- 紙燭(しそく)。松の木を細く削って先を焦がし、油を塗って火をともす照明具。
- つるうち
- 弦打ち。弓の弦を手で引いて鳴らし、魔物をはらうこと。
- 瀧口
- 滝口の武士。清涼殿の東北にある滝口に詰めて、宮中を警護した武士。
- なだいめん
- 名対面。宮中で、夜の亥の刻(午後十時ごろ)に、宿直の殿上人が名のりをあげる儀式。その後、滝口の武士の「宿直申し(とのいもうし)」が行われた。
- なげし
- 長押。柱と柱をつなぐ横木。ここでは廂の間と母屋の境の、一段高くなった所。
- 南殿の鬼のなにがしのおとゞを脅したるためし
- 紫宸殿(南殿)に鬼が出て、ある大臣(藤原忠平とされる)をおどしたが、大臣が太刀を抜いて叱ると逃げ去ったという話。『大鏡』などに見える。
- あざり
- 阿闍梨(あじゃり)。高僧の称号。惟光の兄にあたる僧。
文法
- 禁止の「な…そ」(いみじきめな見せ給ひそ)
- 副詞「な」と終助詞「そ」で動詞をはさみ、「…しないでくれ」とやわらかく禁止する。
- 強意+推量の「てむ」(空しくなしてむ)
- 「きっと死なせてしまうだろう」。
- 他に誂える「なむ」(惟光疾く參らなむ)
- 未然形につく終助詞で、他人に対する願望を表す。「早く参ってほしい」。
解説
物の怪の場面は、源氏物語の中でもとくに名高い。夢に現れた女の正体について、本文は何も語らない。六条の女君の生霊とする説が有力だが、なにがしの院に住みついた霊とする説もある。源氏自身も、荒れた所には狐のようなものがいるのだろうと考えている。
宮中の名対面や滝口の宿直申しを思いやる場面は、源氏が日常の秩序の中にいる自分を思い出そうとしているかのようである。その日常から遠く離れた荒れた院で、源氏は初めて、頼る人のいない恐怖を味わう。
夜明けを待つ源氏の思いは、恐怖から、自らの恋の罪への反省、そして世間の噂への心配へと移っていく。若い源氏の動揺が、細やかに描かれている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、69–74頁(コマ36–38)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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