古典ライブラリー

源氏物語 第4帖 夕顔(7)

なにがしの院へ

登場人物:光源氏・夕顔・右近・惟光

十六夜の月の明け方、源氏は女を車に乗せ、右近を伴って近くの「なにがしの院」へ連れ出す。荒れはてた院で二人は一日を過ごし、源氏はようやく顔を見せて歌を詠みかけるが、女は名を明かさない。夕暮れ、源氏は宮中や六条の女君のことを思いながら、何心もない女をいとしく思う。

夕暮れの荒れた邸で、源氏と夕顔が廊に座り、草の茂る池や庭を眺めている場面(AI生成)
夕暮れの荒れた邸で、源氏と夕顔が廊に座り、草の茂る池や庭を眺めている場面
  1. 1いざよふいざよふいざよう月つき月つきつきにににゆくりなくゆくりなくゆくりなくあくがれあくがれあくがれむむんことことことををを女をんな女をんなおんなももも思おも思おもおもひひいやすらひやすらひやすらい、、、とかくとかくとかくののの給のたま給のたまのたまふふうほどほどほど、、、俄には俄にはにわかかかににに雲くも雲くもくもがくれがくれがくれててて明あ明ああけけけ行ゆ行ゆゆくくく空そら空そらそらいといといとをかしをかしをかし。。。
  2. 2はしたなきはしたなきはしたなき程ほど程ほどほどにににならならならぬぬぬさきさきさきにににととと例れい例れいれいののの急いそ急いそいそぎぎぎ出い出いいででで給たま給たまたまひひいててて輕かろ輕かろかろらからからかにににうちうちうち載の載ののせせせ給たま給たまたまへへえれれればばば、、、右近うこん右近うこんうこんぞぞぞ乘の乘ののりりりけるけるける。。。
  3. 3そのそのそのわたりわたりわたり近ちか近ちかちかきききなにがしなにがしなにがしのののにににおはしましおはしましおわしまし着つ着つつきききててて、、、召め召めめししし出い出いいづるづるずるほどほどほど荒あ荒ああれれれたるたるたる門かど門かどかどのののしのぶしのぶしのぶ草ぐさ草ぐさぐさ茂しげ茂しげしげりりりててて見み見みみ上あ上ああげげげられられられたるたるたる、、、たとしへたとしへたとしえなくなくなくこぐらしこぐらしこぐらし。。。
  4. 4霧きり霧きりきりももも深ふか深ふかふかくくく露つゆ露つゆつゆけきけきけきににに簾垂すだれ簾垂すだれすだれをををさへさへさへ上あ上ああげげげ給たま給たまたまへへえれれればばば御袖そで御袖そでそでもももいたういたういとう濡ぬ濡ぬぬれれれにににけりけりけり。。。まだまだまだかやうかやうかようなるなるなることことことををを習なら習ならならははわざりざりざりつるつるつるををを心こころ心こころこころづくしづくしづくしなるなるなる事こと事ことことにもにもにもありありありけるけるけるかなかなかな。。。
  5. 5「「「いにしへいにしへいにしえもももかくかくかくやややははは人ひと人ひとひとのののまどひまどひまどいけむけむけん我わ我わわがががまだまだまだ知し知ししらららぬぬぬしのゝめしのゝめしののめののの道みち道みちみち。。。ならひならひならい給たま給たまたまへへえりりりややや」」」とととののの給のたま給のたまのたまふふう。。。
  6. 6女をんな女をんなおんなはぢらひはぢらひはじらいててて、、、「「「山やま山やまやまののの端は端ははのののこゝろこゝろこころもももしらしらしらででで行ゆ行ゆゆくくく月つき月つきつきはははうはうはうわののの空そら空そらそらにてにてにてかげかげかげややや絕た絕たたえええなななむむん。。。心こころ心こころこころぼそくぼそくぼそく」」」とととててて物もの物ものもの恐おそろ恐おそろおそろしうしうしゅうすごげすごげすごげににに思おも思おもおもひひいたれたれたればばば、、、かのかのかのさしさしさしつどひつどひつどいたるたるたる住す住すすまひまひまいののの心こころ心こころこころならひならひならいならならならむむんとととをかしうをかしうおかしゅうおぼすおぼすおぼす。。。
  7. 7御おん御おんおん車くるま車くるまくるま入い入いいれれれさせさせさせててて、、、西にし西にしにしののの對たい對たいたいにににおましおましおましなどなどなどよそふよそふよそう程ほど程ほどほど勾欄かうらん勾欄かうらんこうらんににに御おん御おんおん車くるま車くるまくるまひきひきひきかけかけかけててて立た立たたちちち給たま給たまたまへへえりりり。。。右近うこん右近うこんうこんえんえんえんなるなるなる心地ここち心地ここちここちしししててて、、、こしこしこし方かた方かたかたののの事こと事ことことなどなどなどももも人ひと人ひとひと知し知ししれれれずずず思おも思おもおもひひい出い出いいでででけりけりけり。。。
  8. 8あづかりあづかりあずかりいみじくいみじくいみじくしししてててありくありくありく氣色けしき氣色けしきけしきにににこのこのこの御おん御おんおんありさまありさまありさま知し知ししりりりはてはてはてぬぬぬ。。。ほのぼのほのぼのほのぼのととと物もの物ものもの見み見みみゆるゆるゆるほどほどほどにににおりおりおり給たま給たまたまひひいぬぬぬめりめりめり。。。かりそめかりそめかりそめなれなれなれどどど淸きよ淸きよきよげげげにににしつらひしつらひしつらいたりたりたり。。。
  9. 9御供おほんとも御供おほんともおおんともににに人ひと人ひとひとももも侍さぶら侍さぶらさぶらははわざりざりざりけりけりけり。。。「「「ふびんふびんふびんなるなるなるわざわざわざかなかなかな」」」とととててて、、、睦むつま睦むつまむつましきしきしきにてにてにて殿との殿とのとのにもにもにも仕つか仕つかつこうううまつるまつるまつるものものものなりなりなりけれけれければばば參まゐ參まゐまいりりりよりよりよりててて「「「さるべきさるべきさるべき人ひと人ひとひと召め召めめすすすべきべきべきにににややや」」」などなどなど申まう申まうもうさささすれすれすれどどど
  10. 10「「「殊更ことさら殊更ことさらことさらににに人ひと人ひとひとかくれがかくれがかくれが求もと求もともとめめめたるたるたるなりなりなり。。。更さら更さらさらににに心こころ心こころこころよりよりより外ほか外ほかほかににに漏もら漏もらもらすすすななな」」」ととと口くち口くちくちがためがためがためさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。
  11. 11御おん御おんおんかゆかゆかゆなどなどなど急いそ急いそいそぎぎぎ參まゐ參まゐまいらららせせせたれたれたれどどど取と取ととりりりつぐつぐつぐ御おん御おんおんまかなひまかなひまかないうちうちうち合あ合ああははわずずず。。。まだまだまだ知し知ししらららぬぬぬ事こと事ことことなるなるなる御おん御おんおん旅寢たびね旅寢たびねたびねににに、、、おきなかおきなかおきなかととと契ちぎり契ちぎりちぎりりりり給たま給たまたまふふうよりよりより外ほか外ほかほかのののことことことなしなしなし。。。
  12. 12日ひ日ひひたくるたくるたくる程ほど程ほどほどににに起お起おおききき給たま給たまたまひひいててて格子かうし格子かうしこうし手て手ててづからづからずから上あ上ああげげげ給たま給たまたまふふう。。。いといといと痛いた痛いたいたくくく荒あ荒ああれれれててて人目ひとめ人目ひとめひとめもももなくなくなくはるばるはるばるはるばるととと見み見みみ渡わた渡わたわたささされれれてててこだちこだちこだちいといといと踈うと踈うとうとましくましくましく物もの物ものものふりふりふりたりたりたり。。。
  13. 13けけけ近ぢか近ぢかぢかききき草木くさき草木くさきくさきなどなどなどははは殊こと殊ことことににに見み見みみ所どころ所どころどころなくなくなく、、、皆みな皆みなみな秋あき秋あきあきののの野の野ののらららにてにてにて池いけ池いけいけもももみくさみくさみくさににに埋うづも埋うづもうずもれれれたれたれたればばばいといといとけうとげけうとげけうとげににになりなりなりにににけるけるける所ところ所ところところかなかなかな。。。
  14. 14のののかたかたかたにににぞぞぞざうしざうしぞうしなどなどなどしししててて人ひと人ひとひと住す住すすむむむべかべかべかめれめれめれどどど、、、こなたこなたこなたははははなれはなれはなれたりたりたり。。。
  15. 15「「「けけけ踈うと踈うとうとくくくもももなりなりなりにににけるけるける所ところ所ところところかなかなかな。。。さりともさりともさりとも鬼おに鬼おにおになどなどなどももも、、、我わ我わわをををばばば見み見みみ許ゆる許ゆるゆるしししてててむむん」」」とととののの給のたま給のたまのたまふふう。。。
  16. 16顏かほ顏かほかおははは猶なほ猶なほなお隱かく隱かくかくししし給たま給たまたまへへえれれれどどど、、、女をんな女をんなおんなののの、、、いといといとつらしつらしつらしととと思おも思おもおもふふうべけれべけれべければばば、、、げにげにげにかばかりかばかりかばかりにてにてにてへだてへだてへだてあらあらあらむむんももも事こと事ことことのののさまさまさま違たが違たがたがひひいたりたりたりとととおぼしおぼしおぼしててて、、、
  17. 17「「「夕露ゆふつゆ夕露ゆふつゆゆうつゆにににひもひもひもとくとくとく花はな花はなはなはははたまぼこたまぼこたまぼこののの便たより便たよりたよりににに見み見みみえええしししえええにににこそこそこそありありありけれけれけれ。。。露つゆ露つゆつゆのののひかりひかりひかりやややいかにいかにいかに」」」とととののの給のたま給のたまのたまへへえばばば、、、
  18. 18しりしりしり目め目めめににに見み見みみおこせおこせおこせててて、、、「「「ひかりひかりひかりありありありととと見み見みみししし夕顏ゆふがほ夕顏ゆふがほゆうがおのののうはうはうわ露つゆ露つゆつゆはははたそがれたそがれたそがれどきどきどきのののそらめそらめそらめなりなりなりけりけりけり」」」とととほのかほのかほのかにににいふいふいう。。。をかしをかしをかしとととおぼしおぼしおぼしなすなすなす。。。
  19. 19げにげにげにうちとけうちとけうちとけ給たま給たまたまへへえるるるさまさまさま世よ世よよににになくなくなく所どころ所どころどころがらがらがらまいてまいてまいてゆゝしきゆゝしきゆゆしきまでまでまで見み見みみえええたまふたまふたまう。。。
  20. 20「「「つきせつきせつきせずずずへだてへだてへだて給たま給たまたまへへえるるるつらさつらさつらさににに顯あらは顯あらはあらわさささじじじととと思おも思おもおもひひいつるつるつるものものものををを、、、いまだにいまだにいまだに名な名ななのりのりのりししし給たま給たまたまへへえ。。。いといといとむくつけしむくつけしむくつけし」」」とととののの給のたま給のたまのたまへへえどどど「「「あまあまあまののの子こ子ここなれなれなればばばとととてててさすがにさすがにさすがにうちとけうちとけうちとけぬぬぬさまさまさまいといといとあいだれあいだれあいだれたりたりたり。。。
  21. 21「「「よしよしよしこれこれこれももも我わ我わわからからからなななめりめりめり」」」ととと怨うら怨うらうらみみみかつかつかつははは語かた語かたかたらひらひらい暮くら暮くらくらししし給たま給たまたまふふう。。。
  22. 22惟光これみつ惟光これみつこれみつ尋たづ尋たづたずねねねきこえきこえきこえててて御おん御おんおんくだものくだものくだものなどなどなど參まゐ參まゐまいらすらすらす。。。右近うこん右近うこんうこんがががいはいはいわむむんことことことさすがにさすがにさすがにいとほしけれいとほしけれいとおしければばば、、、近ちか近ちかちかくくくもももえええ侍さぶら侍さぶらさぶらひひいよらよらよらずずず。。。
  23. 23かくかくかくまでまでまでたどりたどりたどりありきありきありき給たま給たまたまふふうもももをかしうをかしうおかしゅう、、、さささもももありありありぬぬぬべきべきべき有樣ありさま有樣ありさまありさまにににこそこそこそはははととと推お推おおししし量はか量はかはからららるゝるゝるるにににももも、、、我わ我わわがががいといといとよくよくよく思おも思おもおもひひいよりよりよりぬぬぬべかりべかりべかりしししををを讓ゆづ讓ゆづゆずりりり聞きこ聞きこきこえええててて心こころ心こころこころひろさひろさひろさよよよなどなどなどめざましうめざましうめざましゅうぞぞぞおもひおもひおもいをるをるおる。。。
  24. 24たとしへたとしへたとしえなくなくなく靜しづか靜しづかしずかなるなるなる夕ゆふ夕ゆふゆうののの空そら空そらそらををを眺なが眺ながながめめめ給たま給たまたまひひいててて「「「奧おく奧おくおくののの方かた方かたかたははは闇くら闇くらくろううう物もの物ものものむつかしむつかしむつかし」」」ととと女をんな女をんなおんなははは思おも思おもおもひひいたれたれたればばばはしはしはしのののすだれすだれすだれををを上あ上ああげげげててて添そ添そそひひい臥ふ臥ふふししし給たま給たまたまへへえりりり。。。
  25. 25夕ゆふ夕ゆふゆうばえばえばえををを見み見みみかはしかはしかわしててて女をんな女をんなおんなもももかゝるかゝるかかるありさまありさまありさまををを思おも思おもおもののの外ほか外ほかほかににに怪あや怪あやあやしきしきしき心地ここち心地ここちここちはははしししながらながらながら萬よろづ萬よろづよろずのののなげきなげきなげき忘わす忘わすわすれれれててて少すこ少すこすこしししうちうちうちとけとけとけ行ゆ行ゆゆくくく氣色けしき氣色けしきけしきいといといとらうたしらうたしろうたし。。。
  26. 26つとつとつと御おん御おんおん傍そば傍そばそばににに添そ添そそひひい暮くら暮くらくらしししててて物もの物ものものをををいといといと恐おそろ恐おそろおそろしとしとしと思おも思おもおもひひいたるたるたるさまさまさま若わか若わかわこううう心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるししし。。。
  27. 27格子かうし格子かうしこうし疾と疾ととくくくおろしおろしおろし給たま給たまたまひひいててて、、、大おほ大おほおおとなぶらとなぶらとなぶら參まゐ參まゐまいらららせせせててて名殘なごり名殘なごりなごりなくなくなくなりなりなりにににたるたるたる御おん御おんおん有樣ありさま有樣ありさまありさまにてにてにて、、、「「「猶なほ猶なほなお心こころ心こころこころののの中なか中なかなかのののへだてへだてへだて殘のこり殘のこりのこりししし給たま給たまたまへへえるるるなむなむなんつらきつらきつらき」」」ととと怨うら怨うらうらみみみ給たま給たまたまふふう。。。
  28. 28うちうちうちににに、、、いかにいかにいかに求もと求もともとめめめさせさせさせ給たま給たまたまふふうらむらむらんををを、、、いづこいづこいずこににに尋たづ尋たづたずぬぬぬらむらむらんととと覺おぼ覺おぼおぼししし遣や遣ややりりりててて、、、かつかつかつはははあやしあやしあやしののの心こころ心こころこころややや。。。六條ろくでう六條ろくでうろくじょうわたりわたりわたりにもにもにもいかにいかにいかに思おも思おもおもひひい亂みだ亂みだみだれれれたまふたまふたまうらむらむらん。。。怨うら怨うらうらみみみられられられむむんももも苦くる苦くるくるしうしうしゅうことわりことわりことわりなりなりなりととと、、、いとほしきいとほしきいとおしきすぢすぢすじはははまづまづまず思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。
  29. 29何なに何なになに心ごころ心ごころごころもももなきなきなきさしむかひさしむかひさしむかいををを哀あはれ哀あはれあわれとととおぼすおぼすおぼすまゝまゝままにににあまりあまりあまり心こころ心こころこころ深ふか深ふかふかくくく見み見みみるるる人ひと人ひとひとももも苦くる苦くるくるしきしきしき御おん御おんおん有樣ありさま有樣ありさまありさまををを、、、少すこ少すこすこししし取と取ととりりり捨す捨すすてててばやばやばやとととぞぞぞ思おも思おもおもひひいくらべくらべくらべられられられ給たま給たまたまひひいけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

十六夜の月のもとで、思いがけず家を出てさまようことを、女もためらい、源氏があれこれとおっしゃるうちに、月が急に雲に隠れて、明けていく空がたいそう趣深い。人目につく明るさにならないうちにと、源氏はいつものように急いでお出かけになって、女を軽々と車にお乗せになると、右近が同乗した。

そのあたりに近い、なにがしの院にお着きになって、留守番の者を呼び出す間、荒れた門の忍ぶ草が茂って見上げられる様子は、たとえようもなく木暗い。霧も深く露っぽいうえに、車の簾まで上げていらっしゃったので、お袖もひどくぬれてしまった。「まだこのようなことに慣れていなかったが、心を尽くすことでもあったのだな。昔の人もこのように迷ったのだろうか、私がまだ知らなかった明け方の道に。あなたは慣れていらっしゃいますか」とおっしゃる。

女は恥じらって、「山の端の心も知らないで、ついて行く月は、空の途中で光が消えてしまうのでしょうか。心細くて」と言って、何となく恐ろしく、ぞっとするように思っているので、あの込み合った住まいに慣れた心なのだろうと、源氏はおかしくお思いになる。

お車を中に入れさせて、西の対にご座所などを整える間、勾欄に車の轅をかけて待っていらっしゃる。右近は華やいだ気持ちがして、これまでのことなども人知れず思い出すのだった。留守番の者がたいそう気を配って走りまわる様子で、右近はこの方のご身分をすっかり知ってしまった。物がほのぼのと見えるころに、車からお降りになったようだ。仮の住まいではあるが、こざっぱりと整えてある。

お供に人も控えていない。留守番の者は「不都合なことですな」と言って、源氏と親しい下家司で、左大臣家にもお仕えしている者だったので、参り寄って、「しかるべき人をお呼びしましょうか」などと申し上げさせるが、源氏は「わざと人の来ない隠れ家を求めたのだ。決してほかに漏らすな」と口止めをなさる。

お粥などを急いで差し上げたが、取り次ぐ給仕の人がそろわない。まだ経験したことのないお旅寝で、「息長川」のように末長くとお約束なさるよりほかのことはない。日が高くなるころに起きなさって、格子をご自分で上げなさる。たいそうひどく荒れていて、人影もなく、はるばると見渡されて、木立はたいそう気味悪く古びている。

近くの草木などは特に見どころもなく、一面に秋の野原のようで、池も水草に埋もれているので、まことに気味の悪い所になってしまったものだ。別棟の方に部屋などを設けて人が住んでいるようだが、こちらは離れている。源氏は「気味の悪い所になったものだね。それでも鬼なども、私なら見逃してくれるだろう」とおっしゃる。

顔はまだお隠しになっていたが、女がたいそうつらいと思っているようなので、なるほど、これほどの仲になって隔てがあるのも、事の次第にそぐわないとお思いになって、「夕露にほころぶ花のように、私が顔を見せるのは、道で通りかかったあの縁によるのでした。露の光はどうですか」とおっしゃると、女は横目で見やって、「光があると見えた夕顔の上の露は、黄昏時の見まちがいでした」とかすかに言う。源氏はおもしろいとお思いになる。

本当に、くつろいでいらっしゃる源氏のご様子は世に比べるものがなく、場所が場所だけに、なおさら不吉なほどにお見えになる。「いつまでも隔てを置いていらっしゃるつらさに、私も名のるまいと思っていたのに。今からでも名のってください。とても気味が悪い」とおっしゃるが、女は「海人の子ですから」と言って、さすがに打ち解けない様子は、たいそう甘えている。源氏は「まあ、これも私のせいなのだろう」と恨んだり、また語り合ったりして一日をお過ごしになる。

惟光が源氏の居所をお探し申し上げて、果物などを差し上げる。右近に言われることを思うと、さすがに気の毒なので、近くにはお仕えしない。こうまで女のもとを尋ね歩きなさるのもおかしく、そうなるだけの女の様子なのだろうと推し量られるにつけても、自分がうまく手に入れられたはずの女を譲ってさしあげて、なんと心の広いことよと、いまいましく思っている。

たとえようもなく静かな夕方の空を眺めなさって、女は「奥の方は暗くて気味が悪い」と思っているので、源氏は端の簾を上げて、添い寝していらっしゃる。夕映えの中で顔を見交わして、女もこうしたありさまを思いのほかで、不思議な気持ちはしながら、あらゆる嘆きを忘れて、少しずつ打ち解けていく様子がたいそうかわいらしい。ぴったりとお側に添って一日を過ごし、何かをたいそう恐ろしいと思っている様子は、子どもっぽくいじらしい。

源氏は格子を早く下ろしなさって、灯火をともさせて、すっかり打ち解けたご様子で、「まだ心の中に隔てを残していらっしゃるのがつらい」とお恨みになる。宮中では、どんなにお探しになっていることだろう、使いの者はどこを探しているだろうと思いやりなさって、一方では、我ながら奇妙な心だ、六条あたりでもどんなに思い乱れていらっしゃることだろう、恨まれるのもつらいが、もっともなことだと、気の毒な方のことをまず思い出し申し上げなさる。

何の心もなく向かい合っている女をいとしいとお思いになるままに、あまりに思慮深く、こちらが気づまりになるほどの六条の方のご様子を、少し取り去りたいものだと、つい比べずにはいられないのだった。

意訳

源氏は夕顔を連れて、荒れはてた「なにがしの院」へ行く。明け方の霧、忍ぶ草の茂る門、水草に埋もれた池、古びた木立。院の荒れたさまが重ねて描かれ、不吉な空気が漂いはじめる。

源氏はここで初めて顔を見せ、夕顔の最初の歌を受けた歌を詠む。夕顔も「見まちがいだった」と戯れて返し、二人の仲は打ち解けていく。それでも夕顔は「海人の子ですから」と名を明かさない。

夕暮れ、源氏は宮中や六条の女君のことを思い出す。思慮深く、こちらが気づまりになる六条の女君と、何心もない夕顔。二人の女性の対比が、次の場面の物の怪の出現へとつながっていく。

語釈・文法注

なにがしの院
名前をぼかした言い方。源融(みなもとのとおる)の河原院がモデルとされる。
あづかり
預かり。留守番役の管理人。
けいめい
経営(けいめい)。あれこれと気を配って世話をすること。
しもけいし
下家司(しもけいし)。貴族の家の事務をとる家司のうち、身分の低い者。
くまじき
「来まじき」。来そうにない。
おきなか川
息長川。「鳰鳥の息長川は絶えぬとも君に語らむ言尽きめやも」(『万葉集』)をふまえ、末長い契りを約束する。
べちなふ
別納(べちのう)。母屋とは別に建てた建物。
あまの子なれば
「白波の寄する渚に世を過ぐす海人の子なれば宿も定めず」(『和漢朗詠集』など)をふまえ、名のるほどの身分ではない、と名を明かすのを断る。

文法

反語の「やは」(かくやは人のまどひけむ)
係助詞「や」+「は」。ここでは「…だろうか」と疑いながら、昔の人も同じように迷ったのだろうかと思いやる。
強意の「て」+推量の「む」(見許してむ)
完了の助動詞「つ」の未然形+「む」で、「きっと見逃してくれるだろう」。
願望の終助詞「ばや」(取り捨てばや)
未然形について、自分の願望を表す。「取り去りたいものだ」。

和歌

いにしへもかくやは人のまどひけむ我がまだ知らぬしのゝめの道

詠者
光源氏
状況
なにがしの院に着いて、霧と露に袖をぬらしながら夕顔に詠みかけた歌。昔の人もこのように迷ったのだろうか、私がまだ知らなかった明け方の恋の道に。

修辞

掛詞
「まどひ」に、道に迷う意と、恋に心が乱れる意を重ねる。「しのゝめの道」は、女を連れ出して明け方に行く道。

山の端のこゝろもしらで行く月はうはの空にてかげや絕えなむ

詠者
夕顔
状況
源氏の歌への返歌。山の端の心も知らずに沈んでいく月は、空の途中で光が消えてしまうのでしょうか。

修辞

比喩
「山の端」を源氏に、「月」を自分にたとえる。源氏の心も知らずについて行く自分は、途中で消えてしまうのではないか、という不安を詠む。
掛詞
「うはの空」に、空の中ほどの意と、心が落ち着かない意を重ねる。

夕露にひもとく花はたまぼこの便に見えしえにこそありけれ

詠者
光源氏
状況
院で顔を隠していた源氏が、ようやく顔を見せて詠んだ歌。夕露にほころぶ花のように、私が顔を見せるのは、道すがら通りかかったあの縁によるのでした。

修辞

掛詞
「ひもとく」に、花のつぼみが開く意と、衣の紐を解いて打ち解ける意を重ねる。「え」に「縁」と「江」を重ねる説もある。
枕詞
「たまぼこの」は「道」にかかる枕詞。ここでは「便(たより)」に続けて、道で通りかかったついでの意を表す。

ひかりありと見し夕顏のうは露はたそがれどきのそらめなりけり

詠者
夕顔
状況
源氏の歌への返歌。光があると見えた夕顔の上の露は、黄昏時の見まちがいだったのですね。

修辞

応答
最初に女が詠んだ「心あてに」の歌の「白露のひかりそへたる」を受け、あの時光り輝いて見えたのは見まちがいだった、と戯れて返す。

解説

なにがしの院は、源融の河原院がモデルとされる。融の死後、河原院には融の霊が現れたという話が『今昔物語集』などに伝わる。荒れた院を舞台に選んだことで、この後の物の怪の場面に説得力が生まれている。

顔を隠していた源氏がようやく顔を見せる場面で、夕顔の最初の歌「心あてに」と、それに応える源氏の歌が、ここで決着する。夕顔の「そらめなりけり」という返しは、軽やかな戯れでありながら、儚い恋の行く末を思わせる。

夕暮れに源氏が六条の女君を思い出し、夕顔と比べる場面は重要である。この直後に現れる物の怪は、六条の女君の生霊ではないかと、古くから読まれてきた。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、67–70頁(コマ35–36)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日