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源氏物語 第4帖 夕顔(6)

八月十五夜――隣家の物音

登場人物:光源氏・夕顔・右近

八月十五夜、源氏は夕顔の宿で夜を明かす。明け方、隣家の庶民の話し声や唐臼の音が聞こえ、女は恥ずかしく思うが、おっとりとした様子は変わらない。源氏は女をもっと気楽な所へ連れ出そうと思い立つ。御嶽精進の翁が額づく声を聞いて、二人は来世までの契りを歌に詠みかわす。

月の光が板屋の隙間から差しこむ質素な部屋で、遣戸を開けて小さな庭を眺める貴公子と、白い袷に薄紫の衣を重ねたかよわげな女の場面(AI生成)
月の光が板屋の隙間から差しこむ質素な部屋で、遣戸を開けて小さな庭を眺める貴公子と、白い袷に薄紫の衣を重ねたかよわげな女の場面
  1. 1八月はづき八月はづきはずき十五夜じふごや十五夜じふごやじゅうごや隈くま隈くまくまなきなきなき月つき月つきつきかげかげかげ、、、ひまひまひま多おほ多おほおおかるかるかる板屋いたや板屋いたやいたやのこりのこりのこりなくなくなく漏も漏ももりりり來き來ききててて、、、見み見みみ習なら習ならならひひい給たま給たまたまははわぬぬぬ住す住すすまひまひまいのののさまさまさまもももめづらしきめづらしきめずらしきににに、、、
  2. 2曉あかつき曉あかつきあかつき近ちか近ちかちかくくくなりなりなりにににけるけるけるなるなるなるべしべしべし、、、隣となり隣となりとなりののの家々いへいへ家々いへいへいえいえあやしきあやしきあやしき賤しづ賤しづしずのののをををののの聲々こゑごゑ聲々こゑごゑこえごえ目め目めめさましさましさましててて
  3. 3「「「あはれあはれあわれいといといと寒さむ寒さむさむしししややや。。。今年ことし今年ことしことしこそこそこそなりはひなりはひなりわいにににももも賴たの賴たのたのむむむ所ところ所ところところ少すくな少すくなすくなくくく田舍ゐなか田舍ゐなかいなかののの通かよ通かよかよひひいももも思おも思おもおもひひいかけかけかけねねねばばばいといといと心こころ心こころこころぼそけれぼそけれぼそけれ。。。北殿きただの北殿きただのきただのこそこそこそ聞き聞ききききき給たま給たまたまふふうややや」」」などなどなど言い言いいひひいかはすかはすかわすももも聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。
  4. 4いといといと哀あはれ哀あはれあわれなるなるなるおのがじゝおのがじゝおのがじしのののいとなみいとなみいとなみににに、、、起お起おおききき出い出いいでゝでゝでてそゝめきそゝめきそそめきさわぐさわぐさわぐももも程ほど程ほどほどなきなきなきををを、、、女をんな女をんなおんないといといと耻はづか耻はづかはずかしくしくしく思おも思おもおもひひいたりたりたり。。。えんだちえんだちえんだち氣色けしき氣色けしきけしきばまばまばまむむん人ひと人ひとひとははは消き消ききえええももも入い入いいりりりぬぬぬべきべきべき住す住すすまひまひまいのののさまさまさまなななめりめりめりかしかしかし。。。
  5. 5されどされどされどのどかのどかのどかにににつらきつらきつらきももも憂う憂ううきききももも傍かたはら傍かたはらかたわら痛いた痛いたいたきききともともとも思おも思おもおもひひい入い入いいれれれたるたるたるさまさまさまならならならででで、、、我わ我わわがががもてなしもてなしもてなしありさまありさまありさまはははいといといとあてはかあてはかあてはかにににこめかしくこめかしくこめかしくててて、、、
  6. 6またまたまたなくなくなくらうがはしきらうがはしきろうがわしき隣となり隣となりとなりののの用意ようい用意よういよういなさなさなさををを、、、いかなるいかなるいかなる事こと事ことことともともとも聞き聞ききききき知し知ししりりりたるたるたるさまさまさまならならならねねねばばば、、、なかなかなかなかなかなか恥は恥ははぢぢじかゞやかかゞやかかがやかむむんよりよりよりははは罪つみ罪つみつみ免ゆる免ゆるゆるささされれれてててぞぞぞ見み見みみえええけるけるける。。。
  7. 7ごほごほごほごほごほごほととと鳴神なるかみ鳴神なるかみなるかみよりよりよりもももおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしく蹈ふ蹈ふふみみみ轟とどろ轟とどろとどろかすかすかすののの音おと音おとおとももも枕まくら枕まくらまくらがみがみがみとととおぼゆおぼゆおぼゆ。。。あなあなあな耳みみ耳みみみみかしがましかしがましかしがましととと是これ是これこれにににぞぞぞおぼさおぼさおぼさるゝるゝるる。。。
  8. 8何なに何なになにののの響ひびき響ひびきひびきともともとも聞き聞ききききき入い入いいれれれたまはたまはたまわずずず。。。いといといと怪あや怪あやあやしうしうしゅう目め目めめざましきざましきざましき音おと音おとおとなひなひないとととのみのみのみ聞き聞ききききき給たま給たまたまふふう。。。くだくだしきくだくだしきくだくだしき事こと事ことことのみのみのみ多おほ多おほおおかりかりかり。。。
  9. 9白妙しろたへ白妙しろたへしろたえののの衣ころも衣ころもころもうつうつうつ砧きぬた砧きぬたきぬたののの音おと音おとおともももかすかかすかかすかにににこなたかなたこなたかなたこなたかなた聞き聞きききききわたさわたさわたされれれ、、、空そら空そらそら飛と飛ととぶぶぶ雁かり雁かりかりののの聲こゑ聲こゑこえ取と取ととりりり集あつ集あつあつめめめててて忍しの忍しのしのびびびがたきがたきがたき事こと事ことこと多おほ多おほおおかりかりかり。。。
  10. 10はしはしはし近ちか近ちかちかきききおましどころおましどころおましどころなりなりなりけれけれければばば遣戶やりど遣戶やりどやりどををを引ひ引ひひきききあけあけあけ給たま給たまたまひひいててて諸共もろとも諸共もろとももろともににに見み見みみ出いだ出いだいだししし給たま給たまたまふふう。。。程ほど程ほどほどなきなきなき庭には庭にはにわにににざれざれざれたるたるたる吳竹くれたけ吳竹くれたけくれたけ、、、前栽せんざい前栽せんざいせんざいののの露つゆ露つゆつゆははは猶なほ猶なほなおかゝるかゝるかかる所ところ所ところところももも同おな同おなおなじじじごとごとごときらめききらめききらめきたりたりたり。。。
  11. 11蟲むし蟲むしむしののの聲々こゑごゑ聲々こゑごゑこえごえみだりがはしくみだりがはしくみだりがわしく、、、壁かべ壁かべかべののの中なか中なかなかのののだにだにだにまどほまどほまどおににに聞き聞きききききならひならひならい給たま給たまたまへへえるるる御耳みみ御耳みみみみにににさしさしさしあてあてあてたるたるたるやうやうようににに鳴な鳴ななききき亂みだ亂みだみだるゝるゝるるををを、、、
  12. 12なかなかなかなかなかなかさまさまさまかへかへかへててて覺おぼ覺おぼおぼさささるゝるゝるるももも御おん御おんおん志こころざし志こころざしこころざし一ひと一ひとひとつつつののの淺あさ淺あさあさからからからぬぬぬににに萬よろづ萬よろづよろずののの罪つみ罪つみつみ免ゆる免ゆるゆるさささるゝるゝるるなななめりめりめりかしかしかし。。。
  13. 13しろきしろきしろきあはせあはせあわせうすいろうすいろうすいろのののなよゝかなよゝかなよよかなるなるなるををを重かさ重かさかさねねねててて華はな華はなはなやかやかやかならならならぬぬぬ姿すがた姿すがたすがたいといといとらうたげらうたげろうたげにににあえかあえかあえかなるなるなる心地ここち心地ここちここちしししててて、、、そこそこそこととと取と取ととりりり立た立たたてゝてゝてて優すぐ優すぐすぐれれれたるたるたる事こと事ことこともももなけれなけれなけれどどど、、、ほそやかほそやかほそやかにににたをたをたをたをたおたおとととしししててて物もの物ものものうちうちうち言い言いいひひいたるたるたるけはひけはひけわい、、、あなあなあな心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしししとととたゞたゞただいといといとらうたくらうたくろうたく見み見みみゆゆゆ。。。
  14. 14心こころ心こころこころばみばみばみたるたるたる方かた方かたかたををを少すこ少すこすこししし添そ添そそへへえたらたらたらばばばととと見み見みみ給たま給たまたまへへえながらながらながらなほなほなおうちとけうちとけうちとけててて見み見みみまほしくまほしくまほしく覺おぼ覺おぼおぼさささるれるれるればばば、、、「「「いざいざいざたゞたゞただこのこのこのわたりわたりわたり近ちか近ちかちかききき所ところ所ところところににに心こころ心こころこころ安やす安やすやすくくくてててあかさあかさあかさむむん。。。かくかくかくてててのみのみのみはははいといといと苦くる苦くるくるしかりしかりしかりけりけりけり」」」とととののの給のたま給のたまのたまへへえばばば、、、
  15. 15「「「いかでいかでいかでかかか俄にはか俄にはかにわかならならならむむん」」」ととといといといと老おい老おいおいらからからかにににいひいひいいててて居ゐ居ゐいたりたりたり。。。このこのこの世よ世よよのみのみのみならならならぬぬぬ契ちぎり契ちぎりちぎりなどなどなどまでまでまでたのめたのめたのめ給たま給たまたまふふうににに、、、うちうちうち解と解ととくるくるくる心こころ心こころこころばへばへばえなどなどなど怪あや怪あやあやしくしくしくやうやうようかはりかはりかわりててて世よ世よよ馴な馴ななれれれたるたるたる人ひと人ひとひとともともとも覺おぼ覺おぼおぼえええねねねばばば、、、
  16. 16人ひと人ひとひとののの思おも思おもおもははわむむん所ところ所ところところもももえええ憚はばか憚はばかはばかりりり給たま給たまたまははわででで右近うこん右近うこんうこんををを召め召めめししし出い出いいでゝでゝでて隨身ずいじん隨身ずいじんずいじんををを召め召めめさささせせせ給たま給たまたまひひいててて御おん御おんおん車くるま車くるまくるま引ひ引ひひききき入い入いいれれれさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。このこのこのあるあるある人々びと人々びとびともももかゝるかゝるかかる御おん御おんおん志こころざし志こころざしこころざしのののおろかおろかおろかならならならぬぬぬををを見み見みみ知し知ししれれればばば、、、おぼめかしおぼめかしおぼめかしながらながらながら賴たの賴たのたのみみみをををかけかけかけ聞きこ聞きこきこえええたりたりたり。。。
  17. 17あけがたあけがたあけがたももも近ちか近ちかちこうううなりなりなりにににけりけりけり。。。とりとりとりののの聲こゑ聲こゑこえなどなどなどきこえきこえきこえててて、、、にににやややあらあらあらむむん、、、唯ただ唯ただただ翁おきな翁おきなおきなびびびたるたるたる聲こゑ聲こゑこえにににぬかづくぬかづくぬかずくぞぞぞ聞きこ聞きこきこゆるゆるゆる。。。たちゐたちゐたちいのののけはひけはひけわい堪た堪たたへへえがたげがたげがたげににに行おこな行おこなおこなふふう。。。
  18. 18いといといとあはれあはれあわれににに朝あした朝あしたあしたののの露つゆ露つゆつゆににに異こと異ことことならならならぬぬぬ世よ世よよををを何なに何なになにをををむさぼるむさぼるむさぼる身み身みみのののいのりいのりいのりにににかかかととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうににに、、、「「「なもたうらいのなもたうらいのなもとうらいの」」」とととぞぞぞ拜をが拜をがおがむむむなるなるなる。。。
  19. 19「「「かれかれかれ聞き聞ききききき給たま給たまたまへへえ。。。このこのこの世よ世よよとととのみのみのみははは思おも思おもおもははわざりざりざりけりけりけり」」」とととあはれがりあはれがりあわれがり給たま給たまたまひひいててて、、、「「「ががが行おこな行おこなおこなふふうみちみちみちをををしるべしるべしるべにてにてにて來こ來ここむむん世よ世よよもももふかきふかきふかきちぎりちぎりちぎりたがふたがふたがうななな」」」。。。
  20. 20のののふるきふるきふるきためしためしためしはははゆゝしくゆゝしくゆゆしくててて、、、はねはねはねをををかはさかはさかわさむむんとととははは引ひ引ひひきききかへかへかえててて彌勒みろく彌勒みろくみろくののの世よ世よよをををぞぞぞかねかねかね給たま給たまたまふふう。。。行ゆ行ゆゆくくく先さき先さきさきののの御おん御おんおんたのめたのめたのめいといといとこちたしこちたしこちたし。。。
  21. 21「「「さきさきさきののの世よ世よよのののちぎりちぎりちぎり知し知ししらららるゝるゝるる身み身みみのののうさうさうさににに行ゆ行ゆゆくくく末すゑ末すゑすえかねかねかねててて賴たの賴たのたのみみみがたがたがたさささよよよ」」」。。。かやうかやうかようのののすぢすぢすじなどなどなどもももさるはさるはさるは心こころ心こころこころもとなかもとなかもとなかめりめりめり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

八月十五夜、曇りのない月の光が、すき間の多い板屋の中に残るところなく漏れ入ってきて、源氏は見慣れていらっしゃらない住まいの様子も珍しいうえに、明け方近くになったのだろう、隣の家々で、身分の低い男たちの声々が目をさまして、「ああ、ひどく寒いなあ」「今年は商売もあてにできることが少なく、田舎への行き来も思うようにいかないので、ひどく心細いよ」「北隣さん、聞いていなさるか」などと言い交わすのも聞こえる。

たいそうみじめな、それぞれの暮らしのために起き出して、ざわざわと騒ぐのもすぐ近くなので、女はたいそう恥ずかしく思っている。気取って見栄をはるような人なら、消え入ってしまいそうな住まいの様子であろう。けれども女はおっとりとして、つらいことも嫌なことも気まずいことも、深く気にかけている様子ではなく、自分の振る舞いや様子はたいそう上品でおっとりとしていて、このうえなく騒がしい隣の不作法さを、どういうことかとわかっている様子でもないので、かえって恥ずかしがって顔を赤らめたりするよりは、罪がなく見えるのだった。

ごろごろと、雷よりもすさまじく踏みとどろかす唐臼の音も、枕もとで鳴っているように思われる。「ああ、やかましい」と、源氏はこれにはお思いになる。何の響きともおわかりにならない。ただひどく奇妙で耳ざわりな音だとばかりお聞きになる。くだくだしいことばかり多い。

白い衣を打つ砧の音も、かすかにあちらこちらから聞こえわたり、空を飛ぶ雁の声もいっしょになって、こらえきれないほどしみじみとすることが多い。端近の御座所だったので、源氏は遣戸を引き開けなさって、女とごいっしょに外をお眺めになる。狭い庭に、しゃれた呉竹が植えてあり、植え込みの露は、やはりこうした所でも同じように光っている。

虫の声々が入り乱れ、壁の中のこおろぎでさえ遠くに聞き慣れていらっしゃるお耳に、耳もとに押し当てたように鳴き乱れるのを、かえって趣が変わっているとお思いになるのも、女へのお気持ちひとつが浅くないので、すべての欠点が許されるのであろう。

白い袷に、薄紫色のやわらかなのを重ねて、華やかではない姿がたいそうかわいらしく、かよわい感じがして、どこといって取り立ててすぐれたところもないけれど、ほっそりとしてしなやかで、何か言う様子が、ああいじらしいと、ただもうかわいらしく見える。もう少し気取ったところが加わったらと見ていらっしゃりながら、やはり打ち解けて逢いたいとお思いになるので、「さあ、ただこの近くの所で、気楽に夜を明かそう。こうしてばかりいるのは、とても苦しいのです」とおっしゃると、女は「どうして急にそんなことを」と、たいそうおっとりと言って座っている。

この世だけでない来世の契りなどまであてにさせなさると、打ち解けてくる気立てなどが不思議に普通と違っていて、男女の仲に慣れた人とも思われないので、源氏は人がどう思うかも遠慮なさらず、右近を呼び出して随身を呼ばせなさって、お車を引き入れさせなさる。この家にいる女房たちも、源氏のお気持ちが並々でないのを知っているので、素性がわからないながらも、頼みにしていた。

夜明けも近くなった。鶏の声なども聞こえて、御嶽精進をしているのだろうか、ただ年寄りじみた声で額づいて拝むのが聞こえる。立ったり座ったりする様子もつらそうに勤行をしている。源氏は、たいそうしみじみと、朝の露と変わらないはかないこの世で、何を欲張ってわが身の祈りをするのだろうかとお聞きになると、「南無当来導師(弥勒菩薩)」と拝んでいるようだ。

「あれをお聞きなさい。この世だけのこととは思っていないのですね」としみじみとお思いになって、「優婆塞が勤める仏の道を道しるべにして、来世までも、深い契りにそむかないでください」。長生殿の昔の例は不吉なので、比翼の鳥となって羽を交わそうという誓いとは引きかえて、弥勒菩薩の世までの約束をなさる。将来へのお約束は、たいそう大げさである。女は「前世の因縁のつたなさが思い知られるわが身のつらさに、行く末のことまで、今から頼みにすることはできません」。こうした歌の方面なども、実はおぼつかないようである。

意訳

夕顔の宿で迎える八月十五夜の場面は、源氏物語の中でも名高い。板屋の隙間から漏れる月の光、隣家の庶民の話し声、唐臼の轟音、砧の音、雁の声、虫の声。宮中や邸宅では聞くことのない音が次々に描かれ、源氏にとっては、すべてが珍しく新鮮に感じられる。

恥ずかしいはずの環境の中で、女はおっとりと構え、かえって罪のない人に見える。源氏はますます女に心ひかれ、人目もかまわず、近くの気楽な所へ連れ出そうと決める。

御嶽精進の翁の声をきっかけに、源氏は来世までの契りを歌に詠む。夕顔は、前世の宿縁のつたなさを理由に、将来を頼みにできないと返す。この返歌は、間もなく訪れる夕顔の死を予感させる。

語釈・文法注

からうす
唐臼(からうす)。足で杵を踏んで米をつく臼。
蟋蟀(きりぎりす)
今のこおろぎ。「壁の中のきりぎりす」は、白居易などの漢詩に見える表現をふまえる。
みたけさうじ
御嶽精進(みたけそうじ)。大和の金峰山(御嶽)に参詣する前に、長い期間、身を清めて勤行すること。
なもたうらいの導師
南無当来導師。来世に現れて衆生を導く師、すなわち弥勒菩薩に帰依するという唱え言。
うばそく
優婆塞(うばそく)。在家のまま仏道を修行する男性。ここでは御嶽精進をしている翁。
長生殿
白居易『長恨歌』で、玄宗皇帝と楊貴妃が七月七日に長生殿で「天に在りては比翼の鳥、地に在りては連理の枝」と誓った故事。二人は死に別れたので、不吉な例とされた。

文法

推定の「めり」(住まひのさまなめりかし)
「なるめり」の撥音便「なんめり」の撥音無表記。「…であるようだ」。語り手が場面を推し量る言い方。
自発の「る」(おぼさるゝ・覺さるゝ)
「おぼす」に自発の助動詞「る」がついて、「自然と…とお思いになる」。
禁止の「な」(たがふな)
動詞の終止形につく終助詞で、「…するな」。

和歌

うばそくが行ふみちをしるべにて來む世もふかきちぎりたがふな

詠者
光源氏
状況
明け方、御嶽精進をする翁が額づく声を聞いて、夕顔に詠みかけた歌。あの優婆塞が勤める仏の道を道しるべにして、来世までも、深い契りにそむかないでください。

修辞

来世の契り
『長恨歌』の比翼の鳥・連理の枝のような誓いを避け、弥勒菩薩が現れる遠い未来の世までの契りを約束する。

さきの世のちぎり知らるゝ身のうさに行く末かねて賴みがたさよ

詠者
夕顔
状況
源氏の歌への返歌。前世の因縁のつたなさが思い知られる、わが身のつらさに、行く末のことまで、今からあてにすることはとてもできません。

修辞

対照
源氏の「來む世」に「さきの世」で応じ、未来の約束を、過去の宿縁の薄さを理由に頼みがたいと返す。夕顔の短い命を予感させる歌。

解説

八月十五夜の場面は、庶民の暮らしの音を細かく描いている点で珍しい。宮廷の物語である源氏物語に、田舎への行商を心配する男たちの会話や、唐臼の音が書きこまれている。源氏の新鮮な驚きを通して、読者も五条の陋屋を体験することになる。

「長生殿のふるきためし」は、『長恨歌』の玄宗と楊貴妃の誓い。桐壺の巻でも、帝が亡き桐壺更衣をしのんで『長恨歌』を思い出していた。源氏は不吉な例を避けて弥勒の世を誓うが、夕顔の返歌は、二人の縁の短さを暗示している。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、65–68頁(コマ34–35)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日