源氏物語 第4帖 夕顔(5)
素性を隠しての逢瀬
惟光は、夕顔の宿の女房たちが頭中将の車を見て騒いだことを報告し、源氏は女が常夏の女ではないかと思う。惟光の手引きで源氏は身をやつして通いはじめるが、互いに名を明かさない。正体の知れない男を女はいぶかり、源氏もまた、素直で柔らかな女にのめりこんでいく。

- 1まことやまことやまことやかのかのかの惟光惟光これみつがががあづかりあづかりあずかりのののかいまみかいまみかいまみはははいといといとよくよくよく見見み取取とりりりててて申申もうすすす。。。
- 2「「「そのそのその人人ひととととははは更更さらにににおもひおもひおもいよりよりより侍侍はべらららずずず。。。人人ひとにににいみじくいみじくいみじく隱隱かくれれれ忍忍しのぶるぶるぶる氣色氣色けしきににになむなむなん見見みえええはべるはべるはべるををを、、、つれづれつれづれつれづれなるなるなるまゝまゝままににに南南みなみのののはじとみはじとみはじとみあるあるあるにににわたりわたりわたり來來きつゝつゝつつ
- 3車車くるまののの音音おとすれすれすればばば若若わかききき者者ものどもどもども覗覗のぞきききなどなどなどすすすべかべかべかめるめるめるににに、、、このこのこのとととおぼしきおぼしきおぼしきもももはひはひはいわたるわたるわたる時時ときはべはべはべめるめるめる。。。かたちかたちかたちなむなむなんほのかほのかほのかなれなれなれどどどいといといとらうたげらうたげろうたげににに侍侍はべるるる。。。
- 4ひとひとひと日日ひさきさきさきおひおひおいてててわたるわたるわたる車車くるまののの侍侍はべりりりしししをををのぞきのぞきのぞきてててわらはべわらはべわらわべののの急急いそぎぎぎ來來きててて、、、ののの君君きみこそこそこそまづまづまず物物もの見見み給給たまへへえ、、、中將殿中將殿どのこそこそこそこれこれこれよりよりより渡渡わたりりり給給たまひひいぬれぬれぬれととといへいへいえばばば、、、
- 5またまたまたよろしきよろしきよろしきおとなおとなおとな出出いででで來來きててて、、、あなかまあなかまあなかまととと手手てかくかくかくものものものからからから、、、いかでいかでいかでさささはははしるしるしるぞぞぞ、、、いでいでいで見見みむむんとととてててはひはひはいわたるわたるわたる。。。打橋打橋うちはしだつだつだつものものものををを路路みちにてにてにてなむなむなん通通かよひひい侍侍はべるるる。。。
- 6急急いそぎぎぎくるくるくるものものものはははきぬきぬきぬののの裾裾すそををを物物ものににに引引ひきききかけかけかけてててよろぼひよろぼひよろぼい倒倒たおれれれててて、、、橋橋はしよりよりよりももも落落おとちちちぬぬぬべけれべけれべければばば、、、いでいでいでこのこのこのかづらきかづらきかずらきのののこそこそこそさかしうさかしうさかしゅうしししおきおきおきたれたれたれとととむつがりむつがりむつがりててて、、、ものものもののぞきのぞきのぞきののの心心こころもももさめさめさめぬぬぬめりめりめり。。。
- 7君君きみははは御御おんなほしなほしなおし姿姿すがたにてにてにて御御おん隨身隨身ずいじん共共どももももありありありししし、、、なにがしなにがしなにがしくれがしくれがしくれがしととと數數かずへへえしししははは、、、頭中將頭中將とうのちゅうじょうののの隨身隨身ずいじんそのそのその小舍人小舍人こどねりわらはわらはわらわをををなむなむなんしるししるししるしにににいひいひいい侍侍はべりりりししし」」」などなどなど聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、
- 8「「「たしかたしかたしかにににそのそのその車車くるまををを見見みましましまし」」」とととのたまひのたまひのたまいててて、、、もしもしもしかのかのかの哀哀あわれれれににに忘忘わすれれれざりざりざりしししにににやややととと思思おもほしほしおしよるよるよるもももいといといと知知しらららまほしげまほしげまほしげなるなるなる御御おん氣色氣色けしきををを見見みててて
- 9「「「私私わたくしのののけさうけさうけそうもももいといといとよくよくよくしししおきおきおきててて、、、あないあないあないももも殘殘のこりるるる所所ところなくなくなく見見み給給たまへへえ置置おきききながらながらながら、、、唯唯ただ我我われれれどちどちどちととと知知しらせらせらせててて物物ものなどなどなどいふいふいう若若わかきききおもとおもとおもとののの侍侍はべるるるをををそらおぼれそらおぼれそらおぼれしししてててなむなむなん謀謀はかららられれれまかりまかりまかりありくありくありく。。。
- 10いといといとよくよくよく隱隱かくしししたりたりたりととと思思おもひひいててて小小ちいさききき子子こどもどもどもなどなどなどののの侍侍はべるるるががが、、、ことことことあやまちあやまちあやまちしししつつつべきべきべきもももいひいひいい紛紛まぎらはしらはしらわしててて、、、又又また人人ひとなきなきなきさまさまさまををを强强しひひいてててつくりつくりつくり侍侍はべるるる」」」などなどなどかたりかたりかたりててて笑笑わらふふう。。。
- 11「「「尼君尼君あまぎみのののとぶらひとぶらひとぶらいにににものせものせものせむむん序序ついでにににかいまみかいまみかいまみせせせさせよさせよさせよ」」」とととのたまひのたまひのたまいけりけりけり。。。
- 12假假かりにににてててももも宿宿やどれれれるるる住住すまひまひまいののの程程ほどををを思思おもふふうににに、、、これこれこれこそこそこそかのかのかの人人ひとののの定定さだめめめあなづりあなづりあなずりししし下下しものののしなしなしなならならならめめめ、、、そのそのその中中なかににに思思おもひひいののの外外ほかにににをかしきをかしきおかしき事事こともももあらあらあらばばばなどなどなど思思おもほすほすおすなりなりなりけりけりけり。。。
- 13惟光惟光これみつ、、、いさゝかいさゝかいささかののの事事ことももも御心御心みこころににに違違たがははわじじじととと思思おもふふうににに、、、おのれおのれおのれももも隈隈くまなきなきなきすきすきすき心心ごころにてにてにて、、、いみじくいみじくいみじくたばかりたばかりたばかり惑惑まどひひい步步ありきききつゝつゝつつ、、、忍忍しのびびびててておはしまさおはしまさおわしまさせせせそめそめそめてててけりけりけり。。。
- 14このこのこの程程ほどののの事事ことくだくだしけれくだくだしけれくだくだしければばば、、、例例れいのののもらしもらしもらしつつつ。。。
- 15女女おんなをををさしさしさしてててそのそのその人人ひとととと尋尋たずねねね出出いででで給給たまははわねねねばばば我我わももも名名なのりのりのりをををししし給給たまははわででで、、、いといといとわりなうわりなうわりのうやつれやつれやつれ給給たまひひいつゝつゝつつ、、、例例れいならならならずずずおりおりおり立立たちちちありきありきありき給給たまふふうははは、、、おろかおろかおろかにににはははおぼさおぼさおぼさぬぬぬなるなるなるべしべしべしととと見見みれれればばば、、、我我わががが馬馬うまをををばばば奉奉たてまつりりりててて御御おんともともともににに走走はしりりりありくありくありく。。。
- 16懸想人懸想人けそうびとのののいといといと物物ものげなきげなきげなき足足あしもともともとををを見見みつけつけつけられられられててて侍侍はべらららむむん時時とき、、、からくからくからくもももあるあるあるべきべきべきかなかなかなとととわぶれわぶれわぶれどどど、、、
- 17人人ひとににに知知しらせらせらせ給給たまははわぬぬぬまゝまゝままににに、、、かのかのかの夕顏夕顏ゆうがおのののしるべしるべしるべせせせししし隨身隨身ずいじんばかりばかりばかり、、、さてさてさてははは顏顏かおむげにむげにむげにしるしるしるまじきまじきまじきわらはわらはわらわ一人一人ひとりばかりばかりばかりぞぞぞ率率いててておはしおはしおわしけるけるける。。。もしもしもし思思おもひひいよるよるよる氣色氣色けしきもももやややとととててて、、、となりとなりとなりににに中中なかやどりやどりやどりをををだにだにだにししし給給たまははわずずず。。。
- 18女女おんなもももいといといと怪怪あやしくしくしく心得心得こころえぬぬぬ心地心地ここちのみのみのみしししててて、、、御御おん使使つかいににに人人ひとををを添添そへへえ曉曉あかつきののの道道みちををを窺窺うかがははわせせせ、、、御御おんありかありかありか見見みせせせむむんととと尋尋たずぬれぬれぬれどどど、、、そこはかとなくそこはかとなくそこはかとなく惑惑まどはしはしわしつゝつゝつつ、、、
- 19さすがにさすがにさすがに哀哀あわれににに見見みででではははえええあるあるあるまじくまじくまじくこのこのこの人人ひとののの御心御心みこころにににかゝりかゝりかかりたれたれたればばばびんなくびんなくびんなくかるがるしきかるがるしきかるがるしき事事ことどもどもども思思おもほしほしおしかへしかへしかえしわびわびわびつゝつゝつついといといとしばしばしばしばしばしば坐坐おわしますしますします。。。
- 20かゝるかゝるかかるすぢすぢすじはははまめまめまめ人人びとののの亂亂みだるゝるゝるる折折おりもももあるあるあるををを、、、いといといとめやすくめやすくめやすくしづめしづめしずめ給給たまひひいててて人人ひとののの咎咎とがめめめきこゆきこゆきこゆべきべきべきふるまひふるまひふるまいはははししし給給たまははわざりざりざりつるつるつるををを、、、
- 21怪怪あやしきしきしきまでまでまで今朝今朝けさのののほどほどほどひるまひるまひるまのののへだてへだてへだてももも覺束覺束おぼつかなくなくなくなどなどなど思思おもひひい煩煩わずらははわれれれ給給たまへへえばばば、、、かつかつかつはははいといといとものぐるほしくものぐるほしくものぐるおしく、、、さささまでまでまで心心こころとゞむとゞむとどむべきべきべき事事ことのののさまさまさまにもにもにもあらあらあらずずずととといみじくいみじくいみじく思思おもひひいさましさましさましたまふたまふたまう。。。
- 22ひとひとひとのののけはひけはひけわいいといといとあさましくあさましくあさましくやはらかやはらかやわらかにににおほどきおほどきおおどきててて、、、物物もの深深ふかくくく重重かさききき方方かたははは後後おくれれれててて、、、ひたぶるひたぶるひたぶるににに若若わかびびびたるたるたるものものものからからから世世よをををまだまだまだ知知しらららぬぬぬにもにもにもあらあらあらずずず、、、いといといとやんごとなきやんごとなきやんごとなきにはにはにはあるあるあるまじまじまじ、、、いづくいづくいずくにににいといといとかくかくかくしもしもしもとまるとまるとまる心心こころぞぞぞとととかへすがへすかへすがへすかえすがえすおぼすおぼすおぼす。。。
- 23いといといとことさらめきことさらめきことさらめきててて御御おんさうぞくさうぞくそうぞくをををもももやつれやつれやつれたるたるたるかりかりかりののの御御おおんぞぞぞををを奉奉たてまつりりり、、、さまさまさまをををかへかへかへ顏顏かおをををもももほのほのほの見見みせせせ給給たまははわずずず、、、夜夜よ深深ふかきききほどほどほどににに人人ひとをををしづめしづめしずめててて出入出入いでいりなどなどなどししし給給たまへへえばばば、、、
- 24昔昔むかしありありありけむけむけん物物もののののめきめきめきてててうたてうたてうたて思思おもひひい歎歎なげかかかるれるれるれどどど、、、人人ひとののの御御おんけはひけはひけわいはたはたはた手手てさぐりさぐりさぐりにもにもにもしるきしるきしるきわざわざわざなりなりなりけれけれければばば、、、誰誰たれれればかりばかりばかりにににかかかはははあらあらあらむむん猶猶なおこのこのこのすきものすきものすきものゝゝのししし出出いでででつるつるつるわざわざわざなななめりめりめりとととををを疑疑うたがひひいながらながらながら、、、
- 25せめてせめてせめてつれなくつれなくつれなく知知しらららずずず顏顏かおにてにてにて、、、かけてかけてかけて思思おもひひいよらよらよらぬぬぬさまさまさまににに撓撓たゆまままずずずあざれあざれあざれありけありけありけばばば、、、いかなるいかなるいかなることことことにににかかかととと心得心得こころえがたくがたくがたく、、、女女おんながたがたがたももも怪怪あやしうしうしゅうやうやうよう違違たがひひいたるたるたる物物ものおもひおもひおもいをををなんなんなんしししけるけるける。。。
- 26君君きみもももかくかくかくうらなくうらなくうらなくたゆめたゆめたゆめてててはひはひはいかくれかくれかくれなななばばば、、、いづこいづこいずこをををはかりはかりはかりとととかかか我我われれれももも尋尋たずねねねむむん、、、かりそめかりそめかりそめのののかくれがかくれがかくれがとととはたはたはた見見みゆゆゆめれめれめればばば、、、いづかたいづかたいずかたにもにもにもうつろひうつろひうつろい行行ゆかかかむむん日日ひををを、、、いついついつともともとも知知しらららじじじとととおぼすおぼすおぼすににに、、、
- 27追追おひひいまどはしまどはしまどわしてててなのめになのめになのめに思思おもひひいなしなしなしつつつべくべくべくははは、、、唯唯ただかばかりかばかりかばかりのののすさびすさびすさびにてにてにてももも過過すぎぎぎぬぬぬべきべきべきことことことををを、、、更更さらにににさてさてさてすぐしすぐしすぐしてててむむんととと覺覺おぼささされれれずずず。。。
- 28人人ひとめめめをををおぼしおぼしおぼしててて隔隔へだててて置置おききき給給たまふふうよなよなよなよなよなよななどなどなどははは、、、いといといと忍忍しのびびびがたくがたくがたく苦苦くるしきしきしきまでまでまで思思おもほえほえおえ給給たまへへえばばば、、、猶猶なお誰誰たれとととなくなくなくててて二條院二條院にじょうのいんににに迎迎むかへへえてててむむん、、、
- 29若若もしししきこえきこえきこえありありありてててびんなかるびんなかるびんなかるべきべきべき事事ことなりなりなりともともともさるべきさるべきさるべきにににこそこそこそははは、、、我我わががが心心こころながらながらながらいといといとかくかくかく人人ひとにににしむしむしむとととはははなきなきなきををを、、、いかなるいかなるいかなる契契ちぎりにににかかかはははありありありけむけむけんなどなどなどおもほしおもほしおもおしよるよるよる。。。
- 30「「「いざいざいざいといといと心心こころやすきやすきやすき所所ところにてにてにてのどかのどかのどかににに聞聞きこえええむむん」」」などなどなど語語かたちひちひちい給給たまへへえばばば、、、「「「猶猶なお怪怪あやしうしうしゅうかくかくかくののの給給のたまへへえどどど、、、世世よづかづかずかぬぬぬ御御おんもてなしもてなしもてなしなれなれなればばば物物もの恐恐おそろしくろしくろしくこそこそこそあれあれあれ」」」ととと、、、いといといと若若わかびびびててていへいへいえばばば、、、
- 31げにげにげにとととほゝゑまほゝゑまほほえまれれれ給給たまひひいててて「「「げにげにげにいづれいづれいずれかかか狐狐きつねならならならむむんななな、、、唯唯ただ謀謀はかららられれれ給給たまへへえかしかしかし」」」ととと懷懷なつかしげかしげかしげにににののの給給のたまへへえばばば、、、女女おんなもももいみじくいみじくいみじく靡靡なびきききててて、、、さささもももありぬありぬありぬべうべうびょう思思おもひひいたりたりたり。。。
- 32世世よににになくなくなくかたはかたはかたわならならならむむん事事ことなりなりなりともともともひたぶるひたぶるひたぶるににに隨隨したがふふう心心こころはははいといといと哀哀あわれげげげなるなるなる人人ひとととと見見み給給たまふふうににに猶猶なおかのかのかの頭中將頭中將とうのちゅうじょうのののとこなつとこなつとこなつ疑疑うたがはしくはしくわしく、、、語語かたりりりししし心心こころざまざまざままづまづまず思思おもひひい出出いでででられられられ給給たまへへえどどど「「「忍忍しのぶるぶるぶるやうやうようこそこそこそははは」」」とととあながちあながちあながちにもにもにも問問とひひいはてはてはて給給たまははわずずず。。。
- 33けしきばみけしきばみけしきばみてててふとふとふと背背そむききき隱隱かくるるるべきべきべき心心こころざまざまざまなどなどなどはははなけれなけれなければばば、、、かれがれかれがれかれがれにににとだえとだえとだえ置置おかかかむむん折折おりこそこそこそはははさやうさやうさようににに思思おもひひいかはるかはるかわることことこともももあらあらあらめめめ、、、心心こころながらながらながらももも少少すこしししはははうつろふうつろふうつろう事事ことあらあらあらむむんこそこそこそ哀哀あわれなるなるなるべけれべけれべけれとととさへさへさへおぼしおぼしおぼしけりけりけり。。。
現代語訳
そういえば、あの惟光が引き受けた垣間見は、たいそうよく様子を探り出して申し上げる。「その人が誰かは、まったく見当もつきません。人目をひどく忍んで隠れている様子に見えますが、退屈なままに、南側の半蔀のある長屋に女房たちがやって来ては、車の音がすると若い者たちがのぞいたりするようですが、その主人と思われる人も、そっと来ている時があるようです。顔立ちはほのかにしか見えませんが、たいそうかわいらしゅうございます。
ある日、先払いをして通る車がありましたのを、女の童がのぞいて急いでやって来て、『右近の君、早くご覧なさい。中将殿がこちらをお通りになりましたよ』と言うと、まあまあの年配の女房が出てきて、『静かに』と手で制しながら、『どうしてそれがわかるの。さあ、見てみましょう』と言って、そっとやって来ます。打橋のようなものを通り道にして行き来しているのです。急いで来る者は、着物の裾を物に引っかけて、よろけて倒れ、橋から落ちそうになったので、『まあ、この葛城の神さまは、よくも危なっかしく作っておいたこと』と腹を立てて、のぞき見する気もさめてしまったようです。
『殿は直衣姿で、御随身たちもいました。なにがし、くれがし』と数え上げていたのは、頭中将の随身や、その小舎人童を目じるしにして言っていたのです」などと申し上げるので、源氏は「確かにその車を見たかったな」とおっしゃって、もしかしたら、あのいとしくて忘れられなかったという人(頭中将の常夏の女)ではないかとお思い当たりになるのも、たいそう知りたそうなご様子なのを見て、
惟光は「私の懸想もうまく仕掛けておきまして、様子もすっかり見ておきながら、ただ同輩の女房同士だと思わせて話などをする若い女房がおりますのを、そらとぼけて、だまされたふりをして通っております。たいそううまく隠しおおせていると思って、小さい子どもなどがいて、うっかり口をすべらせそうになるのも、言いまぎらして、主人などいないように無理に取りつくろっております」などと話して笑う。源氏は「尼君の見舞いにでも行く折に、のぞき見させよ」とおっしゃった。
仮にでも住んでいる家の様子を思うと、これこそあの人(頭中将)が見下していた下の品なのだろう、その中に思いのほかに趣のあることでもあったら、などとお思いになるのだった。惟光は、ほんの少しのことでも源氏のお心にそむくまいと思っているうえに、自分も抜け目のない色好みなので、たいそう工夫して奔走しながら、こっそりと源氏をお通わせ申し上げるようにしてしまった。このあたりのことはくだくだしいので、例によって省いた。
源氏は、女が誰であるかを確かめて探り出すこともなさらないので、ご自分も名のりをなさらず、ひどく粗末な身なりにやつしなさって、いつになく自ら出歩きなさるのは、いいかげんにはお思いでないのだろうと惟光は見て、自分の馬を源氏に差し上げて、お供として走りまわる。「懸想する男の、まことにみすぼらしい足もとを人に見つけられたら、つらいことでしょう」とこぼすけれど、源氏は人にお知らせにならないまま、あの夕顔の花の案内をした随身だけと、そのほかには、顔をまったく知られていないはずの童一人だけを連れておいでになった。もしかして素性に気づかれることもあろうかと、隣の家で休むことさえなさらない。
女の方でも、たいそう不思議で、わけのわからない気持ちばかりして、源氏のお使いに人をつけて、明け方の帰り道をうかがわせ、お住まいを突きとめようとするが、源氏はそれとなくまいてしまわれる。それでも、さすがにいとしくて、会わずにはいられないほどこの人がお心にかかっているので、不都合で軽はずみなことだと、何度も思い返して悩みながらも、たいそうしばしばおいでになる。
こうした恋の道では、まじめな人でも心が乱れる折もあるのに、源氏はたいそう見苦しくないように心をおさえなさって、人に非難されるようなお振る舞いはなさらなかったのに、不思議なほど、今朝別れたばかりの昼の間の隔ても待ち遠しくなどと思い悩まれるので、一方ではまことに正気の沙汰ではなく、それほどまでに心をとめるべき相手でもないのにと、懸命に心をおさえていらっしゃる。
女の様子は、驚くほど素直でやわらかく、おっとりとしていて、思慮深く重々しい方面は劣っていて、ひたすら子どもっぽいようでいて、男女の仲を知らないというのでもなく、たいして高貴な身分ではないのだろう、どこにこれほど心がひかれるのだろうかと、くり返しお思いになる。
源氏はたいそうわざとらしく、ご装束も質素な狩衣をお召しになって、姿を変え、顔もちらりともお見せにならず、夜更けに人が寝静まってから出入りなさるので、女は、昔話にあるような物の変化のようで気味悪く思い嘆かれるけれど、男の様子は、手さぐりにもはっきりとわかるほど並々でないので、いったいどなたなのだろう、やはりあの色好みの男(惟光)が手引きしたことのようだと、大夫を疑いながらも、惟光はあくまでそしらぬ顔をして、まったく思いもよらないふりで、変わらずふざけ歩くので、どういうことかと合点がいかず、女の方も、不思議な、普通とは違った物思いをするのだった。
源氏も、こうして無邪気に油断させておいて、どこかへ姿を隠してしまったら、どこを当てにして私は探せばよいのか、仮の隠れ家とも見えるのだから、どこかへ移っていく日を、いつとも知ることはできまいとお思いになる。追いかけて見失って、まあいいかとあきらめがつくなら、ただこれくらいの慰みごととしてでも過ぎてしまうことなのに、とてもそうして済ませてしまおうとはお思いになれない。
人目を気にして通うのを控えなさる夜々などは、たいそうがまんできないほど苦しくまで思われなさるので、やはり誰とも知らせずに二条院に迎えてしまおう、もし噂が立って不都合なことになっても、そうなる運命なのだろう、我ながら、これほど人に心がしみたことはないのに、どういう前世の縁だったのだろう、などとお思いになる。
「さあ、たいそう気楽な所で、のんびりとお話ししよう」などとお話しになると、女は「やはり変ですわ。そうおっしゃっても、普通ではないおふるまいですから、何となく恐ろしいの」と、たいそう子どもっぽく言うので、源氏はなるほどとほほえまれなさって、「本当に、どちらが狐なのだろうね。ただだまされていらっしゃい」と、優しげにおっしゃると、女もすっかり心がなびいて、それでもよいと思っている。
世にもなく体裁の悪いことであっても、ひたすら従う心は、たいそういじらしい人だとご覧になるにつけても、やはりあの頭中将の常夏ではないかと疑わしく、話していた気立てがまず思い出されなさるが、「隠すわけがあるのだろう」と、無理に問いただすこともなさらない。気色ばんで急に背を向けて隠れてしまうような気質などはないので、途切れがちにとだえを置く折にこそ、そのように心変わりすることもあろうが、自分の心ながら、少しは心が移ることがあってこそ、かえっていとしいだろうとまでお思いになった。
意訳
惟光の報告の中の、女房たちが頭中将の車を見て騒ぐ場面は、夕顔の素性を読者にほのめかす伏線である。源氏も、女が頭中将の語った常夏の女ではないかと気づき始める。
源氏と夕顔は、互いに名を明かさないまま逢瀬を重ねる。源氏は顔を隠し、狩衣にやつして夜更けに通う。女は、昔話の変化(へんげ)のような男を不気味に思いながらも、素直に従う。正体の知れない恋人どうしの関係は、どこか夢のようで、危うさをはらんでいる。「いづれか狐ならむ」という源氏の言葉には、その不思議な関係が軽やかに表れている。
源氏はこれまで、恋に乱れることのない人として描かれてきた。その源氏が、昼の間の別れも待ち遠しいほど女にのめりこむ。自分でも理由のわからないこの強い執着が、後の悲劇へとつながっていく。
語釈・文法注
- あない
- 案内(あない)。事情、様子。
- ながや
- 長屋。母屋とは別に建てた細長い建物。召使いなどが住む。
- しう
- 主(しゅう)。主人。
- 右近
- 夕顔に仕える女房。夕顔の乳母の娘で、のちに源氏に仕え、玉鬘の巻で重要な役割を果たす。
- かづらきの神
- 葛城の一言主神。役行者に命じられて岩橋を架けようとしたが、顔の醜さを恥じて夜しか働かなかったため、橋が完成しなかったという伝説がある。不出来な打橋をあてこすっている。
- かの哀れに忘れざりし人
- 帚木の巻の雨夜の品定めで、頭中将が語った「常夏の女」。
- 變化(へんげ)
- 神仏や動物などが姿を変えて現れたもの。
- 太夫
- 大夫(たいふ)。五位の者の呼び名。ここでは惟光。
文法
- 推定の助動詞「めり」(はべめる)
- 「侍るめる」の撥音便「はべんめる」の撥音無表記。「…ているようだ」。
- 反実仮想「まし」(その車を見まし)
- 「見たらよかったのに」。実現しなかったことへの残念な気持ち。
- 強意の「て」+意志の「む」(迎へてむ)
- 完了の助動詞「つ」の未然形+意志の「む」で、「きっと迎えてしまおう」という強い意志を表す。
解説
夕顔の宿の女房たちが頭中将の車を見て騒ぐ場面は、夕顔が頭中将の思い人であったことを、読者にそれとなく知らせる工夫である。源氏も同じことに思い当たり、帚木の巻の品定めで聞いた話がよみがえる。
身分を隠し、顔を隠して女のもとに通う源氏の姿は、古代の神婚説話を思わせる。正体の知れない男が夜ごと女のもとに通うという話の型は、『古事記』の三輪山伝説などにも見られる。
「いづれか狐ならむな」という源氏の言葉は、互いに相手の正体を知らない二人の関係を、軽やかに言い表している。狐が人をだます話は、平安時代にもよく知られていた。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、62–65頁(コマ33–34)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日