古典ライブラリー

源氏物語 第4帖 夕顔(1)

夕顔の花

登場人物:光源氏・惟光・大弐の乳母・夕顔

六条わたりの女のもとへ忍んで通っていた頃、源氏は病で尼になった乳母(惟光の母)を五条に見舞う。門の開くのを待つあいだ、隣の粗末な家の垣根に咲く白い花に目をとめ、随身に折らせると、家の童が香をたきしめた扇にのせて差し出す。乳母を見舞った後、扇を見ると、歌が書かれていた。

夏の夕暮れ、五条の小路の粗末な板垣に白い夕顔の花が咲き、牛車の簾越しに若い貴公子がそれを眺めている場面(AI生成)
夏の夕暮れ、五条の小路の粗末な板垣に白い夕顔の花が咲き、牛車の簾越しに若い貴公子がそれを眺めている場面
  1. 1六條ろくでう六條ろくでうろくじょうののの御おん御おんおんしのびありきしのびありきしのびありきののの頃ころ頃ころころ、、、うちうちうちよりよりよりまかでまかでまかで給たま給たまたまふふうやどりやどりやどりににに、、、大貳だいに大貳だいにだいにのののいたくいたくいたく煩わづら煩わづらわずらひひいててて尼あま尼あまあまににになりなりなりにににけるけるけるとぶらはとぶらはとぶらわむむんとととててて、、、五條ごでう五條ごでうごじょうなるなるなる家いへ家いへいえ尋たづ尋たづたずねねねててておはしおはしおわしたりたりたり。。。
  2. 2御車みくるま御車みくるまみくるま入い入いいるるるべきべきべき門かど門かどかどはははさしさしさしたりたりたりけれけれければばば、、、人ひと人ひとひとしししててて召め召めめさささせせせててて待ま待ままたたたせせせ給たま給たまたまひひいけるけるけるほどほどほど、、、むつかしげむつかしげむつかしげなるなるなる大路おほぢ大路おほぢおおじのののさまさまさまををを見み見みみ渡わた渡わたわたししし給たま給たまたまへへえるるるににに、、、
  3. 3このこのこの家いへ家いへいえののの傍かたはら傍かたはらかたわらにににととといふいふいうものものもの新あたら新あたらあたらしうしうしゅうしししててて、、、かみかみかみははは四五間しごけん四五間しごけんしごけんばかりばかりばかりあげあげあげ渡わた渡わたわたしししてててすだれすだれすだれなどなどなどもももいといといと白しろ白しろしろううう凉すず凉すずすずしげしげしげなるなるなるににに、、、をかしきをかしきおかしき額ひたひ額ひたひひたいつきつきつきのののすきかげすきかげすきかげあまたあまたあまた見み見みみえええてててのぞくのぞくのぞく。。。
  4. 4立た立たたちちちさまよふさまよふさまようらむらむらんしもつかたしもつかたしもつかた思おも思おもおもひひいやるやるやるににに、、、あながちあながちあながちにににたけたけたけ高たか高たかたかききき心地ここち心地ここちここちぞぞぞするするする。。。いかなるいかなるいかなる者もの者ものものののの集つど集つどつどへへえるるるならならならむむんととと、、、やうやうようかはりかはりかわりててておぼさるおぼさるおぼさる。。。
  5. 5御車みくるま御車みくるまみくるまもももいたういたういとうやつしやつしやつし給たま給たまたまへへえりりり。。。もももおはせおはせおわせ給たま給たまたまははわずずず。。。誰た誰たたれれれとととかかか知し知ししらららむむん」」」とととうちうちうち解と解ととけけけ給たま給たまたまひひいててて少すこ少すこすこしししさしさしさし覗のぞ覗のぞのぞききき給たま給たまたまへへえれれればばば、、、
  6. 6門かど門かどかどははは蔀しとみ蔀しとみしとみのののやうやうようなるなるなるををを押お押おおしししあげあげあげたるたるたる見み見みみいれいれいれののの程ほど程ほどほどなくなくなく物もの物ものものはかなきはかなきはかなき住す住すすまひまひまいををを、、、哀あはれ哀あはれあわれにににいづこいづこいずこかかかさしさしさしてててとととおもほしおもほしおもおしなせなせなせばばば、、、玉たま玉たまたまのののももも同おな同おなおなじじじことことことなりなりなり。。。
  7. 7だつだつだつものものものにににいといといと靑あを靑あをあおやかやかやかなるなるなるかづらかづらかずらののの心地ここち心地ここちここちよげよげよげにににはひはひはいかゝれかゝれかかれるるるににに白しろ白しろしろききき花はな花はなはなぞぞぞおのれおのれおのれひとりひとりひとりゑみゑみえみののの眉まゆ眉まゆまゆひらけひらけひらけたるたるたる。。。
  8. 8「「「をちかたをちかたおちかたににに物もの物ものものまうすまうすもうす」」」とととひとりごちひとりごちひとりごち給たま給たまたまふふうををを、、、ついついつい居ゐ居ゐいててて「「「かのかのかの白しろ白しろしろくくくさけさけさけるるるをををなむなむなん夕顏ゆふがほ夕顏ゆふがほゆうがおととと申まう申まうもうししし侍はべ侍はべはべるるる。。。花はな花はなはなののの名な名ななははは人ひと人ひとひとめきめきめきててて、、、かうかうこうあやしきあやしきあやしき垣根かきね垣根かきねかきねににになむなむなん咲さ咲ささききき侍はべ侍はべはべりりりけるけるける」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。
  9. 9げにげにげにいといといと小家こいへ小家こいへこいえがちがちがちにににむつかしげむつかしげむつかしげなるなるなるわたりわたりわたりのののこのもこのもこのもかのもかのもかのも怪あや怪あやあやしうしうしゅう打う打ううちちちよろぼひよろぼひよろぼいてててぬぬぬ軒のき軒のきのきのののつまつまつまなどなどなどにににはひはひはいまつはれまつはれまつわれるるるををを、、、
  10. 10「「「口くち口くちくちをしをしおしののの花はな花はなはなのののちぎりちぎりちぎりややや、、、一ひと一ひとひと房ふさ房ふさふさ折をり折をりおりりりりててて參まゐ參まゐまいれれれ」」」とととののの給のたま給のたまのたまへへえばばば、、、このこのこの押お押おおしししあけあけあけたるたるたる門かど門かどかどににに入い入いいりりりててて折をり折をりおりるるる。。。
  11. 11さすがにさすがにさすがにざれざれざれたるたるたる遣戶口やりどぐち遣戶口やりどぐちやりどぐちににに黃き黃ききなるなるなるすゞしすゞしすずしののの單袴ひとへばかま單袴ひとへばかまひとえばかま長なが長ながながくくく着き着ききなしなしなしたるたるたる童わらは童わらはわらわのののをかしげをかしげおかしげなるなるなる出い出いいででで來き來ききてててうちうちうちまねくまねくまねく。。。
  12. 12白しろ白しろしろききき扇あふぎ扇あふぎおうぎのののいたういたういとうたるたるたるををを、、、「「「これこれこれににに置お置おおきききててて參まゐ參まゐまいらせよらせよらせよ。。。枝えだ枝えだえだもももなさけなげなさけなげなさけなげなななめるめるめるはなはなはなををを」」」とととててて取と取ととらせらせらせたれたれたればばば門かど門かどかどあけあけあけててて惟光これみつ惟光これみつこれみつののの朝臣あそん朝臣あそんあそんののの出い出いいででで來き來ききたるたるたるしししててて奉たてまつ奉たてまつたてまつらすらすらす。。。
  13. 13「「「かぎかぎかぎををを置お置おおきききまどはしまどはしまどわし侍はべ侍はべはべりりりててていといといとなるなるなるわざわざわざなりなりなりややや。。。物もの物ものもののののあやめあやめあやめ見み見みみ給たま給たまたまへへえ分わ分わわくくくべきべきべき人ひと人ひとひとももも侍はべ侍はべはべらららぬぬぬわたりわたりわたりなれなれなれどどど、、、大路おほぢ大路おほぢおおじににに立た立たたちちちおはしましおはしましおわしましててて」」」とととかしこまりかしこまりかしこまり申まう申まうもうすすす。。。
  14. 14引ひ引ひひききき入い入いいれれれててておりおりおり給たま給たまたまふふう。。。惟光これみつ惟光これみつこれみつががが兄せうと兄せうとしょうとののの、、、婿むこ婿むこむこののの參河みかは參河みかはみかわののの守かみ守かみかみ、、、むすめむすめむすめなどなどなど渡わた渡わたわたりりり集つど集つどつどひひいたるたるたる程ほど程ほどほどにてにてにてかくかくかくおはしましおはしましおわしましたるたるたる喜よろこび喜よろこびよろこびをををまたなきまたなきまたなき事こと事ことことにににかしこまるかしこまるかしこまる。。。
  15. 15尼君あまぎみ尼君あまぎみあまぎみももも起お起おおききき上あが上あがあがりりりててて「「「惜を惜をおしげしげしげなきなきなき身み身みみなれなれなれどどど捨す捨すすててて難かた難かたかたくくく思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえるるることことことははは唯ただ唯ただただかくかくかくおまへおまへおまえににに侍さぶら侍さぶらさぶらひひい御覽ごらん御覽ごらんごらんぜぜぜらるゝらるゝらるる事こと事ことことののの變かは變かはかわりりり侍はべ侍はべはべりりりなななむむんとととををを口惜くちを口惜くちをくちおしうしうしゅう思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえたゆたひたゆたひたゆたいしかしかしかどどど
  16. 16忌い忌いいむむむ事こと事ことことのののににによみがへりよみがへりよみがえりてててなむなむなん、、、かくかくかく渡わた渡わたわたりりりおはしますおはしますおわしますををを見み見みみ給たま給たまたまへへえ侍はべ侍はべはべりりりぬれぬれぬればばば今いま今いまいまなむなむなん阿彌陀あみだ阿彌陀あみだあみだほとけほとけほとけののの御み御みみ光ひかり光ひかりひかりももも心こころ心こころこころ淸きよ淸きよきよくくく待ま待ままたたたれれれ侍はべ侍はべはべるるるべきべきべき」」」などなどなど聞きこ聞きこきこえええててて弱よわ弱よわよわげげげににに泣な泣ななくくく。。。
  17. 17「「「日頃ひごろ日頃ひごろひごろをこたりをこたりおこたり難かた難かたかたくくく物もの物ものものせせせらるゝらるゝらるるををを安やす安やすやすからからからずずず歎なげ歎なげなげききき渡わた渡わたわたりりりつるつるつるににに、、、かくかくかく世よ世よよををを離はな離はなはなるゝるゝるるさまさまさまににに物もの物ものものししし給たま給たまたまへへえばばばいといといと哀あはれ哀あはれあわれににに口惜くちを口惜くちをくちおしうしうしゅうなむなむなん。。。命いのち命いのちいのち長なが長ながながくくくててて猶なほ猶なほなお位くらゐ位くらゐくらい高たか高たかたかくくくなどもなどもなども見み見みみなしなしなし給たま給たまたまへへえ。。。
  18. 18さてさてさてこそこそこそこゝこゝここののの品しな品しなしなのののにもにもにもさはりさはりさわりなくなくなく生うま生うまうまれれれ給たま給たまたまははわめめめ。。。このこのこの世よ世よよににに少すこ少すこすこししし恨うら恨うらうら殘のこり殘のこりのこりるるるははは、、、わろきわろきわろきわざわざわざとととなむなむなん聞き聞ききくくく」」」などなどなど淚なみだ淚なみだなみだぐみぐみぐみてててののの給のたま給のたまのたまふふう。。。
  19. 19なるなるなるをををだにだにだにめのとめのとめのとなどなどなどやうやうようののの思おも思おもおもふふうべきべきべき人ひと人ひとひとははは淺あさ淺あさあさましうましうましゅうまほまほまほににに見み見みみなすなすなすものものものをををましてましてましていといといと面おも面おもおもだゝしうだゝしうだたしゅうなづさひなづさひなずさい仕つか仕つかつこうううまつりまつりまつりけむけむけん身み身みみももも痛いた痛いたいたはしうはしうわしゅう辱かたじけな辱かたじけなかたじけなくくくおもほゆおもほゆおもおゆべかべかべかめれめれめればばば、、、すゞろすゞろすずろににに淚なみだ淚なみだなみだがちがちがちなりなりなり。。。
  20. 20子こ子ここどもどもどもはははいといといと見み見みみ苦ぐる苦ぐるぐるしししととと思おも思おもおもひひいてててそむきそむきそむきぬるぬるぬる世よ世よよののの去さ去ささりりり難かた難かたかたきききやうやうようににに、、、みづからみづからみずからひそみひそみひそみ御覽ごらん御覽ごらんごらんぜぜぜられられられ給たま給たまたまふふうととと、、、めくはすめくはすめくわす。。。
  21. 21君きみ君きみきみはははいといといと哀あはれ哀あはれあわれととと覺おぼ覺おぼおぼしししててて「「「いはけなかりいはけなかりいわけなかりけるけるける程ほど程ほどほどににに思おも思おもおもふふうべきべきべき人々ひとびと人々ひとびとひとびとのののうちうちうち捨す捨すすてゝてゝてて物もの物ものものししし給たま給たまたまひひいにににけるけるける名殘なごり名殘なごりなごり、、、はぐゝむはぐゝむはぐくむ人ひと人ひとひとあまたあまたあまたあるあるあるやうやうようなりなりなりしかしかしかどどど親おや親おやおやしくしくしく思おも思おもおもひひいむつぶるむつぶるむつぶるすぢすぢすじははは又また又またまたなくなくなくなむなむなんおもほえおもほえおもおえししし。。。
  22. 22人ひと人ひとひととととなりなりなりててて後のち後のちのちははは限かぎり限かぎりかぎりあれあれあればばば朝夕あさゆふ朝夕あさゆふあさゆうにににしもしもしもえええ見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららずずず。。。心こころ心こころこころのののまゝまゝままにににとぶらひとぶらひとぶらい參ま參まもうううづるづるずることことことはははなけれなけれなけれどどど、、、猶なほ猶なほなお久ひさ久ひさひさしうしうしゅう對たい對たいたいめんめんめんせせせぬぬぬ時とき時ときときははは心細こころぼそ心細こころぼそこころぼそくくく覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆるををを、、、さらぬさらぬさらぬはははなくなくなくもがなもがなもがなとととなむなむなん」」」
  23. 23などなどなど細こま細こまこまやかやかやかににに語かた語かたかたらひらひらい給たま給たまたまひひいててて押お押おおしししのごひのごひのごい給たま給たまたまへへえるるる御袖おほんそで御袖おほんそでおおんそでののの匂にほひ匂にほひにおいもももいといといと所ところ所ところところせきせきせきまでまでまで薰かを薰かをかおりりり滿み滿みみちちちたるたるたるににに、、、げにげにげに世よ世よよににに思おも思おもおもへへえばばばおしなべおしなべおしなべたらたらたらぬぬぬ人ひと人ひとひとののの御おん御おんおんすくせすくせすくせぞぞぞかしかしかしととと、、、尼君あまぎみ尼君あまぎみあまぎみをををもどかしもどかしもどかしととと見み見みみつるつるつる子こ子ここどもどもどもゝゝも皆みな皆みなみなうちうちうち鹽しほ鹽しほしおたれたれたれけりけりけり。。。
  24. 24などなどなど又々またまた又々またまたまたまた始はじめ始はじめはじめむむむべきべきべきことことことなどなどなどおきておきておきてののの給のたま給のたまのたまはせはせわせててて、、、出い出いいででで給たま給たまたまふふうとととててて惟光これみつ惟光これみつこれみつににに召め召めめしししててて、、、ありありありつるつるつる扇あふぎ扇あふぎおうぎ御覽ごらん御覽ごらんごらんずれずれずればばば、、、もてもてもてならしならしならしたるたるたるいといといとしみしみしみ深ふか深ふかふこうううなつかしうなつかしうなつかしゅうててて、、、をかしうをかしうおかしゅうすさびすさびすさび書か書かかきききたりたりたり。。。
  25. 25「「「心こころ心こころこころあてあてあてにににそれそれそれかかかとととぞぞぞ見み見みみるるるしらしらしら露つゆ露つゆつゆのののひかりひかりひかりそへそへそえたるたるたる夕ゆふ夕ゆふゆうがほがほがおののの花はな花はなはな」」」。。。和歌
  26. 26そこはかとなくそこはかとなくそこはかとなく書か書かかきききまぎらはしまぎらはしまぎらわしたるたるたるもももあてはかあてはかあてはかににに故ゆゑ故ゆゑゆえづきづきずきたれたれたればばばいといといと思おも思おもおもののの外ほか外ほかほかにににをかしうをかしうおかしゅう覺おぼ覺おぼおぼえええ給たま給たまたまふふう。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

源氏が六条あたりの女性のもとへ忍んでお通いになっていた頃、宮中から退出なさる途中の立ち寄り先として、大弐の乳母がひどく患って尼になっていたのを見舞おうと、五条にある家を訪ねていらっしゃった。御車を入れるはずの門は閉ざしてあったので、人をやって惟光を呼ばせ、お待ちになっているあいだ、むさくるしい大路の様子を見渡していらっしゃると、この家の隣に、檜垣というものを新しく作って、上の方は半蔀を四、五間ほど上げわたして、簾などもたいそう白く涼しげなところに、美しい額つきの女たちの透き影がたくさん見えて、こちらをのぞいている。

立ち動いているらしい下半身を想像すると、むやみに背が高いような気がする。どういう者たちが集まっているのだろうと、風変わりにお思いになる。御車もたいそう目立たないようにしていらっしゃる。先払いもおさせにならない。「私が誰だか、わかるまい」と気を許して、少し車から顔を出してのぞいてごらんになると、門は蔀のようなものを押し上げてあって、奥行きもなく、いかにも頼りない住まいを、しみじみと、どこを終の住みかと決められようかとお思いになってみると、玉の御殿も同じことである。

切懸のような板塀に、たいそう青々とした蔓草が気持ちよさそうにはいかかっていて、そこに白い花が、自分だけ楽しそうに笑みの眉を開いている。源氏が「遠くにいる人にお尋ねします」と独り言をおっしゃると、御随身がひざまずいて、「あの白く咲いている花を、夕顔と申します。花の名は人並みのようで、こんな粗末な垣根に咲くのでございます」と申し上げる。なるほど、たいそう小さな家ばかりのむさくるしいあたりの、あちらこちらの、見苦しく傾いて、しっかりしていない軒の端などにはいまつわっているのを、

「気の毒な花の運命だな。一房折ってまいれ」とおっしゃると、随身はこの押し上げてある門に入って花を折る。すると、さすがに風情のある引き戸口に、黄色い生絹の単袴を長く着た、かわいらしい女の童が出てきて手招きする。そして、香をよくたきしめた白い扇を差し出して、「これにのせて差し上げなさい。枝も風情のない花ですから」と言って渡したので、随身は、ちょうど門を開けて出てきた惟光の朝臣に託して、源氏に差し上げさせる。

惟光は「鍵を置き忘れまして、たいそう不都合なことでございました。物の分別をわきまえる者もおりませんあたりですが、むさくるしい大路にお立ちになっていらっしゃって」と恐縮して申し上げる。御車を引き入れて、源氏はお降りになる。惟光の兄の阿闍梨、婿の三河守、娘などが集まっていたところで、源氏がこうしておいでになったのを、またとない喜びと恐縮する。

尼君も起き上がって、「惜しくもない身ですが、捨てがたく思っておりましたことは、ただこうしてお前にお仕えし、お目にかかることができなくなることを残念に思って、ためらっておりましたが、受戒のおかげで生き返りまして、こうしておいでくださったのを拝見いたしましたので、今はもう、阿弥陀仏の御光も、心清らかにお待ちできましょう」などと申し上げて、弱々しく泣く。

源氏は「日頃、なかなかよくならずにいらっしゃるのを心配して嘆いていたのに、こうして出家の姿になっておしまいになったのは、まことに悲しく残念です。長生きをして、私がもっと位が高くなるのも見届けてください。そうしてこそ、極楽の九品の上の位にも、さわりなく生まれ変われましょう。この世に少しでも恨みが残るのはよくないことと聞いています」などと、涙ぐんでおっしゃる。

欠点のある子でさえ、乳母のように大切に思うはずの人は、あきれるほど完全なものと見るものなのに、まして、たいそう誇らしく、親しくお世話申し上げてきた身も、もったいなく、おそれ多く思われるのだろう、乳母はわけもなく涙がちである。子どもたちは、たいそう見苦しいと思って、捨てたはずの世の中に未練があるように、自分からべそをかいてお目にかけていらっしゃると、互いにつつき合って目くばせする。

源氏はたいそういたわしいとお思いになって、「幼かった頃に、かわいがってくれるはずの人々(母や祖母)が私を残して亡くなってしまった後は、育ててくれる人は大勢いたようだけれど、親しく思ってなついたのは、ほかにはいないと思われた。大人になってからは、決まりがあるので、朝夕にお会いすることもできない。思うままにお見舞いにうかがうことはないけれど、やはり長くお会いしないときは心細く思われるので、死別というものはなくあってほしいと思うのです」などと、細やかにお話しになって、涙をぬぐっていらっしゃる袖の香りも、あたりにあふれるほど満ちているので、なるほど、この世で考えてみれば、並々でない方の宿縁なのだと、尼君をもどかしいと思って見ていた子どもたちも、皆涙にくれたのだった。

修法などをまた改めて始めるよう指図なさって、お帰りになろうとして、惟光に紙燭を持ってこさせて、さっきの扇をご覧になると、使い慣らした持ち主の移り香がたいそう深くしみていて慕わしく、美しく書き流してある。

「当て推量に、あの方かとお見受けします。白露の光を添えて輝いている、夕顔の花のようなお顔を」。

なんとなく筆跡をぼかして書いてあるのも、上品で由緒ありげなので、源氏は思いのほかに興味深くお思いになる。

意訳

夕顔の巻は、源氏が身分を隠して五条の小路を通る場面から始まる。六条わたりの高貴な女性(のちの六条御息所)のもとへ通う途中、源氏は隣家の垣根に咲く白い夕顔の花に目をとめる。品定めで語られた、思いがけない場所で美しい人に出会う、という話が、ここで現実のものとなる。

扇にのせて差し出された花と歌は、女の方から源氏に詠みかけたものだった。光る源氏の顔を夕顔の花にたとえるこの歌は、出会いの始まりであると同時に、「夕顔」という名の儚さを予感させる。大弐の乳母を見舞う場面では、源氏が幼くして母を失った孤独と、乳母への深い情愛が描かれている。

語釈・文法注

六條わたり
六条あたりに住む高貴な女性。のちの六条御息所。源氏が忍んで通っていた。
中やどり
途中で立ち寄って休む所。
大貳のめのと
大弐の乳母。源氏の乳母で、惟光の母。夫が大宰大弐だったことからの呼び名。
惟光
源氏の乳母子(乳母の子)で、源氏の忠実な従者。
檜垣
檜の薄板を網代のように編んで作った垣根。
半蔀(はじとみ)
上半分を外へ跳ね上げて開ける戸。下半分は固定してある。
さき
先払い。貴人の外出のとき、前に立って人を追い払うこと。源氏は目立たないよう、先払いをさせていない。
玉のうてな
玉で飾った立派な御殿。「世の中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞ宿と定むる」(『古今和歌集』)をふまえ、どこに住んでも仮の宿にすぎない、と思う。
きりかけ
切懸(きりかけ)。板を横に重ねて打ちつけた、目隠しの板塀。
をちかた人に物まうす
『古今和歌集』の旋頭歌「うちわたす遠方人にもの申すわれそのそこに白く咲けるは何の花ぞも」の一節。白い花の名を尋ねる独り言。
みずゐじん
御随身(みずいじん)。貴人の護衛として朝廷からつけられる近衛府の舎人。
むねむねし
しっかりしている、頼もしい。
こがす
香をたきしめる。
ふびん
不便(ふびん)。都合が悪いこと、気の毒なこと。
らうがはし
乱雑だ、騒がしい。
あざり
阿闍梨(あじゃり)。高徳の僧。惟光の兄。
忌む事のしるし
受戒(仏の戒を受けること)のおかげ。乳母は尼になることで病が少しよくなった。
こゝの品のかみ
九品(くほん)の上。極楽往生には九つの段階があり、その最上の位。
かたほ
不完全なこと、欠点のあること。
つきじろふ
互いにつつき合って合図する。
さらぬ別
避けられない別れ、死別。『伊勢物語』の「世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もといのる人の子のため」をふまえる。
ずほふ
修法(ずほう)。密教で、加持祈祷をすること。
しそく
紙燭(しそく)。松の木の先を焦がして油を塗った、手に持つ明かり。
うつりが
移り香。持ち主の衣や手の香りが、物に移り残ったもの。

文法

係り結び(ぞ…ひらけたる)(白き花ぞ…ひらけたる)
係助詞「ぞ」を受けて、存続の助動詞「たり」が連体形「たる」で結ばれている。
係り結び(なむ…ける)(垣根になむ咲き侍りける)
係助詞「なむ」を受けて、過去の助動詞「けり」が連体形「ける」で結ばれている。
願望の終助詞「もがな」(なくもがな)
「なくてほしい」。死別というものがなければよいのに、の意。

和歌

心あてにそれかとぞ見るしら露のひかりそへたる夕がほの花

詠者
夕顔
状況
源氏が随身に花を折らせたとき、夕顔の家から扇にのせて差し出された歌。当て推量ながら、あの方(源氏)かとお見受けします、白露の光を添えて美しく輝く夕顔の花のようなお顔を。

修辞

見立て
「白露のひかりそへたる夕がほの花」に、光り輝く源氏の顔を重ねる。夕顔の花そのものと、夕方に見た顔の両方の意味をもつ。
心あて
当て推量。相手が誰かを推し量りながら、女の方から歌を詠みかけるという、大胆なふるまいでもある。

解説

夕顔の巻は、源氏物語の中でも、とくに印象深い恋の物語として知られる。身分の高い六条わたりの女性と、五条の小路に住む素性の知れない女性。源氏の二つの恋が対照的に描かれ、やがて悲劇的な結末を迎える。

「心あてに」の歌は、女の方から男に詠みかけたものとして注目されてきた。光り輝く源氏を、白露の光を添えた夕顔の花にたとえる。この歌を詠んだのが、頭中将の語った「常夏の女」であることは、巻の後半で明かされる。

大弐の乳母の見舞いの場面では、母を早く亡くした源氏にとって、乳母がいかに大切な存在であったかが語られる。乳母の子である惟光は、この後、源氏の秘密の恋の手引きをする重要な役割を担う。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、55–57頁(コマ29–30)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日