源氏物語 第3帖 空蝉(3)
薄衣を残して
碁が終わり、人々が寝静まると、小君は源氏を母屋に導き入れる。物思いに眠れずにいた空蟬は、衣ずれの音と香の匂いで源氏が近づくのに気づき、生絹の単衣だけをまとって、そっと寝所を抜け出す。源氏はひとり寝ている女を空蟬と思って近づく。

- 1小君小君こぎみ出出いででで來來きるるる心地心地ここちすれすれすればばばやをらやをらやおら出出いででで給給たまひひいぬぬぬ。。。渡殿渡殿わたどのののの戶口戶口とぐちににに寄寄よりりり居居い給給たまへへえりりり。。。
- 2いといといと辱辱かたじけなととと思思おもひひいててて「「「例例れいならならならぬぬぬ人人ひと侍侍はべりりりてててえええ近近ちこうううももも寄寄よりりり侍侍はべらららずずず」」」、、、
- 3「「「さてさてさて今宵今宵こよいもももやややかへしかへしかへしてててむむんとととするするする。。。いといといとあさましうあさましうあさましゅうからうからうかろうこそこそこそあべけれあべけれあべけれ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば「「「などなどなどてててかかか、、、あなたあなたあなたににに歸歸かえりりり侍侍はべりりりなななばばばたばかりたばかりたばかり侍侍はべりりりなむなむなん」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。
- 4さささももも靡靡なびかしかしかしつつつべきべきべき氣色氣色けしきにににこそこそこそあらあらあらめめめ、、、童童わらわなれなれなれどどどものものものののの心心こころばへばへばえ人人ひとののの氣色氣色けしき見見みつつつべくべくべく靜靜しずまれまれまれるるるをををとととおぼすおぼすおぼすなりなりなりけりけりけり。。。
- 5碁碁ご打打うちちちはてはてはてつるつるつるにににやややあらあらあらむむん、、、うちそよめきうちそよめきうちそよめきひとびとひとびとひとびとけはひけはひけわいなどなどなどすすすなりなりなり。。。
- 6「「「我我わががが君君きみはははいづくいづくいずくにににおはしますおはしますおわしますならならならむむん、、、このこのこのみみみ格子格子こうしはははさしさしさしてててむむん」」」とととててて鳴鳴ならすらすらすなりなりなり。。。
- 7「「「靜靜しずまりまりまりぬぬぬなりなりなり。。。入入いりりりてててさらばさらばさらばたばかれたばかれたばかれ」」」とととののの給給のたまふふう。。。
- 8このこのこの子子こもももうとうとうとののの御心御心みこころはははたわむたわむたわむ所所ところなくなくなくまめだちまめだちまめだちたれたれたればばば言言いひひい合合あわせせせむむんかたかたかたなくなくなくててて人人ひとずくなずくなずくなならならならむむん折折おりににに入入いれれれ奉奉たてまつらららむむんととと思思おもふふうなりなりなりけりけりけり。。。
- 9「「「紀紀きののの守守かみののの妹妹いもうとうとうともももこなたこなたこなたにににあるあるあるかかか。。。我我わにににかいまみかいまみかいまみせせせさせよさせよさせよ」」」とととののの給給のたまへへえばばば「「「いかでいかでいかでかかかさささははは侍侍はべらららむむん。。。格子格子こうしにはにはには几張几張きちょうそへそへそえててて侍侍はべりりり」」」ととときこゆきこゆきこゆ。。。
- 10さかしさかしさかしされどされどされどもももとととをかしくをかしくおかしくおぼせおぼせおぼせどどど、、、見見みつつつとととははは知知しらせらせらせじじじいとほしいとほしいとおしとととおぼしおぼしおぼしててて、、、夜夜よ更更ふくるくるくることことことののの心心こころもとなさもとなさもとなさをををのたまふのたまふのたまう。。。
- 11このこのこの度度たびははは妻戶妻戶つまどををを叩叩たたきききててて入入いるるる。。。皆皆みな人々人々ひとびとしづまりしづまりしずまり寢寢ねにににけりけりけり。。。
- 12「「「このこのこのさうさうそう口口ぐちにににまろまろまろははは寢寢ねたらたらたらむむん。。。風風かぜ吹吹ふきききとほせとほせとおせ」」」とととてててたゝみたゝみたたみひろげひろげひろげててて臥臥ふすすす。。。
- 13御達御達ごたちひんがしひんがしひんがしののの廂廂ひさしにににいといといとあまたあまたあまたねねねたるたるたるべしべしべし。。。戶戶と放放はなちちちつるつるつる童童わらわもももそなたそなたそなたににに入入いりりりててて臥臥ふしししぬれぬれぬればばば、、、
- 14とばかりとばかりとばかりそらねそらねそらねしししててて火火ひあかきあかきあかき方方かたににに屏風屏風びょうぶをををひろげひろげひろげててて影影かげほのかほのかほのかなるなるなるにににやをらやをらやおら入入いれれれ奉奉たてまつるるる。。。
- 15いかにいかにいかにぞぞぞをこがましきをこがましきおこがましきことことこともももこそこそこそとととおぼすおぼすおぼすにににいといといとつゝましけれつゝましけれつつましけれどどど、、、導導みちびくくくまゝまゝままにににもやもやもやののの几帳几帳きちょうのののかたびらかたびらかたびら引引ひききき上上あげげげててていといといとやをらやをらやおら入入いりりりたまふたまふたまうとととすれすれすれどどど、、、
- 16皆皆みな靜靜しずまれまれまれるるるよよよののの御御みぞぞぞのののけはひけはひけわいやはらかやはらかやわらかなるなるなるしもしもしもいといといとしるかりしるかりしるかりけりけりけり。。。
- 17女女おんなはははさこそさこそさこそ忘忘わすれれれ給給たまふふうををを嬉嬉うれしきしきしきににに思思おもひひいなせなせなせどどど、、、怪怪あやしくしくしく夢夢ゆめのののやうやうようなるなるなる事事ことををを心心こころににに離離はなるゝるゝるる折折おりなきなきなきころころころにてにてにて心心こころ解解とけけけたるたるたるだにだにだに寢寢ねられられられずずずなむなむなん、、、
- 18晝晝ひるはははながめながめながめ夜夜よはははねざめがちねざめがちねざめがちなれなれなればばば春春はるならならならぬぬぬこのこのこのもももいといといとなくなくなくなげかしきなげかしきなげかしきににに、、、碁碁ご打打うちちちつるつるつる君君きみ今宵今宵こよいはははこなたこなたこなたにににととといまめかしくいまめかしくいまめかしくうちうちうち語語かたらひらひらいててて寢寢ねにににけりけりけり。。。
- 19若若わかききき人人ひとははは何何なに心心こころなくなくなくいといといとよくよくよくまどろみまどろみまどろみたるたるたるべしべしべし。。。
- 20かゝるかゝるかかるけはひけはひけわいのののいといといとかうばしくかうばしくこうばしくうちうちうち匂匂におふふうににに顏顏かおをををもたげもたげもたげたるたるたるににに、、、ひとへひとへひとえうちかけうちかけうちかけたるたるたる几帳几帳きちょうのののすきますきますきまににに暗暗くらけれけれけれどどどうちみじろきうちみじろきうちみじろきよるよるよるけはひけはひけわいいといといとしるししるししるし。。。
- 21あさましくあさましくあさましく覺覺おぼえええてててともかくもともかくもともかくも思思おもひひいわかわかわかれれれずずずやをらやをらやおら起起おききき出出いでゝでゝでてなるなるなる單衣單衣ひとえぎぬををを着着きてててすべりすべりすべり出出いでででにににけりけりけり。。。
- 22君君きみははは入入いりりり給給たまひひいててて、、、唯唯ただ一人一人ひとり臥臥ふしししたるたるたるををを心安心安こころやすくくくおぼすおぼすおぼす。。。ゆかゆかゆかのののしもしもしもににに二人二人ふたりばかりばかりばかりぞぞぞ臥臥ふしししたるたるたる。。。
- 23きぬきぬきぬををを押押おししし遣遣やりりりててて寄寄よりりり給給たまへへえるるるににに、、、ありありありしししけはひけはひけわいよりよりよりはははものものしくものものしくものものしく覺覺おぼゆれゆれゆれどどどおもほしおもほしおもおしもももよらよらよらずずずかしかしかし。。。
現代語訳
小君が出てくる気配がしたので、源氏はそっと出ていらっしゃった。渡殿の戸口に寄りかかっていらっしゃる。小君はたいそう恐れ多いと思って、「いつもと違う客がおりまして、姉のそばへも近寄れません」と言う。源氏が「それでは、今夜も私を帰そうというのか。それはあまりにもひどい、つらいことだろう」とおっしゃると、「どうしてそんなことがございましょう。あちらの客が帰りましたら、うまく取り計らいましょう」と申し上げる。
きっとうまく姉をなびかせられそうな様子だ、子どもではあるが、物事の事情や人の気持ちを見分けられそうに落ち着いているから、と源氏はお思いになるのだった。
碁を打ち終えたのだろうか、衣ずれの音がして、女房たちが下がっていく気配などがするようだ。「若君はどちらにいらっしゃるのでしょう。この御格子は閉めてしまいましょう」と言って、格子を鳴らしている。源氏は「寝静まったようだ。入って、それではうまくやってくれ」とおっしゃる。小君も、姉君の心は少しもなびくところがなく、まじめ一方なので、相談しようもなくて、人の少ない折に源氏をお入れしようと思っているのだった。
源氏が「紀伊守の妹もこちらにいるのか。私にのぞき見させてくれ」とおっしゃると、小君は「どうしてそんなことができましょう。格子には几帳を添えてございます」と申し上げる。源氏は、そうだろうが、もう見てしまったのだよと、おかしくお思いになるが、見たとは知らせまい、かわいそうだとお思いになって、夜が更けるのが待ち遠しいことをおっしゃる。
今度は、小君は妻戸を叩いて入る。人々は皆、寝静まってしまった。小君は「この襖口に私は寝よう。風よ、吹き通っておくれ」と言って、畳を広げて横になる。女房たちは東の廂の間に大勢寝ているようだ。妻戸を開けた童女もそちらに入って寝てしまったので、小君はしばらく寝たふりをして、灯火の明るい方に屏風を広げて、影がほのかになったところに、そっと源氏をお入れ申し上げる。
源氏は、どうなることか、みっともないことになりはしないかとお思いになると、たいそう気がひけるけれども、小君の導くままに、母屋の几帳の帷子を引き上げて、たいそうそっとお入りになろうとするのだが、皆が寝静まった夜なので、お召し物の柔らかな衣ずれの音が、かえってはっきりと聞こえるのだった。
女(空蟬)は、源氏がああして自分のことを忘れてくださったのをうれしいことと思うようにしているが、不思議に、あの夢のような出来事が心から離れる時のない頃なので、ぐっすり眠ることもできず、昼は物思いにふけり、夜は寝覚めがちなので、春でもないのに「木の芽(この目)」も休まる暇もなく嘆かわしいのに、碁を打っていた娘は、「今夜はこちらで」と、今風に親しげに話して寝てしまった。若い人は何の屈託もなく、たいそうよく眠っているようだ。
このような気配がして、たいそう香ばしい匂いが漂ってくるので、空蟬が顔を上げると、単衣をかけてある几帳のすき間に、暗いけれども、人がにじり寄ってくる気配がはっきりわかる。驚きあきれて、どうしようとも考えがまとまらないまま、そっと起き出して、生絹の単衣を着て、すべるように出ていってしまった。
源氏はお入りになって、ただ一人寝ているのを安心にお思いになる。床の下の方に女房が二人ほど寝ている。源氏が上に掛けてある衣を押しやってお寄りになると、以前の気配よりは大柄な感じがするけれども、別人だとは思いもよらないのであった。
意訳
空蟬は、源氏を拒んだ後も「夢のやうなる事」を忘れられず、眠れない夜を過ごしていた。その眠れなさが、かえって源氏の接近に気づかせることになる。源氏の衣ずれの音と、衣にたきしめた香の匂いが、その存在を告げてしまうのである。
空蟬は、とっさに生絹の単衣一枚で寝所を抜け出す。小袿(薄衣)を脱ぎ残して逃げたことが、次の場面以降の物語の鍵になる。源氏の美しさを示すはずの香の匂いが、ここでは空蟬を逃がす手がかりとなっているところに、物語の巧みさがある。
語釈・文法注
- 辱し(かたじけなし)
- 恐れ多い、もったいない。
- あがる
- 貴人の前から退く、下がる。
- 妹うと
- 妹人(いもうと)。男性から見た姉妹。ここでは小君の姉、空蟬。
- さう子口
- 障子口(そうじぐち)。襖の出入り口。
- い
- 寝(い)。眠り。「いだに寝られず」で、眠ることさえできない。
- このめ
- 「木の芽」と「此の目」を掛ける。春でもないのに木の芽が張る(目が冴える)、の意。『古今和歌集』などの歌の言い回しによる。
- すゞし
- 生絹(すずし)。練っていない生糸で織った、薄く張りのある絹。夏の衣に用いた。
文法
- 懸念の「もこそ」(をこがましきこともこそ)
- 「…したら困る」。みっともないことになったら困る、という源氏の心配。後に「あれ」が省略されている。
- 推定・伝聞の「なり」(鳴らすなり・靜まりぬなり)
- 終止形接続の「なり」は、音や声から推定する意。格子を鳴らす音が聞こえ、寝静まった様子が音からわかる。
- 推量「べし」(まどろみたるべし)
- 語り手の推量。「よく眠っているようだ」。
解説
空蟬が薄衣を残して逃れる場面は、この巻の名の由来となる出来事である。蝉が抜け殻を残して飛び去るように、空蟬は小袿だけを残して源氏の前から姿を消した。
平安貴族は衣に香をたきしめ、その香りで人を見分けることができた。帚木の巻で中将の君が香りで源氏と気づいたように、ここでも源氏の香が、その存在を空蟬に知らせている。源氏の美しさの象徴である香りが、源氏の思いをくじく結果になっている。
「春ならぬこのめもいとなく」は、和歌の言葉をふまえた表現で、眠れない空蟬の心を美しく言いなしている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、50–51頁(コマ27)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日