大和物語 第28章(第172段〜第173段)
石山詣でと五条の荒れた家
石山詣での宇多法皇を、近江守の代わりに打出の浜で迎えた大友黒主の「さざら浪」の歌、雨宿りに入った五条の荒れた家で、蓬の宿に住む女と一夜を過ごした良岑宗貞の少将と、梅の花びらに書かれた「君がため」の若菜の歌、出家後に送った袈裟の歌まで、二つの段。通行本文の最後の段を含む。
- 1亭子亭子ていじののの帝帝みかど、、、ににに常常つねににに詣詣もうででで給給たまひけりひけりいけり。。。國國くにのつかさのつかさのつかさ、、、民民たみ疲疲つかれれれ國國くに亡亡ほろびぬべしとなむびぬべしとなむびぬべしとなむ侘侘わぶるとぶるとぶると聞聞きこしめしてしめしてしめして、、、「「「仰仰おおせてせてせて」」」とのたまへりければとのたまへりければとのたまえりければ、、、もてもてもて運運はこびてびてびて、、、御御おんまうけまうけもうけををを仕仕つこうまつりてまうでうまつりてまうでうまつりてもうで給給たまひけりひけりいけり。。。
- 2守守かみ、、、いかにいかにいかに聞聞きこしめしたるにかあらむとしめしたるにかあらむとしめしたるにかあらむと歎歎なげききき恐恐おそれてれてれて、、、又又またむげにさてむげにさてむげにさて過過すぐししし奉奉たてまつりてむやとてりてむやとてりてむやとて歸歸かえらせらせらせ給給たまふふう。。。濱濱はまににに、、、よのつねならずめでたきよのつねならずめでたきよのつねならずめでたきどもどもどもををを作作つくりてりてりて、、、菊菊きくののの花花はなのいとおもしろきのいとおもしろきのいとおもしろきををを植植うゑてゑてえて、、、御御おんまうけまうけもうけ仕仕つこうまつれりけりうまつれりけりうまつれりけり。。。
- 3國國くにののの守守もりはははおぢおそれておぢおそれておじおそれて、、、外外ほかにかくれにかくれにかくれ居居おりてりてりて、、、唯唯ただをををなむすゑなむすゑなむすえ置置おきたりけるきたりけるきたりける。。。おはしましおはしましおわしまし過過すぐるぐるぐるほどにほどにほどに、、、殿上人殿上人てんじょうびと「「「黑主黑主くろぬしははは、、、などてさてなどてさてなどてさてははは侍侍さぶらふぞふぞうぞ」」」ととと問問とひけりひけりいけり。。。
- 4院院いんももも御車御車みくるまおさへさせおさへさせおさえさせ給給たもうてうてうて、、、「「「何何なにしにこゝにしにこゝにしにここにはははあるぞあるぞあるぞ」」」ととと問問とはせはせわせ給給たもうければうければうければ、、、人々人々ひとびと問問とひけるにひけるにいけるに申申もうしけるしけるしける、、、
- 5「「「浪浪なみ間間まもなくもなくもなく岸岸きしををを洗洗あらふめりなぎさきよくばふめりなぎさきよくばうめりなぎさきよくば君君きみとまれとかとまれとかとまれとか」」」
- 6とよめりければとよめりければとよめりければ、、、これにめでこれにめでこれにめで給給たもうてなむとまりてうてなむとまりてうてなむとまりて人々人々ひとびとににに物物もの賜賜たまひてかへらせひてかへらせいてかえらせ給給たまひけるひけるいける。。。
- 7少將少將しょうしょう、、、物物ものへへへ行行ゆくくく道道みちににに、、、五條五條ごじょうわたりにてわたりにてわたりにて雨雨あめいたういたういとう降降ふりければりければりければ、、、荒荒あれたるれたるれたる門門もんににに立立たちちち隱隱かくれてれてれて見見みいるればいるればいるれば、、、五間五間ごけんばかりばかりばかりなるなるなるのののしもしもしも殊殊ことににに人人ひとなどなどなど見見みえずえずえず。。。
- 8步步あゆみみみ入入いりてりてりて見見みればればれば、、、梅梅ばいいとをかしういとをかしういとおかしゅう咲咲さきたりきたりきたり。。。鶯鶯うぐいすももも鳴鳴なくくく。。。人人ひとありともありともありとも見見みえぬみすのえぬみすのえぬみすのうちよりうちよりうちより、、、薄色薄色うすいろのきぬのきぬのきぬ、、、濃濃こききぬのききぬのききぬの上上うえにきてにきてにきて、、、たけだちいとよきたけだちいとよきたけだちいとよきほどなるほどなるほどなる人人ひとののの、、、髪髪かみたけばかりならむとたけばかりならむとたけばかりならむと見見みゆなるがゆなるがゆなるが、、、
- 9「「「蓬生蓬生よもぎおひてひてひて荒荒あれたるやどれたるやどれたるやどををを鶯鶯うぐいすののの待待またむたむたむ」」」
- 10とととひとりごつひとりごつひとりごつ。。。少將少將しょうしょう、、、
- 11「「「來來きたれともいひしなれねばたれともいひしなれねばたれともいいしなれねば鶯鶯うぐいすののの君君きみにつげよとにつげよとにつげよと敎敎おしへてぞなくへてぞなくえてぞなく」」」
- 12ととと聲聲こえをををかしうていへばかしうていへばかしゅうていえば、、、女女おんな驚驚おどろきてきてきて人人ひともなしともなしともなしと思思おもひつるにひつるにいつるに、、、物物ものしきさましきさましきさまををを見見みえぬるえぬるえぬる事事ことととと思思おもひてひていて、、、物物ものももも言言いはずなりぬはずなりぬわずなりぬ。。。男男おとこ椽椽えんにのぼりてにのぼりてにのぼりて居居いぬぬぬ。。。
- 13「「「などかなどかなどか物物もののたまはぬのたまはぬのたまわぬ。。。雨雨あめのわりなくのわりなくのわりなく侍侍はべりつればりつればりつれば、、、やむまでやむまでやむまではははかくてなむかくてなむかくてなむ」」」といへばといへばといえば、、、「「「大路大路おおじよりよりより漏漏もりまさりてりまさりてりまさりて、、、こゝこゝここはははなかなかなかなかなかなか」」」といらへけりといらへけりといらえけり。。。
- 14時時ときはははむつきむつきむつき十日十日とおかのののほどなりけりほどなりけりほどなりけり。。。すのすのすの內內うち出出いでたりでたりでたり。。。引引ひききき寄寄よせてせてせて居居いぬぬぬ。。。すだれもすだれもすだれもへりへりへりははははははほりにくはれてほりにくはれてほりにくわれて所々所々ところどころなしなしなし。。。內內うちのしつらひのしつらひのしつらい見見みいるればいるればいるれば、、、昔昔むかしおぼえておぼえておぼえて疊疊たたみなどよかりけれどなどよかりけれどなどよかりけれど、、、口惜口惜くちおしくなりにけりしくなりにけりしくなりにけり。。。
- 15日日ひもやうやうもやうやうもようよう暮暮くれぬればれぬればれぬれば、、、やややをををらすべりらすべりらすべり入入いりてりてりて、、、このこのこの人人ひとををを奧奧おくにもにもにも入入いれずれずれず。。。女女おんなくやしとくやしとくやしと思思おもへどへどえど、、、制制せいすべきすべきすべきやうもなくていふかひなしやうもなくていふかひなしようもなくていうかいなし。。。雨雨あめははは夜一夜夜一夜よひとよ降降ふりりり明明あかしてかしてかして、、、又又またのつとめてぞのつとめてぞのつとめてぞ少少すこししし空空そら晴晴はれたるれたるれたる。。。
- 16男男おとこははは女女おんなののの入入いらむとするらむとするらむとするををを、、、「「「唯唯ただかくてかくてかくて」」」とてとてとて入入いれずれずれず。。。日日ひももも高高たこうなればうなればうなれば、、、このこのこの女女おんなののの親親おや、、、少將少將しょうしょうにあるじすべきにあるじすべきにあるじすべき方方かたのなかりければのなかりければのなかりければ、、、小舍人小舍人こどねりわらはばかりとゞめたるにわらはばかりとゞめたるにわらわばかりとどめたるに、、、肴肴さかなにしてにしてにして酒酒さけををを飮飮のませてませてませて、、、少將少將しょうしょうにににははは、、、廣廣ひろききき庭庭にわにおひたるにおひたるにおいたる菜菜なををを摘摘つみてみてみて、、、蒸蒸むし物物ものといふといふという物物もの盛盛さかりてりてりて、、、箸箸はしにににははは梅梅うめののの花花はなののの盛盛もりあるあるあるををを折折おりてりてりて、、、そのそのそのはははなびらになびらになびらに、、、女女おんなののの手手てにてかくにてかくにてかく書書かけりけりけり、、、
- 17「「「君君きみがためがためがため衣衣ころものすそのすそのすそをををぬらしつゝぬらしつゝぬらしつつ春春はるののの野野ぬににに出出いでゝつめるでゝつめるでてつめる若菜若菜わかなぞぞぞ」」」。。。
- 18男男おとここれこれこれををを見見みるにいとるにいとるにいと哀哀あわれにおぼえてにおぼえてにおぼえて引引ひききき寄寄よせてくふせてくふせてくう。。。女女おんなわりなうわりなうわりのう耻耻はずかしとかしとかしと思思おもひてひていて臥臥ふしたりしたりしたり。。。少將少將しょうしょう起起おきてきてきて、、、小舍人小舍人こどねり童童わらわををを走走はしらせてらせてらせて、、、即即すなわちちち車車くるまにてにてにて、、、まめなるものさまざまにもてまめなるものさまざまにもてまめなるものさまざまにもて來來きたりたりたり。。。
- 19むかへにむかへにむかえに人人ひとのあればのあればのあれば、、、「「「今今いま又又またももも參參まいりりり來來こむむむ」」」とてとてとて出出いでぬでぬでぬ。。。それよりそれよりそれより後後のち、、、絕絕たえずえずえず自自みずからもきとぶらひけりらもきとぶらひけりらもきとぶらいけり。。。萬萬よろずののの物物ものくへどもくへどもくえども、、、猶猶なお五條五條ごじょうにてありしものにてありしものにてありしもの珍珍めずらしうめでたかりきとらしうめでたかりきとらしゅうめでたかりきと思思おもひひい出出いでけるでけるでける。。。
- 20年月年月としつきををを經經へててて仕仕つこうまつりしうまつりしうまつりし君君きみににに、、、少將少將しょうしょう後後おくれれれ奉奉たてまつりてりてりて、、、代代かわらむらむらむ世世よををを見見みじとじとじと思思おもひてひていて法師法師ほうしになりにけりになりにけりになりにけり。。。もとのもとのもとの人人ひとののの許許もとにににあらひにやるとてあらひにやるとてあらいにやるとて、、、
- 21「「「霜霜しも雪雪ゆきのののふるやがしたにふるやがしたにふるやがしたにひとりねのひとりねのひとりねの麻麻あさのけさなりのけさなりのけさなり」」」
- 22となむありけるとなむありけるとなむありける。。。
現代語訳
〔第172段〕亭子の帝(宇多法皇)は、石山寺にいつも参詣なさった。国司(近江守)が「民は疲れ、国は滅びてしまいそうだ」と嘆いているとお聞きになって、「ほかの国々の荘園などに命じて(用意させよ)」とおっしゃったので、ほかから運ばせて、御用意を整え申し上げて参詣なさった。近江守は、どうお聞きになったのだろうかと嘆き恐れて、またまったくそのままお過ごし申し上げてよいものかと思って、法皇がお帰りになる時に、打出の浜に、並々でなく立派な仮屋をいくつも作って、菊の花のたいそう美しいのを植えて、ご用意申し上げた。国守は恐れおののいて、よそに隠れていて、ただ黒主だけを置いておいた。法皇がお通り過ぎになる時に、殿上人が「黒主は、どうしてそこに控えているのか」と尋ねた。法皇も御車を止めさせなさって、「何のためにここにいるのか」とお尋ねになったので、人々が尋ねたのに対して申し上げた歌、
「さざ波が絶え間なく岸を洗っているようです。渚が清いなら、君よ、とどまってくださいというのでしょうか」
とよんだので、法皇はこの歌に感心なさって、そこにとどまって、人々に物をお与えになってお帰りになった。
〔第173段〕良岑宗貞の少将が、どこかへ出かける道で、五条のあたりで雨がひどく降ったので、荒れた家の門に立ち隠れて中をのぞくと、五間ほどの檜皮葺きの家の下手に、土蔵などがあるけれど、とくに人なども見えない。歩み入って見ると、階の間に梅がたいへん美しく咲いている。鶯も鳴いている。人がいるとも見えない御簾の内から、薄紫の衣を、濃い色の衣の上に着て、背丈がたいへんちょうどよい人で、髪が背丈ほどもあろうかと見える人が、
「蓬が生えて荒れた家なのに、鶯が「人来(ひとく)」と鳴くのは、誰が来ると待っているのでしょう」
とひとりごとを言う。少将が、
「来たよとも言い慣れていないので、鶯が、あなたに告げよと教えて鳴いているのです」
と声もおもしろく言うと、女は驚いて、人もいないと思っていたのに、見苦しい様子を見られてしまったと思って、何も言わなくなってしまった。男は縁に上がって座った。「どうして何もおっしゃらないのですか。雨がどうしようもなくひどかったので、やむまではこうして」と言うと、「大路よりも雨漏りがひどくて、ここはかえって」と答えた。時は正月十日ごろであった。簾の内から敷物をさし出した。引き寄せて座った。簾も縁は蝙蝠にかじられて所々なくなっている。内の調度を見入れると、昔はと思われるような畳などは立派だったが、今はみすぼらしくなってしまった。日もだんだん暮れてきたので、男はそっと中へすべり入って、この女を奥にも入れない。女は悔しいと思ったけれど、とめようもなく、どうしようもない。雨は一晩じゅう降り明かして、翌朝になって少し空が晴れた。男は女が奥へ入ろうとするのを、「ただこうして」と言って入れない。日も高くなったので、この女の親は、少将をもてなす手立てがなかったので、小舎人童だけを残していたのに、堅い塩を肴にして酒を飲ませて、少将には、広い庭に生えた菜を摘んで、蒸し物というものにして茶碗に盛って、箸には梅の花の盛りのものを折って、その花びらに、女の筆跡でこう書いてあった。
「あなたのために、衣の裾を濡らしながら、春の野に出て摘んだ若菜です」。
男はこれを見ると、たいへんしみじみと思われて、引き寄せて食べる。女はどうしようもなく恥ずかしいと思って臥していた。少将は起きて、小舎人童を走らせて、すぐに車で、実用的な品々をいろいろと持って来させた。迎えの人が来たので、「また近いうちに参ろう」と言って出て行った。それから後、絶えず自分でもやって来て訪れた。いろいろな物を食べても、やはり五条で食べたものが珍しく、すばらしかったと思い出した。年月がたって、お仕えしていた君(仁明天皇)に少将は先立たれ申し上げて、代の替わった世を見るまいと思って、法師になってしまった。もとの人(五条の女)のもとに、袈裟を洗ってもらいにやるといって、
「霜や雪の降る古屋の下で、独り寝をするわたしの、うつぶし染めの麻の袈裟です」
とあった。
意訳
〔第172段〕宇多法皇の石山詣でのたびに、近江の国は接待の負担に苦しんでいた。それを聞いた法皇はほかの国から物を運ばせたが、近江守は「それでよいのか」とかえって恐れ、帰り道の打出の浜に美しい仮屋と菊の庭を用意した。しかし自分は隠れて、歌人の大友黒主だけを置いた。「なぜここにいるのか」と問われた黒主は、「さざ波が岸を洗う、この清らかな渚に、どうかお立ち寄りを」と、国守の気持ちを歌に代えて伝えた。法皇はその歌に感じ入って立ち寄った――歌が政治的な取りなしの役を果たした話である。
〔第173段〕雨宿りに入った荒れた屋敷で、宗貞は、蓬の宿で「鶯は誰が来ると鳴くのか」と独りごとを言う女を見つける。「来たよと言い慣れないから、鶯に告げてもらったのです」と即座に返して縁に上がり、そのまま一夜を過ごした。翌朝、貧しい家の親は、もてなしの品もなく、庭の菜を蒸して梅の枝を箸に添えた。その花びらには「あなたのために野で摘んだ若菜です」と書かれていた。光孝天皇の「君がため春の野に出でて若菜摘む」を思わせる、心のこもったもてなしである。宗貞はその後も通い続け、出家してからも、この女に袈裟を洗ってもらうために歌を添えて送った。荒れた屋敷の中の美しい女と、貧しさの中の心づくし――のちの『源氏物語』の末摘花や夕顔の話を思わせる、王朝の恋の原型のような段で、通行本文はここで終わる。
語釈・文法注
- 石山
- 近江国の石山寺(今の大津市)。観音信仰で名高い。
- みさう
- 御荘。荘園。
- 近江守
- 近江国の国司の長官。
- うちいでの濱
- 打出の浜。琵琶湖の南岸、今の大津市松本・石場のあたり。
- 假屋
- 仮に建てた建物。
- 黑主
- 大友黒主。六歌仙の一人。近江の人で、園城寺(三井寺)と関わりが深かった。
- さゞら浪
- さざ波。
- よしみねのむねさだの少將
- 良岑宗貞。のちの僧正遍昭。第168段参照。
- ひはだや
- 檜皮葺きの家。檜の皮で屋根を葺いた家。
- つちやぐら
- 土蔵。
- はしのま
- 階隠しの間。寝殿の正面の階段の上の間。
- ひとく
- 鶯の鳴き声「ひとく」に「人来(人が来る)」を掛ける。
- しとね
- 茵。座るときや寝るときに敷く敷物。
- かはほり
- 蝙蝠。
- かたいしほ
- 堅い塩。粗末な肴。
- ちやうわん
- 茶碗。
- 袈裟
- 僧が衣の上にかける布。
- うつぶしそめ
- 空五倍子染め。五倍子(ふし)で染めた、黒ずんだ色の染め。僧衣の色。「うつぶし(うつ伏し)」を掛ける。
文法
- 國亡びぬべし
- 「ぬべし」は強意+推量。きっと滅びてしまうだろう。
- 仰せて」とのたまへりければ
- 「仰せて」の下に「物せよ」などを略す。
- いかに聞しめしたるにかあらむ
- 「にかあらむ」は疑問の推量。
- 過し奉りてむや
- 「て」は強意、「む」は推量、「や」は反語。
- 洗ふめり
- 「めり」は推定。
- 君とまれとか
- 「とか」の下に「言ふ」を略す。
- 髪たけばかりならむと見ゆなるが
- 「なる」は推定の助動詞「なり」の連体形。
- たれとか待たむ
- 「か」は疑問、結びは「む」。
- 物しきさまを見えぬる事
- 「物し」は見苦しい。見苦しい様子を見られてしまったこと。
- こゝはなかなか
- 下に「漏りまさる」などを略す。
- あるじすべき方
- 「あるじす」はもてなす。
- 代らむ世を見じ
- 「じ」は打消の意志。
和歌
さゞら浪 間もなく岸を 洗ふめり なぎさきよくば 君とまれとか
- 詠者
- 大友黒主
- 状況
- 石山詣での帰りの宇多法皇を、近江守の代わりに打出の浜で迎えて。『古今和歌集』に入らないが、黒主の代表歌の一つとされる。
修辞
- 擬人法
- さざ波が岸を洗うさまに、法皇を迎えるために渚を清める心を重ねる。
蓬生ひて 荒れたるやどを 鶯の ひとくとなくや たれとか待たむ
- 詠者
- 五条の荒れた家の女
- 状況
- 雨宿りに来た良岑宗貞が聞いているとも知らずに、ひとりごとで。
修辞
- 掛詞
- 鶯の鳴き声「ひとく」に「人来」を掛ける。
來たれとも いひしなれねば 鶯の 君につげよと 敎へてぞなく
- 詠者
- 良岑宗貞
- 状況
- 女のひとりごとを聞いて。
君がため 衣のすそを ぬらしつゝ 春の野に出でゝ つめる若菜ぞ
- 詠者
- 五条の荒れた家の女
- 状況
- 翌朝、蒸した若菜に添えた梅の花びらに書いて。
修辞
- 本歌
- 光孝天皇の「君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手に雪は降りつつ」(古今集、百人一首)に通じる。
霜雪の ふるやがしたに ひとりねの うつぶしそめの 麻のけさなり
- 詠者
- 良岑宗貞(遍昭)
- 状況
- 出家したのち、五条の女に袈裟を洗ってもらおうと送って。
修辞
- 掛詞
- 「ふる」に雪が「降る」と「古屋」の「古る」、「うつぶし」に「空五倍子(染め)」と「うつ伏し」を掛ける。
解説
第173段は、通行本文の最後の段で、良岑宗貞(のちの僧正遍昭)が、五条の荒れた屋敷に住む女と出会う話である。荒れ果てた屋敷にひっそりと住む美しい女、雨宿りがきっかけの出会い、貧しいながら心をこめたもてなし――この話は、『源氏物語』の夕顔や末摘花、蓬生の巻などの先駆けとして、しばしば取り上げられる。
梅の花びらに書かれた「君がため衣のすそをぬらしつつ春の野に出でてつめる若菜ぞ」は、光孝天皇の名高い「君がため春の野に出でて若菜摘む」の歌と響き合う。貧しくて何もない家の、精一杯のもてなしが、歌によって美しい贈り物に変わっている。
第172段の大友黒主は六歌仙の一人で、『古今和歌集』仮名序では「そのさまいやし」と評された歌人である。この段では、国守に代わって法皇を迎える役を務め、歌で法皇の心を動かしている。宇多法皇で始まった『大和物語』が、宇多法皇の話と、その時代より前の宗貞の話とで閉じられるのは、物語全体が宇多院の周辺の記憶を軸にしていることを示している。
底本の国文大観本は、このあとに「一本に以下五頁あり」と注記して、一本にだけある付載の説話を載せている。このサイトでは、それを第29章として収めた。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、75〜77頁(コマ42–43)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日