大和物語 第27章(第169段〜第171段)
井手の童女と富士の嶺
大和へ使いに下った内舎人が井手の里で幼い女の子に帯を与えて将来を約束し、七、八年後にふたたび訪れる途中で本文が途切れる井手の話、風邪をひいた源是平と兵衛の命婦の柳の贈答、待ちわびて内裏まで車で押しかけた女房やまとと少将藤原実頼の「富士の嶺」の歌まで、三つの段。
- 1昔昔むかし、、、人人ひと、、、使使つかいににに大和大和やまとののの國國くににくだりけりにくだりけりにくだりけり。。。といふわたりにといふわたりにというわたりに、、、淸淸きよげなるげなるげなる人人ひとののの家家いえよりよりより女女おんなどもわらどもわらどもわらはべはべはべ出出いででで來來きてこのいくてこのいくてこのいく人人ひとををを見見みるるる。。。
- 2きたなげなききたなげなききたなげなき女女おんな、、、いとをかしげなるいとをかしげなるいとおかしげなる子子こををを抱抱いだきてきてきて門門もんのもとにのもとにのもとに立立たてりてりてり。。。このちごのこのちごのこのちごの顏顏かおのいとをかしげなりければのいとをかしげなりければのいとおかしげなりければ、、、目目めをををとゞめてとゞめてとどめて、、、「「「そのそのその子子ごこちゐてここちゐてここちいてこ」」」といひければといひければといいければ、、、このこのこの女女おんな寄寄よりきたりりきたりりきたり。。。
- 3近近ちかくてくてくて見見みるにるにるに、、、いとをかしげなりければいとをかしげなりければいとおかしげなりければ、、、「「「ゆめことゆめことゆめこと男男おとこししし給給たまふなふなうな。。。我我わにあひにあひにあい給給たまへへえ。。。おほきになりおほきになりおおきになり給給たまはむはむわむ程程ほどににに參參まいりりり來來こむむむ」」」ととと言言いひてひていて、、、「「「これこれこれををを給給たまへへえ」」」とてとてとて帶帶おびをををときてときてときて取取とらせけりらせけりらせけり。。。
- 4さてこのしたりけるさてこのしたりけるさてこのしたりける帶帶おびをををときときとき取取とりてりてりて、、、もたりけるもたりけるもたりける文文ふみににに引引ひきゆひてきゆひてきゆいて持持もたせていぬたせていぬたせていぬ。。。このこのこの子子こ年年とし六六むつつつ七七ななつばかりにありけりつばかりにありけりつばかりにありけり。。。このこのこの男男おとこいろいろいろ好好このみなりけるみなりけるみなりける人人ひとなればいふになむありけるなればいふになむありけるなればいうになむありける。。。
- 5このこのこの子子こははは忘忘わすれずれずれず思思おもひもたりけりひもたりけりいもたりけり。。。男男おとこははは早早はようわすれにけりうわすれにけりうわすれにけり。。。かくてかくてかくて七八年七八年しちはちねんばかりありてばかりありてばかりありて、、、又又また同同おなじじじ使使つかいにさゝれてにさゝれてにさされて、、、大和大和やまとへへへいくとていくとていくとて、、、井手井手いでのわたりにのわたりにのわたりに宿宿やどりてりてりて、、、居居いててて見見みればればれば前前まえににに井井いなむありけるなむありけるなむありける。。。其其それににに水水みず汲汲くむむむ女女おんなどもあるがいふやうどもあるがいふやうどもあるがいうよう、、、
- 6ののの宰相宰相さいしょう、、、中將中將ちゅうじょうにものしにものしにものし給給たもうけるうけるうける時時とき、、、故故こ兵部卿兵部卿ひょうぶきょうののの宮宮みやのののししし給給たもうければうければうければ、、、常常つねににに參參まいりなれてりなれてりなれて、、、御達御達ごたちももも語語かたらひらひらい給給たまひけりひけりいけり。。。そのそのその君君きみ、、、うちよりまかでうちよりまかでうちよりまかで給給たまひけるまゝにひけるまゝにいけるままに、、、風風かぜになむあひになむあひになむあい給給たもうてうてうて煩煩わずらひひい給給たもうけるうけるうける。。。
- 7とぶらひにとぶらひにとぶらいにののの酒酒さけ肴肴さかななどなどなど調調ちょうじてじてじて、、、兵衞兵衞ひょうえののの命婦命婦みょうぶなむやりなむやりなむやり給給たもうけるうけるうける。。。そのそのその返返かえりりり事事ことにいとにいとにいと嬉嬉うれしくしくしく問問とひひい給給たまへるへるえる。。。「「「あさましうあさましうあさましゅう、、、かゝるかゝるかかる病病やまいもつくものになむありけるもつくものになむありけるもつくものになむありける」」」とてとてとて、、、
- 8「「「靑柳靑柳あおやぎのいとならねどものいとならねどものいとならねども春風春風はるかぜののの吹吹ふけばかたよるけばかたよるけばかたよる我我わががが身身みなりけりなりけりなりけり」」」
- 9とあればとあればとあれば、、、兵衞兵衞ひょうえののの命婦命婦みょうぶ、、、かへしかへしかへし、、、
- 10「「「いさゝめにいさゝめにいささめに吹吹ふくくく風風かぜはやはやはやははは過過すぐしゝぐしゝぐしし君君きみにやにやにやはははあらぬあらぬあらぬ」」」。。。
- 11今今いまののののおとゞのおとゞのおとど、、、少將少將しょうしょうににに物物ものししし給給たもうけるうけるうける時時ときににに、、、ののの宮宮みやににに常常つねににに參參まいりりり給給たまひけりひけりいけり。。。かのかのかの宮宮みやににに、、、やまとゝいふやまとゝいふやまとという人人ひと侍侍さぶらひけるひけるいけるををを、、、物物ものなどのたまひければなどのたまひければなどのたまいければ、、、いとわりなくいとわりなくいとわりなく色色いろ好好このむむむ人人ひとにてにてにて、、、女女おんないとをかしうめでたしといとをかしうめでたしといとおかしゅうめでたしと思思おもひけりひけりいけり。。。されどされどされど常常つねににに逢逢あふふう事事ことかたかりけりかたかりけりかたかりけり。。。、、、
- 12「「「人人ひとしれぬしれぬしれぬ心心こころのののうちにもゆるうちにもゆるうちにもゆる火火ひはははけぶりもけぶりもけぶりも立立たたでくゆりこそすれたでくゆりこそすれたでくゆりこそすれ」」」
- 13ととと言言いひやりければひやりければいやりければ、、、かへしかへしかへし、、、
- 14「「「ののの嶺嶺ねののの絕絕たえぬえぬえぬ思思おもひもあるものひもあるものいもあるものをををくゆるくゆるくゆるはははつらきつらきつらき心心こころなりけりなりけりなりけり」」」
- 15とありけりとありけりとありけり。。。かくてかくてかくて久久ひさしうしうしゅう參參まいりりり給給たまはざりけるころはざりけるころわざりけるころ、、、女女おんないといたういといたういといとう待待まちちち侘侘わびにけりびにけりびにけり。。。いかなるいかなるいかなる心心こころちしければかちしければかちしければか、、、さるわざはしけむさるわざはしけむさるわざわしけむ、、、人人ひとにもにもにも知知しらせでらせでらせで、、、車車くるまににに乘乘のりてりてりてうちにうちにうちに參參まいりにけりりにけりりにけり。。。
- 16ののの陣陣じんににに車車くるまををを立立たてゝてゝてて、、、渡渡わたるるる人人ひとををを呼呼よびびび寄寄よせてせてせて、、、「「「いかでいかでいかで少將少將しょうしょうののの君君きみににに物物もの聞聞きこえむえむえむ」」」といひければといひければといいければ、、、「「「あやしきことかなあやしきことかなあやしきことかな。。。誰誰たれととと聞聞きこゆるゆるゆる人人ひとのかゝるのかゝるのかかる事事ことはははししし給給たまふぞふぞうぞ」」」などいひすさびてなどいひすさびてなどいいすさびて入入いりぬりぬりぬ。。。
- 17又渡又渡またわたればればれば同同おなじごといへばじごといへばじごといえば、、、「「「いさいさいさ殿上殿上てんじょうなどにやおはしますらむなどにやおはしますらむなどにやおわしますらむ。。。いかでかいかでかいかでか聞聞きこえむえむえむ」」」などなどなど言言いひてひていて入入いりぬるりぬるりぬる人人ひともありもありもあり。。。入入いりけるりけるりけるををを、、、强强しひてひてひて呼呼よびければびければびければ、、、あやしとあやしとあやしと思思おもひてひていて來來きたりけりたりけりたりけり。。。
- 18「「「少將少將しょうしょうののの君君きみやおはしますやおはしますやおわします」」」ととと問問とひけりひけりいけり。。。「「「おはしますおはしますおわします」」」といひければといひければといいければ、、、「「「いとせちにいとせちにいとせちに聞聞きこえさすべきえさすべきえさすべき事事ことありてありてありて殿殿どのよりよりより人人ひとなむなむなむ參參まいりたるときこえたまへりたるときこえたまへりたるときこえたまえ」」」とありければとありければとありければ、、、「「「いとやすきことなりいとやすきことなりいとやすきことなり。。。そもそもかくそもそもかくそもそもかく聞聞きこえつぎたらむえつぎたらむえつぎたらむ人人ひとををを忘忘わすれれれ給給たまふまじやふまじやうまじや。。。いとあはれにいとあはれにいとあわれに夜更夜更よふけてけてけて、、、人人ひとずくなにてずくなにてずくなにて物物ものししし給給たまふかなふかなうかな」」」ととと言言いひてひていて、、、入入いりていとりていとりていと久久ひさしかりければしかりければしかりければ、、、むごにむごにむごに待待まちちち立立たてりけるてりけるてりける。。。
- 19辛辛からうじてこれもうじてこれもうじてこれも言言いひつがでやひつがでやいつがでや出出いでぬらむでぬらむでぬらむ、、、いかさまにせむといかさまにせむといかさまにせむと思思おもふふう程程ほどになむになむになむ出出いででで來來きたりけるたりけるたりける。。。さていふやうさていふやうさていうよう、、、「「「御前御前おまえににに御御おんあそびなどしあそびなどしあそびなどし給給たまへるへるえるををを、、、辛辛からうじてなむうじてなむうじてなむ聞聞きこえつればえつればえつれば、、、たがたがたが物物ものししし給給たまふならむふならむうならむ、、、いとあやしきいとあやしきいとあやしき事事こと、、、たしかにたしかにたしかに問問とひひい奉奉たてまつりてことなむのたまひつるりてことなむのたまひつるりてことなむのたまいつる」」」といへばといへばといえば、、、「「「ゑんじちにゑんじちにえんじちにはしもつはしもつはしもつ方方かたよりなりよりなりよりなり。。。みづからみづからみずから聞聞きこえむとえむとえむとををを聞聞きこえええ給給たまへへえ」」」ととと言言いひければひければいければ、、、「「「さなむさなむさなむ申申もうすすす」」」ととと聞聞きこえければえければえければ、、、さにやあらむとさにやあらむとさにやあらむと思思おもふにふにうに、、、いとあやしうもをかしうもおぼえいとあやしうもをかしうもおぼえいとあやしゅうもおかしゅうもおぼえ給給たもうけりうけりうけり。。。
- 20「「「暫暫しばししし」」」といはせてといはせてといわせて立立たちちち出出いでゝでゝでて幡幡はたののの中納言中納言ちゅうなごんののの侍從侍從じじゅうににに物物ものししし給給たもうけるうけるうける時時とき、、、「「「かゝることなむあるかゝることなむあるかかることなむあるををを、、、いかゞすべきいかゞすべきいかがすべき」」」とたばかりとたばかりとたばかり給給たもうけりうけりうけり。。。
- 21さてさゑものさてさゑものさてさえもの陣陣じんににに、、、所所ところなりけるなりけるなりける屏風屏風びょうぶ疊疊たたみなどもていきてなどもていきてなどもていきて、、、そこになむおろいそこになむおろいそこになむおろい給給たまひけるひけるいける。。。「「「いかでかくいかでかくいかでかくははは」」」とのたまひければとのたまひければとのたまいければ、、、何何なにかかかはははいとあさましういとあさましういとあさましゅう、、、物物もののおぼゆればのおぼゆればのおぼゆれば、、、
- 22「「「今更今更いまさらににに思思おもひひい出出いでじとでじとでじと忍忍しのぶるぶるぶるをををこひしきにこそこひしきにこそこいしきにこそ忘忘わすれわびぬれれわびぬれれわびぬれ」」」。。。
現代語訳
〔第169段〕昔、内舎人であった人が、大神神社の奉幣使として大和の国に下った。井手というあたりで、こぎれいな家から女たちや子どもたちが出てきて、この一行を見る。こぎれいな女が、たいへんかわいらしい子を抱いて門のところに立っていた。この幼子の顔がたいそうかわいらしかったので、男は目をとめて、「その子をこちらへ連れておいで」と言ったので、この女は寄って来た。近くで見ると、たいへんかわいらしかったので、「決してほかの男と結婚してはいけないよ。わたしと結婚しなさい。大きくおなりになるころに参ろう」と言って、「これを形見にしなさい」と言って帯を解いて与えた。そうしてこの子が締めていた帯を解いて取って、自分の持っていた手紙に結びつけて、従者に持たせて去った。この子は年が六つか七つくらいであった。この男は色好みであった人なので、そう言ったのであった。この子は忘れずに思い続けていた。男はとうに忘れてしまった。こうして七、八年ほどたって、また同じ使いに任じられて、大和へ行くといって、井手のあたりに宿をとって、座って見ていると、前に井戸があった。そこで水を汲む女たちがいて、言うには、――(本文はここで終わっている)
〔第170段〕是平の宰相が中将でいらっしゃった時、故兵部卿の宮(元良親王)の別当をなさっていたので、いつも参上してなじみ、女房たちとも親しくしていらっしゃった。その君が、内裏から退出なさったまま、風邪をひいて患っていらっしゃった。見舞いに薬酒や肴などを用意して、兵衛の命婦が贈りなさった。その返事に、たいへんうれしく見舞ってくださったと言って、「あきれたことに、こんな病にもかかるものですね」と言って、
「青柳の糸ではないけれど、春風が吹くと、なびき寄ってしまう――風邪にかかって臥してしまう、わが身であることよ」
とあると、兵衛の命婦の返し、
「ちょっと吹いた風になど、なびくものでしょうか。秋の野分さえ吹き過ごしてきたあなたではありませんか」。
〔第171段〕今の左大臣(藤原実頼)が、少将でいらっしゃった時に、式部卿の宮(敦実親王)のもとにいつも参上していらっしゃった。その宮に、やまとという人がお仕えしていたのを、言葉などをおかけになったので、たいへんむやみに色好みの人で、女はたいへんすばらしいと思った。けれども、いつも逢うことは難しかった。やまとが、
「人に知られない心の中に燃える火は、煙も立てずに、くすぶってばかりいます」
と言いやったところ、少将の返し、
「富士の嶺のように絶えない思いもあるのに、くすぶる(悔ゆる)というのは、つれない心ですね」
とあった。こうして長いあいだ参上なさらなかったころ、女はたいへんひどく待ちわびた。どういう気持ちだったのか、そんなことをしたものだ、人にも知らせずに、車に乗って内裏に参上した。左衛門の陣に車をとめて、通る人を呼び寄せて、「何とかして少将の君に申し上げたい」と言ったところ、「おかしなことだな。誰と申し上げる人が、こんなことをなさるのか」などと言い捨てて入ってしまった。また通る人がいたので同じことを言うと、「さあ、殿上の間などにいらっしゃるだろうか。どうして取り次げよう」などと言って入ってしまう人もいる。袍を着た者が入っていくのを、無理に呼んだので、不審に思ってやって来た。「少将の君はいらっしゃいますか」と尋ねた。「いらっしゃいます」と言ったので、「たいへん急いで申し上げなければならないことがあって、お屋敷から人が参ったと申し上げてください」と言ったので、「たいへんたやすいことです。それにしても、こうして取り次いだ人を、お忘れになってはいけませんよ。たいへんお気の毒に、夜更けに、人も少ない様子でいらっしゃいますね」と言って、入っていって、たいへん長くかかったので、女はひたすら待って立っていた。やっとのことで、これも取り次がずに出て行ってしまったのだろうか、どうしようと思っているうちに、出て来た。そうして言うには、「御前で管絃の遊びなどしていらっしゃるところを、やっとのことで申し上げたところ、『誰がいらっしゃったのだろう、たいへん不思議なことだ、確かにお尋ね申し上げて来い』とおっしゃいました」と言うので、「陣の内には下の方から参りました。じかに申し上げたいと申し上げてください」と言ったので、取り次いで「そう申しております」と申し上げたところ、少将は、そうであろうかと思うと、たいへん不思議にも、おもしろくもお思いになった。「しばらく」と言わせて立ち出て、広幡の中納言(源庶明)が侍従でいらっしゃった時に、「こういうことがあるのだが、どうしたらよかろう」と相談なさった。そうして左衛門の陣に、宿直所にあった屏風や畳などを持って行って、そこに女を降ろしなさった。「どうしてこんなことを」とおっしゃったので、女は、何とまあ、あきれたことだと、我に返って、
「今さら思い出すまいとこらえていたのに、恋しさのあまり、忘れることもできずに困りはてているのです」。
意訳
〔第169段〕奉幣使として大和に下る途中、井手の里で見かけた六、七歳の女の子。色好みの男は、たわむれに「大きくなったら妻にしよう」と帯を与え、その子の帯を自分の手紙に結んで持ち帰った。女の子はその約束を忘れずにいたが、男はすぐに忘れてしまう。七、八年後、同じ使いでふたたび井手を通りかかった男の前に、井戸で水を汲む女たちが現れて――話はそこで突然途切れている。通行本文でもこの段はここで終わっており、続きは失われたものと考えられる。成長した娘との再会を予感させながら、読者の想像にゆだねられた、不思議な余韻をもつ段である。
〔第170段〕風邪をひいた是平が「春風が吹くとすぐになびく柳のような身」とよむと、兵衛の命婦は「野分にも負けなかったあなたが、ちょっとの風でなびくものですか」と、病人を元気づけるように切り返した。
〔第171段〕敦実親王の邸の女房やまとと、若き日の藤原実頼。会いに来てくれない少将を待ちきれず、やまとは夜更けに車で内裏まで押しかけた。取り次ぎを頼んでも門前払いされ、ようやく少将に伝わると、少将は友人に相談して、陣の詰所の屏風と畳でとりあえずの場所をこしらえた。「どうしてこんなことを」と問われたやまとは、我に返って「忘れようとしたのに、恋しさに忘れられなかった」とよんだ。身分や体面を越えて、恋のためにとんでもない行動に出た女性の姿が、ユーモアとともに生き生きと描かれている。
語釈・文法注
- うどねり
- 内舎人。
- おほわのみてぐら使
- 大神(おおみわ)神社への奉幣使。「おほわ」は大神(おほみわ)か。
- 井手
- 山城国の井手。大和へ向かう道筋にある。
- かたみ
- 形見。しるしとして残す品。
- これひらの宰相
- 源是茂(これもち)か、平是平か、未詳。
- 別當
- 親王家の家政をつかさどる長官。
- 藥の酒肴
- 薬酒と肴。風邪の見舞いの品。
- のわき
- 野分。秋の暴風、台風。
- 今の左のおとゞ
- 藤原実頼(900〜970)。忠平の子。少将のころの話。「今の」とあるのは、物語が書かれた時点で左大臣であったことを示す。
- 式部卿の宮
- 敦実親王。第95段参照。
- やまと
- 敦実親王家の女房の名。
- 富士の嶺
- 富士山。当時は噴煙を上げており、絶えない恋の思いのたとえとされた。
- 左衞門の陣
- 内裏の建春門。左衛門府の詰所があった。
- うへのきぬ
- 袍(ほう)。束帯の上着。
- 廣幡の中納言
- 源庶明(もろあきら、903〜955)。広幡に住んだ。
- とのゐ所
- 宿直所。宮中で夜勤をする者の詰所。
文法
- ゆめこと男し給ふな
- 「ゆめ…な」で強い禁止。
- おほきになり給はむ程に
- 「む」は婉曲。
- いふになむありける
- 「なむ」の結びで連体形。色好みだから(あんなことを)言ったのだった。
- 女どもあるがいふやう、
- 底本はここで第169段が終わり、次の段に続く。通行本文も同じく途中で切れている。
- 問ひ給へる
- 底本は「問ひ給へる。」と句点で切る。
- 吹く風はやはなびくべき
- 「やは」は反語。
- 過ぐしゝ君にやはあらぬ
- 「やは」は反語。
- くゆりこそすれ
- 「こそ」の結びで已然形「すれ」。
- いかなる心ちしければか、さるわざはしけむ
- 「か」の結びで「けむ」。語り手の驚きをこめた挿入句。
- 忘れ給ふまじや
- 「まじ」は打消推量(禁止)、「や」は念押し。
- 言ひつがでや出でぬらむ
- 「や」は疑問、結びは「らむ」。
- ことなむのたまひつる
- 底本は「問ひ奉りてことなむ」と刷る。「問ひ奉りてこ(来)となむ」の意に解した。
- ゑんじちにはしもつ方よりなり
- 底本の本文。通行本文には「陣のうちには」とするものがあり、そう解した。
- 聞えむとを聞え給へ
- 「と」の下の「を」は底本どおり。
- おろい給ひける
- 「おろし給ひける」のイ音便。
和歌
靑柳の いとならねども 春風の 吹けばかたよる 我が身なりけり
- 詠者
- 是平の宰相
- 状況
- 風邪の見舞いに薬酒を贈ってきた兵衛の命婦へ。
修辞
- 掛詞
- 「いと」に柳の「糸」と副詞「いと」を掛ける。「風」に「風邪」を響かせる。
いさゝめに 吹く風はやは なびくべき のわき過ぐしゝ 君にやはあらぬ
- 詠者
- 兵衛の命婦
- 状況
- 是平の歌への返し。
修辞
- 反語
- 「やは」を重ねて、病人を励ます。
人しれぬ 心のうちに もゆる火は けぶりも立たで くゆりこそすれ
- 詠者
- やまと(敦実親王家の女房)
- 状況
- なかなか逢えない少将藤原実頼に。
修辞
- 掛詞
- 「くゆり」に煙が「燻(くゆ)る」と「悔ゆ」を響かせる。
- 縁語
- 「もゆ」「火」「けぶり」「くゆる」。
富士の嶺の 絕えぬ思ひも あるものを くゆるはつらき 心なりけり
- 詠者
- 藤原実頼
- 状況
- やまとの歌への返し。
修辞
- 掛詞
- 「思ひ」の「ひ」に「火」、「くゆる」に「燻る」と「悔ゆる」を掛ける。
今更に 思ひ出でじと 忍ぶるを こひしきにこそ 忘れわびぬれ
- 詠者
- やまと
- 状況
- 夜更けに内裏まで実頼を訪ね、「どうしてこんなことを」と問われて。
解説
第169段は、本文が途中で切れた段として知られる。井手の里で幼い女の子に帯を与えて将来を約束した男が、七、八年後にふたたび同じ地を訪れ、井戸で水を汲む女たちの言葉が始まるところで、物語は終わっている。底本の国文大観本も、通行本文も同じで、もとの本の段階ですでに欠けていたと考えられる。成長した娘との再会がどうなったのか、さまざまに想像されてきた。
第171段の「今の左のおとど」は藤原実頼で、天暦元年(947)から康保四年(967)まで左大臣であった。「今の」という言い方から、この段が書かれたのはその時期であることが分かり、『大和物語』の成立年代を考える手がかりの一つになっている。
やまとが夜更けに内裏まで押しかける話は、当時の宮廷の女性としてはきわめて大胆な行動である。取り次ぎの者たちとのやりとり、陣の詰所の屏風と畳で急ごしらえの場所を作る少将の困惑ぶりなど、細かい描写がユーモラスで、宮廷のうわさ話としての面白さがよく出ている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、72〜75頁(コマ41–42)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日