古典ライブラリー

大和物語 第25章(第159段〜第167段)

在中将の物語

染殿の内侍と良相の大臣の雲鳥の綾、内侍と在原業平の贈答、二条の后への求婚と大原野の行幸、忘れ草・菊・飾りちまきの歌、病の床から辨の御息所に送った歌と辞世「つひに行く道」、車の女への「見ずもあらず」、女の衣を借りて返さない男まで、『伊勢物語』と重なる在中将の九つの段。

  1. 1ののの內侍ないし內侍ないしないしといふいますかりけりといふいますかりけりといういますかりけり。。。それそれそれををを申まう申まうもうしけるなむしけるなむしけるなむ時々ときどき時々ときどきときどき住す住すすみみみ給たま給たまたもうけるうけるうける。。。物もの物ものものをををよくしよくしよくし給たま給たまたまひければひければいければ、、、御おん御おんおんぞどもぞどもぞどもをををなむあづけさせなむあづけさせなむあずけさせ給たま給たまたまひけるにひけるにいけるに、、、綾あや綾あやあやどもどもどもををを多おほ多おほおおくくく遣つかは遣つかはつかわしたりければしたりければしたりければ、、、「「「鳥とり鳥とりとりののの紋もん紋もんもんののの綾あや綾あやあやをやをやをや染し染ししむべきむべきむべき」」」ととと聞きこ聞きこきこえたりしえたりしえたりしををを、、、ともかくものたまはせねばともかくものたまはせねばともかくものたまわせねば、、、「「「えなむえなむえなむ仕つか仕つかつこうまつらぬうまつらぬうまつらぬ。。。さだめさだめさだめうけうけうけ給たま給たまたまはははらむらむらん」」」ととと申まう申まうもうししし奉たてまつ奉たてまつたてまつりければりければりければ、、、おとゞおとゞおとど御おん御おんおん返事へんじ返事へんじへんじににに、、、
  2. 2「「「雲くも雲くもくも鳥とり鳥とりとりのあやののあやののあやの色いろ色いろいろをもをもをもおもほえずおもほえずおもおえず人ひと人ひとひとをををあひあひあい見み見みみででで年とし年としとしののの經へ經へへぬればぬればぬれば」」」
  3. 3となむのたまへりけるとなむのたまへりけるとなむのたまえりける。。。
  4. 4同おな同おなおなじじじ內侍ないし內侍ないしないしにににすみけるすみけるすみける時とき時ときとき、、、中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうののの許もと許もともとによみてやりけるによみてやりけるによみてやりける。。。
  5. 5「「「秋あき秋あきあき萩はぎ萩はぎはぎをををいろどるいろどるいろどる風かぜ風かぜかぜののの吹ふ吹ふふきぬればきぬればきぬれば人ひと人ひとひとのこゝろものこゝろものこころもうたがはれけりうたがはれけりうたがわれけり」」」
  6. 6とありければとありければとありければ、、、かへしかへしかへし、、、
  7. 7「「「秋あき秋あきあきののの野の野ののをををいろどるいろどるいろどる風かぜ風かぜかぜははは吹ふ吹ふふきぬともこゝろきぬともこゝろきぬともこころはははかれじかれじかれじ草葉くさば草葉くさばくさばならねばならねばならねば」」」
  8. 8となむいへりけるとなむいへりけるとなむいえりける。。。かくてかくてかくて住す住すすまずなりてまずなりてまずなりて後のち後のちのち、、、中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうののの許もと許もともとよりきぬよりきぬよりきぬをををなむしにおこせたりけるなむしにおこせたりけるなむしにおこせたりける。。。それにそれにそれに「「「あらはひなどするあらはひなどするあらわいなどする人ひと人ひとひとなくていとわびしくなむあるなくていとわびしくなむあるなくていとわびしくなむある。。。猶なほ猶なほなお必かなら必かならかならずしてずしてずして給たま給たまたまへへえ」」」となむありければとなむありければとなむありければ、、、內侍ないし內侍ないしないし、、、「「「御心みこころ御心みこころみこころもてあるもてあるもてある事こと事ことことにこそあなれにこそあなれにこそあなれ。。。
  9. 9人ひと人ひとひとののの悲かな悲かなかなしきしきしきはははよるせともなくよるせともなくよるせともなく鹿しか鹿しかしかぞなくなるぞなくなるぞなくなる」」」となむとなむとなむ言い言いいひひい遣や遣ややりたりけるりたりけるりたりける。。。中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょう、、、
  10. 10「「「なかるともなかるともなかるとも何なに何なになにとかとかとか見み見みみらむらむらむ手て手ててににに取と取ととりてりてりてひきけむひきけむひきけむ人ひと人ひとひとぞぞぞ幣ぬさ幣ぬさぬさととと知し知ししるらむるらむるらむ」」」
  11. 11となむいひけるとなむいひけるとなむいいける。。。
  12. 12在中將ざいちゆうじやう在中將ざいちゆうじやうざいちゅうじょう、、、のきさいののきさいののきさいの宮ぐう宮ぐうぐうまだまだまだ帝てい帝ていていにもにもにも仕つか仕つかつこうまつりうまつりうまつり給たま給たまたまはははでたゞでたゞでただ人ひと人ひとひとにおはしましけるによばひにおはしましけるによばひにおわしましけるによばい奉たてまつ奉たてまつたてまつりけるりけるりける時とき時ときとき、、、物もの物ものものおこせてかくなむおこせてかくなむおこせてかくなむ、、、
  13. 13「「「思おも思おもおもひあらばひあらばいあらばののの宿やど宿やどやどににに寢ね寢ねねもしなむもしなむもしなむひじきものひじきものひじきものにににははは袖そで袖そでそでをををしつゝもしつゝもしつつも」」」
  14. 14となむのたまへりけるとなむのたまへりけるとなむのたまえりける。。。返かへ返かへかえしししををを人ひと人ひとひとなむなむなむ忘わす忘わすわすれにけるれにけるれにける。。。さてきさいのさてきさいのさてきさいの宮みや宮みやみや春宮とうぐう春宮とうぐうとうぐうののの女御にようご女御にようごにようごととと聞きこ聞きこきこえてえてえてにまうでにまうでにもうで給たま給たまたもうけりうけりうけり。。。御供おほんとも御供おほんともおおんともににに上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめ殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびといといといと多おほ多おほおおくくく仕つか仕つかつこうまつりうまつりうまつり給たま給たまたまへりへりえり。。。
  15. 15在中將ざいちゆうじやう在中將ざいちゆうじやうざいちゅうじょうももも仕つか仕つかつこうまつれりうまつれりうまつれり。。。御車みくるま御車みくるまみくるまのあたりなまくらきのあたりなまくらきのあたりなまくらき折をり折をりおりににに立た立たたてりけりてりけりてりけり。。。「「「みやしろにてみやしろにてみやしろにて大方おほかた大方おほかたおおかたののの人々ひとびと人々ひとびとひとびと祿ろく祿ろくろく賜たま賜たまたまはははりてりてりて後のち後のちのちなりけりなりけりなりけり。。。御車みくるま御車みくるまみくるまのしりよりのしりよりのしりより奉たてまつ奉たてまつたてまつれるれるれる御おん御おんおんひとへのひとへのひとえの御おん御おんおんぞぞぞをををかづけさせかづけさせかずけさせ給たま給たまたまへりけりへりけりえりけり。。。在中將ざいちゆうじやう在中將ざいちゆうじやうざいちゅうじょうたまはるまゝにたまはるまゝにたまわるままに、、、
  16. 16「「「大原おほはら大原おほはらおおはらやややしほのしほのしおの山やま山やまやまももも今日けふ今日けふきょうこそこそこそははは神代かみよ神代かみよかみよのこともおもひのこともおもひのこともおもい出い出いいづらめづらめずらめ」」」
  17. 17ととと忍しの忍しのしのびやかにいひけりびやかにいひけりびやかにいいけり。。。昔むかし昔むかしむかしをををおぼしおぼしおぼし出い出いいでゝでゝでてをををかしとおぼしけりかしとおぼしけりかしとおぼしけり。。。
  18. 18又また又またまた在中將ざいちゆうじやう在中將ざいちゆうじやうざいちゅうじょううちにさぶらふにみやすんどころのうちにさぶらふにみやすんどころのうちにさぶらうにみやすんどころの御おん御おんおんかたよりかたよりかたよりをををなむなむなん「「「これこれこれははは何なに何なになにとかいふとかいふとかいう」」」とてとてとて賜たま賜たまたまへりければへりければえりければ、、、中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょう、、、
  19. 19「「「忘草わすれぐさ忘草わすれぐさわすれぐさおふるおふるおうる野邊のべ野邊のべのべとととははは見み見みみるらめどこはしのぶなりのちもたのまむるらめどこはしのぶなりのちもたのまむるらめどこわしのぶなりのちもたのまむ」」」
  20. 20となむありけるとなむありけるとなむありける。。。おなじおなじおなじ草くさ草くさくさををを草くさ草くさくさわすれわすれわすれ草くさ草くさくさといへばそれによりてなむといへばそれによりてなむといえばそれによりてなむ詠よ詠よよみたりけるみたりけるみたりける。。。
  21. 21在中將ざいちゆうじやう在中將ざいちゆうじやうざいちゅうじょうにきさいのにきさいのにきさいの宮みや宮みやみやよりよりより菊きく菊きくきく召め召めめしければしければしければ奉たてまつ奉たてまつたてまつりけるついでにりけるついでにりけるついでに、、、
  22. 22「「「植う植ううゑしゑしえしうゑばうゑばうえば秋あき秋あきあきなきなきなき時とき時ときときややや咲さ咲ささかざらむかざらむかざらむ花はな花はなはなこそこそこそ散ち散ちちらめらめらめ根ね根ねねさへかれめやさへかれめやさえかれめや」」」
  23. 23ととと書か書かかいつけていつけていつけて奉たてまつ奉たてまつたてまつりけるりけるりける。。。
  24. 24在中將ざいちゆうじやう在中將ざいちゆうじやうざいちゅうじょうののの許もと許もともとににに人ひと人ひとひとをををおこせたるかへしにおこせたるかへしにおこせたるかえしに、、、かくかくかく言い言いいひやりけるひやりけるいやりける、、、
  25. 25「「「あやめかりあやめかりあやめかり君きみ君きみきみははは沼ぬま沼ぬまぬまにぞにぞにぞ惑まど惑まどまどひけるひけるいける我われ我われわれははは野ぬ野ぬぬににに出い出いいでゝかるぞわびしきでゝかるぞわびしきでてかるぞわびしき」」」
  26. 26とてとてとて雉きじ雉きじきじをををなむやりけるなむやりけるなむやりける。。。
  27. 27ののの尾を尾をおののの帝みかど帝みかどみかどののの御時おほんとき御時おほんときおおんとき、、、左大辨さだいべん左大辨さだいべんさだいべんのむすめのむすめのむすめのみやすんのみやすんのみやすん所ところ所ところところとていますかりけるとていますかりけるとていますかりけるををを、、、帝みかど帝みかどみかど御おん御おんおんぐしおろしぐしおろしぐしおろし給たま給たまたもうてうてうて、、、のちにのちにのちに一人ひとり一人ひとりひとりいますかりけるいますかりけるいますかりけるををを在中將ざいちゆうじやう在中將ざいちゆうじやうざいちゅうじょう忍しの忍しのしのびてびてびて通かよ通かよかよひけりひけりひけり。。。
  28. 28中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょう病やまひ病やまひやまいいといといと重おも重おもおもくしてくしてくして煩わづら煩わづらわずらひけるひけるいけるををを、、、もとのめどもゝありもとのめどもゝありもとのめどももあり。。。これこれこれはははいといといと忍しの忍しのしのびてあるびてあるびてある事こと事ことことなればえいきもとぶらひなればえいきもとぶらひなればえいきもとぶらい給たま給たまたまはずはずわず。。。忍しの忍しのしのびびび忍しの忍しのしのびになむとぶらひけることびになむとぶらひけることびになむとぶらいけること日々ひび日々ひびひびにありけりにありけりにありけり。。。
  29. 29さるにとはぬさるにとはぬさるにとわぬ日ひ日ひひなむありけるなむありけるなむありける。。。病やまひ病やまひやまいもいとおもりてそのもいとおもりてそのもいとおもりてその日ひ日ひひになりにけりになりにけりになりにけり。。。中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうののの許もと許もともとよりよりより、、、
  30. 30「「「つれづれつれづれつれづれといとゞといとゞといとど心こころ心こころこころのわびしきにのわびしきにのわびしきに今日けふ今日けふきょうはははとはずてとはずてとわずて暮く暮くくらしてむとやらしてむとやらしてむとや」」」
  31. 31とておこせたりとておこせたりとておこせたり。。。弱よわ弱よわよわくなりにたりとてくなりにたりとてくなりにたりとて、、、いといたくいといたくいといたく泣な泣ななきさわぎてきさわぎてきさわぎて返かへ返かへかえりりり事こと事ことことなどもせむとするなどもせむとするなどもせむとするほどにほどにほどに死し死ししにけりとにけりとにけりと聞き聞きききていといみじかりけりきていといみじかりけりきていといみじかりけり。。。死し死ししなむとすることなむとすることなむとすること今々いまいま今々いまいまいまいまとなりてとなりてとなりて詠よ詠よよみたりけるみたりけるみたりける、、、
  32. 32「「「つひにつひについに行ゆ行ゆゆくくく道みち道みちみちとととはははかねてかねてかねて聞き聞きききしかどきしかどきしかど昨日きのふ昨日きのふきのう今日けふ今日けふきょうとととはははおもはざりしおもはざりしおもわざりしををを」」」
  33. 33ととと詠よ詠よよみてなむみてなむみてなむ絕た絕たたえええはははてにけるてにけるてにける。。。
  34. 34在中將ざいちゆうじやう在中將ざいちゆうじやうざいちゅうじょうににに出い出いいでゝでゝでて、、、女をんな女をんなおんなのよしあるのよしあるのよしある車くるま車くるまくるまのもとにのもとにのもとに立た立たたちぬちぬちぬ。。。はざまよりこのはざまよりこのはざまよりこの女をんな女をんなおんなののの顏かほ顏かほかおいとよくいとよくいとよく見み見みみてけりてけりてけり。。。物もの物ものものなどなどなど言い言いいひかはしけりひかはしけりいかわしけり。。。これもこれもこれも彼か彼かかもかへりてもかへりてもかえりて、、、あしたによみてあしたによみてあしたによみて遣や遣ややりけるりけるりける、、、
  35. 35「「「見み見みみずもあらずずもあらずずもあらず見み見みみもせぬもせぬもせぬ人ひと人ひとひとののの戀こひ戀こひこいしくしくしくはははあやなくあやなくあやなく今日けふ今日けふきょうややや詠なが詠ながながめくらさむめくらさむめくらさむ」」」
  36. 36とあればとあればとあれば、、、女をんな女をんなおんな、、、かへしかへしかへし、、、
  37. 37「「「見み見みみもみずももみずももみずも誰たれ誰たれたれととと知し知ししりてかりてかりてか戀こ戀ここひらるゝひらるゝひらるる覺束おぼつか覺束おぼつかおぼつかなみのなみのなみの今日けふ今日けふきょうのながめやのながめやのながめや」」」
  38. 38とぞいへりけるとぞいへりけるとぞいえりける。。。これらこれらこれらははは物語ものがたり物語ものがたりものがたりにてにてにて世よ世よよにあるにあるにある事こと事ことことどもなりどもなりどもなり。。。
  39. 39男をとこ男をとこおとこ、、、女をんな女をんなおんなのきぬのきぬのきぬをををかりきてかりきてかりきて、、、今いま今いまいまのめのがりいきてのめのがりいきてのめのがりいきて更さら更さらさらににに見み見みみえずえずえず。。。このきぬこのきぬこのきぬををを皆みな皆みなみなきやりてきやりてきやりて返かへ返かへかえしおこすとてしおこすとてしおこすとて、、、それにそれにそれに雉きぎし雉きぎしきぎし、、、かりかりかり、、、鴨かも鴨かもかもををを加くは加くはくわへておこすへておこすえておこす。。。
  40. 40人ひと人ひとひとののの國くに國くにくににいたづらににいたづらににいたずらに見み見みみえけるえけるえける物もの物ものものどもなりけりどもなりけりどもなりけり。。。さりけるさりけるさりける時とき時ときときににに女をんな女をんなおんなかくいひやりけるかくいひやりけるかくいいやりける、、、
  41. 41「「「いなやいなやいなや着き着ききじじじ人ひと人ひとひとにならせるかりにならせるかりにならせるかり衣ころも衣ころもころもわがわがわが身み身みみにににふればふればふればうきうきうき香か香かかもぞつくもぞつくもぞつく」」」。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第159段〕染殿の内侍という人がいらっしゃった。その人のもとに、良相の大臣と申し上げた方が時々通っていらっしゃった。内侍は物をよく仕立てなさったので、大臣はご衣装などをお預けになったが、綾などをたくさん届けてきたので、「雲鳥の紋の綾を染めましょうか」と申し上げたのに、何ともおっしゃらないので、「お仕えできません。お指図をうかがいたいのです」と申し上げたところ、大臣の御返事に、

「雲鳥の綾の色も分からない。あなたに逢わないまま、年がたってしまったので」

とおっしゃった。

〔第160段〕同じ内侍のもとに在中将(在原業平)が通っていた時、内侍が中将のもとによんで送った歌。

「秋萩を色づかせる風が吹いたので、人の心も移ろいやすいのではと疑われます」

とあったので、中将の返し、

「秋の野を色づかせる風は吹いても、わたしの心は枯れはしません。草葉ではないのですから」

と言った。こうして通わなくなってのちに、中将のもとから、着物を仕立ててくれと送ってきた。それに「洗い濯ぎなどしてくれる人もいなくて、たいへんわびしい。やはりぜひ仕立ててください」とあったので、内侍は「ご自分の心がけからそうなったことのようですね。

大幣のように多くの人に引かれる人となってしまったあなたの悲しいことは、寄る瀬もなく、鹿(しか)――そのように泣いていることです」

と言いやった。中将が、

「大幣と、流れても――泣かれても、何と見ているのだろう。手に取って引いた人こそが、それを幣だと知っているのだろう」

と言った。

〔第161段〕在中将が、二条の后の宮が、まだ帝にもお仕えなさらずに普通の身分でいらっしゃった時に求婚申し上げた時、ひじきという物を贈って、こうよんだ。

「思いがあるなら、葎の茂る宿に寝もしましょう。引き敷き物には袖を敷いてでも」

とおよみになった。返歌を、人は忘れてしまった。さて后の宮は、春宮の女御と申し上げて、大原野に参詣なさった。お供に上達部や殿上人がたいへん大勢お仕えなさった。在中将もお仕えしていた。御車のそばの、薄暗い折に立っていた。社で、たいていの人々が禄を賜ったあとであった。御車の後ろから、さし出された御単衣の衣を(中将に)下賜なさった。在中将はいただくやいなや、

「大原の小塩の山も、今日こそは、神代のことも思い出しているでしょう」

とひそやかに言った。后の宮は昔を思い出しなさって、趣深いとお思いになった。

〔第162段〕また在中将が内裏にお仕えしていると、御息所の御方から忘れ草を「これは何というのか」といってくださったので、中将が、

「忘れ草の生える野辺と見ていらっしゃるのでしょうが、これは忍ぶ草です。のちのちも頼みにしましょう」

とあった。同じ草を、しのぶ草とも忘れ草ともいうので、それによってよんだのである。

〔第163段〕在中将に、后の宮から菊をお召しになったので、さし上げたついでに、

「しっかりと植えたなら、秋のない時には咲かないこともあろうが、花こそ散っても、根まで枯れることがあろうか」

と書きつけてさし上げた。

〔第164段〕在中将のもとに、人が飾り粽を贈ってきた、その返しに、こう言いやった。

「菖蒲を刈りに、あなたは沼で迷われたのですね。わたしは野に出て、狩をするのがわびしいことです」

と言って雉を贈った。

〔第165段〕水の尾の帝(清和天皇)の御代に、左大弁の娘で辨の御息所といっていらっしゃった方が、帝がご出家なさって、のちに独りでいらっしゃったのを、在中将がひそかに通っていた。中将が病気がたいへん重くなって苦しんでいたが、もとからの妻たちもいる。これはたいへん忍んでの仲なので、御息所は見舞いに行くこともおできにならない。人目を忍んでは見舞いの便りをすることが毎日あった。ところが、見舞わない日があった。病気もたいへん重くなって、その日になった。中将のもとから、

「所在なく、ますます心がわびしいのに、今日は見舞いもせずに暮らしてしまうおつもりですか」

と言ってよこした。弱くなってしまったと聞いて、たいへんひどく泣き騒いで、返事などもしようとしているうちに、亡くなったと聞いて、たいへん悲しかった。中将は、死のうとすることがいよいよとなって、よんだ歌、

「最後には行く道だとは前から聞いていたけれど、それが昨日今日のこととは思わなかったのに」

とよんで、息が絶えてしまった。

〔第166段〕在中将が物見に出て、たしなみのありそうな女の車のそばに立った。下簾のすきまから、この女の顔をたいへんよく見てしまった。言葉などを交わした。どちらも帰って、翌朝よんで送った歌、

「見なかったわけでもなく、よく見たわけでもない人が恋しくて、わけもなく今日は物思いにふけって暮らすのでしょうか」

とあると、女の返し、

「見たとも見ないとも、誰と知って恋しく思われるのでしょう。たよりない、今日の物思いですこと」

と言った。これらは物語として世に伝わっていることどもである。

〔第167段〕男が、女の着物を借りて着て、新しい妻のもとへ行って、全く姿を見せない。この着物をすべて着古して返してよこすというので、それに雉、雁、鴨を添えてよこす。地方でむだに見かけるような物ばかりであった。その時に女がこう言いやった歌、

「いいえ、着ません。ほかの人に着なれさせた狩衣は、わたしの身に触れたら、いやな移り香がつくでしょうから」。

意訳

〔第159段〕衣装を任された染殿の内侍が、綾の染め方をたずねても返事がない。ようやく来た大臣の答えは「あなたに会わないまま年がたって、綾の色も分からなくなった」――仕事の話にかこつけて、会わずにいたことをわびる恋の歌であった。

〔第160段〕「秋風に萩が色づくように、人の心も移るのでは」と疑う内侍に、業平は「草葉ではないから心は枯れない」と答えた。けれども、やがて通わなくなる。そのうえ「洗濯してくれる人がいない」と着物を送ってくる業平に、内侍は「多くの人に引かれる大幣のようなあなた」と皮肉った。業平は「引いた人こそ知っているだろう」と、言い寄った女たちのほうに責任をかぶせる。『伊勢物語』第47段に似た歌がある。

〔第161段〕のちに清和天皇の后となる藤原高子に、まだ若いころの業平が「ひじき藻」を贈って求婚した。年月がたち、東宮の母となった后の大原野詣でにお供した業平は、下賜された衣を受けながら、「小塩の山も、今日は神代の昔――あの頃のことを思い出しているでしょう」とつぶやいた。后にしか分からない昔の恋を、神話の時代に託してほのめかしたのである。『伊勢物語』の第3段と第76段に当たる話が、一つの段にまとめられている。

〔第162〜164段〕忘れ草を「これは忍ぶ草です」と言い換えて変わらぬ心を示し、后の宮には「根まで枯れることはない」と菊に託し、飾り粽の返しには雉を贈る。業平の機知が光る短い段が続く。

〔第165段〕病の床の業平と、ひそかに通じていた辨の御息所。人目を忍ぶ仲なので見舞いにも行けず、便りだけを送り続けていたが、ある日その便りが途絶えた。業平は「今日は見舞いもしないつもりか」と書き送り、まもなく亡くなる。最期の歌は「つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを」――誰もが知っている死を、まさか今日のことと思わなかったという、人の偽りない実感をよんだ辞世として名高い。

〔第166段〕物見の車の女を、下簾のすきまからちらりと見た業平は「見たとも見ないとも言えない人が恋しい」と贈り、女は「誰とも知らずに恋するなんて、頼りない物思い」と軽くいなした。語り手は「これらは物語として世に伝わっていることだ」と、業平の話が広く知られていたことを言い添える。

〔第167段〕女の着物を借りたまま、新しい妻のもとへ通う男。着古して返すのに、地方の安物の鳥を添えてよこす。女は「ほかの女に着なれさせた狩衣など、移り香がつくから着ない」と突き返した。

語釈・文法注

染殿の內侍
染殿后(藤原明子)に仕えた内侍か。
よしありのおとゞ
藤原良相(813〜867)。右大臣。良房の弟。「よしあり」と読む説がある。
雲鳥の紋
雲と鳥を組み合わせた模様。
在中將
在原業平(825〜880)。第143段参照。
おほぬさ
大幣。祓えのときに大勢の人が引き寄せて身の穢れを移す、大きな幣。多くの人に求められる人のたとえ。
二條のきさいの宮
藤原高子(842〜910)。清和天皇の女御で、陽成天皇の母。『伊勢物語』で業平との恋が語られる。
ひじき
鹿尾菜。海藻。「引敷物(ひじきもの)」を掛ける。
葎
荒れた家に生い茂るつる草。
大原野
京都の西の大原野神社。藤原氏の氏神を祀る。
をしほの山
小塩山。大原野神社の背後の山。
忘草
萱草。身につけると憂さを忘れるとされた。
しのぶ
しのぶ草(軒しのぶ)。「偲ぶ」を掛ける。
かざりちまき
飾り粽。五月五日の節句に、菖蒲や五色の糸で飾った粽。
水の尾の帝
清和天皇(850〜881)。晩年、山城国の水尾に隠棲したのでこう呼ぶ。
辨のみやすん所
清和天皇の更衣、藤原直子とも。左大弁の娘。
物見
祭などの見物。
したすだれ
下簾。牛車の簾の内側に垂らす布。

文法

物をよくし給ひければ
「物をす」は衣装を仕立てる意。
えなむ仕うまつらぬ
「え…ぬ」の不可能。「なむ」の結びで「ぬ」(連体形)。
うたがはれけり
「れ」は自発。
こゝろはかれじ
「かれ」に「枯れ」と「離(か)れ」を掛ける。
あるにこそあなれ
「あなれ」は「あるなれ」の撥音便の無表記で、「こそ」の結び。
おほぬさとなりぬる人の
底本は内侍の言葉の「「」の中にこの歌を続け、「」」を置かない。
寢もしなむ
「し」はサ変、「な」は強意、「む」は意志。
「みやしろにて
底本は「みやしろ」の前に「「」を刷るが、対応する「」」がない。地の文と解した。
おもひ出づらめ
「こそ」の結びで「らめ」。
咲かざらむ
「や」の結びで連体形。
根さへかれめや
「めや」は反語。枯れることがあろうか。
暮らしてむとや
「て」は強意、「む」は意志、「とや」の下に「思ふ」を略す。
おもはざりしを
「を」は詠嘆をこめた逆接。
これらは物語にて世にある事どもなり
語り手の言葉。業平の話が「物語」として流布していることを示す。
うき香もぞつく
「もぞ」は危惧。移り香がつくと困る。

和歌

雲鳥の あやの色をも おもほえず 人をあひ見で 年の經ぬれば

詠者
藤原良相
状況
綾の染め方をたずねてきた染殿の内侍に。

修辞

掛詞
「あや」に「綾」と「文目(あやめ)=物の道理」を掛ける。

秋萩を いろどる風の 吹きぬれば 人のこゝろも うたがはれけり

詠者
染殿の内侍
状況
業平に。

秋の野を いろどる風は 吹きぬとも こゝろはかれじ 草葉ならねば

詠者
在原業平
状況
内侍の歌への返し。

修辞

掛詞
「かれ」に「枯れ」と「離れ」を掛ける。

おほぬさと なりぬる人の 悲しきは よるせともなく 鹿ぞなくなる

詠者
染殿の内侍
状況
通わなくなったのに着物の仕立てを頼んできた業平に。『伊勢物語』第47段に似た歌がある。

修辞

掛詞
「しか」に「鹿」と「然(そのように)」を響かせる。
比喩
「大幣」に、多くの女に引かれる業平をたとえる。

なかるとも 何とか見らむ 手に取りて ひきけむ人ぞ 幣と知るらむ

詠者
在原業平
状況
内侍の歌への返し。

修辞

掛詞
「なかる」に「流る」と「泣かる」を響かせる。

思ひあらば 葎の宿に 寢もしなむ ひじきものには 袖をしつゝも

詠者
在原業平
状況
二条の后がまだ入内前のころ、ひじき藻を贈って。『伊勢物語』第3段にも見える。

修辞

掛詞
「ひじきもの」に「鹿尾菜(ひじき)」と「引敷物」を掛ける。

大原や をしほの山も 今日こそは 神代のことも おもひ出づらめ

詠者
在原業平
状況
春宮の女御となった二条の后の大原野詣でにお供して、下賜の衣を受けて。『古今和歌集』雑上、『伊勢物語』第76段にも見える。

修辞

掛詞
「神代のこと」に、藤原氏の祖神の神話と、后との昔の恋とを重ねる。

忘草 おふる野邊とは 見るらめど こはしのぶなり のちもたのまむ

詠者
在原業平
状況
御息所から忘れ草を「これは何か」とたずねられて。『伊勢物語』第100段にも見える。

修辞

掛詞
「しのぶ」に「忍ぶ草」と「偲ぶ」を掛ける。

植ゑしうゑば 秋なき時や 咲かざらむ 花こそ散らめ 根さへかれめや

詠者
在原業平
状況
后の宮に菊を献上して。『古今和歌集』秋下、『伊勢物語』第51段にも見える。

修辞

反語
「根さへかれめや」。

あやめかり 君は沼にぞ 惑ひける 我は野に出でゝ かるぞわびしき

詠者
在原業平
状況
飾り粽を贈られた返しに、雉を添えて。『伊勢物語』第52段にも見える。

修辞

掛詞
「かる」に「刈る」と「狩る」を掛ける。

つれづれと いとゞ心の わびしきに 今日はとはずて 暮らしてむとや

詠者
在原業平
状況
病の床から、見舞いの便りの途絶えた辨の御息所に。

つひに行く 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは おもはざりしを

詠者
在原業平
状況
死を目前にして。『古今和歌集』哀傷、『伊勢物語』第125段にも見える。

見ずもあらず 見もせぬ人の 戀しくは あやなく今日や 詠めくらさむ

詠者
在原業平
状況
物見の車の女の顔を下簾のすきまから見て、翌朝に。『古今和歌集』恋一、『伊勢物語』第99段にも見える。

見もみずも 誰と知りてか 戀ひらるゝ 覺束なみの 今日のながめや

詠者
車の女
状況
業平の歌への返し。

修辞

語法
「覚束なみ」は「覚束なし」の語幹+「み」。

いなや着じ 人にならせる かり衣 わが身にふれば うき香もぞつく

詠者
女
状況
借りた着物を新しい妻のもとで着古して返してきた男に。

修辞

掛詞
「かり衣」に「借り衣」と「狩衣」を掛ける。

解説

この章の段は、多くが在原業平(在中将)の話で、『伊勢物語』の章段と重なっている。第161段は『伊勢物語』の第3段(ひじき藻)と第76段(大原や小塩の山)、第162段は第100段、第163段は第51段、第164段は第52段、第165段の辞世は第125段、第166段は第99段に当たる。両作品を読み比べると、同じ歌を中心に、語られ方が少しずつ違っていることが分かる。

とくに第165段は、業平の辞世「つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを」の背景を、辨の御息所との忍ぶ恋の話として語っている。『伊勢物語』の最終段では、この歌は「昔、男わづらひて、心地死ぬべくおぼえければ」とだけ語られ、具体的な事情は記されない。『大和物語』は、同じ歌に別の物語を与えている。

第166段の末尾の「これらは物語にて世にある事どもなり」という語り手の言葉は、業平の話がすでに「物語」として世に知られていたことを示している。『大和物語』の作者たちは、『伊勢物語』かそれに近い業平の物語を知っており、それを踏まえてこれらの段を書き留めたと考えられる。

第159段の良相の大臣は藤原良相で、兄の良房とともに平安初期の政界の中心にいた。染殿の内侍は、良房の娘の染殿后(文徳天皇の女御、清和天皇の母)に仕えた女房であろう。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、64〜68頁(コマ37–39)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日