古典ライブラリー

大和物語 第24章(第156段〜第158段)

姨捨山と下野の女

信濃の更級で、妻にせがまれて親代わりのおばを山に捨てた男が、月を見て「わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」とよみ、おばを連れ戻す姨捨山の伝説。家財をすべて運び去った夫に馬槽と童の名をかけた歌で返した下野の妻、鹿の声を聞いて「我もしか泣きてぞ人に恋ひられし」とよんだ大和の妻まで、三つの段。

  1. 1信濃しなぬ信濃しなぬしなぬののの國こく國こくこくににに男をとこ男をとこおとこ住す住すすみけりみけりみけり。。。若わか若わかわかききき時とき時ときときににに親おや親おやおやははは死し死ししにければにければにければ、、、をばなむをばなむおばなむ親おや親おやおやののの如ごと如ごとごとくにくにくに、、、若わか若わかわかくよりくよりくより、、、あひあひあい添そ添そそひてあるにひてあるにいてあるに、、、このめのこのめのこのめの心こころ心こころこころいといといと心憂う心憂ううききき事こと事ことこと多おほ多おほおおくてくてくて、、、老お老おおいかゞまりいかゞまりいかがまり居ゐ居ゐいたるたるたるををを常つね常つねつねににくみつゝににくみつゝににくみつつ、、、男をとこ男をとこおとこにもこのにもこのにもこのののの、、、みみみ心こころ心こころこころのさがなくのさがなくのさがなく惡あ惡ああしきしきしき事こと事ことことををを言い言いいひひい聞き聞ききかせければかせければかせければ昔むかし昔むかしむかしののの如ごと如ごとごとくにもあらずくにもあらずくにもあらず。。。
  2. 2おろかなるおろかなるおろかなる事こと事ことこと多おほ多おほおおくこのくこのくこのをばをばをばのためになりゆきけりのためになりゆきけりのためになりゆきけり。。。このこのこのをばをばをばいといといと痛いた痛いたいとううう老お老おおいていていて居ゐ居ゐいたりたりたり。。。これこれこれををを猶なほ猶なほなおこのよめこのよめこのよめ所ところ所ところところせがりてせがりてせがりて、、、今いま今いまいままでしなぬまでしなぬまでしなぬ事こと事ことことととと思おも思おもおもひてよからぬひてよからぬいてよからぬ事こと事ことことをををいひつゝもていましていひつゝもていましていいつつもていまして、、、「「「深ふか深ふかふかききき山やま山やまやまににに捨す捨すす」」」とのみとのみとのみ責せ責せせめければめければめければ、、、責せ責せせめられめられめられ侘わ侘わわびてびてびて、、、さしてむとさしてむとさしてむと思おも思おもおもひなりひなりいなり、、、月つき月つきつきのいとのいとのいと明あか明あかあかききき夜よ夜よよ、、、「「「おうなどもいざおうなどもいざおうなどもいざ給たま給たまたまへへえ。。。寺でら寺でらでらにににたふとたふととうとききき業わざ業わざわざすなるすなるすなる。。。見み見みみせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつらむらむらむ」」」ととと言い言いいひければひければいければ、、、限かぎり限かぎりかぎりなくなくなく喜よろこ喜よろこよろこびてびてびて負お負おおはれにけりはれにけりわれにけり。。。
  3. 3高たか高たかたかききき山やま山やまやまののの麓ふもと麓ふもとふもとににに住す住すすみければみければみければ、、、そのそのその山やま山やまやまにににはるばるとはるばるとはるばると入い入いいりてりてりて、、、高たか高たかたかききき山やま山やまやまののの嶺ね嶺ねねのおりのおりのおり來く來くくべくもあらぬにべくもあらぬにべくもあらぬに、、、置お置おおきてきてきて逃に逃ににげてきぬげてきぬげてきぬ。。。「「「やゝやゝやや」」」といへどいらへもせでといへどいらへもせでといえどいらえもせで家いへ家いへいえににに來き來ききててて思おも思おもおもひひいをををるにるにるに、、、言い言いいひひい腹はら腹はらはらだてけるだてけるだてけるをををりりり腹はら腹はらはらたちてかくしつれどたちてかくしつれどたちてかくしつれど、、、年比としごろ年比としごろとしごろ親おや親おやおやのごとのごとのごと養やしな養やしなやしなひつゝあひそひにければいとひつゝあひそひにければいといつつあいそいにければいと悲かな悲かなかなしくおぼえけりしくおぼえけりしくおぼえけり。。。
  4. 4このこのこの山やま山やまやまのかみよりのかみよりのかみより月つき月つきつきもいともいともいと限かぎり限かぎりかぎりなくなくなく明あ明ああくてくてくて出い出いいでたるでたるでたるををを眺なが眺ながながめてめてめて、、、夜一夜よひとよ夜一夜よひとよよひとよいもねられずいもねられずいもねられず。。。悲かな悲かなかなしくおぼえければしくおぼえければしくおぼえければ、、、かくかくかく詠よ詠よよみたりけるみたりけるみたりける、、、
  5. 5「「「我わ我わわがこゝろなぐさめかねつさらしなやがこゝろなぐさめかねつさらしなやがこころなぐさめかねつさらしなや山やま山やまやまにてるにてるにてる月つき月つきつきををを見み見みみててて」」」
  6. 6とよみてなむとよみてなむとよみてなむ又また又またまたいきていきていきて迎むか迎むかむかへもてへもてえもて來き來ききにけるにけるにける。。。それよりそれよりそれより後のち後のちのちなむなむなむ姨捨をばすて姨捨をばすておばすて山やま山やまやまといひけるといひけるといいける。。。慰なぐさ慰なぐさなぐさめがたしとめがたしとめがたしとはははこれがよしになむありけるこれがよしになむありけるこれがよしになむありける。。。
  7. 7ののの國くに國くにくにににに男女なんによ男女なんによなんにょ住す住すすみわたりけりみわたりけりみわたりけり。。。年比としごろ年比としごろとしごろ住す住すすみけるみけるみけるほどにほどにほどに、、、男をとこ男をとこおとこめめめをををまうけてまうけてもうけて心こころ心こころこころ變かは變かはかわりりりはははてゝこのてゝこのててこの家いへ家いへいえにありけるにありけるにありける物もの物ものものどもどもどもををを今いま今いまいまのめのがりかきのめのがりかきのめのがりかき拂はら拂はらはらひもてひもていもて運はこ運はこはこびいくびいくびいく。。。
  8. 8心憂う心憂ううしとしとしと思おも思おもおもへどへどえど猶なほ猶なほなおさせてさせてさせて見み見みみけりけりけり。。。塵ちり塵ちりちりばかりのばかりのばかりの物もの物ものものももも殘のこ殘のこのこさずさずさず皆みな皆みなみなもていぬもていぬもていぬ。。。唯ただ唯ただただ殘のこ殘のこのこりたるものりたるものりたるものははは、、、ふねのみなむありけるふねのみなむありけるふねのみなむありける。。。それそれそれをををこのこのこの男をとこ男をとこおとこはははををを使つか使つかつかひけるしてひけるしていけるして、、、このこのこのふねふねふねをををさへさへさへ取と取ととりにおこせたりりにおこせたりりにおこせたり。。。
  9. 9このわらこのわらこのわらはははににに女をんな女をんなおんなののの言い言いいひけるひけるいける、、、「「「今いま今いまいまはははこゝにこゝにここに見み見みみえじかしえじかしえじかし」」」などいひければなどいひければなどいいければ、、、「「「などてかさぶらはざらむなどてかさぶらはざらむなどてかさぶらわざらむ。。。ぬしおはせずともさぶらひなむぬしおはせずともさぶらひなむぬしおわせずともさぶらいなむ」」」などなどなど言い言いいひひい立た立たたてりてりてり。。。
  10. 10女をんな女をんなおんな「「「ぬしにせうそこぬしにせうそこぬしにしょうそこ聞きこ聞きこきこえばえばえば申まう申まうもうしてむやしてむやしてむや。。。文ふみ文ふみふみはははよによによに見み見みみ給たま給たまたまはじはじわじ。。。唯ただ唯ただただ詞ことば詞ことばことばにてにてにて申まう申まうもうせよせよせよ」」」といひければといひければといいければ、、、「「「いとよくいとよくいとよく申まう申まうもうししし候さふら候さふらそうらはむはむわむ」」」ととと言い言いいひければかくいひけるひければかくいひけるいければかくいいける、、、
  11. 11「「「船ふね船ふねふねもいぬまかぢももいぬまかぢももいぬまかじも見み見みみえじえじえじ今日けふ今日けふきょうよりよりよりはははうきうきうき世よ世よよののの中なか中なかなかをををいかでいかでいかで渡わた渡わたわたらむらむらむ」」」
  12. 12ととと申まう申まうもうせせせ」」」ととと言い言いいひければひければいければ、、、男をとこ男をとこおとこにいひければにいひければにいいければ、、、物もの物ものものかきかきかきふるひふるひふるいいにしいにしいにし男をとこ男をとこおとこなむなむなむ、、、しかながらしかながらしかながら運はこ運はこはこびびび返かへ返かへかえしてもとのしてもとのしてもとの如ごと如ごとごと添そ添そそひひい居ゐ居ゐいにけるにけるにける。。。
  13. 13大和やまと大和やまとやまとののの國くに國くにくにににに男女なんによ男女なんによなんにょありけりありけりありけり。。。年月としつき年月としつきとしつき限かぎり限かぎりかぎりなくなくなく思おも思おもおもひてひていて住す住すすみみみ渡わた渡わたわたりけるりけるりけるををを、、、いかゞしけむいかゞしけむいかがしけむ、、、女をんな女をんなおんなををを得え得ええてけりてけりてけり。。。猶なほ猶なほなおもあらずもあらずもあらず、、、このこのこの家いへ家いへいえにゐてにゐてにいて來き來ききててて壁かべ壁かべかべををを隔へだ隔へだへだてゝてゝてて住す住すすみてみてみて我わ我わわががが方かた方かたかたにににははは更さら更さらさらににに寄よ寄よよりこずりこずりこず。。。
  14. 14いといといと憂う憂ううしとしとしと思おも思おもおもへどへどえど更さら更さらさらにいひもねたまずにいひもねたまずにいいもねたまず。。。秋あき秋あきあきのよののよののよの長なが長ながながきにきにきに目め目めめををを覺おぼ覺おぼおぼしてしてして聞き聞ききけばけばけば、、、鹿か鹿かかなむなむなむ鳴な鳴ななきけるきけるきける。。。物もの物ものものもいもいもいはははででで聞き聞きききけりきけりきけり。。。壁かべ壁かべかべををを隔へだ隔へだへだてたるてたるてたる男をとこ男をとこおとこ「「「聞き聞ききききき給たま給たまたまふやふやうや。。。こそこそこそ」」」ととと言い言いいひければひければいければ「「「何事なにごと何事なにごとなにごと」」」といらへければといらへければといらえければ「「「このこのこの鹿しか鹿しかしかののの鳴な鳴ななくくくははは聞き聞ききききき給たま給たまたまふやふやうや」」」といひければといひければといいければ「「「さささ聞き聞ききききき侍はべ侍はべはべりりり」」」といらへけりといらへけりといらえけり。。。
  15. 15男をとこ男をとこおとこ「「「さでそれさでそれさでそれをををいかゞいかゞいかが聞き聞ききききき給たま給たまたまふふう」」」ととと言い言いいひければひければいければ、、、女をんな女をんなおんな、、、ふといひけるふといひけるふといいける。。。
  16. 16「「「我わ我わわもしかなきてぞもしかなきてぞもしかなきてぞ人ひと人ひとひとににに戀こ戀ここひられしひられしひられし今いま今いまいまこそよそにこそよそにこそよそに聲こゑ聲こゑこえをををのみのみのみ聞き聞ききけけけ」」」
  17. 17ととと詠よ詠よよみたりければみたりければみたりければ、、、限かぎり限かぎりかぎりなくめでゝこのなくめでゝこのなくめでてこの今いま今いまいまのめのめのめををを送おく送おくおくりてもとのごとなむりてもとのごとなむりてもとのごとなむ住す住すすみわたりけるみわたりけるみわたりける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第156段〕信濃の国の更級という所に、男が住んでいた。若い時に親が死んでしまったので、おばが親のように、若いころから付き添って世話をしていたが、この男の妻の心にはたいへん感心できないことが多くて、この姑(おば)が年老いて腰が曲がっているのをいつも憎んでは、夫にもこのおばの、心の意地悪くよくないことを言い聞かせたので、男も昔のようではなくなった。おろそかにすることが多くなっていった。このおばはひどく年老いて、腰が二重に曲がっていた。妻はこれをますますじゃまに思って、今まで死なないことよと思って、よくないことを言っては、「深い山に捨ててしまってください」とばかり責めたので、男は責められて困りはて、そうしてしまおうと思うようになり、月のたいへん明るい夜、「おばあさん、さあいらっしゃい。寺でありがたい法会があるそうです。お見せしましょう」と言ったので、おばは限りなく喜んで背負われた。高い山のふもとに住んでいたので、その山にはるばると入って、高い山の峰の、降りて来られそうもない所に置いて逃げて来た。「これこれ」とおばが言っても返事もせずに家に帰って来て思っていると、妻が言って腹を立てさせた時には腹を立ててこうしたけれど、長年親のように養ってくれて一緒に暮らしてきたので、たいへん悲しく思われた。この山の上から月もたいへん明るく出ているのをながめて、一晩じゅう眠ることもできない。悲しく思われたので、こうよんだ。

「わたしの心は慰めようもない。更級の姨捨山に照る月を見ていると」

とよんで、また山に行って、おばを迎えて連れて帰って来た。それ以後、この山を姨捨山と言うようになった。「慰めがたし」と言うときにこの山を引くのは、こういうわけであった。

〔第157段〕下野の国に、男と女が長く住んでいた。何年も暮らしているうちに、男は新しい妻をもうけて、すっかり心変わりして、この家にあった物を、新しい妻のもとへすっかり運んで行く。女はつらいと思ったけれど、そのまま運ばせて見ていた。塵ほどの物も残さず、すべて持って行ってしまった。ただ残っているものは、馬槽(うまぶね)だけであった。それを、この男の従者で「まかぢ」という童を使いにして、この馬槽まで取りによこした。この童に女が言うには、「おまえももう、ここには来ないでしょうね」などと言ったので、童は「どうしてお伺いしないことがありましょう。ご主人がいらっしゃらなくても、お伺いいたします」などと言って立っていた。女が「ご主人に伝言を申し上げたら、伝えてくれるかい。手紙はきっとご覧にならないでしょう。ただ言葉で申し上げておくれ」と言ったので、「たいへんよく申し上げましょう」

と言ったので、こう言った。

「「船(うまぶね)も行ってしまう、まかじ(真楫)も見えないだろう――今日からは、このつらい世の中を、どうやって渡っていこう」

と申し上げておくれ」と言ったので、童が男に伝えたところ、物を根こそぎ持って行ってしまった男が、そのまま全部運び返して、もとのように、浮気もせずに連れ添って暮らした。

〔第158段〕大和の国に男と女がいた。長年このうえなく愛し合って暮らしていたが、どうしたことか、男は別の女を手に入れた。それだけでなく、この家に連れて来て、壁を隔てて住んで、自分の方には全く寄りつかない。女はたいへんつらいと思ったけれど、全く口にも出さず、ねたみもしない。秋の夜長に目を覚まして聞いていると、鹿が鳴いている。女は何も言わずに聞いていた。壁を隔てた男が「聞いていらっしゃいますか。そちらの方」と言ったので、「何事ですか」と返事をすると、「この鹿の鳴くのを聞いていらっしゃいますか」と言ったので、「そう、聞いております」と答えた。男が「それで、それをどうお聞きになりますか」と言ったので、女がすぐに言った歌。

「わたしも、あの鹿のように鳴いて――泣いて、あなたに恋い慕われたものでした。今は、よそながら声ばかりを聞いています」

とよんだので、男はこのうえなく感じ入って、この新しい妻を送り返して、もとのように連れ添って暮らした。

意訳

〔第156段〕親代わりに育ててくれたおばを、妻にせがまれて山に捨てた男。だが、家に帰って山の上に明るく照る月を見ると、どうにも心が慰められない。「わが心慰めかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」――この一首をよんで、男はふたたび山に登り、おばを連れ帰った。姨捨山の名の由来、そして「慰めかねつ」という言葉が更級・姨捨の月と結びつくようになったわけを語る伝説である。

〔第157段〕家財を残らず新しい妻の家へ運ばせた夫。最後に残った馬槽(うまぶね)まで取りに来た童の名は「まかぢ」。妻は「ふね(馬槽)も行き、まかぢ(真楫)も来なくなるなら、どうやってこのつらい世を渡っていけばよいのか」と、船と楫になぞらえた歌を言づけた。この一首で夫は目を覚まし、運んだ物をすべて戻して妻のもとに帰ってきた。

〔第158段〕新しい女を同じ家に住まわせた夫。壁越しに「あの鹿の声を、どう聞くか」と問う夫に、妻は「わたしも昔は、あの鹿のように泣いてあなたに恋われたもの。今はよそながら声を聞くばかり」と答えた。妻の静かな恨みに打たれた夫は、新しい女を送り返した。第149段・第157段とともに、妻の歌が夫の心を取り戻す話が並んでいる。

語釈・文法注

さらしな
更級。信濃国更級郡(今の長野県千曲市・長野市のあたり)。
をば
伯母・叔母。親を亡くした男を育てた。
しうとめ
姑。ここでは夫の親代わりのおばをいう。
ふたへ
二重。腰が曲がって体が二つ折りになっているさま。
所せがりて
「所せがる」はじゃまに思う、もてあます。
たうびよ
「給びよ」のウ音便。…してください。
姨捨山
冠着山(かむりきやま)とされる。月の名所。
下野の國
今の栃木県。
うま、ふね
底本は「うま、ふね」と読点を打つ。通行本文は「馬槽(うまぶね)」で、馬の飼い葉を入れる桶。歌の「船」の掛詞のもとになる。
まかぢ
童の名。船の左右の楫をそろえた「真楫」を掛ける。
きんぢ
「汝(なんぢ)」の変化した形。おまえ。目下の者への呼びかけ。
あからめ
よそ見、浮気。
西こそ
底本の本文。通行本文には「にしこそ」とあり、壁の向こうの相手への呼びかけと解した。

文法

さがなく
「さがなし」は性質がよくない、意地が悪い。
今までしなぬ事
「今まで死なないことよ」と、おばの長生きを憎む気持ち。
さしてむ
「て」は強意、「む」は意志。そうしてしまおう。
たふとき業すなる
「なる」は伝聞の助動詞「なり」の連体形。ありがたいことをするそうだ。
おり來べくもあらぬに
降りて来られそうもない所に。
腹だてけるをり腹たちて
妻が腹を立てさせた時には(自分も)腹を立てて。
慰めがたしとはこれがよしになむありける
「慰めかねつ」と更級・姨捨を結びつける言い方の由来を説明する語り手の言葉。
見えじかし
「じ」は打消推量、「かし」は念押し。
などてかさぶらはざらむ
「などてか」は反語。
申してむや
「て」は強意、「む」は推量、「や」は疑問。申し上げてくれるか。
よに見給はじ
「よに…じ」で、決して…ないだろう。
と申せ」と言ひければ
歌を含む伝言全体を「」で括る形。
しかながら
そのまますべて。
さ聞き侍り
「さ」はそう、そのように。

和歌

我がこゝろ なぐさめかねつ さらしなや 姨捨山に てる月を見て

詠者
更級の男
状況
おばを山に捨てて帰った夜、山の上に照る月を見て。『古今和歌集』雑上に「読人しらず」として入る。

修辞

歌枕
更級・姨捨山は、この歌によって「慰めかねつ」と月の名所として定着した。

船もいぬ まかぢも見えじ 今日よりは うき世の中を いかで渡らむ

詠者
下野の妻
状況
家財を運び去った夫の童「まかぢ」に、伝言として。

修辞

掛詞
「船」に「馬槽(うまぶね)」、「まかぢ」に童の名と「真楫」、「うき」に「憂き」と「浮き」を掛ける。
縁語
「船」「楫」「浮き」「渡る」。

我もしか なきてぞ人に 戀ひられし 今こそよそに 聲をのみ聞け

詠者
大和の妻
状況
新しい女を同じ家に住まわせた夫に、鹿の声をどう聞くかと問われて。『古今和歌集』にも似た歌がある。

修辞

掛詞
「しか」に「鹿」と「然(そのように)」、「なき」に「鳴き」と「泣き」を掛ける。

解説

第156段は、姨捨山の伝説の最も古い形を伝える段として名高い。「わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」は『古今和歌集』雑上に「読人しらず」として入っており、『大和物語』はこの歌の由来として、老いたおばを山に捨てた男の話を語っている。この伝説は、のちに『今昔物語集』、謡曲「姨捨」、さらに近代の深沢七郎『楢山節考』などにも影響を与えた。更級日記の作者が日記に「更級」の名を付けたのも、この歌によるとされる。

第157段・第158段は、夫の心変わりに対して、妻が歌によって夫の心を取り戻す話である。第149段の「風吹けば」の段とあわせて、『大和物語』後半には、恨みを口にせず、歌に託して夫の心を動かす妻の話がいくつも並んでいる。歌が人の心を動かす力を、もっとも素朴な形で示す話といえる。

第157段の「うま、ふね」は、底本では読点を打っているが、通行本文では「馬槽(うまぶね)」と解し、歌の「船」と結びつけている。童の名「まかぢ」と「真楫(まかぢ)」を掛けるなど、言葉遊びの面白さが話の要になっている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、62〜64頁(コマ36–37)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日