古典ライブラリー

大和物語 第23章(第151段〜第155段)

立田川・いはでおもふ・安積山

奈良の帝と人麻呂の立田川の紅葉の歌、愛鷹を逃がした大納言に帝が返した「いはでおもふぞいふにまされる」、嵯峨の東宮との藤袴の贈答、立田山で男にさらわれて死んだ娘、大納言の娘をさらって安積山に住んだ内舎人と、山の井に映るわが姿に恥じて死んだ娘の「安積山」の歌まで、五つの段。

  1. 1同おな同おなおなじじじ帝みかど帝みかどみかど、、、川がは川がはがわののの紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじいとおもしろきいとおもしろきいとおもしろきををを御覽ごらん御覽ごらんごらんじけるじけるじける日ひ日ひひ、、、人ひと人ひとひとまろまろまろ、、、
  2. 2「「「立田たつた立田たつたたつた川がは川がはがわもみぢもみぢもみじ葉は葉はは三室みもろ三室みもろみもろののの山やま山やまやまにしぐれにしぐれにしぐれふるふるふるらしらしらし」」」。。。
  3. 3みかどみかどみかど、、、
  4. 4「「「立田たつた立田たつたたつた川がは川がはがわもみぢみだれてながるめりもみぢみだれてながるめりもみじみだれてながるめり渡わた渡わたわたらばにしきらばにしきらばにしき中なか中なかなかややや絕た絕たたえなむえなむえなむ」」」
  5. 5とぞあそばしたりけるとぞあそばしたりけるとぞあそばしたりける。。。
  6. 6同おな同おなおなじじじ帝みかど帝みかどみかど、、、狩かり狩かりかりいとかしこくいとかしこくいとかしこく好この好このこのみみみ給たま給たまたもうけりうけりうけり。。。みちのみちのみちの國くに國くにくに手て手ててののの郡こほり郡こほりこおりよりよりより奉たてまつ奉たてまつたてまつれるれるれる御おん御おんおん鷹たか鷹たかたか、、、世よ世よよになくかしこかりければになうになくかしこかりければになうになくかしこかりければにのう思おぼ思おぼおぼしてしてして鷹たか鷹たかたかにしにしにし給たま給たまたもうけりうけりうけり。。。
  7. 7名な名ななをばをばをばはははでとなむつけでとなむつけでとなむつけ給たま給たまたまへりけるへりけるえりける。。。それそれそれをををかのかのかの道みち道みちみちににに心こころ心こころこころありてありてありて預あづか預あづかあずかりりり仕つか仕つかつこうまつりうまつりうまつり給たま給たまたもうけるうけるうける大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんににに預あづ預あづあずけけけ給たま給たまたまへりけるへりけるえりける。。。夜晝よるひる夜晝よるひるよるひるこれこれこれをををあづかりてとりかひあづかりてとりかひあずかりてとりかい給たま給たまたまふふうほどにほどにほどに、、、いかゞしいかゞしいかがし給たま給たまたまひけむそらしひけむそらしいけむそらし給たま給たまたもうてけりうてけりうてけり。。。
  8. 8心こころ心こころこころ肝きも肝きもきもををを惑まど惑まどまどはしてはしてわして求もと求もともとむるにむるにむるに更さら更さらさらにえにえにえ見み見みみ出い出いいでずでずでず。。。山々やまやま山々やまやまやまやまににに人ひと人ひとひとをやをやをやりつゝりつゝりつつ求もと求もともとめさすれどめさすれどめさすれど更さら更さらさらになしになしになし。。。自みづか自みづかみずからもらもらも深ふか深ふかふかききき山やま山やまやまににに入い入いいりてりてりて惑まど惑まどまどひありきひありきいありき給たま給たまたまへどかひもなしへどかひもなしえどかいもなし。。。
  9. 9このこのこの事こと事ことことををを奏そう奏そうそうせでせでせで暫しば暫しばしばしもあるべけれどしもあるべけれどしもあるべけれど、、、二三日ふつかみか二三日ふつかみかふつかみかにあけずにあけずにあけず御覽ごらん御覽ごらんごらんせぬせぬせぬ日ひ日ひひなしなしなし。。。いかゞせむとていかゞせむとていかがせむとてうちにうちにうちに參まゐ參まゐまいりてりてりて御おん御おんおん鷹たか鷹たかたかののの失う失ううせたるよしせたるよしせたるよしををを奏そう奏そうそうししし給たま給たまたまふふう時とき時ときときににに、、、帝みかど帝みかどみかどものものたまはせずものものたまはせずものものたまわせず。。。
  10. 10聞きこ聞きこきこしめしつけぬにやあらむとてしめしつけぬにやあらむとてしめしつけぬにやあらむとて、、、又また又またまた奏そう奏そうそうししし給たま給たまたまふにおもてふにおもてうにおもてをををのみまもらせのみまもらせのみまもらせ給たま給たまたもうてうてうて物もの物ものものものたまはせずものたまはせずものたまわせず。。。思おぼ思おぼおぼしたるなりけりとしたるなりけりとしたるなりけりと我わ我わわにもあらぬにもあらぬにもあらぬ心こころ心こころこころちしてちしてちして畏かしこ畏かしこかしこまりていますかりてまりていますかりてまりていますかりて「「「このこのこの御おん御おんおん鷹たか鷹たかたかののの、、、求もと求もともとむるにむるにむるに侍はべ侍はべはべらぬことらぬことらぬこと、、、いかさまにかしいかさまにかしいかさまにかし侍はべ侍はべはべらむらむらむ。。。などかなどかなどか仰事おほせごと仰事おほせごとおおせごともしもしもし給たま給たまたまはぬはぬわぬ」」」ととと奏そう奏そうそうししし給たま給たまたまふふう時とき時ときときににに、、、帝みかど帝みかどみかど、、、
  11. 11「「「いいいはははでおもふぞいふにまされるでおもふぞいふにまされるでおもうぞいうにまされる」」」
  12. 12とのたまひけりとのたまひけりとのたまいけり。。。かくのみのたまはせてかくのみのたまはせてかくのみのたまわせて、、、ことことこと事こと事ことことものたまはざりけりものたまはざりけりものたまわざりけり。。。御心みこころ御心みこころみこころにいといふかひなくにいといふかひなくにいというかいなく惜を惜をおしくおぼさるゝになむありけるしくおぼさるゝになむありけるしくおぼさるるになむありける。。。これこれこれをををなむなむなん世よ世よよののの中なか中なかなかののの人ひと人ひとひと、、、をばをばをばとかくつけたるとかくつけたるとかくつけたる。。。もともともとはははかくのみなむありけるかくのみなむありけるかくのみなむありける。。。
  13. 13ならのならのならの帝みかど帝みかどみかど位くらゐ位くらゐくらいにおはしましけるにおはしましけるにおわしましける時とき時ときとき、、、ののの帝みかど帝みかどみかどはははにおはしましてにおはしましてにおわしまして、、、詠よ詠よよみてたてまつれみてたてまつれみてたてまつれ給たま給たまたもうけるうけるうける。。。
  14. 14「「「みなみなみな人ひと人ひとひとのそののそののその香か香かかにににめづるめづるめずる君きみ君きみきみのみためとのみためとのみためと手て手てて折を折をおりつるりつるりつるけふけふきょう」」」。。。
  15. 15帝みかど帝みかどみかど、、、御おん御おんおんかへしかへしかえし、、、
  16. 16「「「折を折をおるるる人ひと人ひとひとのこゝろにかなふのこゝろにかなふのこころにかなうふぢばかまふぢばかまふじばかまうべうべうべ色いろ色いろいろごとににほひたりけりごとににほひたりけりごとににおいたりけり」」」。。。
  17. 17大和やまと大和やまとやまとののの國くに國くにくになりけるなりけるなりける人ひと人ひとひとのむすめいとのむすめいとのむすめいと淸きよ淸きよきよらにてありけるらにてありけるらにてありけるををを、、、京きやう京きやうきょうよりよりより來き來ききたりけるたりけるたりける男をとこ男をとこおとこのかいまみてのかいまみてのかいまみて見み見みみけるにいとをかしげなりければぬすみてけるにいとをかしげなりければぬすみてけるにいとおかしげなりければぬすみて、、、かきかきかき抱いだ抱いだいだきてきてきて馬むま馬むまうまにににうちうちうち乘の乘ののせてせてせて逃に逃ににげていにけりげていにけりげていにけり。。。
  18. 18いとあさましうおそろしういとあさましうおそろしういとあさましゅうおそろしゅう思おも思おもおもひけりひけりいけり。。。日暮ひく日暮ひくひくれてれてれて立田たつた立田たつたたつた山やま山やまやまにやどりぬにやどりぬにやどりぬ。。。草くさ草くさくさののの中なか中なかなかにににををを解と解ととききき敷し敷ししきてきてきて女をんな女をんなおんなををを抱いだ抱いだいだきてきてきて臥ふ臥ふふせりせりせり。。。女をんな女をんなおんな恐おそ恐おそおそろしとろしとろしと思おも思おもおもふことかぎりなしふことかぎりなしうことかぎりなし。。。
  19. 19侘わび侘わびわびしとおもひてしとおもひてしとおもいて、、、男をとこ男をとこおとこのものいへどいらへもせでのものいへどいらへもせでのものいえどいらえもせで泣な泣ななきければきければきければ、、、男をとこ男をとこおとこ、、、
  20. 20「「「鳥とり鳥とりとりかからごろもかからごろもかからごろも立田たつた立田たつたたつたののの山やま山やまやまにににをりはへをりはへおりはえてててなくなくなく」」」。。。
  21. 21女をんな女をんなおんな、、、かへしかへしかへし、、、
  22. 22「「「立田たつた立田たつたたつた川がは川がはがわ岩根いはね岩根いはねいわねをををさしてさしてさして行ゆ行ゆゆくくく水みづ水みづみずのゆくへものゆくへものゆくえも知し知ししらぬわがごとやなくらぬわがごとやなくらぬわがごとやなく」」」
  23. 23ととと詠よ詠よよみてみてみて死し死ししにけりにけりにけり。。。いとあさましうてなむいとあさましうてなむいとあさましゅうてなむ男をとこ男をとこおとこ抱いだ抱いだいだきもちてきもちてきもちて泣な泣ななきけるきけるきける。。。
  24. 24昔むかし昔むかしむかし大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんののの女をんな女をんなおんないといといと美うつ美うつうつくしうてくしうてくしゅうて持も持ももちちち給たま給たまたまひたりけるひたりけるいたりけるををを、、、帝てい帝ていていににに奉たてまつ奉たてまつたてまつらむとてかしづきらむとてかしづきらむとてかしずき給たま給たまたもうけるうけるうける。。。殿どの殿どのどのにちかうにちかうにちこう仕つか仕つかつこ人ひと人ひとひと、、、いかでかいかでかいかでか見み見みみけむけむけむ、、、このむすめこのむすめこのむすめををを見み見みみてけりてけりてけり。。。
  25. 25顏かほ顏かほかおかたちのいとかたちのいとかたちのいと美うつ美うつうつくしげなるくしげなるくしげなるををを見み見みみててて、、、萬よろづ萬よろづよろずののの事こと事ことことおぼえずおぼえずおぼえず、、、心こころ心こころこころにかゝりてにかゝりてにかかりて、、、夜晝よるひる夜晝よるひるよるひるいとわびしくやまひになりておぼえければいとわびしくやまひになりておぼえければいとわびしくやまいになりておぼえければ、、、「「「せちにせちにせちに聞きこ聞きこきこえさすべきえさすべきえさすべき事こと事ことことなむあるなむあるなむある」」」ととと言い言いいひひい渡わた渡わたわたりたりければりたりければりたりければ、、、「「「あやしあやしあやし。。。何事なにごと何事なにごとなにごとぞぞぞ」」」といひてといひてといいて出い出いいでたりけるでたりけるでたりけるををを、、、さるさるさる心こころ心こころこころまうけしてゆくりもなくかきまうけしてゆくりもなくかきもうけしてゆくりもなくかき抱いだ抱いだいだきてきてきて馬むま馬むまうまににに乗の乗ののせてみちのせてみちのせてみちの國くに國くにくにへへへ夜よ夜よよともいはずともいはずともいわず、、、晝ひる晝ひるひるともいはずともいはずともいわず、、、逃に逃ににげていにけりげていにけりげていにけり。。。
  26. 26あさかのあさかのあさかの郡こほり郡こほりこおりあさかのあさかのあさかの山やま山やまやまといふといふという所ところ所ところところにいほりにいほりにいおりををを造つく造つくつくりてこのりてこのりてこの女をんな女をんなおんなをををすゑてすゑてすえて里さと里さとさとににに出い出いいでつゝでつゝでつつ物もの物ものものなどなどなど求もと求もともとめてめてめて來き來ききつゝくはせてつゝくはせてつつくわせて年月としつき年月としつきとしつきををを經へ經へへてててありありありへへへけりけりけり。。。このこのこの男をとこ男をとこおとこいぬればいぬればいぬれば唯ただ唯ただただ一人ひとり一人ひとりひとり物もの物ものものももも食く食くくはははででで山やま山やまやまののの中なか中なかなかににに居ゐ居ゐいたればたればたれば限かぎり限かぎりかぎりなくなくなく侘わび侘わびわびしかりけりしかりけりしかりけり。。。
  27. 27かゝるかゝるかかるほどにほどにほどに孕はら孕はらはらみにけりみにけりみにけり。。。このこのこの男をとこ男をとこおとこ物もの物ものものもとめにもとめにもとめに出い出いいでにけるまゝにでにけるまゝにでにけるままに、、、三四日みかよか三四日みかよかみかよかこざりければこざりければこざりければ、、、待ま待ままちちち侘わ侘わわびてびてびて立た立たたちちち出い出いいでゝでゝでてののの井ゐ井ゐいにいきてにいきてにいきて影かげ影かげかげををを見み見みみればればれば、、、わがありしかたちにもあらずわがありしかたちにもあらずわがありしかたちにもあらず。。。
  28. 28怪あや怪あやあやしきしきしきやうになりにけりやうになりにけりようになりにけり。。。鏡かがみ鏡かがみかがみもなければもなければもなければ顏かほ顏かほかおのなりたらむやうものなりたらむやうものなりたらむようも知し知ししらでありけるにらでありけるにらでありけるに、、、俄にはか俄にはかにわかににに見み見みみればいとればいとればいと恐おそ恐おそおそろしげなりけるろしげなりけるろしげなりけるををを、、、いといといとはははづかしとづかしとずかしと思おも思おもおもひけりひけりいけり。。。さてよみたりけるさてよみたりけるさてよみたりける、、、
  29. 29「「「山やま山やまやまかげさへかげさへかげさえ見み見みみゆるゆるゆる山やま山やまやまののの井ゐ井ゐいののの淺あさ淺あさあさくくくははは人ひと人ひとひとをををおもふものかおもふものかおもうものかははは」」」
  30. 30とよみてとよみてとよみて木き木ききににに書か書かかきつけていほにきつけていほにきつけていおに來き來ききててて死し死ししにけりにけりにけり。。。男をとこ男をとこおとこ物もの物ものものなどもとめてもてなどもとめてもてなどもとめてもて來き來ききててて、、、死し死ししにてにてにて伏ふ伏ふふせりければいとあさましとせりければいとあさましとせりければいとあさましと思おも思おもおもひけりひけりいけり。。。山やま山やまやまののの井ゐ井ゐいなりけるなりけるなりける歌うた歌うたうたををを見み見みみててて歸かへ歸かへかえりりり來き來ききててて、、、これこれこれををを思おも思おもおもひひい死し死ししにゝにゝにに傍かたはら傍かたはらかたわらににに臥ふ臥ふふせりてせりてせりて死し死ししにけりにけりにけり。。。世よ世よよののの。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第151段〕同じ帝(奈良の帝)が、立田川の紅葉がたいへん美しいのをご覧になった日に、人麻呂が、

「立田川に紅葉が流れている。神奈備の三室の山に、時雨が降っているらしい」。

帝が、

「立田川に紅葉が乱れて流れているようだ。渡ったら、錦が中で断ち切れてしまうだろうか」

とおよみになった。

〔第152段〕同じ帝は、鷹狩をたいへんお好みになった。陸奥の国の磐手の郡から献上された御鷹は、世にまたとなくすぐれていたので、このうえなく大切にお思いになって、御手鷹にしていらっしゃった。名を「磐手(いはで)」とお付けになっていた。それを、その道に心得があって預かってお仕えしていらっしゃった大納言にお預けになっていた。大納言は昼も夜もこれを預かって世話をしていらっしゃるうちに、どうなさったのか、逃がしてしまわれた。心も肝もうろたえさせて探したが、まったく見つけ出せない。山々に人をやって探させたけれど、まったくいない。自分でも深い山に入って探しまわりなさったけれど、かいもない。このことを奏上しないで、しばらくはいられそうでもあるが、帝は二、三日おかずにご覧にならない日はない。どうしようと思って、内裏に参上して、御鷹がいなくなったことを奏上なさった時に、帝は何もおっしゃらない。お聞き取りにならなかったのだろうかと思って、また奏上なさると、帝は大納言の顔をじっと見つめなさるばかりで、何もおっしゃらない。けしからんとお思いなのだと、生きた心地もせず恐縮していらっしゃって、「この御鷹が、探しても見つかりませんことは、どういたしましょう。どうして何もおおせごとをくださらないのですか」と奏上なさった時に、帝が、

「言わないで思うほうが、言うよりもまさっている」

とおっしゃった。ただこれだけをおっしゃって、ほかのことは何もおっしゃらなかった。御心の中では、たいへん言いようもなく残念にお思いになっていたのであった。これを世の中の人は、上の句をあれこれと付けている。もとはこれだけであった。

〔第153段〕奈良の帝が位についていらっしゃった時、嵯峨の帝は東宮でいらっしゃって、よんでさし上げなさった歌。

「誰もがその香りをめでる藤袴を、あなたのためにと、今日手折ったのです」。

帝の御返し、

「折る人の心にかなった藤袴は、なるほど色ごとに美しく匂っていることよ」。

〔第154段〕大和の国にいた人の娘が、たいへん美しく暮らしていたのを、京から来た男がのぞき見て、たいそうかわいらしかったので盗んで、抱きかかえて馬に乗せて逃げて行ってしまった。娘はたいへんあきれて恐ろしく思った。日が暮れて立田山に宿った。草の中に障泥(あおり)を解いて敷いて、女を抱いて臥した。女は恐ろしいと思うことこのうえない。つらいと思って、男がものを言っても返事もせずに泣いていたので、男が、

「誰の禊のための木綿付け鳥なのか、唐衣を裁つという立田の山で、長々と鳴いている」。

女の返し、

「立田川の岩根をさして流れて行く水のように、行く先も知らないわたしのように、鳥も泣いているのでしょうか」

とよんで死んでしまった。たいへんあきれて、男は亡骸を抱いて泣いた。

〔第155段〕昔、大納言が、娘でたいへん美しいのを持っていらっしゃったのを、帝にさし上げようと大切に育てていらっしゃった。御殿の近くに仕えていた内舎人であった人が、どうして見たのか、この娘を見てしまった。顔かたちがたいへん美しいのを見て、何もかも分からなくなり、心にかかって、昼も夜もたいへんつらく病気のようになって思われたので、「ぜひとも申し上げたいことがあります」と言い続けたところ、娘が「不思議なこと。何事でしょう」と言って出て来たのを、そのつもりで用意していて、いきなり抱きかかえて馬に乗せ、陸奥の国へ、夜とも言わず昼とも言わず逃げて行った。安積の郡の安積山という所に庵を造って、この女を住まわせ、男は里に出ては食べ物などを求めて来ては食べさせて、年月を過ごしていた。この男が出て行くと、女はただ一人、物も食べずに山の中にいたので、このうえなくわびしかった。そうするうちに身ごもった。この男が食べ物を探しに出て行ったまま、三、四日帰って来なかったので、待ちわびて外に出て、山の井戸に行って自分の姿を映して見ると、昔の自分の姿でもない。見苦しい様子になってしまっていた。鏡もないので、顔がどうなっているかも知らずにいたが、急に見るとたいへん恐ろしげであったのを、たいへん恥ずかしく思った。そうしてよんだ歌、

「安積山の影までも映って見える山の井は浅いけれど、わたしは浅い心で人を思っているのではありません」

とよんで、木に書きつけて、庵に帰って死んでしまった。男は食べ物などを探して持って来て、女が死んで臥しているので、たいへんあきれて思った。山の井戸のところにあった歌を見て帰って来て、これを思い悩んで、そばに臥して死んでしまった。昔の言い伝えであった。

意訳

〔第151段〕立田川を流れる紅葉の美しさ。人麻呂は川上の三室山の時雨を思いやり、帝は「渡れば錦が断ち切れてしまう」と、川面を錦に見立てて渡るのをためらう。帝の歌は、『古今和歌集』では「読人しらず」の歌として、少し形を変えて入っている。

〔第152段〕愛鷹「磐手」を逃がしてしまった大納言。恐る恐る報告しても、帝は黙って大納言の顔を見つめるばかり。ようやく口にしたのは「いはでおもふぞいふにまされる」――鷹の名の「磐手(いはで)」に「言はで(言わないで)」を掛け、「口に出さずに思うほうが、言うよりも深い」と、責める言葉も嘆きの言葉ものみこんだ。人々がこの下の句にさまざまな上の句を付けて楽しんだという結びも、歌が人の口から口へ伝わっていく様子をうかがわせる。

〔第153段〕兄弟の帝と東宮が、藤袴に寄せて敬意と親しみを交わす。

〔第154段〕さらわれた娘は、立田山の草の上で、恐ろしさのあまり口もきかない。男が鶏の声に寄せて歌いかけると、娘は「行く先も知らない水のような身の上」とよんで息絶えた。短く、残酷な話である。

〔第155段〕帝に入内させるはずの娘をさらった内舎人。陸奥の安積山の庵で暮らすうち、娘は身ごもり、ひとりで待つ日々にやつれていく。山の井戸に映ったわが姿の変わりように驚き、恥じた娘は、「山の井は浅いけれど、わたしの思いは浅くない」と木に書きつけて死んだ。それを見た男も、そのそばで死ぬ。「安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心をわが思はなくに」は『万葉集』の歌で、『古今和歌集』仮名序では、歌の「父母」として「難波津」の歌と並べて挙げられた名歌である。

語釈・文法注

立田川
竜田川。大和国の川。紅葉の名所。
かみなびの三室の山
神奈備の三室山。神の宿る山の意で、竜田の神奈備山を指す。
岩手の郡
陸奥国磐手郡。今の岩手県。鷹の産地として知られた。
御手鷹
天皇がみずから手に据えて狩に使う鷹。
いはで
鷹の名「磐手」。「言はで(言わないで)」を掛ける。
たいだいし
けしからん、もってのほかだ。
もと
和歌の上の句(本)。
嵯峨の帝
嵯峨天皇(786〜842)。平城天皇の弟。
坊
東宮坊。皇太子。
ふぢばかま
藤袴。秋の七草の一つで、香りのよい花。
あふり
障泥(あおり)。馬の脇腹に垂らす泥よけの革。
みそぎ
禊。水で身を清める神事。
うどねり
内舎人。天皇の身辺の警護や雑事に仕える下級の官人。
あさかの郡あさかの山
陸奥国安積郡(今の福島県郡山市のあたり)の安積山。
山の井
山の清水がたまった浅い泉。
ふるごと
古事。昔から言い伝えられた話。

文法

しぐれふるらし
「らし」は根拠のある推定。紅葉が流れてくるのを根拠に推量する。
中や絕えなむ
「や」は疑問、「な」は強意、「む」は推量。
いかゞし給ひけむ
語り手の挿入句。どうなさったのか。
二三日にあけず
底本の本文。二、三日おかずに、の意に解した。
聞しめしつけぬにやあらむ
「にやあらむ」は推測。
いはでおもふぞいふにまされる
「ぞ」の結びで連体形「まされる」(「る」は存続の「り」の連体形)。下の句だけの歌。
もとをばとかくつけたる
人々が上の句をいろいろに付けていることを言う。
たてまつれ給うける
「奉る」の未然形+尊敬の「給ふ」。底本は「たてまつれ」と書く。
いかでか見けむ
「いかでか」は疑問。どうして見たのだろう。
顏のなりたらむやう
「たら」は完了「たり」の未然形、「む」は婉曲。
おもふものかは
「ものかは」は反語。
これを思ひ死にゝ
底本は「思ひ死にゝ」と踊り字で書く。思い死にに。

和歌

立田川 もみぢ葉ながる かみなびの 三室の山に しぐれふるらし

詠者
柿本人麻呂
状況
奈良の帝のお供で、立田川の紅葉を見て。『古今和歌集』秋下にも入る(読人しらず、左注に人麻呂の歌とも)。

立田川 もみぢみだれて ながるめり 渡らばにしき 中や絕えなむ

詠者
奈良の帝
状況
同じく。『古今和歌集』秋下にも入る(読人しらず、左注に奈良の帝の歌とも)。

修辞

見立て
川面に流れる紅葉を錦に見立てる。

いはでおもふぞ いふにまされる

詠者
奈良の帝
状況
愛鷹「磐手」を逃がした大納言の報告を受けて。下の句だけの歌。

修辞

掛詞
「いはで」に鷹の名「磐手」と「言はで」を掛ける。

みな人の その香にめづる ふぢばかま 君のみためと 手折りつるけふ

詠者
嵯峨天皇(東宮)
状況
兄の奈良の帝(平城天皇)に、藤袴を手折って。

折る人の こゝろにかなふ ふぢばかま うべ色ごとに にほひたりけり

詠者
奈良の帝
状況
東宮の歌への返し。

たがみそぎ ゆふつけ鳥か からごろも 立田の山に をりはへてなく

詠者
大和の娘をさらった男
状況
立田山で一夜を明かし、泣く娘に。『古今和歌集』雑下にも入る(読人しらず)。

修辞

枕詞
「からごろも」が「たつ(裁つ)」から「立田」にかかる。
掛詞
「をりはへ」に「折り延へ(長々と)」と、唐衣の「織り」を響かせる。

立田川 岩根をさして 行く水の ゆくへも知らぬ わがごとやなく

詠者
さらわれた大和の娘
状況
男の歌への返し。この歌をよんで死んだ。

修辞

序詞
「立田川岩根をさして行く水の」が「ゆくへも知らぬ」を導く。

あさか山 かげさへ見ゆる 山の井の 淺くは人を おもふものかは

詠者
さらわれた大納言の娘
状況
安積山の山の井に映ったやつれた姿を恥じ、木に書きつけて。

修辞

序詞
「あさか山かげさへ見ゆる山の井の」が「浅く」を導く。
本歌
『万葉集』巻十六の「安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心をわが思はなくに」をふまえる。

解説

第152段の「いはでおもふぞいふにまされる」は、下の句だけが伝わる歌として名高い。鷹の名「磐手」に「言はで」を掛け、口に出さずに思うほうが深いという帝の言葉は、のちに多くの人が上の句を付けて楽しんだ。「心には下行く水のわきかへり言はで思ふぞ言ふにまされる」(『古今和歌六帖』)がよく知られ、百人一首にはないが、慣用句のようにも使われるようになった。

第155段の安積山の話は、『万葉集』巻十六の「安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心をわが思はなくに」という歌をもとにした話である。『万葉集』の左注では、葛城王が陸奥に下った時に、もてなしの悪さに怒った王を、もと采女であった女がこの歌でなだめたという、まったく別の由来が記されている。『大和物語』は、同じ歌に、さらわれた娘の悲しい死という新しい物語を与えている。

この章の段は、いずれも「奈良の帝」の時代や「昔」の話として語られる伝説である。歌の由来を語る点では前半の歌語りと同じだが、その歌は古い時代のもので、話の内容も、人さらい、死、山中の暮らしなど、宮廷の外の世界に広がっている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、59〜62頁(コマ33–36)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
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