大和物語 第22章(第149段〜第150段)
風吹けば沖つ白波と猿沢の池
大和の葛城に住む男が、新しい妻のもとへ通うのを快く送り出すもとの妻。その本心を確かめようと隠れて見ていた男は、「風吹けば沖つ白波たつた山」の歌を聞いて心を改める。続いて、奈良の帝の寵愛を失って猿沢の池に身を投げた采女と、柿本人麻呂・帝の歌。名高い二つの昔語りの段。
- 1昔昔むかし、、、大和大和やまと國國くにののの郡郡こおりににに住住すむむむ男女男女なんにょありけりありけりありけり。。。このこのこの女女おんなかかかほかたちいとほかたちいとほかたちいと淸淸きよらなりらなりらなり。。。年年としごろごろごろ思思おもひかはしてすむにひかはしてすむにいかわしてすむに、、、このこのこの女女おんな思思おもひひい煩煩わずらひてひていて、、、限限かぎりなくなくなく思思おもをををまうけてけりまうけてけりもうけてけり。。。
- 2このこのこの今今いまのめのめのめははは富富ふみたるみたるみたる女女おんなになむありけるになむありけるになむありける。。。殊殊ことににに思思おもはははねどいけばいみじういたはりねどいけばいみじういたはりねどいけばいみじゅういたわり身身みのさうぞくいとのさうぞくいとのそうぞくいと淸淸きよらにせさせけりらにせさせけりらにせさせけり。。。かくにぎかくにぎかくにぎはははゝしきゝしきはしき所所ところ來來きたればこのたればこのたればこの女女おんないとわろげにていとわろげにていとわろげにて居居いててて、、、かくかくかくほかにありけどほかにありけどほかにありけど更更さらににに妬妬ねたげにもげにもげにも見見みえずなどあればいとえずなどあればいとえずなどあればいと哀哀あわれととと思思おもひけりひけりいけり。。。
- 3心心こころちにもちにもちにも限限かぎりなくなくなく妬妬ねたくくく心憂心憂うくくく思思おもふふうををを忍忍しのぶるになむありけるぶるになむありけるぶるになむありける。。。とゞまりなむととゞまりなむととどまりなむと思思おもふふう夜夜よももも猶猶なお「「「いねいねいね」」」といひければといひければといいければ、、、わがかくありきするわがかくありきするわがかくありきするをををねたまでことわざするにやあらむねたまでことわざするにやあらむねたまでことわざするにやあらむ、、、さるわざせずばさるわざせずばさるわざせずば恨恨うらむるむるむる事事こともありなむなどもありなむなどもありなむなど心心こころのののうちにうちにうちに思思おもひけりひけりいけり。。。
- 4さてさてさて出出いでゝいくとでゝいくとでていくと見見みえてえてえてのなかにのなかにのなかに隱隱かくれてれてれて、、、男男おとこやくるとやくるとやくると見見みればればれば、、、はしにはしにはしに出出いででで居居いててて月月つきのいといみじうおもしろきにかしらかいけづりなどしてのいといみじうおもしろきにかしらかいけづりなどしてのいといみじゅうおもしろきにかしらかいけずりなどして居居おりりり。。。
- 5夜更夜更よふくるまでねずくるまでねずくるまでねず。。。いといたううちいといたううちいといとううち歎歎なげきてきてきて眺眺ながめければめければめければ、、、人人ひとまつなめりとまつなめりとまつなめりと見見みるにるにるに、、、仕仕つかふふう人人ひとののの前前まえなりけるにいひけるなりけるにいひけるなりけるにいいける、、、
- 6「「「風風かぜ吹吹ふけばけばけば沖沖おき山山やまよよよはははにやにやにや君君きみがががひとりひとりひとり越越こゆらむゆらむゆらむ」」」
- 7ととと詠詠よみければみければみければ、、、我我わがががうへうへうえををを思思おもふなりけりとふなりけりとうなりけりと思思おもふにいとふにいとうにいと悲悲かなしうなりぬしうなりぬしゅうなりぬ。。。このこのこの今今いまのめののめののめの家家けははは立田立田たつた山山やま越越こえていくえていくえていく道道みちになむありけるになむありけるになむありける。。。かくてかくてかくて猶猶なお見居見居みいりければりければりければ、、、このこのこの女女おんなうちうちうち泣泣なきてきてきて臥臥ふ水水みずををを入入いれてれてれて胸胸むねになむすゑたりけるになむすゑたりけるになむすえたりける。。。
- 8あやしあやしあやし、、、いかにするにかあらむとてなほいかにするにかあらむとてなほいかにするにかあらむとてなお見見みるるる。。。さればこのさればこのさればこの水水みず湯湯ゆふてつふてつふてつ。。。又又また水水みずををを入入いるるる。。。見見みるにいとるにいとるにいと悲悲かなしくてしくてしくて走走はしりりり出出いでゝでゝでて、、、「「「いかなるいかなるいかなる心心こころちしちしちし給給たまへばへばえば、、、かくはしかくはしかくわし給給たまふぞふぞうぞ」」」ととと言言いひてかきひてかきいてかき抱抱いだきてなむねにけるきてなむねにけるきてなむねにける。。。
- 9かくてかくてかくてほかへもほかへもほかえも更更さらにいかでにいかでにいかで、、、つとつとつと居居いにけりにけりにけり。。。かくてかくてかくて月日月日つきひ多多おおくくく經經へててて思思おもひやるやうひやるやういやるよう、、、つれなきつれなきつれなき顏顏がおなれどなれどなれど女女おんなののの思思おもふふう事事こといといみじきいといみじきいといみじき事事ことなりけるなりけるなりけるををを、、、かくいかぬかくいかぬかくいかぬをををいかにいかにいかに思思おもふらむとふらむとうらむと思思おもひひい出出いでゝでゝでて、、、ありしありしありし女女おんなのがりいきたりけりのがりいきたりけりのがりいきたりけり。。。
- 10久久ひさしくいかざりつればつゝましくてしくいかざりつればつゝましくてしくいかざりつればつつましくて立立たてりけりてりけりてりけり。。。ははは我我わにににはははよくてみえしかどいとよくてみえしかどいとよくてみえしかどいと怪怪あやしきさまなるきぬしきさまなるきぬしきさまなるきぬをををきてきてきて、、、大櫛大櫛おおぐしををを居居おりりり。。。
- 11手手て居居おりけるりけるりける。。。いといみじといといみじといといみじと思思おもひてひていて來來きにけるまゝにいかずなりにけりにけるまゝにいかずなりにけりにけるままにいかずなりにけり。。。このこのこの男男おとこははは。。。
- 12昔昔むかし、、、ならのならのならの帝帝ていににに仕仕つこうまつるうまつるうまつるありけりありけりありけり。。。顏顏かおかたちいみじうかたちいみじうかたちいみじゅう淸淸きよらにてらにてらにて人々人々ひとびとよばひよばひよばい殿上人殿上人てんじょうびとなどもよばひけれどあはざりけりなどもよばひけれどあはざりけりなどもよばいけれどあわざりけり。。。そのあはぬそのあはぬそのあわぬ心心こころははは帝帝ていををを限限かぎりなくめでたきものになむなくめでたきものになむなくめでたきものになむ思思おもひひい奉奉たてまつりけるりけるりける。。。
- 13帝帝みかど召召めしてけりしてけりしてけり。。。さてさてさて後後のち又又またももも召召めさゞりければかぎりなくさゞりければかぎりなくさざりければかぎりなく心憂心憂うしとしとしと思思おもひけりひけりいけり。。。よるよるよるひるひるひる心心こころにかゝりてにかゝりてにかかりて覺覺おぼえええ給給たまひつゝひつゝいつつ戀戀こいしくしくしく侘侘わびしくおぼえしくおぼえしくおぼえ給給たまひけりひけりいけり。。。
- 14帝帝みかどははは召召めしゝかどしゝかどししかど、、、事事ことともおぼさずともおぼさずともおぼさず、、、さすがにさすがにさすがに常常つねにににはははみえみえみえ奉奉たてまつるるる。。。猶猶なお世世よにににふまじきこゝちしければふまじきこゝちしければふまじきここちしければ、、、夜夜よみそかにみそかにみそかに出出いでゝでゝでて猿猿さる澤澤さわののの池池いけににに身身みををを投投なげてけりげてけりげてけり。。。
- 15かくかくかく投投なげつともげつともげつとも帝帝みかどははは得得えしろしめさゞりけるしろしめさゞりけるしろしめさざりけるををを、、、事事ことのついでありてのついでありてのついでありて人人ひとののの奏奏そうしければしければしければ聞聞きこしめしてけりしめしてけりしめしてけり。。。いといたうあはれがりいといたうあはれがりいといとうあわれがり給給たもうてうてうて池池いけのののほとりにおほみゆきしたまうてほとりにおほみゆきしたまうてほとりにおおみゆきしたもうて、、、人々人々ひとびとににに歌歌うたよませたまふよませたまふよませたまう。。。ののの本本もとののの人人ひとまろまろまろ、、、
- 16「「「わぎもわぎもわぎも子子こ髪髪かみををを猿猿さる澤澤さわののの池池いけのたまもとのたまもとのたまもと見見みるぞかなしきるぞかなしきるぞかなしき」」」
- 17とよめるとよめるとよめる時時ときににに、、、帝帝みかど、、、
- 18「「「猿猿さる澤澤さわののの池池いけもつらしなわぎももつらしなわぎももつらしなわぎも子子こががが玉藻玉藻たまもかづかばかづかばかずかば水水みずぞぞぞひなましひなましひなまし」」」
- 19とよみとよみとよみ給給たもうけりうけりうけり。。。さてこのさてこのさてこの池池いけににに墓墓はかせさせせさせせさせ給給たもうてなむうてなむうてなむ歸歸かえらせおはしましけるとなむらせおはしましけるとなむらせおわしましけるとなむ。。。
現代語訳
〔第149段〕昔、大和の国の葛城の郡に住む男と女がいた。この女は顔かたちがたいへん美しかった。長年思い合って暮らしていたが、この女の暮らし向きがたいへん悪くなったので、男は思い悩んで、このうえなく愛していながら、別の妻をもうけてしまった。この新しい妻は裕福な女であった。男はとくに愛していたわけではないが、通って行くと、たいへん大切にもてなし、男の身なりもたいへん美しく整えさせた。こうして裕福な所に慣れて帰って来ると、この女はたいへんみすぼらしい様子でいて、男がこうしてよそに通っていても、少しもねたましそうにも見えないので、男はたいへんいとしく思った。女は心の中では、限りなくねたましく、つらく思うのを、こらえていたのであった。男が泊まっていこうと思う夜も、女はやはり「お行きなさい」と言ったので、男は、自分がこうして出歩くのをねたまないで、ほかの男を通わせでもしているのだろうか、そうでなければ恨むこともあるだろうに、などと心の中で思った。そこで、出て行くと見せかけて、前栽の中に隠れて、男が来るかと見ていると、女は縁先に出て座って、月がたいへん美しいので、髪をくしけずったりして座っている。夜が更けるまで寝ない。ひどくため息をついてながめているので、人を待っているのだろうと見ていると、そばにいた召使いに言った歌、
「風が吹くと沖の白波が立つ、その立田山を、この夜半に、あなたはひとりで越えているのでしょうか」
とよんだので、男は、自分の身の上を思っていたのだと思うと、たいへん悲しくなった。この新しい妻の家は、立田山を越えて行く道にあったのである。こうしてなおも見ていると、この女は泣いて臥して、金椀に水を入れて胸の上に置いた。不思議だ、どうするのだろうと思ってなおも見ている。すると、この水が熱湯に煮えたぎったので、湯を捨てた。また水を入れる。見ているとたいへん悲しくなって、走り出て、「どういう気持ちでいらっしゃるので、こんなことをなさるのか」と言って、抱きしめて寝た。こうして、ほかへは全く出かけず、ずっと家にいた。
こうして月日が多くたってから、男が思いやるには、あの女は平気な顔をしていたけれど、女の思うことはたいへんなことであったのに、こうして行かないのをどう思っているだろうと思い出して、以前の女(新しい妻)のもとへ行った。長いあいだ行かなかったので、気が引けて立っていた。そうしてのぞき見をすると、自分にはよく見えたけれど、ひどくみすぼらしい着物を着て、大櫛を額髪に挿しかけて座っている。自分の手でご飯を盛っていた。ひどくいやだと思って、帰ってきたまま、行かなくなってしまった。この男は王(皇族の血をひく人)であった。
〔第150段〕昔、奈良の帝にお仕えする采女がいた。顔かたちがたいへん美しくて、人々が求婚し、殿上人なども言い寄ったけれど、逢わなかった。その逢わない心は、帝をこのうえなくすばらしいお方とお慕い申し上げていたからである。帝はこの采女をお召しになった。けれども、その後は二度とお召しにならなかったので、采女は限りなくつらいと思った。夜も昼も心にかかって思われなさりながら、恋しくわびしくお思い申し上げていた。帝はお召しになりはしたものの、とくに気にもおとめにならないが、采女はやはりいつも帝のお目にかかっている。やはりこの世に生きていられない心地がしたので、夜ひそかに出て、猿沢の池に身を投げてしまった。こうして身を投げたとも帝はご存じなかったが、事のついでがあって、人が奏上したので、お聞きになった。たいへんひどく悲しまれて、池のほとりに行幸なさって、人々に歌をよませなさる。柿本人麻呂が、
「いとしい采女の寝乱れた髪を、猿沢の池の玉藻と見るのは悲しいことです」
とよんだ時に、帝が、
「猿沢の池もつれないことよ。いとしい人が玉藻の下にもぐるなら、池の水が干上がってしまえばよいのに」
とおよみになった。そうしてこの池のほとりに墓を作らせなさって、お帰りになったということだ。
意訳
〔第149段〕貧しくなった妻を残して、裕福な女のもとへ通いはじめた男。妻は嫉妬するどころか、男を快く送り出す。不審に思った男が物陰からのぞくと、妻は月をながめて「この夜中に、あの人はひとりで立田山を越えているのだろうか」と、夫の夜道を案じる歌をよんでいた。胸に当てた金椀の水が煮え立つほどの嫉妬の炎をこらえながら、口に出すのは夫を気づかう言葉ばかり――男は駆け寄って妻を抱きしめ、二度と出かけなくなった。
久しぶりに裕福な女の家をのぞくと、女は粗末な着物で、自分の手で飯を盛っていた。それを見て男の心はすっかり冷めてしまう。「風吹けば」の歌は『古今和歌集』にも入り、『伊勢物語』第23段「筒井筒」の後半とほぼ同じ話である。『大和物語』では、金椀の水が煮え立つという誇張された描写が加わり、もとの妻の心の苦しみがいっそう強く表されている。
〔第150段〕帝に一度だけ召され、そのまま忘れられた采女。帝の姿を日々目にしながら、もう呼ばれることはない――その苦しさに耐えかねて、猿沢の池に身を投げた。帝は死を知って池に行幸し、人麻呂は「池の玉藻が、あの人の寝乱れた髪に見える」とよみ、帝は「あの人が沈むなら、池の水など干上がればよい」とよんだ。この伝説は、第14段でも引かれており、宮廷で広く知られた話であった。
語釈・文法注
- 葛城の郡
- 大和国葛城郡。今の奈良県御所市・葛城市のあたり。
- わろく
- 「わろし」は貧しい、暮らし向きが悪い。
- め
- 妻。
- 前栽
- 庭の植え込み。
- たつた山
- 立田山(竜田山)。大和国と河内国の境の山。
- かなまり
- 金椀。金属製の椀。
- あつゆ
- 熱湯。
- かいまめ
- 垣間見。のぞき見ること。
- つらぐし
- 面櫛。額髪に挿す櫛か。
- いひもり
- 飯盛り。飯を器に盛ること。身分のある女性は自分ではしないこととされた。
- おほきみ
- 王。天皇の子孫で親王の位をもたない人。
- ならの帝
- 奈良の都の天皇。平城天皇とも、文武天皇などともいわれ、伝説上の帝。
- 釆女
- 采女。地方の豪族の娘から選ばれ、天皇の食事などに仕えた女官。
- 柿の本の人まろ
- 柿本人麻呂。飛鳥時代の歌人。ここでは伝説上の人物として登場する。
- ねくたれ髪
- 寝乱れた髪。
文法
- かくほかにありけど
- 底本は「ありけど」と刷る。「ありけれど」の意。
- ねたまでことわざするにやあらむ
- 「ことわざ」はほかの男と通じること。「にやあらむ」は推測。
- 恨むる事もありなむ
- 「な」は強意、「む」は推量。
- 人まつなめり
- 「なめり」は「なるめり」の撥音便の無表記。
- ひとり越ゆらむ
- 「らむ」は現在推量。今ごろ越えているのだろうか。
- 湯ふてつ
- 底本の本文。湯を捨てた意に解した。
- ねにける
- 「なむ」の結びで連体形。寝た。
- 見えしかど
- 「しか」は過去「き」の已然形。
- よるひる心にかゝりて覺え給ひつゝ
- 帝が采女の心にかかって思われなさる、の意。帝への敬語。
- 得しろしめさゞりける
- 「え…ず」の不可能。「しろしめす」は「知る」の尊敬語。
- 水ぞひなまし
- 「ば…まし」の反実仮想。水が干上がってしまえばよいのに。
- 歸らせおはしましけるとなむ
- 「となむ」の下に「言ふ」などを略す。伝聞として結ぶ。
和歌
風吹けば 沖つしらなみ たつた山 よはにや君が ひとり越ゆらむ
- 詠者
- 葛城の男のもとの妻
- 状況
- 新しい妻のもとへ通う夫を送り出したあと、月をながめて。『古今和歌集』雑下にも入り、『伊勢物語』第23段にも見える。
修辞
- 序詞
- 「風吹けば沖つしらなみ」が「たつ(立つ)」を導く。
- 掛詞
- 「たつ」に波が「立つ」と「立田山」を掛ける。
わぎも子が ねくたれ髪を 猿澤の 池のたまもと 見るぞかなしき
- 詠者
- 柿本人麻呂
- 状況
- 猿沢の池に身を投げた采女を悼んで、帝の命で。『拾遺和歌集』哀傷にも入る。
修辞
- 見立て
- 池の玉藻を、采女の寝乱れた髪に見立てる。
猿澤の 池もつらしな わぎも子が 玉藻かづかば 水ぞひなまし
- 詠者
- 奈良の帝
- 状況
- 人麻呂の歌に続けて。
修辞
- 反実仮想
- 「ば…まし」。
解説
第149段は、『伊勢物語』第23段「筒井筒」の後半とほぼ同じ話で、「風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとり越ゆらむ」の歌も共通している。『伊勢物語』では河内の国の女のもとへ通う話になっているのに対し、『大和物語』では大和の葛城が舞台で、もとの妻が胸に当てた金椀の水が嫉妬の熱で煮え立つという、いっそう劇的な描写が加わっている。新しい妻が自ら飯を盛る姿を見て男の心が冷める結末は、両作品に共通する。
第150段の猿沢の池の采女の伝説は、すでに第14段で「猿沢の池の玉藻」として引かれていた。帝に一度召されただけで忘れられた女の悲しみは、宮廷の女性たちにとって身近な恐れでもあった。猿沢の池のほとりには、今も采女神社がある。
後半の章段では、このように「昔」で始まる、時代の明らかでない伝説的な話が多くなる。前半の実名の人物による歌語りに比べて、物語の筋がはっきりしており、人の心の動きが行動によって描かれる。のちの説話文学への橋渡しとなる部分である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、57〜59頁(コマ32–33)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日