大和物語 第21章(第148段)
蘆刈
難波で暮らしに困った夫婦は、妻を都へ宮仕えに出して別れる。妻は身分の高い家の北の方となるが、夫を忘れられず、祓いにことよせて難波を訪ねる。そこで蘆を担いで売り歩く落ちぶれた夫を見つけ、互いに気づいた夫は恥じて逃げ、「君なくてあしかりけり」の歌を残す。謡曲「蘆刈」の源となった段。
- 1津津つののの國國くにののののわたりにのわたりにのわたりに、、、家家けしてしてして住住すむむむ人人ひとありけりありけりありけり。。。あひあひあい知知しりてりてりて年頃年頃としごろありけりありけりありけり。。。女女おんなももも男男おとこもいとげすにもいとげすにもいとげすにはははあらざりけれどあらざりけれどあらざりけれど、、、年頃年頃としごろ、、、家家いえもこぼれつかふもこぼれつかふもこぼれつかう人人ひとなどもなどもなどもあるあるある所所ところにいきつゝにいきつゝにいきつつ、、、唯唯ただ二人二人ふたり住住すみみみ渡渡わたるるるほどにほどにほどに、、、さすがにげすにもあらねばさすがにげすにもあらねばさすがにげすにもあらねば人人ひとににに雇雇やとはれはれわれ使使つかはれもせずはれもせずわれもせず。。。
- 2いといといと侘侘わびしかりけるまゝにしかりけるまゝにしかりけるままに思思おもひひい侘侘わびてびてびて二人二人ふたり言言いひけるやうひけるやういけるよう、、、「「「猶猶なおいとかうわびしうていとかうわびしうていとこうわびしゅうてはははえあらじえあらじえあらじ」」」、、、男男おとこははは「「「斯斯かはははかなくていますかめるかなくていますかめるかなくていますかめるををを見見み捨捨すてゝてゝててはははいづちもいづちもえいくまじいづちもいづちもえいくまじいずちもいずちもえいくまじ」」」女女おんなももも「「「男男おとこををを捨捨すてゝてゝててはははいづちかいかむいづちかいかむいずちかいかむ」」」とのみとのみとのみ言言いひひい渡渡わたりけるりけるりけるををを、、、男男おとこ「「「おのれおのれおのれはははとてもかくてもとてもかくてもとてもかくても經經へなむなむなむ。。。女女おんなのかくのかくのかく若若わかききき程程ほどにかくてあるなむいといとほしきにかくてあるなむいといとほしきにかくてあるなむいといとおしき。。。京京きょうにのぼりてにのぼりてにのぼりて宮仕宮仕みやづかえをもをもをもせよせよせよ。。。よろしきよろしきよろしきやうにもならばやうにもならばようにもならば我我われをもをもをもとぶらへとぶらへとぶらえ。。。おのれもおのれもおのれも人人ひとのごともならばのごともならばのごともならば、、、必必かならずずず尋尋たずねとぶらはむねとぶらはむねとぶらわむ」」」などなどなど泣泣なくくく泣泣なくいひくいひくいい契契ちぎりてりてりて、、、たよりのたよりのたよりの人人ひとににに言言いひひい附附つきてきてきて女女おんなははは京京きょうににに來來きにけりにけりにけり。。。
- 3さしはへさしはへさしはえいづこともなくてきたればいづこともなくてきたればいずこともなくてきたれば、、、このこのこの附附つきてこしきてこしきてこし人人ひとののの許許もとににに居居いていとあはれとていとあはれとていとあわれと思思おもひやりけりひやりけりいやりけり。。。前前まえににに薄薄うすいといといと多多おおかるかるかる所所ところになむありけるになむありけるになむありける。。。
- 4風風かぜなどなどなど吹吹ふきけるにきけるにきけるに、、、かのかのかの津津つののの國國くにををを思思おもひやりていかであらむなどひやりていかであらむなどいやりていかであらむなど悲悲かなしくてよみけるしくてよみけるしくてよみける、、、
- 5「「「一人一人ひとりしていかにせましとしていかにせましとしていかにせましと侘侘わびつればそよともびつればそよともびつればそよとも前前ぜんののの荻荻おぎぞこたふるぞこたふるぞこたうる」」」
- 6となむとなむとなむひとりごちけるひとりごちけるひとりごちける。。。さてとかうさてとかうさてとこう女女おんなさすらへてさすらへてさすらえて、、、或人或人あるひとのやんごとなきのやんごとなきのやんごとなき所所ところににに立立たてたりてたりてたり。。。さてさてさて宮仕宮仕みやづかえしありくしありくしありくほどにほどにほどに、、、さうぞくさうぞくそうぞく淸淸きよげにしげにしげにし、、、むつかしきむつかしきむつかしき事事ことなどもなくてありければなどもなくてありければなどもなくてありければ、、、いといといと淸淸きよげにげにげに顏顏かおかたちもなりにけりかたちもなりにけりかたちもなりにけり。。。
- 7かゝれどかのかゝれどかのかかれどかの津津つののの國國くにををを片時片時かたときももも忘忘わすれずれずれず。。。いとあはれといとあはれといとあわれと思思おもひやりけりひやりけりいやりけり。。。たよりのたよりのたよりの人人ひとににに文文ふみつけてつけてつけて遣遣やりたりければりたりければりたりければ、、、「「「さいふさいふさいう人人ひとももも聞聞きこえずえずえず」」」などいとなどいとなどいとはははかなくかなくかなく言言いひつゝひつゝいつつ來來きけりけりけり。。。
- 8我我わがむつましうがむつましうがむつましゅう知知しれるれるれる人人ひともなかりければもなかりければもなかりければ、、、心心こころともえやらずともえやらずともえやらず。。。いといといと覺束覺束おぼつかなくいかゞあらむとのみなくいかゞあらむとのみなくいかがあらむとのみ思思おもひやりけるひやりけるいやりける。。。かゝるかゝるかかる程程ほどにこのにこのにこの宮仕宮仕みやづかえするするする所所ところののの北北きたののの方方かたうせうせうせ給給たもうてうてうて、、、これかれあるこれかれあるこれかれある人人ひとををを召召めししし使使つかひひい給給たまひなどするなかにこのひなどするなかにこのいなどするなかにこの人人ひとををを思思おもひひい給給たまひけりひけりいけり。。。
- 9思思おもひつきてめになりにけりひつきてめになりにけりいつきてめになりにけり。。。思思おもふふう事事こともなくめでたげにてもなくめでたげにてもなくめでたげにて居居いたるにたるにたるに、、、唯唯ただ人人ひと知知しれずれずれず思思おもふふう事事こと一一ひとつなむありけるつなむありけるつなむありける。。。いかにしてあらむいかにしてあらむいかにしてあらむ、、、惡惡あしうてやあらむしうてやあらむしゅうてやあらむ善善よくてやあらむくてやあらむくてやあらむ、、、我我わがありどころもえがありどころもえがありどころもえ知知しらざらむらざらむらざらむ、、、人人ひとををを遣遣やりてりてりて尋尋たずねさせむとすれどねさせむとすれどねさせむとすれど、、、うたてうたてうたて我我わががが男男おとこ聞聞ききてきてきてうたてあるさまにもこそあれとうたてあるさまにもこそあれとうたてあるさまにもこそあれと、、、念念ねんじつゝありじつゝありじつつあり渡渡わたるにるにるに、、、猶猶なおいとあはれにおぼゆればいとあはれにおぼゆればいとあわれにおぼゆれば、、、男男おとこににに言言いひけるやうひけるやういけるよう、、、「「「津津つののの國國くにといふといふという所所ところのいとをかしげなるにのいとをかしげなるにのいとおかしげなるに、、、いかでいかでいかで難波難波なにわにににしがてらしがてらしがてら罷罷まからむらむらむ」」」ととと言言いひければひければいければ、、、「「「いとよきいとよきいとよき事事こと。。。我我わももも諸共諸共もろともににに」」」といひければといひければといいければ、、、「「「そこにそこにそこにはははななな物物ものししし給給たまひそひそいそ。。。おのれおのれおのれ一人一人ひとり罷罷まからむらむらむ」」」といひてといひてといいて出出いででで立立たちていにけりちていにけりちていにけり。。。
- 10難波難波なにわににに祓祓そぎしてしてして歸歸かえりなむとするりなむとするりなむとする時時ときににに、、、「「「このわたりにこのわたりにこのわたりに見見みるべきるべきるべき事事ことなむあるなむあるなむある」」」とてとてとて、、、「「「今今いま少少すこしとやれかくやれしとやれかくやれしとやれかくやれ」」」といひつゝこのといひつゝこのといいつつこの車車くるまををを遣遣やらせつゝらせつゝらせつつ、、、家家けのありしわたりのありしわたりのありしわたりををを見見みるにるにるに、、、屋屋やもなしもなしもなし、、、人人ひともなしもなしもなし。。。
- 11いづかたへいにけむといづかたへいにけむといずかたえいにけむと悲悲かな思思おもひけりひけりいけり。。。かゝるかゝるかかる心心こころばへにてばへにてばえにてふりふりふりはははへへへ來來きたれどたれどたれど、、、我我わがむつましきずさもなしがむつましきずさもなしがむつましきずさもなし。。。かゝればかゝればかかれば尋尋たずねさすべきかたもなしねさすべきかたもなしねさすべきかたもなし。。。
- 12いとあはれなればいとあはれなればいとあわれなれば、、、車車くるまををを立立たてゝてゝてて眺眺ながむるにむるにむるに、、、供供ともののの人人ひとははは「「「日暮日暮ひくれぬべしれぬべしれぬべし」」」とてとてとて、、、「「「御車御車みくるまうながしてむうながしてむうながしてむ」」」といふにといふにというに、、、「「「暫暫しばししし」」」といふといふという程程ほどににに、、、擔擔になひだるひだるひだる男男おとこ姿姿すがたなるなるなる、、、このこのこの車車くるまののの前前まえよりいきけりよりいきけりよりいきけり。。。
- 13これがこれがこれが顏顏かおををを見見みるにるにるに、、、そのそのその人人ひとといふべくもあらずといふべくもあらずというべくもあらず。。。いみじきさまなれどいみじきさまなれどいみじきさまなれど我我わががが男男おとこににに似似にたりたりたり。。。これこれこれををを見見みてよくてよくてよく見見みまほしさにまほしさにまほしさに、、、「「「このこのこの蘆蘆あし持持もちたるちたるちたるをををのこのこのこ呼呼よばせよばせよばせよ。。。かのかのかの蘆蘆あし買買かはむはむわむ」」」といはせけりといはせけりといわせけり。。。
- 14さりければさりければさりければ、、、用用ようなきなきなき物物もの買買かひひい給給たまふとふとうとははは思思おもひけれどひけれどいけれど、、、しうののたまふことなればしうののたまふことなればしゅうののたまうことなれば呼呼よびてびてびて買買かはすはすわす。。。「「「車車くるまのもとのもとのもと近近ちかくくく擔擔になひひひ寄寄よせさせよせさせよせさせよ。。。見見みむむむ」」」などなどなど言言いひてひていて、、、このこのこの男男おとこをををよくよくよく見見みるにそれなりけりるにそれなりけりるにそれなりけり。。。
- 15いとあはれにいとあはれにいとあわれに、、、「「「かゝるかゝるかかる物物もの商商あきひてひてひて世世よににに經經ふるるる人人ひと、、、いかならむいかならむいかならむ」」」ととと言言いひてひていて泣泣なきければきければきければ、、、供供ともののの人人ひとははは、、、猶猶なおおおおほかたのほかたのほかたの世世よをををあはれがるとなむあはれがるとなむあわれがるとなむ思思おもひけるひけるいける。。。
- 16かくてかくてかくて「「「このこのこの蘆蘆あしののの男男おとこににに物物ものなどくはせよなどくはせよなどくわせよ。。。物物ものいといといと多多おおくくく蘆蘆あしのあたひにのあたひにのあたいに取取とらせよらせよらせよ」」」といひければといひければといいければ、、、「「「すゞろなるものにすゞろなるものにすずろなるものに何何なにかかか物物もの多多おおくくく賜賜たまはむはむわむ」」」などあるなどあるなどある人々人々ひとびといひければいひければいいければ、、、强强しひてもえひてもえひてもえ言言いひにくゝてひにくゝていにくくて、、、いかでいかでいかで物物ものををを取取とらせむとらせむとらせむと思思おもふあひだにふあひだにうあいだに、、、のののはざまのあきたるよりこのはざまのあきたるよりこのはざまのあきたるよりこの男男おとこまもればまもればまもれば、、、我我わがめにがめにがめに似似にたりたりたり。。。
- 17怪怪あやしさにしさにしさに心心こころををををををさめてさめてさめて見見みるにるにるに、、、顏顏かおももも聲聲こえもそれなりけりともそれなりけりともそれなりけりと思思おもふにふにうに、、、思思おもひあはせてひあはせていあわせて、、、我我わををを思思おもひひいはははかるにかるにかるに、、、いといといとはしたなくはしたなくはしたなくててて、、、蘆蘆あしもももうちうちうち捨捨すてゝてゝてて走走はしりりり逃逃にげにけりげにけりげにけり。。。
- 18「「「暫暫しばししし」」」ととと言言いはせけれどはせけれどわせけれど、、、人人ひとののの家家いえににに逃逃にげげげ入入い屈屈くつまりまりまり居居おりけりりけりりけり。。。このこのこの車車くるまよりよりより、、、「「「猶猶なおこのこのこの男男おとこ尋尋たずねゐてこねゐてこねいてこ」」」といひければといひければといいければ、、、供供ともののの人人ひと手手てををを分分わかちでもとめちでもとめちでもとめ騷騷さわげりげりげり。。。
- 19人人ひと、、、「「「そこなるそこなるそこなる家家いえになむになむになむ侍侍はべるるる」」」といへばといへばといえば、、、このこのこの男男おとこににに「「「かくかくかく仰事仰事おおせごとありてありてありて召召めすなりすなりすなり。。。何何なにのののうちうちうち引引ひかせかせかせ給給たまふべきにもあらずふべきにもあらずうべきにもあらず。。。物物ものをををこそこそこそ賜賜たまはせむとすれはせむとすれわせむとすれ。。。をさなきをさなきおさなき者者ものなりなりなり」」」といふといふという時時ときににに、、、硯硯すずりををを乞乞こひてひてひて文文ふみををを書書かくくく、、、それにそれにそれに、、、
- 20「「「君君きみなくてあしかりけりとなくてあしかりけりとなくてあしかりけりと思思おもふにもいとゞふにもいとゞうにもいとど難波難波なにわののの浦浦うらぞぞぞ住住すみみみうきうきうき」」」
- 21とかきてとかきてとかきて、、、、、、「「「これこれこれををを御車御車みくるまににに奉奉たてまつれれれ」」」といひければといひければといいければ、、、あやしとあやしとあやしと思思おもひてもてひてもていてもて來來きててて奉奉たてまつるるる。。。あけてあけてあけて見見みるにるにるに悲悲かなしきことしきことしきこと物物ものににに似似にずずず。。。「「「よゝよゝよよ」」」とぞなきけるとぞなきけるとぞなきける。。。さてさてさて返返かえしししはははいかゞしたりけむいかゞしたりけむいかがしたりけむ、、、知知しらずらずらず。。。
- 22車車くるまににに着着きたりけるきぬたりけるきぬたりけるきぬ脫脫ぬぎてぎてぎて包包つつみてみてみて文文ふみなどなどなど書書かききき具具ぐしてやりけるしてやりけるしてやりける。。。さてなむかへりけるさてなむかへりけるさてなむかえりける。。。後後のちはははいかゞなりにけむいかゞなりにけむいかがなりにけむ、、、しらずしらずしらず。。。
- 23「「「あしからじとてこそあしからじとてこそあしからじとてこそ人人ひとののの別別わかれけめれけめれけめ何何なにかなにかなにかなにはははののの浦浦うらはははすみすみすみうきうきうき」」」。。。
現代語訳
〔第148段〕摂津の国の難波のあたりに、家を構えて住む人がいた。夫婦として何年も暮らしていた。女も男も、それほど身分の低い者ではなかったけれど、長年のうちに暮らし向きもたいへん悪くなって、家も荒れ、使用人なども裕福な所へ移っていって、ただ二人で暮らしていたが、さすがに身分の低い者ではないので、人に雇われて使われることもしない。たいへんつらいままに思い悩んで、二人で言い合うには、「やはり、こんなにみじめなままでは生きていけない」。男は「こんなに頼りない身でいらっしゃるあなたを見捨てては、どこへも行けまい」。女も「あなたを捨てて、どこへ行けましょう」とばかり言い続けていたが、男が「わたしはどうにでも暮らしていけるだろう。女のあなたが、こんなに若いうちにこうしているのが、たいへん気の毒だ。京に上って宮仕えでもしなさい。よい具合になったら、わたしのことも訪ねておくれ。わたしも人並みになったら、必ず訪ねて行こう」などと、泣く泣く言い交わして、つてのある人に頼んで、女は京にやって来た。とくにどこというあてもなくやって来たので、この連れて来てくれた人のもとにいて、たいへんしみじみと難波を思いやっていた。前に荻や薄がたいへん多い所であった。風などが吹いた時に、あの摂津の国を思いやって、どうしているだろうかなどと悲しくて、よんだ歌、
「ひとりでどうしたらよいのだろうと嘆いていると、「そうよ」とでもいうように、前の荻がそよそよと答えることよ」
とひとりごとを言った。そうして女はあちこちさまよって、ある身分の高い方の所に宮仕えに出た。そうして宮仕えしていくうちに、着るものもこぎれいにし、わずらわしいこともなく暮らしていたので、顔かたちもたいへん美しくなった。けれども、あの摂津の国のことを片時も忘れず、たいへんしみじみと思いやっていた。つてのある人に手紙を託して送ったところ、「そういう人は聞かない」などと、たいへん頼りないことを言っては帰って来た。自分の親しく知っている人もいなかったので、自分の思うようにも人をやれない。たいへん気がかりで、どうしているだろうとばかり思いやっていた。そうするうちに、この宮仕えしている所の北の方がお亡くなりになって、主人はあれこれ仕えている人々を召し使いなさるうちに、この人を思うようになりなさった。思いを寄せて、妻になった。何の心配もなく幸せそうに暮らしていたが、ただ人知れず思うことが一つあった。どうしているのだろう、悪い暮らしをしているのか、よい暮らしをしているのか、わたしの居場所も知らないだろう、人をやって探させようとしても、いやなことに、今の夫が聞いて、困ったことになりはしないかと、こらえながら過ごしていたが、やはりたいへんしみじみと思われるので、夫に言うには、「摂津の国という所はたいへん趣があるそうなので、何とかして難波に祓いがてら参りたい」と言うと、「たいへんよいことだ。わたしも一緒に」と言ったので、「あなたはいらっしゃらないで。わたし一人で参ります」と言って、出かけて行った。
難波で祓いをして帰ろうとする時に、「このあたりに見たいものがある」と言って、「もう少し、あちらへ、こちらへ」と言いながらこの車を進めさせて、家のあったあたりを見ると、家もない、人もいない。どこへ行ってしまったのだろうと悲しく思った。こういう心づもりで、わざわざやって来たのだが、自分の親しい従者もいない。だから探させる手立てもない。たいへん悲しいので、車をとめてぼんやりながめていると、供の者は「日が暮れてしまいます」と言って、「お車を急がせましょう」と言うので、「しばらく」と言っているうちに、蘆を担いだ男で、乞食のような姿をした者が、この車の前を通っていった。その顔を見ると、あの人だとは言えそうもない。ひどい姿だけれど、わが夫に似ている。これを見て、よく見たくて、「この蘆を持っている男を呼ばせなさい。その蘆を買おう」と言わせた。そうすると、供の者は、無用な物をお買いになるとは思ったけれど、主人のおっしゃることなので、呼んで買わせる。「車の近くに担ぎ寄せさせよ。見よう」などと言って、この男をよく見ると、その人であった。たいへん悲しく、「このような物を商って世を過ごす人は、どんな暮らしだろう」と言って泣いたので、供の者は、ただ世の中一般のことをしみじみと思っているのだろうと思った。そうして「この蘆の男に食べ物などを与えよ。品物をたくさん、蘆の代金として与えよ」と言ったところ、「わけもない者に、どうしてたくさん品物を与えることがありましょう」などと、そばにいる人々が言ったので、強いて言うこともできず、何とかして物を与えようと思っているあいだに、下簾のすきまの開いている所から、この男がじっと見ると、わが妻に似ている。不思議に思って心を落ち着けて見ると、顔も声もその人だと思うにつけ、思い合わせて、自分の姿がたいへんみすぼらしくなってしまったのを思いはかると、たいへんきまりが悪くて、蘆も投げ捨てて走って逃げてしまった。「しばらく」と言わせたけれど、人の家に逃げ込んで、かまどの後ろにうずくまっていた。この車から「やはりこの男を探して連れて来なさい」と言ったので、供の者たちは手分けして探し騒いだ。ある人が「そこの家におります」と言うと、この男に「こうしておおせごとがあって、お呼びなのだ。何も罰しなさるわけではない。物をくださろうというのだ。たわいない人だ」と言うと、男は硯を求めて手紙を書く。それに、
「あなたがいなくて、蘆を刈る――悪しかったと思うにつけても、いっそう難波の浦は住みづらいことです」
と書いて、封をして、「これをお車にさし上げよ」と言ったので、供の者は不思議に思いながら持って来てさし上げる。開けて見ると、悲しいことは比べようもない。おいおいと泣いた。さて、返歌はどうしたのだろう、分からない。
車の中で着ていた衣を脱いで包んで、手紙なども書き添えて送った。そうして帰っていった。その後どうなったのか、分からない。
「悪いことにはなるまいと思えばこそ、人は別れたのでしょう。どうして難波の浦が――蘆を刈る浦が住みづらいことがありましょう」。
意訳
貧しさのために、愛し合う夫婦が別れる。「若いおまえがこんな暮らしをしているのは気の毒だ。都で宮仕えをしなさい。よくなったら訪ねておくれ」――夫の言葉は、妻を思いやってのものだった。都に出た妻は、荻の葉ずれにも故郷を思い、やがて身分の高い家の主人に見初められて北の方となる。暮らしは満ち足りても、心の中では、難波に残した夫のことを忘れられない。
祓いを口実に難波を訪れた妻は、かつての家の跡に何もないのを見て悲しむ。そこへ通りかかったのが、蘆を担いだ乞食のような男――変わり果てた夫であった。妻は蘆を買うふりをして近くに呼び寄せ、夫も簾のすきまから妻に気づく。自分のみすぼらしさを恥じた夫は、蘆を投げ捨てて逃げ、かまどの陰にうずくまった。
探し出された夫が書いた歌は、「君なくて悪(あ)しかりけり――あなたがいなくてひどい暮らしでした、難波の浦はますます住みづらい」。「蘆」と「悪し」を掛けたこの一首に、妻は声をあげて泣いた。妻は衣を脱いで夫に贈り、そのまま帰った。二人がその後どうなったのか、語り手は「知らず」と言うばかりである。末尾の「あしからじとてこそ」の歌は、妻の返歌とされるもので、「悪くならないようにと別れたのに」と、別れの意味を問い直している。
語釈・文法注
- 難波
- 摂津国の地名。今の大阪市のあたり。蘆の名所。
- わたらひ
- 渡らひ。暮らし、生計。
- 徳ある所
- 裕福な家。「徳」は富。
- 荻
- 風にそよぐ音で知られる草。
- 宮立てたり
- 底本の本文。通行本文は「宮仕へしたり」などとあり、宮仕えに出た意に解した。
- 祓
- 罪や穢れを除く神事。難波の海辺は祓えの場として知られた。
- かたゐ
- 乞食。
- 蘆
- 水辺に生える草。「悪し」を掛ける。
- しう
- 主(しゅう)。主人。
- 下簾
- 牛車の簾の内側に垂らす布。
- いらなく
- 「いらなし」はひどい、みじめだ。
- かまのしりへ
- 竈の後ろ。
- ふんじ
- 封じ。手紙に封をすること。
文法
- いますかめる
- 「いますかる」は「あり」の尊敬語。「める」は推定「めり」の連体形。
- 經なむ
- 「な」は強意、「む」は推量。暮らしていけるだろう。
- ならば我をもとぶらへ
- 「とぶらふ」は訪ねる、見舞う。
- いかでか
- 何とかして。
- うたてあるさまにもこそあれ
- 「もこそ」は危惧。困ったことになるといけない。
- な物し給ひそ
- 「な…そ」の禁止。
- いづかたへいにけむ
- 「けむ」は過去推量。
- うながしてむ
- 「て」は強意、「む」は意志。
- 何のうち引かせ給ふべきにもあらず
- 「うち引く」は罰する、引っ立てる意か。
- をさなき者なり
- たわいない人だ。子どもじみている、の意。
- いかゞしたりけむ、知らず
- 語り手の言葉。伝わっていないことを率直に言う。
- 後はいかゞなりにけむ、しらず
- 同じく語り手の言葉。結末をあえて語らない。
- 別れけめ
- 「こそ」の結びで「けめ」。
和歌
一人して いかにせましと 侘びつれば そよとも前の 荻ぞこたふる
- 詠者
- 女(難波の妻)
- 状況
- 都に出て、風に揺れる荻を見て難波の夫を思って。
修辞
- 掛詞
- 「そよ」に「そうよ(同意)」と葉ずれの音「そよ」を掛ける。
君なくて あしかりけりと 思ふにも いとゞ難波の 浦ぞ住みうき
- 詠者
- 男(難波の夫)
- 状況
- 蘆売りに落ちぶれた姿を妻に見られ、かまどの陰から手紙を書いて。『拾遺和歌集』雑下にも入る。
修辞
- 掛詞
- 「あし」に「蘆」と「悪し」を掛ける。
- 縁語
- 「蘆」「難波」「浦」。
あしからじ とてこそ人の 別れけめ 何かなにはの 浦はすみうき
- 詠者
- 女(難波の妻)
- 状況
- 夫の歌への返しとされる歌。
修辞
- 掛詞
- 「あし」に「悪し」と「蘆」、「なには」に「難波」と「何は」を掛ける。
解説
第148段は、謡曲「蘆刈」の源となった名高い段である。貧しさのために別れた夫婦が、身分の差を隔てて再会するという話の型は、のちの説話や物語に繰り返し現れる。『今昔物語集』巻三十にも同じ話があり、そこでは、夫は妻の姿を見て恥じ入り、そのまま行方をくらましたとされる。謡曲では、夫婦が再会して都へ帰るという、めでたい結末に変えられている。
この段の中心にあるのは、「君なくてあしかりけりと思ふにもいとど難波の浦ぞ住みうき」の一首である。「蘆」と「悪し」を掛けた言葉遊びの形をとりながら、落ちぶれた男の恥と悲しみが凝縮されている。この歌は『拾遺和歌集』にも入っている。
妻の側の描写もこまやかである。今の夫に知られないように難波を訪ねる口実を考え、昔の家の跡に立ちつくし、蘆を買うふりをして夫を呼び寄せ、供の者の手前、思うように物を与えることもできない――身分ある家の北の方となった女の、自由にならない立場が、具体的な場面の中で描かれている。「後はいかがなりにけむ、知らず」という結びは、二人のその後を読者の想像にゆだねている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、54〜57頁(コマ31–32)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日