古典ライブラリー

大和物語 第21章(第148段)

蘆刈

難波で暮らしに困った夫婦は、妻を都へ宮仕えに出して別れる。妻は身分の高い家の北の方となるが、夫を忘れられず、祓いにことよせて難波を訪ねる。そこで蘆を担いで売り歩く落ちぶれた夫を見つけ、互いに気づいた夫は恥じて逃げ、「君なくてあしかりけり」の歌を残す。謡曲「蘆刈」の源となった段。

  1. 1津つ津つつののの國くに國くにくにののののわたりにのわたりにのわたりに、、、家け家けけしてしてして住す住すすむむむ人ひと人ひとひとありけりありけりありけり。。。あひあひあい知し知ししりてりてりて年頃としごろ年頃としごろとしごろありけりありけりありけり。。。女をんな女をんなおんなももも男をとこ男をとこおとこもいとげすにもいとげすにもいとげすにはははあらざりけれどあらざりけれどあらざりけれど、、、年頃としごろ年頃としごろとしごろ、、、家いへ家いへいえもこぼれつかふもこぼれつかふもこぼれつかう人ひと人ひとひとなどもなどもなどもあるあるある所ところ所ところところにいきつゝにいきつゝにいきつつ、、、唯ただ唯ただただ二人ふたり二人ふたりふたり住す住すすみみみ渡わた渡わたわたるるるほどにほどにほどに、、、さすがにげすにもあらねばさすがにげすにもあらねばさすがにげすにもあらねば人ひと人ひとひとににに雇やと雇やとやとはれはれわれ使つか使つかつかはれもせずはれもせずわれもせず。。。
  2. 2いといといと侘わび侘わびわびしかりけるまゝにしかりけるまゝにしかりけるままに思おも思おもおもひひい侘わ侘わわびてびてびて二人ふたり二人ふたりふたり言い言いいひけるやうひけるやういけるよう、、、「「「猶なほ猶なほなおいとかうわびしうていとかうわびしうていとこうわびしゅうてはははえあらじえあらじえあらじ」」」、、、男をとこ男をとこおとこははは「「「斯か斯かかはははかなくていますかめるかなくていますかめるかなくていますかめるををを見み見みみ捨す捨すすてゝてゝててはははいづちもいづちもえいくまじいづちもいづちもえいくまじいずちもいずちもえいくまじ」」」女をんな女をんなおんなももも「「「男をとこ男をとこおとこををを捨す捨すすてゝてゝててはははいづちかいかむいづちかいかむいずちかいかむ」」」とのみとのみとのみ言い言いいひひい渡わた渡わたわたりけるりけるりけるををを、、、男をとこ男をとこおとこ「「「おのれおのれおのれはははとてもかくてもとてもかくてもとてもかくても經へ經へへなむなむなむ。。。女をんな女をんなおんなのかくのかくのかく若わか若わかわかききき程ほど程ほどほどにかくてあるなむいといとほしきにかくてあるなむいといとほしきにかくてあるなむいといとおしき。。。京きやう京きやうきょうにのぼりてにのぼりてにのぼりて宮仕みやづかへ宮仕みやづかへみやづかえをもをもをもせよせよせよ。。。よろしきよろしきよろしきやうにもならばやうにもならばようにもならば我われ我われわれをもをもをもとぶらへとぶらへとぶらえ。。。おのれもおのれもおのれも人ひと人ひとひとのごともならばのごともならばのごともならば、、、必かなら必かならかならずずず尋たづ尋たづたずねとぶらはむねとぶらはむねとぶらわむ」」」などなどなど泣な泣ななくくく泣な泣ななくいひくいひくいい契ちぎ契ちぎちぎりてりてりて、、、たよりのたよりのたよりの人ひと人ひとひとににに言い言いいひひい附つ附つつきてきてきて女をんな女をんなおんなははは京きやう京きやうきょうににに來き來ききにけりにけりにけり。。。
  3. 3さしはへさしはへさしはえいづこともなくてきたればいづこともなくてきたればいずこともなくてきたれば、、、このこのこの附つ附つつきてこしきてこしきてこし人ひと人ひとひとののの許もと許もともとににに居ゐ居ゐいていとあはれとていとあはれとていとあわれと思おも思おもおもひやりけりひやりけりいやりけり。。。前まへ前まへまえににに薄うす薄うすうすいといといと多おほ多おほおおかるかるかる所ところ所ところところになむありけるになむありけるになむありける。。。
  4. 4風かぜ風かぜかぜなどなどなど吹ふ吹ふふきけるにきけるにきけるに、、、かのかのかの津つ津つつののの國くに國くにくにををを思おも思おもおもひやりていかであらむなどひやりていかであらむなどいやりていかであらむなど悲かな悲かなかなしくてよみけるしくてよみけるしくてよみける、、、
  5. 5「「「一人ひとり一人ひとりひとりしていかにせましとしていかにせましとしていかにせましと侘わ侘わわびつればそよともびつればそよともびつればそよとも前ぜん前ぜんぜんののの荻をぎ荻をぎおぎぞこたふるぞこたふるぞこたうる」」」
  6. 6となむとなむとなむひとりごちけるひとりごちけるひとりごちける。。。さてとかうさてとかうさてとこう女をんな女をんなおんなさすらへてさすらへてさすらえて、、、或人あるひと或人あるひとあるひとのやんごとなきのやんごとなきのやんごとなき所ところ所ところところににに立た立たたてたりてたりてたり。。。さてさてさて宮仕みやづかへ宮仕みやづかへみやづかえしありくしありくしありくほどにほどにほどに、、、さうぞくさうぞくそうぞく淸きよ淸きよきよげにしげにしげにし、、、むつかしきむつかしきむつかしき事こと事ことことなどもなくてありければなどもなくてありければなどもなくてありければ、、、いといといと淸きよ淸きよきよげにげにげに顏かほ顏かほかおかたちもなりにけりかたちもなりにけりかたちもなりにけり。。。
  7. 7かゝれどかのかゝれどかのかかれどかの津つ津つつののの國くに國くにくにををを片時かたとき片時かたときかたときももも忘わす忘わすわすれずれずれず。。。いとあはれといとあはれといとあわれと思おも思おもおもひやりけりひやりけりいやりけり。。。たよりのたよりのたよりの人ひと人ひとひとににに文ふみ文ふみふみつけてつけてつけて遣や遣ややりたりければりたりければりたりければ、、、「「「さいふさいふさいう人ひと人ひとひとももも聞きこ聞きこきこえずえずえず」」」などいとなどいとなどいとはははかなくかなくかなく言い言いいひつゝひつゝいつつ來き來ききけりけりけり。。。
  8. 8我わ我わわがむつましうがむつましうがむつましゅう知し知ししれるれるれる人ひと人ひとひともなかりければもなかりければもなかりければ、、、心こころ心こころこころともえやらずともえやらずともえやらず。。。いといといと覺束おぼつか覺束おぼつかおぼつかなくいかゞあらむとのみなくいかゞあらむとのみなくいかがあらむとのみ思おも思おもおもひやりけるひやりけるいやりける。。。かゝるかゝるかかる程ほど程ほどほどにこのにこのにこの宮仕みやづかへ宮仕みやづかへみやづかえするするする所ところ所ところところののの北きた北きたきたののの方かた方かたかたうせうせうせ給たま給たまたもうてうてうて、、、これかれあるこれかれあるこれかれある人ひと人ひとひとををを召め召めめししし使つか使つかつかひひい給たま給たまたまひなどするなかにこのひなどするなかにこのいなどするなかにこの人ひと人ひとひとををを思おも思おもおもひひい給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。
  9. 9思おも思おもおもひつきてめになりにけりひつきてめになりにけりいつきてめになりにけり。。。思おも思おもおもふふう事こと事ことこともなくめでたげにてもなくめでたげにてもなくめでたげにて居ゐ居ゐいたるにたるにたるに、、、唯ただ唯ただただ人ひと人ひとひと知し知ししれずれずれず思おも思おもおもふふう事こと事ことこと一ひと一ひとひとつなむありけるつなむありけるつなむありける。。。いかにしてあらむいかにしてあらむいかにしてあらむ、、、惡あ惡ああしうてやあらむしうてやあらむしゅうてやあらむ善よ善よよくてやあらむくてやあらむくてやあらむ、、、我わ我わわがありどころもえがありどころもえがありどころもえ知し知ししらざらむらざらむらざらむ、、、人ひと人ひとひとををを遣や遣ややりてりてりて尋たづ尋たづたずねさせむとすれどねさせむとすれどねさせむとすれど、、、うたてうたてうたて我わ我わわががが男をとこ男をとこおとこ聞き聞きききてきてきてうたてあるさまにもこそあれとうたてあるさまにもこそあれとうたてあるさまにもこそあれと、、、念ねん念ねんねんじつゝありじつゝありじつつあり渡わた渡わたわたるにるにるに、、、猶なほ猶なほなおいとあはれにおぼゆればいとあはれにおぼゆればいとあわれにおぼゆれば、、、男をとこ男をとこおとこににに言い言いいひけるやうひけるやういけるよう、、、「「「津つ津つつののの國くに國くにくにといふといふという所ところ所ところところのいとをかしげなるにのいとをかしげなるにのいとおかしげなるに、、、いかでいかでいかで難波なには難波なにはなにわにににしがてらしがてらしがてら罷まか罷まかまからむらむらむ」」」ととと言い言いいひければひければいければ、、、「「「いとよきいとよきいとよき事こと事ことこと。。。我わ我わわももも諸共もろとも諸共もろとももろともににに」」」といひければといひければといいければ、、、「「「そこにそこにそこにはははななな物もの物ものものししし給たま給たまたまひそひそいそ。。。おのれおのれおのれ一人ひとり一人ひとりひとり罷まか罷まかまからむらむらむ」」」といひてといひてといいて出い出いいででで立た立たたちていにけりちていにけりちていにけり。。。
  10. 10難波なには難波なにはなにわににに祓そぎ祓そぎそぎしてしてして歸かへ歸かへかえりなむとするりなむとするりなむとする時とき時ときときににに、、、「「「このわたりにこのわたりにこのわたりに見み見みみるべきるべきるべき事こと事ことことなむあるなむあるなむある」」」とてとてとて、、、「「「今いま今いまいま少すこ少すこすこしとやれかくやれしとやれかくやれしとやれかくやれ」」」といひつゝこのといひつゝこのといいつつこの車くるま車くるまくるまををを遣や遣ややらせつゝらせつゝらせつつ、、、家け家けけのありしわたりのありしわたりのありしわたりををを見み見みみるにるにるに、、、屋や屋ややもなしもなしもなし、、、人ひと人ひとひともなしもなしもなし。。。
  11. 11いづかたへいにけむといづかたへいにけむといずかたえいにけむと悲かな悲かなかな思おも思おもおもひけりひけりいけり。。。かゝるかゝるかかる心こころ心こころこころばへにてばへにてばえにてふりふりふりはははへへへ來き來ききたれどたれどたれど、、、我わ我わわがむつましきずさもなしがむつましきずさもなしがむつましきずさもなし。。。かゝればかゝればかかれば尋たづ尋たづたずねさすべきかたもなしねさすべきかたもなしねさすべきかたもなし。。。
  12. 12いとあはれなればいとあはれなればいとあわれなれば、、、車くるま車くるまくるまををを立た立たたてゝてゝてて眺なが眺ながながむるにむるにむるに、、、供とも供ともともののの人ひと人ひとひとははは「「「日暮ひく日暮ひくひくれぬべしれぬべしれぬべし」」」とてとてとて、、、「「「御車みくるま御車みくるまみくるまうながしてむうながしてむうながしてむ」」」といふにといふにというに、、、「「「暫しば暫しばしばししし」」」といふといふという程ほど程ほどほどににに、、、擔にな擔になになひだるひだるひだる男をとこ男をとこおとこ姿すがた姿すがたすがたなるなるなる、、、このこのこの車くるま車くるまくるまののの前まへ前まへまえよりいきけりよりいきけりよりいきけり。。。
  13. 13これがこれがこれが顏かほ顏かほかおををを見み見みみるにるにるに、、、そのそのその人ひと人ひとひとといふべくもあらずといふべくもあらずというべくもあらず。。。いみじきさまなれどいみじきさまなれどいみじきさまなれど我わ我わわががが男をとこ男をとこおとこににに似に似ににたりたりたり。。。これこれこれををを見み見みみてよくてよくてよく見み見みみまほしさにまほしさにまほしさに、、、「「「このこのこの蘆あし蘆あしあし持も持ももちたるちたるちたるをををのこのこのこ呼よ呼よよばせよばせよばせよ。。。かのかのかの蘆あし蘆あしあし買か買かかはむはむわむ」」」といはせけりといはせけりといわせけり。。。
  14. 14さりければさりければさりければ、、、用よう用ようようなきなきなき物もの物ものもの買か買かかひひい給たま給たまたまふとふとうとははは思おも思おもおもひけれどひけれどいけれど、、、しうののたまふことなればしうののたまふことなればしゅうののたまうことなれば呼よ呼よよびてびてびて買か買かかはすはすわす。。。「「「車くるま車くるまくるまのもとのもとのもと近ちか近ちかちかくくく擔にな擔になになひひひ寄よ寄よよせさせよせさせよせさせよ。。。見み見みみむむむ」」」などなどなど言い言いいひてひていて、、、このこのこの男をとこ男をとこおとこをををよくよくよく見み見みみるにそれなりけりるにそれなりけりるにそれなりけり。。。
  15. 15いとあはれにいとあはれにいとあわれに、、、「「「かゝるかゝるかかる物もの物ものもの商あき商あきあきひてひてひて世よ世よよににに經ふ經ふふるるる人ひと人ひとひと、、、いかならむいかならむいかならむ」」」ととと言い言いいひてひていて泣な泣ななきければきければきければ、、、供とも供ともともののの人ひと人ひとひとははは、、、猶なほ猶なほなおおおおほかたのほかたのほかたの世よ世よよをををあはれがるとなむあはれがるとなむあわれがるとなむ思おも思おもおもひけるひけるいける。。。
  16. 16かくてかくてかくて「「「このこのこの蘆あし蘆あしあしののの男をとこ男をとこおとこににに物もの物ものものなどくはせよなどくはせよなどくわせよ。。。物もの物ものものいといといと多おほ多おほおおくくく蘆あし蘆あしあしのあたひにのあたひにのあたいに取と取ととらせよらせよらせよ」」」といひければといひければといいければ、、、「「「すゞろなるものにすゞろなるものにすずろなるものに何なに何なになにかかか物もの物ものもの多おほ多おほおおくくく賜たま賜たまたまはむはむわむ」」」などあるなどあるなどある人々ひとびと人々ひとびとひとびといひければいひければいいければ、、、强し强ししひてもえひてもえひてもえ言い言いいひにくゝてひにくゝていにくくて、、、いかでいかでいかで物もの物ものものををを取と取ととらせむとらせむとらせむと思おも思おもおもふあひだにふあひだにうあいだに、、、のののはざまのあきたるよりこのはざまのあきたるよりこのはざまのあきたるよりこの男をとこ男をとこおとこまもればまもればまもれば、、、我わ我わわがめにがめにがめに似に似ににたりたりたり。。。
  17. 17怪あや怪あやあやしさにしさにしさに心こころ心こころこころををををををさめてさめてさめて見み見みみるにるにるに、、、顏かほ顏かほかおももも聲こゑ聲こゑこえもそれなりけりともそれなりけりともそれなりけりと思おも思おもおもふにふにうに、、、思おも思おもおもひあはせてひあはせていあわせて、、、我わ我わわををを思おも思おもおもひひいはははかるにかるにかるに、、、いといといとはしたなくはしたなくはしたなくててて、、、蘆あし蘆あしあしもももうちうちうち捨す捨すすてゝてゝてて走はし走はしはしりりり逃に逃ににげにけりげにけりげにけり。。。
  18. 18「「「暫しば暫しばしばししし」」」ととと言い言いいはせけれどはせけれどわせけれど、、、人ひと人ひとひとののの家いへ家いへいえににに逃に逃ににげげげ入い入いい屈くつ屈くつくつまりまりまり居を居をおりけりりけりりけり。。。このこのこの車くるま車くるまくるまよりよりより、、、「「「猶なほ猶なほなおこのこのこの男をとこ男をとこおとこ尋たづ尋たづたずねゐてこねゐてこねいてこ」」」といひければといひければといいければ、、、供とも供ともともののの人ひと人ひとひと手て手ててををを分わか分わかわかちでもとめちでもとめちでもとめ騷さわ騷さわさわげりげりげり。。。
  19. 19人ひと人ひとひと、、、「「「そこなるそこなるそこなる家いへ家いへいえになむになむになむ侍はべ侍はべはべるるる」」」といへばといへばといえば、、、このこのこの男をとこ男をとこおとこににに「「「かくかくかく仰事おほせごと仰事おほせごとおおせごとありてありてありて召め召めめすなりすなりすなり。。。何なに何なになにのののうちうちうち引ひ引ひひかせかせかせ給たま給たまたまふべきにもあらずふべきにもあらずうべきにもあらず。。。物もの物ものものをををこそこそこそ賜たま賜たまたまはせむとすれはせむとすれわせむとすれ。。。をさなきをさなきおさなき者もの者ものものなりなりなり」」」といふといふという時とき時ときときににに、、、硯すゞり硯すゞりすずりををを乞こ乞ここひてひてひて文ふみ文ふみふみををを書か書かかくくく、、、それにそれにそれに、、、
  20. 20「「「君きみ君きみきみなくてあしかりけりとなくてあしかりけりとなくてあしかりけりと思おも思おもおもふにもいとゞふにもいとゞうにもいとど難波なには難波なにはなにわののの浦うら浦うらうらぞぞぞ住す住すすみみみうきうきうき」」」
  21. 21とかきてとかきてとかきて、、、、、、「「「これこれこれををを御車みくるま御車みくるまみくるまににに奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれ」」」といひければといひければといいければ、、、あやしとあやしとあやしと思おも思おもおもひてもてひてもていてもて來き來ききててて奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。あけてあけてあけて見み見みみるにるにるに悲かな悲かなかなしきことしきことしきこと物もの物ものものににに似に似ににずずず。。。「「「よゝよゝよよ」」」とぞなきけるとぞなきけるとぞなきける。。。さてさてさて返かへ返かへかえしししはははいかゞしたりけむいかゞしたりけむいかがしたりけむ、、、知し知ししらずらずらず。。。
  22. 22車くるま車くるまくるまににに着き着ききたりけるきぬたりけるきぬたりけるきぬ脫ぬ脫ぬぬぎてぎてぎて包つつ包つつつつみてみてみて文ふみ文ふみふみなどなどなど書か書かかききき具ぐ具ぐぐしてやりけるしてやりけるしてやりける。。。さてなむかへりけるさてなむかへりけるさてなむかえりける。。。後のち後のちのちはははいかゞなりにけむいかゞなりにけむいかがなりにけむ、、、しらずしらずしらず。。。
  23. 23「「「あしからじとてこそあしからじとてこそあしからじとてこそ人ひと人ひとひとののの別わか別わかわかれけめれけめれけめ何なに何なになにかなにかなにかなにはははののの浦うら浦うらうらはははすみすみすみうきうきうき」」」。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第148段〕摂津の国の難波のあたりに、家を構えて住む人がいた。夫婦として何年も暮らしていた。女も男も、それほど身分の低い者ではなかったけれど、長年のうちに暮らし向きもたいへん悪くなって、家も荒れ、使用人なども裕福な所へ移っていって、ただ二人で暮らしていたが、さすがに身分の低い者ではないので、人に雇われて使われることもしない。たいへんつらいままに思い悩んで、二人で言い合うには、「やはり、こんなにみじめなままでは生きていけない」。男は「こんなに頼りない身でいらっしゃるあなたを見捨てては、どこへも行けまい」。女も「あなたを捨てて、どこへ行けましょう」とばかり言い続けていたが、男が「わたしはどうにでも暮らしていけるだろう。女のあなたが、こんなに若いうちにこうしているのが、たいへん気の毒だ。京に上って宮仕えでもしなさい。よい具合になったら、わたしのことも訪ねておくれ。わたしも人並みになったら、必ず訪ねて行こう」などと、泣く泣く言い交わして、つてのある人に頼んで、女は京にやって来た。とくにどこというあてもなくやって来たので、この連れて来てくれた人のもとにいて、たいへんしみじみと難波を思いやっていた。前に荻や薄がたいへん多い所であった。風などが吹いた時に、あの摂津の国を思いやって、どうしているだろうかなどと悲しくて、よんだ歌、

「ひとりでどうしたらよいのだろうと嘆いていると、「そうよ」とでもいうように、前の荻がそよそよと答えることよ」

とひとりごとを言った。そうして女はあちこちさまよって、ある身分の高い方の所に宮仕えに出た。そうして宮仕えしていくうちに、着るものもこぎれいにし、わずらわしいこともなく暮らしていたので、顔かたちもたいへん美しくなった。けれども、あの摂津の国のことを片時も忘れず、たいへんしみじみと思いやっていた。つてのある人に手紙を託して送ったところ、「そういう人は聞かない」などと、たいへん頼りないことを言っては帰って来た。自分の親しく知っている人もいなかったので、自分の思うようにも人をやれない。たいへん気がかりで、どうしているだろうとばかり思いやっていた。そうするうちに、この宮仕えしている所の北の方がお亡くなりになって、主人はあれこれ仕えている人々を召し使いなさるうちに、この人を思うようになりなさった。思いを寄せて、妻になった。何の心配もなく幸せそうに暮らしていたが、ただ人知れず思うことが一つあった。どうしているのだろう、悪い暮らしをしているのか、よい暮らしをしているのか、わたしの居場所も知らないだろう、人をやって探させようとしても、いやなことに、今の夫が聞いて、困ったことになりはしないかと、こらえながら過ごしていたが、やはりたいへんしみじみと思われるので、夫に言うには、「摂津の国という所はたいへん趣があるそうなので、何とかして難波に祓いがてら参りたい」と言うと、「たいへんよいことだ。わたしも一緒に」と言ったので、「あなたはいらっしゃらないで。わたし一人で参ります」と言って、出かけて行った。

難波で祓いをして帰ろうとする時に、「このあたりに見たいものがある」と言って、「もう少し、あちらへ、こちらへ」と言いながらこの車を進めさせて、家のあったあたりを見ると、家もない、人もいない。どこへ行ってしまったのだろうと悲しく思った。こういう心づもりで、わざわざやって来たのだが、自分の親しい従者もいない。だから探させる手立てもない。たいへん悲しいので、車をとめてぼんやりながめていると、供の者は「日が暮れてしまいます」と言って、「お車を急がせましょう」と言うので、「しばらく」と言っているうちに、蘆を担いだ男で、乞食のような姿をした者が、この車の前を通っていった。その顔を見ると、あの人だとは言えそうもない。ひどい姿だけれど、わが夫に似ている。これを見て、よく見たくて、「この蘆を持っている男を呼ばせなさい。その蘆を買おう」と言わせた。そうすると、供の者は、無用な物をお買いになるとは思ったけれど、主人のおっしゃることなので、呼んで買わせる。「車の近くに担ぎ寄せさせよ。見よう」などと言って、この男をよく見ると、その人であった。たいへん悲しく、「このような物を商って世を過ごす人は、どんな暮らしだろう」と言って泣いたので、供の者は、ただ世の中一般のことをしみじみと思っているのだろうと思った。そうして「この蘆の男に食べ物などを与えよ。品物をたくさん、蘆の代金として与えよ」と言ったところ、「わけもない者に、どうしてたくさん品物を与えることがありましょう」などと、そばにいる人々が言ったので、強いて言うこともできず、何とかして物を与えようと思っているあいだに、下簾のすきまの開いている所から、この男がじっと見ると、わが妻に似ている。不思議に思って心を落ち着けて見ると、顔も声もその人だと思うにつけ、思い合わせて、自分の姿がたいへんみすぼらしくなってしまったのを思いはかると、たいへんきまりが悪くて、蘆も投げ捨てて走って逃げてしまった。「しばらく」と言わせたけれど、人の家に逃げ込んで、かまどの後ろにうずくまっていた。この車から「やはりこの男を探して連れて来なさい」と言ったので、供の者たちは手分けして探し騒いだ。ある人が「そこの家におります」と言うと、この男に「こうしておおせごとがあって、お呼びなのだ。何も罰しなさるわけではない。物をくださろうというのだ。たわいない人だ」と言うと、男は硯を求めて手紙を書く。それに、

「あなたがいなくて、蘆を刈る――悪しかったと思うにつけても、いっそう難波の浦は住みづらいことです」

と書いて、封をして、「これをお車にさし上げよ」と言ったので、供の者は不思議に思いながら持って来てさし上げる。開けて見ると、悲しいことは比べようもない。おいおいと泣いた。さて、返歌はどうしたのだろう、分からない。

車の中で着ていた衣を脱いで包んで、手紙なども書き添えて送った。そうして帰っていった。その後どうなったのか、分からない。

「悪いことにはなるまいと思えばこそ、人は別れたのでしょう。どうして難波の浦が――蘆を刈る浦が住みづらいことがありましょう」。

意訳

貧しさのために、愛し合う夫婦が別れる。「若いおまえがこんな暮らしをしているのは気の毒だ。都で宮仕えをしなさい。よくなったら訪ねておくれ」――夫の言葉は、妻を思いやってのものだった。都に出た妻は、荻の葉ずれにも故郷を思い、やがて身分の高い家の主人に見初められて北の方となる。暮らしは満ち足りても、心の中では、難波に残した夫のことを忘れられない。

祓いを口実に難波を訪れた妻は、かつての家の跡に何もないのを見て悲しむ。そこへ通りかかったのが、蘆を担いだ乞食のような男――変わり果てた夫であった。妻は蘆を買うふりをして近くに呼び寄せ、夫も簾のすきまから妻に気づく。自分のみすぼらしさを恥じた夫は、蘆を投げ捨てて逃げ、かまどの陰にうずくまった。

探し出された夫が書いた歌は、「君なくて悪(あ)しかりけり――あなたがいなくてひどい暮らしでした、難波の浦はますます住みづらい」。「蘆」と「悪し」を掛けたこの一首に、妻は声をあげて泣いた。妻は衣を脱いで夫に贈り、そのまま帰った。二人がその後どうなったのか、語り手は「知らず」と言うばかりである。末尾の「あしからじとてこそ」の歌は、妻の返歌とされるもので、「悪くならないようにと別れたのに」と、別れの意味を問い直している。

語釈・文法注

難波
摂津国の地名。今の大阪市のあたり。蘆の名所。
わたらひ
渡らひ。暮らし、生計。
徳ある所
裕福な家。「徳」は富。
荻
風にそよぐ音で知られる草。
宮立てたり
底本の本文。通行本文は「宮仕へしたり」などとあり、宮仕えに出た意に解した。
祓
罪や穢れを除く神事。難波の海辺は祓えの場として知られた。
かたゐ
乞食。
蘆
水辺に生える草。「悪し」を掛ける。
しう
主(しゅう)。主人。
下簾
牛車の簾の内側に垂らす布。
いらなく
「いらなし」はひどい、みじめだ。
かまのしりへ
竈の後ろ。
ふんじ
封じ。手紙に封をすること。

文法

いますかめる
「いますかる」は「あり」の尊敬語。「める」は推定「めり」の連体形。
經なむ
「な」は強意、「む」は推量。暮らしていけるだろう。
ならば我をもとぶらへ
「とぶらふ」は訪ねる、見舞う。
いかでか
何とかして。
うたてあるさまにもこそあれ
「もこそ」は危惧。困ったことになるといけない。
な物し給ひそ
「な…そ」の禁止。
いづかたへいにけむ
「けむ」は過去推量。
うながしてむ
「て」は強意、「む」は意志。
何のうち引かせ給ふべきにもあらず
「うち引く」は罰する、引っ立てる意か。
をさなき者なり
たわいない人だ。子どもじみている、の意。
いかゞしたりけむ、知らず
語り手の言葉。伝わっていないことを率直に言う。
後はいかゞなりにけむ、しらず
同じく語り手の言葉。結末をあえて語らない。
別れけめ
「こそ」の結びで「けめ」。

和歌

一人して いかにせましと 侘びつれば そよとも前の 荻ぞこたふる

詠者
女(難波の妻)
状況
都に出て、風に揺れる荻を見て難波の夫を思って。

修辞

掛詞
「そよ」に「そうよ(同意)」と葉ずれの音「そよ」を掛ける。

君なくて あしかりけりと 思ふにも いとゞ難波の 浦ぞ住みうき

詠者
男(難波の夫)
状況
蘆売りに落ちぶれた姿を妻に見られ、かまどの陰から手紙を書いて。『拾遺和歌集』雑下にも入る。

修辞

掛詞
「あし」に「蘆」と「悪し」を掛ける。
縁語
「蘆」「難波」「浦」。

あしからじ とてこそ人の 別れけめ 何かなにはの 浦はすみうき

詠者
女(難波の妻)
状況
夫の歌への返しとされる歌。

修辞

掛詞
「あし」に「悪し」と「蘆」、「なには」に「難波」と「何は」を掛ける。

解説

第148段は、謡曲「蘆刈」の源となった名高い段である。貧しさのために別れた夫婦が、身分の差を隔てて再会するという話の型は、のちの説話や物語に繰り返し現れる。『今昔物語集』巻三十にも同じ話があり、そこでは、夫は妻の姿を見て恥じ入り、そのまま行方をくらましたとされる。謡曲では、夫婦が再会して都へ帰るという、めでたい結末に変えられている。

この段の中心にあるのは、「君なくてあしかりけりと思ふにもいとど難波の浦ぞ住みうき」の一首である。「蘆」と「悪し」を掛けた言葉遊びの形をとりながら、落ちぶれた男の恥と悲しみが凝縮されている。この歌は『拾遺和歌集』にも入っている。

妻の側の描写もこまやかである。今の夫に知られないように難波を訪ねる口実を考え、昔の家の跡に立ちつくし、蘆を買うふりをして夫を呼び寄せ、供の者の手前、思うように物を与えることもできない――身分ある家の北の方となった女の、自由にならない立場が、具体的な場面の中で描かれている。「後はいかがなりにけむ、知らず」という結びは、二人のその後を読者の想像にゆだねている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、54〜57頁(コマ31–32)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日