大和物語 第20章(第147段)
生田川
摂津の国の娘に、同じ国の菟原の男と和泉の国の血沼の男が同じほどの志で求婚する。娘は選びかねて生田川に身を投げ、二人の男もあとを追う。三つの塚の由来、この話を描いた絵を見て宮廷の人々が人物になりかわってよんだ歌、そして塚のもとで旅人が見た男たちの争いの夢まで、生田川伝説の全容を語る段。
- 1昔昔むかし、、、ののの國國くにににに住住すむむむ女女おんなありけりありけりありけり。。。それそれそれをををよばふよばふよばう男男おとこ二人二人ふたりなむありけるなむありけるなむありける。。。一人一人ひとりはははそのそのその國國くにににに住住すむむむ男男おとこ、、、姓姓かばねははは。。。今一今一いまひと人人ひとははは和泉和泉いずみののの國國くにののの人人ひとになむありけるになむありけるになむありける。。。
- 2姓姓かばねははは。。。かくてそのかくてそのかくてその男男おとこどもどもども、、、としよはひとしよはひとしよわい、、、かかかほかたちほかたちほかたち、、、人人ひとののの程程ほど唯唯ただ同同おなじばかりなむありけるじばかりなむありけるじばかりなむありける。。。志志こころざしのまさらむにこそのまさらむにこそのまさらむにこそはははあああはははめとめとめと思思おもふにふにうに、、、志志こころざしのののほどほどほど唯唯ただ同同おなじやうなりじやうなりじょうなり。。。
- 3暮暮くるればるればるれば諸共諸共もろともににに來來き逢逢あひぬひぬいぬ。。。物物ものおこすればおこすればおこすれば唯唯ただ同同おなじやうにおこすじやうにおこすじょうにおこす。。。いづれまされりといふべくもあらずいづれまされりといふべくもあらずいずれまされりというべくもあらず。。。女女おんな思思おもひひい煩煩わずらひぬひぬいぬ。。。このこのこの人人ひとののの志志こころざしのおろかならばいづれにもあふまじけれどのおろかならばいづれにもあふまじけれどのおろかならばいずれにもあうまじけれど、、、これもかれもこれもかれもこれもかれも月日月日つきひををを經經へててて家家けのかどにのかどにのかどに立立たちてよろづにちてよろづにちてよろずに志志こころざしををを見見みえけれはえけれはえけれはしわびぬしわびぬしわびぬ。。。
- 4これよりもかれよりもこれよりもかれよりもこれよりもかれよりも同同おなじやうにおこするじやうにおこするじょうにおこする物物ものどもどもども取取とりもりもりも入入いれねどれねどれねど、、、いろいろにいろいろにいろいろに持持もちてちてちて立立たてりてりてり。。。親親おやありてありてありて、、、「「「かくかくかく見苦見苦みぐるしくしくしく年月年月としつきををを經經へててて人人ひとのなげきのなげきのなげきをををいたづらにいたづらにいたずらに負負おふもいとほしふもいとほしうもいとおし。。。ひとりひとりひとりひとりにあひなばひとりにあひなばひとりにあいなば今一今一いまひと人人ひとががが思思おもひひいははは絶絶たえなむえなむえなむ」」」といふにといふにというに、、、女女おんな「「「こゝにもさこゝにもさここにもさ思思おもふにふにうに、、、人人ひとののの志志こころざしののの同同おなじやうなるになむじやうなるになむじょうなるになむ思思おもひひい煩煩わずらひぬるひぬるいぬる。。。さらばいかゞすべきさらばいかゞすべきさらばいかがすべき」」」といふにといふにというに、、、そのかみそのかみそのかみ川川がわのつらにのつらにのつらに、、、をををうちてゐにけりうちてゐにけりうちていにけり。。。
- 5かゝればそのよばひかゝればそのよばひかかればそのよばい人人ひとどもどもどもをををよびによびによびに遣遣やりてりてりて親親おやのいふやうのいふやうのいうよう、、、「「「誰誰たれももも御志御志おおんこころざしののの同同おなじやうなればこのをさなきものなむじやうなればこのをさなきものなむじょうなればこのおさなきものなむ思思おもひひい煩煩わずらひにてひにていにて侍侍はべるるる。。。今日今日きょういかにまれいかにまれいかにまれ、、、このこのこの事事ことををを定定さだめてむめてむめてむ。。。あるあるあるははは遠遠とおききき所所ところよりいまするよりいまするよりいまする人人ひとありありあり、、、あるあるあるはははなしなしなし。。。これもかれもいとほしきわざなりこれもかれもいとほしきわざなりこれもかれもいとおしきわざなり」」」といふといふという時時ときににに、、、いとかしこくいとかしこくいとかしこく喜喜よろこびあへりびあへりびあえり。。。
- 6「「「申申もうさむとさむとさむと思思おもううう給給たまふるやうふるやううるようははは、、、このこのこの川川がわににに浮浮うきてきてきて侍侍はべるるる水鳥水鳥みずとりををを射給射給いたまへへえ。。。それそれそれををを射射いあてあてあて給給たまへらむへらむえらむ人人ひとににに奉奉たてまつらむらむらむ」」」といふといふという時時ときににに、、、「「「いとよきいとよきいとよき事事ことなりなりなり」」」といひてといひてといいて射射いるるる程程ほどににに、、、一人一人ひとりははは頭頭とうののの方方かたををを射射いつつつ。。。
- 7今一今一いまひと人人ひとははは尾尾おののの方方かたををを射射いつつつ。。。そのかみいづれといふべくもあらぬにそのかみいづれといふべくもあらぬにそのかみいずれというべくもあらぬに、、、女女おんな思思おもひわづらひてひわづらひていわずらいて、、、
- 8「「「住住すみわびぬわがみわびぬわがみわびぬわが身身みなげてむなげてむなげてむ津津つののの國國くにののの生田生田いくたののの川川かわははは名名なのみなりけりのみなりけりのみなりけり」」」
- 9とよみてとよみてとよみて、、、このこのこのひらばりひらばりひらばりははは川川がわににに臨臨のぞみてしたりければみてしたりければみてしたりければ、、、つぶりとつぶりとつぶりと落落おちちち入入いりぬりぬりぬ。。。親親おやあわてあわてあわて騒騒さわぎのゝしるぎのゝしるぎののしる程程ほどににに、、、このよばふこのよばふこのよばう男男おとこ二人二人ふたりやがてやがてやがて同同おなじじじ所所ところににに落落おちいりぬちいりぬちいりぬ。。。
- 10一人一人ひとりははは足足あしをををとらへとらへとらえ、、、今一今一いまひと人人ひとははは手手てををを捕捕とらへてへてえて死死しにけりにけりにけり。。。そのかみそのかみそのかみ親親おやいみじくいみじくいみじく騒騒さわぎてぎてぎて、、、取取とりりり上上あげてげてげて泣泣なきのゝしりてきのゝしりてきののしりてふりすふりすふりす。。。男男おとこどものどものどもの親親おやももも來來きにけりにけりにけり。。。
- 11このこのこの女女おんなののの塚塚つかのかたはらにのかたはらにのかたわらに又又また塚塚つかどもどもども作作つくりてりてりてほりほりほり埋埋うむむむ。。。時時ときににに津津つののの國國くにののの男男おとこののの親親おやいふやういふやういうよう「「「同同おなじじじ國國くにののの男男おとこをををこそこそこそ同同おなじじじ所所ところにににはせめはせめはせめ。。。ことぐにのことぐにのことぐにの人人ひとのいかでかこののいかでかこののいかでかこの國國くにののの土土どをばをばをば犯犯おかすべきすべきすべき」」」といひてといひてといいて妨妨さまたぐるぐるぐる時時ときににに、、、和泉和泉いずみののの方方かたののの親親おや、、、和泉和泉いずみののの國國くにののの土土どををを船船ふねににに運運はこびてびてびて、、、こゝにもてこゝにもてここにもて來來きてなむつひにてなむつひにてなむついに埋埋うずみてけるみてけるみてける。。。
- 12さればさればされば女女おんなののの墓墓はかをばをばをば中中なかにてにてにて左右左右さゆうになむになむになむ男男おとこののの塚塚つかどもどもども今今いまもあなるもあなるもあなる。。。かゝるかゝるかかる事事ことどものどものどもの昔昔むかしありけるありけるありけるををを繪繪えににに皆皆みな書書かきてきてきて故故こ宮宮みやににに人人ひとののの奉奉たてまつりければりければりければ、、、これがこれがこれがうへうへうえををを皆人々皆人々みなひとびとこのこのこの人人ひとににに代代かわりてよみけるりてよみけるりてよみける。。。のみやすんのみやすんのみやすん所所ところ、、、
- 13「「「影影かげとのみとのみとのみ水水みずのしたにてあひのしたにてあひのしたにてあい見見みれどれどれど魂魂たましいなきからなきからなきからはははかひなかりけりかひなかりけりかいなかりけり」」」。。。
- 14女女おんなになりになりになり給給たもうてうてうて、、、一一いちののの宮宮みや、、、
- 15「「「かぎりなくかぎりなくかぎりなく深深ふかくしづめるくしづめるくしずめる我我わががが魂魂たましいははは浮浮うきたるきたるきたる人人ひとににに見見みえむものかえむものかえむものかははは」」」。。。
- 16またまたまた、、、みやみやみや、、、
- 17「「「いづこにかたまいづこにかたまいずこにかたまをもをもをもとめむわたつみのこゝかしこともおもほえなくにとめむわたつみのこゝかしこともおもほえなくにとめむわたつみのここかしこともおもおえなくに」」」。。。
- 18ののの命婦命婦みょうぶ、、、
- 19「「「つかのまももろともにとぞつかのまももろともにとぞつかのまももろともにとぞ契契ちぎりけるりけるりける逢逢あふとふとうとははは人人ひとににに見見みえぬものからえぬものからえぬものから」」」。。。
- 20別當別當べっとう、、、
- 21「「「かちまけもなくてやかちまけもなくてやかちまけもなくてやはてむはてむはてむ君君きみによりによりにより思思おもひひいののの山山やまははは越越こゆともゆともゆとも」」」。。。
- 22生生いきたりしきたりしきたりし折折おりののの女女おんなになりてになりてになりて、、、
- 23「「「あふことのかたみにあふことのかたみにあうことのかたみに植植ううるうるうる竹竹たけのたちわづらふとのたちわづらふとのたちわずらうと聞聞きくぞかなしきくぞかなしきくぞかなしき」」」。。。
- 24またまたまた、、、人人ひと、、、
- 25「「「身身みをををなげてなげてなげて逢逢あはむとはむとわむと人人ひとににに契契ちぎらねどうきらねどうきらねどうき身身みははは水水みずにかげにかげにかげをををならべつならべつならべつ」」」。。。
- 26又又また、、、今一今一いまひと人人ひとののの男男おとこになりてになりてになりて、、、
- 27「「「おなじえにおなじえにおなじえに住住すむむむはははうれしきうれしきうれしき中中なかなれどなどなれどなどなれどなど我我わとのみとのみとのみ契契ちぎらざりけむらざりけむらざりけむ」」」。。。
- 28かへしかへしかへし、、、女女おんな、、、
- 29「「「うかりけるうかりけるうかりける我我わがみなそこがみなそこがみなそこををを大大おおかたかたかたはははかゝるかゝるかかる契契ちぎりのなからましかばのなからましかばのなからましかば」」」。。。
- 30又又また、、、一人一人ひとりののの男男おとこになりてになりてになりて、、、
- 31「「「我我わとのみとのみとのみ契契ちぎらずながららずながららずながら同同おなじじじ江江えにすむにすむにすむははは嬉嬉うれしきみぎしきみぎしきみぎはははとぞとぞとぞ思思おもふふう」」」。。。
- 32さてこのさてこのさてこの男男おとこははは吳竹吳竹くれたけのよのよのよふかきふかきふかきををを切切きりてりてりて、、、限限かぎりてりてりて、、、狩狩かりぎぬぎぬぎぬ、、、袴袴はかま、、、烏帽子烏帽子えぼし、、、帶帶おびなどなどなどををを入入いれてれてれて、、、弓弓ゆみ、、、、、、太刀太刀たちなどなどなどををを入入いれてぞれてぞれてぞ埋埋うずみけるみけるみける。。。
- 33今一今一いまひと人人ひとははは、、、おろかなるおろかなるおろかなる親親おやにやありけむにやありけむにやありけむ、、、さもせずぞありけるさもせずぞありけるさもせずぞありける。。。かのかのかの塚塚つかののの名名なをばをばをば、、、塚塚つかとぞいひけるとぞいひけるとぞいいける。。。あるあるある旅人旅人たびびとこのこのこの塚塚つかのもとにのもとにのもとに宿宿やどりたりけるにりたりけるにりたりけるに、、、人人ひとのいさかひするのいさかひするのいさかいする音音おとのしければのしければのしければ、、、怪怪あやしとしとしと思思おもひてひていて見見みせけれどせけれどせけれど、、、「「「さるさるさる事事こともなしもなしもなし」」」といひければといひければといいければ、、、怪怪あやしとしとしと思思おもふふう思思おもふねぶりたるにふねぶりたるにうねぶりたるに、、、血血ちにまみれたるにまみれたるにまみれたる男男おとこ前前まえににに來來きてててひざまづきてひざまづきてひざまずきて、、、「「「我我われかたきにかたきにかたきに攻攻せめられてわびにてめられてわびにてめられてわびにて侍侍はべりりり。。。はははかしかしかし暫暫しばししし貸貸かししし給給たまはははらむらむらん。。。妬妬ねたききき者者ものののの報報むくししし侍侍はべらむらむらむ」」」といふにといふにというに恐恐おそろしとろしとろしと思思おもへどへどえど貸貸かしてけりしてけりしてけり。。。
- 34覺覺さめてめてめて夢夢ゆめにやあらむとにやあらむとにやあらむと思思おもへどへどえど、、、太刀太刀たちははは誠誠まことにとらせてにとらせてにとらせて遣遣やりてけりりてけりりてけり。。。とばかりとばかりとばかり聞聞きけばいみじうさきのごといさかふなりけばいみじうさきのごといさかふなりけばいみじゅうさきのごといさかうなり。。。しばしありてしばしありてしばしありて初初はじめののの男男おとこ來來きていみじうていみじうていみじゅう喜喜よろこびてびてびて、、、「「「御御おん徳徳とくににに年年としごろねたきごろねたきごろねたき者者ものうちうちうち殺殺ころししし侍侍はべりぬりぬりぬ。。。今今いまよりよりよりははは長長ながききき御御おんまもりとなりまもりとなりまもりとなり侍侍はべるべきるべきるべき」」」とてとてとて、、、このこのこの事事ことののの初初はじめよりかたるよりかたるよりかたる。。。
- 35いとむくつけしといとむくつけしといとむくつけしと思思おもへどへどえど、、、珍珍めずらしきことなればらしきことなればらしきことなれば問問とひひい聞聞きくくくほどにほどにほどに、、、夜夜よももも明明あけにければけにければけにければ人人ひともなしもなしもなし。。。あしたにあしたにあしたに見見みればればれば塚塚つかのもとにのもとにのもとに血血ちなどなむなどなむなどなむ流流ながれたりけるれたりけるれたりける。。。
- 36太刀太刀たちにもにもにも血血ちつきてなむありけるつきてなむありけるつきてなむありける。。。いといといとうとましくおぼゆるうとましくおぼゆるうとましくおぼゆる事事ことなれどなれどなれど、、、人人ひとののの言言いひけるまゝなりひけるまゝなりいけるままなり。。。
現代語訳
〔第147段〕昔、摂津の国に住む女がいた。その女に求婚する男が二人いた。一人はその国に住む男で、姓は菟原(うばら)であった。もう一人は和泉の国の人であった。姓は血沼(ちぬ)といった。さてその男たちは、年齢も、顔かたちも、人柄も、まったく同じほどであった。女は「志のまさっている方と結婚しよう」と思うのだが、志の深さもまったく同じようである。日が暮れると二人そろってやって来る。贈り物をよこすと、まったく同じように贈ってくる。どちらがまさっているとも言えない。女は思い悩んだ。この人たちの志がいいかげんなら、どちらとも結婚はしないのだが、どちらも月日を重ねて家の門口に立って、何かにつけて志を見せるので、女は困りはててしまった。どちらからも同じように贈ってくる品々を受け取りもしないのに、男たちはいろいろな品を持って立っている。親がいて、「こんなにみっともなく年月を過ごして、人の嘆きをむなしく負うのも気の毒だ。どちらか一人と結婚したら、もう一人の思いもあきらめがつくだろう」と言うと、女は「わたしもそう思うのですが、あの方々の志が同じようなので、思い悩んでいるのです。それなら、どうしたらよいでしょう」と言う。その当時、生田川のほとりに平張(幕屋)を張って住んでいた。そこで、その求婚者たちを呼びにやって、親が言うには、「どなたもお志が同じようなので、この幼い者が思い悩んでおります。今日、何としてでも、このことを決めてしまいましょう。ある方は遠い所からいらっしゃるし、ある方は地元ながら、そのご苦労はこのうえないものです。どちらの方も気の毒なことです」と言うと、男たちはたいへん喜び合った。「申し上げようと思いますことは、この川に浮いております水鳥を射てください。それを射当てなさった方にさし上げましょう」と言うと、「たいへんよいことだ」と言って射たところ、一人は頭の方を射た。もう一人は尾の方を射た。そこで、どちらとも言えないので、女は思い悩んで、
「この世に住むのがつらくなりました。わが身を投げてしまいましょう。摂津の国の生田の川は、生きるという名ばかりのものでした」
とよんで、この平張は川に臨んで張ってあったので、ざぶんと川に落ち入ってしまった。親があわてて騒ぎ立てているうちに、この求婚した男二人も、すぐに同じ所に飛び込んだ。一人は女の足をつかまえ、もう一人は手をつかまえて死んでしまった。そこで親はたいへん騒いで、亡骸を取り上げて泣き叫んで葬った。男たちの親もやって来た。この女の塚のそばに、また塚を作って埋めようとする。その時、摂津の国の男の親が言うには、「同じ国の男をこそ同じ所に葬るべきだ。よその国の人が、どうしてこの国の土を侵してよいものか」と言って妨げた時に、和泉の方の親は、和泉の国の土を船で運んで、ここに持って来て、とうとう埋めた。だから、女の墓を中にして、左右に男たちの塚が今もあるということだ。
このような事が昔あったのを、すべて絵に描いて、故后の宮(穏子)に人がさし上げたところ、この話について、人々が皆、この人々になりかわって歌をよんだ。伊勢の御息所が、
「影としてだけ水の下で会っても、魂のない亡骸では、何のかいもないことです」。
女になりかわりなさって、女一の宮が、
「限りなく深く沈んだわたしの魂は、浮ついた人に見られたりするものでしょうか」。
また、宮が、
「どこに魂を求めたらよいのでしょう。海のここかしこと、思いあたるところもないのに」。
兵衛の命婦が、
「つかの間でも一緒にいようと約束しました。逢ったとは、人には見えないけれど」。
糸所の別当が、
「勝ち負けもなく終わってしまうのだろうか。あなたのために、思いを比べて、くらぶ山を越えたとしても」。
生きていた時の女になりかわって、
「逢うことの難しさに、形見に植える細い竹のように、二人が立ちわずらっていると聞くのが悲しい」。
また、ある人が、
「身を投げて逢おうと、あの人に約束したわけではないけれど、つらいこの身は、水に影を並べることになりました」。
また、もう一人の男になりかわって、
「同じ江に住むのは、うれしい仲だけれど、どうしてわたしとだけ契ってくれなかったのだろう」。
女の返し、
「つらいことになったわたしの水底――こんなことになるくらいなら、いっそこのような縁がなければよかったのに」。
また、一人の男になりかわって、
「わたしとだけ契ってくれたのではないけれど、同じ江に住む――同じ汀にいられるのは、うれしいことだと思う」。
さて、この男(和泉の男)の方は、呉竹の節の深いのを切って、柩に作り、狩衣・袴・烏帽子・帯などを入れ、弓・胡籙・太刀などを入れて埋めた。もう一人の方は、考えの浅い親だったのか、そうもしなかった。その塚の名を、乙女塚といった。ある旅人が、この塚のもとに泊まったところ、人の言い争う音がしたので、不思議に思って人に見させたが、「何事もない」と言ったので、不思議に思いながら眠っていると、血まみれの男が前に来てひざまずいて、「わたしは敵に攻められて困っております。御太刀をしばらく貸してください。憎い者に仕返しをいたしましょう」と言うので、恐ろしいと思ったが貸してやった。目が覚めて夢だったのだろうかと思ったけれど、太刀は本当に取らせてやっていた。しばらく聞いていると、たいへん激しく、さきほどのように争っている。しばらくして、さっきの男が来て、たいへん喜んで、「おかげで、長年憎かった者を打ち殺しました。これからは末長くお守りいたしましょう」と言って、このことの初めから語る。たいへん気味が悪いと思ったが、めずらしいことなので問い聞いているうちに、夜も明けてしまったので、人もいない。朝になって見ると、塚のもとに血などが流れていた。太刀にも血がついていた。たいへん気味の悪く思われることだけれど、人が言ったとおりに書きとめた。
意訳
同じ国の菟原の男と、和泉の国の血沼の男。年も顔も人柄も、志の深さも、何から何まで同じ二人に求婚された娘は、どちらも選べない。親の提案で、川の水鳥を射当てた方に嫁がせることになったが、一人は頭、一人は尾に当たって、また決着がつかない。「生きるという名の生田川も、名ばかりだった」とよんで、娘は川に身を投げ、二人の男もあとを追って、手と足をつかんだまま死んだ。
死んでなお争いは続く。地元の男の親は、よそ者が同じ地に葬られるのを拒み、和泉の男の親は故郷の土を船で運んで塚を築いた。こうして娘の墓を挟んで、二人の男の塚が並ぶことになった。
後日、この話を描いた絵が中宮穏子に献上され、宮廷の人々が登場人物になりかわって歌をよみ合った。伝説が、絵と歌によって宮廷で味わい直されていたことを示す、興味深い場面である。
さらに後日談として、塚のそばに泊まった旅人の夢に血まみれの男が現れ、「敵を討つ」と太刀を借りていく。目覚めると、太刀には本当に血がついていた。死後も終わらない二人の男の争いが、怪談として語られて段は閉じられる。
語釈・文法注
- 津の國
- 摂津国。今の大阪府北部と兵庫県南東部。
- うばら
- 菟原(うない)。摂津国菟原郡(今の神戸市東部・芦屋市のあたり)にちなむ姓。『万葉集』では「菟原壮士(うないおとこ)」。
- ちぬ
- 血沼(茅渟)。和泉国の古名で、その地の姓。『万葉集』では「血沼壮士(ちぬおとこ)」。
- 生田川
- 摂津国の川。今の神戸市中央区を流れる。「生く」を掛ける。
- ひらばり
- 平張。柱を立て、幕を平らに張った仮屋。
- いたづき
- 苦労、骨折り。
- はふり
- 葬り。葬送。
- 故きさいの宮
- 醍醐天皇の中宮、藤原穏子。
- 伊勢のみやすん所
- 歌人の伊勢。第1段参照。宇多天皇の皇子を生んだので御息所と呼ぶ。
- 女一の宮
- 醍醐天皇の第一皇女、勧子内親王か。
- 兵衞の命婦
- 女房の名。
- いとどころの別當
- 糸所の別当。糸所は宮中の縫製や組紐を担当した所。その長官の女房。
- くらぶの山
- 暗部山。鞍馬山の古名。「比ぶ」を掛ける。
- なよ竹
- しなやかな細い竹。
- 限りて
- 底本の本文。通行本文には「籠(こ)に作りて」とあるものがあり、柩を作る意と解した。
- やなぐひ
- 胡籙。矢を入れて背負う道具。
- をとめ塚
- 乙女塚(処女塚)。今の神戸市東灘区に処女塚古墳があり、その東西に求女塚古墳がある。
- 御はかし
- 御佩刀。太刀の尊敬語。
文法
- 志のまさらむにこそはあはめ
- 「む」は婉曲。「こそ」の結びで「め」(意志)。志のまさっている人と結婚しよう。
- 見えけれはしわびぬ
- 底本は「けれは」と刷る。「ければ」の意。「しわぶ」は困りはてる。
- あひなば
- 「な」は完了「ぬ」の未然形。結婚したならば。
- いかにまれ
- 「いかにもあれ」の縮まった形。何としてでも。
- 定めてむ
- 「て」は強意、「む」は意志。決めてしまおう。
- なげてむ
- 「て」は強意、「む」は意志。
- 臨みてしたりければ
- 平張を川に臨んで張っていたので。
- つぶりと
- 水に落ちる音を表す擬音語。
- 同じ所にはせめ
- 「こそ」の結びで「め」。
- いかでかこの國の土をば犯すべき
- 「いかでか」は反語。
- あなる
- 「あるなる」の撥音便の無表記。あるということだ。
- 見えむものかは
- 「ものかは」は反語。
- なくてやはてむ
- 「や」は疑問、結びは「む」。
- なからましかば
- 「ましかば」は反実仮想の条件。下に「よからまし」などを略す。
- おろかなる親にやありけむ
- 「にやありけむ」は語り手の推測の挿入句。
- 人の言ひけるまゝなり
- 語り手の言葉。聞いたとおりに書いた、と伝承であることを示す。
和歌
住みわびぬ わが身なげてむ 津の國の 生田の川は 名のみなりけり
- 詠者
- 摂津の国の娘
- 状況
- 二人の求婚者のどちらも選べず、生田川に身を投げるにあたって。
修辞
- 掛詞
- 「生田」に「生く」を掛ける。
影とのみ 水のしたにて あひ見れど 魂なきからは かひなかりけり
- 詠者
- 伊勢(伊勢の御息所)
- 状況
- 生田川の話を描いた絵を見て。
修辞
- 掛詞
- 「から」に「骸(から)」、「かひ」に「甲斐」と「貝」を響かせる。
かぎりなく 深くしづめる 我が魂は 浮きたる人に 見えむものかは
- 詠者
- 女一の宮(娘になりかわって)
- 状況
- 同じく絵を見て。
修辞
- 対照
- 「深く沈める」と「浮きたる」を対にする。
いづこにか たまをもとめむ わたつみの こゝかしことも おもほえなくに
- 詠者
- 宮
- 状況
- 同じく。
修辞
- 掛詞
- 「たま」に「魂」と「玉」を響かせる。
つかのまも もろともにとぞ 契りける 逢ふとは人に 見えぬものから
- 詠者
- 兵衛の命婦
- 状況
- 同じく。
修辞
- 掛詞
- 「つか」に「束(の間)」と「塚」を掛ける。
かちまけも なくてやはてむ 君により 思ひくらぶの 山は越ゆとも
- 詠者
- 糸所の別当
- 状況
- 同じく。
修辞
- 掛詞
- 「くらぶ」に「比ぶ」と「暗部(山)」を掛ける。
あふことの かたみに植うる なよ竹の たちわづらふと 聞くぞかなしき
- 詠者
- (娘の生前になりかわって)
- 状況
- 同じく。
修辞
- 掛詞
- 「かたみ」に「形見」と「互(かた)み」、「よ」に竹の「節」を響かせる。
身をなげて 逢はむと人に 契らねど うき身は水に かげをならべつ
- 詠者
- ある人
- 状況
- 同じく。
修辞
- 掛詞
- 「うき」に「憂き」と「浮き」を掛ける。
おなじえに 住むはうれしき 中なれど など我とのみ 契らざりけむ
- 詠者
- (一人の男になりかわって)
- 状況
- 同じく。
修辞
- 掛詞
- 「え」に「江」と「縁」を掛ける。
うかりける 我がみなそこを 大かたは かゝる契の なからましかば
- 詠者
- (娘になりかわって)
- 状況
- 前の歌への返し。
修辞
- 反実仮想
- 「ましかば」。
我とのみ 契らずながら 同じ江に すむは嬉しき みぎはとぞ思ふ
- 詠者
- (もう一人の男になりかわって)
- 状況
- 同じく。
修辞
- 掛詞
- 「すむ」に「住む」と「澄む」を響かせる。
解説
第147段は、『万葉集』巻九の高橋虫麻呂の「菟原処女(うないおとめ)の墓を見る歌」、巻十九の大伴家持の追和歌などに見える古い伝説を、物語として語り直したものである。二人の男に求婚された娘が身を投げ、男たちもあとを追うという話の骨組みは同じだが、『大和物語』では、水鳥を射るという求婚の試練、塚をめぐる親たちの争い、塚の主の亡霊の話など、新しい要素が加えられている。
この段の中ほどには、この話を描いた絵が中宮穏子に献上され、伊勢をはじめとする宮廷の女性たちが、娘や男たちになりかわって歌をよんだという場面がある。古い伝説が、絵物語として宮廷で楽しまれ、歌を通して新しく味わわれていたことを示すもので、『大和物語』後半の伝説的な章段が、宮廷の文芸の場とつながっていたことがよく分かる。
処女塚の伝説は、のちに謡曲「求塚」の題材となり、近代では森鷗外の戯曲『生田川』にも取り上げられた。神戸市東灘区には処女塚古墳と、その東西に東求女塚古墳・西求女塚古墳があり、伝説の三つの塚に見立てられている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、51〜54頁(コマ29–31)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日