古典ライブラリー

大和物語 第19章(第143段〜第146段)

在次君の旅と遊女たち

在原業平の子の在次君と五条の御の恋、地方を旅して宿駅に歌を書きつけ、甲斐の国で死んだ在次君、宇多法皇の御幸先で歌をよんで賞された遊女の白女と、大江玉淵の娘の「鳥飼」の歌まで、四つの段。

  1. 1昔むかし昔むかしむかし、、、のみむすこのみむすこのみむすこきみといふがめなるきみといふがめなるきみというがめなる人ひと人ひとひとなむありけるなむありけるなむありける。。。女をんな女をんなおんなははは蔭かげ蔭かげかげののの中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんののの御おん御おんおんめひにてめひにてめいにてののの御おん御おんおんとなむとなむとなむ言い言いいひけるひけるいける。。。かのかのかの在次ざいじ在次ざいじざいじきみのきみのきみの妹いもうと妹いもうといもうとののの伊勢いせ伊勢いせいせののの守かみ守かみかみのめにていますかりけるがのめにていますかりけるがのめにていますかりけるが許もと許もともとにいきてにいきてにいきて、、、ををを、、、このめのせうとのこのめのせうとのこのめのしょうとの在次ざいじ在次ざいじざいじきみきみきみははは忍しの忍しのしのびてすむになむありけるびてすむになむありけるびてすむになむありける。。。
  2. 2われのみとわれのみとわれのみと思おも思おもおもふにこのふにこのうにこの男をとこ男をとこおとこのののはらからなむはらからなむはらからなむ、、、又また又またまたあひたるけしきなりけるあひたるけしきなりけるあいたるけしきなりける。。。ばばば女をんな女をんなおんなののの許もと許もともとににに、、、
  3. 3「「「忘わす忘わすわすれなむとれなむとれなむと思おも思おもおもふふう心こころ心こころこころののの悲かな悲かなかなしさしさしさはははうきもうきもうきも憂う憂ううからぬものにぞありけるからぬものにぞありけるからぬものにぞありける」」」
  4. 4となむとなむとなむ詠よ詠よよみたりけるみたりけるみたりける。。。今いま今いまいまははは皆みな皆みなみな事こと事ことことなりなりなり。。。
  5. 5このこのこの在次ざいじ在次ざいじざいじ君きみ君きみきみ、、、在中將ざいちゆうじやう在中將ざいちゆうじやうざいちゅうじょう、、、このこのこの子こ子ここどもゝどもゝどもも人ひと人ひとひとののの國くに國くにくにがよひがよひがよいをををなむなむなん時々ときどき時々ときどきときどきしけるしけるしける。。。心こころ心こころこころあるものにてあるものにてあるものにて、、、人ひと人ひとひとののの國くに國くにくにののの哀あはれ哀あはれあわれににに心細こころぼそ心細こころぼそこころぼそききき所々ところどころ所々ところどころところどころにてにてにてははは歌うた歌うたうたよみてよみてよみて書か書かかきつけなどなむしけるきつけなどなむしけるきつけなどなむしける。。。
  6. 6うまやといふうまやといふうまやという所ところ所ところところははは海邊うみべ海邊うみべうみべになむありけるになむありけるになむありける。。。それにそれにそれに詠よ詠よよみてみてみて書か書かかきつけたりけるきつけたりけるきつけたりける、、、
  7. 7「「「わたつみとわたつみとわたつみと人ひと人ひとひとややや見み見みみるらむるらむるらむ逢あ逢ああふことのふことのうことの涙なみだ涙なみだなみだをををぶさになきつめつれぶさになきつめつれぶさになきつめつれははは」」」。。。
  8. 8又また又またまた里さと里さとさとといふうまやにてといふうまやにてといううまやにて、、、
  9. 9「「「いついついつはははとととははは別わ別わわかねどたえてかねどたえてかねどたえて秋あき秋あきあきののの夜よ夜よよぞぞぞ身み身みみののの侘わび侘わびわびしさしさしさははは知し知ししりまさりけるりまさりけるりまさりける」」」
  10. 10とよみてとよみてとよみて書か書かかきつけたりけりきつけたりけりきつけたりけり。。。かくてかくてかくて人ひと人ひとひとののの國くに國くにくにありきありきてありきありきてありきありきてののの國くに國くにくにににに到いた到いたいたりてりてりて住す住すすみけるみけるみける程ほど程ほどほどににに、、、病やまひ病やまひやまいしてしてして死し死ししぬとてぬとてぬとて詠よ詠よよみたりけるみたりけるみたりける、、、
  11. 11「「「かりそめのゆきかひかりそめのゆきかひかりそめのゆきかい路ぢ路ぢじとぞとぞとぞ思おも思おもおもひしひしいしををを今いま今いまいまはははかぎりのかぎりのかぎりの門出かどで門出かどでかどでなりけりなりけりなりけり」」」
  12. 12とよみてなむとよみてなむとよみてなむ死し死ししにけるにけるにける。。。このこのこの在次ざいじ在次ざいじざいじ君きみ君きみきみののの一所ひとところ一所ひとところひとところににに具ぐ具ぐぐしてしりたりけるしてしりたりけるしてしりたりける人ひと人ひとひと、、、三河みかは三河みかはみかわののの國くに國くにくによりのぼるとてこのよりのぼるとてこのよりのぼるとてこの驛うまや驛うまやうまやどもにどもにどもに宿やど宿やどやどりてこのりてこのりてこの歌うた歌うたうたどもどもどもををを見み見みみててて、、、手て手ててははは見知みし見知みしみしりたりければりたりければりたりければ見み見みみつけてつけてつけて、、、いとあはれといとあはれといとあわれと思おも思おもおもひけりひけりいけり。。。
  13. 13亭子ていじ亭子ていじていじののの帝みかど帝みかどみかどにおはしましにけりにおはしましにけりにおわしましにけり。。。。。。召め召めめしにしにしに遣つかは遣つかはつかわしたりければしたりければしたりければ參まゐ參まゐまいりてさぶらふりてさぶらふりてさぶらう。。。上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめ殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとみこみこみこ達だち達だちだちのあまたのあまたのあまた侍さぶら侍さぶらさぶらひひい給たま給たまたまひければひければいければ、、、しもにしもにしもに遠とほ遠とほとおくさぶらふくさぶらふくさぶらう。。。
  14. 14「「「かうかうこう遙はるか遙はるかはるかににに侍さぶら侍さぶらさぶらふよしふよしうよし、、、歌うた歌うたうた仕つか仕つかつこうまつれうまつれうまつれ」」」ととと仰おほ仰おほおおせられければせられければせられければ、、、すなすなすなはははちよみてちよみてちよみて奉たてまつ奉たてまつたてまつりけるりけるりける。。。
  15. 15「「「濱千鳥はまちどり濱千鳥はまちどりはまちどり飛と飛ととびびび行ゆ行ゆゆくかぎりありければくかぎりありければくかぎりありければ雲くも雲くもくも立た立たたつつつ山やま山やまやまをををあああはははとこそとこそとこそ見み見みみれれれ」」」
  16. 16とよみたりければとよみたりければとよみたりければ、、、いとかしこくめでいとかしこくめでいとかしこくめで給たま給たまたもうてかづけうてかづけうてかずけ物もの物ものもの賜たま賜たまたまふふう。。。
  17. 17「「「いのちだにいのちだにいのちだに心こころ心こころこころにかなふものならばにかなふものならばにかなうものならば何なに何なになにかわかれのかわかれのかわかれの悲かな悲かなかなしからまししからまししからまし」」」
  18. 18といふといふという歌うた歌うたうたももも、、、このしろがよみたるこのしろがよみたるこのしろがよみたる歌うた歌うたうたなりけりなりけりなりけり。。。
  19. 19亭子ていじ亭子ていじていじののの帝みかど帝みかどみかど、、、かひのかひのかいの院ゐん院ゐんいんにおはしましにけりにおはしましにけりにおわしましにけり。。。例れい例れいれいのごとのごとのごと御遊おほんあそび御遊おほんあそびおおんあそびありありあり。。。このわたりのこのわたりのこのわたりのうかれめどもあまたうかれめどもあまたうかれめどもあまた參まゐ參まゐまいりてりてりて侍さぶら侍さぶらさぶらふふう中なか中なかなかににに、、、「「「聲こゑ聲こゑこえおもしろくよしあるものおもしろくよしあるものおもしろくよしあるものははは侍はべ侍はべはべりやりやりや」」」ととと問と問ととはせはせわせ給たま給たまたまふにふにうに、、、うかれめばらのうかれめばらのうかれめばらの申まう申まうもうすやうすやうすよう、、、「「「のたまぶちがむすめといふものなむのたまぶちがむすめといふものなむのたまぶちがむすめというものなむ珍めづ珍めづめずらしうらしうらしゅう參まゐ參まゐまいりてりてりて侍はべ侍はべはべるるる」」」ととと申まう申まうもうしければしければしければ見み見みみさせさせさせ給たま給たまたまふにふにうに、、、さまかたちもさまかたちもさまかたちも淸きよ淸きよきよげなりければげなりければげなりければ、、、あはれがりたまうてあはれがりたまうてあわれがりたもうて、、、うへにうへにうえに召め召めめししし上あ上ああげげげ給たま給たまたまふふう。。。
  20. 20「「「そもそもまことかそもそもまことかそもそもまことか」」」などなどなど問と問ととはせはせわせ給たま給たまたまふにふにうに、、、とりかひといふとりかひといふとりかいという題だい題だいだいををを、、、人々ひとびと人々ひとびとひとびとによませによませによませ給たま給たまたまひにけりひにけりいにけり。。。仰おほ仰おほおおせせせ給たま給たまたまふやうふやううよう、、、「「「たまぶちたまぶちたまぶちはははいとらうありていとらうありていとろうありて歌うた歌うたうたなどよくよみきなどよくよみきなどよくよみき。。。このとりかひといふこのとりかひといふこのとりかいという題だい題だいだいをををよくよくよく仕つか仕つかつこうまつりたらむにしたがひてうまつりたらむにしたがひてうまつりたらむにしたがいて、、、まことのことまことのことまことのことはははおもほさむおもほさむおもおさむ」」」ととと仰おほ仰おほおおせせせ給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。
  21. 21うけたまはりてすなうけたまはりてすなうけたまわりてすなはははちちち、、、
  22. 22「「「淺あさ淺あさあさみどりかひあるみどりかひあるみどりかいある春はる春はるはるにあひぬればにあひぬればにあいぬれば霞かすみ霞かすみかすみならねどならねどならねど立た立たたちのぼりけりちのぼりけりちのぼりけり」」」
  23. 23とよむとよむとよむ時とき時ときときににに、、、帝みかど帝みかどみかどのゝしりのゝしりののしり哀あは哀あはあわれがりれがりれがり給たま給たまたもうてうてうて御おん御おんおん給たま給たまたまふふう。。。人々ひとびと人々ひとびとひとびともよくもよくもよく醉ゑ醉ゑえひたるひたるいたる程ほど程ほどほどにてゑひなきいとになくすにてゑひなきいとになくすにてえいなきいとになくす。。。帝みかど帝みかどみかど、、、御おん御おんおん袿うちき袿うちきうちき一襲ひとかさね一襲ひとかさねひとかさね袴はかま袴はかまはかまたまふたまふたまう。。。
  24. 24「「「ありとあるありとあるありとある上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめみこみこみこ達だち達だちだち四位しゐ四位しゐしい五位ごゐ五位ごゐごいこれにこれにこれに物もの物ものものぬぎてぬぎてぬぎて取と取ととらせざらむものらせざらむものらせざらむものははは座ざ座ざざよりよりより立た立たたちねちねちね」」」とのとのとの給たま給たまたもうければうければうければかたはしかたはしかたはしよりよりより上下かみしも上下かみしもかみしも皆みな皆みなみなかづけたればかづけたればかずけたれば、、、かづきかづきかずき餘あま餘あまあまりてりてりて、、、積つ積つつみてぞみてぞみてぞ置お置おおきたりけるきたりけるきたりける。。。
  25. 25かくてかくてかくて歸かへ歸かへかえりりり給たま給たまたまふとてふとてうとて、、、院ゐん院ゐんいんののの七しち七しちしち郞らう郞らうろう君きみ君きみきみといふといふという人ひと人ひとひとありけりありけりありけり。。。それなむこのそれなむこのそれなむこの住す住すすむあたりにむあたりにむあたりに家いへ家いへいえ造つく造つくつくりてりてりて住す住すすむとむとむと聞きこ聞きこきこしめしてしめしてしめして、、、それにぞなむのたまひあづけゝるそれにぞなむのたまひあづけゝるそれにぞなむのたまいあずけける、、、「「「かれがかれがかれが申まう申まうもうさむさむさむ事こと事ことこと院ゐん院ゐんいんににに奏そう奏そうそうせよせよせよ。。。院ゐん院ゐんいんよりよりより賜たま賜たまたまはせむものもかのはせむものもかのわせむものもかの七しち七しちしち郞らう郞らうろう君きみ君きみきみがりがりがり遣つかは遣つかはつかわさむさむさむ。。。すべてかれにすべてかれにすべてかれに侘わび侘わびわびしきしきしき目め目めめななな見み見みみせそせそせそ」」」ととと仰おほ仰おほおおせられければせられければせられければ、、、常つね常つねつねになむとぶらひになむとぶらひになむとぶらい顧かへり顧かへりかえりみけるみけるみける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第143段〕昔、在中将(業平)の御子の在次君という人の妻であった人がいた。その女は山蔭の中納言の姪で、五条の御といった。その女は、在次君の妹で伊勢守の妻でいらっしゃった人のもとに行って、守の召人として仕えていたが、この妻の兄の在次君がひそかに通っていたのであった。自分だけと思っていたのに、この男の兄弟も、また逢っている様子であった。

(……)女のもとに、

「忘れてしまおうと思う心の悲しさは、つらいことも、つらいと思えないほどのものでした」

とよんだ。今はみな昔話になってしまったことである。

〔第144段〕この在次君は、在中将が東国に行ったせいだろうか、この子どもも、地方へ行くことを時々していた。情趣を解する人で、地方のしみじみと心細い所々では、歌をよんで書きつけなどしていた。小総(おぶさ)の駅という所は海辺にあった。そこでよんで書きつけた歌、

「海だと人は見るだろうか。逢えないことの涙を、小総――おおぶさに――泣いてためたので」。

また、美濃輪(みのわ)の里という駅で、

「いつがそうだと区別はできないけれど、とりわけ秋の夜こそ、わが身のわびしさはいっそう思い知られることだ」

とよんで書きつけた。こうして地方を歩きまわって、甲斐の国に着いて住んでいたうちに、病気になって死ぬというときによんだ歌、

「かりそめの行き来の道と思っていたのに、今はもう最後の門出であったことよ」

とよんで死んでしまった。この在次君と一緒に連れ立って知り合っていた人が、三河の国から上京するというので、これらの宿駅に泊まって、この歌どもを見て、筆跡は見覚えがあったので見つけて、たいへん悲しく思った。

〔第145段〕亭子の帝(宇多法皇)が、河尻においでになった。遊女に白女という者がいた。召しにやったところ、参上してお仕えする。上達部・殿上人・親王たちが大勢お仕えしていらっしゃったので、白女は下手に遠く控えている。

「このように遠くにお仕えしている気持ちを、歌によみ申せ」とおおせられたので、すぐによんでさし上げた歌。

「浜千鳥は飛んで行くのにも限りがあるので、雲の立つ山を、はるかに淡く見るばかりです」

とよんだので、法皇はたいそう感心なさって、褒美の衣をくださる。

「命さえ思いのままになるものならば、どうして別れが悲しいことがあろう」

という歌も、この白女がよんだ歌であった。

〔第146段〕亭子の帝が、鳥飼の院においでになった。いつものように管絃の遊びがある。このあたりの遊女たちが大勢参上してお仕えする中で、「声がよく、たしなみのある者はおりますか」とお尋ねになると、遊女たちが申し上げるには、「大江玉淵の娘という者が、めずらしく参っております」と申し上げたので、ご覧になると、姿かたちも美しかったので、心ひかれなさって、近くにお召し上げになる。「そもそも、ほんとうか」などとお尋ねになって、「鳥飼」という題を人々によませなさった。法皇がおおせになるには、「玉淵はたいへん才気があって、歌などもよくよんだ。この『鳥飼』という題をうまくよんだなら、それに従って、ほんとうに玉淵の娘だと思おう」とおおせになった。娘はうけたまわって、すぐに、

「浅緑の新芽の萌える、かいのある春にめぐりあったので、霞ではないけれど、わたしも御前に立ちのぼりました」

とよむと、法皇は大声でおほめになり、感動なさって、涙をお流しになる。人々も酔っていた時なので、酔い泣きをこのうえなくする。法皇は、御袿一襲と袴をお与えになる。「ここにいる上達部・親王たち・四位五位の者で、この者に衣を脱いで与えない者は、座を立ってしまえ」とおっしゃったので、端から上の者も下の者も皆衣を与えたので、肩にかけきれずに、二間ほどの広さに積んで置いてあった。こうしてお帰りになるというので、南院の七郎君という人がいた。その人が、この遊女の住むあたりに家を造って住んでいるとお聞きになって、その人にお預けになった。「この者が申すことは、院に奏上せよ。院から賜るものも、その七郎君のもとに届けよう。すべてこの者にわびしい目を見せるな」とおおせられたので、七郎君はいつも訪ねて面倒を見ていた。

意訳

〔第143段〕業平の子の在次君は、伊勢守の妻である妹のもとに仕える五条の御のところへ、ひそかに通っていた。ところが、在次君の兄弟もまた、同じ女に通っている様子。「忘れようと思う悲しさに比べれば、つらさなど何でもない」――在次君の歌は、裏切りを知った男の痛みを伝える。底本はこのあたりの本文が乱れていて、話のつながりが分かりにくい。

〔第144段〕父の業平が東国へ下ったのにならうように、在次君も地方を旅し、宿駅の壁に歌を書きつけていった。旅のはてに甲斐の国で病み、「かりそめの行き来と思っていた道が、最後の門出だった」と辞世をよんで死ぬ。のちに旅仲間が同じ宿駅に泊まり、見覚えのある筆跡の歌を見つけて涙する。旅の途中で消えた人の跡を、残された歌がたどらせる、哀切な段である。

〔第145・146段〕宇多法皇の御幸先、淀川べりの河尻と鳥飼で、歌によって法皇に認められた遊女たち。白女は、遠くに控える身を「飛ぶにも限りのある浜千鳥」にたとえて褒美を賜った。大江玉淵の娘は、「鳥飼」の題を「かひある春」に詠みこみ、身分の高い人々の前に「立ちのぼった」喜びを歌った。感動した法皇は、居並ぶ貴族全員に衣を脱いで与えさせ、その衣が二間も積み上がったという。そのうえ、娘の暮らしの面倒まで見させた――歌の力で身を立てた女性の、晴れやかな物語である。

語釈・文法注

在中將
在原業平(825〜880)。右近衛権中将であったのでこう呼ぶ。
在次きみ
在原滋春。業平の次男。「在次」は在原氏の次男の意。
山蔭の中納言
藤原山蔭(824〜888)。
五條の御
女房の名。
めしうど
召人。主人の寵愛を受ける侍女。
ふるごと
古事。昔話。
あづま
東国。業平が東下りをしたという『伊勢物語』の話をふまえる。
をぶさのうまや
小総の駅。上総国あたりの宿駅か。所在は未詳。
みのわの里
美濃輪の里。所在は未詳。
甲斐の國
今の山梨県。
河尻
淀川の河口。今の大阪市・尼崎市あたり。遊女の多い所として知られた。
うかれめ
遊女。歌や舞で旅人をもてなした女性。
しろ
白女(しろめ)。河尻の遊女。『古今和歌集』に歌が入る。
鳥かひの院
鳥飼院。摂津国鳥飼(今の大阪府摂津市)にあった離宮。
大江のたまぶち
大江玉淵。大江音人の子。歌人。
しほたれ
涙を流すこと。
ふたま
二間。柱と柱の間が二つ分の広さ。
南院の七郞君
南院(是忠親王家)の七男。源宗于の弟か。

文法

あひたるけしきなりける。
底本はここで句点を置き、次の頁は「ば女の許に」で始まる。間に本文の脱落があるらしく、意味がつながらない。訳では(……)で示した。
うきも憂からぬものにぞありける
「ぞ」の結びで「ける」。
なりにたる事なり
語り手の言葉。今ではもう昔の話だ、と時の隔たりを示す。
けにやあらむ
「け」は「故(け)」で、せい、ため。…のせいだろうか。
なきつめつれは
底本は「つれは」と刷る。「つれば」の意。
知りまさりける
「ぞ」の結びで連体形。
しりたりける人
知り合っていた人。
あはとこそ見れ
「あは」は、はるかに淡く。「こそ」の結びで已然形「見れ」。
悲しからまし
「ならば…まし」の反実仮想。
よく仕うまつりたらむにしたがひて
「たら」は完了の「たり」の未然形、「む」は仮定。
立ちね
「ね」は完了の「ぬ」の命令形。立ち去ってしまえ。
な見せそ
「な…そ」の禁止。

和歌

忘れなむと 思ふ心の 悲しさは うきも憂からぬ ものにぞありける

詠者
在次君(在原滋春)
状況
通っていた五条の御が、自分の兄弟とも逢っていると知って。

わたつみと 人や見るらむ 逢ふことの 涙をぶさに なきつめつれは

詠者
在次君(在原滋春)
状況
海辺の小総の駅に書きつけて。

修辞

掛詞
「をぶさ」に駅名「小総」と「おほぶさ(たくさん)」を掛ける。

いつはとは 別かねどたえて 秋の夜ぞ 身の侘しさは 知りまさりける

詠者
在次君(在原滋春)
状況
美濃輪の里の駅で。

修辞

本歌
「いつはとは時はわかねど秋の夜ぞもの思ふことの限りなりける」(古今集)に似る。

かりそめの ゆきかひ路とぞ 思ひしを 今はかぎりの 門出なりけり

詠者
在次君(在原滋春)
状況
旅先の甲斐の国で、病で死ぬにあたって。『古今和歌集』哀傷にも入る。

修辞

掛詞
「かひ路」に「甲斐路」を響かせる。

濱千鳥 飛び行くかぎり ありければ 雲立つ山を あはとこそ見れ

詠者
白女
状況
河尻で、遠くに控えている気持ちを歌によめと宇多法皇に命じられて。

修辞

比喩
浜千鳥に身分の低い自分を、雲の立つ山に高貴な人々をたとえる。

いのちだに 心にかなふ ものならば 何かわかれの 悲しからまし

詠者
白女
状況
別れの歌。『古今和歌集』離別にも入る。

修辞

反実仮想
「ならば…まし」。

淺みどり かひある春に あひぬれば 霞ならねど 立ちのぼりけり

詠者
大江玉淵の娘
状況
鳥飼院で、「とりかひ」の題で歌をよめと宇多法皇に命じられて。

修辞

物名
「(浅みど)りかひ(ある)」に「とりかひ(鳥飼)」を詠みこむ。
掛詞
「かひ」に「甲斐」と「卵(かひ)」を響かせ、「立ちのぼる」に霞が立つことと御前に召し上げられることを掛ける。

解説

第143・144段の在次君は、在原業平の子の滋春とされる。第144段の辞世の歌「かりそめのゆきかひ路とぞ思ひしを今はかぎりの門出なりけり」は、『古今和歌集』哀傷歌に在原滋春の歌として入っている。父の業平が『伊勢物語』で東国へ旅したように、その子もまた旅に出て、旅先で死ぬ。「在中将のあづまにいきたるけにやあらむ」という語り手の言葉には、業平の物語がすでに広く知られていたことがうかがえる。

第145・146段は、宇多法皇が淀川べりの河尻や鳥飼院に御幸した際に、遊女たちが歌で名を上げた話である。遊女は歌や舞で旅人をもてなす女性で、身分は低かったが、すぐれた歌の才能をもつ者もいた。白女の歌は『古今和歌集』にも採られている。

第146段の大江玉淵の娘の話では、法皇が居並ぶ貴族に衣を脱いで与えるよう命じ、その衣が二間も積み上がったという。歌一首が、遊女の運命を大きく変える。法皇が南院の七郎君に娘の世話を命じる結びには、宇多法皇の情け深い人柄も描かれている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、48〜51頁(コマ28–29)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日