大和物語 第18章(第141段〜第142段)
筑紫の女との別れ
大和の掾の男が筑紫から連れて来た女を、もとの妻と同じ家に住まわせる。二人の女は心を通わせるが、男の心変わりで筑紫の女は故郷へ帰ることになり、山崎の船出で別れの歌を残す。続いて、継母のもとで育ち、誰とも結婚せずに二十九歳で亡くなった故御息所の姉の歌。後半の始まりの二つの段。
- 1宰相宰相さいしょうのののはらからはらからはらからのぞのぞのぞうといひてありけりうといひてありけりうといいてありけり。。。それもとのめのもとにそれもとのめのもとにそれもとのめのもとによりよりより女女おんなをををゐてゐていて來來きてすゑたりけりてすゑたりけりてすえたりけり。。。もとのめももとのめももとのめも心心こころよくよくよく語語かたらひらひらい居居いたりけりたりけりたりけり。。。
- 2かくてこのかくてこのかくてこの男男おとこはははこゝかしここゝかしこここかしこ人人ひとののの國國くにがちにのみありきければがちにのみありきければがちにのみありきければ二人二人ふたりのみなむのみなむのみなむ居居いたりけるたりけるたりける。。。このこのこの筑紫筑紫つくしのめのめのめ忍忍しのびてびてびて男男おとこしたりけりしたりけりしたりけり。。。それそれそれををを人人ひとのとかくのとかくのとかく言言いひければひければいければ詠詠よみたりけるみたりけるみたりける、、、
- 3「「「夜夜よはははににに出出いでゝでゝでて月月つきだにだにだに見見みずばずばずば逢逢あふふう事事ことををを知知しらずらずらず顏顏がおにもいにもいにもいはははましものましものましものををを」」」
- 4となむとなむとなむ。。。かゝるわざかゝるわざかかるわざをををすれどすれどすれど、、、心心こころよきよきよき人人ひとなればなればなれば男男おとこにもいにもいにもいはははでのみなむありでのみなむありでのみなむあり渡渡わたりけれどもりけれどもりけれども、、、ほかのほかのほかの便便びんよりかくよりかくよりかく男男おとこすなりとすなりとすなりと聞聞ききてこのきてこのきてこの男男おとこおもひたりけれどおもひたりけれどおもいたりけれど、、、心心こころにもにもにも入入いれでれでれで唯唯たださるものにてさるものにてさるものにて置置おきたりけりきたりけりきたりけり。。。
- 5さてこのさてこのさてこの男男おとこ、、、女女おんなことことことひとひとひとににに物言物言ものいふとふとうと聞聞ききてきてきて「「「そのそのその人人ひととわれといづれとわれといづれとわれといずれをををかかか思思おもふふう」」」ととと問問とひければひければいければ、、、女女おんな、、、
- 6「「「花花はなずゝきずゝきずすき君君きみがかたにぞなびくめるがかたにぞなびくめるがかたにぞなびくめる思思おもはぬはぬわぬ山山やまのかぜのかぜのかぜははは吹吹ふけどもけどもけども」」」
- 7となむいひけるとなむいひけるとなむいいける。。。よばふよばふよばう男男おとこもありけりもありけりもありけり。。。「「「世世よののの中中うちこゝろうしこゝろうしこころうし。。。猶猶なお男男おとこせじせじせじ」」」などいひけるものなむなどいひけるものなむなどいいけるものなむ、、、このこのこの男男おとこをやをやをやうやううやううよう思思おもひやつきにけむひやつきにけむいやつきにけむ、、、このこのこの男男おとこののの返返かえりりり事事ことなどしてやりてなどしてやりてなどしてやりて、、、このもとのめのこのもとのめのこのもとのめの許許もとににに文文ふみをををなむなむなんひきひきひき結結むすびておこせたりけるびておこせたりけるびておこせたりける。。。見見みればかくればかくればかく書書かけりけりけり、、、
- 8「「「身身みをををうしとうしとうしと思思おもふふう心心こころのこりねばやのこりねばやのこりねばや人人ひとををを哀哀あわれととと思思おもひそむらむひそむらむいそむらむ」」」
- 9となむこりずまにとなむこりずまにとなむこりずまに詠詠よみたりけるみたりけるみたりける。。。かくてかくてかくて心心こころののの隔隔へだもなくもなくもなく哀哀あわれなればなればなれば、、、いとあはれといとあはれといとあわれと思思おもふふう程程ほどににに、、、男男おとこははは心心こころかはりにければかはりにければかわりにければ、、、ありしごともあらねばありしごともあらねばありしごともあらねば、、、かのかのかの筑紫筑紫つくしににに親親おやはははらからなどありければいきけるらからなどありければいきけるらからなどありければいきけるををを、、、男男おとこももも心心こころ變變かわりければとゞめでなむやりけるりければとゞめでなむやりけるりければとどめでなむやりける。。。
- 10もとのめなむもとのめなむもとのめなむ諸共諸共もろともにありならひにければかくていくにありならひにければかくていくにありならいにければかくていく事事ことをををいといといと悲悲かなしとしとしと思思おもひけるひけるいける。。。崎崎さきににに諸共諸共もろともにいきてなむにいきてなむにいきてなむ船船ふねににに乘乘のせなどしけるせなどしけるせなどしける。。。男男おとこもきたりけりもきたりけりもきたりけり。。。
- 11このこのこのはははなりこなみなりこなみなりこなみ、、、ひとひひとひひとひ一夜一夜ひとよ萬萬よろずののの事事ことををを言言いひひい語語かたらひてつとめてらひてつとめてらいてつとめて船船ふねににに乘乘のりぬりぬりぬ。。。今今いまははは男男おとこ、、、もとのめもとのめもとのめははは歸歸かえりなむとてりなむとてりなむとて車車くるまににに乘乘のりぬりぬりぬ。。。これもかれもいとこれもかれもいとこれもかれもいと悲悲かなしとしとしと思思おもふふうほどにほどにほどに船船ふねににに乘乘のりりり給給たまひぬるひぬるいぬる人人ひとののの文文ふみをををなむもてきたるなむもてきたるなむもてきたる。。。かくのみなむありけるかくのみなむありけるかくのみなむありける、、、
- 12「「「ふたりこしふたりこしふたりこし道道みちともともとも見見みえぬえぬえぬ浪浪なみののの上上うえををを思思おもひかけでもかへすめるかなひかけでもかへすめるかないかけでもかえすめるかな」」」
- 13といへりければといへりければといえりければ、、、男男おとこももとのめもいといたうももとのめもいといたうももとのめもいといとう哀哀あわれがりがりがり泣泣なきけりきけりきけり。。。漕漕こぎぎぎ出出いでゝいぬればえでゝいぬればえでていぬればえ返返かえりりり事事こともせずもせずもせず。。。車車くるまははは船船ふねののの行行ゆくくくををを見見みてえいかずてえいかずてえいかず。。。船船ふねににに乘乘のりたるりたるりたる人人ひとははは車車くるまををを見見みるとておもてるとておもてるとておもてをををさしさしさし出出いでゝでゝでて漕漕こぎぎぎ行行ゆけばけばけば遠遠とおくなるまゝにくなるまゝにくなるままに顏顏かおはははいといといと小小ちいさくなるまでくなるまでくなるまで見見みおこせければおこせければおこせければ、、、いとかなしかりけりいとかなしかりけりいとかなしかりけり。。。
- 14故故こののの御御おん姊姊あね、、、ほいほいほい子子こににに當當あたりりり給給たまひけるなむいとらうらうしくひけるなむいとらうらうしくいけるなむいとろうろうしく歌歌うたよみよみよみ給給たまふふう事事こともおともおともおとうとたちうとたちうとたち御息所御息所みやすんどころよりもよりもよりも勝勝まさりてなむいますかりけりりてなむいますかりけりりてなむいますかりけり。。。
- 15若若わかききき時時ときににに、、、めめめ親親おやははは失失うせせせ給給たまひにけりひにけりいにけり。。。はははゝのゝのはの手手てにいますかりければにいますかりければにいますかりければ、、、心心こころににに物物もののかなはぬのかなはぬのかなわぬ時時ときもありけりもありけりもありけり。。。さてさてさて詠詠よみみみ給給たまひけるひけるいける、、、
- 16「「「ありありありはははてぬてぬてぬ命命いのちまつまのまつまのまつまのほどばかりほどばかりほどばかりうきことしげくうきことしげくうきことしげく嘆嘆なげかずもがなかずもがなかずもがな」」」
- 17となむよみとなむよみとなむよみ給給たもうけるうけるうける。。。梅梅うめののの花花はなををを折折おりてりてりて、、、またまたまた、、、
- 18「「「かゝるかゝるかかる香香こうののの秋秋あきもかはらずにほひせばもかはらずにほひせばもかわらずにおいせば春春はるこひしてこひしてこいしてふながめせましやふながめせましやふながめせましや」」」
- 19とよみとよみとよみ給給たまへりけるへりけるえりける。。。いとよしづきてをかしくいますかりければいとよしづきてをかしくいますかりければいとよしずきておかしくいますかりければ、、、よばふよばふよばう人人ひともいともいともいと多多おおかりけれどかりけれどかりけれど返事返事かえりごともせざりけりもせざりけりもせざりけり。。。「「「女女おんなといふものといふものというもの遂遂ついにかくてにかくてにかくてはははててて給給たまふべきにもあらずふべきにもあらずうべきにもあらず。。。時々時々ときどきははは返返かえりりり事事ことししし給給たまへへえ」」」ととと親親おやもまゝもまゝもまま母母ははもいひければもいひければもいいければ、、、責責せめられてかくなむめられてかくなむめられてかくなむ言言いひやりけるひやりけるいやりける、、、
- 20「「「思思おもへどもかひなかるべみへどもかひなかるべみえどもかいなかるべみ忍忍しのぶればつれなきともやぶればつれなきともやぶればつれなきともや人人ひとののの見見みるらむるらむるらむ」」」
- 21とばかりとばかりとばかり言言いひやりてひやりていやりて物物ものもいはざりけりもいはざりけりもいわざりけり。。。かくかくかく言言いひけるひけるいける心心こころばへばへばえははは親親おやなどなどなど男男おとこあはせむといひけれどあはせむといひけれどあわせむといいけれど一生一生いっしょうににに男男おとこせでやみなむといふせでやみなむといふせでやみなむという事事ことををを、、、世世よととと共共ともにいひけるにいひけるにいいける。。。
- 22さいひけるもしるくさいひけるもしるくさいいけるもしるく、、、男男おとこもせでもせでもせで廿廿にじゅう九九くにてなむうせにてなむうせにてなむうせ給給たまひにけるひにけるいにける。。。
現代語訳
〔第141段〕良因(よしより)という宰相の兄弟で、大和の掾という人がいた。その人が、もとの妻のいる家に、筑紫から女を連れて来て住まわせた。もとの妻も、この女と仲よく語り合って暮らしていた。こうしてこの男は、あちこちの地方にばかり出歩いていたので、女二人だけで暮らしていた。この筑紫の女が、ひそかに別の男と通じた。それを人があれこれ言ったので、女がよんだ歌、
「夜半に外へ出て、月さえ見なかったなら、人と逢ったことも、知らん顔で言い通せたでしょうに」
とよんだ。こういうことをしても、もとの妻は気立てのよい人なので、男にも言わずにずっと過ごしていたが、男はよその便りから、女がこうして男を通わせているそうだと聞いて、気にかけはしたものの、心にもとめず、ただそういうものとして放っておいた。さて、この男が、女が別の人と言葉を交わしていると聞いて、「その人とわたしと、どちらを思っているのか」と尋ねたところ、女は、
「花すすきは、あなたの方になびいているようです。思ってもいない山の風が吹いてはきますけれど」
と言った。言い寄る男もいた。女は「世の中はつらいもの。もう男などは持つまい」などと言っていたのに、この男(言い寄る男)を、だんだん思うようになったのだろうか、その男に返事などをやって、それから、このもとの妻のもとに、手紙を結んでよこした。見るとこう書いてあった。
「わが身をつらいと思う心が懲りないからでしょうか、また人をいとしいと思いはじめるのは」
と、懲りもせずによんでいた。こうして、二人の女は心の隔てもなく親しく、たいへんしみじみと思い合っていたが、男は心変わりして、以前のようでもなくなったので、筑紫の女は、筑紫に親や兄弟などがいたので、そこへ帰ることになったが、男も心変わりしていたので、引きとめもせずに行かせた。もとの妻は、一緒に暮らし慣れていたので、こうして去っていくのをたいへん悲しく思った。山崎まで一緒に行って、船に乗せたりした。男もやって来た。この後妻と先妻は、一日一晩、いろいろなことを語り合って、翌朝、筑紫の女は船に乗った。もう男ともとの妻は帰ろうといって車に乗った。どちらもたいへん悲しく思っていると、船にお乗りになった人の手紙を持って来た。ただこうだけ書いてあった。
「ふたりで来た道とも見えない波の上を、思いがけなくも、わたしをひとりで帰すのですね」
と言ったので、男も、もとの妻も、ひどく悲しがって泣いた。船は漕ぎ出して行ってしまったので、返事もできない。車は船の行くのを見て、去ることができない。船に乗っている人は、車を見ようとして顔を出し、漕いでいくので、遠くなるにつれて、顔がとても小さくなるまでこちらを見ていたので、たいへん悲しかった。
〔第142段〕故御息所の姉で、長女にあたる方は、たいへん才気があって、歌をおよみになることも、妹たちの御息所よりもまさっていらっしゃった。若い時に、母上は亡くなってしまわれた。継母のもとにいらっしゃったので、思うようにならない時もあった。そうしておよみになった歌、
「生きながらえることのない命の終わりを待つ間くらいは、つらいことが多くて嘆かずにいたいものだ」
とおよみになった。梅の花を折って、また、
「このような香りが、秋にも変わらずに匂うのなら、春が恋しいなどと物思いにふけることがあろうか」
とおよみになった。たいへん奥ゆかしく趣のある方でいらっしゃったので、求婚する人もたいへん多かったけれど、返事もなさらなかった。「女というものは、結局このままで終わってよいはずもありません。時々は返事をなさい」と、父も継母も言ったので、責められて、こう言いやった。
「思ってはいても、そのかいもないでしょうから、心を抑えているのを、つれないと人は見ているのでしょうか」
とだけ言いやって、それ以上何も言わなかった。このように言った心持ちは、親などが結婚させようと言ったけれど、生涯結婚しないで終わろうということを、いつも言っていたのである。そう言っていたとおり、結婚もしないで二十九歳でお亡くなりになった。
意訳
〔第141段〕男が地方から連れて来た女と、もとの妻。ふつうなら争いになるところを、二人の女は姉妹のように心を通わせた。筑紫の女には浮気もあり、男の心も移ろいやすいが、もとの妻だけは変わらずに彼女をかばい続ける。やがて男の心変わりで筑紫の女が故郷へ帰ることになると、もとの妻は山崎まで見送り、一日一晩語り明かした。船から届いた「ふたりで来た道なのに、ひとりで帰すのですね」という歌に、男も妻も泣いた。遠ざかる船の上から、顔が小さくなるまで車を見つめる女――『大和物語』後半の幕開けにふさわしい、物語らしい名場面である。
〔第142段〕母を亡くし、継母のもとで育った御息所の姉は、妹たちよりも歌にすぐれていた。「どうせ長くない命、せめて嘆かずに過ごしたい」とよみ、求婚する男たちに返事もしない。親にせかされて一度だけ返した歌も、「思っても甲斐がないから」と、結婚を拒むものだった。結婚しないまま二十九歳で亡くなった女性の、静かな生き方と歌が伝えられている。
語釈・文法注
- よしいゑといひける宰相
- 底本は「よしいゑ」と書く。通行本文は「良因(よしより)」とする。人物は未詳。
- 大和のぞう
- 大和の掾。大和国の国司の三等官。
- もとのめ
- 本妻。もとからの妻。
- 筑紫のめ
- 筑紫から連れて来た女。のちの妻。
- 山崎
- 山城国と摂津国の境、淀川べりの港。西国へ船で下る人が乗船した。
- うはなりこなみ
- 「うはなり」は後妻、「こなみ」は先妻。
- 故御息所
- 宇多天皇の女御で、のちに醍醐天皇の母となった藤原胤子か、あるいは別の御息所か、未詳。
- おほい子
- 長女。
- まゝはゝ
- 継母。
文法
- 月だに見ずば…いはましものを
- 「ずば…まし」の反実仮想。
- いづれをか思ふ
- 「か」は疑問。どちらを思っているのか。
- なびくめる
- 「める」は推定の助動詞「めり」の連体形で、「ぞ」の結び。
- 思ひやつきにけむ
- 「や」は疑問、結びは「けむ」。
- こりねばや
- 已然形+「ば」+「や」で、「懲りないからだろうか」。
- こりずまに
- 懲りもせずに。
- とゞめでなむやりける
- 「で」は打消の接続助詞。引きとめないで。
- 船に乘り給ひぬる人
- 去っていく女に、敬意をこめた言い方。
- 見おこせければ
- 「見おこす」はこちらを見る。
- 嘆かずもがな
- 「もがな」は願望の終助詞。
- にほひせば…ながめせましや
- 「せば…まし」の反実仮想に、反語の「や」が付く。
- かひなかるべみ
- 「べみ」は「べし」の語幹+「み」で、「…にちがいないので」。
- 見るらむ
- 「や」の結びで連体形。
- さいひけるもしるく
- 「しるし」ははっきりしている。そう言っていたとおりに。
和歌
夜はに出でゝ 月だに見ずば 逢ふ事を 知らず顏にも いはましものを
- 詠者
- 筑紫の女
- 状況
- ひそかに男を通わせていることを人に言われて。
修辞
- 反実仮想
- 「ずば…まし」。
花ずゝき 君がかたにぞ なびくめる 思はぬ山の かぜは吹けども
- 詠者
- 筑紫の女
- 状況
- 「その人とわたしと、どちらを思うのか」と男に問われて。
修辞
- 比喩
- 「花すすき」に自分、「山の風」に言い寄る男をたとえる。
身をうしと 思ふ心の こりねばや 人を哀と 思ひそむらむ
- 詠者
- 筑紫の女
- 状況
- 新しい男に心を寄せはじめて、もとの妻に。
ふたりこし 道とも見えぬ 浪の上を 思ひかけでも かへすめるかな
- 詠者
- 筑紫の女
- 状況
- 山崎で船に乗り、男ともとの妻に別れて。
修辞
- 対照
- 「ふたりこし」と、ひとり帰る今とを対照させる。
- 掛詞
- 「かけ」に波を「かけ」と思い「かけ」を響かせる。
ありはてぬ 命まつまの ほどばかり うきことしげく 嘆かずもがな
- 詠者
- 故御息所の姉
- 状況
- 継母のもとで、思うようにならない暮らしの中で。
かゝる香の 秋もかはらず にほひせば 春こひしてふ ながめせましや
- 詠者
- 故御息所の姉
- 状況
- 梅の花を折って。
修辞
- 反実仮想
- 「せば…まし」。
思へども かひなかるべみ 忍ぶれば つれなきともや 人の見るらむ
- 詠者
- 故御息所の姉
- 状況
- 親にせかされて、求婚者にただ一度返した歌。
解説
ウィキペディアなどでも紹介されるように、『大和物語』は第140段までの前半と、第141段からの後半とで性格が大きく変わる。前半は、物語が成立したころの宮廷の人々の歌語りが中心であったが、後半は、悲恋・離別・再会などの、より物語性の強い話や、古い伝説が多くなる。第141段はその後半の最初の段で、長い本文と、人物の心の動きのこまやかな描写をもっている。
第141段では、男が地方から連れて来た女と、もとからの妻とが、嫉妬し合うのではなく、互いを思いやる関係として描かれる。物語の中心にいるのは男ではなく、二人の女である。山崎での別れの場面、遠ざかる船の上の顔が小さくなるまでこちらを見ていたという結びは、映像的で、読む者の心に強く残る。
第142段の「故御息所の御姉」は、結婚を拒んで若くして亡くなった女性として描かれる。平安時代の貴族の女性にとって、結婚は家の繁栄に関わる大事であったが、この人は親の勧めにも従わず、独身を通した。その生き方を、語り手は批判せず、「さいひけるもしるく」と静かに受けとめている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、46〜48頁(コマ27–28)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日