大和物語 第14章(第111段〜第121段)
公平のむすめと閑院のおほい君
今君の牛の歌に始まり、大膳大夫公平の娘たちと備前守実明・兵衛尉庶忠との恋、娘の臨終の歌、桂のみこの七夕の歌、閑院の大君と死の床から逢瀬を求めた藤原真興、枇杷の大臣の昇進を祝う忠平の梅と斎宮の歌まで、十一の段。
- 1同同おなじじじ女女おんな、、、牛牛うしををを借借かりてりてりて、、、又又また後後のちににに借借かりたりければりたりければりたりければ「「「奉奉たてまつりしりしりし牛牛うしははは死死しにきにきにき」」」ととと言言いひたりけるひたりけるいたりける返返かえりりり事事ことににに、、、
- 2「「「我我わががが乘乘のりしことりしことりしことををを草草くさにかゝれるにかゝれるにかかれる露露つゆのいのちのいのちのいのちははは」」」。。。
- 3同同おなじじじ女女おんな、、、人人ひとににに、、、
- 4「「「大空大空おおぞらはははくもらずながらくもらずながらくもらずながら神無月神無月かんなづき年年としののの經經ふるにもるにもるにも袖袖そではははぬれけりぬれけりぬれけり」」」。。。
- 5大大だい膳膳ぜんのかみのかみのかみ所所ところににに住住すみけりみけりみけり。。。おおおほいほいほい子子こははは、、、きさいのきさいのきさいの宮宮みやにににののの御御おんといひてといひてといいて侍侍さぶらひけりひけりいけり。。。三三さんにあたりにけるにあたりにけるにあたりにけるははは備備び前前ぜんののの守守かみ、、、まだまだまだ男男おとこなりけるなりけるなりける時時ときになむになむになむ始始はじめののの男男おとこにしたりけるにしたりけるにしたりける。。。すまざりければすまざりければすまざりければ詠詠よみてやりけるみてやりけるみてやりける、、、
- 6「「「このこのこの世世よにににはははかくてもやみぬかくてもやみぬかくてもやみぬ別別わかれぢのれぢのれじの淵淵ふち瀬瀬せをををたれにたれにたれに問問とひてひていて渡渡わたらむらむらむ」」」
- 7となむありけるとなむありけるとなむありける。。。
- 8同同おなじじじ女女おんな後後のちににに兵衞兵衞ひょうえののの尉尉じょうににに逢逢あひてひていて詠詠よみておこせたりけるみておこせたりけるみておこせたりける、、、風風かぜ吹吹ふききき雨雨あめふりけるふりけるふりける日日ひののの事事ことになむになむになむ、、、
- 9「「「風風かぜはははけふけふきょう日暮日暮ひぐらしにしにしに吹吹ふくめれどくめれどくめれど雨雨あめもよにもよにもよにはははたよにもあらじなたよにもあらじなたよにもあらじな」」」
- 10とよみけりとよみけりとよみけり。。。
- 11兵衞兵衞ひょうえののの尉尉じょう離離はなれてれてれて後後のち、、、ののの祭祭まつりののの舞人舞人まいびとにさゝれていきけりにさゝれていきけりにさされていきけり。。。このこのこの女女おんなどもどもども物見物見ものみににに出出いでたりけりでたりけりでたりけり。。。さてさてさて歸歸かえりてりてりて詠詠よみてやりけるみてやりけるみてやりける、、、
- 12「「「昔昔むかし着着きてなれしてなれしてなれしををを衣手衣手ころもでをををあなめづらしとよそにあなめづらしとよそにあなめずらしとよそに見見みるかなるかなるかな」」」。。。
- 13かくてかくてかくて兵衞兵衞ひょうえののの尉尉じょう、、、山吹山吹やまぶきにつけておこせたりけるにつけておこせたりけるにつけておこせたりける。。。
- 14「「「もろともにもろともにもろともにののの里里さとこそこひしけれこそこひしけれこそこいしけれひとりひとりひとりをををりりりうきうきうき山吹山吹やまぶきののの花花はな」」」
- 15となむとなむとなむ。。。かへしかへしかへしははは知知しらずらずらず。。。かくてこれかくてこれかくてこれははは女女おんな通通かよひけるひけるひける時時ときににに、、、
- 16「「「大空大空おおぞらもたゞならぬかなかみなもたゞならぬかなかみなもただならぬかなかみな月月つき我我われのみのみのみ下下したにしぐるとおもへばにしぐるとおもへばにしぐるとおもえば」」」。。。
- 17これもこれもこれも同同おなじじじ人人ひと、、、
- 18「「「逢逢あふことのなみのふことのなみのうことのなみの下草下草したくさみかくれてしづみかくれてしづみかくれてしず心心こころなくねこそなかるれなくねこそなかるれなくねこそなかるれ」」」。。。
- 19桂桂かつらのみこのみこのみこ、、、ののの頃頃ごろ忍忍しのびてびてびて人人ひとにあひにあひにあい給給たまへりけりへりけりえりけり。。。さてやりさてやりさてやり給給たまへりけりへりけりえりけり。。。
- 20「「「袖袖そでをををしもかさゞりしかどしもかさゞりしかどしもかさざりしかど七夕七夕たなばたのあかぬわかれにのあかぬわかれにのあかぬわかれにひぢにけるかなひぢにけるかなひじにけるかな」」」。。。
- 21のおとゞのおとゞのおとど、、、頭頭かしらにおはしけるにおはしけるにおわしける時時ときににに、、、貳貳にのめのとののめのとののめのとの許許もとににに詠詠よみてみてみて給給たまひけるひけるいける、、、
- 22「「「秋秋あきののの夜夜よををを待待まてとたのめしてとたのめしてとたのめし言言ごんののの葉葉はににに今今いまもかゝれるもかゝれるもかかれる露露つゆのののはははかなさかなさかなさ」」」
- 23となむとなむとなむ。。。
- 24「「「秋秋あきももも來來こずつゆもずつゆもずつゆも置置おかねどかねどかねど言言ごんののの葉葉ばははは我我わがためにこそがためにこそがためにこそ色色いろかはりけれかはりけれかわりけれ」」」。。。
- 25公平公平きんひらのむすめのむすめのむすめ死死しぬとてぬとてぬとて、、、
- 26「「「長長ながけくもけくもけくも賴賴たのみけるかなみけるかなみけるかな世世よののの中中なかをををそでにそでにそでに涙涙なみだのかゝるのかゝるのかかる身身みをもをもをもててて」」」。。。
- 27桂桂かつらのみこのみこのみこ、、、、、、
- 28「「「露露つゆしげみしげみしげみ草草くさのたもとのたもとのたもとををを枕枕まくらにてにてにて君君きみまつむしのまつむしのまつむしの音音ねをををのみぞなくのみぞなくのみぞなく」」」。。。
- 29のおのおのおほいほいほい君君きみ、、、
- 30「「「むかしよりむかしよりむかしより思思おもふふう心心こころははは海海うみののの濱濱はまのまさごのまさごのまさごははは數數かずももも知知しられずられずられず」」」。。。
- 31同同おなじじじ女女おんなににに、、、みちのくにのみちのくにのみちのくにの守守かみにてにてにて死死しにしにしにし藤原藤原ふじわら詠詠よみておこせたりけるみておこせたりけるみておこせたりける。。。病病やまいいといといと重重おもくしてくしてくしてをををこたりけるこたりけるこたりける頃頃ころなりなりなり。。。「「「いかでたいめんいかでたいめんいかでたいめん給給たまはははらむらむらん」」」とてとてとて、、、
- 32「「「からくしてからくしてからくして惜惜おしみとめたるみとめたるみとめたる命命いのちもてもてもて逢逢あふことふことうことをををさへやまむとやするさへやまむとやするさえやまむとやする」」」
- 33といへりければといへりければといえりければ、、、おおおほいほいほい君君きみ、、、かへしかへしかへし、、、
- 34「「「諸共諸共もろともにいざとにいざとにいざとはははいいいははは山山やまなどかなどかなどかははは一人一人ひとり越越こえむとはせしえむとはせしえむとわせし」」」
- 35といひたりけりといひたりけりといいたりけり。。。さてさてさて來來きたりけるたりけるたりける夜夜よももも逢逢あふまじきふまじきうまじき事事ことやありけむやありけむやありけむ、、、えええ逢逢あはざりければはざりければわざりければ、、、歸歸かえりにけりりにけりりにけり。。。さてあしたにさてあしたにさてあしたに男男おとこののの許許もとよりよりより言言いひおこせたりけるひおこせたりけるいおこせたりける、、、
- 36「「「あかつきあかつきあかつきははは鳥鳥とりのわびのわびのわび聲聲こえににに劣劣おとらぬねらぬねらぬねをぞをぞをぞ鳴鳴なきてかへりしきてかへりしきてかえりし」」」。。。
- 37おおおほいほいほい君君きみ、、、かへしかへしかへし、、、
- 38「「「あかつきのねざめのあかつきのねざめのあかつきのねざめの耳耳みみににに聞聞ききしかどきしかどきしかど鳥鳥とりよりよりより外外ほかののの聲聲こえはははせざりきせざりきせざりき」」」。。。
- 39おほきおとゞおほきおとゞおおきおとどははは大臣大臣おとどになりになりになり給給たまひてひていて年年としごろおはするにごろおはするにごろおわするに、、、のおとゞのおとゞのおとどはははえなりえなりえなり給給たまはははでありわたりけるでありわたりけるでありわたりけるををを、、、遂遂ついににに大臣大臣おとどになりになりになり給給たまひけるひけるいける御御おん悅悅よろこびににに、、、おほきおとゞおほきおとゞおおきおとど梅梅うめををを折折おりてかざしりてかざしりてかざし給給たもうてうてうて、、、
- 40「「「遲遲おそくとくつひにくとくつひにくとくついに咲咲さきけるきけるきける梅梅うめののの花花はなたがたがたが植植うゑおきしゑおきしえおきし種種たねにかあるらむにかあるらむにかあるらむ」」」
- 41とありけりとありけりとありけり。。。そのそのその日日ひののの事事ことどもどもどもををを歌歌うたなどなどなど書書かきてきてきて齋宮齋宮さいぐうににに奉奉たてまつりりり給給たまふとてふとてうとて、、、三條三條さんじょうののの右右みぎののの大殿大殿おおとののののやがてこれにやがてこれにやがてこれに書書かきつけきつけきつけ給給たもうけるうけるうける、、、
- 42「「「種種たねもがなもがなもがな荒荒あれゆくれゆくれゆく庭庭にわののの蔭蔭かげとたのまむとたのまむとたのまむ」」」
- 43とありけりとありけりとありけり。。。そのそのその御御おん返返かえししし齋宮齋宮さいぐうよりありけりよりありけりよりありけり。。。忘忘わすれにけりれにけりれにけり。。。かくてかくてかくて願願ねがひひい給給たもうけるかひありてうけるかひありてうけるかいありて左左ひだりのおとゞののおとゞののおとどの中納言中納言ちゅうなごん渡渡わたりりり住住すみみみ給給たもうければうければうければ、、、種種たね皆皆みなひろごりひろごりひろごり給給たもうてかげうてかげうてかげ多多おおくなりにけりくなりにけりくなりにけり。。。さりけるさりけるさりける時時ときににに齋宮齋宮さいぐうよりよりより、、、
- 44「「「花花はなざかりざかりざかり春春はるははは見見みにこむにこむにこむ年年としぎりもせずといふぎりもせずといふぎりもせずという種種たねははは生生おひぬとかひぬとかひぬとか聞聞きくくく」」」。。。
現代語訳
〔第111段〕同じ女(今君)が、大君の家の牛を借りて、また後で借りようとしたところ、「さし上げた牛は死にました」と言ってきたので、その返事に、
「わたしが乗ったことをつらい(牛)と思って、消えてしまったのでしょうか。草にかかる露のような、はかない命は」。
〔第112段〕同じ女が、ある人に、
「大空は曇らないのに、十月、時雨の季節に年を重ねるにつけても、わたしの袖は涙で濡れることです」。
〔第113段〕大膳大夫公平の娘たちは、県の井戸という所に住んでいた。長女は后の宮(穏子)に少将の御という名でお仕えしていた。三女にあたる人は、備前守実明が、まだ若い男であったころに、初めての夫としたのであった。男が通って来なくなったので、よんで送った歌、
「この世ではこうして終わってしまいました。死んだあと、別れ路の三途の川の淵瀬を、誰に尋ねて渡ればよいのでしょう」
とあった。
〔第114段〕同じ女が、のちに兵衛尉庶忠に逢って、よんで送った歌――風が吹き雨の降った日のことであった――
「東風が今日は一日じゅう吹いているようですが、雨の夜にはまさか、あなたもいらっしゃらないでしょうね」
とよんだ。兵衛尉が離れてのち、臨時の祭の舞人に選ばれて出かけた。この女たちは見物に出ていた。そうして帰ってよんで送った歌、
「昔着て、なれ親しんだ摺り衣の袖を、まあ珍しいと、よそながら見ることです」。
こうして兵衛尉が、山吹に添えてよこした歌。
「一緒に過ごした井出の里こそ恋しい。独りで折る、つらい山吹の花よ」
とあった。返歌は分からない。また、これは女のもとに通っていたころに、
「大空もただならぬ様子です。十月の時雨の空に、わたしだけが下で涙を降らせていると思うと」。
これも同じ人の歌、
「逢う機会もない、波の下の草のように隠れていて、落ち着かずに声をあげて泣かれることです」。
〔第115段〕桂のみこが、七夕のころ、人目を忍んである人にお逢いになった。そうして贈りなさった歌、
「袖を貸したわけではないけれど、七夕の飽き足りない別れに、わたしの袖も涙で濡れてしまったことです」。
〔第116段〕右大臣(藤原師輔)が蔵人頭でいらっしゃった時に、少弐の乳母のもとによんでお与えになった歌、
「秋の夜を待てと約束したあなたの言葉に、今もかかっている露――その言葉のはかなさよ」
とあった。乳母の返し、
「秋もまだ来ず、露も置いていないのに、言葉の葉だけは、わたしのためにと色が変わったのですね」。
〔第117段〕公平の娘が、死ぬ間際に、
「長く生きられると頼みにしていたことよ。涙ばかりが袖にかかるこの身で、世の中を」。
〔第118段〕桂のみこが、喜種に、
「露がしげく置くので、草の袂を枕にして、あなたを待つ松虫のように、声をあげて泣いてばかりいます」。
〔第119段〕閑院の大君が、
「昔から思い続けているわたしの心は、荒磯の海の浜の砂のように、その数も知れません」。
〔第120段〕同じ女に、陸奥守として死んだ藤原真興がよんでよこした歌。病気がたいへん重くて、少しよくなったころである。「何とかしてお会いしたい」と言って、
「やっとのことで惜しみとどめた命なのに、逢うことまで、やめてしまおうとなさるのですか」
と言ったので、大君の返し、
「一緒に行こうと言いもしないで、死出の山を、どうして一人で越えようとなさったのですか」
と言った。さて真興が来た夜も、逢ってはならない事情があったのか、逢うことができなかったので、帰ってしまった。そうして翌朝、男のもとから言ってよこした歌、
「明け方には、木綿付け鳥のわびしい声にも劣らない声をあげて、泣いて帰ったのです」。
大君の返し、
「明け方の寝覚めの耳に聞きましたけれど、鶏よりほかの声はしませんでした」。
〔第121段〕太政大臣(忠平)は大臣になられて何年もたつのに、枇杷の大臣(仲平)は大臣になれずにいらっしゃったが、とうとう大臣になられたお祝いに、太政大臣が梅を折って冠にかざされて、
「遅くても早くても、とうとう咲いた梅の花は、誰が植えておいた種なのだろうか」
とあった。その日のことなどを、歌なども書いて斎宮にさし上げなさるというので、三条の右大臣の御娘の女御(能子)が、そのままこれに書きつけなさった歌、
「どうにかして、年によって実らないということのない種がほしい。荒れてゆく庭の木陰として頼みにしよう」
とあった。その御返歌は斎宮からあった。忘れてしまった。こうして願っていらっしゃったかいがあって、左大臣(実頼)の中納言が移り住みなさったので、種はみな広がって、木陰が多くなった。その時に斎宮から、
「花盛りの春には見に来ましょう。年によって実らないことのない種は、生えたと聞きますから」。
意訳
〔第111・112段〕借りた牛が死んだと聞いた今君は、「わたしを乗せたのが憂(う)し――牛(うし)――で死んだのか」と、牛と憂しを掛けたしゃれで返した。軽い笑いの歌の次に、秋の空の下で涙にくれる歌を並べ、同じ女の明るさと寂しさを見せている。
〔第113・114段〕公平の三女の恋の遍歴。初めての夫の実明に去られて「三途の川を誰に聞いて渡ろう」と嘆き、次の恋人の庶忠には、雨の夜に「まさか今夜は来ないでしょう」と、来てほしい気持ちを裏返しによむ。別れたあと、臨時の祭の舞人となった庶忠の晴れ姿を見物の車から見つめ、「昔なじんだ衣を、よその人として見る」とよんだ。
〔第115・118段〕人目を忍ぶ桂のみこの恋の歌。織姫と彦星の短い逢瀬に自分を重ね、待つ夜には松虫のように泣く。
〔第116段〕「秋の夜まで待て」と言われていた乳母に、師輔は「その約束の言葉にかかる露のはかなさ」と、約束が果たされないことを恨む。乳母は「秋も来ないうちに、あなたの言葉の色が変わった」と返し、心変わりしたのはそちらだと言い返した。
〔第117段〕死を前にした公平の娘の歌。「長く生きると思っていたのに」という嘆きは、涙にくれた短い一生を振り返るものである。
〔第119・120段〕閑院の大君と藤原真興。重い病から少し持ち直した真興が「せっかく惜しみとめた命なのに、逢うことまで拒むのか」と迫ると、大君は「一緒に行こうとも言わずに、一人で死出の山を越えようとしたくせに」と、死にかけたことをなじる。ようやく訪れた夜も逢えずに帰った男が「鶏にも劣らず泣いて帰った」と言えば、女は「鶏の声しか聞こえませんでした」と冷たく返す。死の影を背負った男と、それを軽くかわす女の、緊張感のある贈答である。
〔第121段〕兄の忠平に先を越されていた仲平が、ようやく大臣になった。忠平は梅を「遅くとも早くとも、ついに咲いた」と祝う。女御能子の「実の絶えない種がほしい」という歌は、子孫の繁栄を願うもので、その願いどおり実頼が移り住んで一家が栄えたという。
語釈・文法注
- おほき
- 「大君」のことか。宗于の家の長女などが考えられ、未詳。
- うし
- 「牛」と「憂し」を掛ける。
- 大膳のかみ公平
- 大膳大夫の公平。姓は未詳。
- あがたのゐど
- 県の井戸。京の一条のあたりにあった井戸の名という。
- 少將の御
- 女房の名。
- 備前の守さねあきら
- 源実明か。未詳。
- 若男
- 若い男。
- 兵衞の尉庶忠
- 兵衛府の三等官の庶忠。姓は未詳。
- こち風
- 東風。
- 臨時の祭
- 賀茂や石清水の臨時の祭。舞人が東遊びを舞った。
- すれる衣手
- 摺り衣。舞人の着る、山藍で模様を摺った青摺りの衣。
- 井出の里
- 山城国井手。山吹の名所。
- 七夕
- 七月七日。織姫と彦星が年に一度逢う夜。
- 右のおとゞ
- 藤原師輔(908〜960)。忠平の子。右大臣。
- 小貳のめのと
- 少弐の乳母。女房の名。
- よしたね
- 喜種。第76段参照。
- 閑院のおほい君
- 閑院に住んだ人の長女。未詳。
- ありそ海
- 荒磯海。「あり」を掛ける。
- 藤原のさねき
- 藤原真興か。陸奥守として任地で亡くなった。
- しでの山
- 死出の山。死後に越えるとされた険しい山。
- ゆふつけ鳥
- 木綿付け鳥。鶏の異名。
- 枇杷のおとゞ
- 藤原仲平。第68段の枇杷殿。忠平の兄で、承平七年(937)に左大臣となった。
- 三條の右の大殿の女御
- 藤原定方の娘、能子。第95段参照。
- としぎり
- 年切り。果樹が年によって実をつけないこと。
文法
- うしとやきえにけむ
- 「や」は疑問、結びは「けむ」。
- 淵瀬をたれに問ひて渡らむ
- 女は死後、初めて契った男に背負われて三途の川を渡るという俗信をふまえる。
- 雨もよにはたよにもあらじな
- 「雨もよ」は雨の降るさなか。「はた」は「まさか」。
- かへしは知らず
- 語り手の注記。
- ねこそなかるれ
- 「るれ」は自発の助動詞「る」の已然形で、「こそ」の結び。
- ひぢにけるかな
- 「ひづ」は濡れる。
- 色かはりけれ
- 「こそ」の結びで已然形。
- 長けくも
- 「長し」のク語法「長けく」。長いことを。
- 露しげみ
- 「…を…み」の「を」を略した形。露がしげく置くので。
- 逢ふことをさへやまむとやする
- 「さへ」は添加。「や」は疑問。
- などかは一人越えむとはせし
- 「などかは」は反語ふうの疑問。
- 逢ふまじき事やありけむ
- 「や」は疑問、結びは「けむ」。語り手の推測。
- たが植ゑおきし種にかあるらむ
- 「か」は疑問、結びは「らむ」。
- 種もがな
- 「もがな」は願望の終助詞。
和歌
我が乘りし ことをうしとや きえにけむ 草にかゝれる 露のいのちは
- 詠者
- 南院の今君
- 状況
- 借りた牛が死んだと聞いて。
修辞
- 掛詞
- 「うし」に「憂し」と「牛」を掛ける。
- 縁語
- 「消え」「草」「露」。
大空は くもらずながら 神無月 年の經るにも 袖はぬれけり
- 詠者
- 南院の今君
- 状況
- ある人に。
修辞
- 掛詞
- 「ふる」に時雨が「降る」と年が「経る」を掛ける。
この世には かくてもやみぬ 別れぢの 淵瀬をたれに 問ひて渡らむ
- 詠者
- 公平の三女
- 状況
- 初めての夫の源実明が通わなくなって。
こち風は けふ日暮しに 吹くめれど 雨もよにはた よにもあらじな
- 詠者
- 公平の三女
- 状況
- 風雨の日に、庶忠に。
修辞
- 掛詞
- 「よ」に「夜」と「世」を響かせる。
昔着て なれしをすれる 衣手を あなめづらしと よそに見るかな
- 詠者
- 公平の三女
- 状況
- 別れた庶忠が臨時の祭の舞人となったのを見物して。
修辞
- 掛詞
- 「なれ」に衣が「褻(な)れ」と人に「慣れ」を掛ける。
もろともに 井出の里こそ こひしけれ ひとりをりうき 山吹の花
- 詠者
- 兵衛尉庶忠
- 状況
- 別れたのち、山吹に添えて。
修辞
- 掛詞
- 「をり」に「折り」と「居り」を掛ける。
大空も たゞならぬかな かみな月 我のみ下に しぐるとおもへば
- 詠者
- 兵衛尉庶忠
- 状況
- 女のもとに通っていたころ。
修辞
- 見立て
- 涙を時雨に見立てる。
逢ふことの なみの下草 みかくれて しづ心なく ねこそなかるれ
- 詠者
- 兵衛尉庶忠
- 状況
- 同じく。
修辞
- 掛詞
- 「なみ」に「無み(ないので)」と「波」、「ね」に「根」と「音」を掛ける。
袖をしも かさゞりしかど 七夕の あかぬわかれに ひぢにけるかな
- 詠者
- 桂のみこ(孚子内親王)
- 状況
- 七夕のころ、忍んで逢った人に。
修辞
- 発想
- 織姫に袖を貸すという七夕の歌の発想をふまえる。
秋の夜を 待てとたのめし 言の葉に 今もかゝれる 露のはかなさ
- 詠者
- 藤原師輔
- 状況
- 蔵人頭のころ、少弐の乳母に。
修辞
- 縁語
- 「言の葉」「かかれる」「露」。
秋も來ず つゆも置かねど 言の葉は 我がためにこそ 色かはりけれ
- 詠者
- 少弐の乳母
- 状況
- 師輔の歌への返し。
修辞
- 掛詞
- 「つゆ」に「露」と副詞「つゆ(少しも)」を掛ける。
長けくも 賴みけるかな 世の中を そでに涙の かゝる身をもて
- 詠者
- 公平の娘
- 状況
- 死ぬ間際に。
露しげみ 草のたもとを 枕にて 君まつむしの 音をのみぞなく
- 詠者
- 桂のみこ(孚子内親王)
- 状況
- 喜種に。
修辞
- 掛詞
- 「まつむし」に「待つ」と「松虫」を掛ける。
むかしより 思ふ心は ありそ海の 濱のまさごは 數も知られず
- 詠者
- 閑院の大君
- 状況
- 恋の思いを。
修辞
- 掛詞
- 「ありそ海」に「あり」と「荒磯海」を掛ける。
からくして 惜みとめたる 命もて 逢ふことをさへ やまむとやする
- 詠者
- 藤原真興
- 状況
- 重い病から持ち直したころ、閑院の大君に。
諸共に いざとはいはで しでの山 などかは一人 越えむとはせし
- 詠者
- 閑院の大君
- 状況
- 真興の歌への返し。
あかつきは ゆふつけ鳥の わび聲に 劣らぬねをぞ 鳴きてかへりし
- 詠者
- 藤原真興
- 状況
- 逢えずに帰った翌朝に。
修辞
- 掛詞
- 「なき」に「鳴き」と「泣き」を掛ける。
あかつきの ねざめの耳に 聞きしかど 鳥より外の 聲はせざりき
- 詠者
- 閑院の大君
- 状況
- 真興の歌への返し。
遲くとく つひに咲きける 梅の花 たが植ゑおきし 種にかあるらむ
- 詠者
- 藤原忠平
- 状況
- 兄の仲平が大臣になった祝いに、梅をかざして。
修辞
- 比喩
- 遅れて咲いた梅に、遅れて大臣になった兄をたとえる。
いかでかく としぎりもせぬ 種もがな 荒れゆく庭の 蔭とたのまむ
- 詠者
- 女御(藤原能子)
- 状況
- 斎宮への手紙に書き添えて。
修辞
- 比喩
- 実の絶えない種に、家を栄えさせる人をたとえる。
花ざかり 春は見にこむ 年ぎりも せずといふ種は 生ひぬとか聞く
- 詠者
- 斎宮
- 状況
- 実頼が移り住んで家が栄えたころ。
解説
第113・114・117段は、大膳大夫公平の娘たちの話で、とくに三女の恋の遍歴が、いくつもの歌でたどられる。初めての夫に去られ、次の恋人とも別れ、その晴れ姿を見物の車からよそながら見る――第114段の「昔着てなれしをすれる衣手を」の歌は、臨時の祭の華やかな行列の中に、かつての恋人を見つけた女の複雑な思いを伝えている。そして第117段で、公平の娘の臨終の歌が置かれる。
第120段の閑院の大君と藤原真興の贈答は、死の影のもとでの恋である。病から持ち直した男が会いたいと願い、女は「一人で死にかけたくせに」と責める。ようやく訪れた夜にも逢えずに帰った男の嘆きに、女は「鶏の声しか聞こえなかった」と答える。真興は陸奥守として任地で亡くなったとされており、語り手はこの恋がどうなったかを語らない。
第121段は、藤原忠平と兄の仲平の話である。忠平は兄より先に大臣となり、のちに摂政・関白・太政大臣にまで昇った。兄の昇進を梅の花の遅咲きにたとえた歌は、兄弟の情愛を伝えるものとして語り継がれた。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、36〜39頁(コマ22–23)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日