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大和物語 第13章(第104段〜第110段)

浄蔵と近江の介の娘

滋幹の少将と女の死を誓う贈答、験者の浄蔵と恋に落ちて鞍馬に籠もった平中興の娘、その娘に言い寄っていた元良親王と女たちの歌の数々、宗于の娘の今君の床夏の歌まで、七つの段。

  1. 1少將せうしやう少將せうしやうしょうしょうににに、、、女をんな女をんなおんな、、、
  2. 2「「「戀こひ戀こひこいしさにしさにしさに死し死ししぬるぬるぬる命いのち命いのちいのちををを思おも思おもおもひひい出い出いいでゝでゝでて問と問ととふふう人ひと人ひとひとあらばなしとこたへよあらばなしとこたへよあらばなしとこたえよ」」」。。。
  3. 3少將せうしやう少將せうしやうしょうしょう、、、かへしかへしかへし、、、
  4. 4「「「へへへ露つゆ露つゆつゆののの身み身みみののの消き消ききえばともにとえばともにとえばともにと契ちぎ契ちぎちぎりおきてきりおきてきりおきてき」」」。。。
  5. 5ののの近江あふみ近江あふみおうみののの介すけ介すけすけががが女をんな女をんなおんな、、、煩わづら煩わづらわずらひてひていて大だい大だいだいとくとくとくををを程ほど程ほどほどににに、、、人ひと人ひとひととかくいひけりとかくいひけりとかくいいけり。。。猶なほ猶なほなおしもしもしもはははたあらざりけりたあらざりけりたあらざりけり。。。忍しの忍しのしのびてあへりてびてあへりてびてあえりて後のち後のちのち、、、人ひと人ひとひとののの物言ものい物言ものいものいひなどもひなどもいなどもうたてありうたてありうたてあり、、、猶なほ猶なほなお世よ世よよににに經へ經へへじなどじなどじなど思おも思おもおもひひい言い言いいひてひていてうせにけりうせにけりうせにけり。。。
  6. 6といふといふという所ところ所ところところににに籠こも籠こもこもりていみじうりていみじうりていみじゅう行おこな行おこなおこなひひい居を居をおりりり。。。さすがにいとさすがにいとさすがにいと戀こひ戀こひこいしうしうしゅう覺おぼ覺おぼおぼえけりえけりえけり。。。京きやう京きやうきょうををを思おも思おもおもひやりつゝひやりつゝいやりつつ萬よろづ萬よろづよろずののの事こと事ことこといといといと哀あはれ哀あはれあわれにおぼえてにおぼえてにおぼえて行おこな行おこなおこなひけりひけりいけり。。。なくなくうちなくなくうちなくなくうちふしてふしてふして傍かたはら傍かたはらかたわらををを見み見みみればればれば文ふみ文ふみふみなむなむなむ見み見みみえけるえけるえける。。。
  7. 7なぞのなぞのなぞの文ふみ文ふみふみぞとぞとぞと思おも思おもおもひてひていて取と取ととりてりてりて見み見みみればこのればこのればこの我わ我わわががが思おも思おもおもふふう人ひと人ひとひとののの文ふみ文ふみふみなりなりなり。。。書か書かかけることばけることばけることば、、、
  8. 8「「「のくらまののくらまののくらまの山やま山やまやまににに入い入いいるるる人ひと人ひとひとはははたどるたどるもかへりきなゝむたどるたどるもかへりきなゝむたどるたどるもかえりきななむ」」」
  9. 9ととと書か書かかけりけりけり。。。いとあやしくいとあやしくいとあやしく誰たれ誰たれたれしておこせつらむとしておこせつらむとしておこせつらむと思おも思おもおもひひい居を居をおりりり。。。もてくべきたよりもおぼえずいともてくべきたよりもおぼえずいともてくべきたよりもおぼえずいと怪あや怪あやあやしかりければしかりければしかりければ、、、又また又またまた一人ひとり一人ひとりひとり惑まど惑まどまどひひい來き來ききにけりにけりにけり。。。かくてかくてかくて又また又またまた山やま山やまやまににに入い入いいりにけりりにけりりにけり。。。さておこせたりけるさておこせたりけるさておこせたりける、、、
  10. 10「「「からくしてからくしてからくして思おも思おもおもひわするゝひわするゝいわするる戀こひ戀こひこいしさしさしさをををうたてうたてうたて鳴な鳴ななきつるうぐひすのきつるうぐひすのきつるうぐいすの聲こゑ聲こゑこえ」」」。。。
  11. 11かへしかへしかへし、、、
  12. 12「「「さてもさてもさても君きみ君きみきみわすれけりかしわすれけりかしわすれけりかし鶯うぐひす鶯うぐひすうぐいすののの鳴な鳴ななくくくをををりのみやりのみやりのみや思おも思おもおもひひい出い出いいづべきづべきずべき」」」
  13. 13といへりけるといへりけるといえりける。。。又また又またまた淨藏じやうざう淨藏じやうざうじょうぞう大だい大だいだいとくとくとく、、、
  14. 14「「「我わ我わわがためにつらきがためにつらきがためにつらき人ひと人ひとひとをばをばをば置お置おおきながらきながらきながら何なに何なになにののの罪つみ罪つみつみなきなきなき世よ世よよをやをやをやうらみむうらみむうらみむ」」」
  15. 15ともいひけりともいひけりともいいけり。。。このこのこの女をんな女をんなおんなはははになくかしづきてになくかしづきてになくかしずきて、、、みこだちみこだちみこだち上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめよばひよばひよばい給たま給たまたまへどへどえど、、、帝てい帝ていていににに奉たてまつ奉たてまつたてまつらむとてあはせざりけれどらむとてあはせざりけれどらむとてあわせざりけれど、、、このこのこの事こと事ことこと出い出いいででで來き來ききければければければ親おや親おやおやももも見み見みみずなりにけりずなりにけりずなりにけり。。。
  16. 16故こ故ここののの宮みや宮みやみや、、、このこのこの女をんな女をんなおんなのかゝることのかゝることのかかること、、、まだしかりけるまだしかりけるまだしかりける時とき時ときとき、、、よばひよばひよばい給たま給たまたもうけりうけりうけり。。。みこみこみこ、、、
  17. 17「「「ののの葉は葉ははのそよぐごとにぞのそよぐごとにぞのそよぐごとにぞ恨うら恨うらうらみつるみつるみつる風かぜ風かぜかぜにににうつりてつらきこゝろうつりてつらきこゝろうつりてつらきこころををを」」」。。。
  18. 18これもこれもこれも同おな同おなおなじじじ宮みや宮みやみや、、、
  19. 19「「「淺あさ淺あさあさくこそくこそくこそ人ひと人ひとひとははは見み見みみるらめせきるらめせきるらめせき川がは川がはがわののの絕た絕たたゆるゆるゆる心こころ心こころこころはははあらじとぞおもふあらじとぞおもふあらじとぞおもう」」」。。。
  20. 20かへしかへしかへし、、、
  21. 21「「「川がは川がはがわののの岩いは岩いはいわ間ま間ままをををくゞるくゞるくぐる水みづ水みづみずあさみあさみあさみ絕た絕たたえぬべくのみえぬべくのみえぬべくのみ見み見みみゆるこゝろゆるこゝろゆるこころををを」」」。。。
  22. 22かくてこのかくてこのかくてこの女をんな女をんなおんな出い出いいでゝでゝでて物もの物ものもの聞きこ聞きこきこえなどすれどえなどすれどえなどすれど逢あ逢ああはははでのみありければでのみありければでのみありければ、、、みこおはしましたりけるにみこおはしましたりけるにみこおわしましたりけるに、、、月つき月つきつきのいとのいとのいと明あ明ああかりければかりければかりければ詠よ詠よよみみみ給たま給たまたもうけるうけるうける、、、
  23. 23「「「よなよなにいづとよなよなにいづとよなよなにいずと見み見みみしかどしかどしかどはははかなくてかなくてかなくて入い入いいりにしりにしりにし月つき月つきつきといひてやみなむといひてやみなむといいてやみなむ」」」
  24. 24とのたまひけりとのたまひけりとのたまいけり。。。かくてかくてかくて扇あふぎ扇あふぎおうぎををを落おと落おとおとししし給たま給たまたまへりけるへりけるえりけるををを、、、取と取ととりてりてりて見み見みみればればれば、、、知し知ししらぬらぬらぬ女をんな女をんなおんなののの手て手ててにてかくにてかくにてかく書か書かかけりけりけり、、、
  25. 25「「「忘わす忘わすわすらるゝらるゝらるる身み身みみははは我われ我われわれからのあやまちになしてだにこそからのあやまちになしてだにこそからのあやまちになしてだにこそ君きみ君きみきみをををうらみめうらみめうらみめ」」」
  26. 26ととと書か書かかけりけるけりけるけりけるををを見み見みみてそのてそのてその傍かたはら傍かたはらかたわらににに書か書かかきつけてきつけてきつけて奉たてまつ奉たてまつたてまつりけるりけるりける、、、
  27. 27「「「ゆゝしくもおもほゆるかなゆゝしくもおもほゆるかなゆゆしくもおもおゆるかな人ひと人ひとひとごとにごとにごとに疎うと疎うとうとまれにけるまれにけるまれにける世よ世よよにこそありけれにこそありけれにこそありけれ」」」
  28. 28となむとなむとなむ。。。又また又またまたこのこのこの女をんな女をんなおんな、、、
  29. 29「「「わすらるゝわすらるゝわすらるるののの山やま山やまやまのねのねのねをぞをぞをぞなくなくなく秋あき秋あきあき野の野ののののの蟲むし蟲むしむしのこゑにみだれてのこゑにみだれてのこえにみだれて」」」。。。
  30. 30かへしかへしかへし、、、
  31. 31「「「なくなれどおぼつかなくぞおもほゆるなくなれどおぼつかなくぞおもほゆるなくなれどおぼつかなくぞおもおゆる聲こゑ聲こゑこえ聞き聞ききくことのくことのくことの今いま今いまいまはははなければなければなければ」」」。。。
  32. 32又また又またまた同おな同おなおなじじじ宮みや宮みやみや、、、
  33. 33「「「雲くも雲くもくもゐにてゐにていにて世よ世よよをををふるころふるころふるころははは五月雨さみだれ五月雨さみだれさみだれのあめののあめののあめの下した下したしたにぞいけるかひなきにぞいけるかひなきにぞいけるかいなき」」」。。。
  34. 34かへしかへしかへし、、、
  35. 35「「「降ふ降ふふればこそればこそればこそ聲こゑ聲こゑこえももも雲くも雲くもくもゐにゐにいに聞きこ聞きこきこえけめいとゞえけめいとゞえけめいとどはるけきはるけきはるけき心こころ心こころこころちのみしてちのみしてちのみして」」」。。。
  36. 36同おな同おなおなじじじ宮みや宮みやみやににに、、、ことをんなことをんなことおんな、、、
  37. 37「「「逢あ逢ああふことのふことのうことの願ねが願ねがねがふばかりになりぬればたゞにかへせしふばかりになりぬればたゞにかへせしうばかりになりぬればただにかえせし時とき時ときときぞこひしきぞこひしきぞこいしき」」」。。。
  38. 38南みなみ南みなみみなみ院ゐん院ゐんいんののの君きみ君きみきみといふといふというははは右京うきやう右京うきやううきょうのかみのかみのかみ宗于むねゆき宗于むねゆきむねゆきののの君きみ君きみきみのむすめなりのむすめなりのむすめなり。。。君きみ君きみきみのかたにさぶらひけりのかたにさぶらひけりのかたにさぶらいけり。。。それそれそれををを兵衞ひやうゑ兵衞ひやうゑひょうえののの君きみ君きみきみ、、、聞きこ聞きこきこえけるえけるえける時とき時ときとき、、、さうじにしばしばおはしけりさうじにしばしばおはしけりそうじにしばしばおわしけり。。。
  39. 39おはしおはしおわし絕た絕たたえにけれえにけれえにけれははは、、、ののの枯か枯かかれたるにつけてかくなむれたるにつけてかくなむれたるにつけてかくなむ、、、
  40. 40「「「かりそめにかりそめにかりそめに君きみ君きみきみがががふしみしふしみしふしみし床夏とこなつ床夏とこなつとこなつののの根ね根ねねももも枯か枯かかれにしれにしれにしをををいかでいかでいかで咲さ咲ささきけむきけむきけむ」」」
  41. 41となむありけるとなむありけるとなむありける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第104段〕滋幹の少将に、女が、

「恋しさに死ぬわたしの命を思い出して、尋ねてくる人があったら、もういないと答えてください」。

少将の返し、

「せめて亡骸にだけでも、わたしは来たと言っておくれ。露の身が消えるなら一緒に、と約束しておいたのだから」。

〔第105段〕平中興の近江介の娘が、もののけに悩まされて、浄蔵大徳を験者として加持をさせていたころ、人があれこれとうわさをした。やはり、何もないわけではなかったのである。ひそかに逢ってのち、人のうわさもいやになり、やはり世の中に暮らしてはいられないなどと思い、言って、浄蔵は姿を消してしまった。鞍馬という所に籠もって、ひたすら勤行していた。さすがに女がたいそう恋しく思われた。京を思いやりながら、何もかもたいへんしみじみと感じて勤行していた。泣く泣くうち伏して、ふと傍らを見ると、手紙が見えた。何の手紙だろうと思って取って見ると、このわが思う人の手紙である。書いてある言葉は、

「墨染の衣を着て暗い鞍馬の山に入った人は、たどりたどりしても、帰って来てほしい」

と書いてある。たいへん不思議で、誰に持って来させたのだろうと思っていた。持って来るような手立ても思いつかず、たいへん不思議だったので、また一人で迷いながら京へ来てしまった。こうしてまた山に入った。そうして女に贈った歌、

「やっとのことで忘れかけていた恋しさを、いやなことに鳴いて思い出させたうぐいすの声よ」。

女の返し、

「それではあなたは、わたしを忘れていたのですね。うぐいすの鳴く時だけ思い出すのでしょうか」

と言った。また浄蔵大徳が、

「わたしにとってつらいあの人を差し置いて、何の罪もない世の中を恨んだりしようか」

とも言った。この女は、親がこのうえなく大切に育てて、皇子たちや上達部が求婚なさったけれど、帝にさし上げようと思って誰にもめあわせなかったのに、この事が起こったので、親も見放してしまった。

〔第106段〕故兵部卿の宮(元良親王)は、この女がこうなる前、まだ若かったころに求婚なさった。皇子の歌、

「荻の葉が風にそよぐたびに、恨んだことです。風に心を移す、あなたのつれない心を」。

〔第107段〕これも同じ宮の歌、

「浅いとあなたは見ているでしょうが、関川の水が絶えないように、わたしの心も絶えはしないと思います」。

女の返し、

「関川の岩間をくぐる水は浅いので、絶えてしまいそうにばかり見えるお心ですこと」。

こうして、この女は出て来て話などはするけれど、逢わずにばかりいたので、皇子がおいでになった時、月がたいへん明るかったのでおよみになった歌、

「夜ごとに出てくると見ていたが、はかなく沈んでしまった月だと言って、終わりにしようか」

とおっしゃった。そうして皇子が扇を落としなさったのを、女が取って見ると、知らない女の筆跡でこう書いてあった。

「忘れられるこの身は、自分のあやまちのせいにしてでも、あなたを恨みたいのです」

と書いてあったのを見て、その傍らに書きつけてさし上げた歌、

「不吉にさえ思われることです。どの女の人にも嫌われてしまうお方のようですね」

とよんだ。また、この女が、

「忘れられたわたしは、ときわの山で声をあげて泣いています。秋の野の虫の声にまじって」。

皇子の返し、

「泣いているというけれど、どうも心もとなく思われます。その声を聞くことも、今はないのですから」。

〔第108段〕また同じ宮が、

「雲の上(宮中)で世を過ごすこのごろは、五月雨の降る天の下にいても、生きているかいもありません」。

女の返し、

「雨が降るからこそ、お声も雲の上に聞こえたのでしょう。いっそう遠い心地ばかりがして」。

〔第109段〕同じ宮に、ほかの女が、

「逢うことが、ただ願うばかりになってしまったので、むなしくお帰ししたあの時が恋しく思われます」。

〔第110段〕南院の今君という人は、右京大夫宗于の君の娘である。この人は、太政大臣(忠平)の尚侍の君(貴子)のもとに仕えていた。その今君のもとに、兵衛の君(藤原師尹か)が、あや君と申し上げたころ、部屋にしばしばおいでになった。おいでが絶えてしまったので、枯れた床夏に添えて、こうよんだ。

「かりそめにあなたが共寝した床――床夏は、根も枯れてしまったのに、どうして咲いたのでしょう」

とあった。

意訳

〔第104段〕「恋に死んだと伝えて」という女に、滋幹は「亡骸にでも来たと言ってくれ、一緒に消えると約束したのだから」と返す。死をかけた誓いの言葉を競い合う、激しい恋の贈答である。

〔第105段〕名高い験者の浄蔵が、加持をしていた娘と恋に落ちた。うわさを恐れて鞍馬山に籠もったものの、娘への思いは断ちきれない。ある日、伏して泣いていた浄蔵の傍らに、娘の手紙が置かれていた。誰が届けたのかも分からないその手紙に引かれて、浄蔵はまた京へさまよい出てしまう。「うぐいすが思い出させた」とよめば、娘に「では忘れていたのね」と切り返される。帝の后にと育てられた娘は、この恋のために親にも見放された。聖と俗のあいだで揺れる僧の姿が印象深い。

〔第106〜109段〕その娘にかつて言い寄った元良親王は、名高い色好みであった。親王が「関川の水のように心は絶えない」と言えば、娘は「浅い水のように絶えそう」と返す。落とした扇に別の女の恨みの歌が書かれていたのを見つけると、娘は「どの女にも疎まれる方なのね」と書き添えて返した。親王の浮気ぶりと、それをあしらう女たちの機知が並ぶ。

〔第110段〕通いの絶えた男に、今君は枯れた床夏(撫子)を送った。「床」に寝床を掛け、「根も枯れたのに、どうして咲いたのか」――一度の共寝で燃えた自分の心を、枯れ花に託して嘆いている。

語釈・文法注

しげもとの少將
藤原滋幹。大納言藤原国経の子。母は在原棟梁の娘で、のちに藤原時平の妻となった(本院の北の方)。
から
亡骸。
中興の近江の介
平中興。第57段参照。
ものゝけ
人にとりついて病気などを起こすとされた霊。
淨藏大とく
浄蔵(891〜964)。第62段参照。
けんざ
験者。加持祈祷をする僧。
鞍馬
京の北の鞍馬山。鞍馬寺がある。「暗し」を掛ける。
墨染
僧の着る黒い衣。
故兵部卿の宮
元良親王。第90段参照。
荻の葉
荻。風にそよぐ音が人の訪れを思わせる。
せき川
関川。逢坂の関のあたりを流れる川とも。「堰」を響かせる。
常磐の山
山城国の山。「常(とこ)」に「床」を響かせる。
南院の今君
源宗于の娘。南院は宗于の父、是忠親王の邸。
ないしのかんの君
尚侍。忠平の娘、藤原貴子か。
あやきみ
兵衛の君の幼名か。
床夏
撫子(なでしこ)の別名。「床」を掛ける。

文法

なしとこたへよ
「なし」は、この世にいない、死んだの意。
われきたりてへ
「てへ」は「と言へ」の縮まった形。わたしが来たと言ってくれ。
契りおきてき
「て」は完了「つ」の連用形、「き」は過去。
猶しもはたあらざりけり
やはり何もないわけではなかった。二人の仲がうわさどおりであったことを言う。
かへりきなゝむ
「な」は強意の「ぬ」の未然形、「なむ」は願望の終助詞。底本は踊り字で「なゝむ」と書く。
誰しておこせつらむ
「して」は使役の相手を示す。誰に持って来させたのだろう。
わすれけりかし
「けり」は気づきの詠嘆、「かし」は念押し。
思ひ出づべき
「や」の結びで連体形。
見るらめ
「こそ」の結びで「らめ」(現在推量「らむ」の已然形)。
やみなむ
「な」は強意、「む」は意志。終わりにしよう。
うらみめ
「こそ」の結びで「め」。
聞えけめ
「こそ」の結びで「けめ」(過去推量「けむ」の已然形)。
おはし絕えにけれは
底本は「けれは」と刷る。「ければ」の意。

和歌

戀しさに 死ぬる命を 思ひ出でゝ 問ふ人あらば なしとこたへよ

詠者
女
状況
藤原滋幹に。

からにだに われきたりてへ 露の身の 消えばともにと 契りおきてき

詠者
藤原滋幹
状況
女の歌への返し。

修辞

縁語
「露」「消え」。

墨染の くらまの山に 入る人は たどるたどるも かへりきなゝむ

詠者
平中興の娘
状況
鞍馬山に籠もった浄蔵のもとに、いつの間にか届いた手紙。

修辞

掛詞
「くらま」に「鞍馬」と「暗ま(暗い)」を掛ける。
縁語
「墨染」「暗」「たどる」。

からくして 思ひわするゝ 戀しさを うたて鳴きつる うぐひすの聲

詠者
浄蔵
状況
山に戻ってから娘に。

さても君 わすれけりかし 鶯の 鳴くをりのみや 思ひ出づべき

詠者
平中興の娘
状況
浄蔵の歌への返し。

修辞

切り返し
「思ひわするる」の言葉をとらえ、忘れていたのかとなじる。

我がために つらき人をば 置きながら 何の罪なき 世をやうらみむ

詠者
浄蔵
状況
娘とのことで。

荻の葉の そよぐごとにぞ 恨みつる 風にうつりて つらきこゝろを

詠者
元良親王
状況
平中興の娘に、まだ浄蔵とのことが起こる前に。

修辞

掛詞
「うらみ」に「恨み」と、荻の葉の「裏見」を響かせる。

淺くこそ 人は見るらめ せき川の 絕ゆる心は あらじとぞおもふ

詠者
元良親王
状況
同じく、平中興の娘に。

修辞

縁語
「浅く」「せき川」「絶ゆる」。

せき川の 岩間をくゞる 水あさみ 絕えぬべくのみ 見ゆるこゝろを

詠者
平中興の娘
状況
元良親王の歌への返し。

修辞

語法
「水あさみ」は「…を…み」の形の「を」を略したもので、「水が浅いので」。

よなよなに いづと見しかど はかなくて 入りにし月と いひてやみなむ

詠者
元良親王
状況
月の明るい夜、逢おうとしない娘に。

修辞

比喩
出ては入る月に、会わずに隠れてしまう女をたとえる。

忘らるゝ 身は我からの あやまちに なしてだにこそ 君をうらみめ

詠者
知らない女(元良親王の別の恋人)
状況
元良親王が落とした扇に書かれていた歌。

ゆゝしくも おもほゆるかな 人ごとに 疎まれにける 世にこそありけれ

詠者
平中興の娘
状況
扇の歌の傍らに書きつけて、親王に返して。

わすらるゝ 常磐の山の ねをぞなく 秋野の蟲の こゑにみだれて

詠者
平中興の娘
状況
元良親王に。

修辞

掛詞
「ね」に「音(声)」と「根」を響かせる。

なくなれど おぼつかなくぞ おもほゆる 聲聞くことの 今はなければ

詠者
元良親王
状況
娘の歌への返し。

雲ゐにて 世をふるころは 五月雨の あめの下にぞ いけるかひなき

詠者
元良親王
状況
娘に。

修辞

掛詞
「ふる」に「経る」と「降る」、「あめ」に「雨」と「天」を掛ける。

降ればこそ 聲も雲ゐに 聞えけめ いとゞはるけき 心ちのみして

詠者
平中興の娘
状況
元良親王の歌への返し。

逢ふことの 願ふばかりに なりぬれば たゞにかへせし 時ぞこひしき

詠者
ほかの女
状況
元良親王に。

かりそめに 君がふしみし 床夏の 根も枯れにしを いかで咲きけむ

詠者
南院の今君
状況
通わなくなった兵衛の君に、枯れた床夏に添えて。

修辞

掛詞
「床夏」に「床」、「ふしみ」に「臥し見」を掛ける。

解説

第105段は、名高い験者浄蔵の恋を語る段である。浄蔵は三善清行の子で、加持祈祷の力によって数々の奇跡を起こしたと伝えられる僧であるが、この物語では、恋のために山に籠もり、また恋のために山を下りる、迷いの多い人として描かれている。鞍馬山で伏していた浄蔵の傍らに、いつの間にか娘の手紙が置かれていたという場面には、どこか神秘的な雰囲気がある。

平中興の娘は、帝に入内させるつもりで大切に育てられた人であった。その娘が僧と恋に落ちたことで、親にも見放される。第57段では、親を亡くして地方に落ちぶれた中興の娘を平兼盛が見舞っており、同じ人物と見れば、この物語は娘の運命を別々の段でたどっていることになる。

第106〜109段の元良親王(故兵部卿の宮)は、陽成天皇の皇子で、多くの女性と恋をした色好みとして知られる。百人一首の「わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢はむとぞ思ふ」の作者でもある。扇に書かれた別の女の歌を見つけて皮肉を書き添える場面は、恋多き親王をめぐる女たちの関係をよく表している。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、33〜36頁(コマ20–22)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日