大和物語 第12章(第102段〜第103段)
平中と尼になった女
病んで鳥羽の家へ移る酒井人真の別れの歌と、色好みの平中が市で見そめた武蔵守の娘と一夜を過ごしながら、上役に連れ回されて便りを出せず、そのあいだに娘が髪を切って尼になってしまう話。『大和物語』前半で最も長い段。
- 1土佐土佐とさののの守守かみにありけるにありけるにありける井井いのののひとざねといひけるひとざねといひけるひとざねといいける人人ひと、、、病病やまいしてよわくなりてしてよわくなりてしてよわくなりて、、、なりけるなりけるなりける家家いえににに行行ゆくとてよみけるくとてよみけるくとてよみける。。。
- 2「「「行行ゆくくく人人ひとはははそのかみそのかみそのかみ來來こむといふものむといふものむというものををを心心こころぼそしやぼそしやぼそしや今日今日きょうのわかれのわかれのわかれははは」」」。。。
- 3ががが色色いろ好好このみけるさかりにみけるさかりにみけるさかりににいきけりにいきけりにいきけり。。。中頃中頃なかごろははは良良よききき人々人々ひとびと市市いちにいきてなむにいきてなむにいきてなむ色色いろ好好このむわざはしけるむわざはしけるむわざわしける。。。それにそれにそれに故故こきさいのきさいのきさいの宮宮みやのののだちだちだち市市いちににに出出いでけるでけるでける日日ひなむありけるなむありけるなむありける。。。
- 4平仲平仲へいちゅう色色いろ好好このみかゝりてになうみかゝりてになうみかかりてにのう懸懸か想想そうしけりしけりしけり。。。後後のちににに文文ふみをををなむおこせたりけるなむおこせたりけるなむおこせたりける。。。女女おんなどもどもども「「「車車くるまなりしなりしなりし人人ひとははは多多おおかりしかりしかりしををを誰誰たれにあるにあるにある文文ふみにかにかにか」」」となむとなむとなむ言言いひやりけるひやりけるいやりける。。。さりければさりければさりければ男男おとこののの許許もとよりよりより、、、
- 5「「「ののの袂袂たもとのかずのかずのかずははは見見みしかどもわきておもひのしかどもわきておもひのしかどもわきておもいの色色いろぞこひしきぞこひしきぞこいしき」」」
- 6といへりけるといへりけるといえりけるはははののの守守かみのむすめになむありけるのむすめになむありけるのむすめになむありける。。。それなむいとそれなむいとそれなむいと濃濃こ着着きたりけるたりけるたりける。。。それそれそれをををととと思思おもふなりけりふなりけりうなりけり。。。さればそのさればそのさればその武藏武藏むさしなむなむなむ後後のちははは返返かえりごとしていひつきにけるごとしていひつきにけるごとしていいつきにける。。。
- 7かたちかたちかたち淸淸きよげにげにげに髪髪かみ長長ながくなどしてよきわかうどになむありけるくなどしてよきわかうどになむありけるくなどしてよきわこうどになむありける。。。いといたういといたういといとう人々人々ひとびと懸懸か想想そうしけれどしけれどしけれど思思おもひあがりてひあがりていあがりて男男おとこなどもせでなむありけぬなどもせでなむありけぬなどもせでなむありけぬ。。。されどせちによばひければされどせちによばひければされどせちによばいければ逢逢あひにけりひにけりいにけり。。。
- 8そのあしたそのあしたそのあした文文ふみをもをもをもおこせずおこせずおこせず。。。よるまでよるまでよるまで音音おともせずもせずもせず。。。心心こころうしとうしとうしと思思おもひひい明明あかしてしてして又又またののの日日ひまてどまてどまてど文文ふみもおこせずもおこせずもおこせず。。。そのそのその夜夜よ下下した待待まちけれどちけれどちけれど。。。あしたにつかふあしたにつかふあしたにつかう人人ひとなどなどなど「「「いとあだにいとあだにいとあだに物物ものししし給給たまふとふとうと聞聞ききしきしきし人人ひとををを、、、ありありてかくありありてかくありありてかく逢逢あひひい奉奉たてまつりりり給給たまひてひていて。。。みづからこそいとまもさはりみづからこそいとまもさはりみずからこそいとまもさわり給給たまふふう事事ことありともありともありとも、、、御文御文おおんふみをををだにだにだに奉奉たてまつりりり給給たまはぬはぬわぬ、、、心憂心憂うききき事事こと」」」などこれかれなどこれかれなどこれかれ言言いふふう。。。
- 9心心こころちにもちにもちにも思思おもひひい居居いたるたるたる事事ことををを人人ひとももも言言いひければひければいければ心憂心憂うくくく悔悔くやしとしとしと思思おもひてひていて泣泣なきけりきけりきけり。。。そのそのその夜夜よもしやともしやともしやと思思おもひてひていて待待まてどてどてど又又また來來こずずず。。。又又またののの日日ひももも文文ふみもおこせずもおこせずもおこせず。。。
- 10すべておともせですべておともせですべておともせで五六日五六日いつかむいかになりぬになりぬになりぬ。。。このこのこの女女おんなねねねをををのみのみのみ泣泣なきてきてきて物物ものももも食食くはずはずわず。。。つかふつかふつかう人人ひとなどなどなど大方大方おおかたははは「「「なおぼしそなおぼしそなおぼしそ。。。かくてのみかくてのみかくてのみ止止やみみみ給給たまふべきふべきうべき御身御身おおんみにもあらずにもあらずにもあらず。。。人人ひとにににははは知知しらせでやみらせでやみらせでやみ給給たもうてうてうて、、、異異ことわざわざわざをもをもをもししし給給たまひてむひてむいてむ」」」ととと言言いひけりひけりいけり。。。
- 11物物ものももも言言いはははでこもりでこもりでこもり居居いててて、、、つかふつかふつかう人人ひとにもにもにも見見みえでえでえで、、、いといといと長長ながかりけるかりけるかりける髮髮かみをををかいかいかい切切きりてりてりて手手てづからづからずから尼尼あまになりにけりになりにけりになりにけり。。。つかふつかふつかう人人ひと集集あつまりてまりてまりて泣泣なきけれどいふかひもなしきけれどいふかひもなしきけれどいうかいもなし。。。
- 12「「「いといといと心憂心憂うききき身身みなればなればなれば死死しなむとなむとなむと思思おもふにもふにもうにも死死しなれずなれずなれず。。。かくだになりておこなひかくだになりておこなひかくだになりておこないをををだにせむだにせむだにせむ。。。かしがましくかくなかしがましくかくなかしがましくかくな人々人々ひとびと言言いひさわぎそひさわぎそいさわぎそ」」」となむいひけるとなむいひけるとなむいいける。。。
- 13かゝりけるやうかゝりけるやうかかりけるようははは、、、平仲平仲へいちゅうそのそのその逢逢あひけるつとめてひけるつとめていけるつとめて、、、人人ひとおこせむとおこせむとおこせむと思思おもひけるにひけるにいけるに、、、俄俄にわかににに物物ものへへへいますとていますとていますとて、、、よりいましてよりいましてよりいまして、、、寄寄よりりり臥臥ふしたりけるしたりけるしたりけるをををおひおひおい起起おこしてしてして、、、今今いままでまでまで寢寢ね遠遠とおききき所所ところへへへゐていましてゐていましていていまして、、、酒酒さけ飮飮のみのゝしりてみのゝしりてみののしりて更更さらにかへしにかへしにかえし給給たまはずはずわず。。。
- 14辛辛からうじてうじてうじて歸歸かえるまゝにるまゝにるままに亭子亭子ていじののの帝帝みかどののの御供御供おおんともににに大井大井おおいにゐておはしましぬにゐておはしましぬにいておわしましぬ。。。そこにそこにそこに又又また二二に夜夜よさぶらふにいみじうさぶらふにいみじうさぶらうにいみじゅう醉醉えひにけりひにけりいにけり。。。夜更夜更よふけてけてけて歸歸かえりりり給給たまふにふにうに、、、このこのこの女女おんなのがりいかむとするにのがりいかむとするにのがりいかむとするに、、、方方かたのののふたがりければふたがりければふたがりければ、、、大方大方おおかた皆皆みな違違たがふふう方方かたへへへ、、、院院いんののの人々人々ひとびとるゐしていにけりるゐしていにけりるいしていにけり。。。
- 15このこのこの女女おんないかにいかにいかに覺束覺束おぼつかなくなくなく怪怪あやしとしとしと思思おもふらむとふらむとうらむと戀戀こいしきにしきにしきに、、、今日今日きょうだにだにだに日日ひもとくもとくもとく暮暮くれなむれなむれなむ、、、いきていきていきて有樣有樣ありさまもみづからいはむもみづからいはむもみずからいわむ、、、かつかつかつ文文ふみをやをやをやらむとらむとらむと醉醉えひひい覺覺さめてめてめて思思おもひけるにひけるにいけるに、、、人人ひとなむなむなむ來來きてててうちうちうち叩叩たたくくく。。。
- 16「「「たぞたぞたぞ」」」ととと問問とへばへばへば、、、猶猶なお「「「うのうのうの君君きみににに物物もの聞聞きこえむえむえむ」」」といふといふという。。。さしのぞきてさしのぞきてさしのぞきて見見みればこのればこのればこの家家けのむすめなりのむすめなりのむすめなり。。。胸胸むね潰潰つぶれてれてれて「「「こちここちここちこ」」」ととと言言いひてひていて文文ふみををを取取とりてりてりて見見みればればれば、、、いとかうばしきいとかうばしきいとこうばしき紙紙かみににに、、、きれなるきれなるきれなる髪髪かみををを少少すこ包包つつみたりみたりみたり。。。
- 17いといといと怪怪あやしうおぼえてしうおぼえてしゅうおぼえて書書かいたるいたるいたる事事ことををを見見みればればれば、、、
- 18「「「川川がわそらなるものとそらなるものとそらなるものと聞聞ききしかどきしかどきしかど我我わががが目目めののの前前ぜんののの涙涙なみだなりけりなりけりなりけり」」」
- 19ととと書書かきたりきたりきたり。。。尼尼あまになりたるなるべしとになりたるなるべしとになりたるなるべしと見見みるにるにるに目目めもくれぬもくれぬもくれぬ。。。心心こころ肝肝きもをををまどはしてこのまどはしてこのまどわしてこの使使つかいににに問問とへばへばへば「「「早早はよううう御御おんぐしおろしぐしおろしぐしおろし給給たもうてきうてきうてき。。。昨日昨日きのう今日今日きょういみじういみじういみじゅう泣泣なききき惑惑まどひひい給給たまふふう。。。げすのげすのげすの心地心地ここちにもいとにもいとにもいと胸胸むね痛痛いたくなむくなむくなむ。。。さばかりにさばかりにさばかりに侍侍はべりしりしりし御御おんぐしぐしぐしををを」」」といひてといひてといいて泣泣なくくく時時ときににに男男おとこのこゝちいといみじのこゝちいといみじのここちいといみじ。。。
- 20なでふかゝるすきありきなでふかゝるすきありきなでうかかるすきありきをををしてしてして、、、かくかくかくわびしきわびしきわびしき目目めををを見見みるらむとるらむとるらむと思思おもへどかひなしへどかひなしえどかいなし。。。なくなくかへりごとかくなくなくかへりごとかくなくなくかえりごとかく、、、
- 21「「「世世よをををわぶるわぶるわぶる淚淚なみだ流流ながれてれてれてはやはやはやくともあまのくともあまのくともあまの川川がわにににはははさやさやさやはははなるべきなるべきなるべき」」」。。。
- 22いとあさましきにえいとあさましきにえいとあさましきにえ物物ものもきこえずもきこえずもきこえず。。。「「「みづからみづからみずから唯今唯今ただいま參參まいりてりてりて」」」となむとなむとなむ言言いひたりけるひたりけるいたりける。。。かくてかくてかくて即即すなわちちち來來きにけりにけりにけり。。。そのかみそのかみそのかみ女女おんなははは入入いりにけりりにけりりにけり。。。
- 23事事ことのあるやうさばかりのあるやうさばかりのあるようさばかりををを仕仕つかふふう人々人々ひとびとににに言言いひてひていて泣泣なくくく事事ことかぎりなしかぎりなしかぎりなし。。。「「「物物ものをををだにだにだに聞聞きこえむえむえむ。。。御御おん聲聲こえをををだにしだにしだにし給給たまへへえ」」」といひけれどといひけれどといいけれど更更さらにいらへにいらへにいらえをををだにせずだにせずだにせず。。。
- 24「「「かゝるさはりかゝるさはりかかるさわりをばをばをば知知しらでらでらで猶猶なお唯唯ただいとほしさにいふとやいとほしさにいふとやいとおしさにいうとや思思おもひけむひけむいけむ」」」とてなむとてなむとてなむ男男おとこははは世世よにいみじきことにしけるにいみじきことにしけるにいみじきことにしける。。。
現代語訳
〔第102段〕土佐守であった酒井人真という人が、病気で弱って、鳥羽にある家に行くといってよんだ歌。
「旅に行く人は、いつか帰ってくると言うものなのに、今日の別れは、なんと心細いことか」。
〔第103段〕平中が色好みの盛りであったころ、市に出かけた。そのころは、身分のある人々も市に出かけて、色恋の振る舞いをしたものである。そこに、故后の宮(穏子)の女房たちが市に出ていた日があった。平中は色好みの心がわいて、このうえなく恋い慕った。あとで手紙をよこした。女たちは「車にいた人は大勢いましたのに、誰にあてた手紙ですか」と言いやった。そこで男のもとから、
「宮中の女房の袂の数は多く見たけれど、とりわけ、思いの火の色――濃い色の衣の人が恋しいのです」
と言ってきたのは、武蔵守の娘のことであった。その人がたいへん濃い紅の掻練を着ていたのである。その人をと思っていたのであった。そこでその武蔵(の娘)が、のちに返事をして、文を交わすようになった。容貌が美しく、髪も長くて、すばらしい若い女房であった。たいへん多くの人が言い寄ったが、気位が高くて夫も持たずにいた。けれども平中がひたすら言い寄ったので、逢ってしまった。その翌朝、平中は手紙もよこさない。夜まで音沙汰もない。つらいと思いながら夜を明かし、次の日も待ったが手紙もよこさない。その夜も心の中で待っていたが、来ない。翌朝、仕える者たちが「たいそう浮気でいらっしゃると聞いていた人に、よりによってこうしてお逢いになって。ご自身は暇がなかったり差しつかえがあったりなさっても、せめてお手紙だけでもさし上げないとは、情けないこと」などと口々に言う。自分の心にも思っていたことを人も言うので、情けなく悔しく思って泣いた。その夜も、もしやと思って待ったけれど、また来ない。次の日も手紙をよこさない。全く音沙汰がないまま五、六日になった。この女は声をあげて泣くばかりで、物も食べない。仕える者たちはたいてい、「そんなにお嘆きにならないで。このまま終わってしまわれるようなお身の上でもありません。人には知らせないままおしまいにして、ほかの縁をお結びなさいませ」と言った。女は物も言わずに籠もって、仕える者にも姿を見せず、たいへん長かった髪を切って、自分で尼になってしまった。仕える者たちが集まって泣いたけれども、どうにもならない。女は「たいへん情けない身なので、死のうと思っても死ねない。せめてこうして尼になって、勤行だけでもしよう。やかましく、こんなふうに皆で言い騒がないでおくれ」と言った。
こうなったわけはこうである。平中は、その逢った翌朝、使いをやろうと思っていたところ、役所の長官が急にどこかへいらっしゃるというので立ち寄りなさって、寝ていた平中を追い起こし、「今まで寝ていたのか」と言って、遊びに遠い所へ連れていらっしゃって、酒を飲み騒いで、まったく帰してくださらない。やっとのことで帰ると、そのまま亭子の帝(宇多法皇)のお供として大井に連れていらっしゃった。そこでまた二晩お仕えして、ひどく酔ってしまった。夜が更けてお帰りになる時、この女のもとへ行こうとすると、方角がふさがっていたので、院の人々は皆、方違えの方へ連れだって行ってしまった。この女がどんなに気がかりで不審に思っているだろうと恋しく、今日こそは早く日が暮れてほしい、行って事の次第を自分で話そう、まず手紙をやろうと、酔いがさめて思っていたところに、人が来て戸をたたく。「誰か」と尋ねると、「なお(尚)従(ぞう)の君に申し上げたいことがあります」と言う。のぞいて見ると、あの家の娘(召使い)である。胸がつぶれる思いで「こちらへ来い」と言って手紙を取って見ると、たいそう香りのよい紙に、美しい髪を少し丸めて包んである。たいへん不審に思って、書いてあることを見ると、
「天の川は空にあるものと聞いていましたが、尼(あま)となったわたしの目の前を流れる涙の川でした」
と書いてある。尼になったのだろうと思うと、目の前が真っ暗になった。動転してこの使いに尋ねると、「もう御髪をおろしてしまわれました。それで女房たちも昨日今日ひどく泣き騒いでいらっしゃいます。わたしのような下々の者の心にもたいへん胸が痛みます。あれほどみごとでしたお髪を」と言って泣くので、男の気持ちはたまらない。どうしてこんな好色な出歩きをして、こんなつらい目を見るのだろうと思うけれど、どうしようもない。泣く泣く返事を書く。
「世をはかなむ涙が流れるのは早くても、天の川――尼になるほどに、そうなってよいものでしょうか」。
あまりのことに、それ以上何も申し上げられない。「すぐに自分で参ります」と書いた。こうしてすぐにやって来た。その時、女は塗籠に入ってしまった。平中は事のいきさつをありのままに仕える人々に話して、泣くことこのうえない。「せめてお話だけでも申し上げたい。お声だけでも聞かせてください」と言ったけれど、女は全く返事さえしない。「こうした差しさわりがあったとは知らないで、ただ気の毒さから言い訳をしていると思ったのだろうか」と、男は生涯の痛恨事とした。
意訳
〔第102段〕旅に出る人は「いつか帰る」と言うものだが、病んで家を移る自分の別れは、もう帰れない別れかもしれない。死を予感する人の、ひっそりとした歌である。
〔第103段〕色好みの平中が市で見そめた武蔵守の娘は、気位が高く、多くの求婚者を退けてきた人だった。ついに心を許して一夜を過ごしたのに、翌朝から手紙一通来ない。周囲の女房たちは「浮気者だと評判の人なのに」と口々に言い、娘は恥と悔しさで食事もとらず、ついに自ら髪を切って尼になってしまう。
ところが平中には、便りを出せなかった事情があった。役所の長官に寝込みを起こされて遊びに連れ出され、続けて宇多法皇の大井御幸のお供、さらに方違えと、五、六日も身動きがとれなかったのである。ようやく手紙を書こうとしたところへ届いたのは、切った髪の包みと、「天の川(尼)」の歌であった。
駆けつけた平中に、娘は塗籠に閉じこもって一言も答えない。男が事情を話しても、言い訳にしか聞こえないと思ったのだろう。行き違いが取り返しのつかない結果を生み、色好みの男が「一生の痛恨事」と嘆く――喜劇になりかけた話が、深い悲劇で終わる。
語釈・文法注
- 酒井のひとざね
- 酒井人真(?〜917)。土佐守などをつとめた。
- 鳥羽
- 京の南、桂川と鴨川の合流するあたり。
- 平仲
- 平中(平貞文)。第46・64段参照。
- 市
- 平安京の東市・西市。貴族の男女も物見に出かけた。
- 御だち
- 御達。宮仕えの女房たち。
- 百敷の袂
- 宮中の女房の袖。
- 武藏の守のむすめ
- 人物は未詳。
- かいねり
- 掻練。練って柔らかくした絹。紅の掻練は濃い紅色。
- つかさのかみ
- 平中の勤める役所の長官。
- せうえう
- 逍遥。遊び歩くこと、行楽。
- ぞうの君
- 平中のこと。「ぞう」は兵衛佐などの官名の「佐(すけ)」とも、「丞(じょう)」ともいわれ、未詳。
- かいわがね
- 「わがぬ」は丸く曲げる、輪にする。切った髪を丸めて包んだ。
- あまの川
- 天の川。「尼」を掛ける。
- ごだち
- 御達。女房たち。
- ぬりごめ
- 塗籠。周囲を壁で塗りこめた部屋。寝所や物置に使った。
文法
- 來むといふものを
- 「ものを」は逆接の接続助詞。…と言うのに。
- 誰にある文にか
- 「にか」の下に「あらむ」が略される。
- 見しかども
- 「しか」は過去の助動詞「き」の已然形。
- なむありけぬ
- 底本は「ありけぬ」と刷る。「なむ」の結びとしては「ありける」とあるべきところ。
- その夜下待ちけれど。
- 底本は「けれど」のあとに句点を置く。下に「来ず」などが略された形。
- ありありて
- あれこれあったあげく、よりによって。
- なおぼしそ
- 「な…そ」の禁止。そうお思いなさいますな。
- し給ひてむ
- 「て」は強意、「む」は勧誘。きっとなさるのがよい。
- 死なむと思ふにも死なれず
- 「れ」は可能の助動詞「る」の未然形。
- かくな人々言ひさわぎそ
- 「な…そ」の禁止。
- 暮れなむ
- 「なむ」は他にあつらえ望む終助詞。暮れてほしい。
- きれなる髪
- 底本は「きれなる」と刷る。「きよらなる(清らなる)」の意か。
- 見るらむ
- 「らむ」は原因推量。どうしてこんな目を見るのだろう。
- さやはなるべき
- 「やは」は反語。そうなってよいものか。
- いふとや思ひけむ
- 「や」は疑問、結びは「けむ」。
和歌
行く人は そのかみ來むと いふものを 心ぼそしや 今日のわかれは
- 詠者
- 酒井人真
- 状況
- 病で弱り、鳥羽の家へ移るにあたって。
百敷の 袂のかずは 見しかども わきておもひの 色ぞこひしき
- 詠者
- 平中(平貞文)
- 状況
- 市で見そめた女房たちに、誰あての手紙かと問われて。
修辞
- 掛詞
- 「おもひ」の「ひ」に「火(緋)」を掛け、濃い紅の衣を着た人を指す。
あまの川 そらなるものと 聞きしかど 我が目の前の 涙なりけり
- 詠者
- 武蔵守の娘
- 状況
- 尼になって、切った髪に添えて平中に。
修辞
- 掛詞
- 「あま」に「天」と「尼」を掛ける。
- 見立て
- 流れる涙を天の川に見立てる。
世をわぶる 淚流れて はやくとも あまの川には さやはなるべき
- 詠者
- 平中(平貞文)
- 状況
- 娘の歌への返し。
修辞
- 掛詞
- 「あま」に「天」と「尼」、「はやく」に流れの「早く」と時の「早く」を掛ける。
解説
第103段は、『大和物語』前半で最も長い段で、平中(平貞文)の色好みの話の代表である。色好みとして知られた男が、ほんとうに心を寄せた女を、思いがけない行き違いから失ってしまう。女の側から見た「捨てられた」悲しみと、男の側の事情とが、時間をさかのぼって語り分けられており、短い歌語りから一歩進んだ、物語らしい構成をもっている。
平中が便りを出せなかった理由として、上役に遊びに連れ出されること、宇多法皇の大井御幸のお供、方違えが重なる。いずれも当時の宮廷の男性にとって断ることのできない務めや慣習であった。個人の恋が、こうした宮廷社会の事情に押しつぶされていく様子が描かれている。
平中の話は、のちの『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』で、本院侍従に翻弄される滑稽な男として語られることが多いが、この段の平中は、むしろ悲劇の主人公である。女が髪を切って尼になるという結末は、平安時代の女性にとって、恋の終わりに自らの意志を示す数少ない手段でもあった。
第102段の酒井人真は、延喜十七年(917)に亡くなった。「行く人はそのかみ来むといふものを」という別れの歌は、死を予感した辞世のような響きをもっている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、31〜33頁(コマ19–20)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日