大和物語 第10章(第88段〜第94段)
修理の君と権中納言敦忠
紀の国へ下る男に衣を送った女、修理の君と馬の頭の網代や朝顔の贈答、兵部卿の宮への答え、祭の使に扇を求めた三条の右大臣と昔の女、藤原敦忠の求婚と斎宮との破れた恋、妻を亡くした中務の宮と九の君まで、七つの段。
- 1同同おなじじじ男男おとこ、、、紀紀きののの國國くにににに下下くだるにるにるに寒寒さむしとてきぬしとてきぬしとてきぬをををとりにおこせたりければとりにおこせたりければとりにおこせたりければ、、、女女おんな、、、
- 2「「「紀紀きののの國國くに郡郡こおりににに行行ゆくくく人人ひとははは風風かぜのさむさもおもひしられじのさむさもおもひしられじのさむさもおもいしられじ」」」。。。
- 3かへしかへしかへし、、、男男おとこ、、、
- 4「「「紀紀きのくにのむろののくにのむろののくにのむろの郡郡こおりににに行行ゆきながらきながらきながら君君きみとととのなきぞわびしきのなきぞわびしきのなきぞわびしき」」」。。。
- 5ののの君君きみににに頭頭かしらすみけるすみけるすみける時時とき、、、「「「方方かたののの」」」とてとてとて、、、「「「えええ參參まいりりり來來きぬぬぬ」」」といへりければといへりければといえりければ、、、
- 6「「「これならぬことこれならぬことこれならぬことをもをもをも多多おおくくく違違たがふればふればうれば恨恨うらみむかたもなきぞわびしきみむかたもなきぞわびしきみむかたもなきぞわびしき」」」。。。
- 7かくてかくてかくて、、、馬馬うまののの頭頭かしら行行ゆかずなりにけるころかずなりにけるころかずなりにけるころ、、、詠詠よみておこせたりけるみておこせたりけるみておこせたりける、、、
- 8「「「いかでなほいかでなほいかでなおのののをををにことゝはむにことゝはむにこととわむ何何なにによりてかによりてかによりてか我我われををを問問とはぬとはぬとわぬと」」」
- 9といへりければといへりければといえりければ、、、かへしかへしかへし、、、
- 10「「「網代網代あじろよりよりより外外ほかにににはひはひはいをををのよるものかのよるものかのよるものか知知しらずばらずばらずばうぢのうぢのうじの人人ひとににに問問とへかしへかしへかし」」」。。。
- 11又又また同同おなじじじ女女おんなににに通通かよひけるひけるひける時時とき、、、つとめてつとめてつとめて詠詠よみたりけるみたりけるみたりける、、、
- 12「「「明明あけぬとていそぎもぞするけぬとていそぎもぞするけぬとていそぎもぞするののの霧霧きり立立たちぬともちぬともちぬとも人人ひとににに聞聞きかすなかすなかすな」」」。。。
- 13男男おとこ、、、はじめごろよみたりけるはじめごろよみたりけるはじめごろよみたりける、、、
- 14「「「いかにしていかにしていかにして我我われははは消消きえなむえなむえなむ白白しろ露露つゆのかへりてのかへりてのかえりて後後のちのもののもののものはははおもはじおもはじおもわじ」」」。。。
- 15かへしかへしかへし、、、
- 16「「「垣垣かきほなるほなるほなる君君きみがあさがほがあさがほがあさがお見見みてしがなかへりててしがなかへりててしがなかえりて後後のちはもはもはものやおもふとのやおもふとのやおもうと」」」。。。
- 17同同おなじじじ女女おんなににに、、、けぢかくけぢかくけじかく物物ものなどなどなど言言いひてひていて歸歸かえりてりてりて後後のちににに詠詠よみてやりけるみてやりけるみてやりける、、、
- 18「「「心心こころをををししし君君きみにとゞめてにとゞめてにとどめて來來きにしかばにしかばにしかば物思物思ものおもふことふことうことははは我我わにやあるらむにやあるらむにやあるらむ」」」
- 19修理修理つくろががが返返かえししし、、、
- 20「「「たましひたましひたましいはははをかしきをかしきおかしき事事こともなかりけりもなかりけりもなかりけり萬萬よろずのもののもののものははは」」」。。。
- 21同同おなじじじ女女おんなににに故故こののの宮宮みや御御おんせうそこなどしせうそこなどししょうそこなどし給給たもうけりうけりうけり。。。おはしまさむとのたまうければおはしまさむとのたまうければおわしまさむとのたもうければ聞聞きこえけるえけるえける、、、
- 22「「「高高たかくともくともくとも何何なににかはせむにかはせむにかわせむ竹竹たけのののひとよひとよひとよ二二ふたよのあだのよのあだのよのあだのふしふしふしをばをばをば」」」。。。
- 23三條三條さんじょうののの右右みぎのおとゞのおとゞのおとど中將中將ちゅうじょうにいますかりけるにいますかりけるにいますかりける時時とき、、、ののの使使つかいにさゝれてにさゝれてにさされて出出いででで立立たちちち給給たまひけりひけりいけり。。。通通かよひひひ給給たもうけるうけるうける女女おんなののの絕絕たえてえてえて久久ひさしくなりにけるにしくなりにけるにしくなりにけるに「「「かゝるかゝるかかる事事ことなむなむなむ。。。出出いででで立立たつつつ。。。もたるべかりけるもたるべかりけるもたるべかりけるををを騷騷さわがしうてなむがしうてなむがしゅうてなむ忘忘わすれにけるれにけるれにける。。。一一ひとつつつ賜賜たまへへえ」」」ととと言言いひひい遣遣やりりり給給たまへりけりへりけりえりけり。。。
- 24よしあるよしあるよしある女女おんななりければよくておこせてむとなりければよくておこせてむとなりければよくておこせてむと思思おもひひい給給たまひけるにひけるにいけるに、、、色色いろなどもいとなどもいとなどもいと淸淸きよらなるらなるらなる扇扇おうぎののの、、、香香かなどもいとかうばしうておこせたりなどもいとかうばしうておこせたりなどもいとこうばしゅうておこせたり。。。引引ひききき返返かえしたるしたるしたる裏裏りのののはしのはしのはしの方方かたににに書書かきたりけるきたりけるきたりける、、、
- 25「「「ゆゝしとていむともゆゝしとていむともゆゆしとていむとも今今いまはははかひもあらじかひもあらじかいもあらじ憂憂うきききをばをばをばこれにこれにこれに思思おもひよせてむひよせてむいよせてむ」」」
- 26とあるとあるとあるををを見見みていとていとていと哀哀あわれとおぼしてとおぼしてとおぼして、、、かへしかへしかへし、、、
- 27「「「ゆゝしとていみけるものゆゝしとていみけるものゆゆしとていみけるものをををわがためになしといはぬわがためになしといはぬわがためになしといわぬははは誰誰たがつらきなるがつらきなるがつらきなる」」」。。。
- 28故故こ權中納言權中納言ごんちゅうなごん、、、おほいとのゝおほいとのゝおおいとのの君君きみをををよばひよばひよばい給給たまふとしのしはすのつごもりにふとしのしはすのつごもりにうとしのしわすのつごもりに、、、
- 29「「「物思物思ものおもふとふとうと月日月日つきひのゆくものゆくものゆくも知知しらぬらぬらぬ間間まににに今年今年ことしももも今日今日きょうにににはははてぬとかてぬとかてぬとか聞聞きくくく」」」
- 30となむありけるとなむありけるとなむありける。。。又又またかくなむかくなむかくなむ、、、
- 31「「「いかにしてかくいかにしてかくいかにしてかく思思おもふてふてうてふことふことふことをををだにだにだに人人ひとづてならでづてならでずてならで君君きみににに語語かたらむらむらむ」」」。。。
- 32かくいひいひてかくいひいひてかくいいいいて遂遂ついににに逢逢あひけるあしたにひけるあしたにいけるあしたに、、、
- 33「「「今日今日きょうそへにそへにそえに暮暮くれざらめやれざらめやれざらめやはははととと思思おもへどもへどもえども堪堪たへぬへぬえぬははは人人ひとののの心心こころなりけりなりけりなりけり」」」。。。
- 34これもこれもこれも同同おなじじじ中納言中納言ちゅうなごん、、、のみこのみこのみこををを年年としごろよばひごろよばひごろよばい奉奉たてまつりりり給給たもうてうてうて、、、今日今日きょう明日明日あすあひなむとしけるあひなむとしけるあいなむとしけるほどにほどにほどに伊勢伊勢いせののの齋宮齋宮さいぐうのののににに合合あひひい給給たまひにけりひにけりいにけり。。。
- 35いふかひなくいふかひなくいうかいなく口惜口惜くちおしとしとしと男男おとこおもおもおもううう給給たもうけりうけりうけり。。。さてよみてさてよみてさてよみて奉奉たてまつりりり給給たもうけるうけるうける、、、
- 36「「「伊勢伊勢いせののの海海うみののの濱濱はまににに拾拾ひりふともふともうとも今今いまはははかひなくおもほゆるかなかひなくおもほゆるかなかいなくおもおゆるかな」」」
- 37となむありけるとなむありけるとなむありける。。。
- 38故故こののの宮宮みやののの、、、北北きたののの方方かたうせうせうせ給給たもうてうてうて後後のち小小ちいさききき君達君達きんだちををを引引ひききき具具ぐしてしてして三條三條さんじょうののの右大臣右大臣うだいじん殿殿どのにすみにすみにすみ給給たもうけりうけりうけり。。。御御おん忌忌いみなどなどなど過過すぐしてしてしてははは遂遂ついににに一人一人ひとりははは過過すぐししし給給たまふまじかりければふまじかりければうまじかりければ、、、かのかのかの北北きたののの方方かたののの御御おんおとおとおとうとうとうとののの君君きみをやをやをやがてがてがて得得え給給たまはむとはむとわむと思思おぼしけるしけるしけるををを、、、何何なにかかかはははさもとさもとさもと親親おやはははらからもらからもらからも思思おぼしたりけるにしたりけるにしたりけるに、、、いかゞありけむいかゞありけむいかがありけむ、、、兵衞兵衞ひょうえのかみののかみののかみの君君きみ、、、侍從侍從じじゅうににに物物ものししし給給たもうけるころうけるころうけるころ、、、そのそのその御文御文おおんふみもてくとなむもてくとなむもてくとなむ聞聞きききき給給たまひけるひけるいける。。。
- 39さてさてさて心心こころづづづきなしとやきなしとやきなしとや思思おぼしけむしけむしけむ、、、もとのもとのもとの宮宮みやになむになむになむ渡渡わたりりり給給たまひにけるひにけるいにける。。。そのそのその時時ときににに、、、御御おんやすやすやす所所ところののの御許御許もとよりよりより、、、
- 40「「「なきなきなき人人ひと今今いまはははとかへるとかへるとかえる今日今日きょうののの悲悲かなしさしさしさ」」」。。。
- 41宮宮みやののの御御おんかへしかへしかえし、、、
- 42「「「巢守巢守すもりにとにとにと思思おもふふう心心こころはははとゞむれどかひあるべくもなしとこそとゞむれどかひあるべくもなしとこそとどむれどかいあるべくもなしとこそ聞聞きけけけ」」」
- 43となむありけるとなむありけるとなむありける。。。
現代語訳
〔第88段〕同じ男が、紀の国に下るときに、寒いからといって着物を取りによこしたので、女が、
「紀の国の牟婁(むろ)の郡に行く人は、室(むろ)の中にいるようなものだから、風の寒さも思い知ることはないでしょう」。
男の返し、
「紀の国の牟婁の郡に行きながら、あなたと共寝する衾(ふすま)がないのがわびしいのです」。
〔第89段〕修理の君のもとに馬の頭が通っていたころ、「方角がふさがっているので、方違えに出かける」と言って、「参れない」と言ってきたので、
「このほかのことでも、多くの約束をたがえていらっしゃるので、恨む方角もないのがわびしいことです」。
こうして、馬の頭が通わなくなったころ、女がよんでよこした歌、
「何とかして、網代に寄る氷魚(ひお)に尋ねたい。何によって――何が寄らないで――あの人はわたしを訪ねないのかと」
と言ったので、男の返し、
「網代よりほかに、氷魚の寄るところがあるでしょうか。知らないなら宇治の人に聞いてごらんなさい」。
また、同じ女のもとに通っていたころ、翌朝よんだ歌、
「夜が明けたといって急いで帰ることになるかもしれない。逢坂の関に霧が立っても――わたしたちのうわさが立っても、人には聞かせないでください」。
男が、通いはじめのころによんだ歌、
「どうしたらわたしは消えてしまえるだろう。白露のように消えて、帰ったあとの物思いはしまいと思う」。
女の返し、
「垣根に咲くあなたという朝顔を見たいものです。帰ったあとで物思いをしているかどうかと」。
同じ女のもとで、親しく話などして帰ったあとに、よんで送った歌、
「心をあなたのもとに残してきたので、物思いをしているのは、わたしなのでしょうか(それとも心を預かったあなたでしょうか)」。
修理の返し、
「魂というものには、おもしろいこともないのですね。万事、抜け殻のほうに意味があるものです」。
〔第90段〕同じ女に、故兵部卿の宮(元良親王)が便りなどをなさっていた。おいでになろうとおっしゃったので、申し上げた歌、
「どれほど身分が高くても、何になりましょう。呉竹の一節(ひとよ)二節(ふたよ)のような、一夜二夜のはかない仮寝の節(ふし)など」。
〔第91段〕三条の右大臣(定方)が中将でいらっしゃった時、祭の使に任じられて出立なさった。通っていらっしゃった女と縁が絶えて久しくなっていたが、その女に「こういうことになった。出立する。扇を持つべきだったのに、騒がしくて忘れてしまった。一つください」と言い送りなさった。たしなみのある女なので、きっとよいものをよこすだろうと思っていらっしゃったところ、色などもたいへん美しい扇で、香もたいそうかぐわしいのをよこした。裏返したその裏の端の方に書いてあった歌、
「扇は「あふぎ(逢ふ)」に通じて忌むといっても、今は何のかいもないでしょう。つらい思いは、これ(扇)に託してしまいましょう」
とあるのを見て、たいへんしみじみとお思いになって、返し、
「扇は忌むものだというのに、わたしのために「ない」と言わないのは、誰のつらさによるのでしょうか」。
〔第92段〕故権中納言(藤原敦忠)が、左大臣の姫君に求婚なさった年の十二月の末に、
「物思いをしていて、月日の過ぎるのも知らないうちに、今年も今日で終わってしまうと聞くことです」
とよんだ。また、こうも、
「何とかして、こんなにあなたを思っているということだけでも、人づてではなく、直接あなたに語りたい」。
このように言い続けて、とうとう逢った翌朝に、
「今日一日がまさか暮れないことはあるまいと思うけれど、待ちきれないのが人の心であることよ」。
〔第93段〕これも同じ中納言が、斎宮の皇女(雅子内親王)に長年求婚申し上げなさって、今日明日にも逢おうとしていた時に、皇女は伊勢の斎宮の卜定に当たってしまわれた。言っても仕方なく残念だと男はお思いになった。そこでよんでさし上げなさった歌、
「伊勢の海の千尋の浜で貝を拾っても、今はかい(甲斐)もなく思われることです」
とあった。
〔第94段〕故中務の宮(代明親王)が、北の方が亡くなってのち、幼い子どもたちを連れて三条の右大臣殿にお住みになっていた。喪が明けたあとは、いつまでも独りでお過ごしになるはずもないので、亡き北の方の妹の九の君を、そのまま妻にお迎えになろうとお思いになっていたのを、親兄弟も、それがよいと思っていたのに、どうしたことか、左兵衛督の君が侍従でいらっしゃったころ、その方の手紙を(九の君が)受け取っていると宮はお聞きになった。それで、おもしろくないとお思いになったのであろうか、もとの宮邸にお移りになってしまった。その時に、御息所(九の君の姉)のもとから、
「亡き人の巣守(すもり)にでもなってくださるはずなのに、今はこれまでとお帰りになる今日の悲しさよ」。
宮の御返し、
「巣守にと思う心は残しておきますが、そのかい(卵)もないと聞いております」
ということであった。
意訳
〔第88段〕紀の国の「牟婁(むろ)」を「室(暖かい部屋)」と取りなして、「寒くないでしょう」と衣を渡さない女。男は「衾(夜具)がない」と、共寝の相手のいないさびしさで返す。地名の言葉遊びで恋の駆け引きをしている。
〔第89段〕修理の君と馬の頭の、歌のやりとりの数々。方違えの言い訳をなじり、来なくなった男には「網代の氷魚に、なぜ寄らないのか聞きたい」と問い、男は「網代のほかに寄る所などない、宇治の人に聞け」とかわす。最後の「魂より抜け殻のほうがまし」という女の返しは、「心を置いてきた」という男の気取った言葉を、からりと笑い飛ばしている。
〔第90段〕身分の高い元良親王の誘いを、女は「一夜二夜の気まぐれなら、高い身分も何になろう」と断った。呉竹の「節(よ)」に「夜」を掛けた、筋の通った拒絶である。
〔第91段〕別れた女に、祭の使の晴れ舞台に使う扇をねだる定方。女は見事な扇を届けながら、「扇(逢ふ)は忌むものだが、もうどうでもいい」と、捨てられた思いをその扇に託した。定方の返歌は、「ない」と断らなかったのはなぜかと問い返す。品のよい恨みと、それに気づいた男の後ろめたさが、扇一つをめぐって交わされる。
〔第92・93段〕藤原敦忠の恋。左大臣の姫君への求婚では、逢えた翌朝に「夜が待ちきれない」とよむ。一方、長年求婚していた雅子内親王は、結ばれる直前に伊勢の斎宮に選ばれてしまう。神に仕える斎宮となった皇女とは、もう結ばれることはない。「伊勢の海で貝を拾ってもかいがない」という歌に、どうにもならない失意がこもる。
〔第94段〕妻を亡くした代明親王は、妻の妹をめとるつもりでいたが、妹に別の男からの手紙が来ていると知って、屋敷を出てしまう。御息所の「巣守になってくださるはずだったのに」に、親王は「卵(かい)もないと聞いた」と、ほかに男がいることを皮肉った。
語釈・文法注
- むろの郡
- 牟婁郡。紀伊国の南部の郡。「室(むろ)」を掛ける。
- ふすま
- 衾。夜具。「君と臥す間」を掛ける。
- 修理の君
- 女房の名。
- うまの頭
- 馬寮の長官。人物は未詳。
- かたたがへ
- 方違え。行く先の方角が悪いとき、いったん別の方角へ行ってから目的地へ向かうこと。
- 網代
- 川に竹や木を編んで立て、魚をとる仕掛け。宇治川の網代が名高い。
- ひを
- 氷魚。鮎の稚魚。秋から冬に宇治川の網代でとれた。
- 逢坂
- 逢坂の関。山城と近江の境の関所。「逢ふ」を掛ける。
- から
- 殻。魂の抜けたあとの体、抜け殻。
- 故兵部卿の宮
- 陽成天皇の皇子、元良親王(890〜943)。色好みで知られる。百人一首に「わびぬれば今はた同じ難波なる」がある。
- 呉竹
- 淡竹(はちく)とも。竹の節(よ)から「夜」を導く。
- 祭の使
- 賀茂祭などに、勅使として遣わされる近衛の中将などの役。
- 扇
- 「あふぎ」で「逢ふ」に通じ、男女の間で贈ることを忌む場合があった。
- ひだりのおほいとのゝ君
- 左大臣藤原仲平の娘か。
- 齋宮のみこ
- 醍醐天皇の皇女、雅子内親王。承平元年(931)に伊勢の斎宮に卜定された。
- みうら
- 御占(みうら)。斎宮を占いで定めること。
- 千尋の濱
- 伊勢国の歌枕とされる浜。
- 故中務の宮
- 醍醐天皇の皇子、代明親王(904〜937)。北の方は藤原定方の娘。
- 九の君
- 藤原定方の九女。
- 左兵衞のかみの君
- 藤原師尹(920〜969)か。
- すもり
- 巣守。孵らずに巣に残った卵。また巣を守るもの。
文法
- おもひしられじ
- 「れ」は可能の助動詞「る」。「じ」は打消推量。
- 違ふれば
- 下二段動詞「違ふ」の已然形+「ば」。約束をたがえるので。
- ことゝはむ
- 「言問ふ」は尋ねる。
- いそぎもぞする
- 「もぞ」は「…したら困る」という危惧を表す。結びは連体形「する」。
- 人に聞かすな
- 「な」は禁止の終助詞。
- 見てしがな
- 願望の終助詞。見たいものだ。
- 物思ふことは我にやあるらむ
- 「や」は疑問、結びは「らむ」。
- よくておこせてむ
- 「て」は強意の助動詞「つ」の未然形、「む」は推量。きっとよこすだろう。
- 思ひよせてむ
- 「てむ」は強い意志。託してしまおう。
- 今日にはてぬとか聞く
- 「か」は疑問。終わってしまうと聞くことだ。
- 暮れざらめやは
- 「めやは」は反語。暮れないことがあろうか、いや必ず暮れる。
- 合ひ給ひにけり
- 「みうらに合ふ」は卜定に当たること。
- 過し給ふまじかりければ
- 「まじ」は打消推量。お過ごしになるはずもなかったので。
- もてくとなむ聞き給ひける
- 「もて来」は持って来る。九の君のもとに手紙が届いていると聞いた。
和歌
紀の國の むろの郡に 行く人は 風のさむさも おもひしられじ
- 詠者
- 女
- 状況
- 紀伊国へ下る男が、寒いからと衣を取りによこしたので。
修辞
- 掛詞
- 「むろ」に地名「牟婁」と「室(あたたかい部屋)」を掛ける。
紀のくにの むろの郡に 行きながら 君とふすまの なきぞわびしき
- 詠者
- 男
- 状況
- 女の歌への返し。
修辞
- 掛詞
- 「ふすま」に「衾」と「臥す間」を掛ける。
これならぬ ことをも多く 違ふれば 恨みむかたも なきぞわびしき
- 詠者
- 修理の君
- 状況
- 方違えを理由に来られないと言う馬の頭に。
修辞
- 掛詞
- 「かた」に「方(角)」と「方(手段)」を掛ける。
- 縁語
- 「違ふ」「かた」は方違えの縁。
いかでなほ 網代のひをに ことゝはむ 何によりてか 我を問はぬと
- 詠者
- 修理の君
- 状況
- 通わなくなった馬の頭に。
修辞
- 掛詞
- 「ひを」に「氷魚」と「日を」、「よる」に魚が「寄る」と「因る」を掛ける。
網代より 外にはひをの よるものか 知らずばうぢの 人に問へかし
- 詠者
- 馬の頭
- 状況
- 修理の君の歌への返し。
修辞
- 掛詞
- 「うぢ」に地名「宇治」と「氏(家の人)」を響かせる。
- 縁語
- 「網代」「氷魚」「寄る」「宇治」。
明けぬとて いそぎもぞする 逢坂の 霧立ちぬとも 人に聞かすな
- 詠者
- 馬の頭
- 状況
- 修理の君のもとから帰った翌朝に。
修辞
- 掛詞
- 「逢坂」に「逢ふ」、「立ち」に霧が「立つ」とうわさが「立つ」を掛ける。
いかにして 我は消えなむ 白露の かへりて後の ものはおもはじ
- 詠者
- 馬の頭
- 状況
- 通いはじめのころ、修理の君に。
修辞
- 掛詞
- 「かへり」に「帰り」と「かえって」を響かせる。
- 縁語
- 「消え」「白露」。
垣ほなる 君があさがほ 見てしがな かへりて後は ものやおもふと
- 詠者
- 修理の君
- 状況
- 馬の頭の歌への返し。
修辞
- 掛詞
- 「あさがほ」に花の「朝顔」と男の「朝の顔」を掛ける。
心をし 君にとゞめて 來にしかば 物思ふことは 我にやあるらむ
- 詠者
- 馬の頭
- 状況
- 修理の君のもとで親しく語って帰ったあとで。
たましひは をかしき事も なかりけり 萬のものは からにぞありける
- 詠者
- 修理の君
- 状況
- 馬の頭の歌への返し。
修辞
- 対照
- 「たましひ」と「から(殻)」を対にする。
高くとも 何にかはせむ 呉竹の ひとよ二よの あだのふしをば
- 詠者
- 修理の君
- 状況
- 訪れようと言ってきた元良親王に。
修辞
- 掛詞
- 「よ」に竹の「節(よ)」と「夜」、「ふし」に竹の「節」と「臥し」を掛ける。
- 縁語
- 「高く」「呉竹」「よ」「ふし」。
ゆゝしとて いむとも今は かひもあらじ 憂きをばこれに 思ひよせてむ
- 詠者
- 三条の右大臣(藤原定方)のかつての女
- 状況
- 祭の使として扇を求めてきた定方に、扇の裏に書きつけて。
修辞
- 発想
- 扇(あふぎ)は「逢ふ」に通じ、別れのしるしともされた。
ゆゝしとて いみけるものを わがために なしといはぬは 誰がつらきなる
- 詠者
- 藤原定方
- 状況
- 女の歌への返し。
物思ふと 月日のゆくも 知らぬ間に 今年も今日に はてぬとか聞く
- 詠者
- 藤原敦忠
- 状況
- 左大臣の姫君に求婚した年の大晦日に。
いかにして かく思ふてふ ことをだに 人づてならで 君に語らむ
- 詠者
- 藤原敦忠
- 状況
- 同じく、姫君に。『後撰和歌集』恋にも入る。
今日そへに 暮れざらめやはと 思へども 堪へぬは人の 心なりけり
- 詠者
- 藤原敦忠
- 状況
- 姫君とはじめて逢った翌朝に。
修辞
- 反語
- 「暮れざらめやは」。
伊勢の海 千尋の濱に 拾ふとも 今はかひなく おもほゆるかな
- 詠者
- 藤原敦忠
- 状況
- 求婚していた雅子内親王が伊勢の斎宮に決まって。
修辞
- 掛詞
- 「かひ」に「貝」と「甲斐」を掛ける。
- 縁語
- 「海」「浜」「拾ふ」「貝」。
なき人の すもりにだにも なるべきに 今はとかへる 今日の悲しさ
- 詠者
- 御息所(定方の娘)
- 状況
- 代明親王が三条の右大臣邸を出て行く日に。
修辞
- 掛詞
- 「かへる」に「帰る」と卵が「孵る」を掛ける。
- 縁語
- 「巣守」「孵る」。
巢守にと 思ふ心は とゞむれど かひあるべくも なしとこそ聞け
- 詠者
- 代明親王
- 状況
- 御息所の歌への返し。
修辞
- 掛詞
- 「かひ」に「卵(かひ)」と「甲斐」を掛ける。
解説
第89段の修理の君と馬の頭の話は、いくつもの歌のやりとりを一つの段にまとめたもので、二人の恋の始まりから終わりまでが、歌だけでたどれるようになっている。宇治の網代、逢坂の関、朝顔、白露など、歌によく使われる題材が次々に用いられ、宮廷の恋歌の見本帳のような趣がある。
第92・93段の藤原敦忠は、左大臣藤原時平の子で、美男で知られた。第93段の雅子内親王との恋は、内親王が斎宮に選ばれたことで終わる。斎宮は天皇の代わりに伊勢神宮に仕える未婚の皇女で、在任中は恋愛も結婚も許されなかった。敦忠の嘆きは、『伊勢物語』の狩の使の段(第69段)とともに、斎宮をめぐる恋の物語として後の文学に影響を与えた。
第94段の代明親王は醍醐天皇の皇子で、その妃は藤原定方の娘であった。妻の死後、その妹と再婚することは当時めずらしくなかったが、この話では、九の君がひそかに別の男と文を交わしていたことで縁談が壊れる。御息所の「巣守」の歌と親王の「かひ(卵)」の返しは、鳥の巣にたとえて家族の縁を語る、たくみな贈答である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、25〜28頁(コマ16–18)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日